エイリアス@ココロ その2
Phase-2:エンブリオ
「ふぁ〜あ、もう、さっさと始まらないかしら……」 やがて、遂に訪れた決戦の日、わたしは試験会場であるA3本部内の大会議室の最前列で欠伸をかみ殺しながら、誰にともなくぼやいていた。 ……試験開始の時刻まで、あと十分ちょい。 入学試験もだけど、慣れていない場所での受験というのは、普段学校で受ける定期試験以上の緊張感が生まれる上に、今朝はいつもより二時間も 早起きさせられ、これまた慣れない列車に長時間揺らされた事もあって、既に気持ちの上で疲弊させられていたりして。 (というか、今みたいな半端な待ち時間が一番苦痛なのよね……) これが一時間前なら、まだ何度目かの最終チェックをしておこうとか、いっそのコトひと眠りでもして頭をすっきりさせようとか選択肢もあるものの、既にここまで来ると何をするにも中途半端で、ただこうして席についたまま待ち続けるしかない。 (ああもう、気だけ逸ってますます疲れてきてるし……) ついでに試験も一種の戦いだからと、高いテンションを維持すべく火のエレメントの効果をこっそりエンチャントさせているのも裏目に出てしまっていた。 (これなら、水のエレメントに力を借りて、気分を落ち着かせる方が正解だったかもね?) ……だけど、そう思ったところで簡単にチェンジというわけにはいかない。 各エレメントには相性と性格があって、対極の属性同士で仲が悪い火と水のエンチャントの張替えは、お互いがへそを曲げて与えるべき恩恵を渋ったり、また反発して相殺しようとしたりして、期待通りの効果が出ない事も多かったりする。 (……まったく、“精霊”とはよく言ったものよね) 小さい頃、祖父母からエレメントとは「意思を持った魂」と聞かされていたけれど、こうしてエレメンタラーとして精霊と付き合い始めてからは、ワザワザ思い出すまでもなく、日常の中で自然と実感させられていた。 (だから魔法の個人使用禁止って、エレメントを理解する為の学習機会を奪ってるとは思うんだけど……) 一応、六属性の相性については、「エレグラム」と呼ばれる相関図が作られていて、具体的な計算式を含めた基礎的な仕組みは誰にでも把握出来るようにはなっているものの、実際のエレメント同士の関係は簡単に方程式で表現し得る程に単純でもなければ、そもそも一定でもない、もっとデリケートで奥深いものである。 それを詳細に説明していけば枚挙に暇が無い位だけど、簡潔に言ってしまえば、今のエレグラムには欠陥があって、載っている情報はエレメント同士の相性ばかりで、「性格」面は殆ど考慮されていない為に、参考資料としては底が浅いと評価せざるをえないといいますか。 ……たとえば、火と水のエレメントは「相反して打ち消し合う属性」というのは常識としても、実際はそれだけじゃなくて、火は好戦的でヤキモチ焼きの一面があるだとか、反面で水は平和主義で、攻撃目的での使用が続くと拒絶傾向になってきて出力にも影響してくるとか、本当は考慮しなければならない部分は多いのに、やっぱり創始者の言葉を忘れてエレメントを単なる個性のあるエネルギーとしか見られなくなった今は、無理な話なのかもしれない。 (でも、逆に言えば、そこが未だ残っている数少ない伸びしろだとも思うんだけど……) ただ、実際にエレメントと言葉でやりとりできるワケじゃないから、所詮は一方通行の関係なんだよね。 もし、エレメントと直接会話でも出来たら、一気に理解は深まるんだろうけど……。 ……とまぁ、暇つぶしがてらに埒も無いコトを延々と考えても仕方が無いとして。 「でも、やっぱり火はミスチョイスだったかなぁ……?」 目がしっかりと冴えているのはいいけど、無用にイライラしてくる。 「当たり前でしょ?火属性なんて暑苦しいし、消耗も激しくなるし、短気にもなるしで長期戦には全く向かないわよ?」 「え?」 それから、独り言をぼやいたつもりが、不意に思ってもみなかった横槍を受けて振り向くと、今まで誰もいなかった隣の席上で、いつの間にかやって来ていたらしい一人の幼い少女が、腰に手を当てながらこちらを見据えていた。 「まったく、変な所で抜けてるのね?ユリナ」 「……えっと、どちら様?」 いきなり居丈高かつ、馴れ馴れしく名前を呼ばれた割には、全く見覚えが無いんですが。 「あたしを知らないですって?!昔会ったコトがあるはずだけど」 「いや、そう言われても……」 まるで、知らないわたしが悪いとばかりの口調で睨んでくる女の子に、わたしも一応は記憶を手繰ってみるものの、やっぱりアテは無い。 ……というか、幼馴染みはもう間に合っているし、これ以上押しかけられても困るんですけど。 「えっと、失礼ですけどお名前は?」 「メイシアよ、メ・イ・シ・ア!メイシア・S・メイナード」 「……ああ、メイナード研究所か」 しかし、ようやく名前を聞いた所で、わたしの記憶に引っ掛かるキーワードが出てきた。 メイナード研究所は北方のエイダ地方にある、うちと同じく老舗と呼べる歴史を持つA3系研究機関で、精霊石からの出力を最大限に生かす駆動系の研究開発では定評を得ている。 お得意先が共通という事もあって、αマトリクス社製のエイリアスドールは、うちで作ったコアにメイナード研究所の駆動エンジンが搭載されている事も多いし、そもそもメイナード家とライステード家とは遠縁にあたると聞いた事もあるので、確かにまったく知らない仲ではないのかもしれない。 「やっと思い出したのね。大事な試験の前だってのに寝惚けてどーすんのよ?」 「いや、確かにメイナード研究所には覚えがあるけど、あなたの事は全然」 ……しかし、そんな繋がりも所長、つまり親同士の話であって、娘の世代については別問題である。 「むき〜〜っ!みっつとななつの頃に会ったじゃない〜っ」 「みっつとななつ、ねぇ。その時のわたしはいくつだっけ?」 「失礼ねっ、同い年よっ!」 というか、いつの間にA3研究員の年齢制限は撤廃されたんだろうと本気で考え始めた所で、メイシアが顔を真っ赤にさせながら反論してくる。 「ありゃ、みっつくらいは下かと思ってた」 「う〜〜っ……」 元々わたしも小柄な方だけど、この子と比べれば遥かに年相応のお姉さんだろう。 ……というか、何かとムキになってくる所とか、頭に着けた大きなウサギちゃんの髪留めとか、今みたいにぷっくりと頬を膨らませて見せる仕草も含めて、いちいち幼いのが余計にミクロな体型を引き立てている感じだし。 まぁとりあえず、可愛いのは認めるけど、それ以上に鬱陶しかった。 「ちっ、まぁいいわ。とにかく今回の認定試験をトップで合格するのは、このあたしよ!あんたには負けないんだからねっ!」 「いや、別にわたし的には通れば何だっていいんだけど……」 (えっと、結局言いたかったのは、ライバル宣言ってコト?) まったく、変なのに絡まれちゃったなぁ。 「……はい、お待たせしました。それではこれより、認定試験を始めます」 しかし、いよいよ相手するのが面倒くさくなった所で、A3本部の職員の制服を着こなした試験監督官の女性が会議室へ入ってきて開始を宣言してくる。 (お、とうとう時間か……) ……まぁ、ちょうどいい待ち時間潰しにはなったかな? * 「ふう……」 やがて、筆記試験もおそらく無事に終えて昼食を食べた後、わたしは中央ロビーのソファーへ身体を預けて、何をするコトもなくまったりと過ごしていた。 一応、まだ全てが終わった訳じゃないものの、食事を終えてコーヒーを飲んだ所で一気に疲れが出てきてしまったのだから、ここは身体の欲求に従って休むに限るってものである。 (……でも、本部の食堂は美味しかったなぁ) うちにも、それなりにちゃんとした職員向けの食堂があってわたしも時々食べてるし、決して内容も悪くないとは思うんだけど、でもやっぱり規模やメニューの種類からして、違いは歴然だった。 ……まぁ、物価の違いもあってお値段の方もそれなりだけど、この辺りは流石って所だろうか。 (メンバーになったら本部への出入りは自由だし、合格したらチサトも連れてこようかな?) 大袈裟な子だから、「うまいぞ〜!」とか叫びださなきゃいいけど。 「……ああ、こんな所にいた。まったく、いつまで油売ってんのよ?!」 と、そんな親愛なる幼馴染の姿を想像してほくそ笑んでしまった所へ、別の自称幼馴染兼、ライバルがわたしの元へ肩をいからせながら歩いてくる。 「なに、まだ何か用なの?」 「はぁ?!あんた午後からの面接を忘れてんの?」 それを見て、けたたましい声でせっかくの休憩時間を台無しにされ、すっかりと気分を害されたわたしは敢えて冷たく切り返してやるものの、相手の方は「正義は我にあり」と言わんばかりの態度で、すぐ近くまで迫ってきた。 「ああ、もう時間なんだっけ?」 「もう、悠長なんだから……ほら行くわよ?」 そしてシンシアは一方的にそう告げると、わたしの手を取ってソファーから引きずり出そうとしてくる。 「行くわよって、ちょっ、なんで……?」 「何でって、あたし達は同じ組でしょーが?!遅刻されたらこっちまで迷惑だから、わざわざ呼びにきてあげたのに、感謝しなさいよねっ?」 「ああそっか、受験番号が並びなんだっけ」 わたしはそこで、午後の面接試験は受験番号順の二人一組だった事を思い出すものの……。 (……ってコトは、このやかましいのと一緒に受けさせられるのね) ただでさえアンニュイになってきているのに、気が滅入ってきそうだった。 * 「ユリナ・A・ライテードさんにシンシア・S・メイナードさんね。私はユーリット・ヘイム。今回はあなた方の面接官だけど、普段は本部で広報を担当しているわ。よろしく」 それから、シンシアに引きずられる様にして面接会場へ入り、それぞれの自己紹介を済ませたわたし達へ、先程の試験監督と同じ制服を着た面接官の女性が、簡単に名乗った後で名刺を差し出してくる。 「はい。よろしくお願いします」 「はーい、よろしく〜♪」 (……こらこら、何よその返事の返し方は) 一応、就職試験の面接とかじゃないからいいんだろうけど、本当に自称通りの年齢なんだろうか。 「それにしても、今回は第一線で活躍されている研究所の娘さん達が揃って最年少での受験とは、A3の将来もそう捨てたものではなさそうね」 しかし、ユーリットさんの方は全く気にしていない様子で着席を促した後、二人分のエントリーシートをそれぞれの手に取ったまま、微笑ましそうに頷いてきた。 ……まぁ、かくいうユーリットさんの方も、見た感じは二十代半ばくらいなのに、本部勤務で認定試験の面接官も任されているという事は、若い身空で相当なエリートさんなんだろうけど。 「当たり前です!あたしは再びE3との勢力差をひっくり返してやるつもりですから」 「頼もしいわね。ユリナさんの方も、何か大いなる野望があっての受験かしら?」 「いえ、わたしはそういうのはあまり……」 まぁ、野望があるのはわたしも同じなんだけど、それが大きいのかささやかなのかはまだ不明だった。 「では、とりあえずライステード研究所の跡取り娘としての義務感って所?」 「別にそんなのでもなくて、小さい頃にうちの押し入れの奥に眠っていた骨董品っぽいDOLLを見つけて、いつかその子を何とか再起動させてやりたいと思っただけです」 「骨董品、って事かしら?ライステード研究所は百年以上の歴史があるものね」 「詳しい事はよく分かりませんというか、それを調べたいというのも含めての動機ですから。早い話が、本部のライブラリを早く利用出来るようになりたいと思いまして」 「なるほど、研究熱心なのは素晴らしいことね。最近は生き残りに必死で、お金にならない事には一切興味が無いみたいな、夢も余裕も失った研究者ばかりになってしまったし。……まぁ、これはE3側も大差無いみたいだけど」 「あちらも、マシナリードールの価格帯を大衆向けまでに下げて大成功した反面で、その分薄利多売傾向なんでしたっけ?」 元々、E3のマシナリードールにはA3が最初期に高価なオーダーメイド品のみを取り扱っていたのに対して、「DOLLは特権階級の為だけの物じゃない」というアンチテーゼが込められ、現在も基幹コンセプトとして受け継がれているらしいけど、それ故に利潤の薄い廉価シリーズを主力ラインナップに置く宿命も背負っていたりして。 「儲けが出るのは、やはり高性能・高付加価値の部門だけど、こちらは未だにエイリアスドールの方が優位を保っているからね。