イリアス@ココロ  その5

Phase-8:プロジェクト・ガイアレス

「ちょっ、遥か北の果ての海中って、どういう事よ?!まさか氷の下とでも言うの?」
「……いえ、正確に言えば氷の中です、ますたー。ここは聖セフィロート教国が1393年に建造した、『カテドラル』と呼ばれる極秘施設の中枢部みたいですね。海中に沈んだ施設全体が分厚い氷に覆われていて、外からではジオスキャンでも検出できなかったんですが、私のメモリの中にマップデータが残されていました」
「氷の中……。しかも聖セフィロートって、何だってこんな場所に……」
 一体どうやって造ったのかも気になるものの、いずれにせよここまでして測位システムを含む外部からの目を遮断しているというコトは、よっぽど秘密にしておきたい施設なんだろう。
「おそらくあの扉を開けば、全て分かると思いますよ?二人分の生体反応も感じますから」
 ともあれ、立ち尽くしたまま顎に手を当ててあれこれと推測を巡らせるわたしへココロはそう告げると、この部屋から外へ続いている唯一の扉へと視線を促した。
「……なるほど、やっぱりわたし達は呼び寄せられたんだ?」
 ここまで来ると、もう偶然というのは有り得ない。
 ……そして、わたし達の帰り道を待ち構えて、強引に呼び寄せるマネをしそうな相手と言えば……。
「そう考えて間違いないと思います。それにどの道、Eゲートは再び稼動可能なマナを集めるまでは使用不能ですし」
「他の出口は……探すだけ野暮かな?」
「ええ。この施設は細いダクトを除いてほぼ密封された設計になっていて、外部からの出入りはEゲートを利用する構造になっていますので、先へ進まない限りは黙って帰してくれないでしょうね」
「……んじゃしゃーない、行きますか」
「大丈夫です♪ますたーは、嫁であるこの私が必ず守りますから」
「普通は、逆なんだけどなぁ……」
 いずれにしても、敵がいる以上はきちんと決着を付けておかなければならない。
 遅かれ早かれ、戦うべき時を迎えるのがココロのマスターになる者へ課せられた宿命なら、ここが正念場。
 ……ココロの、エレメントの加護を信じて乗り越えないとね。

