「ねぇ往人さん、そこ持ってて。」
「......おう。」
普段は割と殺風景な部屋が、今朝早くから始めた飾り付け作業によって華やかに彩られてきていく。それは年に一度だけの特別な風景だった。
「.......クリスマス、か。」
観鈴の指示で星の形をした飾りを壁の隅に固定しながら俺はそうぽつりと呟く。そして俺は去年も同じ事を観鈴とした事を思い出しながら奇妙な感慨にとらわれていた。俺はこれから先もずっとこうして年に一度、観鈴とこうして飾り付けをしていくのだろうか。
「うんうん、メリークリスマスだねっ。」
「.......ああ、そうだな。」
無邪気にはしゃぐ観鈴の笑顔に自然と頬が緩む。こういう感慨もいずれは当たり前の日常に帰化していくのかもしれない、そんな事を考えながら。
「でも......今年は雪が降ってないのがちょっと残念かな。」
飾り付けが一段落終わったところで、ふと外の風景を見ながら残念そうに観鈴がそう呟く。確かに去年のこの日は雪が降り積もってクリスマスらしい雰囲気を出していたのだが。
「まぁ、流石にそうそう都合良くはいかないだろうからな。」
それでも寒さだけは去年と負けていなかったのが何となく腹立たしかった。それとも、もしかすると今日この後にでも降るのかもしれない。
「んー......あんたら朝っぱらからご苦労やなぁ。」
そんな時、晴子が寝間着姿でだらしなく頭を掻きながら姿を現してきた。
「あ、お母さん、おはよう。」
昨日も遅くまで派手に飲んでいたのか、観鈴のあいさつに眠そうに瞼をこすりながら「あー」とだけ返事を返す。
「んで、朝はようから2人してなにしとんのや?」
「にはは。だって、今日はクリスマス・イブだよ?」
とカレンダーを指さす観鈴。
「んあー?そうやったかいな?なはははは。すっかり忘れとった。」
それに悪びれる風も無くけらけら笑う晴子。......まぁ実際興味がなければそんなものだろうが。そもそも俺も晴子もそして観鈴もキリスト教徒な訳じゃないので、実際イエス・キリストの誕生日を祝う筋合いなんて無いと言えばない。
「もぅ、忘れたらダメだよー。ね、往人さん?」
「あ、ああ、まぁそうだな.....うん。」
.......実は俺も今朝観鈴に起こされるまではすっかり忘れていただけに、晴子を非難する資格など何処にもなかったりしていた。
「そうかー、そうやったな.......」
そして晴子は一瞬だけ何かを言いたげな表情を映すが、直ぐに元の表情に戻す。
「ねぇお母さん、今日は仕事なの?」
「ん?......せや。うちは今日は仕事入っとるさかい、祝うならそこの居候と2人で.......」
と、素っ気なくそう告げる晴子。.......まったく、こいつは........
「が、がお......せっかく年に一度のクリスマスなのに........みんなでお祝いしようと思ったのに.......」
その返事に観鈴の顔がみるみる曇っていく。
「う......」
今にも泣き出しかねない様な観鈴の表情を見て顔を引きつらせる晴子。
「.......観鈴は祝うなら晴子と一緒じゃないとダメみたいだぞ。」
そこで俺は助け船を出してやる。どっちへの助け船かは置いておくとして。
「ね、お母さん、ダメかな......?」
訴えかけるような眼でじっと晴子を見つめる観鈴。以前なら絶対にこういう事は言わなかったと知っているだけに、俺は妙に微笑ましさを感じていた。
「......わぁったわあった!もう今日の仕事はキャンセルしたるわ、まったく......」
どうやらトドメの一押しとしては効果てきめんだったらしく、晴子はついに観鈴に白旗を上げる。
「え、本当に?」
「せや。愛する娘のために一日開けたるわ、感謝せぇよ。」
「うん!ありがとう!にははー。」
そして一気に表情が明るくなる観鈴。
「......まったく。いつまでたっても世話が焼ける子やで......」
ぶつぶつそう呟きながらも、晴子は照れたように頬を掻く。
「...........ふっ。」
そう、それでいいんだ.......別に観鈴はお前に決して多くを望んでる訳じゃないんだぜ、晴子。
「んじゃ、お母さんも一緒に飾り付けやろっ!」
そして、観鈴はその言葉と共に「はい」と晴子にクリスマスリースを手渡す。
「せやな......そうと決まったら朝のうちにとっとと済ませてしまうか。」
「朝のうちに.....?」
「ほんで、昼からちょっとうちに付き合いや、居候。」
「.......俺が?」
「せ・や。あんたや。観鈴、こいつをちょっと借りてくで。」
そう言ってぐいっと俺を自分の方向に引き寄せる晴子。
「別にいいけど......何処か行くの?」
「勿論せっかくこんな日なんやから、二人でデートや、でぇと♪」
そしてけたけたと笑う晴子。
「.......勘弁してくれ。」
がんっ
「冗談やっちゅーのに真顔で拒否反応示すなっっっ!」
「........痛い。」
「さ、そうと決まったらバリバリ気張っていくでぇー!」
「おーーー!」
......そして晴子の参入で妙にテンションが上がる3人だった。
**********
「......んで、結局何処へ向かってるんだ?」
その後3人で昼食を取った後で、俺はバイクの後部座席で風を受けながら晴子にしがみついていた。既に周りの風景は見慣れた町並みから離れた別の町に移っている。
「ええとこや♪何せデートやからな。」
「ええとこ......」
ええとこ......?......一体何処だろう.......?
「まぁ、すぐに分かるさかい、黙ってしがみついとき。」
バイクで地元を離れて二人でデートで行き着く"ええとこ"と言えば.........
***********
「は、晴子......ここは.......!」
気付けば、俺はどっさとハート形をした大きなベッドの上に押し倒されていた。
「.......せや。男と女がこんな日にデートで行き着く場所と言えばここしかあらへんがな。」
そして俺の上に乗りかかるようにして艶めかしくそう囁く晴子。
「晴子.....い、いや、しかしこういう事は.......」
「うちも最近ご無沙汰やしな。サービスしたるから付きおうてや。」
そう言って俺の下腹部に指を妖しく這わせる。
「し、しかし......観鈴にはすぐ戻るって言っただろ。そういうのは.....」
「大丈夫や、そんなに時間取らせへんさかい。......こう見えてもうちはテクニシャンなんやで。」
そして、ふっと耳元に息を吹きかける。
「うく......っ、晴子.......」
「ほぉら、口ではそう言ってもこっちはこんなに堅くしとるやないの。」
晴子は更にジッパーを下ろして、下着越しに俺のモノに触れてくる。
「だ、ダメだ......晴子.......っ」
「ダメ......?何がダメなん?ここまでして止めて欲しいんか?」
そして触れた手を優しく上下させる晴子。
「く......」
「.......布越しでもはっきり分かる位どくどくと脈打ってるで。......うちの口でして欲しいんか?」 「居候っ」
「は、晴子......」
「はっきり言わへんと分からんで.......どうして欲しいんや?」
「......べ、別に.....」
「......くす、素直じゃ無い奴やな。まぁええわ、こっちに直接聞いてみるさかい.......」
そして、とうとう晴子は俺の下着を下ろして直接......
