Inoccent Sin.

 

そのきっかけは、大粒の雨が降りしきる夕暮れ時の、いつもと変わらない日常の最中。

 ザーーーーーーーーーッ

「良く降るもんだ.....」

 俺は雨粒で霞んだ窓を覗きながらも溜息混じりで呟く。
 連日のように降りしきる雨は何かと心を曇らせる心地にさせられるが、とは言え今は季節の上では梅雨と呼ばれているのだから仕方がない。別に誰かに文句を言ったら止むわけでもないし。

「やれやれ.....」

 鬱陶しそうに自分の頭をポリポリ掻きながら、俺は階段を降りてリビングルームに向かう。
 今日はこれから別にする事もないので、適当に間食でも見繕って後は自分の部屋に戻ってだらだらと惰眠を貪っていればいい。それが大学生という暇人に与えられた特権というものだ。

「ただいま〜」

 そして玄関を通りすぎてリビングルームのドアを開けようとした所で、玄関から「がちゃっ」というドアの開いた音と同時に妹の千歳の少し間延びした声が背中越しに聞こえた。

「よぉ、おかえ.....」

 と、のんびりと振り向きながらお決まりの挨拶を言い終わる前に千歳の格好を見て言葉が止まる。振り向いた視線の先に立っていた我が妹の姿は、まるで制服を着たまま頭からバケツで水を被せられた様な姿の濡れ女だった。ストレートロングの黒髪が顔全体を張り付くように覆い、そして前髪からは絶えず水滴を滴り落としていた。

「.....寒くないか?」

 それを一目見て、俺はとりあえず飾りっ気の無い極めて率直な問いかけをしてみる。

「.....寒い。というか冷たい」

 両手で顔を覆っていた髪を左右にゆっくりと払いのけながらそう答える千歳。それを見てふと「水も滴るなんとやら」という言葉を思い出すが、流石にここまでそのまんまだと寧ろこの言葉を用いるのが滑稽な気がした。

「.....まぁそうだろうな」

 千歳の言葉に同意して、もう一つ質問。

「.....もしかして虐められているのか?」

 いや、まぁまさかバケツに汲んだ水を頭からぶっかれられたという訳はないと思うが。

「.....底意地の悪いお天道様にね」

 .....それも違いない。今朝家を出た頃は晴れていたんだからな。

 俺はとりあえず玄関で、このまま上がるわけにもいかなくてどうしたらいいか分からないといった感じで佇んでいる濡れ女に、

「まぁ、いいから着替えろ。今風呂沸かしてやるから」

 と声を掛けてバスタオルを一枚玄関に投げつけてやる。

「ん、ありがと、お兄ちゃん.....」

 そして千歳は受け取ったバスタオルで頭をがしがしと大雑把に拭くと、濡れた上着を脱いでその場で軽く絞る。
 その時、上着と同じくずぶ濡れになっているブラウスからちらりと下着が透けて見えているのが、妹ながら何となく色っぽく感じた。

『尤も、あんまり発育の方は良くないみたいだがな』

 .....みたいな事を、ついぽろっと言葉にしてしまおうものならその場でしめ殺されるだろうが。

「どしたの?顔赤いよ?」

 何時の間にか廊下に突っ立ったままで視線が釘付けになっていた状態の俺に、千歳がきょとんとした顔で見つめる。

「ん?あ、ああ.....そうだった」

 俺ははっと現実に帰ると、くるりと振り向いて風呂場に一目散に向かった。

『.....危ない、危ない』

「???」


 そして.....

「.....これで良しっと」

 浴室に入り、取りあえずお湯をいつもより少しだけ熱めの温度調整でセットした後でリビングルームに戻る。

「あと10分くらいで入れるぞ」

 そして、俺はリビングで濡れた制服をハンガーに掛けている千歳に一声掛けて、どさっという音を立ててソファーに座った。

「ん。ありがと」

 千歳のさっきと同じ台詞の千歳の礼を背中で受けながら、テーブルの上にあったお菓子を一つ二つ摘んでリモコンを手に取る。まぁ、夕方のこの時間だとロクな番組やっていないのは分かってはいるが。

「.....ん?」

 しかし、そこでふとある事を思い出し、リモコンを持つ手がテレビと水平に伸びたところでぴたりと止まる。そしてその真偽を確かめようと千歳の方向に振り向くと、

「..........」

「どうしたの?お兄ちゃん?」

「..........」

 改めて見た我が妹の姿は、びしょ濡れの制服からワイシャツ一枚の状態に変わっていた。

「お前、その格好.....」

「え?うん、お兄ちゃんのワイシャツ借りたよ」

 あっさりと言いのける。

「へ?」

 言われてふとソファーの俺が座っている隣を見るとクリーニング後のビニール袋が転がっていた。

「.....お前な.....(汗)」

 それを手に取りながら改めて千歳の方に振り返る。わざわざクリーニング直後のを選ばんでも良かろうに。

「あ、ゴメン。着る予定だった?」

 恨めしそうに見る俺に千歳が不安げに尋ねる。.....いや、俺が言いたいのは寧ろそういう問題じゃ無くて、

「そうじゃなくて、自分の部屋に戻って自分の服に着替えろって言ってんだよ」

「.....だって私の部屋二階の一番奥だもん。二階の廊下水浸しにしてもいいの?」

「う.....」

 そう言われれば確かに仕方がない気もしないでもない。ま、どうせもう一度クリーニングに出したところでクリーニング代払うの俺じゃないし。

「.....じゃあしょうがないか」

「うん。しょうが無いんだよ」

 にこにこと答える千歳。何となく納得した俺はそのまま何事もなかったかの様にテレビの方向に向き直ってピッというビープ音と共にリモコンからスイッチを入れる。

「.....ん?」

 あれ.....何か一番肝心な事言い忘れている様な.....?

「そ、そうだ。そういう事じゃ無くてだなぁ.....」

 俺はいきなり本題を思い出して向き直る。

「.....何?」

 しかし、それに対して極めて純粋な目で俺を見つめる我が妹。
 う.....そういう目で見つめられたら何となく切り出しにくいのだが.....

「いや、だから......お前の格好.....」

「うん。だからお兄ちゃんのシャツだよ」

「そうじゃ無くって.....」

 がくっと頭を押さえながら、

「.....年頃の娘が健全な男の前でそういう格好するのはどうかと思うぞって言いたいの」

 一応16歳だから年頃扱いでいいだろう。良く分からないけど。

「だって兄妹だよ?」

 何を気にするのか良く分からないって表情をする千歳。

「いや、兄妹でも.....」

 滅茶苦茶困るんだよ。俺が。

「昔は一緒にお風呂にも入ってたよ?」

「む.....そっか.....考えたらもうお互い裸を見せ合っている仲か」

「うん」

「......じゃあ別にいいか」

「うん。いいんだよ。お兄ちゃんだって別に何とも思わないでしょ?」

 にこにこ。

「..........」

 じゃあワイシャツから伸びるお前の白いふとももとか、ときおりシャツの間からちらりと覗くシャツとは違う薄い黄緑の生地が見える度に痛いくらいドキドキしているこの心臓の動悸もただの俺の錯覚か?

「?」

 .....そういう事にしておこう。というか見ない振りをしておくのが一番無難だな。
 とりあえず強引にそういう事に決めると、再びテレビに向き直って手当たり次第にチャンネルを変えてみる。......しかしこの時間はやっぱりどうも面白くない。何処の局も夕方のニュースばかり流しているが、ニュースなんぞネットか次の日に新聞でまとめて見れば充分だ。

 その後は暫く10秒刻みで神経質にチャンネルを変えていたが、やがてそれも飽きてスイッチを切る。そして今度はそこら辺に散らばっていた雑誌を一冊取り出して読み始めた所で不意に背中にずしっとした重心がかかってきた。

「ずしっはちょっと失礼じゃない〜?」

「.....んじゃ『どすんっ!』に変更してやろう」

 そして今度はそこら辺に散らばっていた雑誌を一冊取り出して読み始めたと所で不意に背中にどすんっ!とした重心が.....

 ぺしっ

「同じだよっ!ゆーかどさくさ紛れに「!」マークまで追加されているじゃない〜っ」

 後ろから抱きつきながらぺしぺしと俺の頭を叩く千歳。がそれは別に痛くもないので捨て置く。

「.....というか読書の邪魔だ。どいてくれ」

 軽く背中を左右させて振りほどこうとする俺。

「ゲーム雑誌の斜め読みで何を威張ってんだか」

「黙れ。本に貴賤は無いのが俺のポリシーだ。どういう本であれ、それを一心に読んでいる時間は神聖にして不可侵なものなのだ」

「お兄ちゃんの部屋に隠れているHな本でも?」

「う.....」

 .....貴様、何処でその事を.....!

「.......確かにアレを読んでる時は誰にも邪魔されたくはないだろーね〜」

 にやにやと嫌らしい表情を浮かべる我が妹君。

「..........」

「あ、もしかして照れてる?ねぇ、照れてる?」

「だぁうるさいっっ!とにかく邪魔だから離れろっっっ!!!」

 俺は先ほどより少しだけ強引に千歳を振りほどこうとするが、奴は思ったより頑固にしがみついていて離れない。

「.....こなきじじいかお前は」

ぺしっ

「あたっ」

 問答無用で叩かれる。今度はちょっと痛かった。

「.....だって、お兄ちゃんの背中あったかいんだもん」

 そう言うとぎゅっと俺の肩の間に腕を通して本格的に抱きついてくる。

「.....俺は抱きこたつか?」

 悪態を付きながら何気なく背中から伸びてる妹の手を握ってみると確かに冷たかった。

「.....なるほど。冷たいな。」

 この時期だと他の暖房器具は倉庫の中.......か。(自分で認めてどうする)

「だから、お風呂沸くまでこうさせて.......ね」

「.....ま、しゃーないか」

 結局は嫌とは言い切れずに千歳の為すがままになる俺。昔からちっとも変わりやしない。

 .....俺自身心の中ではそういうのも満更でもないと思ってしまっている事も含めて。

「お兄ちゃんの背中って大きいよねー」

 俺の背中に体を預けながら甘えるような声でそう囁く妹。 

「.....恥ずかしいからやめれ、そういう台詞」

 しかし考えてみればソファーの上でワイシャツ一枚姿の妹に後ろから抱きつかれて、甘えた声でそういう台詞を言われるのって他人から見たらどう映るんだろう。

『.....というか.....』

 非常にマズい気がする.....

