Little Wing 序章
運命とは残酷で無責任なもの
一度は掴んだ夢さえたやすく引き離してしまうのだから........
藤村ゆかり
プロローグ
「.....目標までの距離1000.....どうやら気付かれない様に接近出来ましたね。新型のステルスコーディングの効果アリって所ですか?」
「そうね。とりあえず値段分の性能はあると考えてもいいみたいね。......それでは予定通り敢行致しますね、キャプテン。」
操縦席でレーダーを見ながら嬉しそうに問いかける操縦士。そしてキャプテンシートの横に立っている副官役の少女はそれに頷き、となりに座っている自分達のリーダーに作戦の確認をする。
「....どうぞご自由に.....」
キャプテンと呼ばれた者はそう呟くと、前方を指差す。
「了解っ。出力全開......!」
その動作をGOサインと解釈した操縦士は、かけ声と共にエンジン出力を全回し我らが愛機、レイ・トレイザーのエンジンノズルが咆吼した。......哀れなる我らが獲物を求めて。
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「......ふう。今日も平和だな。出来ればいつもこうであって欲しいものだが。」
貨物船の護衛艦の艦長席でパイプを鷹揚に吹かしながらつぶやく。静けさ漂うこの宇宙空間を眺めながら自分がまだ新兵だった時のあの惑星間戦争など最早昔の話だという事を実感させていた。
「そうですね。特に宇宙海賊にだけは出くわしたくありません......ってこれは.....?!」
隣で立っている副官が相づちを打とうとした瞬間、目の前のレーダーに異常が起こった事に気づく。
「.....どうした?」
「キ、キャプテン、突如レーダーに識別コード不明の戦闘用宇宙艇が現れました!距離700.....!.....宇宙海賊です!」
「な、何?!馬鹿な、何故今まで気付かなかった?! いや、それより応戦準備に.......」
艦長は慌てて指示を出そうとするが最早遅かった。襲撃者の主砲からは既にこちらへの攻撃が発射された後であった。
「もう間に合いません!敵の攻撃.....来ます!」
「くっ.....総員対ショック体勢に.....うわあっ!(ズズーーーーン)」
......今日も宇宙の何処かで弱者が叫びをあげる。漆黒の宇宙空間で息を潜めていた狼の奇襲を受け為す術も無く侵略されてゆく。その哀れな獲物となった子羊、貨物船やそれを守っていた護衛艦、そしてそのクルー達は先制攻撃を受けた事であっさり観念したらしく抵抗らしい抵抗もせずに降伏し、それを見取った狼たちは彼らには目もくれず略奪にかかる。
そして、しばらくしてそんな彼らの行動を無表情で見据えていた護衛艦の艦長の目の前に宇宙海賊のリーダーが姿を現した。
「......なっ!」
船長はその姿を見て思わず声を挙げた。目の前に現れたのはいかにも海賊一筋何十年という様な凶悪な面構えの男では無く、花も恥じらう可憐な美少女だったのである。
「.....ゴメンなさい。あなた達に恨みは無いんだけど......」
開口一番すまなさそうに謝る美少女。それを聞いて、
「ふっ、お嬢ちゃんみたいな若い娘が宇宙海賊とはな......世も末だ。」
最早老年にさしかかっていると思われる艦長は呆れ顔で呟く。おそらく自分の孫と対比させているのだろう。
「見たところまだ16〜7位にしか見えないが、何処でどう人生を誤った?」
「.....人生には不可抗力ってものがあるのよ。」
溜息混じりに答える美少女。
「?」
艦長は彼女の答えを理解出来なかった。彼にこの少女の心中など分かろうはずもない。また、彼女もその事についてはこれ以上話そうとはしなかった。
「キャプテン、粗方終わりました。そろそろ撤収しましょう!」
そうこうしているうちに後ろから声がする。どうやらほぼ略奪は終了したらしい。
「分かったわ。みんなに伝えて。撤収するわよ。」
少女は頷きそのまま駆け出そうとするが、その前に今回運悪く獲物となってしまった貨物船の船長の方に振り向き、
「......もう行かなくちゃ.....本当にゴメンなさい。」
独り言の様にそう声をかけると、颯爽とその場を立ち去って行った。
「.....若い身空で命を落とさん様にな。」
艦長は一声かけてその後ろ姿を見送った。もう二度と再び出会う事の無い事を祈りながら.....
.......かくして、我らが宇宙海賊「リトル・ウイング」は今日も無事に仕事(略奪)を完遂したのである。
「.......はぁ。」
ゆかりは日誌をつけていたペンを置き、大きく溜息をついた。一仕事終えた後の一服.....ではなく、後悔の溜息。
「.....また一つ罪を重ねてしまった.....」
がくって項垂れるゆかり。ちなみに別に今回が初めてではなく、一仕事の後には必ずこうやって激しい後悔と罪悪感に苛まれる。
要するに彼女は好きでこの様な海賊行為を行っている訳では無い。ではなぜ宇宙海賊になったのか?それはそれなりに深い所以があったりするのである。
「キャプテン、また思い悩んでおられるんですか?」
いつもの様に感傷に耽っていたゆかりを見て、リトル・ウイングのメンバーで操縦士をやっているエルウィンが声をかける。
「もう私達のキャプテンになられて一月も経つんですからいい加減吹っ切られてはいかがですか?」
「放っといてよ。」
エルウィンの方に振り向きもせずにぶっきらぼうに答えるゆかり。その言葉通り今は1人にして置いて欲しいのが彼女の心情。用が無ければあっちへ行けと言わんばかりである。
(吹っ切れる訳なんて無いでしょうが。本来の私は今の正反対の立場にいるはずだったんだから......)
「.....ところで、この「花も恥じらう可憐な美少女」ってキャプテンの事ですか?」
ゆかりが付けていた日誌を見て突っ込みを入れるエルウィン。ゆかりの心情などまるで察する様子は無い。
「.....何よ、文句あるの?」
不機嫌そうにエルウィンを睨むゆかり。
「いえ。キャプテンに仕えている身の僕には反論、又は否定する権利はありませんから。」
間伐入れずにきっぱりと答えるエルウィン。
「何か引っかかる言い方ね。言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「あ、い、いえそういうつもりでは......」
エルウィンは慌てて首を振るがもう遅かった。
「こういう冗談でも飛ばさないと気が滅入るの!今ブルーなんだから1人にしておいて!」
「はいはい。それではお大事に.....」
ゆかりの逆鱗に触れすごすごと立ち去るエルウィン。彼を追い払ってからゆかりはもう一度大きく溜息をつく。
「はぁ.....何でこんな事になっちゃったんだろう......」
溜息混じりにつぶやくゆかり。そう、思い起こせばあれは一ヶ月前......
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