                    *

「…………」
「…………」
「……こ、これは……?!」
 やがて、覚悟を決めて扉を開けた先に広がっていた光景は、転送先の部屋と比べて何十倍はあろうかという広さの、しかも天井が全く見えない吹き抜けのドッグ内部だった。
(うっはぁ……。これってホントに現実の光景なのかしらん……?)
 巨大な円形フロアの壁沿いには、大型クレーンやマジックハンドなどの建造用設備各種が制御コンソールと共に多数配備され、その周辺には予備パーツが積み上げられていて、そして筒状のガラス質の敷居で区切られた中心部では、満たされた透明の液体の中で純白のローブを纏う聖女の姿を模した巨大な人工物が、両手を胸元に合わせて祈りでも捧げているかの様なポーズで中空に浮かんでいた。
「…………!」
 その全長は、大雑把に見積もっても百メートルは下らないだろう。
 おそらく、いやほぼ間違いなく眼前に映る“彼女”はDOLLなんだろうけど、既にサイズからして今までの常識を遥かに凌駕してしまうインパクトである。
「ココロ……もしかして、ここに保存されているのは……」
「……はい。A3謹製の第四世代エイリアスドールにして、開発コードA3―04GLが与えられた、人の手により造られし女神、『ガイアレス』です」
「女神……!そっか、これがあの……」
 背中には畳まれた純白の同じ大きな翼を持ち、外見から明らかにそれと分かる武装は確認出来ないものの、むしろそれが穢れのない神々しさを感じさせ、また瞼を閉じたまま長い金色の髪を水中で揺らせている、約一体を除けば他に類を見ないと言ってもいい造形美を持つ顔立ちは、強烈な存在感と共に得体の知れない威圧感も醸し出している、まさしく“女神”の名に相応しい芸術品だった。
「……なるほど。開かずの間とかの天井に描かれていたのは、やっぱりこれだったのね……」
 九つの時に初めて絵を見た時はまだ知らなかったけど、翼を持ち、白いローブを着た長い髪の聖女というのは、聖セフィロート教国が信仰していたとされる女神の共通イメージである。
「…………」
 従って、デザイン自体に不審な点があるワケじゃないとしても、ただ個人的に一つだけ気に入らない部分があるとすれば、ぶっちゃけココロと似ている点だった。
 だってつまり、女神がココロと似ているというコトは……。
「そうです。聖セフィロート教国に伝わる女神像のイメージをベースに、ノインが創ったエイリアスと融合させた意匠が凝らされましたから」
「ああ、やっぱりそうなんだ……」
 何だかんだで、現在を築いてくれた先人達には感謝してるけど、全く余計なマネを。
 よりによって、こんなモノにエイリアスの面影を重ねるだなんて、偉大なる創始者が聞いたら泣くってものである。
「……ただ、“妹”を悪く言いたくはないですが、これは女神というよりも、狂気に駆られた天才達の手によって造られた”破壊神”と表現した方がいいかもしれません」
「ココロ……?」
「やれやれ、当時のA3が総力を挙げて貴女の為に造り上げたと言ってもいいエイリアスドールの最高傑作に、随分と酷い言い草ですねぇ?」
 それから、隣で禁断の女神を見上げながら哀しそうな表情を見せるココロがそこまで呟いた所で、聞き慣れた男性の声が割り込んでくる。
「ルクソール……さん」
「よくぞここまで辿り着きましたね、お嬢様?結構心配していましたよ」
 今更、その声の主が誰かをわざわざ確認するまでもない。
 女神から視線を下ろした先に二人並んで立っていた人影の片方は、自分の良く見知った父さんの助手で、ココロが今回の黒幕と断定するルクソールさんと……。
「え……?!」
 ……しかし、続けて確認したもう一人が、彼の隣で後ろ手に縛られ、口元には猿ぐつわをはめられた大切な幼馴染であることに気付いて、思わず目を見開いてしまうわたし。
「チ、チサトっ?!」
「…………っ」
 そこで、まず本物のチサトなのか確認しようとわたしが慌てて隣を向くと、ココロも信じられないといった顔を浮かべて、大切なクラスメートの姿を見据えていた。
「そんな……」
「ええ、ちょっとしたサプライズゲストですよ?お嬢様方をお迎えするのに、少々お手伝いして頂きたいとお願いしましたところ、快く付いて来て頂きました」
「〜〜〜〜っ!」
 ……だけど、そんな彼の言い分とは裏腹に、言葉にならない叫びをあげながら、わたしへ訴えかけるような目を向けてくるチサトが、自発的にここまで同行した風にはとても見えない。
「…………」
 と、いうコトは……。
「……ココロ、とりあえず締め上げて全部吐かせるんだっけ?」
「いえ、もう問答無用で構わないです」
 そこで、頭の中の線がぷちんと一本切れた感覚を覚えたわたしが静かにそう切り出すと、ココロも素っ気無く応えた後で右手を上げ、そのまま呼び出した風のエレメントを操って、本当に問答無用でルクソールさんを吊るし上げてしまった。
「ち、ちょっと待ってくださ……ぐはあっ?!」
「問答無用と言いませんでしたか?シスター・パフィリアの時は不覚をとりましたが、あなたにも、この私を本気で怒らせる事の意味を忠告しておいた方が良さそうですね?」
 そして、据わった目線を向けたまま、宙に浮かされたルクソールさんの制止を無視して容赦なく全身をギリギリと締め上げてゆくココロ。
 どうやら、先程のブチ切れ宣言のまま怒りは全く収まっていない様子だけど、一緒にキレちゃっているわたしとしても止める気は無かった。
「……でもまぁ、痛めつけるのはいいけど、一応死なない程度にはしときなさいよ、ココロ?」
「いえ、正直もう聞くコトなんて別に無いですから。何がやりたいのかは完全に分かっちゃいましたし、このままカテドラルと一緒にこの人を潰して帰りましょうか?」
「そ、そんな事をしたらっ、チサト嬢も道連れに……ぐうっ!これ以上の圧力は、首に付けた小型爆弾のスイッチが……」
「……っ?!ココロっ!止めなさいっ」
「……は、はい……っ」
 しかし、吊るされながらも必死で訴えてくるルクソールさんの物騒な台詞を聞いて、慌てて制止を命じるわたし。
「はぁ、はぁ……っ、まったく、頭に血が昇りやすいお嬢様方だ……」
「人、それを自業自得って言うのよ!チサトっ」
 それから、ようやく風圧から開放されて膝を付きながらぐったりとぼやくルクソールさんに構わず、わたしはチサトの方へ全力で駆け寄ると、急いで猿ぐつわを外してやった。
「ぷはぁ〜っっ、助かったわユリナぁ〜」
「ゴメン、わたしの所為で災難だったわね?だけど、もう大丈夫よ?」
 まさか、チサトまで巻き込んでしまうなんて思いもよらなかったけど、帰ったらココロと二人でたっぷりとお詫びしてあげるから。
「け、けど、首の爆弾が……」
「それもわたしが絶対何とかしてあげるから!とりあえず火の精霊よ、ちょっと力を貸してっ」
 そして、不安そうな顔で訴えかけてくるチサトを励ましながら、わたしは続けて両手を縛る紐を焼き切り、まずは自由に動けるようにしてやった。
 こうなったら、もうどんな手段を使おうが……。
「では、こちらの条件を飲んで頂けると?」
「……何よ、条件って」
 と、なりふり構わない気持ちになった所へ、絶妙のタイミングでルクソールさんから水を向けられ、渋々と視線を向けるわたし。
 こういう、人の心理を弄ぶような会話や事の運び方をする所は前々から気に入らなかったし、本当は聞きたくなんてないけど、ここは一応でも話に乗ってやるしかない。
「簡単な話よん。ユリナのメダリオンに書かれた名前を、ちょこっと書き換えてくれるだけでいいの♪」
 すると、話を切り出したルクソールさんの代わりに、チサトが背後からわたしの首元へと手を回しながらそう言ってきたかと思うと……。
「へ?どうしてその事を?」
「……ますたー離れて、罠ですっ!」
 それから、違和感を覚えると同時にココロが血相を変えて叫んだ時には、既に手遅れ。
「…………っ?!」
 すぐに嫌な予感で背筋に寒気が走った途端、わたしは助けたはずのチサトに背後から組み付かれてしまった。
「ぐぅ……っ?ち、ちょ……っ?!」
 そこで、反射的に抜け出そうともがいてはみるものの、首元へ絡みついた腕はまるで機械にがっちりと固定された様に動かない。
(なっ、一体どうなってんのよ……っ?!)
 チサトがわたしを裏切るなんて信じられない……いや、それ以前にこの怪力は何なのよとか、もうどの部分から疑問を抱くべきなのやら。
「……ちぇっ。やっぱり、そこまでは上手くいかないか〜」
「…………っ?!」
 しかし、それから混乱するわたしの耳へ次に入った背後からの声は、全く別のものだった。
「当たり前でしょう。大体、そんな露骨な騙し打ちで譲り受けたって、すぐにココロ氏から資格を取り消されてしまうのがオチですよ?」
「だ、誰よっ?!」
(……いや、この声は聞き覚えがあったような……?)
 すぐ分かるくらいに聞き慣れてるって程じゃないけど、この無理をして背伸びしているのを隠そうともしない、鬱陶しさと幼さに溢れた悪態は……。
「でもまぁ、思ったより簡単に引っ掛かってくれたわね、ユリナ?相変わらずトロいんだから」
「もしかして、その声は……シンシア?」
 ……そう、A3研究員の認定試験を受けた時に隣の席で、一緒に面接も受けた後に同順で合格し、そして現在は家出中とも聞いた、メイナード研究所の一人娘。
「もしかしてじゃなくて、ライバルなんだからすぐに気付きなさいよっ!」
「悪いけど、そこまで親しい間柄になった覚えはないもの。それより、どういう事よこれは?!」
 いくら冷静さを欠いてたとはいえ、幼馴染のわたしや、おそらく一度は本人かどうかの照合を行ったハズのココロですら、さっきまでは確かに本物のチサトと疑ってなかったというのに。
「だから、これも別の形でのエイリアスってワケよ。ふふん〜♪」
「別の形……?」
「とにかく、そこのエンブリオも見破れなかったでしょ?ここへ来る前に本人を捕まえて、魂の色から生体反応まで完璧にエミュレーションしてあんた達の目を誤魔化したんだから、まぁ当然だけど」
「擬態……。要するに、チサトに化けてわたし達を騙そうとしたのね?……っていうか、やっぱり手は出しているじゃないのよっ?!」
 チサトに酷いコトをしたというのなら、二人ともタダじゃおかないんだから!
 ……あとついでに、いなくなったと聞いて、少しくらいは心配してあげていたわたしが馬鹿だった。
「こら、暴れるんじゃないわよっ!ほんのちょっと力を入れただけで、あんたの首はコキッと逝っちゃうけど、あたしはまだ力加減に慣れてないんだからっ」
 そこで、またも一瞬にして頭に血が上ったわたしは、力ずくでも抜け出して二人ともぶん殴ってやろうともがき始めたものの、すぐに取り押さえられつつシンシアから物騒な忠告が入ってくる。
「……慣れて?そういえばあんた、その姿……」
 言われて気付いたけど、擬態を解いてわたしを捕まえている今のシンシアの姿は、前に試験会場で見た時とは明らかに違っていた。
 背中越しだから目では確認出来ないものの、組み付いてこられている感触から推測した体格はわたしよりも明らかに大きいし、それにこの鉄腕みたいな馬鹿力は……。
「お、やっと気がついたの?ホントにニブいわねぇ」
「ええ、悪かったわ。シンシアって、わたしより遥かにちんちくりんだったものね?」
「むき〜っ!このまま絞め殺すわよっ」
「……もう、からかっている場合なんかじゃないですよ、ますたー。彼女は、私と同じ第四世代のエイリアスドールです」
 ともあれ、ささやかな反撃がてらにわたしがシンシアへ挑発的な言葉を向けてやっていると、相手の口から答えを引き出す前に、ココロから諭すような口ぶりで衝撃の結論が告げられてしまった。
「な……っ?!」
「流石にココロ氏は御存知でしたか。……ええ、彼女は『プロキシオ』の名が与えられた、エンブリオと同じく女神ガイアレスを製造する過程で作られた試作機の一つなんですよ、ユリナお嬢様?」
 そして、そのココロの台詞に呼応して、得意げに解説を割り込ませてくるルクソールさん。
「一体、どこでそんなモノを……というか、なんでそのプロキシオがシンシアなのよっ」
「どこでかと言われれば、シンシア嬢の実家のメイナード研究所にも、お嬢様が発見した開かずの間と同じ様な場所がありましてね。そこで見つかったプロキシオにSGSは搭載されていませんでしたが、代わりにスピリチュアル・コントロール・システム、通称『SCS』と呼ばれる、エンブリオとは異なる仕組みで魂をコアとするシステムが組み込まれていました」
「スピリチュアル・コントロール・システム……ですって?」
 また、初耳で怪しげなLOTっぽいものが……。
「ええ、SCSとは外部から魂を取り込み、DOLLの制御に利用する画期的なコアシステムです。感情の起伏を追従して増幅される魂の強さを出力として変換する強力なコンバーターが内臓されていて、SGSと併せてガイアレスには欠かせないシステムなんですが、とりあえず現在のプロキシオには、シンシア嬢の魂がセットアップされているというわけですね」
「ふふ〜ん。何も第四世代機は、あんたの所だけにあるってワケじゃないんだからっ!」
「……いや、だからって……」
「心配なさらずとも、組み込まれた魂は着脱可能ですから、いつでも元の身体へ戻れますよ?こちらとしてはとりあえず、もしもの事を考えて戦力面での対抗手段を用意しておこうと思っただけのつもりでして」
「そうそうっ、エンブリオに対抗できるのは、同じ第四世代機だけってね」
「…………」
「……まぁ、コアの質の違いで、ココロ氏と互角とは程遠いかもしれませんが、少しは役に立っているみたいで何よりです」
「さりげに酷い言い草ね、ルクソール……」
「事実だから仕方が無いでしょう?……まぁともあれ、これでようやく落ち着いてお話が出来る状況が整いましたかね」
「あんたの都合だけでしょうがっ!」
 それから、あまりにも勝手な言い分を続けた後で、まるでこちらが悪いかのようにやれやれと肩を竦めて見せる性悪な黒幕へ、動けない代わりに言葉で噛み付くわたし。
 こっちは首根っこを押さえられて、落ち着けなんて程遠い状態なのに。
「大体、締め上げなんて野蛮なマネなどされなくとも、ちゃんと全部お話しますよ?まったく、私を家族同然と言っておきながら、お嬢様も人が悪い」
「ふざけんじゃないわよ!大恩あるとか言ってた所長の娘に刺客を送りつけておいて、一体どの口がそんな戯言を吐けるのよ?!」
「……それについては、少しばかり誤解があるようです。確かに、E3にも顔が利くのを利用してエレメンタラー狩りを差し向けたのは私ですが、お嬢様にはココロ氏に加えてアルハディアにも強力な守護者がいますし、返り討ちか最低でも逃げる事は出来るだろうと。……ただ、それで派遣されたのがあのイリーガルズの生き残りと聞いた時は、少々心配しましたがね」
「どうして、そんなコトを……」
「御存知かもしれませんが、私は人を説得するのが大の苦手でして。そろそろお嬢様方もお誘いするつもりでしたが、博物館で探りを入れてみた時に、シンシア嬢と比べて素直に賛同しては頂けそうもなかったので、少しばかり状況を変えてみようかなと」
「んで、E3に目を付けさせたってわけ?……確かにココロが言った通り、笑っちゃうくらい卑劣でくだらない理由ね。その上、わたしを騙して人質まで取って話を聞かせようとか、エリートの癖に頭悪いんじゃないの?!」
 本当に、色々な意味でガッカリな人だった。
 ……まぁ、お陰で仲間に入れなくて良かったとは改めて思うけど。
「ははは、辛辣ですね。なにぶん、私はノイン・アーヴァントの子孫である所長やお嬢様と比べて凡人なものですから。……では、ココロ氏もそのつもりでよろしくお願いします」
 ともあれ、わたしが浴びせてやった遠慮なしの罵詈雑言を受けて、どこまで本気で言ってるのか分らない自虐と皮肉が混じった言葉を返した後に、こちらから少し離れた場所で状況を見守るココロへ念押しするルクソールさん。
「……あなたは本当に、女神を蘇らせる気なんですか?」
「勿論ですとも。こうして先人達が莫大な時間をかけ、完全な形で遺してくれているのですから、それを見つけた後進が夢を引き継ぐのは、当然の義務というものでしょう?」
 それに対して、怒りよりも失望に満ちた表情で今一度問いかけるココロへ、ルクソールさんは静かな口調ながらも断固とした意思表示を返すと、女神の入った水槽の手前にあるコンソールのもとへ悠然と歩いていき、迷いの無い手つきで何らかの操作を実行してしまった。
「ちょっ、一体何をしたの?!」
「いちいち尋ねなくとも、すぐに分かりますよ。ほら……」
 そして彼の言葉通り、間もなく耳障りな警告音がドッグ全体に鳴り始めたかと思うと、水槽の中の液体が、床下からゆっくりと流れ落ちてゆく。
「…………っ?!」
 どうやら、保存中だった女神を遂に解き放ってしまうつもりらしい。
「こ、ココロ……」
「大丈夫です、ますたー。女神はまだ不完全状態ですから、スリープを解除しても通常稼動は出来ません」
 それを見て、シンシア―プロキシオにがっちりと押さえつけられている上に、嫌な予感からくる胸騒ぎで焦りを隠せないわたしなものの、ココロの方は視線を女神の方へ向けたまま、冷静な口調でそう告げてくる。
「え……?」
「いかにも、この女神は未だ抜け殻に等しい存在ですよ、お嬢様?……何せ、最も肝心なコアとなるべきココロ氏がそこにいる訳ですからね」
「こ、ココロが……?!」
 女神の、コアですって?
「……やれやれ、やはり御存知なかったみたいですね。ココロ氏もさすがに、自分が解放戦争の発端となった史上最大兵器のコアとして生み出されたとは、お嬢様に言い出せませんでしたか?」
「…………」
「本当なの、ココロ……?」
「……ええ。純粋にエレメントを擬人化しようとしたエイリアスと違って、エンブリオは考案者の意思に反して、最初から兵器となるべく生み出されたDOLLでした。そして、私も自らの意思で一度は話に乗ってしまった……これも、決して否定は出来ない事実です」
 そこで思わず振り返って確認するわたしへ、ココロは否定を求めるこちらの目をしっかりと見据えながら、悲しそうにそう告げた。
「そんな……」
「……さて、完全に保存液が抜けるまでには、少々時間がかかります。その間に無知なお嬢様へここに至るまでの経緯でも簡単に説明しましょうか。それとも、当事者のココロ氏にお話して頂いた方がよろしいですかね?」
「…………」
「別にどっちでもいいし、無理に聞きたいわけでもないわよ。でも、本当は自分が集めた知識を自慢げに披露したくて仕方が無いんでしょ?」