 そんな俺の内心を察する事もなく、俺の妹君は自分の顔を俺の肩にころんと転がせて、

「ね、気持ちいいからこのまま眠ってもいい?」

 そう宣う。千歳の髪が顔にかかって非常にくすぐったかった。

「安心しろ。ソファーから転げ落としてでも起こしてやる」

 ぺしっ

「あいた.....」

 しかし.....

「ごろごろ.....」

 猫かおのれは。

「わんっ」

「..........」

「あはは。冗談だよ〜」

 .....何か無性に殴ってやりたくなったがここは兄貴として我慢するとして、しかし.....どうもこの状態だと抱きつかれたまま他にどうしようも無い為に、必然的に俺の神経がすべてこいつの方に回ってしまう.....

「..........」

 背中越しに伝わる妹の体温に首筋に伝わる規則正しい吐息。そして背中ごしに感じる柔らかい胸の感触.....やっぱりかなりマズい気がする.....

 というか、こいつの無邪気な抱きつき攻撃に対する俺のフィードバックがさっきからある一点に集中し始めている様な.....

「ふっ、体は正直よのう.....」

 そんな事言っている場合か。.....はぁ、こいつ、ホントは俺がどんな風にお前の事見ているか分かってないんだろうな。それでいて今みたいに無邪気に俺に抱きついたりするから.....

「ね、お兄ちゃん.....っ」

 言っているそばから、こいつは俺の耳元で囁きながら俺の手を上からぎゅっと握ってきた。

 .....もう限界だった。

「だあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 俺はその場でバンザイしながら無意味に叫ぶ。

「わ.....っ???お兄ちゃん.....???」

 不意を付かれて小さな驚きと共に千歳は抱きついていた手も離してしまい、支えを失った彼女の尻がソファーの上に沈み、そのまま呆気にとられた表情で俺を見る。

「あ、いや.....」

 俺はバツの悪さを誤魔化す様にゴホンっと一度咳払いをして、

「いや、あったかいお茶でも淹れて来てやろうかと思ってさ」

「.....え?.....どうしたの急に?」

 いつもなら頼まれても「んなもん自分で淹れて来い。あ、でも俺ココアな。」としか言わない俺が今日は自分から言い出すものだから、心底意外そうな表情を見せる千歳。

「別に。そのまま風邪でも引いて移されたら堪ったもんじゃないからな」

「あ、そっか。風邪引いてもお兄ちゃんに移してしまえばいいのか」

 ぽんっと手を叩く千歳。

 ごんっ

「痛いよ〜っ。か弱い乙女に乱暴だよぉ〜っ」

「.....今のは絶対お前が悪い」

 頭を押さえながら非難する妹を後目に一人台所に向かう.....所でふと思い出してぴたと足を止めて振り向き、

「で、注文は何だ?」

 と言うと、千歳はえぐえぐと大袈裟に涙を溜めながら、

「.....お兄ちゃんと一緒でいい」

 と答える。その表情からは明らかに別の意図も含まれていたが、

「分かった」

 俺の方はそれだけ聞くとくるりと方向を転換して台所に向かった。目に涙攻撃を無視されて、後ろで千歳が何やら喚いてるがとりあえず知らんぷりをしてやった。

 

「ほれ」

 程なくして二人分のココアを入れて来て、ソファーに座って待っていた千歳に手渡してやる。

「ありがとう♪.....両方ともくれるの?」

「それはかまわんがちゃんと全部飲めよ?残そうとしても無理矢理飲ますからな」

「わ〜ん、お兄ちゃんがいじめる〜っ!」

 わざとらしく泣く振りを見せる千歳。

「.....分かった分かった」

 とりあえず片方のカップを持って隣に座り、そして一口すするとココアの甘みが(実は本物のココアはデフォルトでは甘くないらしいが)丁度良い熱加減で喉を通っていく。不思議と気分が落ち着いていく心地だった。

「あったかいね.....」

 両手でカップを持ちながら幸せそうにココアをすする妹。こういう仕草は本当に可愛いよなぁと妙に感心してしまう。

「.....そう言えばお前さ、傘持っていないのか?」

 二人で肩を並べて一息ついた後で、もう一つ玄関で聞きたい事があったのをふと思い出して訊いてみる。

「ん?折り畳みをいつも忍ばせてるよ?だって今梅雨時だし」

 さも当然の様に答える千歳。

「そっか。それならいいんだけど.....」

 と納得した俺は再び視線をココアの入ったカップに戻す。.....ん?

「って.....ちょっと待て、なら今日は何でびしょ濡れになって帰ってきたんだ?(汗)」

 一瞬ずり落ちそうになるのを何とか踏ん張って聞き返す。

「..........」

 そんな俺の問いかけに千歳は一瞬表情を曇らせ、そして無理に少し笑って、

「何となくね、今日.....そんな気分だったから」

 .....それは、悲しい笑顔だった。

「.....そっか」

 俺はそんな表情を見て、曖昧な相づちだけでこれ以上は聞けなかった。寧ろ聞かないのが兄としての思いやりなのかもしれない、そんな気すらした。

「ま、そんな時もあるよな。.....俺も昔やった事がある」

 俺の場合はその後風邪引いて3日ほど学校休んだが。

「うん.....馬鹿だよねぇ。自分が風邪引くだけなのに」

 えへへと笑いながら、

「お兄ちゃんにも迷惑かけるし」

 と付け加えた。

「そうだな.....」

 俺は兄貴の妹への愛情を込めて、ぽんっと千歳の頭に手をやる。.......まだ髪が湿っていた。

「?」

 くすぐったいよと手を払おうとする千歳を無視して左右に撫でてやりながら、

「やっぱり心配しちまうからな。.....なんだかんだ言っても」

「.....どうして?」

「それが兄妹って奴じゃないか?多分」

「.....そっか.....」

 視線を正面に向けたまま何となく嬉しそうに呟く千歳。.....ほんの少しだけさっきまでの笑顔が戻ってきた気がした。

「ま、俺達の「兄妹」という絆は何が起きてもお互いが死ぬまで消えることは無いからな」

 .....時にはそれが悲しくなるほどに。

「つまりお兄ちゃんは一生私の泣きつき先としての運命を背負っている.....と」

「.....前言撤回」

 別にそれならそれで構わない。この手のかかる妹をずっと見守り続けるのも.....悪くない。最近はそんな事を思い始めていた。

「冗談だよ〜っ。そうなったら私お兄ちゃんのお嫁さんに殺されちゃいそうだし」

 嫁?俺の嫁は.....

「んじゃお前が俺の嫁になれば問題は無い」

 .....我ながらどういう理屈だ。

「私がお兄ちゃんのお嫁さんに?」

「昔約束しなかったか?」

「.....そう言えばしたかも.....」

 まぁ俺が8つの頃のお飯事上での話だが。確かその時は俺の全財産を叩いて指輪をプレゼントしてやった様な気がする。もちろん玩具の指輪だが。

「うん。したぞ。」

 きっぱりと答える。

「んじゃしょうがないね.....」

 すると、千歳は何となく納得した様に頷く。

「そうか。俺の嫁になる決心がついたか」

 .....そろそろこの悪ふざけも終わりだな。

「うん.....でも.....」

 さて、どういうオチを付けてやろうか.....そんな事を考え巡らせていた所に、突然千歳は正面から上目遣いで真剣な顔を見せて、

「本当に.....いいの?千歳で」

 .....は?

「お兄ちゃんのお嫁さん.....私なんかでホントに.....いいの?」

 一瞬虚を疲れた形で間抜けな顔をした俺に千歳は念を押すように問い返す。

 .....目が笑ってなかった。純粋な目で、ついでに少し頬が赤らんでいた。

「.....え.....いや、.....その.....」

 .....その場で一気にあれこれと色々な自分の思念が思考の中を駆けめぐる。異性として妹を見始めた自分の気持ちと、良い兄としてあり続けたいという背反の感情。でもそれを取捨選択してその本当の答えを出す必要に迫られる事はまず無いと思っていた。あまりにも沢山ありすぎる選択肢と無限とも言えるそれぞれの持つ影響の可能性。

 .....そんな答えが一瞬で導き出せるほど俺の脳の処理速度は速くはなかった。オーバークロックしても焼け石に水でしかない。

「やっぱり、嫌なんだ.....」

 困った表情でその場で固まっている俺を見て泣きそうな顔を見せる妹。

「え.....?」

 ち、ちょっと待て.....そうじゃ無くて.....

「.....ゴメンね。やっぱり、迷惑だよね。でも私、お兄ちゃんの事.....」

 .....千歳.....っ、お、俺は.....