精霊石のノウハウに関しては、未だE3は我々を超えるどころか、技術提供を受けなければならないのが現状だから」 「ですねぇ……」 当然、E3も高級機はラインナップしているものの、精霊石を越える代替技術が完成していない今は、A3製コアのOEMを受けてガワだけ変えたエンジンを使っていたり、エレメント消費量は度外視で搭載する数を増やして強引に実行性能トップの座を得ようとしたりと、自己矛盾を地で行くモデルばかりだったりして。 「所詮、人はもうエレメントの恩恵からは脱却なんて出来やしないの。E3なんて悪あがきを続けてるに過ぎないってコトね」 「……それをこちら側が言っても、今は負け犬の理屈にしか聞こえないってば。所詮って言葉を返させてもらうけど、顧客にとっては需要を満たしてくれるのなら、エイリアスドールだろうがマシナリードールだろうが、どっちでも構わないものよ?」 「ユリナさんの言う通り。結局は製品の質で勝負するしかないの。E3の主力モデルより安価で高性能な物が量産出来れば、勢力は自ずと変わっていくものよ、シンシアさん?」 「わ、分かってるわよ……」 「でも、世界に散らばるマナの濃度は年々弱まって、代替技術の需要は高まる一方というのも現実ね。それについて若いお二人はどう考えているのかしら?」 そして、「これが面接試験の本題よ」と付け加えてくるユーリットさん。 「もっちろん、代替技術よりも無闇な自然破壊を止めて再び自然との調和を目指し、マナ濃度の復活を図るべきよ。あたしはエレメントの無限論を信じてるから」 「なるほど。マナが薄れているのではなく、人がエレメントを遠ざけているという説を支持しているのね。ユリナさんは?」 「わたしは……時代は流れるものだと思ってますから。それに沿うしかないのかなと」 文明も、需要と供給の中で生み出されるもの。 わたし達はそれを提案する側なんだろうけど、押し付けがましい開発者の醜さは、過去の歴史が体現してしまっているしね。 「……そう。必要とされなくなってしまえば、仕方が無いと?」 「ただ、それでもA3側の人間として、エレメントと共存する文化は滅びない程度に保護したいとは思いますけど」 「消極的ねぇ。あたしが時代を築いてみせる!ってぐらい言えないの?」 「別に、わたしは名声が欲しくて研究者になろうとしているわけじゃないもの。いずれは顧客の為だけに仕事をする事になるんだろうけど、しばらくは自分の為にやるつもりだし」 「ふふ、なかなか対称的で面白いわね。将来はいいライバル同士になってくれるかしら?」 「当然よ!あたしはもうこの認定試験で勝負してるつもりだし」 「勝手に言ってなさいっての。というか、ユーリットさんも無責任に煽らないで下さいよ……」 「あら、私としては面接官ではなくA3の広報担当者として、なかなか有望な売り込みネタを見つけたと思っているのだけど?」 そこで、何だか一気に疲れが出た心地がして溜息交じりにぼやくわたしへ、ユーリットさんは満足そうな笑みを浮かべてそうのたまった。 * 「おかえりなさいませ、ユリナお嬢様。合格通知が届いていますよ?」 やがて、認定試験から十日経った夕方、いつものようにチサト達とお茶をした後に関係者入り口から帰宅した所で、どうやらわたしを待ち構えていたらしいルクソールさんが、開封時のドキドキ感をぶち壊す台詞と共に、一通の便箋を手渡してきた。 「何でいきなり結論ありきなのよ。まさか、勝手に開けて中身を見たの?」 「……やれやれ、何を仰いますやら。認定試験の合格者リストは本日付けで本部が公表し、同時に専用ネットワークを介して関係機関へも配信されていますよ?まったく、正式なA3メンバーとなった方がそんな事では困りますね」 まぁ合格なら別に何でも構わないとはいえ、それでも何だか色々と台無しにされた気分になったわたしはデリカシーの無さへの不満と、プライバシー侵害の疑惑を込めて軽く睨むものの、ルクソールさんの方は肩を竦めながら何食わぬ顔でばっさりと切り捨ててくる。 「う……」 元々、慇懃だけど痛い所を遠慮なく突いてくるタイプらしいのは聞いていたものの、今後はわたしに対しても容赦なく接してくるのだろうか? まぁ、それはいいとして……。 「ですから、むしろ今まで御存じなかったのはお嬢様だけと言った方がよろしいかと」 「ああ、そうなんだ。んじゃ、親への報告はいらないわね」 ともあれ、この様子じゃ直接見てなくともルクソールさんか誰かが報告しているんだろうし、どうせ会いに行っても、仕事の邪魔をするなと言われるのがオチってもので。 「……おいおい、そりゃいくらなんでも冷たいんじゃないか、ユリナ?」 しかし、わたしがそう吐き捨てた直後に、今度は背後から噂をすれば何とやらの声が届いてきた。 「あ、いたんだ?」 声の主はゲンゾウ・A・ライステード。ライステード研究所の十二代目所長である。 曲がった事を嫌う、実直をモットーとした職人肌の研究者で、能力の高さと信頼性を両立させた質の高い仕事はクライアントに好評を頂いている半面で、一度走り出すと周りが見えず、また仕事と家庭が両立できない不器用さもあって、一人娘から自慢のパパと懐いてもらえない不幸な父親でもあった。 「やれやれ、本来なら親に向かって何だその態度は?とでも叱りたいが、とても俺が言えた義理じゃないのが辛い所だな」 「そこは反面教師にするつもりだから、ご心配なく」 「ふっ、手厳しいな。それはともかく、一発合格おめでとうユリナ。良く頑張ったな」 「しかも、優秀な成績を残されていますしね。本部発表は順位が出ているんですが、今回は最年少の受験者が二人も上位に入っていて、ちょっとした宣伝にもなりそうです」 「二人ってコトは、もう一人は?」 「メイナードさんの所の、シンシア嬢ですが」 「……えっと、順位はどっちが上?」 「それが、同順です。受験番号が続きだからって、まさか狙ったわけじゃありませんよね?」 「んなワケないでしょ。でも、そっか……」 ライバル宣言も口だけじゃなくて、少なくともわたしと同じ位の努力はしているらしい。 ……まぁ、鬱陶しいのには違いないけど。 「いずれにせよ、どちらの研究所も優秀な跡取りに恵まれたみたいで、将来は安泰ですね」 「うむ。所長としても鼻が高いぞ?」 「そんな体面なんて気にしたコト無いでしょ?別にその為に頑張ったわけでもないし」 「ははは、違いない。……だが、合格した以上は親としての義務を果たさなきゃならん。まず、今後はどうするつもりだ?」 「どうするって、別に何の変化もないわよ?今の学校には卒業まで通うし、まだ志望先は決めてないけど、大学にもちゃんと行きたいし」 「まぁ、A3のメンバー証をチラ付かせれば、エレメント工学関係ならよりどりみどりでしょうしね。何なら、私の母校の推薦状でも書きますよ?」 「ありがと。でも多分、ルクソールさんの後輩になる可能性は無いと思うから。……ってコトで、返答はそれでいい?」 確かに、わたしの方はこれでファーレハイド大学だろうがフォードラン大学だろうが、推薦を貰えば最先端を行く名門もよりどりみどりかもしれないけど、出来の悪い幼馴染の方は合格出来ないだろうしね。 ちなみに、ノインの出身でA3本部近くにあるフォードラン大学を筆頭に、一応は推奨されている学び舎はいくつかあるものの、学閥がうんたらと面倒くさかった時代はもう昔の話で、今は完全に個人の自由である。 「……ああ。お前は自らの努力で道を切り開いたのだから、確認しておきたかっただけで俺から言う事は何も無い。それより、これで正式な研究者と認められたのだから、お前の助手となるエイリアスドールが必要になってくるな」 「一応、それについても自分で決めているものがあるから、ご心配なく」 「そうか。既に欲しい機種の目星も付いているのなら、請求書を俺づけにしてどれでも好きなものを発注すればいい。特注品だろうがフラッグシップモデルだろうが、遠慮はいらん」 それから、進路希望の方は軽く流して、本題はこちらの方だと水を向けてくる父親に、わたしは素っ気なく返事を返すと、特にそれ以上踏み込んでくることも無くお金の話を続けてくる。 (やれやれ、そりゃありがたい話なんだけど……) けど、父親ならここは本来そうじゃなくて、休みでも取って一緒に見に行こうかとか、モデル選びの相談に乗ろうとでも言ってくるものだろうけど、どうやらその辺りが限界らしい。 ……まぁ、かと言って今更そんな申し出を受けても断るしかないんだけど。 「流石は所長、太っ腹ですね。しかし、ユリナお嬢様が当面は学業に専念されて所員となられないのなら、経費で落とすのは少々厳しそうですが」 「愛娘への一生に一度のプレゼントにまで、そんなセコい事はやらんよ。折角の孝行の機会だ」 ただ、それでも親としての矜持は多少なりとも持っているつもりなのか、ルクソールさんからの持ち上げているのか皮肉っているのか分からないいつもの口調に、お父さんは苦笑いを見せた。 「まぁいずれは、お嬢様にも試作機の承認テストを手伝っていただく事になるでしょうしね。最初くらいはって所ですか?」 「ともかく、祝儀代わりだ。他にも必要な物があるなら、この機会に遠慮なく買い揃えるがいい。俺がしてやれるのはその程度だからな」 「ありがと。んじゃ、必要な物が出てきたらそうさせてもらうわ。今後は可愛い服やらアクセやら、たくさん必要になってくるだろうし」 せっかくお姫様みたいに綺麗な顔立ちなんだし、自分じゃ無理なふりふりのドレスとかも着せたい所だけど、お小遣いで買うのは厳しいからね。 「可愛い服、だと?」 すると、思った通りわたしの返答に面食らった顔を見せる父上様。 「そりゃ、女の子なんだから、オシャレして悪い事はないでしょ?」 「う、うむ……」 (あはは、絶対勘違いしてる) まぁ、確かにわたし自身は服なんて本来の機能を果たせば何でもいい派で、結構ワイルドなチサトにさえ美意識を指摘される位だから、いきなり可愛い服なんて欲しがったらそうなるわよね。 「……なるほど、地下格納庫の開かずの間には、お嬢様が着せ替えに夢中になりそうなエイリアスドールが隠されていましたか」 「え……?」 しかし、そのまま本当の事を言わずに立ち去ろうとしたところで、ルクソールさんから背中越しに思いもよらなかった横槍を入れられ、一瞬硬直してしまうわたし。 「開かずの間、だと?」 「……何の話?とトボけたい所だけど、どうしてそれを?」 「いえ、私もそういうのに興味がありましてね。ここの様な旧世紀から続いている研究所には、誰も知らない隠し部屋などが結構残されていて、LOTの資料などが眠っていたりするんですよ?」 「…………」 「それで、私がここへお世話になり始めたすぐに、先輩達へそういう噂は聞いてませんかと尋ねてみたら、件の開かずの間の話が出てきたのですが、以前に同じ事をユリナお嬢様も調べておられたと伺いまして」 「そう言えば、俺も聞かれた記憶があるな」 「また、夜間とかに用が無いはずの地下格納庫へお嬢様がお一人で出入りしているという目撃情報もありまして、これまでの話を総合すれば、そんな所じゃないかと」 「目撃情報って、人を不審人物みたいに言わないでよ……」 ……けど、誰にも内緒のつもりが、案外隠しきれていないらしかった。 「ユリナ、一体お前は何を見つけたんだ?」 「悪いんだけど、まだその問いに答える結論はわたしも得られていないし、どうなるかも分からないから保留しとく。まぁ、いずれちゃんと紹介するから」 だからといって、もちろん予定を変更する気はないし、別にずっと秘密のままで通すつもりもなかったしね。 そこで、わたしは片目を閉じつつ二人にそれだけ言って踵を返すと、そのまま足早に立ち去っていった。 * 「……さて、いよいよこの時が来たわね」 やがて、夕食を食べ終わって身も清めた後、わたしは昂ぶる気持ちを抑えながら、地下格納庫にある開かずの間へと再び足を踏み入れていた。 今までは眠り姫の顔が見たくなってここへ来ては、いつか、いつかと決意を新たにしてきたけれど、とうとうその「いつか」がやってきたのである。 「ふう……っ」 とりあえず、初めてここへ来た時以来の胸の高鳴りを静める為に深呼吸をすると、わたしは眠り姫が安置されたカプセルを一瞥した後で、ゆっくりと部屋の中央へ歩いてゆく。 (焦っちゃダメ。本当の始まりはこれからなんだから……) まだ実際には、本当に彼女を目覚めさせる事が出来るのかどうかすら定かではなく、そんな初歩的な疑問から一つ一つ調べていかなきゃならない。 単に、ようやく手を付ける資格が得られたというだけだし、ここで逸った気持ちのまま軽はずみな行動をしてしまえば、致命的なミスを犯しかねない危険だってあるのだから。 「……といっても、今の段階で何処までやれるかしらね……?」 