「こらっ、居候っ!」
「うわっ!」
突然夢から覚めたようにはっと我に返る俺。気付けば再びバイクの後部座席の上だった。
「さっきから呼んでも返事せぇへん思うたら、何ボーっとしとん?」
「い、いや、何でもない......」
はぐらかす様に顔を逸らせる俺。
「もしかして、"ええとこ"って聞いてやらしい想像でもしよったんとちゃうか?」
「ち、違う!断じてその様な不健康な妄想は......」
......しまった。やぶ蛇だった。
「ほぉ、うちで不健康な妄想ねぇ........」
晴子の意地悪気な声が俺に突き刺さる。
「.......い、いや、それはその......誤解だって......」
「.......なんやったら、事のついでにそっちの"ええとこ"にも寄ってくか?」
にやりと笑みを浮かべながらちらりとこっちを見る晴子。
「......いずれ機会があればな......」
.......なんとなく晴子に対して敗北感を覚えてしまう俺であった。
「さて、着いたで。」
不意にききーっと甲高い音をさせながら急ブレーキをかけて、そう俺に告げる晴子。
「ここが、『ええとこ』なのか?」
そして俺は目の前にある建物をじっと眺める。そこはデパートくらいありそうな大きな店舗で、入り口の看板にはサンタの格好をした怪獣の絵が描かれていて、その上には"クリスマスセール"という垂れ幕がかかってあった。......つまり、大型の玩具屋チェーン店か。
「せや。今日は何の日や?」
「......そりゃクリスマスだろ?」
「せや。........んでクリスマスに付き物と言えばなんや?」
クリスマスに付き物と言えば......
「......そうか。俺にプレゼントか。悪いな。」
「あほう!観鈴へのプレゼントに決まっとるやろが!」
ごんっ
「......痛い。」
本日二度目......
「.......で、わざわざ隣町のこの店に来るって事は、目当てでもあるのか?」
「そーや。前から目を付けてたものがあんねんっ!」
その俺の問いかけに嬉しそうに応える晴子。まるで待ち望んでいた日が来た様な、そんな無邪気な子供の笑顔だった。
「前から......ね。」
しかしあえてそこら辺には深く突っ込まないでおく事にする。
「ほら、何してんねん行くで居候っ。」
そして、気付いたときには晴子は既に自動ドアをくぐって店内に入ろうとしていた。
「.......これ、なのか?」
「.......どや。ええやろ。」
......それは、店の二階のフロアの中央に堂々と鎮座していた。おそらくこの階の目玉商品なのだろう、高さ2メートルくらいはあろうかと思われる巨大なブロントザウルス風の恐竜のぬいぐるみだった。
「........何なんだ、これは。」
「見て分からへんか?」
「いや、俺がいいたいのはこれがどんな形をしているかではなくて......」
「やっぱりプレゼントするからにはこの位のをどどんっとせなな。」
でかけりゃいいってものじゃない気もするけどな......と呟きそうになるが、まぁ気持ちの問題だろうからな。他人の忠告など余計なお世話というものだろう。
「まぁいいけどな.....えっと、んで幾らだ......?んげっ?!」
と、値札を何気なく手にとってみた所で凍り付く。値札には『200000円』と俺には想像不能な額が記されていた。
「に、20万......?(汗)」
一桁違うんじゃないかともう一度数え直すが、確かに0は5つ程付いていた。
「.....いんや?そこ見てみ。今日明日に限り値札より10%オフにするって書いてるやろ。」
どのみち俺には全然大差なかった。
「なぁ、これを......買うのか?」
「どや?観鈴びっくりしそうやろ?」
「まぁ、そうかもしれんが.......」
.......びっくりというか引くぞ、普通なら。
「そうやろそうやろ♪」
上機嫌な顔で笑う晴子。そして、
「.......ま、今まであの子に何もしてやれへんかった10年分を考えたら、こんなもんやろ。」
ふっ.....と一瞬だけ自虐の表情に変わる。
「........そうか。」
プレゼントの価値が値段の大小に依存するとは絶対に思わないが、それでもそう考えるとこういうプレゼントは晴子らしいのかもと思った。キザな言い方をすれば、この巨大なぬいぐるみの大きさは晴子の観鈴への想いそのものなのかもしれない。
「なら、いいんじゃないか?きっと喜ぶと思うぞ。」
「ほな、決まりやな。すんませーん、ちょっとそこのお兄さんーーーーーっ!」
そして再び屈託のない笑顔を見せると、手近にいる店員を呼びに駆けだしていった。
「.......まったく、どっちが子供なのやら.......」
まるで子供の様にはしゃぐ今日の晴子を見てそう思った。今まで心の中で必死で抑制していたものが一気に放出された、そんな所だろうか。
「.......それで、どーでもいいけどコレ直接持って帰るのか?」
そして支払いを終えた後で梱包作業を待っている間に、俺は晴子に素朴な疑問をぶつけてみる。
「当然やろ。今から配送頼んでも直ぐに届くかいな。」
さらりと答える晴子。
「バイクの後部座席でか?」
「他にどないして持って帰るっちゅーねん。」
「.......んじゃ俺はどうなる?」
流石に人1人分以上はあるこいつを新たに載せて帰るのは無理だ。
「心配無用や。あんたには別の仕事があるさかいに。」
そう告げると、晴子は俺に千円札を数枚程手渡した。
「なんだ、これは?」
「それでうちより一足先に帰って、ほんで家で待ってる観鈴をうちが帰るまで暫く表に連れ出していて欲しいねん。」
「......何のためにだよ?」
「ったく、ニブイやっちゃなぁ。クリスマスプレゼントなんやから普通に手渡しても芸が無いやろ?せっかくやから観鈴の奴をびっくりさせてやりたいやんか。」
「......こんなでかいモノ差し出されたら何もしなくても仰天すると思うがなぁ。」
4人がかりで梱包されている晴子のプレゼントを見てると心からそう思えるのだが。
「とにかくや、うちはそう決めたんやから素直に指示に従ごうてや。釣りは必要経費にしといたるさかい。」
「へい、へい。」
やはり居候という立場の弱さもあってか、俺は素直に従うしかなかった。
「んじゃうちは帰りに酒買って帰るさかい、上手くやっといてや♪」
.......あのぬいぐるみを載せたままでか?