 声にならない叫びと共に錯綜する想い。千歳の為に本心を言わない方が良いという意志が次第にぐらついていく。

 .....しかし、

「.....ずっといいお兄ちゃんでいて欲しいって.....そう思ってるよ♪」

 俺の中の本心をうち明けてしまえという心が勝ちそうになった次の瞬間、そう言って千歳はぎゅっと俺に抱きついた。

「.....は???(汗)」

 その途端、俺の中の今までの複雑な思考が霧散されていく。

「くすくすくす.....お兄ちゃん、今一瞬本気で動揺したでしょ〜」

 .....あ。

「あはははは。私の勝ち〜♪」

 .....やられた。がくっと項垂れる俺。

「あ〜楽しかった。やっぱりストレス解消にはお兄ちゃんからかうのが一番ね♪」

 そう言って笑顔を見せる千歳はもういつもの俺が知ってる妹の顔だった。

「..........」

 .....まぁ、これでこいつの感じていた痛みが少しでも和らいだならそれでいいのかもしれない。.....が。

「..........」

 そんな気持ちと同時に無性に腹が立ってくる自分も確かにいた。俺はそのまま殆ど無表情で目の前の何も無い一点を凝視していた。

「え.....お兄.....ちゃん?」

 ちょっとやりすぎたかしらという表情で俺の顔を覗き込む。

「..........」

 取りあえず無視。

「あ.....あのぉ.....(汗)」

「..........」

「もしかして.....怒ってる?」

「..........」

 まだ無言を保ちながら目の前の一点を見つめる。.....やっぱり何かしてやらないと、どうにも気が済まないようだ。

「あの.....その.....」

 そして、

「ご、ゴメンなさ.....きゃっ!」

 千歳が正に本気で謝ろうとした瞬間、俺は千歳をどさっとその場に押し倒した。

「お、お兄ちゃん.....?」

 不安と怯えの入った目で俺を見る千歳。

「.....有言実行」

「え?」

「.....言葉のままだ」

 表情を変えずそう言い放つ俺。手は妹の両手を押さえてつけていた。

「.....うん」

 その俺に千歳はこくりと頷く。どうやら相当負い目を感じているらしく、抵抗らしい抵抗をする気配がない。

「.....んじゃ目を閉じろ」

 その俺の言葉に、覚悟を決めた様にぎゅっと瞳を閉じる千歳。もう俺にどんな事をされても仕方がない、そんな雰囲気だった。

 俺はそんな千歳の顔に自分の顔を近づけていって、そして.....

 ちゅっ

 .....そっと千歳のそのおでこにキスした。

「あ.....」

 その瞬間驚いた様にはっと目を見開く千歳。その顔は少し赤らんでいた。

「これでお互い様だからな」

 にやりとそう告げる俺。

「.....!」

 どうやら状況を把握したらしい。

「ひ.....ひどいよ〜.....っ」

 当然出てくる非難の言葉。

「だからお互い様だっての」

「私.....本気で.....」

 目に大粒の涙を溜める千歳。.....しまった。ちょっとやりすぎたか.....?

「私.....くしゅんっ!」

 そして千歳が何かを言おうとした瞬間、彼女自身のくしゃみでそれがうち消された。

「.....あ、忘れてた。お前、まだ体冷たいままじゃないか」

 そこで俺はさっき千歳の髪を触ったときにまだ少し濡れていたのを思い出す。

「う.....うん.....そうだった.....そう言えば直ぐにお風呂にはいるからって適当にバスタオルで体拭いただけだった気がする.....」

「お前な.....風邪引かないうちにさっさと入ってこいよ」

 とりあえず今までのやり取りは棚上げして俺は一にも二にも無しにそう急かすと、

「そうだね.....とりあえず暖まって来るよ」

 千歳も直に頷いてとてとてと小走りに風呂場に向かっていく。そしてその後ろ姿を見守りながら、

「.....そう言えば暢気に遊んでいる場合でも無かったんだよなぁ.....」

 と苦笑しながらふと時計を見てみると、

「げ.....っ」

 俺が風呂のタイマーをセットしてから一時間近く経っていた。

「確か風呂は10分ほどで沸くんだよなぁ.....(汗)」

 一応自動のタイマーだからセットした規定量の湯が沸けば自動で止まってくれる。が、問題はその後だ。流石にうちの湯沸かし器は沸いた後の事まで面倒は見てくれない.....はず。

「.....悪い、千歳.....」

 .....そして次の瞬間、風呂場方面から千歳の悲鳴が我が家に響いた。

 そして、

「も〜っ!風邪引いたら絶対移すっ!」

 一時間後、案の定凄い剣幕で怒っている我が妹の姿がそこにあった。

「.....物騒な事言うなよ」

 .....しかし奴の目は本気だった。完全に。

「だってお兄ちゃんの所為だもん」

 じろりと睨む千歳。

「というか湯加減を確かめないでいきなり湯船に飛び込むのも悪いと思うが.....」

「信じてたんだも〜ん。お兄ちゃんの事」

「.....ぐはぁっ」

 それを言われると痛かった。というか言い返し様がない。さっきのこいつが風呂にはいるのが遅れた直接の原因はどっちにあるのかは分からないが、まぁ一応風呂沸かしてやると言った以上タイムキーパーの役目も果たすのが責任というものだろう。

 .....というより、やっぱ千歳にこういう台詞を言われると、それ以上は反論出来なくなるのは俺の弱みだった。

「.....分かったよ。俺が悪かった。本当に風邪引いた暁には俺に好きなだけ移してくれ」

「その言葉、忘れないからね〜、絶対」

 .....忘れてくれ。出来れば今日中に。

「ダメ。何だったら今すぐ移してあげようか?」

 俺の心の中を見透かし居たようにそう告げる千歳。

「.....まだ風邪引いてないだろ」

「そんなの分からないよ?症状がまだ出ていないだけかもしんないし。うまく行けば引き始めで移して楽が出来るかも」

 .....どこまで本気か冗談なのか分からないのだが(汗)。

「.....大体そんなのどうやって移すんだよ」

「ん〜、やっぱ手っ取り早く口移しかな?」

「.....母さんの目の前でか?」

 そして俺達の視線がにこにこしながらそのやりとりを見ていた母親に向く。

「そうねぇ.....とりあえずご飯の後にしてもらえるかしら?」

 そして次の瞬間、俺達は今夕食の食卓に付いている事を思い出し、

「は〜い」

 同時に俯く二人。

「仲が良いのは嬉しいけどね」

 そう言ってにっこり笑う母上。

 .....まぁそれがどういう形であれ(例え風邪の移し合いだとしても)俺達兄妹が一緒に仲良くしている光景を見るのが今のうちの母にとっては一番の幸せらしい。それは多分俺達が幼い頃から両親が揃って仕事の都合で家を空ける事が多く、その所為で家族の絆が薄れていくのを何より恐れているからだろう。

 実際俺達の両親の間は、時間が経つに連れてその距離が次第に離れて行っているのは俺達の目にも分かっている。.....だからこそ、せめて俺とこいつの間だけは離れて欲しくない。そういう事なんだと思う。

「..........」

 幼い頃から自覚は持っていた。俺が千歳の父親代わりになってやる等という烏滸がましい事は考えてなかったとしても、せめて両親から受け足りないものを補ってやりたい。妹に寂しい思いはさせたくない。それはある意味兄としての本能に近いものかもしれないが。

 そして、そうしているうちに俺自身も千歳からそれを与えられていたりしていた様だが。

「..........」

 ふとそこで回想される幼き日の情景。記憶の中のモノクロームのアルバムを懐かしがりながら一ページずつめくっていく。そして、今刻まれている最後のページをめくった瞬間、意識が目の前の情景に戻り、そして目の前に一緒に夕食を取っている千歳の姿が.....

「あれ?」

 無かった。というかテーブルには俺一人座っていて、妹と母親が座っていた正面と右隣りのテーブルの上は既に綺麗に片づけられていた。

「お兄ちゃんが変な顔でぼけ〜っとしているうちにみんな食べちゃったよ。あ、ついでに今日はお兄ちゃんが一番遅かったからお皿洗いよろしくね〜」

 そう言ってすたすたとリビングに赴く千歳。

「..........」

 .....食事の時に想い出に浸るのはやめておこう。すっかり冷めてしまった料理を慌てて掻き込みながらそう思う俺だった。

 

 そして夕食後、

「お兄ちゃん、入るよ〜」

 言い終わらないうちに千歳が俺の部屋のドアを開けて入ってくる。

「ああ」

 既に入る前にノックしろというのはとうの昔に諦めた事なので今更どうこう言う気もない。

「で、可愛い妹を自分の部屋に連れ込んでどうする気?あ、もしてかして私.....お兄ちゃんに.....あ、だ、ダメだよ、そんなコト.....だって私達は.....」

「.....あのな、呼んでもないのにいつも勝手に俺の部屋にずかずか入り込んでゲームやら漫画やら漁っていくのは何処のどいつだ?」

 部屋に入るや否やベッドの上に腰掛けて一人で勝手に悶えて遊んでいる妹にジト目でそう言う俺。ちなみに俺は机の椅子に逆向きに座って向き合っている。

「.....いいじゃない。その代わり私の部屋も好き勝手に入って漁っていっていいって言ったんだからおあいこでしょ?」

「んな事出来るかっ!!!」

 反射的にくあっと叫ぶ。とりあえず口から炎は出ない。

「.....どうして?」

「.....いや、いい」

 .....とりあえず話が進まないのでさっさと本題に入る。.....の前に、

「お前.....いつまでそんな格好してるつもりだ?(汗)」

「ほえ?.....あ、何となく着心地いいんだ、これ」

 そう言えばさっきの食事の時も俺のワイシャツ一枚のまんまだった気がするぞ。うちの母上も妙に大らかだから注意しないし。

「まぁいいけど.....」

 何かもう見慣れてきた感じもするし.....

「あ、でも下着は着替えたんだな」

 ふと俺の視線が千歳の太ももの間からちらりと覗いた薄桃色を確認してしまう。

「うん。ちょっと湿っていて気持ち悪かったからね〜.....って何で知ってるの?」

「だから見えるぞって言っただろうに」

 ついでに言う胸の方もさっきから透けて見えていた。はっきり言って見えてるこっちの方が目のやり場に困るんだが。

「言ってないよぉ〜っ」

 頬をほんのり赤らめながらさっと両手で体を隠すような仕草を見せる千歳。.....う〜ん、そういう仕草をされると余計に刺激されてしまうのだが.....ある意味理不尽でもあるかな。

「と言うより言わなきゃ気付かない方が問題ある気がするぞ」

「う〜っ.....」

 だから睨むような目で俺を見ても効果がないんだってば。残念ながら。

「んじゃ着替えてくるか?」

「.....いい。どうせお兄ちゃんだし」

 .....開き直られてしまった。俺はほんの少しだけ悲しくなった。

「それで、結局どうしたの?」

「ん、あ、ああ.....そうだった」

 内心で一人でいじけている所で千歳の台詞で我に返る。

 そして、一呼吸置いて、

「ん〜.....まぁ、とりあえず話してみなって」

「え?」

 唐突な切り出しに一瞬躊躇の表情を見せたが、すぐに俺の意図を察したのか、

「うん.....」

 俯きながらそう頷く。

 さっきは雰囲気から聞かない方がいいだろうと思ったが、その後意識的にこいつを見ていると、夕食の時とかやっぱりいつもより無理に作り笑いしている様に見える様になって.....ここで話させるのがプラスになるのかは分からないけど、とにかく放ってはおけない、そんな感じだったから。

 .....ただ単におせっかいな兄貴風が吹いただけという説もあるが。

「あのね.....」

 そして少しだけ黙り込んだ後で消え入るような声で、

「.....失恋しちゃった」

 .....と。

「そっか.....」

「うん.....」

 千歳の表情は殆ど無表情に近かった。泣きたいなら泣いてしまえ。その方がすっきりする.....言葉には出なかったがそう思った。

 .....だけど泣かなかった。無表情で俯いたままじっと俺の次の言葉を待っている。

「..........」

 ここで俺は思わず軽々しく相談に乗ってやろう等と思ったことを後悔してしまう。.....実はこいつの悲しみの原因は何となく予想は付いていた。だから泣き出したら側に付いてやって思いっきり泣かせてやろうと思ったし、もしくは振られた相手の悪口を憂さ晴らしに一晩中聞いてやってもいい、.....そういうつもりだった。けど.....