 それから、ルクソールさんより嫌味ったらしく水を向けられ、辛そうに俯いてしまったココロを見て、敵意たっぷりに吐き捨てるわたし。
 特に興味が無かったこともあって、今までわたしの方から尋ねていなかったのも確かだけど、自分が女神のコアだった事実を含めて、ココロが解放戦争の頃の話をしてこなかったのは、もしかしたら古傷になっていたのかもしれない。
「では、僭越ながら私が調べ上げた範囲でお話しますね?事の起こりは、聖セフィロート教国が末期頃に抱え始めた、ある深刻な悩みでした」
「……実は、これについてはA3、E3の双方も深く絡んでいましてね。ノイン・アーヴァントが提唱したエレメント工学を用いた様々な先進技術の台頭で、旧世紀の1200年代後半から急速に文明が進化していきましたが、その一方で、人々の信仰心が目に見えて薄れていったんだそうです」
「信仰心?」
「まぁ、当然ですよね。文明レベルの低い時代は自分達の為し得られる範囲が今よりずっと限られていましたから、どうにもならない事象に直面した際は、ただ神という概念に祈るしかない。だから宗教というものが発生し、成り立っていた訳で」
「だけど、その範囲が無限の勢いで広がり続ければ、誰も神になんて頼らない……?」
 知った風なコトを言えば、人間なんて現金なものだしね。
 ……だって今度は、エレメントと手を切ろうなんて考えている者達もいる位だし。
「……と、第三者が口で言うのは容易いですが、宗教立国としては存亡に関わる由々しき問題です。そこで悩み抜いた末に考え出されたのが、近年の文明進化の象徴であり、軍事用途でも高い成果を挙げていたDOLLの技術を用い、女神に相応しき“力”を持つ絶対的な存在を自らの手で実現しようという、恐れ多くも壮大なプロットでした」
「つまり、それが悪名高き女神創造プロジェクト……」
「確かに、マトモな感覚を持つ人間ならば正気を疑う暴挙と評するでしょうが、それだけ当時の聖セフィロートの司教達は必死だったという事ですね」
「……そんなコトの為に、ノインが初めて心を開かせた聖霊……ココロは利用されたと」
 女神だろうが、罪深いにも程がある。
 ……確かに、ココロってある意味この星の神様のような存在なのかもしれないけど。
「しかし、先程ココロ氏も認めていましたが、自ら進んで御協力頂いたみたいですよ。ねぇ?」
「…………」
「同じ話を何度も掘り起こさなくていいわよ、この粘着男っ。さっさと手短に話を続けなさい」
 それでも、今こうして辛そうな顔を見せてるってコトは、きっと本意じゃなかったはず。
 誰がなんと言おうと、そうに決まってる。
「やれやれ、随分と嫌われたものですねぇ。……ともあれ、プロジェクトの始まりは女神開発の委嘱先を選ぶ事でした」
「A3とE3のどちらかにって?」
「まぁ、他にはいませんよね。それで、聖セフィロート教国政府は旧世紀1385年に極秘コンペの開催を双方の本部へ通告。送られた発注書には、『民衆へ向けて畏敬の対象となる女神を開発、運営する為のソリューションを五年以内に立案せよ』と記されていて、その比較方法は互いに一体ずつ用意した試作機を戦わせ、勝った方の技術を採用するという、実に露骨なものでした」
「極秘コンペ、か……」
(……あれ?もしかして、あの時の夢は……?)
 わたしはそこで、先日夢で見た会議室でのやりとりの一部と、シスター・パフィリアがココロに言った「旧友」という言葉を思い出す。
「当時、圧倒的なシェアを背景にDOLL開発の主導権を握っていたE3と、一方で既に過去の栄光は見る影も無く、吸収消滅すら現実味を帯びてきていたA3。E3もプライドに賭けて負けられないコンペだったでしょうが、A3にとってはこれが生き残りを賭けた最後のチャンスとばかり、それはもう大変な意気込みだったそうです」
「…………」
(……ああ、何かまた鮮明に思い出してきた)
 確かに、何やらヤケクソに湧き上がっていた気がするけど、その傍らで沈痛な表情を見せていた女の人もいたような……。
「……だけど、誰もプロジェクト自体には疑問を持たなかったの?」
「そこが、高度成長を支えたクリエーターの驕りなんでしょうね。まるで神にでもなったつもりで、ひたすら自らの才能を誇示出来る場を求めてゆく。その辺りは私も良く分かります」
「…………」
「とは言え、当時のA3はそんな余裕すら無かったでしょうがね。ただそれでも、丁度時期を同じくして学会で一人の天才により第四世代構想が発表されて注目を浴びていた事もあって、正にこのコンペは天啓だと沸き立ったみたいです」
「……崖っぷちに追い詰められた気持ちは察するとしても、仮にノインがその光景を見てたら、一体どう思うかしらね……」
 まぁ、理想だけじゃ食っていけないってのは、研究所の娘として分かっているつもりだけどさ。
「それを言うならば、元々は彼がエレメントの利用法を提唱したのが全ての発端じゃないですか?それにA3は四年半後に最初の第四世代モデルであるエンブリオを完成させましたけど、その一番の中心人物は、第四世代構想を打ち出したノイン・アーヴァントの子孫でしたし」
 そして、「つまり、お嬢様の御先祖様ですが」と、わざわざ付け加えてくるルクソールさん。
「……もしかして、それってココロの先代マスターだった……」
「サユリ・A・ライステード。ノインが志半ばで遺したSGSを完成させ、私というコアを創りあげた人です」
 そこでわたしが記憶を頼りに心当たりを呟く前に、今まで沈黙していたココロの口からその名が挙げられた。
「ココロ……」
「まぁ、その方についてのお話は後に置いておくとして、ともあれ聖セフィロート教国から与えられたお題に対してA3が構想したのは、最新技術を用いつつも原点に回帰した設計思想により、これまでとは全く異なるアーキテクチャを持つ次世代機でした」
「その一方で、E3が提示したのは当時のフラッグシップ製品で、既に聖セフィロート軍へも大量に導入されて実績も申し分無い第三世代機をベースに極限まで性能を高め、全身に圧倒的な火力を持たせた正常進化モデルだったと聞きます。モデル名には『ミレミアム』と名付けられている辺り、こちらも相当な自信作だったのは間違いありません」
「……ミレミアム、か」
 確かに、千年通用するという意味で付けられた名前なんだろう。
「そして、双方が五年がかりで準備を進め、遂に始まったコンペでしたが、結果は実に呆気ないものでした。事前予想としては、実績十分のE3が送り出す第三世代改のマシナリードールに、A3の第四世代エイリアスドールとやらがどこまで太刀打ちできるかという雰囲気だったそうですが、結局ミレミアムはエレメントの力を自在に操るエンブリオに傷ひとつ与える事も出来ず、瞬く間に戦闘不能へと追い込まれてしまいました」
「ココロが勝ったっぽいのは一応知っていたけど、そんな圧勝だったのね……」
「…………」
「ええ。しかも結果だけでなく、SGSで生成した魂を使うというコアシステムや、全身が武装の固まりだったミレミアムと比べて、一切の武器が内蔵されていない代わりに、エレメントの力を自在に操り、天変地異すら引き起こせるという、まさしく“神々しい”と評するに相応しい能力を持つエンブリオは大層気に入られ、彼女―つまりココロ氏をコアに起用する条件で、女神創造プロジェクトにA3の第四世代技術が使われる事が決定しました。正に、世紀の大逆転劇です」
「人知を超えた能力を持つエンブリオは、文字通り彼らが求める女神の卵だった……と」
「今思えば浅はかでしたけど、エンブリオのコアとして目覚めた際に、A3の代表者からE3はいずれエレメントを拒絶し、この星からジェネレータすら破壊しようとしていると言われ、私は怒りを覚えました。……だから言われるがままにミレミアムを捻じ伏せ、あんな事に……」
 そして、わたしの呟きに呼応して俯いたまま告白してきたココロの表情は、苦渋と後悔の色で満ちていた。
「いや、ココロは怒って当たり前だよ……。実際、それも嘘じゃなかったんだから」
「そうそう。エレメントよりも自分達の発明が偉いと思い上がった、あの連中の自業自得よ」
「……あんたは黙ってなさい、シンシア。けど、史実として結局女神は破壊されちゃったハズでしょ?それが、どうしてここにあるのよ?」
 いずれにせよ、わたしとしてはココロの古傷なんて抉りたくもないし、確認しておきたいのはその一点だけである。
「まぁ、いつの世も人の妬みとは恐ろしいものでして、かくしてA3の大勝利で女神創造プロジェクトは本格始動したんですが、コンペで歴史的大敗を喫し、第四世代エイリアスドールへの危機感と憎しみを募らせたE3は、開発も終盤に差し掛かろうとしたタイミングで盗み出した証拠を手に、当時の属国の中で最も大きな勢力である、ファーレハイド国へ情報をリークしてしまいました」
「E3が?……裏切り?」
「ええ。実際はミレミアムの方も高く評価されて、第三世代改モデルは特殊部隊向けに採用され、彼女自身もイリーガルズの切り札として配備されたんですが、それでも第四世代の事を知れば知るほど、崖っぷちで見せたA3の底力に、E3幹部は戦慄や恐怖を覚えていったみたいですね」
「……それで、E3は女神想像プロジェクトごと潰そうとしたと?」
 A3とE3の確執以前に、世界の危機だから大義名分としても充分過ぎるし。
「まぁ、早い話がそういう事です。それから旧世紀1399年にE3の全面支援を得て、ファーレハイドを中心とした属国達が連合を組んで次々と蜂起。後に言われる解放戦争の始まりですね」
「…………」
「ただそれでも、反乱が起きた当初の聖セフィロート側は楽観的だったそうです。むしろ、自ら造り上げた女神のお披露目に相応しい舞台とすら考えていたんでしょう」
「つまり反乱軍は、おあつらえ向けの生贄……か」
「…………っ」
 そこで、思わずわたしが言葉にして呟いてしまうと、ココロは強く唇を噛んだ。
「……しかしながら、結局女神の目覚めは間に合いませんでした。ボディの方は先に製造完了したんですが、肝心となるコアの方に不具合が出て、どうにも上手く行かなかったんだそうです」
「え?」
「女神のコアは、サユリ博士のSGSによって生成された無属性エレメントの魂を、メイナード研究所が同時開発していた制御システムであるSCSにセットアップする事で完成予定だったんですが、ココロ氏をプロキシオに内蔵したSCSへ試験的に搭載するテスト段階から原因不明のエラーが発生していて、いくら調整し直してもとうとう起動しなかったんだそうです」
「原因不明って……」
「…………」
「ともあれ、このままでは稼動前に制圧される可能性が高いと判断したプロジェクトメンバーは、エンブリオとその魂をライステード研究所のサユリ博士に、そしてプロキシオをメイナード研究所のシンディ博士のもとへそれぞれ預け、更にガイアレスに関する設計資料や素材などをこのカテドラルへと退避させた後で、最後はプロジェクト破棄の偽装とその痕跡を消す為、E3の手に渡る前に女神のボディを自爆させてしまいました」
 それから、「……ま、自爆と言っても、連合軍に破壊された様に見せかけたと表現した方が正しいでしょうけどね」と、肩を竦めながら付け加えるルクソールさん。
「……そして、連邦政府やE3の目から離れた後で、こっそりとプロジェクトを再開させたのね」
「仰る通りです。開放戦争終結後、プロジェクトに関わった大半は連邦政府により処断されてしまいましたが、残った者達が有志を募り、再び着手していったのです」
「そんな事は可能……だったみたいね?」
 現に、完全な形で復刻されている姿が目の前にあるのだから、疑いようが無い。
「ええ、”我々”にとって不幸中の幸いと言える最たるものは、女神の製造工場であるこのカテドラルを無傷で守り通したというコトですね。勿論、スポンサーを失って資金面での問題も深刻でしたが、諦めさえしなければいつかは可能という希望は残りました」
「やっぱり、ここが製造工場だったんだ……。この施設を作ったのもA3の人間なの?」
「そうですよ。エンブリオやプロキシオの試作や実験はA3本部で進められましたが、あまりにも規模が大きな女神本体の製造を秘密裏に行うのは難しいので、まずは工場からと説得してこのカテドラルを建設させてもらい、ここで一号機が組み立てられました。その後、自爆プログラムを仕込んだ簡易OSだけを積んだ抜け殻同然のまま、Eゲートで聖セフィロート首都へ送り届けられたのです」
「…………」
「まぁ、結果的にはハリボテも同然の、不本意極まる形での納品となってしまいましたが、その心中はさぞ無念だったでしょうねぇ」
「……だからって、それからよくもここまで漕ぎつけられたわね……」
 依頼主の教国は滅び、A3も辛うじて解体を免れた程度のどん底状態の後で、簡単に想像できるだけでも膨大な労力や時間、そして私財を投入させられただろうに、何が彼らをここまで突き動かしたんだろう?
「解放戦争後の惨めさはA3の歴史でも暗黒期と呼べるものでしたから、おそらく”これ”が心の拠り所だった部分もあったんでしょう。……まぁ、私も大学時代に興味本位でこっそりと忍び込んだ本部の地下開発室跡から偶然にカテドラルへと飛んだ時、先人達の執念には圧倒されるばかりでしたが、同時にこれは運命と思いましたよ。これは是非自分が受け継がなくてはってね」
 更に、両手を広げて周囲を見渡しながら嬉々として言葉を続けるルクソールさんからも、陶酔じみた情熱が窺えていたりして。
「まったく、人の迷惑も考えずに勝手なコトばかり……と言いたいけど……」
「しかし、これに関してはお嬢様も人のことは言えないでしょう?」
「……ぐ……っ」
 悔しいけど、正論過ぎてぐぅの音も出なかった。
 ……認めたくは無いけど、わたしも根っこの部分ではそちら側の人間なんだろうか。
「ですので、最初は同士になれるかと思ったのですが、どうやら見ている方向が全く違っていたみたいなのは残念です。まぁ、それに関してはもう諦めましたが……」
「ああそう、それは何よりだわ……はぁ……」
「ますたー……」
「……ただいずれにせよ、ユリナお嬢様には感謝しているんですよ?お陰様で私や先人達の努力が報われる瞬間を迎えられそうですから」
 ともあれ、そこで投げやりに溜息を吐いたわたしへ、続けてぞっとする様な笑みを向けながらそう告げてくるルクソールさん。
「な……っ?!」
「実はですね、調べていくうちにいくつか腑に落ちない部分が出てきたんですよ。まず、この作り直された女神のボディですが、製造記録を見るとリバイバルを達成してから既に四十年以上は放置されているんです」
「……つまり、本来ならばもっと早い時代に起動されていたっておかしくはないんですよね。ちゃんと、ライステード家の子孫が足並みを揃えてさえいれば」
「そんなコト言われても知らないわよ……わたしだって、開かずの間を見つけたのは本当に偶然だったんだから」
「……ええ、問題はそこなんです。更によくよく考えれば、プロキシオは既に互換SCSが女神に搭載されていたのでともかくとしても、唯一のSGS搭載機であるエンブリオの方はライステード研究所じゃなく、カテドラルで一緒に保管されるべきだったハズですし、そもそも女神の起動が間に合わなかった理由も、サユリ氏が担当していた部分の不具合ですよね?」
 そしてルクソールさんはそう続けると、確認でもするかの様に、再びココロの方を見る。
「…………」
「だから、まだ調整が必要な部分があったんじゃないの?」
「ですが、ノインですら完成まで漕ぎ着けられなかったSGSを完成させた希代の天才が、一番肝心な時にそんな失態を冒しますかね?それに、ペアとなるSCSを作ったメイナード研究所のシンディ博士とは、パートナーとも呼べる位の親密な仲だったそうですし……」
「だから、それもわたしの知ったこっちゃないし、いい加減勝手な憶測話はうんざりよ!そんなのは本人にでも聞かない限りは……」
「……そうです。サユリさんは私を女神にする気などありませんでした」
 それから、苛立ちが積もりに積もったわたしがとうとう声を荒らげた所で、やり取りを黙って聞いていたココロが静かに口を開いた。
「ココロ……」
「エンブリオは、確かに女神のプロトタイプとして作られた兵器ですが、あの人自身は純粋にノインのやり残した事を受け継ぎ、エイリアスを完成させたかった。彼女が発案者である第四世代構想も、元々は長い時間の経過と変わりゆく環境の中で自分を見失いかけていた研究者達へ向けて、第一世代の原点に帰ろうと喚起する為のものだったはずです」
「……そういえば、真世代機って呼ばれてたんだっけ……?」
 おそらく、本来サユリさんがやりたかった事は、女神創造プロジェクトとは真逆だったんだろう。
 ……でも、当時の情勢がそれを許さなかった。
「しかし、現実の出来事としてはシンディ氏と共謀して土壇場で仲間を裏切ったんですよね?本当は完成されていたはずのシステムをワザと改ざんして不具合をでっち上げ、同士達が生き残りを賭けて造り上げた女神の稼動を阻止してプロジェクトの一次撤退へと追い込み、更に発明者の立場を利用してエンブリオを自分の手元へ引き取った上、子孫達へはココロ氏のコトやプロジェクトの続行について自ら何も伝えようとはしなかった。私が言うのもなんですけど、彼女こそ利己主義者ですね」
「…………」
「だから、器の復刻が終わっても、こうして何も知らされていないメダリオンの持ち主が偶然開かずの間を発見し、エンブリオを再起動させるのを待つしかなかったんですよ」
「それが、たまたまわたしだった……」
「ええ、そうです。開かずの間で見つけた得体の知れない眠り姫に興味を抱き、それが禁断の果実と知りながらも手を伸ばしてしまった、実に物好きな創始者の末裔というのが、たまたまユリナお嬢様でしたと」
「……悪かったわね、DOLLにひと目惚れしちゃった物好きで……」
「ますたー……」
「いえいえ、とんでもない。ただいずれにせよ我々にとって僥倖だったのは、サユリ氏がエンブリオを破壊してしまわなかった事ですかね?単にプロジェクト・ガイアレスを闇へと葬ってしまいたかったのならそうすべきだったんでしょうが、ココロ氏を後世まで残したい気持ちも強かったみたいですね」
「……だって、エイリアスが創られた元々の目的は、人間とエレメントが対話を交わして絆を育む為なんだから。その完成型であるエンブリオの本来の役割だって同じはずよ」
 だからきっと、サユリさんはいつか後世の誰かに、ノインから続く自分の遺志を継いで欲しかったんだと思う。
「ええ……。サユリさん自身はエンブリオが兵器として世に出る事にずっと心を痛めていましたし、またエレメントの魂が込められた私を大切な家族として愛しんでくれました。……ますたー、貴女が再起動させてくれたあの夜に、私が言い出したプライマリミッションを覚えていますか?」