「まぁ分かった。......あ、ところで晴子?」
「何や?」
「俺へのクリスマスプレゼントはそこに売ってるプレステ2とソフト数本セットで手を打とう。」
「あほうっ!」
ごんっ
「......痛い。」
今日はいやに晴子の突っ込みが冴え渡っていた.....気がした。
**********
「.......やれやれ。」
俺は最寄りのバス停に降りた所で溜息を付く。そして時折吹きつける冬の風が俺を小走りに家まで急がせた。
......最も、帰ったところでまた出なければならないんだが。
「.......うおっ、寒い!」
海から吹き付ける風をまともに受けて一度震えた後で、ふと手持ちにのこった千円札と少しの小銭を見てみる。
「茶代で消えたな、こりゃ。」
正に必要経費だった。.......観鈴へのプレゼント代にもなりやしない。
『こりゃまた遠野ワールドに頼るしかないか......』
......どうやらまだまだ今日は忙しい一日になりそうだった。
「あ、おかえりー。」
とりあえず一端戻ったところで観鈴が玄関まで出迎えてくる。
「あれ?お母さんは?」
「え?ああ、晴子か....晴子はな.......」
ここは正直に理由を言うわけにはいかない。適当に誤魔化さないと.......
「晴子はな、バイクで派手に転んで事故してしまったのでしばらく帰れないらしいぞ。」
「えええっ!それで往人さん、お母さんを見捨てて1人で帰って来ちゃったの?」
「ち、違う........っ!そうじゃなくて......」
ちょっとこれはマズかったな。......ええと、
「ごほん.....事故というのは、まぁ冗談でだな、実は......」
「え?」
......ええと......他には......
「昔の暴走仲間とばったり出会ってな、此処であったが百年目って日本平で勝負してくるとか言って1人で行ってしまったんだ。」
.....つーかバイクから離れてないやんけ。
「日本平って、どこ?」
「さぁ.......」
何故か突然浮かんだ地名だった。......というかさっきより無茶苦茶な事言いだしてるな、俺。
「そっか。んじゃ仕方がないね。」
おい.......それで信じるか普通?(汗)
「い、いや......実はそれも冗談だ。信じるな。」
考えたら相手が観鈴なだけに滅多な事は言えなかった。それにあまり滅多な事言ってると後で晴子にも殺されそうだ。
「ああ、実際の所は1人で寄るところがあるので先に帰ってろって言われただけだ。」
......何故最初からそう言えない、俺?
「そうなんだ......?」
「それでな、晴子の奴は暫く帰ってこないだろうから、それまでどっかに行ってないか?」
さて、うまく誤魔化したところで作戦第2段階だ。
「う〜ん、それより外は寒いからうちでお茶飲みながらトランプでもしてようよ。」
「......それもそうだな。」
と観鈴に促されて玄関に上がろうと靴を脱ぎかけたところで、
「違ぁーーーーうっ!そうじゃなくて.......!」
「え?え?え?」
突然の俺の言動にびっくりした表情を見せる観鈴。
「あ、いや......その、なんだ。今の俺はお前と何処か出かけたい気分なんだ。」
「え?」
「つまり、ヘイ彼女、お茶でもしないかい?ってな感じだ。」
そして俺は観鈴にびっと親指を立てる。
「家じゃダメなの?」
しかし、観鈴の突っ込みにまたも答えに詰まる。......いざ観鈴を連れ出すっていうのも案外難しいものだな。夏ならもっと簡単なんだろうが。
「まぁそうなんだが......何なら海に行ってもいいぞ。」
「う〜ん、どうせなら夏に行こうよ?」
「......それもそうだな。」
正論だった。
「.....いや、そうじゃなくてだな......俺にも色々事情があるんだ。いいから暫く付き合ってくれ.....」
......下手したらここで問答しているうちに晴子が帰ってきてしまいそうだった。
「ん〜、まっ、いいか。せっかく往人さんが誘ってくれてるんだし。ちょっとまってて。準備してくるから。」
「......やれやれ。」
小走りで自分の部屋に入っていく観鈴の後ろ姿を見ながら、俺はどっと疲れが出るのを感じていた。
「それで、何処に行くの?」
家を出たところで、ふと観鈴が素朴な疑問を投げかけてくる。
「あー、えっとだな......」
当然俺は観鈴を連れ出す事に集中していて、そんな事など全然考えてはいなかった。
「観鈴の好きなところでいいぞ。今日は何処にでも付き合ってやる。」
......ものは言い様である。大人のずるさという奴だろうか。
「うーん、んじゃ商店街でもいこっか。」
「おうよ。地獄の底までお供するぜ。」
「.....にはは、大袈裟だよー。」
......実際俺の気分的には結構本気だった。
そしてちょうど商店街に着いたとき、
「わ、ね、往人さん、あれ何かな?」
観鈴が指さした先を見ると、酒屋の辺りで何かが一際注目を浴びているのが見えた。
「さぁ、なんだろな.......」
遠目でじっと見てみると、見覚えのある包装紙に包まれた何かが入り口の辺りに居座っている光景が目に入る。
「.......げ。」
.......晴子だ。よく見ると晴子のバイクの後部に例のぬいぐるみがしっかりとくくりつけられていた。
『......何やってんだよ、あいつは......』
それはあまりにも目立ちすぎていた。当分語りぐさにでもなるんじゃないのか?
