魔法少女はプリンセスに揉まれて勇者となる その9
終章 かくして、魔法少女は勇者となった
「……アルバーティン魔法学園に……?」 いつかの日、道を示すと約束してくれていたルミアージュ姫さまが、やがて十四になった春にわたしへ提示してくれたのは、世界最大の魔法学園への入学の薦めだった。 「ええ。色々考えたんだけど、やっぱり改めて魔術の勉強を基礎からするのがいいんじゃないかって。あそこは全寮制で奨学金の制度もあるし、何より世界中から色んな人材が集まってくる場所だから、アステルちゃんにはぴったりだと思う」 「で、でもそんな名門にわたしが入れるなんて……そもそも受験できるんですか?」 今までロクに学校も通っていないし、せいぜい城下町くらいまでしか出たことのないわたしには、いまいち現実味を感じないんだけど……。 「心配はいらないわ。実はマイルターナでも毎年の冬にお城で入学試験が行われているし、推薦制度だってあるから、受験諸々に関しては私が何とかしてあげられる」 「…………」 「……もちろん、合格出来るのかは今後の努力次第だけど、幼い頃から精霊に愛されているアステルちゃんなら大丈夫よ、きっと」 「そ、そう……ですかね?」 しかし、本当に入れるのだろうかという猜疑心に対して、姫さまの方がもうすっかりとその気になっているみたいで、わたしの中でもだんだんともしかしたら……の心が芽生えてくる。 「むしろ心配なのは適正試験よりも一般教養だけど、まぁこれは私がしっかり仕込んであげる。……ただし、優しくはないわよ?できないなら容赦なくお仕置きもしゃうし」 そういって、両手をわきわきと蠢かせて怪しい笑みを見せてくるルミアージュ姫。 「で、でもどうしてそこまで……」 「アステルちゃんは私にとって妹みたいなものと言ったでしょう?……その大切な妹が飛びたいのに翼すら広げられなくて燻っているのは、お節介だろうがもう黙って見ていられないの」 「…………っ」 「ね、いつか私がアステルちゃんの好きなことを訊ねた時、何て答えたか覚えてる?」 「……えっと……姫さまと一緒にお話することと……ありがとうって言われること……」 「入学後はこうやって一緒にいられる機会も減るだろうけど、もう一つの願いはアルバーティンでならきっと沢山探せると思うから。……でもまずは、お友達を作らなきゃね?」 「おともだち……」 「そ。だから入学が叶ったら、自分のチカラでお友達を作って、手紙でもいいから私に紹介して?それがこのルミアージュが貴女に協力する唯一の条件」 「わ、分かりました……っ!」 「アハ、そんな肩に力を入れなくても、きっとアステルちゃんはモテモテになるから。この私が保証しちゃう」 「そ、そうなんです……か……?」 「ええ、どんなに環境が変わろうが、貴女らしく生きられるなら、ね」 「…………」 「…………」 「……ん……?」 新たな始まりの朝は、思ったよりもすっきりとした目覚めだった。 「……ふぁぁ……」 少しばかり贅沢な環境での日々が続いたせいか、寮のベッドが妙に狭く感じられて寝心地もいささか悪いものの、それでも安心してぐっすりと眠れたのは、やっぱりこちらの方がわたしの分相応というコトなのかもしれない……。 (……いや、たぶんそういう問題じゃない、か……) しかし、それからすぐに決して気分の問題じゃない窮屈さと、襟の開いた寝間着の首元からくすぐったい感触が当たっているのを自覚した後で、身を起こさないまま視線を落とすわたし。 「すー……すー……」 ……なにせ、わたしの胸にはルームメイトのお姫様がべったりとしがみつきつつ、気持ち良さそうに寝息を立てているのだから。 (んー、やっぱリセのベッドとくっつけたほうがいいかな……?) ただ、それをやると友達を部屋に呼んだ時に色々と勘ぐられるし、だからといって寝起きにいちいち移動させるのも面倒くさいしで、難しいところだけど……。 (いや、こういう時の魔法、か……?) ……って、違う。 いま考えるべきはそうじゃなくて……。 「……ほら、そろそろ起きなさいってば、リセ?」 「ん……」 ともあれ、起床時間はとっくに過ぎているので、まずは背中を擦ってやりながら起こしにかかると、やがて眠り姫もゆっくりと瞼を開けてくる。 「……おはよう……」 「おはよ、リセ。……結局はこっちに戻ったら一人で起きられないのね?」 「……ううん……最初の目覚めはアステルよりも早かった……」 「おお、頑張ったじゃない?……それで?」 「……でも、アステルの抱きまくらが気持ちいいから、また……」 「こらこらこら、結局ダメじゃないの……」 しかも言ってる側から、また二度(三度?)寝しようとしてるし。 「……ほらほら、急いで。さすがに初日から遅刻ってわけにもいかないでしょ?」 ともあれ、それからしがみつく相方ごと身体を起こした後で、まずは壁に並べて掛けていた自分の制服に手早く袖を通しつつ、まだ眠そうにモタモタと寝間着を脱ぐリセを急かすわたし。 「……うん……」 「それに、昨晩は忙しくて軽く済ませちゃったから、朝ごはんもしっかり食べたいしね?」 「……おなかすいた……」 そして、負い目は感じつつも更に葉っぱをかけると、リセはぐーぐーとお腹を鳴らせてきた。 (まぁ、疲れてるのも分かるんだけどねー……) 一応、あれから事後処理は色々あったものの、それでもフェルネに戻った後のわたしは平穏をむさぼるように残った夏休みの課題を消化しつつ、それなりにのんびりとした魔界生活を満喫していた一方で、リセは領主としての役目に追われ続けて、結局こちらに帰って来たのは昨日の夕方になってしまっていたのだから。 その後も、戻った寮部屋で新学期の準備をしているうちに、すっかり夜も遅くなってしまったし、力になりたいとは思いつつも宿題の肩代わりくらいしか負担を軽減してやれなかった負い目もあるので、わたしも本音はゆっくりとさせてやりたいんだけど……。 「まぁ、朝ごはん食べたら元気も出てくるわよ。ここのご飯おいしいし」 「うん……レネットやロザリーも、まってるかな?」 「昨日は顔出すヒマもなかったけど、多分ね」 ……そういえば、あの二人は魔法薬を作るための素材を集める旅に出るって言ってたけど、上手く行ったんだろうか? * 「よっ、おひさしぶりーご両人。ひと夏の冒険はどうだったかね?」 やがて、制服の着付けも終わって食堂へ駆け込むと、予想通りに二ヶ月ぶりとなる学友二人が待ってくれていて、早速レネットの方が大きく手を振りつつ意味深な口ぶりで尋ねてくる。 「……どうだったかと言われたら、ぶっちゃけ本が一冊書けそうなくらいかな?」 「うん、アステルが勇者になった……でもくたびれた……」 ……ただ惜しむらくは、課外活動のレポートで書けないネタが多いって事だけど。 「ほほう、それは是非とも詳しくお伺いしたいけど……んで、一線を踏み外しちゃうようなデキごとはあったりした?」 「……まー、あったといえば色々あったわよ。んで、そちらはどうだったの?」 「え、ええ、まぁ……一応、作ったことは作ったんだけど……」 ともあれ、朝食の席で軽くまとめられる話でもないので、とりあえず軽く流しつつ逆に水を向けると、ロザリーが視線を外しつつも曖昧な言葉で誤魔化してくる。 「お……?」 「あはは、まぁこっちもイロイロと……ね」 「……えっと、もしかしてあんたらも人のコト言えなさそう……?」 「あやしい……」 「……えっと実は、最初に試みたロザリーの合成が失敗しちゃってさぁ。