「まぁ広い世の中、男なんて他にも掃いて捨てるほどいるさ、次の出会いの時にはもうそんな奴の事忘れてるって。」

 .....この期においてもっとマシな事は言えないのか。自分の発想の貧困さに呆れ果ててくる。

「.....それだけ?」

「..........」

 .....ゴメン。言葉が見つからないんだ。

「わざわざ呼び出して相談に乗ってやるって豪語して......そんな事くらいしか言ってくれないの........?」

 案の定、非難の眼差しで俺を見る千歳。

「.....悪かったな。恋愛ドラマとかあんまり見ないんだよ」

「Hなゲームはいっぱいしてるくせに」

 溜息混じりに突っ込む千歳。

「.....余計なお世話だ」

 そして俺は千歳のいる方向とは全然違う、壁際のポスターの方に視線を向けて頬を膨らませる。

「ま、お兄ちゃんに気の利いた言葉をかけてもらおうなんて初めから期待してなかったけどね」

 そんな俺を見ながら千歳はそう言って少しだけくすりと笑う。

「ふん、元はと言えばお前が俺の予想外の行動取ったのが原因なんだ。.....まぁ何となく原因だけは感づいていたけどな」

「.....どうして?」

 俺は椅子の背もたれに両手を俯せて視線を外したままで、

「.....俺も同じ経験があるからだ」

 独り言の様に呟いた。千歳はそれを聞いて、

「あ.....そう言えば.....お兄ちゃんも昔私みたいに雨でずぶ濡れになって帰ってきたことがあったっけ?」

 と思い出したように問いかける。

「..........」

 無言の肯定。

「しかもお兄ちゃんその後体も拭かないでそのまま自分の部屋に戻ろうとするし」

「.....それで俺は風邪をこじらせて3日ほど休む羽目になったけどな。おかげでショックで寝込んだだの、どこか自分の死に場所を探す旅に出ただの好き勝手な噂が流れちまったけど」

 .....まぁあれだけ派手に玉砕すればな。クラスのほぼ全員が目撃者な訳だし。

「.....そっか.....」

 そう言うと千歳は視線を下ろして、そして暫く沈黙の時が流れた。

 そして、そんな沈黙が暫続いた後に千歳はふと顔を上げて、

「.....ね、それじゃ今私が一番して欲しい事って分かるよね?」

 と、少し自虐的な笑みを見せた。

「さぁな.....男と女で違うかもしれないし」

 俺はわざと素っ気ない返答をしながらも椅子から立ち上がり、無言で千歳の側に腰をかける。

「.....でも。あの時俺が欲しいと思ったのは.....」

 .....こういう状況で一番欲しい物.....それは.....

「.....ね、抱きしめて」

 多分、人肌の温もりだから。

 

 

 月の光がブラインド越しに窓から部屋に差し込み、まるでスポットライトのようにベッドの上で寄り添う俺達を映し出す。満月の月明かりに照らされる千歳の横顔が不思議と俺の目には凄く幻想的に見えていた。

「雨.....いつの間にか止んだみたいだな。雨雲も晴れた様だし」

 後ろから千歳を抱きすくめた格好のままでぽつりと呟く。

「うん.....明日、晴れるといいね」

 俺も頷き、そして心からそう願った。雨は何時までも心の傷を引きずらせてしまうから。

「.....でも、朝には晴れても、また夕方には降り始めるかもな」

「.....うん。梅雨だもんね」

 ゆらりゆらりと揺られながら、夜の星空に輝く満月を何の感慨も持たない様な表情で見る千歳。

「.....また、寂しくなって.....雨に打たれたくなっちゃうかな.....」

「.....その時はまた俺に泣きつけばいい」

「.....うん」

 そして、

「.....ただし、風邪を移されるのはゴメンだけどな」

 こう付け加えた。

「.....うん」

 そんな俺に、ほんの少しだけ幸せな表情を見せる千歳。

 そして、また静寂が訪れる。先ほどから月を眺めながらぽつりと一言二言言葉を交わしてまた黙り込む.....そんな繰り返し。それは、まるで時間が止まっているかの様な、そして、まるでこの世界に俺達二人しかいない様な.....そんな感覚だった。

「..........」

 その静寂の中で、心臓の鼓動がまるで時計の秒針の様に規則正しく動いているのを感じる。自分と、そして抱きしめた俺の腕から伝わる千歳の鼓動。

 しかし、その鼓動は俺の方がやや早い周期で胎動していた。.....少しでも力を込めると壊れてしまいそうなか細い体に密着させた腕や体から伝わる千歳の柔らかい感触。そして月明かりに照らされた美しくも儚げな横顔。それらは今まで自分が押し込めていた感情の箍をあっさりと壊してしまえるものだった。

 しかし、それでも俺は何とかそれだけは破らずに終わるつもりだった。殆ど拷問に近かったが、それも俺が兄として妹の為に出来る精一杯の事なのと同時に、贖罪でもあった。

 .....そう。慰めようと思いながらも、失恋したと俺に告げた妹を見て一瞬安堵してしまった事に対しての。

「ね、お兄ちゃん.....」

「.....ん?」

 そして再びぽつり、ぽつりと言葉を交わし始める。そしてまた静寂の中へ。まるで永遠に続くかと思われる周期。だが、それも終わりを迎えようとしていた。

 .....心の深層では最も望みながらも.....表層では最もそうなる事を避けていた選択肢をもって。

「.....抱いてって言ったら.....怒る?」

 不意に千歳の口からでた言葉。相変わらず感情の読みとれない淡々とした表情と声で。

「.....千歳がそうして欲しいなら」

 ほんの少しだけ間をおいて、そして千歳と同じく俺も感情を込めない様にしてぽつりと答える。

「.....ゴメンね、やっぱ迷惑だったよね」

「こうやって抱き合っているだけじゃまだ足りないか?」

「.....そうかもしれないね」

 先ほどと同じく自虐的な笑みを浮かべる千歳。

「.....それとも自己嫌悪の果てに自分を傷つける為とか?」

 遠慮なく言ってやる俺。

「.....うん、それもあるかもしんない」

 うんうんと頷く千歳。そして続けて、

「.....もしくは私がお兄ちゃんの事が好きだったって事に気付いたか」

「.....なるほど。それもあるかも.....って.....」

 .....千歳.....?

 千歳を後ろから抱えてゆらゆら揺れていたのがぴたりと止まる。

「今日、ずぶ濡れになって帰ってから.....お兄ちゃんといつもの様にじゃれ合って、そして今こうして抱きしめてもらってお兄ちゃんの温もりを感じながら.....何となく分かったんだ」

「.....」

「.....私にとって一番大切な人は誰なのか」

 穏やかな笑みと共に、まるでドラマとかで探偵が最後の核心を一つ一つ解き明かしていく様な口調で続ける千歳。その台詞を聞きながら、俺の方は、自分の心の中で氷塊の様な何かが少しずつ溶け始めていく。.....そんな感じがしていた。

「今ね、私の心に色々な思いが混在しすぎてどれが私の本当の気持ちなのかすら分からないけど.....」

 まるで他人事の様に客観的な千歳の口調。.....でも最後に、

「でもね、その全てを受け止めた上で、そして一つにまとめるとこういう事なんだと思う」

 そして月の光を背後に受けながら、その長い後ろ髪をふわりとなびかせて俺に向き直り、そしてまるで天使の様な純粋な笑顔で、

「.....結局、私はお兄ちゃんの事が一番好きなんだ.....って」

 .....俺が千歳を実の妹としてだけではなく、異性としての意識をも持つ様になったのは千歳が中学に入学した頃から。まだまだ子供で大人びているとは今ですら言い難いが、それでも段々一人の少女として日に日に成長していく姿に俺は一人の女性として憧憬も持つようになっていった。もし千歳が自分の彼女.....だったら。

「千歳.....」

 だけど、それは越えてはならない一線。それを越えると言うことは禁忌を犯すというだけてなく、俺の、千歳の「兄」という今までの自分の存在を消してしまうこと。.....そして、それは確実にお互いに不幸をもたらす結末になってしまう。

「..........」

 だから俺は妹の面影を他の女性に探し求める様になった。.....しかし、それは自分と、そして一人の少女を深く傷つけただけだった。その後、雨に打たれながら、そして罪悪感と自己嫌悪に苛まれながら俺は自分の心に箍をかけてその想いを封印した。千歳の為に俺はいい兄であり続けたい。それはお互い近い存在ながら実際は背反している自分の心に棲む二つの感情。千歳を異性として意識し始めてから一度は弱くなりかけたこの感情を、千歳への本当の想いを封印すると同時に俺は心の仮面としてこれを被った。.....これで誰も傷つかずに済む。

「千歳.....俺は.....!」

 しかし次の瞬間、俺は確かに千歳をこの手に抱きしめていた。可愛い妹を慰めようとする兄としてでは無くて、一人の男が、目の前にいる一番愛する少女を求めるために。 

「お兄.....ちゃん」

 はっきり言って千歳から告白させたのは多少狡いと思う。でも、自分からこの箍を外すことは永劫無かっただろう。.....俺は千歳だけは何があっても傷つけたく無かったのだから。