「ねね、行ってみよう?」
......そして当然観鈴の興味を引かない道理も無かった。
「だ、ダメだ。あんなの見てもつまんないだろ?な、他行こうぜ?」
「え〜?だって往人さん、わたしの行きたいところ行ってくれるって言った。」
と今にも観鈴が駆け出しそうになったので俺は慌てて後からがっしり肩を掴んで、
「いや、そうだけど、あそこだけは例外なんだよ!」
「いやっ、離して往人さん、嫌い!」
そして俺の手を振りほどこうとじたばた暴れる観鈴。
「こ、こら暴れるなっ!」
そして次第に注目がこちらに移る民衆の目。......当然だった。事情を知らない者から見たら俺は嫌がる女の子を無理矢理連れて行こうとしているとしか見えないだろう。
「わたし1人でも行くからいいもん、離して!」
「だからそうは行かないんだよっ、ついでに泣き叫ばないでくれ。頼むからっ!」
観衆の冷ややかな視線を一身に受けながら、健気にも観鈴を止めようとする俺。
『晴子の奴、この貸しは後で高く着くからな.........っ!』
*************
「......さて、居候の奴はうまくやってるんやろな。」
家の前まで着いたとき、そっと門から玄関の方を見る。
......人の気配はなかった。念のために一度チャイムを置いてみる。
「.......大丈夫みたいやな。」
2人が出ている事を確認したところで、ほっと一安心。そして今のうちに搬入作業に入ろうとしたところで、
「.......晴子。」
「.......ん?」
不意に背後からうちを呼ぶ声がしたので振り返ってみると、
「あんたは........」
「久し振り......という事になるかな。」
そこには見慣れた、しかし何処か懐かしさを感じさせる1人の男が立っていた。
「.......せやな。」
挨拶代わりの台詞にうちは微笑を浮かべて頷く。
「今日は、仕事は休みなのかい?」
相変わらずにこにこと愛想の良い表情を浮かべて会話を持ちかけてくる。
「ホンマは詰まってたんやけどな、観鈴の奴がどうしてもみんなでクリスマスパーティやるんだって聞かへんもんやから、今日は特別に休む事にしたんや。」
「そうか.......」
そのうちの返答に、彼は一瞬かすかに頬を緩ませながらも何処か憂いを帯びた表情を見せたが、直ぐに視線がうちの背後にあるどでかいものに移り、
「........それは観鈴へのプレゼントかい?」
と、答えの分かっている問いを投げかけながらじっと見つめてくる。
「.......せや。うちの心を込めたプレゼントや。」
「................」
そして、うちの返答を受け止めながらこいつは更に無言でじっと見つめ続けた。
「......なんか、言いたげやな。」
.......その態度が何となく小馬鹿にされている気がしてじろっと睨んでやる。
「ははは、別に。晴子らしくて良いと思うよ。」
.......思いっきり皮肉られた気がするのはうちの気のせいやろか。
「どうせうちは発想が幼稚やねん......悪いかっ!」
そして思わずキレて叫んでしまう。.......確かにこいつに比べたらうちはまだまだ子供なのかもしれへんな。
「.......悪いなんて言ってないさ。僕はそれが晴子の良さだと思う。」
そしてこいつはそれを真顔で否定する。.......相変わらず調子が狂うやっちゃなぁ。
「.......それで、今日はどないしてん。.......敬介。」
話がすっかり明後日の方向に行きかけたところで、うちは矛先を本題に向ける。
「うん。実は晴子を待ってたんだ。」
敬介と呼ばれたあいつはいつもの穏やかな表情に戻して、そう答え、
「うちを.......?」
「そう。これを、渡しておきたくてね。」
そして、綺麗に包装された一つの小箱をうちに差し出した。
「.......これは?」
「プレゼントだよ。」
「うちに......?」
思わず反射的にそう返す。.....もしかしたらうちもあいつと同類なのかもしれへん。
「...........」
「.......軽い冗談や。これは.......観鈴にか?」
「ああ。観鈴に渡して欲しい。.......勿論、君からのという事にして。」
そう言ってにっこりと笑顔を見せる敬介。
「敬介.......」
「相変わらず晴子には勝手な頼み事しているのは承知の上だが........頼まれてくれるかな?」
.........相変わらずとにこにことした顔を見せながらも、その笑顔の奥には言い様の無い寂しさを浮かばせていた。夕日から差し込む赤が余計にそう感じさせているのかもしれない。
「.......分かった。確かに渡しておくさかい、安心しとき。」
その表情にうちは敬介の手から小箱を受け取ると、精一杯の笑顔で応えてやった。
「そうか.......じゃあ、頼んだよ。」
そして敬介はそれだけ言うと、うちに背を向けて歩き出した。まるで、これ以上うちに自分の儚げな顔を見せるのを拒むように。
「............」
うちはその敬介の背中を暫く見据えていたが、
「..........敬介!」
次の瞬間、反射的と言っても良い衝動で、あいつの名前を呼んでいた。
「良かったら敬介も今夜、一緒にお祝いせぇへんか?賑やかな方が観鈴も喜ぶと思うで。」
「...........」
うちに呼び止められてぴたりとその場に止まっていた敬介は穏やかな顔でこちらに一瞬振り返り、
「.........ありがとう。」
そしてそう一言だけ言って、夕日の沈みゆく方向へ今度こそ振り返らずに立ち去っていった。
「.......敬介.....せやけどうち、すまんは言わへんで。」
敬介か受け取った小さな小箱をじっと見つめながら、そううちは呟いた。
「.......さて。いつまでもぼさっとしてる場合やあらへんな。」
敬介の姿が見えなくなってから、うちは踵を返してバイクの後部座席に固定して乗せていた観鈴へのプレゼントを抱え込む。
「......とりあえず、こいつを中に入れておかへんとな。」
ぐい
背中に負ってうちの家の門をくぐろうとした時、うちの体半分位入ったところで何かが引っかった。
「........ん?」
ぐいぐい
........どうやらぬいぐるみの横幅が大きすぎて引っかかっているらしい。
「んーーーー.........」
ぐいぐいぐい
「んんんーーーーーーー.........っ」
ぐいぐいぐいぐい
かなり無理があるのは承知の上で、更に強引に引き入れようとする。
「こうなれば力比べやーーーーーーっ!!」
と渾身の力を込めて引き入れようとした時、
ばちんっ
「わっ!!!」
不意に引っかかりから開放されたと思うと、同時にうちが今までかけていた力がぬいぐるみを通してうち自身にフィードバックしてきた。
「あてて.....」
べしゃっという音と共にぬいぐるみに潰されるうち。まったく、居候の奴に観鈴を外させておいて正解やったわとしみじみ痛感してしまう。
「......まったく、娘の前でこんな無様な姿は見せられへんからなー」
.....娘。......むすめ.....
「さて、ぼさっとしてる場合やあらへんな。」
ぱんぱんっと砂のついた辺りを払いながら立ち上がる。観鈴の事を考えると何か不思議と力が入って来る、そんな感覚と共に。
「よっ......と。」
そして倒れてしまったぬいぐるみを抱えて敷居の前に一端置き直す。そこでふとプレゼントの包装紙の端がさっきので擦り切れているのに気付くが、まぁこれは不可抗力として勘弁してもらう事にするしかないわな。
むしろそれより問題なのは.......