残念ながら、本棚の文献を読めるようになる目処はまだ立っていない。 A3が現在使用している、暗号のマトリックス情報やデコードプログラムは後日の新人向け研修会で受け取る予定にはなっているものの、それが旧世紀時代に使われていた古いタイプに適合するとは考えにくいので、基本的には本部のライブラリへ通いながら、しらみつぶしに探してゆくしかない。 (しかも、誰にも内緒でっていうのが、ちょっと心細いけど……) ただ、それでも幸いだったのは、どうやらカプセルや周囲の保存環境を維持するの為の機械設備は、中央にあるコンソールで一括制御できる仕組みになっているらしく、読めない文献は室内の設備やカプセルの中の”彼女”に関しての詳しい仕様書とか生産情報に関するものみたいだから、当面は後回しでもよさそうな所である。 「んじゃ、まずは出来そうなところから挑戦してみますか」 ともあれ、わたしはコンソールの前へ視線を戻すと、いつも身に着けているメダリオンを外し、まだ何も表示されていない中央モニタの横にある円形の窪みへ嵌め込むと、おそらくスリープモードだった室内の設備が低い音を立てながら始動しはじめていった。 ……つまり、これがこのコンソールの操作パネルを立ち上げて、室内のシステムをスタンバイさせる方法という事になる。 (あの時も、ここまでは何となく分かったのよね……) 当然、やり方は何処にも書いてはいなかったものの、床から発光する六芒陣がヒントになり、ちょうど窪みの大きさと形見のメダリオンが同じ大きさっぽいという所までは、九歳の頃の自分でも気付くことはできた。 「…………」 (……だけど、あの時はここまでが限界だった) やがて、起動した中央モニタからオペレーティングシステムの起動が表示され、画面に制御用メニューの項目がぎっしりと並べられてゆく。 これがおそらく一番の幸いと言えるんだろうけど、このコンソール画面に表示された文字は読めない暗号ではなくて、操作もスクリーン上で直感的に出来るインターフェイスになっているから扱いそのものは難しくなさそうだけど、あの当時の最大の問題は、メニューの意味が全く分からなかった事だった。 下手に操作して室内の設備を止めてしまったりとか、最悪は故障させてしまうんじゃないかと、まだ何も知らないド素人だったわたしは、恐ろしくてこれ以上触れられなかったワケで。 (まぁ、しょうがないわよね……) 何せ、トラブルが起きても人を呼べないし、場合によってはこの部屋に死ぬまで閉じ込められる可能性だって頭に浮かんだだけに、まずは知識を身につけてからという自分の判断は、我ながら賢明だったとは今でも思ってる。 (そして、七年半にも及ぶ研鑚を経て、少なくとも最悪の事態だけは避けながら触れられる自信を持つまでに至った……と) 改めて考えれば、長い年月をかけた成果がその程度かと自分にツッコミを入れたくなるものの、まぁここは古の別世界も同然だから仕方が無い。 ある意味、今のわたしは考古学者みたいなものでもあった。 「……まぁいいわ。んじゃ、まずは現状の確認からいきますか」 ともあれ、わたしは気を取り直すとスクリーンに表示されたメニューへ直接手を触れて、室内設備のステータスを呼び出そうとしてゆく。 「結局、当たり前だけどこれもA3系列の古い端末なのよね……」 もう一つの僥倖として、このオペレーティングシステムの構造は現在A3で使われているもののご先祖様と言えるものみたいなので、あれからしっかりと関連端末の使い方も学んだ自分には、違いを確認しつつ慣れるまでにはそう時間はかかりそうもなかった。 「うん……これなら扱うのに問題ないかな?」 ただそれでも、こんな簡単な操作ですら、何も知らない頃は故障と紙一重のデリケートな作業に感じてしまっていたのが、何とも笑える所だけど……。 「えっと、保存環境保持装置、カプセル共に問題なし。他にはEゲートも正常って……これの事?」 やがて、ステータス表示画面に目的物の他に何だか見慣れない用語が六芒陣のアイコン付きで一覧の中に表示され、それと同じ形を描いて発光する足元の方へ視線を落としてみるわたし。 ゲートと名付けられているって事は、何処かへの出入り口なのかもしれないけど……。 (まさか、魔界にでも通じているって言わないでしょうね?) しかしまぁ、今は目的と関係無さそうなので、スルーしておくとして……。 「ついでに、カプセル内のコのステータスも分からないかしら……お、あったあった。システムオールグリーンでスタンバイ中か。どうやら、目覚めさせれば問題無く動いてくれるみたいね」 とりあえず、しっかりと稼動する設備でトラブルも無く保存されていたみたいで、まずは心配事の一つは解消されたと言ってもよさそうである。 「んで、その方法はっと……ああ、やっぱりこいつから出来るのか」 それから、端末を操作しながらカプセルについての情報を掘り下げていくうちに、お目当ての眠り姫の再起動方法に関する情報まで辿り着くわたし。 予想通り、彼女が眠っているカプセルを開くスイッチはこのコンソールにあって、開放した後に始まるソウルメトリクス方式での認証が終われば、あとは自動的に最終チェックが行われて再起動となるらしい。 「ソウルメトリクス認証?バイオメトリクスみたいな生体認証システムの一種?」 初耳な用語だけど、しかしその認証方法についての詳細は、ただ「後はガイドの手順に従って行うように」と記されているだけで、それ以上は知ることが出来なかった。 「……というかさ、認証があるってコトはもしかして、予め決められた特定ユーザーでしか起動出来ないようになってるって意味じゃないの?」 つまり、わたしにその資格が無ければ、約七年越しの夢もここで泡と消えてしまうと。 「ぐ〜あ〜っ、確かにユーザー認証が無いDOLLなんて存在しないし、それが普通っちゃ普通なんだけど、でもこんなにあっさりと拒絶されたりしたら……ん?」 ……と、わたしは思わず天を仰ぎかけたものの、その問題はすぐに解決してしまった。 ガイドの下に赤い文字で補足されていた注意書きによると、その対象者となるユーザーは起動キー、つまりメダリオンの所有者のみらしい。 「……メダリオンの所有者って、今はわたしよねぇ?」 昔はお婆ちゃんのものだったけど、ちゃんと本人から指名されて受け取ったんだし、現にこうしてコンソールを起動出来たんだから、実質二段階認証方式になっている片方は既にパスした……と信じよう、うん。 「まぁどっちにしても、わたしはそのソウルメトリクス認証とやらに挑戦してみるしかないって事ね……。あとは、この子のスペックシートでも何処かにあれば嬉しいんだけど……」 一応、起動させた後で本人に直接聞けば分かる事ながら、やっぱり得体の知れないモデルだけに、出来れば目覚めさせる前に少しでも情報が欲しいのが本音というもので。 (まさかこの期に及んで、眠っていたのは封印された古の魔王でした、みたいな非科学的なオチにはならないだろうけど……) あんなに精巧で綺麗なんだから、戦闘用に作られたとすら考えにくいしね。 「…………」 「……お、出てきた……これかしら?」 やがて、わたしはステータス画面から辿って、保存中のエイリアスドールに関する詳細な情報を呼び出す項目を見つけると、モニタへ表示させてゆく。 「えっと、まず型番はA3―04EMで、モデル名はエンブリオ……か」 「胎児」を意味するエンブリオという名付けのセンスを見るに、やっぱりそれまでとは全く異なるアーキテクチャを用いて設計された世代の試作モデルってところだろうか。 「んで、モデルナンバーがA3の04ってコトは……」 「…………」 「えっ?!……まさか、”第四世代機”……っ」 それから、この眠り姫が製造された技術世代についての、信じがたい結論が浮かび上がった瞬間、わたしの全身が一気に粟立った。 第四世代エイリアスドール……。かつて聖セフィロートの暴挙と言われた、女神創造プロジェクトに採用された禁断の世代であり、開放戦争後は黒歴史としてDOLL開発史より抹消され、その痕跡も関連資料も容赦なく押収された後に焼き払われた、通称LOTと呼ばれる古代超技術の一つである。 とにかく、第四世代に関しては一切の記録が残されていないので、わたしもどんなスペックを有していたのかは知らないものの、ただ連邦政府やE3が第四世代エイリアスドールを無かった事にする為に一体どれだけの所業を重ねてきたかというのは、これまでの学習の過程で知る機会は何度かあった。 ……そしてそれもまた、決して明るみには出来ない負の歴史と言えるものだろう。 「えっと、何かの間違いって事は……ないよね……」 ともあれ、思わずそう願ってしまうわたしなものの、おそらく間違いは無い。 型番の頭はA3謹製という意味であり、次の番号は世代を示す数字が付けられるのは、現在も続いている伝統のポリシーなのだから。 「…………」 しかも、その根拠のある予測を裏付ける様に、型番の下には簡単な解説文が表示されていた。 それによると、このエンブリオは第四世代エイリアスドールとして一番最初に作られた試作機で、A3の生き残りを賭けた最先端技術が結集されているが、その中でもソウルジェネレートシステム、通称「SGS」と呼ばれるコアを搭載しているのが、最大の特徴らしい。 「ソウルジェネレートって……魂を発生させるシステム?」 続けて引っ張り出したSGSに関する概要を読むと、純度100%の精霊石に、長い年月をかけて六属性全ての凝縮エレメントを均等割合で仕込んだ超高密度のコアを作り、そしてノイン・アーヴァントが未完成ながら設計図を遺していた、エレメントとの意思の疎通を可能にする翻訳デバイスを実装する事で、人工的に魂の器を生成する事に成功したと記されている。 「エレメントの魂、ねぇ……」 価値が高すぎて、下手したら値段すら付かない純精霊石を使って、通常なら完全相殺されて“無”力を生む全属性の均等配合という時点で既に有り得ない発想の話だけど、それでエレメントの魂を物理的に構築しようというコンセプトは、完全に常軌を逸していると言わざるを得なかった。 それは何だか、開発者の「狂気」とすら表現できてしまいそうで……。 「…………」 やがて、わたしの額から頬へかけて、生暖かい雫が何度か零れ落ちてゆく。 初めてここへ入り込んだ時に感じた、得体の知れない怖さと好奇心が交錯した複雑な感情が心に渦巻いて、わたしはエンブリオと名付けられた眠り姫に視線を向けたまま、しばらく動けずに固まってしまっていた。 (どうしよう……。わたしは、本当にあのコを目覚めさせていいんだろうか?) よもや古の魔王でもあるまいしなんて、さっきは荒唐無稽なコトを考えてしまったけれど、まさか全くの的外れでもなかったなんて。 (うう……っ) 実際に世界を脅かしたとされる当の女神は破壊されているし、エンブリオの姿からも存在感はともかく兵器としての脅威は感じないものの、それでも彼女が“あの”第四世代機ならば、安易に呼び覚ますコトはとんでもない災いを呼び込む可能性もある。 「…………」 もし、初めてこの開かずの間を見つけた日にここまで辿り着いていれば、あの頃のわたしは怖くなって諦めただろうか? 「…………」 九歳の時にひと目惚れして、それからようやく今、手が届きそうな距離にまで近づいたのに、その正体はよりによって連邦政府から世界の敵とされた、旧世紀の遺産だったなんて。 「…………」 「…………」 (……でも、やっぱり綺麗だなぁ……) あの時と比べて、わたしも成長してこのコと同年代位になってしまったけれど、あどけなさを残しながらも神秘的な雰囲気を持つ美しい顔立ちに、カプセルの中でサラサラと揺れる金色のロングストレートの髪は、時の経過と共に色あせてくるどころか、彼女が何者か分かった今ですら、まるで魅入られた様に視線が外せなかった。 ……それに、彼女はただのDOLLじゃなくて、幻の第四世代技術を用いて造られたエイリアスドールである。一体それがどんなモノだったのか知りたくないのかと言われると、新世紀に生まれたA3研究員としても興味が無いワケがない。 「…………」 (そういえば、昔に父さんが言ってたっけ。「ロマンチストでない奴が、物づくりなんて出来るものか」って) どうやら、自分では認めたくなくても、血は争えないらしい。 「…………」 「…………」 「……まぁ誰にも言わずに用心深く立ち回れば何とかなる、かな?」 とりあえず、後で詳しく確認しておく必要はあるとしても、当代モデルと比べていささか精巧過ぎる所を除けば、第四世代機である事を示す外見的特徴は見当たらないし、重畳にもうちはエイリアスドールの研究開発に携わっている専門機関なのだから、市販されていない機種を連れていたとしても怪しまれずに済むだろう。 