「う、うん……。ファーレハイドの殲滅だったっけ?」
 あの時は可能か不可能かを確認する前に慌てて中止させたけど、確かにココロが女神のコアになってしまえば、可能な話だったのかもしれない。
「……そうです。あれは、サユリさんが私を眠らせる直前に告げた命令なんです。『次にあなたを目覚めさせた相手に、まずはそう切り出しなさい』って。そこで即座に中止を命じる人ならば、きっと同じようにあなたを家族として愛してくれる次のますたーと認識しても大丈夫だけど、もし迷いを持つようならば、その場でメダリオンの所有者資格を強制解除して拒絶しなさいと」
「ああ、それはなかなか上手いことを考えましたね。で、お嬢様はやっぱり……」
「当然、すぐに取り消させたわよ。わたしはそんなつもりでココロを目覚めさせたんじゃないもの」
「……なるほど。残しておいて頂ければ楽だったんですが、まぁ仕方が無いですね」
 それから、ルクソールさんが残念そうに肩を竦めた後で、とうとう保存液の排出が終了し、最後に残ったケースが畳まれながら床下へと消えて行った。
「…………っ!」
 おそらく、既に内部電源が入ってスタンバイモードへと移行しているのか、水槽から開放された今でも女神は中空に浮いたまま、じっと残りの儀式を待ち続けていた。
「……さて、結局は長話となってしまいましたが、いよいよ大詰めですね。本来の予定より少し遅れたものの、後はスタンバイ中の女神へココロ氏を丸ごと搭載すれば、悲願が成就します」
「そんな事、わたしがさせな……ぐっ!」
「あんた馬鹿ぁ?ちゃんと自分の立場くらい弁えてなさいよ」
 そこで、当然の如く即座に反発してみせるわたしなものの、すぐに生身ではどうにもならない力で押さえ込まれて、叫ぶことすらままならなくなってしまう。
(くそっ、何とか抜け出さないと……っ)
「やれやれ、せっかく改めて最後の意思確認でもさせてもらおうと思ってましたのに、取り付く島もなしって所ですか。……でも、ココロ氏は協力してくれますよね?」
「ダメよ、ココロっ!わたしのコトはいいからっ!」
 もし本当にこんなモノが復活して稼動を始めたならば、一体どれだけの被害を出してしまうか。
「ああもう、うるさいって言ってるでしょ?!ホントにシメちゃうわよっ」
「だったら、やればいいでしょ?!」
 もう覚悟は出来ているつもりだし、何よりココロを破壊兵器として利用しようという企みが、御先祖様と同じくわたしにはどうしても許せなかった。
 ……たとえ、この命と引き換えでも。
「な、なんですってぇ?!」
「……まったく。頭に血が上って判断力が鈍っているからでしょうが、DOLLと違って人の命は作り直せないんですから、粗末にしようとするのは感心しませんよ。ねぇココロさん?」
「……その返答をする前に私からも尋ねますけど、結局あなた達の目的は何なのですか?」
 すると、冷酷に嘲りの混じった言葉をわたしへ向けた後で思わせぶりな視線を送るルクソールさんに対して、ココロは無表情で対峙したまま、静かに二人へ問いかけた。
「決まってんじゃない?エレメントの力を、今一度世間に知らしめてやる為よ。文明の進化と共に人間が忘れ去った大自然への畏敬を取り戻させて、傲慢になり過ぎた挙げ句に沢山の矛盾を抱えてしまった世界の流れを正さないと、遅かれ早かれ滅びてしまうでしょ?それもたちまち、あたし達A3に関連する人間からね?」
「…………」
「だから、これはあんたの為でもあると思うけど?」
「シンシア、あんた……っ」
 似たような口上は面接の時にも聞いたけど、よりによって何てバカな方法をっ。
「……ルクソールさんの方も、同じですか?」
 しかし、それでもココロは先陣を切ったシンシアから返ってきた、自分に酔っているとしか思えない主張については、特に感情を動かされた素振りも見せず、ただ静かに受け止めていたものの……。
「まぁ確かに、二百年近く経っても未だ追いつける見込みすら立っていないにも関わらず、エレメントよりもたらされる便利エネルギーからの脱却だなんて、所詮は下らない意地張りだというのを教えてやりたい気持ちもあるんですが、個人的にはそれだけじゃなくて、噂の”ダモクレスの槍”を見てみたいと思いまして」
「……っ!あ、あなたは自分が何を言ってるのか分かっているのですか?!」
 続いて、ルクソールさんがさらりと言い放ったある単語を聞いた途端、血相を変えたココロの様子が一変してしまった。
「ダモクレス……の槍?」
 またも、わたしにとっては初耳だけど……。
「……ソルフィーネとは別に衛星軌道上を回る攻撃衛星、ダモクレスから照射される光学兵器です。SDBのジオスキャンと連動し、座標指定で世界のあらゆる地表へ攻撃可能な、女神ガイアレス専用に用意された唯一の武装でもあります……」
「んな……っっ?!そ、それでっ、一体どの位の威力があるの?!」
 攻撃衛星に、光学兵器……。
 この期に及んで、更に有り得ない隠し玉があったなんて……。
「さぁて、実際に使用された記録は無いので何とも言えないですが、スペックからの予測だと最大出力で照射すれば、ファーレハイド首都にあるE3本拠程度なら一撃で蒸発させられる位の芸当は出来るんじゃないですかね?……まぁ、その分チャージに十日はかかるみたいですけど」
「ちょ……っ、い、いい加減にしなさいよ!何だって聖セフィロートや当時のA3はそんな馬鹿げた兵器まで作っちゃったのよ?!下手したら、自分達すら滅ぼす諸刃の剣じゃない?!」
 こんなの狂ってるとか、そんな言葉で表現出来るレベルを遙かに超えているわよ。
 揃いも揃って、破滅願望でもあったというのだろうか。
「それは、“神”として存在する為に必要な力だからですよ?世界中の人々に畏怖を与え、絶対の存在として信仰を強制させるには、ダモクレス・システムは実にてっとり早い武装ですから」
「しかもっ!あんたはそれを好奇心で発射させてみようだなんて、頭のネジが何本か飛んでるんじゃないの?!」
 まだ幼稚な発想でも、シンシアの方が可愛げがあるってものだった。
「かもしれませんねぇ。……ただ、お嬢様に言われるのは、いささか失望を覚えましたが」
「なんでよ?!別にどーでもいいけどっっ」
「だって、せっかく心血を注いで造り上げたものが、一度も稼動させられること無く消えていってしまう以上の無念はない。これは開発者の偽らざる本音として、ご理解頂けると思ったんですけど」
「……つまりますたーは、その無念を晴らす為の人質ですか?」
「いいえ、トリガーを引くのはあくまでココロ氏の意思ですよ?いくらノインの末裔といっても、本来はとても等価の取引にはならないんですから」
 そして、憤りを込めて睨むココロにルクソールさん……いやルクソールはそう締めくくると、更にコンソールの前で何かしらの操作を続けてゆく。
「ともあれ、まずはガイアレスとシンクロしていただきましょうかね?あ、ちなみに、SCSドライバの不具合はシンシア嬢の助けを借りて私が解決しておきましたから、安心して乗ってもらって大丈夫ですよ」
「…………っ!」
「あんた達……っっ」
「だから、あんたも人のこと言えないってるでしょ、ユリナ?」
「うるさい!一緒にすんじゃないわよっ。わたしは単なるシュミだけど、二人がやってるのはテロ……」
 しかし、わたしの言葉が終わる前に、やがて浮いていた女神が床へと降り立ち、コアの収納部らしい胸部の中央が自動で開いてゆく。
「…………っ」
 その、両瞼は閉じたままながらも、安らかな表情で両手を広げた女神のポーズは、まるでココロを招き寄せている様でもあった。
「御覧なさいな、“彼女”も喜んでいますよ?とうとう一緒になれるとね」
「わ、私は……」
「ダメよ、ココロっ!」
「……ほら、早くしないとお嬢様の方が自害の方法とか考えてしまいますよ?器だけでなく、魂もエイリアスとして人間を愛してしまった今は、ユリナお嬢様一人の方が惜しいんでしょう?」
「…………」
「くっ……それ以上ふざけたコト口走ると、本気でぶん殴るわよ……っ!」
「出来るものなら、どうぞ?」
「……うぐぅ……っ」
 でも、悔しいけど確かに叫ぶだけでは何にもならない。
(とにかく、何とかここから抜け出さないと……)
 ……けど、こんな状況で一体わたしに何が出来る?
 単純な腕力なんかに押さえ込まれて、メダリオンを受け継いだノインの末裔ともあろう者が、何てザマなんだろう。
(……ん?メダリオン……?)
 しかし、そこで自虐気味に視線を落とした時、プロキシオの腕の上に引っかかったメダリオンがいつの間にか青白く発光しながら、僅かに振動していることに気付くわたし。
(え、なに、どういうコト?)
 こんなのは初めてだからよく分からないけど、女神か何かに共鳴しているのか、もしくはわたしに向けて自己主張してるみたいでもあったりして。
(何よ、どうしたって……)
『バイオメトリクス認証完了。マスターキー確認、緊急命令を受け付けます』
「…………っ?!」
 そこで、誘われるがまま右手を伸ばしてメダリオンに触れてみた時、わたしの頭の中へ直接そんなメッセージが届いた。
(もしかして、このメダリオンって……)
「…………」
「あれ、黙り込んじゃったけど、とうとう観念したの?」
「……シンシア。わたしはさ、あんたは何だかんだでいいライバル候補になると思ってたのよ。ウザいけど」
 やがて何かに感づいたのか、シンシアがこちらを覗き込もうとしながら軽口を飛ばしてきたのを受けて、わたしはメダリオンを手に取ったまま、押さえつけてくる腕へそっと両手を添えながら切り出してゆく。
 ……多分、自分がこのわたしに対して致命的なミスを犯してしまっていた事にはまだ気付いちゃいないんだろうけど。
「へ?」
「聞いてる方が恥ずかしくなる位の大きなコト言ってるけど、それでも口ばっかりじゃなくて、ちゃんと努力もしているみたいだしね。ウザいけど」
「いちいちウザいゆーなっ!んで、何が言いたいのよっ」
「……失望させんなって言ってんのよ。そんなにわたしに認めて欲しかったら、今すぐにこの手を離しなさい!ウザいのは我慢するけど、意地もプライドも無いライバルなんて、わたしは真っ平ゴメンなんだから!」
「なっ?!いきなり何強気になってんのよ、そろそろ痛い目に遭っときたいの?!」
 そして、わたしは本音を伝えつつ改心する最後の機会を与えてやったものの、しかし返ってきたのは予想通りの反応だった。
「……なら、分からせてあげるわ。今のままじゃ所詮はピエロだってね」
 やっぱり、こいつにはガツンと一発かましてやらなきゃ目を覚まさないらしい。
 わたしは小さく溜息を吐いた後で、プロキシオの腕を持つ手に力を込めた。
「はぁ……?!」
「マスターキー発動!シンシア・S・メイナードの認証を今すぐ解除しなさい!」
「な……ああああああっ?!」
 そしてわたしが命令した直後、シンシア―プロキシオは力なくその場へ崩れ落ち……。
「……ちょっ、何よこれぇぇぇぇぇぇぇぇっっ?!」
 続いて胸部と腹部の中間辺りにあった、強制解除されたボディのコア収納部が開いたかと思うと、半透明でふわふわとした不定形のモノが、内部から弾き出されてきた。
(お……)
 初めて見たけど、どうやらこれが「魂」というモノらしい。
「見ての通りよ。わたしのメダリオンってマスターキーも兼ねてるみたいなんだけど、それを知らずに後ろからベタベタと密着させてきたから、こっちのバイオメトリクス認証が通っちゃったってわけ」
「ず、ずるいわよ!あによそれっっ!!」
 それから、わたしもついさっき知ったばかりのチート機能にシンシアが怒りを爆発させると、魂の形が彼女の怒り顔を象ってゆく。
 ……まぁ、確かにずるいって文句は、甘んじて受けてもいい気はするけど。
「これは参りましたね……。私も初耳ですよ……」
 ついでに、ココロやルクソールも唖然とした態度を見せている辺り、どうやらこの隠し機能は誰も知らなかったみたいだった。
(……って事は、仕込んだのはサユリさんかな?もしもの時のコトを考えて……)
 けど、今はそんな推測なんてどうでもいい。
 このマスターキーが第四世代限定なのか、全てのエイリアスドールに通用するのかも気にならないコトはないけど、それもどうだっていい。
「ココロ……ッッ!!」
「ますた〜っっ♪」
 とにかくこれで、ココロも開放される。
 わたしはすぐに合流しようと駆け出して行き、ルクソールに言われるがまま女神のすぐ近くまで移動していたココロも、踵を返して両手を広げながらこちらへと飛んできた……。
「ただ生憎、そうは簡単に終わりませんけどね?」
「……えっ?!」
 ……ハズだったのに、あと少しで感動の抱擁になろうとした直前でガイアレスの胸部から突然に強い吸引力が働いたかと思うと、そのままココロは強引に吸い寄せられていく。
「ま、ますたぁーーーーっっ!!」
「ココロぉぉぉぉぉぉっ!!」
 そして、わたしは咄嗟に伸ばされた手を掴もうと飛びつくも適わず、ココロはスカートの下から何かを落として内部へと飲み込まれてしまった。
「…………!」
「実は一つだけ言い忘れてましたけど、どうやら先人達もサユリ博士の裏切りに気付いて手を打とうとしていたみたいなので、私が強制回収プログラムをしっかりと仕上げて使用可能にしておきましたよ?」
「そんな……くっ、やってくれたわね……ココロぉぉぉぉぉっっ!!」
 せっかく、ギリギリで形勢逆転かと思ったのに……。
 ……しかし、わたしの叫びも虚しく、ココロを内部へ吸い込んだ女神は胸部を閉じてしまうと、程なくして本格起動を告げるかの様に両瞼を開き、そして背中の幾重もある翼を大きく羽ばたかせて再び舞い上がろうとしてゆく。
「ほら、いよいよですよ。いよいよ……」
「何がいよいよ……うあっっ?!」
「うお……ッッ?!」
 それを見て、思わず嬉しそうに見上げるルクソールのもとへ掴みかかっていこうとしたものの、すぐに翼を広げた時の羽ばたきで発生した強烈な衝撃波に襲われ、後方へと吹き飛ばされてしまうわたし達。
(く……っ、風のエレメントよ、助けて……っ)
「うああああっ!……くぅ……っ、なんて風圧……!」
 それでも、わたしはすぐに足を取られて床にへばり付かされたのと、風の精霊の加護も得られたお陰で、擦り傷を負いながら転げ回らされる程度だったものの……。
「…………」
「……あ……っ?!」
 一方で、女神の足元に立っていたルクソールさんは、建造用の機械が並ぶ近くの壁際へ背中から致命的な勢いで叩き付けられたみたいで、そのまま真っ赤な花を咲かせて崩れ落ちてしまっていた。
(ルクソールさん……)
 ダモクレスの槍とやらは見られなかったとしても、自分が人生を賭けて追い求めた女神の手にかかっての最期なんて、さぞかし本望でしょうよ。
「…………っ」
 ……けど、身内の悲惨な死に様を見せられたのも含めて、わたしにとっては最悪の展開だった。
(くそっ、これからどーすればいいのよ?)
 これじゃ、とても生身では近付くコトすらままならないだろうし。
「ん……?」
 しかしそんな時、わたしが上半身だけを起こしているすぐ前方の瓦礫の隙間に、先程ちらっと見た黒光りする何かが転がっていることに気付く。
(あれって、ココロが吸い寄せられた時に落としたモノだっけ……?)
 どうやら、一緒に飛ばされてきたみたいだけど。
「…………っ」
 ともあれ、わたしは擦り傷が痛むのを我慢して立ち上がり、歩き寄って確認してみると、落し物は回転式の古めかしい拳銃だった。
「げっ、銃……っ?!」
 そこで驚きながらも、恐る恐る拾い上げてシリンダーを見てみると、中には弾が一発だけ入っているみたいである。
(何でまた、ココロってばこんなモノ……)
 確か足元から落ちてきたので、脚部かどこかにでも隠されていたんだとは思うけど……。
(まさか、この銃でガイアレスが破壊出来る……とは言わないわよね?)
 LOTだらけの環境で、もう骨董品っぽい見た目に騙されるつもりはないけど、ただそんなモノがあったなら最初からここへ来た時にココロが使っているだろうし。
「……ま、ますたー……それで……私を……っ」
 ともあれ、拾い上げた正体不明の銃をまじまじと眺めるわたしへ、やがて中空に留まっている女神から苦しそうなココロの声が届く。
「ココロっ?!」
「それは……サユリさんが私に託していた、エンブリオのコアを破壊する銃です……彼女の方も……もしもの時に、備えて……っ」
「コアを破壊する銃って、まさかこれって……」
「はい……中に込められているのは、私の……魂の一部で作られた弾丸です……。その弾は中身が非物質だから……一度ロックオンすれば同質を持つ女神体内のエンブリオのコアへ引き合う様にして必ず命中し、無属性が持つ”消去”の特性を発揮して……あとは……」
「つまり、生成された魂を……ココロを消滅させるって意味じゃない?!」
 出来るワケないでしょ、そんなコト……っっ。
「だけど……もう……っ、これしかありません……!今は何とか抵抗して……ますけど……っ、ガイアレスのSCSには強力な拘束プログラムが内臓されていて……いつまでも私の思い通りにはとても……ううっ」
「嘘っ、何とか頑張ってよっ!」
「無理……です……っ。それに……その銃を放つのは、エンブリオのますたーとして……いつか誰かが負わなければならない義務……ですから……っ、私のことは気にしないで、早く……っ!」
「じ、冗談じゃないってば……!」
 ここで、「はいそうですか」とあっさり了承できるぐらいなら、わたしは最初からココロを目覚めさせてなんかいない。
(そうだ、コンソールから……っ)
 ルクソールさんが操作していたみたいに、もしかしたら外部の管理者権限で……。
「……く……っ」
 そう考えるが早いか、わたしは彼が操作していた中央部のコンソールへと駆け出して行く。
 先程の羽ばたきの衝撃で半壊はしているけど、まだスクリーンが動いているものもあるから……。
「…………」
 しかし……。
「ひ……うああああああ……っ?!」
 まるでそうはさせまいとばかり、女神の翼から再び強い衝撃波が放たれると、わたしはまたも吹き飛ばされる様に後方の壁際まで押し戻され、更にガイアレスの足元近くにあった中央コンソールも、とうとう原型が残らないレベルにまで破壊されてしまった。
「ぐっ、これじゃどうにもならないじゃないのよ……っ!」
 炎や冷気なら風のエレメントに力を借りて遮断できるけど、こうやって風圧で寄せ付けられなくされてしまえば、今のわたしに勝ち目なんてない。
 同じ風で対抗しようにも、今みたいに精々軽減させるくらいで、そもそもパワーの桁が違いすぎた。
 しかも……。
「うお……っ?!」