 そして、分かってもいた。俺は失恋して弱くなっている千歳の心につけ込んでいるだけだって事も。でも、その罪悪感すら扇情に変わっていく様で。

「千歳.....ちとせ.....」

 俺は力任せに抱きしめながら愛する妹の名を呼び続けていた。これまで抑えてきた何かがまるで決壊したダムの様に一気に弾けていく。そんな感じだった。

「.....痛いよ、お兄ちゃん.....もっと優しく.....」

 苦しそうにそう訴える千歳。

「千歳.....あ、悪い.....」

 その言葉でふと我に帰り、慌てて抱きしめていた力を緩める。

「ゴメンな、千歳.....」

「ううん.....謝らないで」

 全てを言葉で説明しなくても伝わる意志。

「わたしこそゴメンね.....こんな事言ってもお兄ちゃんを苦しめるだけだって分かっているのに.....」

「.....そうだな。敢えて否定はしないけど」

 .....でも。

『つまりお兄ちゃんは一生私の泣きつき先場所としての運命を背負っている.....と』

 俺は千歳の潤んだ瞳を見据えて、そして、きっと俺にとって今までで一番優しい表情を見せて、こう告げた。

「その為に.....俺はいるんだ。多分な」

「おにぃ.....ちゃん.....っ」

 今にも泣き出しそうな表情を見せて俺の胸に顔を埋める千歳。俺はしばらくそのままで落ち着かせてやる。

「結局.....抑え込むなんて初めから無理だったんだな」

 そして程なくした後に千歳の両肩を優しく抱いて自分と千歳の顔を付き合わせる距離にそっと移す。

「.....俺の心の奥底にしまい込んだ箍.....一度外すともう止まらないぞ。いいのか?」

 その言葉の返答にそっと瞳を閉じる千歳。.....俺は手を移動させて千歳の両手を優しく握り、俺も同じく目を閉じて自分の顔を近づけて、そして、

 .....箍を完全に取り払った。

「ん.....っ」

 千歳の柔らかい唇の感触。.....二人の契りを結んだ瞬間。

 うっすらと目を開けてみる。千歳の顔が今までで一番近い場所にあった。

 俺の心臓の鼓動が早鐘の用に高鳴っているのを感じる。そのまま情欲に任せて暴走したくなる衝動を必死で宥めてそっと優しく千歳の躰に触れてみた。

「.....千歳.....」

「.....あっ」

 触れたそれは、とても華奢で柔らかくて、そして愛しくて.....

 俺は千歳の髪に指を滑らせて、そっと引いてみる。

「.....」

 さらさらとした快い感触。そんな俺の行為を少しだけ不安の表情を見せながら受け入れる千歳。

「.....怖いか?」

「.....うん。ちょっとだけ」

 ぎこちなく笑顔を作ってそう言う。.....俺もさっきから手が震えてるけどな。

「お兄ちゃんの顔も、さっきから怖いくらい真剣だし.....」

「う.....」

 .....しまった。緊張のせいか.....

「ん.....でもでも.....」

 慌てて自分の両頬をパチパチと叩き始めている俺を見て少し笑いながら、こう続けた。

「そういう表情のお兄ちゃんも.....嫌じゃないよ。そんなに真剣な表情のお兄ちゃんなんて今まで殆ど見たこと無かったけど.....」

「.....そうだったっけ?」

「うん.....そういうお兄ちゃんもちょっとかっこいいな.....って、思っちゃった。えへ」

 そう言って千歳は照れたように笑う。

「.....そっか。俺ももっと努力しないとな。ずっと一緒にいても恥ずかしくない様に」

 考えたら今まで何もかも無頓着だったからな.....でも、これからは.....

「ううん。今までのお兄ちゃんでいいよ。むしろ今のありのままのお兄ちゃんの方が好き」

「千歳.....そっか。.....俺も俺の知ってる千歳のままがいい」

「.....それじゃ約束だね。これからもずっとお互い変わらないままでいるって」

「.....ああ」

 そしてもう一度千歳と唇を重ねる。それは約束の証明。

 いつまでも変わらないままで.....後ろ向きのような気もするけど、俺達には何より大切なことなのかも知れない。

 しかし、この約束は口にするのは簡単でも、果たしてこの夜の後にも俺達は変わらないままでいられるだろうか?

「..........」

「.....軽々しく約束してしまったコト、後悔してない?」

 沈黙してしまった俺の心を見透かす様に千歳の視線が意地悪気に俺を真っ直ぐ捉える。

「どっちにしてもそう言うしかない出来ない状況だったろ?」

「別に良かったんだよ?自信が無かったら」

「.....お前は、俺にまた更に恥ずかしい台詞を吐けというのか?」

 俺も千歳の考えている事が手にとるように分かっていた。もしかしたら俺達は体より先に既に心で繋がってるのかもしれない。

『.....って』

 .....何を今更な事を。それが兄妹って奴だ。.....多分な。

「言って。」

 千歳は強い意志を込めてそうにっこりとのたまった。

「.....後悔はしてないさ。俺も、そう願ってるから」

「..........」

「それに、そうじゃないと今までみたいにずっと側にいられなくなるだろうからな」

「.....ん」

 俺の台詞に微かな笑みを浮かべて応える千歳。

「だから.....都合のいい所だけ"恋人"でもいいだろう」

「.....それで?」

 意地悪気な瞳がじっと俺の瞳を見据えたままで、更に何かを促す。

 .....こいつは、どうあっても見逃してはくれないらしい。

「容赦無いな、千歳(汗)」

「だって、まだお兄ちゃんの方からは言ってくれてないんだもん。はっきりと意思表示しないで逃げ道作るのずるいよ.....」

 逃げ道.....俺は箍を取り外した時点でそんなつもりなんて毛頭無かった。だけど、千歳にはまだ不安感を残しているなら.....

 俺は照れながらも、飾り立てのない台詞を千歳に告げた。

「えっと.....その.....俺も愛してる。.....千歳」

「.....うん」

 三度目の口付け。この意味合いは.....なんだろう?確認?それとも.....

 .....いや、そんな事はどうでもいい事なのかもしれない。そんなものもう一度千歳の可愛い唇に触れてみたかった、それだけで充分だ。

「ん.....っ」

 そのまま口付けをしながらそっと千歳の手を握ってやる。少しでも千歳を安心させてやりたい、そんな願いも込めて。

「お兄ちゃん.....」

 そんな俺の気持ちが伝わったのか、唇を離した後千歳はそうつぶやきながらその手をぎゅっと握り返す。それをきっかけにして、俺はいよいよ千歳の体を包んでいた俺のシャツのボタンに手を掛け、そして一つ一つ外していく。さっきよりは幾分落ち着いたので、相変わらず手が少し震え気味とはいえ、上手くいかないって事はなかった。

 そしてボタンをすべて外した後に、シャツをそのままゆっくりと左右に開くと、上下お揃いの桃色の下着だけを残した千歳の肢体が露わになる。

「..........」

 そして、続けて残りの下着も取ってしまおうとしたが、

『.....う.....』

 だが、その千歳の姿を見た瞬間俺の顔が火が点いたように赤くなって手がぴたりととまってしまう。

「え.....えと.....その.....可愛いな」

 恥ずかしそうにうつむく千歳に、自分の顔が紅潮してくるのをはぐらかす様にそう告げる俺。でも.....

「そういう台詞を面前で言われたら恥ずかしいよ〜っ」

 .....逆効果だった。千歳までよけい恥ずかしくしてしまった。

 しかし、

「え、ええと、んじゃ千歳.....触るぞ」

 ここで恥ずかしがっているわけにはいかなかった。ちゃんとリードしてやらないと.....

 俺は自分にそう言い聞かせると、覆い被さるような体勢のまま、下着の上から千歳の小さな膨らみにそっと触れた。

「.....あっ.....」

 触れた瞬間、千歳の胸の鼓動がとくん、とくんといって感じに直接自分の手に伝わってくる。

 そして同時に、自分の胸の鼓動が早鐘の様に高鳴ってくるのも感じていた。

「千歳の胸.....こんなにドキドキいってる.....」

「.....お兄ちゃんも?」

「.....そうだな。心臓に悪いかもな」

 はっきり言ってどくんっ、どくんっって感じで痛かった。というか確実に寿命を縮めている様な気がするが.....まぁ、それならそれで本望だ。

「あ、あのね.....お兄ちゃん.....」

「ん?」

 そして千歳はおずおずと視線を俺から逸らして、

「あ、あの.....その.....優しく.....してね?」

「お、.....おう」

 .....お、落ち着け、俺。俺は心の中で深呼吸しながら心を落ち着かせようとする。千歳の奴、こういう台詞って場合によったらに逆効果になるのを知らないんだろうな。

 ともあれ、恥ずかしそうに俯いてる千歳の表情を見つめながら、俺はまだ幼さを残す膨らみを全体で包む様にして触れながら、俺は人差し指の指先でなぞるように千歳の胸を這わせていく。すると、

「.....あっ!」

 俺の指があるポイントに付いたとき、ぴくんっと仰け反る様な反応を見せる千歳。俺はもっとそんな反応が見たくて、千歳の胸の先端に当たるその部分にしばらく指を踊らせてみる。

「ここ.....感じるのか?」

「ん.....っちょっとくすぐったくて.....変な感じ.....」

 千歳の胸を薄い生地越しに刺激しているうちに、段々と荒くなっていく千歳の吐息。千歳が感じてる、それだけで俺にとって官能的と言えた。

『硬くなってきた.....』

 千歳の胸の輪郭が生地の下からでもはっきりしてくるのを確認すると、今度は軽く摘んでみる。

「.....んっ!」

 先ほどより少し強い声で反応する千歳。

「あ、悪い.....痛かったか?」

「う、うん.....ちょっとだけ.....」

 千歳に優しくしてって言われた直後に.....ダメ過ぎだ俺。

「今度はもっと気をつけるから.....」

「.....ん。か弱い乙女なんだからね」

 そうにっこりと笑う。

「ああ。.....それに何より、俺の大切な千歳だから.....な」

「嬉しいけど.....やっぱり恥ずかしいよ〜っ」

 そう言う千歳の胸から伝わる鼓動が心なしか早まった気がした。

『.....なんかさっきから俺は千歳の負担ばかり増やしてないか?』

 .....とりあえず、あまり余計なこと言って焦らすのは止めよう。言葉が多くなるのは躊躇いの現れに他ならないが、俺の方が迷ったらダメなんだ。

『俺はもう箍を外したんだろう.....?』

 そう自分に言い聞かせて。

「な、千歳、そろそろ脱がせていいか?」

 それに対して、千歳は一度こくんっと無言で頷くと、俺の手が回しやすいように背中を少しだけ持ち上げてくれた。そして俺はその中に両手を滑り込ませて千歳の胸を包んでいるブラの後ろのフックに手をかける.....かけるんだけど.....