そもそも、わたしは彼女を利用して何かを為そうとするつもりは無くて、単に学術的興味を満たしたいというか、側に置いて一緒に過ごしたいだけだし……。 「よし、続行するわ。やらいでかっ!」 やがて、わたしは悩むというよりも自分自身を説得する沈黙の時間を置いた後で頷くと、高鳴る動悸に手を震わせながら、認証儀式の開始を告げるボタンをゆっくりと押し込んだ。 「……さぁ、新たな主からの呼びかけに応じて目覚めなさい、禁断の女神の忘れ形見よ!……なんて言ってみたりして」 ぷっちゃけ、誰かに見られていたら切腹ものだけど、その位にテンションが無駄に上がった状態で見守るわたしの目の前では、まずカプセル内で発生した蒼白い光が、眠り姫に精気を注ぎ込むかの様に足元からゆっくりと通過してゆく。 「プライマリキー確認……スリープモード、解除。続いてユーザー認証を行います」 やがて、光が頭の上を通過した後で半透明のシャッターがいよいよ開かれると、カプセルのスピーカーから機械的な声がわたしに語りかけてきた。 「……あとは、この声に従えって事ね?」 既に緊張やら期待やらで胸が痛い位に脈動しているけれど、これが最後のプロセスである。 「ソウルメトリクス・ウィザード起動……まずは、ユーザー名を音声入力して下さい。『ユーザー名は』から続ける事で認識されます」 「あの、ユーザー名というのは、わたしでいいの?」 「…………」 それから、続けられた案内を聞いて思わず尋ね返すわたしなものの、既に待機モードに入っているのか、反応は無し。 (……ちっ、ウィザードって割には、不親切じゃないのよ) 「…………」 「えっと、ユーザー名はユリナ・A・ライステード……でいいのかな?」 ともあれ、わたしはシャッターが開いたカプセルのすぐ手前まで移動すると、やや遠慮がちに自分の名前を告げてゆく。 「キーワード一致確認、完了。続けてソウルメトリクス認証を行います」 「認証って、どうやるの?」 「認証方法は皮膚の接触及び、呼吸の確認で行います。認識が完了するまでの間、入力部へユーザーの口唇部を重ねてください」 「口唇部って、唇のことよね?入力部ってどこよ?」 「入力部は、ユーザーと同じく、エンブリオの口唇部となります」 そこで何だか嫌な予感が巡った直後、その入力ポイントを強調する様に、エンブリオの僅かに開かれた口元へと小さくライトが当てられた。 「へ……?」 ……ちょっと待て。 わたしの口唇部をエンブリオの入力部である口唇部へ重ね合わせろって……つまり、今からこのコにちゅーしろってコト? 「現在、入力待機中。ソウルメトリクス認証を行ってください」 「あの、マジでするの……?」 「…………」 「うう〜〜っっ」 一体、何処の誰が認証システムを作ったのかは知らないけど、花も恥らう乙女に対してなんという変態インターフェイスを用意してくれてやがりますか? ……というか、今まで色恋沙汰にとんと縁遠かったわたしは、これがファースト・キスになるんですけど。 「現在、入力待機中。残り180カウント以内に認証作業が行われない場合はセキュリティ保護の為、強制シャットダウンとなり凍結モードへと移行します」 「…………」 しかし、一旦は禁断の第四世代機というコトを知りながらも続行する覚悟を決めたのに、今更キスするのが嫌だからやめるってのもね……。 「……まぁいいか。どうせ他にあげたい相手がいるワケでもないし」 ひと目惚れでここまで来たんだから、それも運命って奴でしょ。 「分ったわよ……今からやるわ」 そして、わたしは小さく溜息を吐いた後でカプセル内のエンブリオに密着すると、恐る恐る彼女の唇へ自分の顔を近づけていった。 (あはは……なんかこう、イケないコトをしている気が……) 何だかんだで、ぬいぐるみにでもちゅーするのと大差はないんだろうけど、ここまでの動機と照らし合わせると、何だか妙な倒錯感が芽生えたりして……。 「…………」 まぁ、いくつもの試練を乗り越えて得たご褒美が、眠り姫を目覚めさせる王子様の役割ってのも、確かにやぶさかじゃないんだけど……。 「……ん……っ」 ともあれ、わたしは覚悟を決めて目を瞑ると、指示通りに自分の唇をエンブリオの口唇部へと重ね合わせた。 「…………」 別に不快感は感じない……というか、むしろ悪くない感触なものの、妙に生暖かくて柔らかくて、まるで本物の人肌っぽいのが逆に落ち着かない心地だったりして。 (一体、どんな素材を使ってるんだろう……?) 正直、最新世代の高級モデルで使われている人口スキンなんかよりも遥かにリアルな質感だけど、この辺からも採算度外視の規格外品って事を実感させられるなんてね。 「…………」 「…………」 「……ソウルメトリクス認証、完了。正規ユーザーと確認しました」 「ふう……」 やがて、少しの時間を経て認証確認の音声が告げられると、わたしはホッと胸を撫で下ろす。 「よかったぁ……。お婆ちゃんじゃなきゃダメだって言われたら、ここで終わりだったけど」 やっぱり、偶然の積み重ねの様にも見えるけど、来たるべくして辿り着いたってコトだろうか。 「全ての認証手続きが完了しました。これより、起動準備を開始します。しばらくお待ちください」 それから、わたしが一旦後ろへ引くと同時に認証作業の終了が通告されると、カプセル内の様子が再び慌しくなってゆく。 ……どうやら、本格的な起動プロセスが開始されたみたいだった。 「最終チェックモード、起動。内部スキャンを行います」 「ESRシステム……OK」 「制御系ネットワーク……OK」 「オペレーションカーネル……OK」 「SDBアクセス……OK」 「SGSチェック……OK」 「全フラグ開放許可……OK」 「……最終チェック完了。製造番号A3―04EM『エンブリオ』、通常モードで起動します」 やがて各部のチェックが終了し、待ちに待った正常起動を告げた後に、エンブリオは閉じられていた瞳をゆっくりと開いてゆく。 「…………」 「…………」 しかし、そこから目覚めを示す瞬きを始めながらも焦点が合っていない様子で、カプセルからも出て来ずに、ぼんやりと立ち尽くすエンブリオ。 一体、何年間ここで眠っていたのかは分からないけれど、まるで眠りすぎた人間みたいだった。 「えっと、本当に正常起動……したの?」 そこで不安になったわたしは、再び近づいてまじまじとエンブリオの顔を覗きこむものの……。 「……!ますたぁ〜っ♪ずっと会いたかったですっ!」 それから、視界に入ったわたしの顔をじっと見るや否や、エンブリオはうって変わった調子で甘ったるい声をあげてきたかと思うと、満面の笑みを浮かべながらこちらへ飛びついてきた。 「きゃうっ?!……ち、ちょっ、いきなり何なのよっ?!」 まさかの不意打ちでいきなり力一杯に抱きしめられ、まるで雛鳥が母親を認識したかの様に頬を擦り寄せてくるエンブリオに、どうリアクションしたらいいか分からず、ただ狼狽してしまうわたし。 ……というか、初起動時にいきなりユーザーに抱きついて頬擦りしてくるDOLLなんて聞いたコトがないんですけど……。 「だって、あなたは……ああ、そうでしたね。あなたはサユリさんじゃない……」 そして、わたしが困惑しているうちにエンブリオはようやく落ち着いたのか、抱きしめる力を緩めた後で、今度は悲しそうな声で呟いた。 「サユリ?わたしはユリナだけど……」 というか、ユーザー認証の時に名乗ったハズだよね? 「サユリ・A・ライステードさんは、私の大切なますたーだった方です。……そしてソウルメトリクス認証をクリアしたあなたからは、あの人と同じ魂の波長を感じます」 「……つまり、わたしはそのサユリって人の子孫になるのかな?苗字も同じだし」 ああ、何となく事情が見えてきた。 おそらく、前の持ち主だったライステード家のご先祖様が連邦政府やE3の追及から逃れる為に、この開かずの間を作ってエンブリオを保存する事にしたって所なんだろう。 「ええ。現在はデータベースの更新が止まっているので、サユリさん以降のライステード家の系譜に関する情報は完全に繋がっていませんが、それで間違いはないかと」 「なるほどねぇ……。んじゃ、わたしは後継者って扱いでいいの?」 一体、どういった経緯があって禁断の第四世代機を完全な形で保存していたのかは分からないけど、ただご先祖様の隠し遺産ならば、このままわたしが貰っちゃっても問題は無さそうだった。 「はい♪それでは、今後は私を目覚めさせてくれたユリナさんをますたーとお呼びします。どうか、よろしくお願いしますね」 ともあれ、エンブリオの方も完全にその気でいるらしく、人懐っこい笑みを浮かべてわたしを主と認める宣言をした後で、スカートの端を摘みながら深々とお辞儀を向けてくる。 「うんまぁ、ちょっと驚いたけど話が早いのは助かるわ。……ってコトで、こちらこそよろしく。今後はわたしの側で働いてもらうからね?」 それに対して、多分というか、間違いなく色々とワケアリではあるんだろうけど、それでも長いお預けをくらい続けてこれ以上詮索するのも億劫になっていたわたしは、躊躇うことも無く頷き返した。 いざとなればこの部屋が開かずの保管施設なんだから、責任を持って元に戻しておけばいいだけの話である。 「了解です♪……あ、ところで、その前に未達成のプライマリミッションがメモリ内に残っているみたいですけど、まずはそちらを済ませちゃっていいですか?」 すると、エンブリオは改めて嬉しそうな笑みを浮かべた後で、他愛も無い用事を思い出した様な軽いノリでポンと手を打ちながら、新しい主であるわたしに了承を求めてきた。 「んー?別にいいけど、何のミッション?」 プライマリってコトは、最重要任務って意味だろうけど、まぁその様子じゃ大したコトでも無さそう……。 「ええとですね、反乱軍本拠であるファーレハイド首都の殲滅みたいです♪」 「なぁんだ、そんなコト……って、うええええええええっ?!」 ……と、こちらも軽いノリで受け流そうとした所で、エンブリオの口から無邪気に返ってきたとんでもない任務内容を把握するのと同時に、わたしの驚愕の叫びが開かずの室内に大きく響き渡っていった。 Phase-3:アクセプタンス・テスト 「……旧世紀最後の年となる1400年、連合軍の活躍により全世界を脅かした聖セフィロート教国の野望は母体と共に崩れ去ったものの、それから新世紀に入り、樹立したばかりの連邦政府は休む間もなく、新たな社会問題と直面する事になった」 「ちなみに、ここからはもう昔の出来事で片付けられる範囲じゃないぞ?いずれレポートも提出してもらうから、しっかりと予習復習する中で自分の意見を纏めておくように」 「……ふぁぁ〜っ……」 昼休みを目前にした午前中最後の授業、わたしは窓から差し込む初夏の陽気にあてられつつ、あくびを噛み殺しながら睡眠不足が原因の睡魔と戦っていた。 一応、同時にお腹も空いてはきているものの、それより朝から居眠りを我慢し続けて、そろそろ限界が近付いている方が遥かに深刻らしく、わたしの身体はスリープモードへの突入を要求し続けている。 (チサトの奴は……あ、起きてる……?) ……いや、ペンを手に持ったまま不規則な瞼の開閉運動を繰り返している挙動を見ていると、落ちるのは時間の問題か。 (まったく、こういう時こそちょっかいの一つも出してきなさいよね……) それなら、鬱陶しくても眠気対策になって丁度いいのに、奴の場合は休憩時間にまとわり付いてきて、授業中は悪い意味で静かなのが困りものだった。 「ともあれ、大陸全土を巻き込んだ解放戦争の痛ましい爪跡はマナ濃度の急激な低下を招き、大規模な精霊石を利用していた施設や乗り物の大幅な出力低下や、中には稼動自体が不可能となってしまったものすら出てきた事で、連邦政府が利用規制を打ち出すと共に、E3やA3のロードマップにも深刻な影響を及ぼし始めたとされている」 (……まぁ早い話、テクノロジーのレベルが一時退化しちゃったのよね。高出力に対応したエンジンを作ったとしても、使えるエレメントの力が弱まっていたんだから) もっとも、それ故にトレンドの方向性が少ないマナで最大限の能力を発揮させようという、環境に配慮した効率重視の方向へ好転もしていったんだけど、まぁ今はどうでもいいや、眠い……し……。 「そんな環境変化の中で、今後の対応策として二つの対極案が提示された。一つはA3や環境保護団体などが提唱した、世界レベルで破壊されたエレメントの源とされる自然環境の復活に取り組み、今一度マナの濃度を回復させるべきと主張する案。