「......しまった。このままじゃ入れられへん。」
まぁ門であれだけ苦労した訳やから、簡単には入らないわな。
「......どないしよ。」
途方に暮れると同時に、もうそろそろ二人も帰ってくる頃や、そんな予感がうちに気をはやらせていく。
「誰やねん、そもそもこんな馬鹿でかいもん選んだのは!」
......他でもないうちやった。
「はぁー......もう情けないなぁ。」
とりあえず玄関のドアを外そうとするが、外し方が分からずあっさり挫折。
「無理矢理押し込んでも......入る訳ないなぁ。」
選んだときはあれだけ気に入っていたこいつの大きさが今じゃ憎々しいばかりだった。もう5分でもいいから小さくなってくれへんやろか?とうとうそんな現実逃避まで始めてしまう。
「.......もうええわ、うちは所詮ダメな親やねんっ。」
そしてその場に呆然と座り込む。居候にまで協力させといてこのザマかいな......
「.........」
夕焼けに染まった空も、次第に夜の色に変わり始めていき、そして、
「......あ......」
ちょうどその時、何か冷たい固まりがうちの頭に触れる。
「.......雪.......や。」
見上げると、夕闇に染まりかけた空から、真っ白な雪の粒がぱらぱらと舞い落ちてきていた。
「今年も降ってくれたか......ホワイトクリスマスやな。」
きっと観鈴も何処かで大喜びしてるに違いない。.......今日はええ夜になる。そんな期待をほのかに予感させる雪だった。
「........しゃーないな。うちももうひと頑張りするか。」
このままだとせっかくのぬいぐるみのプレゼントが雪で濡れてしまう。さっさと済ませてしまえと何となく雪に急かされている様な感じがして、うちは勢い良く立ち上がった。
「とりあえず扉さえ外せばなんとかなるやろ。」
今度はさっきの様に簡単に諦めないで、気合いを入れてガタガタと上下左右に動かしてみる。
がたがた
「えーい、もう少し......」
がたがたがた
「これでもかーーーっ」
がたがたがたがた
「これでどやーーーーーーーーっ!」
がたがたがたがたが.......
「.......何やってんだよ、晴子?」
その時、突然の背後からの冷たい突っ込みに、うちの手がぴたりと止まった。
「お母さん......?」
更に観鈴の呆気にとられた様な声が追い打ち気味に突き刺さる。
「.......あんたな。もうちょいのんびりして帰られへんかったんかいな。」
後を振り向かないまま、居候に悪態を付くうち。
「他にする事無かったんだからしょうがないだろう。日は落ちるし、雪も降ってきたし、腹も減ってきた。」
.......分かっとるわい。あんたは良く時間稼いでくれたって事くらい。
「うん。お腹空いたよねー、にはは。」
「んで、さっきの質問の続きだが、1人で何をやってたんだ?」
......うるさいなー。
「わっ!これ何?大きいーっ!」
観鈴がうちの側にあるプレゼントに気が付いて驚いた声をあげる。......はぁ。結局間に合わへんかったか。
「......それを観鈴に内緒でこっそり家の中に入れようとしてたに決まっとるやんけ。せやけど普通には入らんから玄関口を広うしようとしとったんや。」
「え?わたしに内緒で......?」
「そうだ。俺が観鈴を連れだしている間に、この観鈴へのプレゼントをこっそりお前の部屋に運び込んでおいてびっくりさせてやるって手はずだったんだけどな。」
「わぁ、そうだったんだ?」
更に観鈴が感嘆した声をあげる。
「勝手にバラすなどアホーーーーーーーーーーっ!」
八つ当たり気味に叫ぶうち。......はぁ。更に情けのうなってきたやんか.......
「.......そもそも玄関がダメなら庭から居間に運べば良かっただろうに。」
更に容赦なく居候の冷酷な突っ込みが刃となってうちを貫く。
「うっさいなー!気が動転してたんや、しかたがないやろが!」
そして駄々っ子の様に叫ぶ。......あかん、涙出てきそうや。
「笑いたければ笑いや。どうせうちは娘も満足に喜ばせてやれへんダメな母親やねんっっ」
最早半べそになって玄関の前で体育座りでいじけてしまううち。
「......誰も笑ってなんかいないだろ。ここまででも晴子は良くやったよ。」
その居候の声に顔を上げる。
「......よしてんか。気休めなんていらへんで。」
「気休めなんかじゃないさ。現に観鈴はお前を軽蔑してると思うか?」
そう告げる居候の目は、正に真剣そのものやった。うちは再び顔を伏せて、
「観鈴......許してな。せっかく今まで何もしてあげられへんかった分を取り戻そう思っとったのに.....こんな形でぶち壊してもうて......」
まるで懺悔でもするかの様にそう告げた。
「お母さん.....」
しかし、観鈴はその返答をする代わりに一度うちに呟き、
「ね、今開けてもいい?」
その後でそう訊いてきた。
「......ええで。もう趣向も何もあったもんやあらへんしな。」
「うん!」
そして包装紙を剥がしにかかる観鈴。居候の奴は手伝うつもりはないらしく、うちの横でじっと見守っていた。
「わぁ、巨大な恐竜さんのぬいぐるみだぁ........」
頭の部分を出したところでそう声を挙げる。......というか恐竜でなければ何だと思ってたんや......?
「にはは。にはは。こんなに大きなぬいぐるみなんて初めてだよ。ねー、往人さん、大きいねー」
「ああ。そうだな。俺も現物を初めて見たときは驚いた。」
そして、最も俺が一番驚いたのは値段の方だがな.....と、うちだけに聞こえる様にぼそりと付け加える。
「にはは〜っ、お母さん、とっても嬉しいよ、ありがとう!」
と、そううちに見せた笑顔は正に天使の笑顔だった......とうちは思った。
「観鈴.......」
「......良かったじゃないか。観鈴あんなに喜んでるぞ。」
そう言って嬉しそうにはしゃぐ観鈴を見ながらぽんっとうちの肩を叩く居候。
「.......せやな......」
その言葉にようやくうちも救われた心地になる。
「......それで、充分なんだと思うぞ。俺は。」
「......え?」
突然の切り出しに顔を上げるうち。
「......本当はな、観鈴の奴は今日晴子が観鈴の為に仕事を休んで、飾り付けをみんなで一緒にやって、そしてあいつの為にプレゼントを買いに行ってやったって事が一番嬉しいんだよ。」
「..............」
「だから、それでいいじゃないか。あんたが観鈴に何かしてやろうとしている気持ちこそが、あいつにとっての最高のプレゼントなんだ。」
「..............」
......こいつは、キザな台詞をぬけぬけと。
「一度に多くのことを望む必要なんてない。お前達の本当の時間はまだ始まったばかりだろ?焦る事なんてないんだ。」
「.............」
まったく......こいつは.......