元々は活力が湧き出る魔法薬を作ろうとしたんだけど、なぜかちょっとヘンな気分になる効果になっちゃって……。それで、その……」 それから、ロザリーに続いてレネットが照れくさそうに頭を掻いてきたのを見て、何となくピンときたわたしが突っ込みを入れると、今度は露骨にしどろもどろな事情説明が返ってきた。 「はい……?」 「も、もう、レネットが採取対象を間違えたのが悪いんでしょ……」 「だ、だって良く似てたじゃんっ?!」 「ま、まぁ、説明不足だった私も悪いんだろうけど……」 「…………」 そして、いつものやり合いが尻すぼみに終わると、隣同士で腰掛けたまま互いにそっぽを向いて顔を赤らめる二人。 (あーこれ、しばらく面倒くさそうなやつだ……) 大体ナニがあったかは何となく察しがついたけど、あまり深く触れない方が良さそうだった。 「……その魔法薬、私もほしい……」 「やめなさいっての……」 ただでさえ一緒に寝るようになったのに、風紀もへったくれもなくなっちゃうから……。 「やっぱ、夏休みってマモノだねー、あはは……」 「やれやれ……」 ……まぁいずれにしても、やっぱりこっちに付いていかなくて正解だったみた……。 ガラガラガラッッ 「アステルさんっ!」 「うお……っ?!」 しかし、それから無責任に苦笑いしつつちぎったパンを口にしたところで、突如食堂の扉が派手な音を立てて開かれたかと思うと、腕に腕章を付けた学園新聞の記者さんが映写機を手に駆け込んできた。 「おっ、いらっしゃいますね!……いやいやいや、コンチネンタル・ポスト紙のルミアージュ姫救出記事を見て以来、取材解禁の本日を一日千秋の思いで待ってましたよー」 「……あわただしい……むぐむぐ……」 「あはは、まぁ来るかなーとは思ってたけど……」 ただ、できれば朝食は静かに食べさせて欲しかったとしても。 「しかし、以前の取材では静観のご様子でしたのに、まさか魔界まで乗り込んで自らの手でお姫様を救出されるとは、やはりご高名な勇者の末裔だけはありますねぇ」 「まぁ、姫さま救出に関れたのは偶然だったんですけど、やっぱり心配でしたし……」 「んぐんぐ……アステルがんばった……」 ……そう、あのシャムロック兄さんとの決戦をどうにか制した後、予定通りわたしと一緒にマイルターナ宮殿へ帰還したルミアージュ姫さまは、まず真っ先に自分を救出したのはアンゼリク兄さんではなくここにいるアステルだと、待ち構えていたマスコミの方々へ向けて独断で公表してしまった。 それから予想外の展開にお城が慌しくなり、せっかくの再会なのに王様ともぎくしゃくした様子で気まずい空気は流れつつ、わたしも自分の頑張りが正しく伝えられるのは正直嬉しかったので、戻る前に言われていた通りに姫さまの戦いを黙って見ていたんだけど……。 「なるほどなるほど、先に学園長からのコメントも頂きましたが、実に鼻が高いそうですよ?」 「あはは、そりゃどうも……」 ……ただ、願わくばこれ以上に注目を浴びやすくなるのは勘弁して欲しいかもしれない。 姫さまいわく、そういうトコロは勇者向きじゃないらしいけど。 「それで、弊紙としては今回の詳しい経緯を是非ともこれから独占取材させていただくか、何ならアステルさんが自ら手記を寄稿なさってくだされば、全国紙にも負けないプレミアムな特集記事になりそうなんですが、やっぱ難しいです?」 「えっとまぁ、国家機密にも関るんで、わたしが勝手に言えないコトだらけですし……」 というか、リセのことを伏せておこうと思えば、いきなり出だしから話せないという。 「むう、それは残念ですねぇ……ただ、そんな予感はしていましたので、しつこく食い下がるつもりはありませんよ?それより、同じ取材でも我々にしか出来ないコトをやるべきですし」 「え……?」 