そしてもう一つはE3が提唱した、これを機に人類は完全な脱エレメントを宣言し、歩みは遅くとも自らの科学技術のみで文明を発展させてゆく方針を主張する案だ」 「…………」 「しかし、この議論は始まって既に百年あまり経つものの、未だどちらの案も完全な優位は示せずに、中途半端な形で双方の推進運動が並行されているのが現状だな。自然環境の回復には膨大な時間が必要となるし、エレメントの代替技術も需要こそ高まろうが、現在の文明レベルを保つ為には精霊石に頼らざるを得ないのも現実だ。それに、現在はLOTとして伝説のみの存在となっているが、旧世紀には潤沢なエレメントのエネルギーを生かした想像を絶する高度な発明品も存在していたという説もあり、そのポテンシャルは未だ底知れぬものだからな」 「…………」 「まぁ、この辺りの話は俺よりも、そこにいる専門家の娘からの方が面白い話が聞けるかもしれないが……って、こらっ!ユリナ・A・ライステード!」 「んあ……?」 やがて、いよいよ意識が暗闇に沈もうとした所で不意に外から鋭い声で呼び覚まされ、慌てて顔を上げるわたし。 「んあ、じゃねえっ!また寝てるのか、お前は……ったく、そんなに俺の授業は退屈か?」 「あーいや、その……すみません……」 しまった。何とか頑張ろうと思ったのに、結局ダメだったらしい。 「まぁ、実際そうなんだろうな。お前さんはA3研究員の認定試験に合格したエキスパートなんだから、もう俺から学ぶもなんて何も無いだろう。いっその事、飛び級で進学するか?」 「……いえ、そんなつもりは全く無いので。別に慌てる必要もないですから」 それから、怒っているというより、拗ねた口調で愚痴をこぼしてくるルーファス先生に、ただ苦笑いを向けるわたし。 さすがに、居眠りを起こされたのは二度目なので、言い訳のしようがないし。 「だが真面目な話、このままでは無駄な時間を過ごす羽目になるんじゃないか?」 「いいえ?わたしは今、大切な友人達と一緒に幸せな学生生活を満喫していますから、充分に有意義ですけど」 「そうか……。というか、よくもそんな台詞を臆面無く言えるもんだな?」 「はいはーい!ユリナはあたしを置いて何処にも行かないと思いまーす!」 「お前は黙ってろ!……で、本当にそれでいいのか?」 「ええ。ですから、どうぞお構いなく」 そして、わたしは躊躇い無くそう告げると、勢いよく席を立って会話に割り込んできたチサトへ親指を立てて見せる。 「ユリナ、お前さんの気持ちは分かった。ならば何も言うまい」 すると、ルーファス先生はわたしの気持ちを汲んでくれたのか、今度は優しい口調でそう切り返してくるものの……。 「……だ・が・な。だったら、ちゃんと起きて真面目に授業を受けてくれよ……」 「あはは、ごめんなさい……」 * 「では、この時間の授業はここまでとする」 やがて、四時間目の終了を告げる鐘が校内に鳴り響き、ルーファス先生もそれに従って講義の区切りを宣言した。 「……誰にとは言わないが、疲れが溜まって眠かろうと授業は真面目に受ける様にな。学生生活を謳歌したいのは大いに結構だが、最低限の義務は果たす様に」 そして、どう見ても対象者がピンポイントな小言を付け加えると、先生は最後にわたしの方を一瞥した後で教室から立ち去って行った。 「まぁた授業中に寝こけてたわね、ユリナ?」 「んう〜っ、何とか頑張るつもりだったんだけどね……」 根性論いわく、精神は肉体を凌駕するとの事だけど、やっぱり無意識で眠りに落ちてしまうのはどうにもならない気がする。 「まぁ、ルーファス先生の言う通り、ユリナはもう寝ていてもいいんだろうけど、でもこのままじゃ居眠りキャラが定着するわよ?」 「うあ、それはやだな……」 既に前科を作ってしまったルーファス先生になら、まぁ嫌味の一つや二つは言われても仕方が無いとは思うけど、このまま他の先生にもイメージが定着するのは勘弁願いたい所である。 飛び級で進学を勧めてくる教師も、ルーファス先生だけじゃないしね。 「でも〜、認定試験は無事に終わったんでしょ〜?相変らず寝不足なのはどうして〜?」 「前に言ったでしょ?認定試験に合格して研究員になったら、わたしもDOLLのオーナーになるって。今度はそっちの方でね……」 「おお、買って貰ったんだ?それとも、いきなり試作品を押し付けられたの?」 「あはは、別に押し付けられたワケじゃないけど、まぁ試作品なのは確かかな」 そこで、わたしは苦笑いを浮かべながら、二日前に初めて彼女を起動させた時の事を思い出していた。 * 「ち、ちょっと待ちなさいっ!やっぱり許可はキャンセルっ」 「え?どうしてですか?」 いきなりファーレハイドの殲滅なんてミッションを持ち出され、慌てて制止をかけるわたしに、エンブリオと名付けられた眠り姫は、きょとんとした顔を見せてくる。 実際に、彼女一人でそんなマネが出来るのかは分からないものの、万が一にも実行されたら大惨事どころの話じゃ済まなくなる。 「解放戦争はもうとっくの昔に終わってるの!それに、わたしはそんなつもりであなたを目覚めさせたんじゃないんだから!」 「……分かりました。では、どういう目的なんですか?」 「それは……えっと……」 それから、改めて問われたのはいいものの、意外と返答に困ってしまうわたし。 いや、父の言葉を借りれば、「助手」って事になるんだろうけど、なんだか表現的にしっくりとこない。 なんていうか、助手なんて口実的な言葉じゃなくて、もっと直接的な……。 「……嫁?」 「よめ、ですか?えっと……」 「い、いやっ、そうじゃなくて……あっと、そ、そう、メイドさんって所かしら?」 そこで、思わず頭に浮かんだ単語を呟いてしまうわたしなものの、すぐに慌てて首を振りながら言い直す。 ……いくらなんでも、直接的過ぎだった。 「よめにメイドですか……えっと、つまりますたーのお側で心身の支えとなったり、身の回りのお世話をする役目ですね?」 「あー、嫁の方は忘れてもらって構わないけど、まぁそんなトコロで。あとは、着せ替え人形にされるかもって感じかな?」 後者は単なる趣味だけど、既に親から好きなだけ買っていいと許可も下りているし、本体購入費が浮いた分をたっぷりとつぎ込ませてもらう所存だったりして。 「……なるほど。認識しました」 「よろしい。んじゃ、メモリに残っていたそのミッションはキャンセルして。現マスターユーザー命令よ」 ともあれ、ちょっと言葉の表現は問題アリとしても、どうにか軌道修正ができた所で、わたしは念願叶って目覚めさせた眠り姫―エンブリオに主として最初の命令を下した。 「はい、キャンセルしました。……ああ、今は聖暦1529年なんですね」 「正確には、新世紀の128年目と呼ぶべきね。時代はもう変わったんだから、旧世紀生まれだろうと、それに合わせて生きていかないと」 ましてや、エンブリオは今の世界では全否定され、抹消された存在なのだから。 「分かりました。……でも、一つだけ消せない普遍ミッションがあるのですが、ダメですか?これは、私としても是非お願いしたいコトなんですけど……」 しかし、それでこの話もひと区切りかと思えば、今度は何やらおねだりする様な上目遣いを見せてくるエンブリオ。 「普遍ねぇ……物騒なのは勘弁してよ?」 「大丈夫です♪これは、私に出来るだけ様々な体験の機会を与えて、経験値を積ませて下さいって内容なので。サユリさんは私を“娘”と呼んで、色々な事を教えてくださいました」 「……ああ、なるほど。エンブリオって名前は、そういう意味も含めてなんだ?」 つまり、魂の器を作ったのはいいけど、まだ中身はスカスカってコトかな。 ……んで、おそらくはその器に色々覚えこませてゆくのが、サユリっていうご先祖様の役割だったけど、何らかの事情でその完遂が叶わずに、続きを後世の子孫へ託した……って辺りだろうか。 「ええ、思い出を記憶する容量は、まだまだ底なしに残っていますから」 「思い出、ね……」 いずれにせよ、今こうしてわたしがこのコを呼び覚ました以上は、その役目を引き継ぐ義務はあるだろう。 一体、それが今更何の意味を持つのかは分からないにしても……。 (いや、考えても埒があかないか……) 元々、ここまで自分の欲求の赴くままに来たんだから、今更そんないちいち考え込む癖が出てきた所で、時間の無駄というもの。 「……勿論いいわよ。娘としてにはならないけど、あなたの魂はわたしが完成させてあげる」 そこでわたしは、少しだけ頭の中を整理した後でエンブリオの手を取ると、大きく頷きながら約束した。 むしろ、ひと目惚れした末にようやく手に入れた、おそらく世界に一つだけの彼女を、これからわたしが好きに染めてゆけるというのなら、願ったり叶ったりとは正にこのコトである。 「はい♪今度は“嫁”として、ですね?」 「だーかーらー、メイドだって言い直したのに、どうしてそっちを優先するかな?」 * ……とまぁ、使命感に燃えた所までは良かったものの……。 「はぁ〜〜っ」 それから脳内で再生させた回想を打ち切ると、もう一度深く溜息を吐くわたし。 (経験はともかく、まさか何の雑用スキルも実装されてなかったなんて……) 元々、そういう用途は想定されていなかったのか、お陰でわたしの嫁……もといメイドになれとは言ったものの、掃除やら洗濯やら料理やら、身の回りの世話をしてもらう前に、まずはその方法から教え込んでいく羽目となってしまった。 動作能力そのものは、当時のA3が生き残りを賭けた程の悲壮な覚悟で作られたというだけあって、最新世代と比較しても遜色はないどころか、DOLLであるコトを時々忘れてしまいそうな程に滑らかで精工な動きを見せているものの、ソフトウェア面では未完成というより、本当に自分で一から構築していかなければならないという状態なのだから、正直頭が痛かった。 ……しかも、エンブリオのコアは独自規格のブラックボックスになっていて、今のわたしじゃ直接中身を覗いてスクリプトを弄ることも出来ないので、エイリアスドール向けの既存スキルライブラリの移植も出来ずに、自分の言葉や手取り足取りで地道に教えていくしかなさそうなのが、何とも勝手が違うというもので。 「大変そうね〜?でも、何だか幸せそうにも見えるけど〜」 「そりゃ、昔からやりたくない事は放置しちゃうのがユリナだし、苦痛でもないんでしょ?」 「あはは、二人ともよく分かってらっしゃる」 もちろん、それを面倒くさいとか煩わしいとは思っていないし、むしろ眠るのを忘れて夢中になり過ぎたせいで、身体の疲れの方が先に出てきてしまっているみたいである。 「う〜っ、お昼買いに行くのが面倒くさい……ねぇチサト〜、あしたからお弁当作ってきてくんない?お礼に宿題くらいは見せてあげるわよ?」 ともあれ、だんだん席を立つのも億劫になってきたわたしは、机に伏せながら本能の赴くままに、親愛なる幼馴染へ呟きかける。 「おおい、優等生キャラが崩れてダメ人間になってきてるわよ、ユリナ?」 「うははは、眠気は人をおかしくさせるのにゃー……」 そんなイメージに未練は無いというか、今までだって早く研究員になりたい為に夢中で勉強していたに過ぎなくて、たまたま趣味と学生の本分が一致していただけのハナシだし。 「……はい、ではどうぞ。ますたー♪」 すると、突然聞き覚えのある声と共に、わたしの目の前へお弁当箱が差し出されてくる。 「おー、気がきくわねココロ?」 「いえいえ、私はますたーの嫁ですし」 「うんうん、わたしはいい嫁を持ったもん……って、ココロっ?!」 それから、少しのタイムラグを経てようやく事態を飲み込んだわたしは、眠気も吹き飛ばす勢いで上半身ごと顔を上げた。 「はいです♪」 「はいですって、何でここに?!しかも嫁っていつまで引っ張っ……ちょっ、あんたが着てるのってわたしの制服じゃないっ」 ツッコミ所が多すぎて台詞が間に合わないものの、ついでにココロがわたしの替えの制服を勝手に着用していたのは二度びっくりである。 「ええ、ますたーの通っている学校は制服を着用しないと入れないと聞いたので、サイズが多少合わないのを承知でお借りしたんですが……」 「ああ、そーでしょうとも、でしょうとも」 背丈がわたしよりやや大きめなので、全体的にキツキツっぽいけど、特に胸の部分とか今にもブラウスのボタンが弾けそうな感じで、色っぽいやらムカつくやら。 「……というかユリナ、どちらさん?」 「だから、この子が最近の寝不足の原因……」 ともあれ、それから頃合を見計らって遠慮がちに尋ねてくるチサトへ、紹介になっていない返事を素っ気無く返すわたし。 