「......ったく、聞いてる方が恥ずかしゅうなるわ、そんな台詞。それに、あんたがうちに説教するなんて10年早いで。」
そして、うちは居候の置いた手を払いのける様にして立ち上がる。
「.......でも.......」
何や認めるのは癪やけど......
「.......そうなんかもな。」
せやな.....2人で少しずつ取り戻していくって、そう決めたんやしな。
「さて、そうと決まったら3人でとっとと家の中に運び込んでしまおうぜ。雪も強くなってきたし。」
一段区切りがついた所で俺はそう提案する。このままぼーっとしてたら3人とも雪だるまになりかねなかった。
「.....せやな。パーティの準備せんとな。」
すっかり元気を取り戻した晴子も強く頷く。
「うん。でも、お母さんにこんなプレゼント貰って、そして雪が降ってきてくれるなんてみすずちん、だぶるついてるっ!」
とぬいぐるみにしがみつきながらVサインを見せる観鈴。
「まぁ、たまにはピンチ以外の『だぶる』があってもいいだろうな。」
そしてこれから晴子と共にずっと幸せな親子でいて欲しい。俺はたった今出てきた一番星にこっそりとそう願った。
*********
「さて、それでは聖なる夜に乾杯やーーーーーーーっ!!!」
.......それから約2時間位が過ぎ、クリスマスイブの夜も更けてきた頃、うちでのクリスマスパーティもすっかり酣になっていた。
「......お母さん、今日それもう7回目......」
ジュースの入ったコップを手に苦笑いを見せる観鈴。とはいえ、今はジュースでも、既に観鈴も既に晴子の奴にしこたま飲まされていた。
「まぁいつもの事だろ。飲み出すともう止まらん。」
それに対して俺は観鈴の隅で寿司をつつきながらそう答える。最も別に俺がわざわざ言うまでもないのは百も承知だが。
「だっはっはっはっ。めでたい夜やなーーーっ」
そしてすっかり出来上がっている晴子を見て2人で吹きだしてしまう。まるでさっきまで膝を抱えてしょげていたのが嘘のようだったからだ。
「ま、今日は好きなだけ飲ませてやろう......と言っても止めたくても止められた試しはないがな。」
「にはは。そうだね〜」
そう言って笑う観鈴の顔は少し赤らめていた。
「くぉら居候、全然飲んでないやんけっっ!」
「のわっ!」
そしてそうこうしているうちに突然晴子が俺の隣りに座り込んで、どんっと一升瓶を俺の前に置く。
「俺が飲んでないんじゃなくて、お前が飲み過ぎなんだよ。」
俺は呆れ顔でそう突っ込む。
「なんや、つれないな〜......今日2人でええとこ行った仲やのに〜」
しかし晴子はそんな台詞はおかまいなしでくねくねと俺に絡んでくる。
「わっ、そうだったんだ!」
「違うっ!玩具屋に行っただけだろうが!」
振りほどくようにそう訂正する俺。酔っているだけに何を言い出すか分からない。
「そうや〜、でもうちは玩具屋に行くゆーてるのに、勝手に不埒な妄想したのは誰やねんな〜?」
そう言ってこの、このっと拳を頬に押しつける晴子。
「い、行き先なんて行ってなかっただろが。.......それより、晴子?」
「なんや?」
「俺へのプレゼントは無いのか?今日はお前の為にあんだけ働いてやったんだからな。」
その位の報酬があってもバチは当たらないと思う。
「ああ、プレゼントならここにあるでー♪」
「おお、どれどれ......んぐっ?!」
次の瞬間、俺の口に一升瓶を突っ込まれて酒が一気に注ぎ込まれてきた。
「なはははは。飲め飲め〜♪」
「ぐ、ぐるし......息が.......ぶはぁっ!」
そしてやっとの事で晴子の手を振り払う。
「ぜぇ、ぜぇ、殺す気かっっ!!」
「いけずやな〜、うちからの心のこもったプレゼントやのに。」
「そんなもんプレゼントちゃうわっ!」
......つい関西弁で反論してしまう俺だった。
「だって、今日はクリスマスやっちゅうのに飲みが足らへんやん。」
.......いつからクリスマスは酒を飲む日になったんだ?
「まぁ、ちょっとな。今日はまだセーブしとかないといけないんでな。」
「.......なんや?今からどっか出かけるんかいな?」
「ああ、ちょっと約束があるんだ。」
そう。今年もみちるの為にサンタ役をする約束を美凪としていたのだ。.....ついでに観鈴へのプレゼント調達と。
「意外に忙しい身なんやな、あんたも。」
「意外にってのが心外だが、まぁな。」
そしてちらっと時計を見ると、いつの間にかちょうど良い時間になっていた。
「.......さて、んじゃそろそろ俺は行ってくるか。」
そう言って俺はすっと立ち上がる。
「あれ?往人さん何処か行くの?」
「......ああ。ちょっと出かけてくる。少し遅くなるかもしれないから先に寝てていいぞ。」
はっきり言ってこの寒い中に出かけるのはパスしたいのが本音だが、去年からの約束だからな。 それに、
「なんや、ホンマに出かけてまうんかい。」
今日は2人にさせておいてやろうと思っていたから丁度いいタイミングだったのかもしれない。
「ああ。んじゃな。」
そう告げると、俺は雪の降る寒空の中へ飛び出した。
*********
「......やれやれ。こんな寒い中何処に行くっちゅーねんやろ.......」
.......それとも、うちに気を利かせてくれたんやろか?
「それはそうと観鈴、大丈夫かいな?」
「え?うん、全然平気だよ〜、にははっ」
ほんのり赤みがかった頬で気持ちよさそうにVサインを見せる観鈴。ちょっと調子に乗ってもうたかな.......うちの悪い癖やな。
「......でもちょっとくらくらするかな......にははっ。」
「せやな。.......なら暫く支えといてやるからうちにもたれかかっとればええ。」
そう言って観鈴の隣りに腰を下ろすと、観鈴は「うんっ」と答えてうちに体を預けてきた。
「...............」
.....そして、そのまましばらく静寂の時間が過ぎていく。何をする訳でもなく、お互い体をよせあって庭に降り積もる雪を眺めている、そんな感じだった。
「雪、一段と強うなっとるな......」
「このまま積もったら明日は雪合戦出来る。.......楽しみだね。」
「せやな.......」
.......でもうちは明日は仕事休めへんやろな。居候の奴がおって助かるわ、ホンマ........