すると、はぐらかしつつお断りを入れるわたしに、ベリーニさんは気落ちするコトなく矛先を変えてきて、何やら嫌な予感が漂ってくる。 「せっかく当学園に在籍されている生徒さんですし、この夏休みに勇者様デビューを果たしたアステルさんをこれから継続的に取材させて頂きつつ、その素顔に迫りたいと思いまして」 「却下」 ……つまり、公然追っかけを認めろと? 「えーでも、結構みんな興味津々だと思いますよ?もちろん、倫理規定に従ってプライベートなお時間まで追いかけ回すつもりもなければ、アステルさんが不許可とする部分には触れないとお約束もしますし」 「いや、そう言われても……問題はそっちじゃなくてむしろ……」 「大体、勇者様になろうって方が目立つのを恐れてどうするんですかー?」 「う……」 ここで痛いトコロを……。 「……それはいえてる、かも……むぐむぐ……」 「リセまで……」 実は魔界から戻った際にも、宮殿内で待ち構えていたコンチネンタル・ポストの記者さんを見て一目散に逃げ出そうとしてルミアージュ姫からも諭されてしまっているだけに、段々と外堀が埋められてきている気がするのがつらい。 「まぁまぁ、本日はそろそろお時間も無くなってきましたし、いずれ考えておいて下さいな?……では、最後に映し絵を一枚頂きたいので、杖を手にポーズ決めてもらえますか?」 「ポーズっても……えっと……」 ともあれ、幸いにもすぐの返事を求められなかったのに安堵しつつ、軽いムチャ振りを受けてわたしは暫く考えた末に立ち上がると……。 「………」 「……こ、こうかな?」 右手の中指と薬指で握った聖霊の杖を軽やかに翳しつつ、薬指と小指を折った左手を左目の上へ持って行き、更に片目を閉じてぎこちなくも精一杯に決めて見せた。 「おー、あたし知ってる。それ昔に流行った魔法少女プライム・なんたらの決めポーズだ」 「ああ、あの絵本ね……。確か実在する魔女さんがモデルだっけ?」 「……うん、かわいい……」 「ほほーう、そーいう路線ですか……」 「……ええまぁ、ちょっと(かなり)恥ずかしいですけど……」 それから、すぐに集まってきた他の生徒のニヤニヤとした視線を感じつつ、何となく勢いで乗ってしまったのを後悔気味なものの……。 「いえいえ、いきなり現役勇者様の可愛らしい一面をいただきましたよ、これはスクープです!」 ベリーニさんはそう言って、映し終えた映写機を手に満足そうな笑みを見せてきた。 (……可愛らしい、か……) そう言ってもらえるなら、やぶさかでもないかな……? * 「……んあ〜っ、今日から新学期だけど、せっかくだし何か面白いコトでも起こらないかなぁ?」 「いや、わたしはもう当分そういうのはいい……」 「右におなじ……」 ともあれ、それから撮影も終えて急いで残った朝食を掻き込んだ後で久々の教室へ入ると、すっかりいつもの調子に戻っていたレネットが早速ロクでもないコトを言い出したのに対して、揃って首を横に振るわたし達。 悪いけど、しばらくはリセとの退屈なくらいのフツーな日常が恋しいワケでありまして。 「やーれやれ、華々しくデビューを飾った勇者様が何を仰るのやら。一つの冒険が終わった後に求めるは、新たなる波乱の予感ってモンじゃないの?それに、あたしってこういう時のカンは鋭くってさー」 「うるさい……縁起でもないからやめてよ頼むから……」 というか、あんたも少しは懲りなさいっての。 「レネット、もうあっちいって……」 「おやおや、大した嫌われよう。でもそう言われちゃうとますます……」 「……もう、いつまでやってるんだか。要は、編入生が来る話をしたいんでしょ?」 それから、しつこく絡むレネットにいい加減うんざりしかけたところへ、見かねたロザリーが横槍を入れてくる。 「編入生?この後期から?」 「そ。