まぁ、十年来の幼馴染だろうと、あまり詳しく言えない事情も多いんだけど。 「と、いうことは〜。噂に聞いたユリナちゃんのDOLLさん?」 「はい♪私、ますたーの嫁で、エイリアスドールのココロといいます」 「嫁ぇ?ユリナ、あんたまさか……」 「ちっ、違うってばっ。言葉のアヤよ、ア・ヤ。本当は、メイドって言いたかったのに」 「ですから嫁兼、メイドでステータス登録していますけど」 「なんで兼、なのよ……」 勝手にAND命令で解釈してるんじゃないっての。 「いえ、何となく気に入ってしまったので♪……それとも、どうしても抹消しなきゃダメですか?」 しかし、わたしが項垂れながら即座にツッコミを入れた所で、ココロはそう言って今度は縋る様な視線を向けてくる。 「う……っ、いや、別にそこまでしなくてもいいけど……」 何でまた、そんな目が出来るように作られているのかは知らないけど、とりあえずわたしには効果があったのは確かだった。 ……ついでに「何となく気に入る」なんて、恐ろしくファジーで高度な感情まで持っているのも驚きだけど。 「何だかんだで、満更でもなさそうじゃないの、ユリナ。どうせ、ココロって名前もあんたが付けたんでしょ?」 そして、こちらの反応を見てチサトからお約束の野次を受けた上に、触れて欲しくなかった痛い所まで突かれてしまうわたし。 「うっ、うるさいわね。どうしても名前を考えろって言われて、無い知恵を絞っただけよ」 「しかし、ユーザー登録時に名前を付けるのはオーナーの義務ですよ、ますたー?」 「まぁ、そうなんだけど……」 それに、このコの場合はエンブリオのままだと万が一にも足がついてしまう可能性がある為に、どうしても新しい名付けは必要ではあったものの、生憎右脳より左脳の方が発達している気がするわたしにとっては、こういう直感的なセンスが問われる作業は苦手だった。 「やっぱね。昔から人形相手でも悩むだけ悩んだ挙げ句に、捻りの無い名前を付けてしまうんだから」 「天はそうそう二物を与えないものよ。悪かったわねーえ」 どうせド直球ですよ、ええ。 「そっ、そんな事ないです!とっても素敵な名前です!」 すると、投げやりに肩を竦めるわたしに、ココロは慌ててフォローを入れてくるものの……。 「本当にそう思ってる、ココロ?」 「えっと、それは……」 「……なぜ、そこで目を逸らすかな?」 「いえその、私としては、ますたーから名前をいただいただけで嬉しいですから、その……」 「はぁ……。いいわよ別に。分かってるから、無理して褒めなくても」 どうせなら、先代のサユリさんが付けてくれていれば良かったのに、自分にはその資格が無いからと、そのままだったらしい。 「でも、憧れだったのは確かなんですよ?」 「そう……だったら、余計に悪かったわよ……」 ……まぁいいか。 どうせもう一度考えたところで、もっとマシな名前が思いつく自信なんて無いし、たまたまマスターになった相手が不運にもわたしだったと、諦めてもらうしかない。 「しっかし、見れば見るほどこのコってよく出来てるわねぇ?確かに、これだけ可愛い嫁を迎えたなら、寝不足になるのもしゃーないか」 「おだまり。わざと誤解を招く言い回しをすんなっての。これはこれで苦労は多いのよ?」 「でも、主人の為にここまでお弁当を届けに来るなんて、健気じゃない?あたしが欲しいくらい」 「えへへ、ありがとうございます♪」 「あんたは楽ができれば何でもいいんでしょ……って、ちょっと待った、それよそれっ!ココロ、わたしはそんな命令なんてしてないわよっ?!」 それから、チサトの無責任なフォローにわたしは溜息交じりでツッコミを入れるものの、その最中にようやく一番追求したかった本題を思い出すと、会話の流れを断ち切ってココロに詰め寄った。 確かに、DOLLのコアに仕込まれた人工知能には、必要に応じて自己判断で動けるルーチンも含まれているものとはいえ、だからといって命令をしてもいないコトを勝手に実行するなんて、前代未聞である。 ……まぁ、この子が特別製ということを考慮しても、そこはDOLLの定義として。 「いえ、ますたーが喜ぶかなと思っての自己判断ですけど」 「そりゃ嬉しいけど、でも勝手に動いちゃダメでしょ?しかも研究所を抜け出して、離れた場所にいるわたしの所まで来るなんて……」 「でも、エイリアスドールって、元々自分で考えて動く存在だったと思うんですけど」 しかし、そんなわたしの定義も、ココロは「何を言っているんだ」とばかりの淡々とした口調で、あっさりと覆してしまう。 「そ、そうだったっけ?」 「少なくとも、最初に創った人はそのつもりだったはずですよ?求められたタスクを処理するだけじゃなくて、自らの判断で主の為に行動する権利も、優先度の高い普遍ミッションとして組み込んでおくものだって」 「最初に創った人って……ノイン・アーヴァントの事?」 「ええ。本人がそう言っていましたから」 「言ってたって……」 そこでわたしは更に言葉を返しかけたものの、いつの間にかココロへの注目が集まって、周囲がにわかに騒がしくなっている事に気付く。 (あちゃ……) どうやら、そろそろ嫌でも腰を上げなきゃならなくなったみたいである。 「……まぁいいわ。来てくれたものは仕方が無いから、とりあえず場所を変えましょ?……って事で、ごめんチサト、エルミナ、ちょっと行ってくる」 「なに?大切な幼馴染を置いて逢引き?」 「あらあら、それはごゆっくり〜♪」 「違うわよっ!」 出来れば、わたしだって無駄にバタバタしたくはないけど、想定外の出来事に混乱気味だし、ここは一旦、二人きりになれる場所へ移動した方がいいだろう。 ……ってコトで、わたしは小さく溜息を吐いて立ち上がると、いつもの面子にお断りを入れた後でココロの手を引いて教室の外へと出て行った。 「ますたー、逢引きって……」 「……別に、ココロは知らなくてもいいの」 というか、自業自得としても、この嫁ネタは一体いつまで引っ張られるんだろう? * 「……うん、おいしいわよ」 それから、ココロを連れて誰も居ない屋上へと上がり、ようやく落ち着いた所でまずはお弁当を広げて卵焼きをつまんでみると、口の中へ広がった自分好みの程よい甘みが、わたしから自然とお褒めの言葉を引き出してゆく。 「良かったです〜♪一応、ますたーの好みに合わせて調理したつもりですけど、私は味見まではできませんから」 「あはは、さすがに食事の機構を内蔵したDOLLなんて無いからねぇ」 つまり、栄養価とか旨み成分とか、昨日の食事からサンプルを取った後に数値化したパラメーターを分析して、相手の好みの味を再現しているという事になるのか。 そう考えると、何ともロジカルな調理の世界だけど、逆に言えば曖昧な部分が無くて失敗は少ないんだろうから、案外食事係には向いているのかもしれない。 ……というか、そうなってくれるとわたしも大助かりだし。 「それにしても、最初は全然ダメだったのに、昨日の今日でよくここまで上達したわね?」 最初から実装されていた雑用スキルが一切無かったのは痛かったとしても、反面で言葉での命令をよく吸収して理解が早いのは幸いだった。 ……ただそれ故に、つい色々と詰め込みたがりたくなって、わたしの睡眠不足を誘っているワケですが。 「それは、ますたーが熱心に教えてくださるからですよ。……それに、ますたーの家事って意外と大雑把で不器用なのを認識しましたし、私が一日も早く戦力になりませんと」 「大雑把で悪かったわーね。……でもさ、玉子焼きはともかく、お弁当の作り方なんてわたしが普段作らないから教えてなかったのに、一体どうやって覚えたの?あとついでに、どうやってここまで来たのかも気になるんだけど」 とはいえ、自分が教えてもいない事を勝手に実行されていくのはやっぱり気持ちが悪いので、結果オーライで済まさずに、しっかり追求しておかないと。 「お弁当箱や食材は、キッチンから全て調達しました。あと、お料理のレシピは情報衛星ソルフィーネから、いくらでも検索して呼び出せますから」 「ふ〜ん、そうなんだ」 食堂からレシピ本でも借りてきたのかと思えば、情報端末で調べたのね。 「はい♪世界各国の郷土料理から宮廷料理、更にサバイバル向けなども含めて、百万種類以上が登録されているんですよ」 「へー、そいつはいいわねぇ。それだけあったら、一生かかっても食べきれ……」 「…………」 「…………」 「……って、今なんて?情報、衛星?」 そして、さらりと返してきたココロの口調に流されて、こちらもお弁当を食べながら聞き流しかけたものの、すぐに何だか信じられない言葉が出てきた気がして、ピタリと箸を止めるわたし。 「ソルフィーネですか?衛星軌道上で稼動中の、通称でSDBと略されるサテライトデータバンクですよ?……えっと、これは第四世代限定の機能ですが、本体にはデータベースを内蔵せず、必要な情報があればその都度データバンクにアクセスして引き出すというシステムになっています」 「そうすることによって、内蔵可能な情報量の問題を解決したり、アクセス権をコントロールするだけでデータ盗難を防げるので、セキュリティ面でも優れているんだそうです」 そう言って、ココロは澄みわたる青空の遥か彼方へと指差してみせた。 「……つまり、わたし達の遥か頭上に、その情報衛星とやらは今でも飛んでるってコト?」 この目の前に広がる雲の向こう側の、更に更に空の上。 わたしには、まだ想像すら追いつかない世界で、嫉妬の感情すら湧いてこない。 「ええ。今の説明もソルフィーネから引き出した情報ですから。この星の殆どの場所で検索可能な上に、タイムラグも天候には多少左右はされますけど、今日みたいな晴天時では皆無なので、何かと便利なんですよ?」 「むう……」 まぁ確かにDOLLに内蔵するストレージの容量には限りがあるし、この仕組みならデータベースの更新も個別にやらなくても母体だけで済むのだから、わたしも理屈としては正しいとは思うけど……。 「ちなみに、ますたーが通っている学校名と制服着用義務に関しては、所員のルクソールさんに教えていただいたんですが、具体的な位置情報は同じくソルフィーネのジオスキャンで検索しました♪」 「ジオ?すきゃん?」 「惑星全土を対象にした測位システムです。これでますたーの位置と、通学路の地理データをダウンロードしたので、迷うこともなく教室まで辿り付けたんですよ〜」 「……なんですと?」 惑星全土が対象の……測位システム?? 「あ、ちなみにソウルメトリクス認証の際、私はますたーの魂の波長をマーカーとして登録しているので、もし今後はぐれたり迷子になっても大丈夫なのです。えっへん♪」 そして説明を締めくくった後で、得意げに胸を張ってくるココロなものの……。 「えっと、それは素直に喜ぶべきコトなのかしら……?」 とりあえず、ココロとはかくれんぼができないのは確かみたいだった。 「だって、私はますたーのお側でずっとお仕えする存在ですし、必要となる事もあると思います」 「んー、まぁ遭難でもする羽目になったら便利かもしれないけど……。しっかし、SDBに惑星全土が対象の測位システムかぁ。どっちも間違いなくLOTの産物ね」 決して誰にも話さず内緒にしておかなければって以前に、他人に話した所で現実と妄想の区別がついていないのかって、笑われるレベルである。 「れがしーおーばーてくのろじー、ですか?」 「女神創造プロジェクトに関わったエイリアスドールの技術や、新世紀に入ってマナ濃度が薄まったのが原因で動かなくなったってんで、無かった事にされた旧世紀の発明品などがそう呼ばれてんの」 ついでに、自分達だけじゃ未だ実現の見通しが立たないものばかりだからという、E3の嫌がらせも兼ねているんだけど。 「それじゃ、この私もですか?」 「当然、そうなるわね。……しっかし、第四世代が生まれた当時の技術レベルはわたしの想像力すら振り切ってるみたいだけど、それも今より遥かに高かったマナ濃度の恩恵なのかしらん?」 現在はもう、宇宙開発なんて夢の話に逆戻りしているというのに。 「まぁ確かに、今で言う旧世紀は枯渇を危惧する声はあっても、新しい使い方を見つける度に研究者達の夢が叶っていましたから、エレメントの利用法に関する研究は想像を絶する速度で進められて行ってましたね。……ただ、その一方で飽くなき欲望に取り憑かれてしまっていた様にも見えましたけど」 「あー、そりゃありがちな話ね……。そして、とうとう情報衛星まで飛ばしちゃったと」 というか、果たしてフォローしていいのかは分からないけど、わたしも当時に生まれていれば、そんな欲深い一人になっていたのかもしれない。 