「.....あれ?取れない.....」

 フックで引掛けてるんだと思って奥側に引っ張っても手前に引っ張っても取れなかった。ええっと.....

「.....繋ぎ目をよく確かめてみて」

 少し呆れた様な千歳の声に導かれて確認してみると、どうやら上下の爪で引掛けてる仕組みになっているみたいで。

「をを、なるほど。上下にずらすのか」

 つい言葉に出してしまってしまいながらも実行してみると、それはあっさりと取れた。.....なんだ、思ったより簡単なんだな。

「う〜.....でも、仕方がないよね.....」

 そんな俺にぼそっと千歳が呟く。.....いや、言いたい事は痛い位分かるが、まぁ不可抗力って事でここは勘弁してくれ、千歳。

 ともあれ、とりあえず取れたフックを置いておいて、今度は前から肩紐をそっとスライドして千歳の肩から外していく。何となくリボンで包まれたプレゼントの箱を用心深く開けている様な、そんな感覚。

 .....そして、俺の目に晒された下着から解放された千歳の胸は小ぶりの分類ではあるものの、紛れも無い少女の美しい曲線を描いていた。

『あ、柔らかい.....』

 吸い込まれる様にして千歳の胸に触れてみると、マシュマロの様な繊細な柔らかさが俺の手の中に広がる。少しでも強く掴んだらそれだけで形が変わってしまいそうで。

「あ.....はぁ.....んっっ」

 荒々しくならない様に注意を払いながら千歳の胸の感触を楽しんでると、千歳からは艶かしい声で反応が返ってくる。俺はそんな千歳の声をもっと聞きたくて、更に敏感なはずである千歳の乳首を口に含み、舌で転がしてみた。

「やっ.....そこ.....おにいちゃ.....あ.....っっ」

 乳房より少し硬くて弾力を持ったその部分を周りをなぞったり押し込んでみたりと弄ぶようにして愛撫してみると、小刻みに体を震わせながら体に伝わる刺激を耐える千歳。

『.....どうやら胸は感じる方みたいだな』

 そうと分かればもう少し弄ってみたくなるのが心情というもの。今度は歯を立てないようにして軽く吸ってみる。

「やぁん.....っ、お兄ちゃん、赤ちゃんみたい.....」

 そして、悶えながら千歳にぎゅっと頭を押さえられる。その甘いささやきに更にクラリと来たが、それと同時に、

『赤ちゃん.....千歳もいつかは.....』

 何故か一瞬、身ごもる千歳とその隣にいる墨ベタで顔を塗られた男の姿が妄想の中に映ってきて一瞬ムカついてしまった。

『.....阿呆か、俺は(汗)』

 しかし、直ぐにその兄バカぶりに自分で呆れてそれを払拭した。そもそも今自分で千歳を抱きながら見ず知らずの他人にジェラシー抱いてどーする。

 次いで、千歳の胸に顔を埋めながら、俺は胸だけではなく、もう片方の手で千歳の太ももに手を伸ばす。

「.....あっ」

 今日、ずっと目に焼きついていた千歳の透き通るような白い肌。その触り心地は見た目通りのみずみずしさを持って俺の手に伝わってきた。

「ん.....ちょっとくすぐったいよ.....」

 恥ずかしそうに呟く千歳を側に、やがて俺の手は太股の付け根の方に向かって進んでいき、今だ下着に覆われている千歳の一番敏感な部分へと向かって進んでいく。

「あ.....」

 そして恐る恐る気味に触れた時、千歳のその部分を覆っている辺りが微かに湿りを帯びているのに気づいた。それは千歳が俺の愛撫に感じていたという証拠であったし、そして俺を受け入れる体勢が整ってきているという事でもあり.....

「お兄ちゃん.....」

 不安そうに俺を見る千歳。漫画とかだと、ここでパンツが湿ってる事を指摘してやったりして少しいぢわるしてやったりするのが定番だけど.....

『.....ふっ』

 .....当然俺は可愛い妹にそんなことはしない。ましてや下着の中に手を入れて、その後指で伸ばしたりして見せつけたり、あまつさえ頬に擦りつけたりはしない。.....うん。しないってば。

「千歳、最後の一枚、取るぞ」

 とりあえずそういう邪な邪念は振り払っておいて、そろそろ頃合かと俺は千歳のショーツを脱がせようと千歳の腰に手をかけた。

「.....まって」

 しかし、そこで千歳の制止がかかる。

「.....やっぱだめ?」

「だめじゃないけど.....でも.....今度はお兄ちゃんが先に見せて」

「え?」

 一瞬間抜けな顔を見せる俺に、千歳は口を少し尖らせてこう告げた。

「だって.....さっきからわたしばっか恥ずかしい思いしてるんだもん.....」

「.....う。.....わかった」

 いや、まぁそう言われたら仕方がない。俺は千歳の前でいそいそと脱ぎ始める。

「.....と、言うか」

 確かに視線を感じながら脱ぐというのは.....ちょっと嫌かもしんない。

「あは。引っかかって脱ぎにくそうだね、それ」

「千歳〜っ」

 俺の顔に火が点く。

「あはは.....お返しだよ〜っ」

 .....昔は別にお互いの裸見せ合うなんてなんでもなかったはずなのに。当たり前の様に一緒に風呂に入っていた時もあった。けど、今互いに感じている羞恥心は、俺達がもうその時の二人の関係では無い事をはっきりと示していた。

 それでも、千歳も俺も今までの俺達でありたいと願ってる。異性として意識し始めたとしても兄妹という絆を捨ててしまいたくない。矛盾してる様でも、これが紛れも無い俺達の本音だった。

 そして、俺は千歳の前で既にすっかり膨張してしまった自分のモノを晒け出して見せる。

「わぁ.....小さいときに見たのとは違うね.....」

 それを興味深そうに間近で見ながら感想を述べる千歳。

「.....それ俺がお前のを見た時に言ってやろうと思ったのに.....」

「お兄ちゃんのえっち.....」

 .....お互い様だ。

「ねね、ちょっと触ってみてもいい?」

「ああ。」

 俺が頷くと、千歳はそっと手で触れてきた。

「これがお兄ちゃんの.....」

『うお.....っ!』

 一瞬声をあげそうになったのを辛うじて飲み込む。

「硬くて.....熱い.....」

 興味深そうな声で呟きながら俺の竿の部分を軽く握る千歳。

『こらこらこら、そこで上下させるんじゃないっっ』

「ほうほう.....こうなってるのね.....」

 その後もしばらくの間千歳に興味の示すままに、先端部分をつんつんっと触ったり、ぐいぐいと動かしてみたりと、まるで玩具とでも遊んでいるかの様にすっかり弄ばれる俺の分身。しかしそれの一つ一つが俺の神経には刺激になっているのも確かな話であって、

「あ、びくびくしてる.....」

『はうっ、いかん。このままでは.....』

 実の妹に自分のモノをいいように弄られてるというのも情けないようで、それがまた自虐的な快感を呼び覚まされてもいる様で.....

「な、もうそろそろいいだろ千歳?」

 しかし、いつまでもさせておく訳にもいかないので、そろそろ先に進みたいからとやんわりと千歳の手を止める俺。

 .....実際の本音はこれ以上撫でられてたら、先に千歳の手の中で暴発しそうだったからなのだが。.....流石にそれだけは避けたかった。兄として、いや男として。

「う、うん.....」

「今度は、千歳の番だから.....な」

 そして俺は今度こそ千歳の腰に手をかけ、最後の一枚をゆっくりと下ろしていく。焦らされた分もあって心臓の動悸もこれまで以上に高ぶってくる。

「あ、あの.....恥ずかしいから.....あまり見ないでね」

 そんな言葉も残念ながら逆効果だった。千歳には悪いが俺の方は千歳の全て、隅々まで見てやりたいという欲求はもう覆しようが無い。

「.....うわぁ、小さいときに見たのとは全然違う.....って事も案外無いかな?」

 千歳に先を越されたとは言え、予定通りの台詞を言ってやろうと思っいたのだが、ショーツを下ろして俺の目の前に露になった千歳の女の子の部分は今だ未発達と呼べるものだった。と言っても千歳位の年齢の女の子の平均がどうなのかなんて見たことないから知らないけど。

「まだ生えてないし、縦すじに近いし.....」

 千歳の小さい体躯がやっぱり影響してるんだろうか?それでいてその部分は千歳の分泌したもので湿気を帯びていたのが何だかアンバランスで妙に刺激的だった。

「そ、そういう事は思っても口に出さないでよぉっ」

 千歳は恥ずかしさで足を閉じようとするが、俺は両肩に両腿を固定しているので俺の目の前で大きく開かれたままだった。ちょっと左右する太ももがげしげしと当たって痛いが。

「.....おおーっ.....」

 花弁というよりクレパスという表現の方がぴったりと思える千歳の秘部をそっと広げて感嘆の声を漏らす。女の子の.....千歳の中はこうなってるのかぁ.....

 始めて見せて貰ったのが妹の千歳っていうのも.....情けない様な嬉しい様な。

「だからいちいち声に出さないでってばっっ」

 .....次いで「お兄ちゃんのばかぁ」と言われて、これまた逆に激しい興奮を覚えてしまう俺。結局千歳が分かってないのか、それとも俺が危ない嗜好なのかどっちなんだろうか?