 ガンッッ

 続けて、いきなり何かが前方から飛んできているのを見て慌てて横方向へ飛ぶと、その前まで立っていた背後の壁へ、壊された施設の残骸が大きな音を立てて衝突していった。
「あ、あぶな……っ」
 ……どうやら、モタモタしてる時間も無くなってきてるみたいだし。
 この調子だと、次は一体何が飛んでくるのやら。
「は、早く撃って、ますたぁ……っ!……今、女神はこのカテドラルから出ようとしています!専用の特大ゲートを使い……かつて聖セフィロート首都があった場所の上空を……目指して……くっ」
「特大ゲート?!……って、もしかして……?」
 それから、ココロが続けてくる受け入れがたい必死の訴えにハッと気付いて床を見ると、確かに今、わたし達がいるフロア全体にうっすらと六芒陣が浮かび上がろうとしていた。
(やばっ、このままだと……)
 本当に、こんな危険なモノが都市圏へ解き放たれてしまう?
 ……ついでに、もしかするとわたし達も一緒に。
「お願いですっ、ますたー!もう……時間がありません……っ!女神は……転移後にダモクレスの槍を無差別で世界各地へ放つ為の準備も……進めています……から……っ、こっ、このままでは本当に……手遅れ……に……うう……っ」
 そして、わたしを説得してくるココロの言葉も、次第に途切れ途切れになってゆく。
 ……どうやらココロの自我の方も、いつまで保てるか分からなくなってしまっているらしい。
「だけど……」
「前……にも……言いましたよね……?エンブリオのコアは……破壊されても……エレメントとしての私が死ぬことは……ありません……だから……いつか、ますたーが私のエイリアスを……作り直してくれるって……信じてますから……っ!」
「……ココロ……っ!」
「…………っ」
 ……もう、本当にそれしかないの?
 確かに、開かずの間にはエンブリオの設計資料は残されているけど……。
「…………」
「…………」
「……撃つの?」
 それから、銃を手にしたまま決心出来ずに立ち尽くすわたしへ、遠慮がちに尋ねてくるシンシア(の魂)。
「……どうすべきだと思う?」
 正直、そんなのはわたしが聞きたかった。
「あたしには分からないわよ。……だけど、ここで素直に撃ったんじゃ、さっきあんたがあたしに向けた啖呵は台無しって気がするかも」
「…………」
「……だよねぇ?」
 そりゃそうだ。
(……でも、一体どうすればいい?)
 コンソールは破壊されたし、ココロでもガイアレスはもう制御できない。
 あと、自分に出来そうなコトと言えば……。
「…………」
「…………っ?」
 そんな時、再びわたしの胸元でメダリオンが小さく暴れ始める。
 ……まるで、自分を忘れるなと言わんばかりに。
(マスターキー……?もしや……)
 プロキシオだけじゃなくて、ガイアレスにも……?
 確かに女神と呼ばれようが、その正体は第四世代の“エイリアスドール”なのだから……。
「…………」
「ねぇ、すっかり黙り込んじゃってるけど、結論は出たの……?」
「……あのさ、シンシア。プロキシオの乗り心地ってどうだった?」
 やがて、わたしはすぐ近くに転がっているDOLLの抜け殻を横目に、ある馬鹿げた作戦を思いつくと、こちらの顔を覗きこんできたシンシアへ水を向けてみる。
「べつに、慣れれば人間の時と大して変わらないわよ?SCSって、搭乗させた魂の思念を追従して動かす仕組みだから、やりたい動作さえちゃんとイメージ出来れば」
「なるほど。……んじゃ、わたしでもすぐ使えるわね?」
「へ……?」

                    *

「……よしっ!今行くわよココロっ!」
 それから程なくして、マスターキーの権限で強引にプロキシオのコアへ自分の魂をセットアップさせ、ついでに抜け殻になった身体を物陰へと放り投げた後で、わたしは最後の決戦へと駆け出して行った。
 正直、後先なんて全く考えてないけど、ここまで来れば、必要なのは覚悟と勢いだけである。
「こらあっ!それあたしのなんだから、後で返しなさいよっ!」
「大丈夫っ、ちょっと借りるだけだからっ!」
 生身じゃとても近付けないのは分ったけど、同じ第四世代機ならば対抗出来るかもしれない。
 多分、プロキシオのスペック自体はエンブリオと互角なんだろうから……。
「プロキシオ、どうせあんたにも翼があるんでしょ?勿体ぶってないで広げなさい!」
 そこで、わたしが試しに命令してみると、本当に背中からココロやガイアレスと同じ白銀の翼が現れてきた。
(をを……っ?!)
 もしかしたら、この翼は第四世代機のシンボル的な装備品なのかもしれないけど、言ってみるものである。
「……さぁ、ここからが勝負よ、女神ガイアレス!」
 ともあれ、それからわたしが遠慮なく翼の力を借りて飛び上がった所で、女神は強い羽ばたきで旋風を起こし、わたしを押し戻そうとしてくる。
「…………っ」
(ぐ……っ、やっぱり吹き飛ばされそう……けど……っ!)
 でも、今なら何とか耐えられてる。
 まるで激流に逆らっているかの様な圧力だけど、それでも少しずつは前へ進めているから。
「風の精霊よ、わたしにも力を貸してっ!これでも、エレメンタルマスターなんだから……っ!!」
「……うお……っ?!」
 そして、またも言ってみるものだというべきか、気迫込めのつもりだったわたしの叫びに呼応して、プロキシオの出力が上昇してゆく。
 ……どうやら、この機体はえらく“ノリ”がいいらしい。
(よし、いける……っ!)
 いずれにしても、今は好都合。
 このまま突破してみせ……。