「..............」
しかし、そんな考えとは裏腹に、心で何か燻った感情があるのに気付く。
「.......ひょっとしてうち、妬いてんのやろか?」
「え?」
「いや、なんでもあらへん.....ただ.......」
「ただ?」
そしてうちは観鈴の頭をかるく撫でながら、
「ただ......居候の奴にあまりうちの観鈴ちんを独り占めさせたないなって。」
と答えた後で、今度は観鈴を左腕でぎゅっと抱き、寄せる。
「お母さん......?」
「.......それもちょっと虫が良すぎるか。今まで散々突き放して置いて。」
.......本当は、うちにこうして観鈴を抱き寄せる資格なんてあるのやろうか?うちが強引に観鈴の側に居座ってるだけやないだろうか?
答えはもう出たはずなのに、こんな不安は未だに浮かんでくる事がある。まだ、うちの心に何かが足りんのやろか.....?
「ううん。.....多分わたしもお母さんと同じ気持ちだったはずだから......」
「.......そっか.......」
......そうやな。観鈴の為にもうちが弱気になってたらあかんのやな。それに......
『.....敬介の為にも.....』
「あ......」
敬介の名前が浮かんだ所で、ふと敬介から預かりものがあった事を思い出す。
「そう言えばな、実は今日もう一つプレゼントがあんねん。」
「......え?」
きょとんとする観鈴を後目に、先ほど敬介から預かった小箱を探して、
「ほら、これや。」
うちのプレゼントとは対照的な、小さな包装された小箱を観鈴に手渡す。
「.......え?これもお母さんから.......?」
「.......せや。開けてみ。」
......これでええんやな......?敬介.......
「う、うん......」
さて敬介の奴は一体何を用意したんやろ......観鈴が注意深く開ける包みをじっと見つめる。
そして.......
「.........あ。」
中の宝石箱から出てきたのは、表面が6色に光る宝石が付いたネックレスだった。
「わぁ.......綺麗.......」
「スタールビー.......観鈴の誕生石のルビーに合わせてあるっちゅー訳やな。」
......あいつめ、味なマネを.......
「でも.....いいのかな?貰っちゃって.......?」
何となく不安げな表情をこちらに向ける観鈴。
「ええも何も、あんたの為に用意したんやで。.....ちゃんと付けとったり。」
「う、うん.......」
そしてうちに促されるままにネックレスをゆっくりと首にかける。
「似合う......かな?」
「......とってもよく似合うで、観鈴。」
.......ちょっと癪には触るけどな。
「うん......ありがとうお母さん。ずっと大切にするね。」
少し照れたような表情を見せながら、そう微笑みかける観鈴......その表情は抱きしめたくなるくらい可愛いながらも、やはりさっきから妙に癪に触る気分になっていた。
「せやな.....そうしたり。」
......これはやっぱ......独占欲やろうか?居候よりも敬介の奴よりも、観鈴にとって一番大切な存在が自分であって欲しい。
自分が一途に観鈴を愛するだけじゃ物足りなくなって......観鈴の全てを独占したくなる衝動.......
「.......観鈴。」
「え.......?きゃっ.....?!」
そんな衝動が不意に弾けた次の瞬間、うちは観鈴をその場に押し倒していた。
「お母さん......?」
不安と怯え、そんな感情が入り交じった眼で突然自分の上に覆い被さってきたうちをじっと見据える観鈴。
「.......観鈴.......」
.....違う。うちは観鈴とこんなコトしたいと思った訳やない.....訳やない筈なのに......
「観鈴.....観鈴.......っ」
心とは裏腹に、うちは観鈴の名前を呼びかけながらうちから離れようとする観鈴を強引にたぐり寄せて、........そして壊れるくらい強く抱きしめた。
「痛い、痛いよ.....お母さん........」
今まで燻っていた何かが弾けた......そんな感じなんやろうか?今まで大切に守ってきた何かすら壊してしまえるような......
「.....堪忍な、観鈴。うちもう、止まらへんかもしれへん。」
「......お母さん......」
観鈴の痛がる声で抱きしめる腕を若干緩めたものの、それでもうちは強く抱きしめていた。
「観鈴.....今やっと気付いたんや。うち自身の事。」
だけど、こうしているとはっきり気付かされる事もあった。それは多分、観鈴の為にうちがあの子を愛してるんやなくて、きっとうち自身の為に観鈴の事を想うてるという事を。
「気付く......?」
「......せや。きっとうちは、観鈴の事を誰よりも独り占めしたいって思っとったんやと思う。うち自身の為にな.....」
......所詮、ただのエゴイストだったっちゅー訳や。うちは。
「.......お母さん.......」
「ホンマに......母親失格やな。自分の事しか見れてへん。」
そしてうちの目から一筋の涙がこぼれ落ちてくる。それがどんな意味を持つのか分からないままに。.......あるいは万感が込められていたのやろうか。
「ホンマに.....堪忍やで.......」
自分の本音全てを剥き出しにした今感じるのは自分の弱さだけ。......そう考えると、今自分に出来るのは子供のように泣きじゃくるだけとすら思えてくる。
こんなんやったら......こんなんやったらうちは.......
そう次の言葉が出かけた瞬間、
「.......でも、それでもわたしのお母さんは晴子おばさんじゃないと嫌だから.......」
「観鈴......?」
そう言った観鈴の腕がうちの頭に回ってくる。
「......ね、お母さんの事そう呼ぶの、これで最後にしていいよね?」
「.............」
「きっとわたし、これからもずっとお母さんがお母さんでなかったらダメだと思うから.......」
......観鈴......
「だから......」
「.......もう何も言わんでええ。.......観鈴。」
.......卑怯なのは承知の上だった。......きっと観鈴は嫌とは言わない。
「......お母さん.......」
「.......でも......うちはやっぱり観鈴が欲しい......今夜だけでも。」
それを承知で観鈴を求めたりするのは......
「う、うん......」
「.......な、目をとじてくれへんか?」
「............」
.......だけど、うちにはきっと必要やと思うから。だから.......
「.........ん。」
そっと両手で観鈴の頬を支えながら唇を重ねる。......何だか不思議な感覚がした。観鈴もどんな気持ちでうちの唇を受け入れているのやろうか......?