『まぁ、いいか』

 今は深く考える事は無い。とりあえず今は我が身の欲求に従うのみ。

 とりあえず次なる俺の欲求。それは.....

「ん.....」

 俺はその欲求に逆らう事なく、指で軽く押し開いた千歳の花びらに口を付ける。

「あ.....ダメ.....そんなトコ.....はぁんっ」

 まず入り口を唇にキスする様にかるく触れた後で、唇で触れた表面からそっと自分の舌を這わせていく。すると、既に表面に滲み出ていた千歳の雫が俺の舌に広がってきた。

『これが.....千歳の味.....』

「はぁ.....はぁ.....お兄ちゃん.....っ」

 うわごとの様に「お兄ちゃん」と呼びながら荒い息を吐く千歳の声を聞きながら、俺はそれを味わうように丹念に掬い取り、そして入り口表面を舌で出し入れする。千歳の「お兄ちゃん」を含めた喘ぎに俺は今千歳の、実の妹の一番恥ずかしくて大切なトコロを舌で愛撫してるという現実をまじまじと自覚させられて頭がすっかりのぼせ上がってしまいそうだった。

「千歳.....どんどん溢れてくる.....」

 そして、次第に雫の分泌量も増えてきて、俺の唾液と絡まってぴちゃぴちゃと淫猥な音も聞こえてくる。.....もっとだ、もっと千歳を感じさせてやりたい。俺は今度は脱がせた直後より少しだけ膨らんでいる事に気付いた千歳のつぼみの様な肉芽に舌で軽く触れてみた。

「.....ひぅっ!」

 するとぴくんっと体を仰け反らせて反応を示す千歳。ほうほう、やはり本とかで見た情報通り、ここが一番敏感な部分なのか。

 .....だったら、それを逃す手はないよな。俺は今度はそこを重点的に攻める事に。舌で輪郭をなぞったり、押し込んだり.....と、さっき胸にしてた時とあまり変わってない気もするが大して気にはしない。

「や.....あ.....ダメ.....そこは.....あっ.....!」

 その俺の攻めにがくがくと体を震わせて身悶えする千歳。もしかしたらここは逆にちょっと刺激が強すぎるのかもしれない。

 そんな事を学習しながら舌での愛撫を続けていく。もう俺の口元はすっかり千歳の分泌液でいっぱいだった。

「さ.....て」

 しかし、痛いくらいに膨張した俺の下半身の我慢の方も限界に近づいてきており、そろそろ千歳の中に.....と思ったが、同時に少し不安感が俺を襲う。

『.....どーでもいいけど、ちゃんと入るのか.....?』

 自慢ではないが、俺の分身は平均より決して大きな方とは思わない。(威張っていう事でも無いか。)しかしそれでも目の前に見えている千歳の小さな花弁にすんなり入るとは思えなかった。

『むぅ.....』

 そこで、とりあえずまず自分の指から試してみることにする。俺は爪が伸びてないのをちらりと確認して、指先を宛い、そして軽く中へ差し入れてみた。

「ん.....っ!」

『うわ.....熱い。』

 指先に伝わった千歳の中は柔らかくてぬるぬるしてて、そして火傷しそうなくらい熱い。こんなに熱を帯びるものなんだなぁと思わず感心してしまう。

「いや、それはともかく.....」

「.....え?」

『.....入る.....のかな?』

 とりあえず浅くしか入れてないとは言え、指一本は何とか入るみたいだけど、流石にこれの倍くらいはあるぞ、俺のは。今千歳の中に入れている中指に感じる締め付け感に早く自分のモノを入れてみたいという欲求を煽られるが、しかし.....

「..........」

 .....いや。でもここで止める訳にはいかない。少なくとも試してもいないのに止めるわけにはいかなかった。

『.....まぁ、ちょっと試してみてダメなら考えるさ』

 千歳に相談しても絶対に止めないでと言うのは承知の上だった。だからこそ、ここまで来て千歳に甘えちゃダメなんだ。本当は、俺が千歳を甘えさせてやらなければならないんだから。.....せめて俺の想いだけはちゃんと千歳に伝えてやりたいから。

「そろそろ、いいか?.....千歳?」

 全ての迷いを消して、俺は千歳にそう促した。

「ん。その前にお兄ちゃん、これ.....」

 いよいよ千歳の中に.....と思った矢先に、千歳が脱いだ俺のシャツの胸ポケットから何かを取り出して俺に手渡す。それは、ひと目で何を何の為に差し出したか理解できる代物だった。

「ん?お、おお.....」

 そういえばこういうものもあったんだよな。.....いや、もしかしたら俺達には必需品だったか(汗)。

「こんな気の利いたモノなんてお兄ちゃん絶対持ってないと思ったから」

「.....悪かったな」

 どうせ俺はこういう物には縁が無いさ。

「それよりお前こそ、いつもこんなの持ち歩いてるのか?」

 もしかして、使用したことがあるのか?なんて何となくあらぬ想像が吹き込まれてくる。

「ううん。これは友達に悪ふざけで一つ貰ったものだよ」

「んで、今晩俺の部屋に来るときにこれを持ってきたって事は.....」

 こうなる可能性があるって事を予感してたのか?.....もしくは覚悟を決めていたか。

「千歳.....」

 さすがに自分の考えを言葉にする事はしなかったが、俺は思わず千歳の顔をじっと見つめてしまう。

「あ、あはっ。お兄ちゃん、私がつけてあげるね」

 そして千歳は俺の視線をはぐらかす様にして俺の手からスキンを取り返して、とりつけにかかった。

 .....やっぱり臆病者だな.....俺が。

「ほら、動かないでね」

 千歳は包みの袋の端を破ると、中に粘膜が付いた様な輪状の物を取り出し、それをゆっくりと俺のモノに被せていく。

「そういえば、今まで現物見たこと無かったっけな」

「私も使うのは初めてだよ.....貰ったときには、まさかホントにお兄ちゃんに使う機会があるとは思わなかったけど」

 そう上目遣いでそうくすっと微笑みかける千歳。

「それで、今日突然思い出して持ってきたって訳か?」

「.....さあて.....ね」

 今度は意味深な含み笑いを見せる。.....もしかして、千歳.....今までも俺の部屋に上がり込んでくる度に.....?.....いや、それは俺の思い上がりか。

 それに、最早どうでもいい事なんだろうしな。仮にそうだったとしても、今日現実にその時が来てしまったんだから。

 それにしても.....

『なんか、こういうのも悪くないなぁ.....』

 嬉し恥ずかしというか、何と言うか.....背筋に感じるこのくすぐったい様な感覚が俺には心地よかった。不思議と気分も更に盛り上がってくる様で。

「.....それじゃ、そろそろいくぞ、千歳.....」

 千歳が俺につけ終わった後を見計らって告げた後で、俺はいよいよ千歳と一つになる為にゆっくりと千歳の両足を広げていく。お陰で乱れていた心も少し落ち着いた気がしていた。

「う、うん.....お兄ちゃん、来て.....」

『.....ごくっ』

 俺は妙な緊張感と共に自分のを千歳の秘所に宛がい、まず俺の先端の部分を千歳の入り口に押し付けてみた。

『うっ.....』

 俺の分身を通してゾクゾクする様な感覚が背筋を駆け抜ける。.....このまま一気に突き入れてしまいたくなる衝動を押さえながら、自分の手で場所を調整しながらゆっくりと先端を押し入れていく。

「ん.....く.....」

 しかし、指を入れただけでもキツかった千歳の中にやはり俺のモノがすんなり入る訳も無く、押し出されそうな抵抗に強引にならない様に気をつけながらも逆らい、進入していった。

「あ..........つっ!」

 両手でぎゅっとシーツを握って押し殺した様に挙げる千歳の苦痛の声に心の痛みを感じながらも止めることなくゆっくりと挿入していく。千歳が分泌していた適度なぬめりと、熱くて絡みつくような媚肉の感触に溶かされそうな快感を身に受けながら。

「千歳.....痛いか?」

 表情を見れば聞くまでも無い当たり前の質問だった。でも、無神経と自分でも思っていても、聞かずにはいられなかったのも確かだった。

「全部.....入ったの?」

「.....ああ。」

 千歳の弱々しい台詞に優しく答える。俺の分身は既に千歳の奥まで辿り着き、コツコツと先端が何かとぶつかっていた。

「.....すぐに、終わるからな。ちょっとだけ我慢しててくれ」

 そう言ってすぐに腰を動かそうとしたところで千歳に止められる。

「まって.....お兄ちゃん.....!」

「え.....?」

「.....今動かないで.....痛いから.....」

「あ、ああ、悪い.....」

 落ち着け、俺。

「.....それに、せっかく一つになったんだから.....もう少しだけこのままで.....」

 苦悶の中でそう言って無理して笑顔を見せる千歳。

「.....そうだな。ほら、俺の背中に手を回せ」

「うん.....」

 俺が促すと、千歳は俺の言葉通りに、シーツを握っていた手を俺の背中に回して絡めてくる。俺の方から千歳を抱きしめると動きが取れなくなってしまう為にそう出来ないのは残念だったが、実際はこれで充分に千歳と密着していた。千歳の胸が俺の胸板に当たってくすぐったい様な感触が気持ちよかった。