 ゴォォォォォォッッ

「……うわあっ?!」
 しかし、調子に乗りかけた所で、女神の指先から迎撃に飛んできた火球の一つが直撃してしまい、カウンターを喰らったわたしは再びスタート地点近くへと突き落とされてしまう。
「あいたたたた……」
 実際には痛みなんて感じないけど、つい言ってしまうのは人間の性って奴だろうか?
(でも、確かにちょっとヘンな感じよね……)
 雫の気持ちが少しばかりは理解できたというか。
「ああもう、何やってんのよっ!壊したら弁償させるからね?!」
「……大丈夫。さすがは第四世代機、この程度じゃビクともしないわ」
 ともあれ、それから血相を変えて飛んでくる持ち主に、すぐ立ち上がりながら親指を上げて無事を告げるわたし。
 ……いや、今すぐ返せと言われても困るから正直に申告しないだけで、実際には相当なダメージを受けているものの、まだパワーダウンまでには至らないから、戦闘続行に支障は無い。
 それに、生身だったら今ので間違いなく消し炭になっていた事を考えれば……ね。
「ユリナ……」
「よく見てなさいよ、シンシア?このわたしが、正しい意地の張り方ってやつを教えてあげるからっ」
 すると、強がり込みなのは察しているのか、シンシアの魂が心配そうな表情に変わってこちらを見るものの、わたしは背中を向けながらそう言い放つと、再び翼を広げて飛び上がって行った。
「ま、ますたー、無謀なコトはやめてください……っ!そのまま攻撃を受け続けて機体が破壊されたら、もう二度と戻れなくなってしまうかも……!」
「うるさいわねっ!大体、あんたが弱気だから、わたしの力が出ないのよ!!」
 そこで、最後の力を振り絞って止めようとしてくるココロに、女神から次々と繰り出されてくる火球や電撃、竜巻などを必死で避けながら言い返してやるわたし。
「……う……っ」
「大体さぁ、エンブリオを作り直せなんて簡単に言ってくれるけど、一体どの位かかると思ってんの?!十年?二十年?いや、下手したら一生かかっても無理かもしれないわよ?」
 しかも、その間は今までみたいにココロと言葉を交わすコトも出来なくなるワケで。
「…………っ!」
「それでもいいの?!悪いけどその案を飲んでも、再会の約束をする自信は無いからねっ?!」
 志半ばに倒れた後で、自分みたいな物好きの後継者がこの先出てくるのかも分からないし、何よりわたしが寂しさに耐えられそうもなかった。
「…………っ」
「……い、いや……そんなの嫌ですっ!わっ、私は……これからもずっと貴女の……ユリナさんの側に……居たいです……っっ」
「んじゃ、わたしを信じて本音を言いなさいって。ココロはわたしの嫁なんでしょ?!」
 こちらにも、旦那の意地ってものがあるんだからっ。
「ぐす……っ、は、はい……っ、お願いです、どうか私をここから……女神の檻から助け出して下さいっ、ますたぁ〜〜っっ!!」
「おーけー♪今行くわっ!!」
 そして、とうとう聞けたココロからの助けを求める全霊の叫びにわたしが応えた瞬間、プロキシオに何か変化が起こったらしく、全身が金色の輝きを放ち始めながら更に強いブースト感が走り、いちいち避けなくても、女神から放たれる全ての魔法攻撃を強引に突き破ってゆく。
「…………っ!」
(す、すご……これが、SCSの潜在能力……?!)
 そっか、魂の……意思の強さがそのままダイレクトに反映されるシステムなんだっけ、これ。
(だったら、完全に吹っ切れた今のわたしは無敵というコトになる……のかな?)
 ……というか、その”気持ち”こそが、わたしを無敵たらしめると言うべきか。
「ま、ますたー……急いで……っ!」
「大丈夫……っ!追いつけるわよっ」
 すると、わたしの勢いに押されたのか、ガイアレスは攻撃の手を止め、こちらを向いたまま高く飛び上がって逃げようとしたものの、もはや無駄な足掻きだった。
 サイズ差の有利もあって速度はこちらの方が上だし、Eゲートが発動する前ならば、ここは完全に密封された空間なのだから。
「……鬼ごっこはもう終わりよっ!女神だろうがなんだろうが、ココロはわたしのモノなんだから、返してもらうわ……っ!!」
 やがてわたしは一気に距離を詰めて懐へと飛び込むと、メダリオンを持った右手を大きく振りかぶり、渾身のパンチを繰り出す様にして女神の心臓部へと突き出した。
(いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!)
「…………!」
「…………」
「…………」
『ソウルメトリクス認証、確認。マスターキー起動、緊急命令を受け付けます』
「やった……!!」
 わたしの……勝ちだ!

                    *

 夢を見ていた。
 久々に、これが夢である事を認識しながら、まるで映像に残った記憶を見せられる様な夢。
 ……いや、もうそろそろわたしも正体に気付いているつもりだった。
 これはきっと、先祖代々で伝わってきたメダリオンに込められた記憶が、時々わたしの夢に潜り込んで再生しているんだろうって。

「……こらこら、寝るならちゃんとベッドの上で休みなさいっての」
 今度の舞台は何処かの研究室で、白衣に二人分のコーヒーカップを両手に持った、以前に見たことのある二十代後半くらいの女性が、机の上でうつ伏せになっている同年代の女性へ向けて、呆れたような口調で声をかけていた。
「……ふぇ、シンディ?……あれ、わたし寝てた?」
 そして、呼びかけられた女性はむっくりと顔を上げると、ずれた眼鏡の位置を直しながら、気だるそうに瞬きを繰り返してゆく。
(あ、この人も以前の夢で見たっけ……?)
 前に見た時は、確かライステード博士と呼ばれていた、おそらくわたしのご先祖様。
 見た感じ、モトは決して悪くないんだろうけど、どうやら徹夜作業を繰り返しているらしく、ボサボサになった頭とやつれ気味の表情が全て台無しにしている感じだった。
「物的証拠は残ってるわよ〜?ほら、机の上」
「わわわわっ、大事な設計図に涎がぁぁぁぁっ?!」
「お馬鹿。……ったく、無理するのはいいけど、倒れても知らないわよ?もうここへ閉じこもったまま一体何ヶ月になるのやら」
「あはは、だいじょーぶ♪ちょっと油断してたけど、わたしにはエレメントの加護があるからね?」
「……それも聞き飽きたっていうか、あんたともあろう者が過信してんじゃないわよ。エレメントの助力はあくまで補助的な効果であって、肉体まで作り替えることは出来ないでしょーに」
「分かってるわよ……でも、あと少しで第四世代コアの構造が全部繋がるの。協力を頼んでいるメイナード研究所はわたしの作業待ちなんだし、学会までもうそんなに余裕は無いから、一日でも早く仕上げてしまわないと……」
「まぁ確かに、随分と待たせてはくれてるけどさ。ソウルジェネレートシステムだっけ?E3と同じ様なやり方では勝てないからって、またケッタイなアイデアを持ち出してきたもんね?」
「あら、失礼ね。これは偉大なるご先祖様から受け継いだ研究なのに」
「ノイン・アーヴァントの知られざる遺産……か。ま、エレメントの魂を生成しようなんて発想するのは確かに創始者様くらいのものだろうし、それに興味を示すのも、天才だけど希代の物好きであるサユリくらいでしょーね?」
「……茶化さないでよ、シンディ。このコアにはね、歴史的に意義のある機能が実装される予定なんだから。スクリプトで決まったパターンを制御する今までの音声入力システムなんかじゃなくて、人間とエレメントの間で本当の対話が可能になる翻訳デバイスがね」
 それから、「本当の事を言うと、実はこっちの方に時間が費やされているの」と補足する眼鏡の女性……いや、サユリさん。
(なるほど……。やっぱりこの人がサユリさんだったのか……)
 んでもって、シンディと呼ばれているもう一人の相棒みたいな人はメイナード研究所の、つまりシンシアのご先祖様らしかった。
「翻訳デバイス?精霊の意思を”言葉”に変換するってコト?」
「そう。つまり、これが完成すれば誰でもエレメントと会話できるようになるの。素敵だと思わない?」
「……そりゃ、確かに凄い技術かもしれないけど、果たして受け入れられるかしらねぇ?もう百年以上も勝手に使い続けておいて、今更エレメントと話し合えますと言われても、一体なんて言葉をかければいいのやら。いつもありがとうで納得してくれるのかしらん?」
「あはは。まぁ、それは実際に言葉を交わしてみないと分んないけど、でもエレメントは大自然に宿る意思を持った魂なんだから、これからも付き合い続けていくのならば、彼女達との対話は決して逃げてはいけない問題なのよ」
「だけどさ、ちょいと遅すぎたんじゃないの?」
「……ええ。作成途中の設計図と一緒に残っていた手記によるとね、ノイン・アーヴァントは、晩年にこれの開発を急ぎながら、深く悔やんでいたらしいわ。『自分は大きな過ちを犯してしまった。エレメントの存在は、SGSが完成した後に知らしめるべきものだった』って……」
「んで、志半ばで亡くなった創始者の遺志を、あんたがこうして引き継ごうとしていると。今更意味があるのかは分からないけど、草葉の陰で喜んでるんじゃないの?」
「大事な研究なのは分かってるんだから、手遅れだとは思わないわ。今更だろうが、誰かがきっかけさえ作れば、また何かが変わってゆくかもしれないじゃない?」
「……なるほど。サユリ、やっぱりあんたはアーヴァントの血筋ね」
「あなただって、遠縁でもその一人になるハズでしょ、シンディ?ルーツを辿れば、メイナード家はライステードの分家なんだから」
「へいへい、ちゃんと分かってるし、最後まで協力もするわよ。……でも、あんたはここらで一度休んでおいた方がいいんでないの?」
「う〜っ……確かにシンディの言う通りかな……ふぁぁぁ、そろそろ頭が回らなくなったから仮眠をとっておこっか……」
 そして、サユリさんは欠伸混じりに呟くと、机に敷いた設計図を退避させた後で、そのまま腕を枕にして再びうつ伏せてしまった。
「……だから、ここで寝るなっつーの。寝心地も良くないでしょ?」
「この工程さえ終われば、後はシンディの作業中にぶっ続けで眠らせてもらうつもりだし……。悪いけど、適当な時間になった頃に起こして……よね……」
(あ、そろそろこの夢もお仕舞い……かな?)
「…………」
 それから、サユリさんが静かな寝息を立て始めるのと同時に、わたしの意識も再び沈みかけるものの……。
「……たー?」
「ますたー、起きてください、ますたー?」
「……んぁ……?」
 ……どうやら、逆にわたしの方は起きる時間がやってきてしまったらしい。