「そうですねぇ……。何も無い宇宙空間で衛星を稼動させ続ける為に、属性同士の持つ特性と相性を最大限に利用して、半永久的に動力源として必要なマナを生成し続ける循環機関が搭載されたエンジンが開発されたりしましたから……」 それから、ソルフィーネとやらが飛行しているらしい空の彼方をじっと見上げたままそう続けた後で、どこか呆れが混じった様な苦笑を見せるココロ。 「各属性の相性を生かして、より効率的に出力を稼ぐってのは今じゃ基礎中の基礎だけど、それでもエレメントの存在しない空間で人工的に生成しようとするとか、何だかぞっとしないわね」 確かに、オーバーテクノロジーだわ。 ……もちろん、「やり過ぎ」って意味で。 「まぁでも、それを使ってますたーのお役に立てるのなら、私は別にいいですけど」 「あはは、超技術の無駄遣い過ぎっぽい気もするけどね」 その情報衛星とやらに費やされた時間や開発費を考えれば、今わたしが食べているのは、ぶっちぎりで世界一高価なお弁当という事になるだろうか。 ……ただ、それでも戦争目的で使われるよりは、遥かにマシってものかもしれないけど。 「私にとっては、別に無駄遣いじゃないですよ?どちらも無かったら、この自己ミッションは達成できませんでしたし」 「んじゃさ、最後にもう一つだけ尋ねるけど、ココロはどうしてその自己ミッションを思い立ったの?」 「それはもちろん、私はますたーの嫁ですから♪」 キーンコーンカーンコーン そして、ちょうどオチも付いた所で、お昼休みの終了を告げる予鈴が校舎に鳴り響く。 「なるほど、愚問だったわね……って、もうこんな時間か」 もう少しゆっくりしていたかったものの、ちょっと最初にグダグダし過ぎたらしい。 「……ごちそうさま、ココロ。ちょっと驚いたけどお弁当は有り難かったし、順調にスキルを伸ばしてくれているみたいで嬉しいわ」 ともあれ、わたしは空になったお弁当箱を返すと、ココロの頭を撫でてやりながら、労いの言葉を告げるものの……。 「えへへ♪……ところでますたー、これから私はやっぱり帰らなきゃダメですか?」 「……うん?」 * 「ふぁぁ〜っ、やっと終わったぁ……」 やがて本日の全ての授業が終了し、わたしはいつもより三割増しくらいの勢いで両腕を天井へ伸ばした。 (あ〜〜、もう疲れた……) 疲労感もだけど、今日は開放感がいつもと比べて半端じゃなかったりして。 ……もしかしたら、定期試験の後でもここまでじゃないかもしれない。 (まったく、それもこれも……) 「お疲れ様でした、ますたー♪」 「……うん、あんたが後ろにいたから余計に疲れたわ……」 それから、文字通りに人の気も知らない無邪気な笑みを浮かべてわたしの元へ駆け寄ってくるココロに、腕を上げて応えつつ苦笑いを向けるわたし。 「え、そうなんですか?」 「そりゃあ、ね……」 授業中にずっと背後から視線を感じたり、休憩時間には質問攻めにされているのをあれだけハラハラしながら見ていれば、ぐったりさせられないワケがない。 (まったく、何なんだか……) 結局、お昼休み終了間際で帰りたくないとゴネてきたココロに折れて、あれから教室の後ろで特別に見学させてもらう運びとなってしまった。 一応、うちの学校は家族関係者の授業参観はいつでもどうぞなので、許可に関しては特に問題無かったものの、わたしの方はどうにも居心地が悪かったのと、ライステード研究所の娘が連れてきた(いや、実際は勝手に来たんだけど)、現行の普及機とは比べ物にならない精巧なエイリアスドールを見て興味を持つなという方が無理みたいで、クラスメート達が寄ってたかってあれこれ答えにくい質問を次々と投げかけてきたり、ジロジロと眺めたり触ってきたりと、何かと注目を浴びてしまったものだからたまらない。 それでも、ココロには事前に聞かれて困る質問は全てわたしに振るように釘を刺して、本人も言いつけを守ってはいたものの、やっぱり第四世代機という後ろめたさがあるだけに、どうにも心が休まらなかったのは確かである。 (……まぁお陰で、午後からの居眠りはなんとか防げたけど……) 「ったく、最近ぶったるんでた証拠でしょ?この居眠り姫めっ」 「ひいっ?!」 と、心の中で溜息を吐いたところで、チサトが不意に割り込んでくるや否や、スキありとばかりにわたしの胸を後ろから鷲掴みにしてきた。 「ええい、年中サボってるあんた程じゃないわよっ!」 それに対して、わたしはすかさず上半身を捻って引き剥がしつつ、強烈な肘打ちをお見舞いしてやろうとしたものの……。 「…………」 「……ん?」 なにやら、そんなわたし達のやり取りをココロが真顔でじっと見つめているコトに気づく。 「えっと、今のは戦闘行為、ですか?」 「あ〜、違う違う、これは愛情表現よ?ユリナの奴も照れてるだけで、ホントは……」 「おだまりっ、セクハラ魔がよく使う言い訳の常套句じゃないの……って……」 「はぁ〜〜〜〜っ」 しかし、ココロはチサトの方の言葉を真に受けてしまったのか、いかにも羨ましそうな視線をこちらへ向けてくる。 「な、なに……?」 「わっ、私もますたーに愛情表現したいですっ!」 「えええっ?!こらチサトっ!あんたの所為でココロがヘンなコト覚えちゃったじゃないっ」 「別にいーじゃないの?あんたら夫婦なんだから、好きなだけ乳繰りあえばさ」 「あらあら、うふふ……」 「ちちくりあう……ですか、えっと……」 「……ああもう、やっぱり迂闊に人前に出すもんじゃないわね。特にチサトみたいな人には」 これだからココロが来るのは嫌だったのよと、愚痴の一つもこぼしたくなるわたしだった。 “エンブリオ”だけあってか、基本的に疑う事を知らないので、わたし達の横で嬉しそうな笑みを浮かべてるもう一人の友人も含めて、どうしてもお付き合いさせる相手は選ばないと。 「やれやれ、大親友相手に言ってくれるじゃないの。でも、ココロちゃんの方は凄く楽しそうだったじゃない?」 「ええ、今まで一度に沢山の人と接する機会は無かったので、最初はちょっと焦ってしまいましたけど、でも新鮮な経験で楽しかったです♪」 しかしその反面で、ココロの方はわたしの心配など露知らず、満面の笑みを見せてチサトの言葉を肯定してゆく。 「無かったって、前はどうしてたの?」 「そうですねぇ。必要に応じて開発スタッフの方達との会話はしましたけど、基本的にはいつもサユリさんと二人きりで、研究所の外へ出る機会もありませんでしたし」 「ふーん、まるでカゴの中の鳥ねぇ。ちょっとかわいそうかも……」 「それは仕方が無いでしょ……。試作機ってのは、機密の塊なんだから」 しかも、ココロの場合はA3史上で最も秘匿された世代の機種なんだし。 (……けど、やっぱりチサトの言うとおり、かな?) とまぁ、開発者の立場で言えば、それは当然の事ではあるんだけど、魂を生成してこれほど明らかな自我が発生しているのなら、確かに囚われの身も同然で辛かったのかもしれない。 「あの、それで明日も来ちゃダメですか?」 「……まさか、これから毎日お弁当を届けにくる気?」 だからと言って、味を占められても困るんですけど。 主に、わたしの心臓への負担面で。 「ならいっそのコト、生徒として転入しちゃえば?見た目の歳もあたしらと変わんない感じだし」 そして、更に追い打ちをかける様に、チサトがいとも容易くとんでもない提案を向けてくる。 「うん、それはいいアイデアね〜♪」 「こらこら、無責任に言ってくれてんじゃないわよ。そんなコトが出来るワケないでしょーが」 「ん〜、ユリナの親に頼んでみるとか?確かカオきくんでしょ?」 「いや、でも……」 だからと言って、なんて説明すればいいのやらだし、そもそもそういう問題じゃなくて……。 「よければ、私もお爺様にお願いしてみようか〜?この学園の理事長先生と知り合いみたいだし〜」 「わぁ、ありがとうございます♪」 「ち、ちょっと待って、二人とも話を強引に進めようとしないでよっ。ココロも素直に喜ばないのっ!」 それから、更にエルミナまで乗り気満々で協力を申し出てきたのを受けて、慌てて首と両手を横に振って制止するわたし。 現役の地元議員を祖父に持つこのお嬢様が本気で一枚噛んできたら、ホントに無理が通ってしまいかねないけど……。 (……可能か不可能かって以前に、無謀過ぎだっての) そもそも、ココロは親しい人間にすら正体を伏せている身で、バレたら間違いなく没収の末に処分されるだけでなく、わたしだって決してタダじゃ済まないってのに。 「あはは、でも面白そうだなって思ってさ」 「うんうん〜。ユリナちゃんとの夫婦生活も、もっと見ていたいし〜」 「ったく、もう……」 そりゃね、早速チサト達に気に入られているみたいなのは、わたしだって嬉しいんだけどさ。 「…………」 * 「……そういえば、お昼に一旦途切れた話の続きになるんだけど、ココロってノイン・アーヴァントと話した事があるんだっけ?」 ともあれ、転入の話は一旦保留してもらった後で、いつも一緒だったチサト達と別れ、今日はココロを連れて二人で帰ることにした下校時、しばらく無言で通学路を歩いていた中でふと昼間に聞いた言葉を思い出したわたしは、足を止めないまま切り出してみる。 「ありますよ?というか、彼はエレメントと交流を試みて成功した最初の人間ですし」 「でも、エンブリオが製造されたのって、ノインが亡くなって随分後の時代でしょ?」 確か、コンソールで見た情報だと、製造年は旧世紀の1390年で、ノインが没したのが1268年だから、122年後になる。 「そうですけど、エレメント自体はこの星の誕生と同時に生まれた存在ですから」 「ん?いや、でも……?」 あれ、ちょっと頭がこんがらがってきた……。 「……えっと、ますたーが引っ掛かっているのは、私の記憶が開発された年代と合わないって事ですか?」 「そうそう。エンブリオが製造されたのは1398年だから、ココロの誕生日ってその年になるんじゃないの?」 まさか、130年前からずっと作られてたわけでもあるまいし……って、まぁこれだけのシロモノなら断言は出来ないけど。 「確かに、エンブリオというエイリアスドールはそうですけど、コアに封じられたエレメントは別の話ですよ?私の誕生日ならば先程言った通り、この星が生まれた日という事になりますね」 「別の話って、どういうこと?」 「簡単に言えばですね、各エレメントは世界中に存在する全てで一つなんです。形は定まっていませんし、散らばってもいますけど、実際は全部が繋がっていると思ってもらえれば」 「へぇ〜っ……って、ゴメン。わたしって専門家を気取っても、まだまだエレメントの事をよく理解していなかったみたい」 そこで、ココロの口から聞いた初耳の知識につい声が出てしまったものの、A3研究員ともあろう者が驚いていい場面じゃない。 ……知らなかったのは事実だけど、ちょっと自己嫌悪だった。 「いえいえ、殆どの人にとってのエレメントなんて、便利な魔法の力が混じった空気の一部って程度の認識みたいですし、ノインや彼の創設したA3の方々、そしてサユリさんやますたーの様に私達を精霊と呼んで、それぞれに性格や意志がある事を認識して下さっているだけで充分です」 「下さっているというか、エレメントを使う……いや、使わせてもらう上では絶対に忘れちゃいけない概念だからね」 「みんな、結構ワガママですからねぇ。あんまり協調性も無いですし」 それから、思わずへりくだって言い直してしまうわたしに、ココロは苦笑いを向けながら、そんな言葉を続けてくる。 「でも、ココロは素直でいい子じゃない?」 ちょっと素直すぎて困る時もあるけど、正しく純真無垢って感じで。 「あはは、ますたーにそう言っていただければ嬉しいですね♪何だか照れますけど」 「いや、別にお世辞とかじゃなくて、こんなに素直に言うコトを聞いてくれるエレメントって珍しい……」 (……って、待てよ) 「…………」 「ますたー、急に押し黙ってどうかしましたか?」 「……あのさ、ちょっと気になっていたんだけど、ココロのコアって結局はどの属性になるの?全ての圧縮エレメントが均等配分されてるって説明は見たけど、それだと普通は互いに相殺して無力になるんじゃない?」 その後、ココロと会話を続ける中で、今まで聞く機会が無かったけど疑問に思い続けていたことを急に思い出し、水を向けてみるわたし。 一応、実際に目の前で稼動しているんだから本当に無力になってるわけでもなさそうだけど、コンソールで読んだあの説明とわたしの記憶が確かならば、ココロのコアは動力源として成り立たないハズである。 