「しばらく落ち着くまでこうしてればいい」

 .....ちなみにこれは千歳だけでなく、俺自身の為にでもあったりして。

「.....とうとう結ばれちゃったね」

「そうだな.....」

 特にそれ以上言葉を交わす事もなくて、しばらく俺は千歳の顔をじっと見つめる。動かなかったらそれ程痛みもないのか、千歳は割と穏やかな表情を見せていた。

 しかし、千歳の顔を見つめる俺に対して、向こうは俺から目を逸らそうとする。

「ん?どうした?」

「今お兄ちゃんの顔見るの、恥ずかしいよ.....」

「え、あ、そういえばそうだな.....」

 千歳に言われて自分まで恥ずかしくなってくる俺。繋がってる状態でお互い見つめあうのは確かに気恥ずかしさの方が大きかった。

 .....本当はもう少しこのままいたかったが、一端意識し始めてしまった以上はもう仕方がない。

「それじゃ.....そろそろ動くぞ、千歳?」

「う、うん.....」

「.....痛かったら俺にしがみついてろ。爪を立ててもいいからな」

 千歳の感じている痛みをほんの少しでも受け持ってやれれば.....そんな一心だった。

「分かった。.....遠慮はしないからね?」

「ああ.....」

 そして俺は千歳の奥まで突き入れていた腰をゆっくりと動かし始める。

「くぁ..........っ」

 ぎゅっ

 程なくして、千歳の俺を掴む手が強くなり、俺の背中に千歳の爪がめり込んできた。

『あいたたた.....』

 下半身から感じる快感と背中の痛みが同時に伝わる。流石に皮膚を破って血が出るほどって程の事は無いものの、思っていたより痛かった。

 .....しかし、今千歳が感じてる痛みはきっと俺のより比較にならないものなんだろう。現に千歳の瞳からは痛みからであろう、涙の筋が千歳の顔を伝わってシーツに零れ落ちていた。それを考えるとこの背中の痛みも、わずかでも俺に免罪感を与えてくれて心地良さすら感じさせる。

「千歳、我慢できそうか?」

「ん.....お兄ちゃん.....私は大丈夫だから.....お兄ちゃんの好きな様に.....」

 弱々しく答える千歳のその台詞が強がりなのは分かっていたが、俺はもうあまり多くを喋ろうとせずにゆっくりとしたペースを保ちながら出し入れを繰り返していく。とにかく早く終わらせてやりたい。でもどんなに千歳が痛がっても、途中で止めてはいけないと自分に言い聞かせながら。

『千歳.....』

 千歳の中は凄く狭くて熱くて.....そんな中でぎゅうぎゅうに圧迫された俺のモノは本来長くは保たないはずなのに、千歳を気遣う心で逆に集中力が分散されている所為か思うようにいかなかった。

「はぅ.....っ、お兄ちゃ.....んっ.....」

『千歳.....千歳.....っ』

 比較的規則的なペースで千歳との行為を続けていく中で、千歳との昔の記憶が俺の脳裏に現れてくる。近所でも仲の良い兄妹として評判で、いつも俺の側に付いて来ていた千歳の幼い姿。12歳の時、父親の海外赴任が決まった日の夜、どうかこれからも兄として千歳を寂しくさせないで欲しいと両親に頼まれた時の情景。そして初めて千歳を異性として意識してしまった、中学の制服に身を包んだ入学式の時の千歳の姿。

 そんな千歳を今、俺は.....

「く.....はぁ.....はぁ.....あうっ.....」

 苦痛に入り混じった千歳の喘ぎを受けながら俺の中で罪悪感も含めた様々な想いが交錯し、それはやがて一つに収束していく。

「く.....千歳..........っ!」

「お兄ちゃ..........っ!」

 .....そして程なくして、俺のモノを包む薄い膜を通して、俺はとうとう千歳の中で果てた。 

「.....はぁ、はぁ.....千歳.....」

 今だ千歳の中に入ったままで動きを止め、俺は肩で息をしながら千歳の名を呟いた。額に溜まった汗が流れて頬を伝っていく。

「.....凄い汗.....だね」

 千歳は穏やかな笑みで俺の頬に指先を伸ばして汗を拭った。

「そうだな.....もしかしたらこれって結構な運動量なのかもしんないな」

 俺も千歳に合わせて穏やかな笑みを浮かべる。

「くす。お兄ちゃんが運動不足なだけじゃない?」

「.....かもな」

 そんな他愛もない会話の後で、一応名残は残るものの千歳になるべく痛みを与えない様に気を使いながら、ゆっくりと千歳の中から自分の分身を引き抜く。引き抜いた後、千歳の花弁からは純潔の証だった破爪の血が流れ落ちていた。

『千歳としてしまったんだな.....』

 それを見て改めて実感が沸いてくる。.....それと、千歳の初めてを奪ってしまったという自覚も。

 .....本当に俺で良かったのかな?決して後悔はしていないしその答えはとっくに分かってるのに、それでもそんな不安が一瞬たりとも現れるのはやっぱり俺特有の臆病さなのかもしれない。

「責任.....とってね?」

「え?」

 不意にかけられた千歳の言葉に俺は一瞬間抜けな顔を見せる。

「.....あは。深い意味は無いけど、こういった場面で女の子がそう言いたくなる気分が.....ちょっとだけ分かったから」

「???」

 そして千歳は俺の胸に自分の体を預けるようにして、

「ね、お兄ちゃん.....もう一度だけ言って?」

「俺から.....?」

「そう。お兄ちゃんから」

 ねだる様にそう囁く千歳。最早俺の方も何の躊躇もなく、

「.....千歳、愛してる。きっと、誰よりも一番.....」

「.....私もだよ、お兄ちゃん」

 そして自然と俺達の唇が近づいていき.....俺達は俺達の初体験を今までで一番甘い口付けで締めくくった。

 

 それから気づいた時には既に星々の輝きは消えて空は紫色に変わり、そして何時の間にか薄暗いながらも俺の部屋に点す光は月から太陽になっていた。

「もうすぐ朝だな......」

 耳を澄ますと、チュンチュンという鳥の囀りも聞こえてくる。ぐるりと部屋を見回して時計を探すと、千歳がいつも起きなければならない筈の時間迄に後2時間も残っていなかった。

「が〜ん.....徹夜しちゃった.....」

 しまったとばかりにがくっと肩を落とす千歳。今日は午後から講義の俺と、いつもの様に朝から授業の千歳とでは、その事実に対する負荷は全然違っている筈だった。

「まだ時間は少しばかりはあるぞ。少しでも寝とくか?」

「.....絶対起きられなくなるからいい」

 千歳はため息混じりに諦めた様にそう答えて、

「その代わり、学校終わったらまっすぐ帰ってきて寝るから.....お兄ちゃんの膝の上で」

「.....って、俺はずっとはその間正座しとくのか?」

「動いちゃダメだからね」

 そうにっこりと告げる。

「へいへい.....」

 俺はそう答えるしかなかった。.....いや、俺自身そうしてやりたかったんだろう。

 それからしばらく、俺達は二人で背中あわせで思い出した様に沸いて出てきた眠気を適当に抵抗しながら殆ど無言でぼーーーっと過ごしていたが、ふと俺はある事を思いつくと同時に沈黙を破ってみた。

「.....なぁ、千歳」

「.....ん?」

 俺は気だるそうに千歳の名を呼び、千歳も同じ様に気だるそうに返事を返す。

「今度の休み、二人でどっか行くか?」

 二人がこうなった記念、という訳でもないが、何となく無性にそういう気分なのは確かだった。
 千歳とデート。今まではわざわざ二人でどこかに行こうなどと誘うことは無かったけど、これからはそういう時間も千歳と過してみたい。これも俺の変化の一つなんだろう。

「え〜っと、ゴメン。もう友達と約束があるの」

「.....はうっ、そーなのか」

 .....しかし、それはいきなり挫かれた。

「ゴメンねぇ、もっと早く言ってくれれば良かったんだけどね〜」

「まぁ確かに。.....と言っても今思いついたんだからしょうがないけどな」

 千歳はくすっと笑って、

「ん〜、でも、次がある。ね、わたし来週は開いてるよ?」

「おう、そっか。んじゃ来週末.....だな?」

「うんっ。しかも来週末は連休だし、二人で旅行でもいこっか?」

「.....おいこら。俺の奢りなんだから勝手に話を大きくするなっ」

 俺は正真正銘の貧乏学生だっつーの。

「をを。それなら私が遠慮すること無いねぇ、あはは」

 ぽこっ

「あいたっ、お兄ちゃん酷い〜っっ」

「やかましいっ」

 .....今のは絶対こいつが悪い。

「.....でも、急にどうしたの?」

「別に。ただ何となく.....」

 背中越しから伸ばした手で、俺は千歳の手をそっと握りながら答える。本当はまたぎゅっと強く抱きしめたくなった衝動を辛うじて抑えながら。

「.....一緒にいる時間が今までよりもうちょっとだけ長くなればなと思っただけだよ」

「それって.....独占欲が芽生えたって事かなぁ?」

 千歳がうりうりと意地悪気な声で俺の背中を突付く。

「そうかもな.....男って奴は単純だからな」

 別に千歳を束縛する気は無いけど、でもやっぱり千歳の言う通り独占欲が芽生え始めたのも確かだろう。例えて言うなら今まで千歳を表現していた「可愛い妹」から「俺の」が付いた、そんな感じで。

「ね、お兄ちゃん?」

「ん?何だ?」

 俺の話が一段落した後で、今度は千歳の方から話しかけてくる。

「今のお兄ちゃんにとって.....わたしは何?」

「千歳だろ?」

「いや、そうじゃなくて.....ああもう、鈍いっっ」

 .....怒られた。

「俺の可愛い妹」

「それで?」

「それでもって大切な.....」

「大切な.....?」

 俺は一瞬だけ考える振りをして、

「.....千歳」

 一人の女性としての千歳。俺の可愛い妹としての千歳。俺にとっては実際天秤にかける様なものでもなかった。少なくとも、千歳とこうして肌を重ねた後でもそう思える以上はこれが俺にとっての紛れも無い真実なんだろう。

「それとも.....どっちか選ばないとダメか?」

「ううん」

 そして千歳は自分の腕を俺の肩に絡ませて、

「.....きっと、私も同じだから」

 そう囁いた。

「.....そっか」

 お互いに求めているものが同じなら、きっと幸せになれるはず。.....だから、これからも俺達はきっとこの微妙な関係のままうまくやっていける。背中から感じる千歳のぬくもりを感じながら、俺はそう思った。

 

「それはいいんだけど.....」

 その日の夕方の事、

「.....何で二人そろって風邪を引くかなぁ?」

「あははは、約束どおり移しちゃったねぇ〜」

 .....そこには、二人でマスクをして厚着をしながら肩を寄せ合っている俺達がいたりして。

「.....ま、別にいいけどな」

「うんうん。これぞ一蓮托生」

 .....なるほどね。

 

*****終わり*****

 

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