Epilogue:エイリアス@ココロ

 ―E3本部会議室。
「……それで、その後はどうなったのかね?」
「ちゃんと全て無力化しましたよ?プロジェクト・ガイアレスの残党が残していたカテドラル及び、復刻されていた女神も一緒にね」
「どうやって?また自爆装置でも用意されていたと?」
「確かに、“自刃”と言ってもいい形ではありますけど、破壊はあくまでわたし達の意志です」
 まぁ、まさか最初で最後のダモクレスの槍が、自分達がやった事に対しての後始末に使われたなんて、作った先祖方は思いもしなかったろうけど。
「…………」
 ……ただ、そこらは諸事情もあって、あまり詳しくは語りたくなかった。
 事実上は二度と使用不能になったものの、さすがにダモクレス本体までは壊せなかった上に、当たり前だけど照射前にEゲートで先に脱出しておく必要があったので、カテドラルごと海底へ沈んだガイアレスの破壊状況も詳しくは確認出来てないなんて正直に話せば、不安の種を残したと解釈されかねないわけで。
 当然、今もわたしの胸にあるメダリオン……マスターキーのコトも、彼らが知りたい結論だけ合わせて、その過程は適当に別のストーリーを作ったりして誤魔化してしまったし。
「……それで、破壊の際に残った残骸も氷で閉ざされた海の底ですし、元々カテドラル自体がLOTの一つでしたから、もう造り直してプロジェクトを復活させる事は不可能かと思われます」
「…………」
「残っていた資料についても、カテドラルにあった物はそのまま一緒に破壊しましたし、また今後も出来る限りの範囲ですが、回収・処分に協力させて頂くつもりです」
 ともあれ、再び先方が黙り込んでしまったのを見たわたしは一方的に報告を続けると、最後にそう締めくくった。
「……先祖の遺した黒歴史に対する後始末、ご苦労だったなユリナ・A・ライステード。だが、貴君の言う残骸は、未だ我々の見える場所に存在しているようだが?」
 すると、今まで話を聞いていた幹部の一人が、少しの間を置いた後でわたしの隣に立つパートナーへ視線を向けながら、徐に口を開いてくる。
「勿論、分かっています。……ですが、この子――ココロだけは処分したくないので、ここまで交渉をしに伺いました」
 言わば、カテドラルと女神の破壊は、その手土産のつもりだった。
「なるほど。貴君の望みは理解したし、確かに誠意も見せてもらった。……だが、それはいささか無理な相談というものではないかね?」
「わたしはエレメントと人間との共存共栄の道を追及したノイン・アーヴァントの遺志を継ぎ、この子を側に置いておきたいだけです。それについての計画書も、報告書と併せて提出させて頂いているはずですが」
 といっても、”計画書”なんてわざわざ仰々しい言い方をする程の内容でも無いんだけど。
「ふむ……。確かに、今後も君と共に学校へ通わせ、生徒達との交流を重ねていくという概要に危険性は感じられない。その事も認めよう」
「……だが、問題はそこではない。貴君がこれからやろうとしている事を、我々に認めろというのかね?」
「認めて頂きたいのは、あくまでフェアな競争精神です。これからエレメントが必要か不必要かを判断するのは、本来A3でもE3でもないはずでしょ?」
「…………」
「これまでは、プロジェクト・ガイアレスという先人達の過ちが、我々の弱みとなっていたのは確かですけど、それも終わりました」
「…………」
「それとも、エレメントのエイリアスである彼女の前で、はっきりと拒絶してみますか?資源の枯渇を待つまでもなく、もう二度とE3にマナの加護は得られなくなるでしょうけど。……ね、ココロ?」
 そう言って、わたしがニヤリと意地悪な視線を向けると、ココロは無言のまま苦笑いを返してきた。
「……まるで、交渉というよりも脅しだな、ユリナ・A・ライステード。皮肉としても、鈍器で殴りつけられた気分だよ」
「その様に受け止められるのは、心当たりがおありになるということでは?」
「……いいだろう。ノイン・アーヴァントは我々にとっても始祖となる存在。貴君がその子孫だというのならば、徒に危害を加えるのは本意ではない」
「ついでに、このエンブリオ――ココロも最初に作られたDOLLの直系なんですから、E3の方々もたまには初心に戻って、この子と交流されてみてはいかがですか?ココロはノイン・アーヴァントの側で、晩年まで見守り続けてきたわけですし」
「…………」
「御苦労だった、ユリナ・A・ライステード。正式な回答は後日文書にて送らせるが、その扉を出た後から堂々と帰って貰って結構だ」

                    *

「……お疲れ様でした、ユリナさん」
 やがて、ココロと一緒にE3本部を出たところで、今まで待ってくれていた雫が、会釈を見せながら足早にこちらへ近づいてくる。
 勿論、今は例の緋袴姿じゃなくて、わたしが適当に選んだシャツにタイトなパンツと、ラフな普段着姿ではあるものの、やっぱりモトがこれだけ良いと何を着ても映えてしまうのは、実に羨ましい限りだった。
「待たせてゴメン、雫……というか、あなたの方がお疲れみたいね?」
 ……ただ、その分人目も引いていたみたいで、その表情には疲れの色が浮かんでいたりして。
「すみません……。何故か待機している間に、結構な人から声をかけられたもので」
「ほほーう。やっぱり道行く殿方は、こんな美人を放っておかなかった?」
「……もう、からかわないで下さい。というか、結構女性からも声をかけられてしまった上に、巡回中のお役人にまで……」
「あははは、ホントにモテモテね、雫?羨ましい限りだわ」
 まぁ、役人に目を付けられてしまったのは、どうしても任務に必要だからと雫が携えてきた、刃は無いけど神鋼製らしい腰の模造刀の所為だろうけど。
「でも、だったら別に外じゃなくて、中のロビーで座って待っていても良かったのに」
「生憎、アルハディアの民にとってはどうにも落ち着かない場所ですし、それに……」
 そして雫は言葉を止めると、E3本部の隣にある高いビルの屋上へと視線をやった。
「……もしかして、いたの?」
「ええ。ユリナさんの首尾によっては、あの夜の続きが始まる事になるやもしれません」
 そこでピンときたわたしが反射的に一歩下がると、庇う様に立ち塞がった後でそう告げつつ、腰の模造刀の柄に手を当てながら緊張の面持ちで臨戦態勢に入る雫。
「けど、安心して。E3からのマークは解除してもらえることになったわ。勿論、ココロもね」
「……そうですか。ならば、本日で私の役目も終わりですね。短い間でしたけど」
 既に張り込んでいるのなら話の入れ違いが怖いものの、とりあえず今後の戦いは回避された事をわたしが告げると、雫は構えを解いてしみじみと頷き、安堵の中にも何処か寂しそうな顔を見せる。
(雫……)
 今回の発端となったのは、わたし達がカテドラルから無事に戻って一週間ほど経ったある夜、開かずの間でコンソールを弄りながらココロのメンテ方法を勉強していた最中にEゲートが突然作動したかと思うと、パーミッション設定で行き来をフリーにしていたアルハディアから、ここにいる雫が慌てた様子で訪ねてきたことだった。
 そこで、何はともあれ別れ際に告げた一方的な再会の約束を果たしてくれた命の恩人の姿に、最初は抱きついて喜んだわたし達なものの、彼女が申し訳無さそうに頭を下げながら告げてきたのは、シスター・パフィリアを相打ち間際で取り逃がしてしまっていたという、物騒な報告だった。
 一応、傷が癒えるまでに時間がかかってしまった雫と同じく、彼女も戦闘不能に限りなく近い深手を負ったことから、またすぐに襲撃される心配はおそらく無いとしても、自力で撤退出来るほどの余力を残していたのなら、また再び姿を見せてくるのは時間の問題である。
 ならば、もういっそのことE3本部へ乗り込んで、自分とココロの解放を直接掛け合ってやろうと決意したわたしは、準備が整うまで雫にはその間のボディーガードをお願いしていたわけだけど……。
「……もう、そんな残念そうな顔しないの。雫はわたしの命の恩人なんだから、いつでも遠慮なく遊びにきてくれていいし、別にすぐに帰らなくても、好きなだけ居てくれていいのよ?」
 どうやら、雫もここでの生活が気に入ってきたのか、嬉しいはずの任務完了に未練を残した笑みを浮かべたのが妙に可愛く感じたわたしは、肩を叩きながら悪戯っぽくそう告げてやる。
「べっ、別にそういう意味では……っ」
「まぁまぁ。とりあえず用事も終わったし、お茶でもして帰りましょ?ここからなら、アーヴァント博物館のカフェが一番近くて、穴場だったりするのよ?」
 すると、図星を突かれて顔を真っ赤にしながら首を横に振る雫へ、馴れ馴れしく肩を抱きつつ、目と鼻の先にある次の目的地へと促していくわたし。
 元々、交渉が上手く終われば家に帰る前にちょっとばかり立ち寄るつもりだったし、雫にもねぎらいをしなきゃならないしで、一石二鳥でもあった。
「は、はい……。では、お供させて戴きます……」
「……むぅ。こういう時は、普通に食事できる雫さんが羨ましいですね……」
 すると、雫の背中を押しながら博物館へ歩き始めたわたしの隣で、今度はココロが寂しそうにそんなコトをぼやいてくる。
「んじゃ、ココロにも食事ができる機能を実装して欲しい?」
 えっと大雑把に考えて、栄養分を口から摂取した後にエネルギーとして変換する体内機関が必要なのよね?
 それにやっぱり、味覚の判定も必要なんだろうから……。
「え、出来るんですか?」
「ん〜と……まぁあと三十年ぐらいもらえたら、あるいは……?」
 一応、穀物やら食べ物を燃料として利用する研究自体は、学問の一分野として大学に専門学部がある位だし、パッと浮かんだイメージ的に不可能とは思わないものの、少なくともDOLL史では前代未聞の機能なので、まずは基礎研究からやっていれば、一生がかりとなるかもしれない。
 ……そもそも、作った所で売り物にもならないだろうから、スポンサーとか共同研究者を見つけるのも厳しそうである。
「それはまた、随分と気長な話ですねぇ?」
「まぁ物づくりってのは、魔法みたいにパッと出来てしまうものでもないからね……」
 こんなコトが出来たらいいのにと、頭に思い浮かべるまでは簡単だけど、そこから実現の段階へ向けて先へ進むには、幾多の挑戦と失敗の繰り返しなワケで。
「なるほど……。それでは、ますたーを信じていつまでも楽しみに待っていますね♪きっと、三十年後だろうが四十年後だろうが、私は貴女の側にいるつもりですから」
「任せといてよ!どんどんやる気も湧いてきたし、アーヴァントのイニシャルに賭けて、いつか必ず実現してみせるからね」
 ココロが一緒に食事をしたいという望みを持ったのなら、どうやらまだエンブリオでも真のエイリアスは完成していないって事になるわけで、だったらその足りない部分に取り組むのはわたしの使命ってものだろう。
 ……それに、一時期はひとりで設計データを元に最初から作り直さなければならなくなった可能性もあったことを考えれば、ココロを側に置いて追加機能の研究が出来るなんて、幸せな話である。
「…………」
(でも、どの道いつかはボディを作り直さなきゃならなくなるかな……?)
 外部は意地でもそのままとして、内部は大幅なレイアウト変更が必要になるだろうし、結局は改造の範疇で済むような話にはならない気がする。
 そうなると、まずは設計書からの見直しを……。
「……今度は、私が羨ましいですね。巫師の道が閉ざされた今、私もユリナさんの様な主にお仕えしたかったです」
 と、歩きながらすっかりと頭の中が次の研究目標のコトで一杯になろうとしていたところで、少しばかりの自虐を含めた言葉を呟いてくる雫。
「ん?別に仕えてくれてもいいのよ?まずは学校に通って必要な知識を学んでもらわなきゃならないけど、将来うちに就職してくれてもいいし、何ならわたしの助手にでもなってみる?」
 実際、人間としての痛みに敏感な雫なら、マシナリー分野のいい研究者になれそうな気がするし、ココロ絡みの秘密を共用できる仲間は貴重だしね。
「……ちょっとますたー、本妻の前で2号さんを口説き落としですか?」
「違うわよっ!というか、またヘンな言葉を覚えてきてるじゃないのよ……っ」
 ……というかそろそろ、ココロの運用テストの放任主義も真剣に考え直す時期なのかもしれない。
 まぁそれでも、目を離していた隙に自分の予想だにしなかった知識や経験を持って帰ってくるのも楽しみと言えば楽しみなんだけど、相変わらずロクなこと教わってなさそうだし。
「ぷぅ……。ますたーって結構浮気性な面もありますから……」
「もう、いいからさっさと行くわよ……って、雫……っ?!」
「…………っ」
 ともあれ、往来で痴話喧嘩もさすがにみっともないので、わたしは話を強引に切り上げて先を急ごうとしたものの、突然に雫は肩に絡めていたこちらの腕を振り払うようにして背後を向くと、そのままじっと遠くを睨みながら立ち尽くしていった。
「……いえ、今しがた例の場所の辺りから一瞬だけ光が差したもので」
「シスター・パフィリアのいた場所?」
「ええ。どうやら、彼女の方にもキャンセルの指示が伝令されたみたいですね。その後は気配が完全に消えています」
「んじゃ、さっきのは別れの挨拶ってことかしら?」
 意外と律儀というか、寂しがり屋なのかもしれない。
「……でも、いつかまた姿を現してくるかもしれませんね。私を宿敵と言っていましたし」
「わたしとしては、別に平和的に会いにくる分は構わないんだけどさ。自称だけど、ココロの旧友でもあるみたいだし」
「私は、お友達になった覚えは無いですよぉ……と言いたいですが、どうやら長年生き続けてゆくうちに、彼女にも自我の様なものが芽生えていたみたいでしたね?」
「うん……SGSは搭載していないハズだけど、やっぱりマシナリードールでも精霊石のコアを持つDOLLは、エイリアスの一つって事なのかな?」
 その辺の興味もあって、やっぱり彼女にもいつか再会したい気はするんだけど。