「んー、尋ねるまでもなく、結論は出てるじゃないですか。私は“無属性”のエレメントですよ?」 すると、こちらとしては完全にお手上げの質問をしたつもりが、ココロの方は何を今更という顔で答えを返してくる。 「無属性?なにそれ?」 「ふぇ?エレメントには、地・水・火・風・光・闇の他にもう一つ“無”属性があるんですけど、もしかしてご存知じゃなかったんですか?……それはちょっと寂しいお話です」 「……ゴメン、それも初耳だった」 まさか、エレメントの専門家気取りが、一日で二度も指摘を受けるなんて。 ……というか、わたし達の住む世界には六種のエレメントが存在するという事は子供でも知っている常識だけど、まさかここに来てもう一種あるなんて衝撃発言を“本人”から受けるとは……。 (いやでも、ノイン・アーヴァントの編纂したA3発行のリファレンスだって、六種の分しか無いじゃないのよ?) まさか、それもLOT扱いにされた? 「無属性は全ての始まりであり、最後に還る属性です。また、どんな色にも染まる根源的で真っ新な属性でもあるんです。……確かに他のエレメントと違って単独で発生するものじゃないですし、自分で言うのもなんですけど特異な属性ですから、ノインも敢えて広めようとはしなかったのかもしれませんね」 「えっと、まだよく飲み込めないけど、だったらエンブリオの精霊石に込められた配合は、その無属性のコアを作り出す為だったってこと?」 DOLLに搭載する精霊石へエレメントの力を仕込む際、パワーを求めるなら火、機動力を重視するなら風、常に一定の安定した出力で長期間運用させるなら水といった風に、どの属性を一番色濃くするかは目的に応じて選択されるものだけど、先人達が敢えて未知数な無属性を選んだ理由って何なんだろう。 「存在を知っているのはごく一部としても、ノインは無属性の意思こそが、全てのエレメントを束ねる代弁者と定義していましたからねぇ。私自身は、別にそういう意識なんてないですが」 「……つまり、ココロは精霊達の王ってコトになるのね。いや、この場合は女王かな?」 「どうも、しっくりこないですねぇ……。今はますたーのお嫁さんの方がいいです♪」 「あはは、結局はそういうオチになるのね……」 口は災いのもと。 ……しかし、何だか知らないけど、ココロ自身はよっぽど気に入ったらしい。 「……でもまぁ、確かに悪くはないアイデアなのよねぇ」 それから、またしばらく無言に戻って通学路を並び歩いていたものの、小さな子供達が集団下校している姿が目に映ったのをきっかけに、足を止めて再び口を開くわたし。 「ふえ?何がですか?」 「さっきチサトが言った転入案よ。もしかしたら、ココロには学校が必要なのかもしれない」 学び舎というのは、単に知識を詰め込む場所ってだけじゃなく、一緒に通う生徒達との交流を経て、集団生活とか社会性を育んでゆくコミュニティでもあるわけで。 以前のココロは篭の中の鳥で、接触していたのはご先祖様を含めたごく限られた人間のみという話だし、同じ様に研究所へ閉じ込めたままで役割を引き継いでも、わたしだけの力で彼女の人格形成に必要な教育を施せるかは、言われるまでもなく疑問だった。 ……まぁ、チサトみたいな悪ふざけの好きなクラスメートからヘンな事を教え込まれてしまう心配もあるけれど、無菌培養なだけじゃ得られないものもきっとあるとは思う。 「それじゃあ……」 「……だけど、忘れちゃダメよ。あんたは連邦政府によって、今は存在しちゃいけない事になっているんだから」 結局、最大の壁はそこである。 もちろん、バレてしまうとは限らないとしても、守りきってやれる自信がわたしには無かった。 「あはは。私も認識してはいるんですけど、ますたーから改めて言われると何だかショックですねぇ。まるで、存在を全否定されているみたいで……」 「うあっ、ご、ごめんっ!無神経だった……」 チサト達から好意的に受け入れられて、ちょっと浮かれている風だから釘を刺したつもりだったけど、確かにそうだ。 魂や感情があるのなら、喜んだりするだけじゃなくて、傷付いたりだってする。 (はぁ……) 自分で「ココロ」なんて名前を付けておきながら、わたしはそんな当たり前の道理を理解せずに酷いコトを言ってしまった。 「でもまぁ、仕方が無いですね。確かに私も関わっちゃいましたし……」 「え……?」 しかし、そこでわたしが本気で落ち込みかけた所で、今度は自虐を含めた寂しい笑みを見せてくるココロ。 「遠かれ早かれ、器だけでなく私自身もそうなるのかもしれませんしね……」 そして、ココロは淡々とした口ぶりでそう続けると、わたしの目の前で手のひらの上に筒状の風の流れを発生させて見せた。 「ココロ、それ……?!」 「その辺の風のエレメントを集めてみました♪沢山集めて竜巻にまで成長させれば破壊力を生みますが、力を抑えて上手く使えば、これからの季節にぴったりの避暑手段になりますよ?」 そこで、思わず目を見張ってしまうわたしに構わず、それからココロは説明を続けた後に、彼女の手の上で循環する風の範囲が広がり、二人の周囲を優しく取り巻いてゆく。 「…………っ」 確かに、スポット的な簡易冷房って感じで、なかなか快適だった。 ……ただし、力加減を間違えたら、スカートが捲れてしまいそうだけど。 「ココロにも精霊魔法が……まぁ、使えるわよね。何せエレメント自身なんだから」 「そうですねぇ。自分で言うのも何ですけど、この星で一番自由自在に扱えると思います」 「…………」 (なるほど。エンブリオのコンセプトって、魔法使いDOLLを作る事だったのか……) それなら、エレメントの魂を作ろうとした事にも何となく納得できるし、A3の切り札に相応しい開発コンセプトだとも思う。 (けど……) 「……言いにくいんだけどね、エレメントの個人利用が禁止されている今は、それもあまり夢のある話じゃないの。喜んだり褒めてあげるどころか、逆に本気でわたしと一緒に通学したいのなら、もう二度と人前で使わないでって注意しなきゃならないんだから」 先ほどの失言もあってあまり気は進まないものの、それから少しだけ間を置いた後で、再びココロに存在を否定するような台詞を向けるわたし。 けど、現代社会を生きる為のルールとして教えておくのも、またわたしに課せられた義務だから。 「やっぱり、そうだったんですねぇ。まぁ薄々感じてはいましたけど、でもどうしてなんですか?」 「そこはまぁ、E3が覇権を握っちゃったから色々思惑はあるんだろうけど、最大の理由はマナが昔と比べて急速に薄れてきているから、無駄遣いをするなってコトになってるわね。それに、まだ有限か無限かの結論も出ていないし」 ……って、ココロへわたしの口から言うのもアレだけど、後はおそらく欺瞞と利己も少なからず含めて。 「エレメントは空気と同じく、無限に発生し続けるものですよ?……というか、少なくともノインは理解していたはずなのに、未だにそんな議論をしているんですか?」 「いや、そう言われても……。ノイン・アーヴァントの著書にはヒントらしきメッセージはあっても、結論はどこにも記されていないのよ」 すると、珍しく呆れた顔でそう告げてくるココロへ、わたしは苦笑いを浮かべながら肩を竦めて見せる。 「はー、なるほど。後世の人達が自ら気付くようにって、敢えて伝えなかったのかもしれないですね」 「……でも、それが結論なんだ?」 「ええ。エレメントというものはどんなに消費しても、一時的に濃度が薄れてしまうことはあろうと、時間と共に必ず復活しますから、完全に消滅してしまう心配はないんです。……ジェネレータを壊しさえしなければ」 「ジェネレータって……」 「いわゆる、自然ですね。命の息吹からエレメントは発生するものですから」 (……命の息吹、か……) 「だけど逆に言えば、もしそれが枯渇するようなコトにでもなったら……」 「でも、言葉にするだけならともかく、基本はありえないんですけどね。エレメントはこの星の生命力そのものなので、もし本当に一つの属性でも消えてしまうことがあれば、その時は人の住める環境ではなくなっています。風や水のエレメントが消えてしまうというのは、空気や水が無くなるという意味ですし」 「そっか……」 「……ですから、存在そのものが消えたりはしません。ただし、エレメントの発生量はジェネレータの清濁度に大きく影響されますから、環境破壊や汚染が進めば、人々の関心から消失してしまうレベルまで下がる可能性はありますけど」 「はぁ……。自分で言うのもなんだけど罪深いもんだね、人間ってさ……」 大自然の恩恵を勝手に利用しながら、恩を仇で返す粗暴な振る舞いをしておいて、挙句には自業自得という事にすら気付かず、マナが弱くなってきたから用済みとばかりに、一方的な絶交を唱える者達が幅を利かせている。 「けど、この星は今や人間のものですし、彼らがエレメントの助力から独立してもやっていけるのなら、それはそれで構わないとは思います。時代は流れるものですから、私達といえど、それに従うしかないのかなと」 「う……っ」 それから更に、いつしか自分が認定試験で無責任に口走った台詞がココロの口から再現され、沈みかけた心に追い討ちをかけられたみたいで、再びいたたまれなくなってしまうわたし。 (勿論わたしも同罪、か……) 「……でも、やっぱりちょっと寂しいですね。ノイン・アーヴァントは私達に人間とエレメントは永劫に共存共栄していくべきだと熱心に語ってくれましたから」 そして、最後にココロはそう締めくくると、儚い笑みをわたしに見せた。 「ココロ……」 * 「……珍しいな、お前が親を揃えて相談ごとなんて」 「本当ね。何か重要な決断でも迫られているのかしら?」 「うん……」 やがてその夜、わたしは無理を言って両親を部屋に呼び出していた。 ……といっても、迫られているわけじゃなくて、既にある決断をした後なんだけど、自分の力だけでは無理だから。 「忙しいのにゴメン。ちょっと、ワガママを言いたくなってね……」 * 「え〜、それでは本日はまず転入生?を紹介する」 「本当は改めましてになりますが、はじめまして♪私はライステード研究所所属のエイリアスドールのココロといいます。これからますたーと一緒のクラスへ通わせていただく事になりましたので、どうぞよろしくお願いします♪」 やがて、それから一週間が過ぎた日のホームルーム時、わたしの替えじゃなくてちゃんと誂えられた制服に身を包んだココロが、ルーファス先生に促されて、深々と頭を下げながら自己紹介をしていた。 「まぁ、先週に一度来たからみんな覚えているだろう。この度、ライステード研究所からの正式な要請があって、しばらくうちのクラスで彼女の運用テストに協力する事となった。そこのユリナ・A・ライステードが責任者だから、何か気付いた点があれば報告してやってくれ」 「……と、これでいいんだな?」 「ええ、ご協力感謝します先生。あとみんなも、普通に転入生のつもりで接してもらえればありがたいです」 そして、ひと通りの紹介が終わった所でわたしも立ち上がり、周囲に頭を下げてゆく。 (……あとは、うちの両親に感謝、かな) 前代未聞のお願いをしたはずなのに、あまり深く追求してくることなく、割とあっさり聞き入れてくれた辺り、何だかんだいって親バカだったってコトなんだろうか。 「しかし、本人を目の前で言うのも何だが、安全面は大丈夫なのか?」 「ご心配なく。ハードウェアとしてはもうとっくの昔に完成されていて、人が沢山いる環境の中での稼働能力をはかる為の試験運用ですので」 いずれにしても、リスクは極めて高いし無謀なのは自覚しているけれど、それでもこれはココロを受け継いだ自分に課せられた最大の使命だと思った。 ……だって、ココロは、エレメントは人間との共存共栄を望んでいる。 もちろん、正体を全て隠した上での転入だから、これが人間とエレメントの絆を取り戻す為に役に立つのかは分からないものの……。 「おお、ユリナ、本当に転入させちゃったんだ?」 「普通は有り得ない決断かもしれないけど、まぁこれも大いなる第一歩じゃないかなって」 「でも、これでまた楽しくなりそうだね〜♪」 とりあえず、これで“共存”の方だけは叶えてやれそうなのが、今のわたしに出来る精一杯である。 (でも、いずれは共栄の方も……) 『当たり前です!あたしは再びE3との勢力差をひっくり返してやるつもりですから』 『ふふ、なかなか対称的で面白いわね。将来はいいライバル同士になってくれるかしら?』 「…………」 あの時は興味ないつもりだったけど、ひとつ乗ってみてもいい……かな? 次のページへ 戻る |