「.........ぁ。」
暫くして唇を離した後で、再び観鈴を優しく押し倒した。既にほんのり上気していた観鈴の顔が更に染まった気がする。
「........観鈴.....ええか?」
「........、うん。」
こくりと恥ずかし気に頷く観鈴。
「あ、でも......その前に.......」
「......せやな。」
そう答えると、うちは立ち上がって部屋を照らしていた明かりを消した。まるで聖なる宴への始まりを示すように。
「.......ん.......ぁ........っ」
暗闇の中で観鈴に覆い被さる様な体勢で、うちは観鈴の服の中に手を伸ばしてそっと愛撫をする。初めはくすぐったがっていた観鈴も、続けていくうちに次第に声が変わって来ていた。
「.......ここら辺なんてどうや?観鈴。」
はじめは体全体を優しく包むように触っていた手を、観鈴が感じてきた頃合いを見計らって、今度は乳房や腰の辺りに手を伸ばしてみる。
「ん......なんか、変な感じ.......っ!」
そして敏感な辺りに触れた瞬間にぴくんっと電気が走ったように体を仰け反らせる。どうやら明かりを消したお陰で、周りが暗闇で良く見えなくなったのが逆に観鈴の感度を増幅しているみたいだった。
「大丈夫や......それが普通なんやで......な。」
更に今度は観鈴の胸を包んでいた生地をたくし上げて、直接観鈴の胸の先端を指で優しく弄り始める。
「あ.............ぅっ」
自分の体に感じる刺激を受け止めながら、観鈴は必死で声を抑えようとする。そこら辺の恥じらいがとても可愛いと思えた。
「.......無理に声を押し殺さんでもええで。近所に聞こえたりはせーへんから。」
それでもうちとしては観鈴の感じる声がもっと聞きたくて、今度は舌で観鈴の乳房を愛撫しながら、いよいよ下着の中に手をそっと滑り込ませて、観鈴の一番敏感な部分に触れてみる。
「.......!や.....ぁ......そこダメだよ........っ」
体に感じる快感を襟の部分を噛みながら押し殺している観鈴の秘所は既に湿り気を帯びていた。......何となく観鈴も女の子やなぁと感慨を覚えてしまう。
「恥ずかしがる事なんてないで。......女なら一度は通る道やから。」
決して乱暴にはしない様、ゆっくりと優しく指を観鈴の秘部に這わせていくうちに湿り気が次第に増していくのが分かってくる。
「......なんか.....やっぱり変な感じだよ......体が熱くて.....」
「怖いか.......?」
「うん.......ちょっとだけ......」
慣れない感覚に不安感を隠せない観鈴。
「大丈夫......うちを信じとき。......もっと気持ちよくなるから。」
そして、観鈴を愛撫していた指を止めて、両手でゆっくりと観鈴の下着を下ろしていき、
「ちょっと......恥ずかしいよ、お母さん.......」
「我慢やがまん......ほら、今度は......」
観鈴の花園の部分を舌でそっと触れてみた。
「はぅ......っ そんな所.......んっ!」
そして観鈴の声には耳を傾けずに、自分の舌を生き物のように這わせて観鈴の敏感な場所を責め立てる。
「くす.......これが観鈴ちんの味って訳やな。」
「.....うぐ......恥ずかしい......よぉっ.......っ!」
敏感な箇所に舌を這わせるたびに、ぴくんっと観鈴の躰が小刻みに震える。
「ほら、自然に身を任せるんや.......」
「.......んんっ!何だか.....熱い......ふぁ........お母さん.......」
「.......そうや。そのまま登り詰めて......」
次第にうちは観鈴の秘所の表面から、軽く舌を差し込んで中も攻め始めた。はじめはゆっくりと、そして次第に激しくしていき......
「.......あ.......ぁ........んんっ.......ぁ.......っ!!」
やがて、観鈴はぴくんっと躰を反らせて登り詰めてしまう。
「.......どないやった?」
そして絶頂を迎えた余韻で呆然気味の観鈴にそっと囁くと、
「.......もう。お母さん恥ずかしいよ.......」
と恥ずかしそうにそう答える観鈴。
「なははは。......今度は、うちも脱ぐからいっしょにやろ.......な?」
今度はうちも来ている服を脱ぎ捨てて、うちはそう告げた。
「まだまだ聖なる夜ははじまったばかりやから......な。」
そうして再びうちらは唇を重ねる。それは再び始まる聖なる宴の狼煙。
.......躰を重ねる事だけが全てとは思わへんけど、でもそうしないと伝わらない事もある。多分、うちが求めたのはそういうものなのやと思うから........
「観鈴.......っ」
「.......ん......お母さん.......っ」
そして、こうする事でしかうちは心の扉を開けないのなら........
「ふぁぁぁぁ......んん.......っ!」
......これからもこうして心を開いていけばいい。きっと、絆の形は一つではないはずだから。
「.......と思ったんやけど、ダメかな?」
「......もう。やっぱりはずかしーよ。こういうのは。」
「なはははははは。」
******************
「ふぅー.......っ。」
疲れたからと言って先に眠りについた観鈴を部屋まで送った後で、うちは居間に戻って明かりをつける。そしてさっき観鈴が飲んでいたジュースのペットボトルを手にとって、そのまま一口喉に流し込んだ。
「ま、なる様になってしまったなー........」
冷静に考えたら、激情に任せてとんでもない事してしまった様な気もするものの、後悔の意識は全くなかった。恥ずかしい話やけど、これでやっとうちも自信がついた気がしていたから。
「よぉ、まだ起きてたのか?」
そんな事を考えていた矢先、玄関を開ける音がしたと思うと、さっき出かけていった居候がサンタクロース姿で慌ただしく姿を見せてきた。
「.......なんや、今年は素直に玄関から入ってきたんやな、サンタさん?」
「ま、まぁ俺も少し大人になったからな。」
にやにやと意地悪い顔でそう言ってやったら、居候の奴はばつが悪そうに視線を逸らす。その手には、包装された箱を持っているのが見えた。
「それより、観鈴はもう眠ってるのか?」
「せや。今し方部屋に戻って寝たところや。ちょっとばかし遅かったみたいやね。」
なんやかんやで結局律儀な男やね、こいつも。
「まぁいいさ。寝ている間にプレゼント置いていく方がサンタクロースらしいからな。」
「.......せやね。さて、うちももう寝るとするかいな。片付けは明日の朝でええやろ。」
考えてみたら、何か色々あった日やったなぁ......そんな想いが疲れと共にどっと出てくるのを感じさせた。まぁ仕事を1日キャンセルするだけの価値は充分にあったけどな。
「ほんじゃ、お先に........」
と居間を立ち去ろうとしたとき、
「晴子.......」
後から居候の奴がうちを止めて、そして.......
「.......お前は立派な母親だよ。俺が保証する。」
親指を立ててそう告げた。......まったく、そんな事........
「当たり前や。なんせうちと観鈴ちんはラブラブやからな♪」
........当然に決まっとるやろ。まだまだ未熟かもしれへんが、いずれきっと誰もがそう認める様な立派な母親になったるんや。
「........ふっ。そうか。」
そう。焦る事なんて無い。.......うちと観鈴の本当の絆は今日のこの聖なる夜に、たった今生まれたばかりなのやから。
*************終わり***************