                    *

「……あれ、シンシアじゃない?」
 やがてアーヴァント博物館へ着くや否や、何となくカフェより先にエイリアスが保管されている特別展示室へ足を運んでしまった所で、ケースの前でじっとノインの作った最初のDOLLを見据えている、良くも悪くも小動物みたいな知人を見つけるわたし。
 メイナード研究所の跡取り娘で、あの出来事の後にうちの学校へ単身転校してきた、自称わたしのライバルである。
「ユリナ?E3本部に行ってたんじゃないの?」
「さっき用事が終わったところ。それより休日に一人で博物館見物って、友達いないの?」
 一応、親御さんにも頼まれてるし、言ってくれれば遊んであげないこともないのに。
「違うわよっ!……思う所もあって、ちょっと一人で原点に帰ろうと思っただけよ。悪い?」
 すると、どうやら友達がいないのは図星だったのか、わたしの軽口にムキになりながら食いついてくるシンシア。
 クラスが違うからわたしもあまり構ってあげられてないんだけど、まだ新しい学校に馴染めていないのなら、ちょっとフォローが必要かしらん?
「……ううん、ちゃんと心を入れ替えているみたいで、偉いわねって」
「むき〜っ!だから、子供扱いすんなっ、あと離せ〜っっ」
 それでも、その心意気や良しということで抱き寄せて頭を撫でてやると、シンシアはわたしの腕の中でバタバタと暴れ始める。
「いや、結構抱き心地いいし、ついでにこの前の仕返しも兼ねて、もう少しこのままで」
 まぁ、その仕返しもあれから結構してきたんだけど、軽くてあったかいから結構癖になってしまっていたりして。
 ……それに、観察してるといちいち挙動が可愛らしいし、人気が無いわけでもないとは思うんだけど、やっぱり性格面かな?
 特に、このコの場合は……。
「う〜っ、だからあの時は悪かったわよ……」
「……反省してるならいいけど、もう二度とおかしな事に首を突っ込んじゃダメだからね?A3とE3の競争も、あくまでみんなの為であるべきなんだから」
 結局、聖セフィロートも、人々の心の拠り所であるべきという宗教の原則を忘れてしまったから、与える事を忘れてただ畏怖で支配しようなんて傲慢な暴挙に走ってしまったんだと、わたしは思うし。
「でもさ、現実的にはあいつらだって……」
「よそはよそ、うちはうちよ。シンシアはエレメントの可能性を信じてるんでしょ?だったら、相手を気にせずに信念だけを持ってやってればいいの。こっちにはココロも付いてるし」
「わ、分かってるわよ、そんなコトくらい……」
「……ホントかなぁ?またおかしなマネをしたら、今度はパンツ脱がせてお尻ペンペンするからね?」
 いや、それはそれでちょっと普通にやってみたい様な……。
「ますたー……?今、生唾飲み込みませんでしたか?」
「あーいや……ほら、ココロにはお仕置きなんてする機会ないしね」
 むしろ、最近はヤキモチ焼きになってきてるココロから逆にされてしまうコトも増えたけど、まぁそれはともかくとして……。
「こ、今回はちょっと焦っちゃっただけよ。あたしはまず、ノインの『エレメントとは、大自然の魂が宿った意思の力そのものである』って言葉を、もう一度広めたかっただけなんだから!」
 すると、わたしの腕の中でジタバタもがきながら、ケース内で一緒に飾られている創始者の肖像画を指差して自分の主張を訴えてくるシンシア。
「え……?」
「だってさ、みんなエレメントの恩恵を受けてるってのに、この大切な定義は、今じゃお約束として載せられた飾り程度にしかなってないじゃない?E3との勢力をひっくり返すにしても、まずはエレメントの事をみんながしっかりと思い出して、それでこれからも必要だって思わせる方向に持っていかないと、話にならないでしょ?」
「……シンシア……そっか、やっぱりわたし達って芯の部分は同じみたいね」
 相変らず喧しくて無駄に大きなコト言ってるけど、それは認めなきゃならない……かな?
「とにかくっ!あたしはあんたには負けないんだからねっ!」
 そして、シンシアは抱きしめる力が緩んだわたしの腕を振り解いて捨て台詞を吐くと、逃げる様に走り去って行ってしまった。
「……何だかんだで、あの子もちゃんと現実と未来をセットで、真面目に考えてたってコトか」
 流石はわたしのライバルを自称するだけはあるというか、今まで侮っていた分、ちょっと敗北感すら覚えたりして。
「まぁ、シンシアさんにもノインの血が流れているって事ですね。落ち着きはないですけど」
 続けて、そんな台詞と共に肩を竦めてみせるココロなものの、その表情は微笑ましそうだった。 
「……ともあれ、これでA3も安泰かしらね。色々あったけど、もしかしたらあのコが将来のリーダーとなるのかも」
「あら、ますたーは立候補しないんですか?」
「生憎、わたしはガラじゃなさそうというか、シンシアみたく壮大な野望を抱いて行動するタイプじゃないみたいだから」
 それから、ココロからのツッコミにわたしは苦笑い交じりで言葉を返すと、初代のエイリアスの前へと歩いていく。
 ……多分、本音の部分だとわたしのご先祖様達も同じだったのかもしれないけど。
「でも、実際にはますたーが今回やり遂げたコトは、ノインをはじめとする歴代のどんな偉人と比べても、決して劣ってはいないと思いますよ?時代が時代なら、立派な勇者様です」
「あはは、そりゃどうも。でもさ、あの時……女神に囚われたココロを助けようと、プロキシオに乗って戦っていた最中に思い出しちゃったんだ。わたしの本音というか、原点をね」
「原点、ですか?」
「うん。ノインの遺志を継ぐとか、エレメントと人間の絆を取り戻すとか、そういうのは所詮、後から付け加わったお題目に過ぎなくて、本当はただココロさえずっと側に置いておけるのなら、わたしにとってはもうそれで充分なんだって」
 それから、わたしは独り言のようにそう呟いた後で、手もとにまで寄って来たお姫様の手を取り、指を絡め付かせながらぎゅっと握った。
(……そう、これだけでいいのよ、わたしは……)
「ますたー……」
「だってさ、元々は偶然に迷い込んだ開かずの間で見つけた眠り姫にひと目惚れしたのがきっかけなんだから、最初は呼び覚ましてわたしのものにしたいって気持ち以外は無かったはずなのに、そこから話が妙な方向へ進んでしまっただけなのよね」
 そして気付けば、わたしは人知れずに、世界の危機まで救ってしまったと。
「……えっと、それに関しては、一応私も謝っておいた方がいいですかね?」
「いや、悪いのは全て……まぁ、特定の誰がって事でも無いんだろうけど、いずれにしてもココロは被害者の方でしょ?」
 少なくとも、A3がエレメントの切実な想いを悪用した罪は極めて重いとは思う。
 ……ただまぁ、それも今更言ったところでどうしようもないので、ノインの末裔たるこのわたしがこれから聖霊様に直接償ってゆく所存だけど。
「ですが……」
「とにかくっ、わたしはココロとの日常を守る為なら古の女神とも戦うし、エレメントと人間との共存共栄を目指して努力もするし、E3本部へ乗り込んで直談判だってするけど、逆に言えば、たったそれだけの理由なんだよね」
 九つの時のあの日から、わたしにとっての全てはココロあっての話なのだから。
「だから、結局は自分のコトしか考えていないわたしは、リーダーなんて向かないなって思ったんだけど……ノインやサユリさんが聞いたら、泣くかな?」
 決して大っぴらには名乗れないとしても、せっかくの由緒正しい創始者の血筋なのに。
「……さて、それは私にも分かりませんねぇ」
 すると、そんな自虐交じりの言葉に対して、ココロは繋いだ手を一旦離してしまうと、わたしから背を向けて素っ気無くそう答えてきた。
「あれ、そんなコトは無いですよってフォローしてくれないの?」
「だって私も、ノインやサユリさんの全てを知っていたわけではありませんから」
「まぁ、それはそうなんだろうけどね……」
 とはいえ、ここは言ってもらえると期待しての自虐だったから、甘えさせてもらえなくてちょっとガッカリさんなわたしだったものの……。
「……ですが、少なくとも私は今が一番幸せですよ?だって、ようやく私のコトを第一に考えてくれる末裔の方と出逢えましたから♪」
 しかし、それからココロはそんな言葉と共に再びわたしの方へと振り返ると、まるで天使の様な笑みを見せてきた。
「そっか……。ずっと、片思いだったもんね?」
「ええ。ますたーのお陰で、ようやく念願の“お嫁さん”になるコトが出来ました♪」
「嫁……か。最初は、口が滑ったと後悔しかけた時期もあったけど、考えたらあれは無意識の本音だったのかなぁ?」
 なにせ、七年越しとなった初恋の相手なんだから。
「ええ、もちろん気付いていましたよ?だって、私に対して何らかの強い意思を抱いていなければ、ソウルメトリクス認証は通らなかったでしょうから」
「……ああ、そーだったんだ。つまり、最初からわたしの心は丸裸だったと?」
「いいえ。それでも、まだ分からないコトだらけですけどね?んふふ〜♪」
 そして、ココロは心底楽しそうにそう告げてきたかと思えば、一度は自ら外した互いの手を、今度はもう決して離さないとばかりに両手を深く深く絡ませてきた。
「もう、何がそんなに楽しそうなんだか……」
「まぁまぁ♪それより先ほども言ったとおり、私はようやく嫁となれたわけですが、未だ手続き的には不完全だと思うんですよね、ますたー?」
「え〜?まさか、盛大な結婚式でも挙げようって言い出す気じゃないでしょうね?」
 いや、ココロのウェディング姿はちょっと見てみたい気もするけどさ。
「まぁ、それはいずれますたーの気が向いたらでいいですけど、でもせめて“誓いの儀式”だけはやりたいな……と思いまして」
 それから、ココロがそう続けた後でちらりと背後を一瞥すると、視線が合った雫は気を利かせて後ろを向いてしまった。
 ……どうやら、お膳立ては整ってしまったらしい。
「はいはい、分かったわよ……。今ならちょうど、誰も見ていない状態になったみたいだし」
 そこで大人しく観念してやるコトにしたわたしは、絡ませた手をそのままに、おでこが触れ合うくらいまで互いの距離を密着させてゆく。
「えっと、それじゃ……健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓っていただけますか、ますたー?」
「……いちいち長いわよ、ココロ」
 誓うも何も、覚えてらんないっての。
「え〜?でも、これって定型文というか、一つの様式美ですよ?」
「別にわたしは、そういうのに拘らないタイプだし」
「んじゃ、ますたーにお任せでいいですよ。これ以上のお預けは、私もイヤですし」
 すると、ツッコミを入れるわたしへ、ココロはそう言ってぶっきらぼうに締めくくってしまい、さっさと行動で示せとばかりに、ぐっと顔を近づけてくる。
「お任せも何も……まぁいいや。んじゃ、これからもずっとよろしくね、ココロ?」
 それを見て、わたしも気の利いた決め台詞を考えるのが億劫になってきたので、シンプルな言葉を短く告げると、後は自分の素直な欲求に従い、愛しのエイリアスと誓いの口付けを交わした。
「……はい♪」
「…………」
 ――拝啓、親愛なるご先祖様方。
 何だかんだと、大変な目にも遭ったりしましたが、わたしにココロという素敵なプレゼントを遺してくれて、大変感謝しています。
 お陰で、ココロと過ごす毎日が楽しくて仕方が無いですし、それに……エレメントのエイリアスである彼女の献身さや無垢な優しさは、触れ合った人の心を動かして、いつか何かを変えていくんじゃないかと、そんな気もしています。
「…………」
 ……まぁ、だからといって自分の方からココロを使って積極的な啓蒙活動なんてする気もないですけど。
「…………」
「ふぅ……っ」
「……んふふっ、新たなソウルメトリクス認証完了です♪これでますます私は貴女に縛られる存在になっちゃいましたし、せきにん、最後までちゃんと取ってくださいね?」
「うん、分かってるって……」
 だって、ココロは、あくまで”わたし”の為のお嫁さんですから。
「あと、あまり浮気もダメですからね?ますたーって良くも悪くも八方美人なところありますし」
「うーん、結構注文多いなぁ……」
 ……ちなみに、わたしが付けたこの「ココロ」という名前、友人からは捻りもセンスも無いと散々からかわれ、自分でも最初は何かもっと相応しい候補が浮かべば、その時に変えてやってもいいかなと思ったりしましたけど……。
 でも、ココロ自身は凄く気に入ってくれてますし、今はわたし自身もやっぱりこれしか無かったと信じていますし、何より……。
「あはは、私が貴女のものであるように、その逆も然りというコトですよ、ますたー?」
「……まったく、独占欲が強いんだから……嬉しいけど」
 きっと、遠いトコロから貴方も相応しい名前と気に入ってくれていますよね、偉大なる創始者様……?

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