しかも、手続き中の様子を見た人によれば、何やらタダ者じゃなさそうなオーラがびんびんに漂ってたんだってさー?」 「……となれば、何となくだけどそういう手合いは勇者アステルさんに引き寄せられるんじゃないかなって、あたしのカンが」 「レネット、あんた一体わたしを何だと……」 でも、確かに否定しきれない気もするのが、ちょっとつらいところだけど……。 ガラガラッ 「はいはい、ではみなさん席について。……あと、レネットさんたちは早く戻りなさいってのは、新学期になっても毎日言わされるのかしら?」 「あはは、だったら来年度こそは一緒のクラスにしといてくださいな……って……」 ともあれ、そうこうしているうちに担任のアルマ先生が入ってきて、呆れた様子でいつもの追い出しをかけられたレネットたちは減らず口を叩きながら教室から出ようとしたものの……。 「うわ……もしかして、ホントにビンゴ?」 「……ん?って……まさか……」 こちらに手を振りつつ教室を出ようとしたレネットの足が一旦止まったのを見て、その視線の向こうを覗き込むと、そこには予想もしてなかった見知った顔が映ってくる。 「……ほれ、さっさとそこをどかんか。わらわが入れないであろう?」 「うそ……」 そして、レネットへ悪態をついた後でずかずかとうちの教室へ入ってきた、小柄ながら端正な顔に紅い瞳が強烈な存在感を醸し出している、銀色の髪の美少女は……。 「ラトゥーレ?!な、なんでここに……」 「おお、そこにおったかアステルにリセリアよ!どうじゃ似合っておるか?」 思わずわたしが立ち上がって指差すと、うちの制服に身を包んだお姫様は呆然とするこちらにお構い無しで無邪気に手を振ってきた。 「うんまぁ、似合ってることは似合ってるけどさ……」 「おほん……。さて、これより後期日程が始まる訳ですが、まずは今日から皆さんと一緒に学ぶことになった編入生を紹介しますね?では自己紹介を」 「うむ。わらわは、さる事情で本日より暫しこの学び舎に身を置く事となったラトゥーレ・L・ヘルヴォルトである。本来は貴族の身なれど、わらわは寛大であるがゆえに無礼講で構わぬ。みなの者、畏れる事なくわらわに話しかけてくるがよいぞ?」 それから、アルマ先生に促され、腰に両手を当てつつ小さな胸を目一杯に張りながら尊大な名乗りをあげるラトゥーレ姫。 (……どーいう挨拶だ……) 同じお姫様でも、名乗った後でぽつりと「よろしく……」しか言わなかったリセとは対照的というか、二人を足して二で割れば丁度いいのかもしれないけど。 「実は、このラトゥーレさんはリセリアさんのお隣の国から期間限定で留学に来られたお姫様だそうですが……えっと後のサポートはアステルさんたちにお願いしてもいいかしら?」 「ええ、まぁ……知らない顔はできませんし……」 「……いちおう……」 ただ、隣のリセは思いっきり不本意って顔をしているけど……。 * 「……んで、どういうコトなの?」 「なに、ほんの余興じゃ。ルミアージュの奴は当分身動きが取れぬようになり、我がアルストメリア城も大広間の修復工事が長引くとの話であるし、諸々が片付いて当面は特にするコトもないとあらば、その間はリセリア達と同じ空気にでも触れていようかのうと」 やがて、ホームルームが終わった後で早速事情を尋ねたわたしへ、案外似合っている制服姿の漆黒の雷帝姫は椅子の上で足を組みつつ、上から目線なんだけど人懐っこさも感じる得意顔で答えてくる。 「……つまり、要はヒマで寂しかったって解釈でいいのかな……?」 「……軽はずみ……」 「ま、まぁまぁ……」 というか、大広間の修繕工事が長引いている一端は自分と兄の所為でもあるので、わたしとしては苦笑いしかできなかったりして。 ……ついでに、先の戦いでわたしの必殺技の直撃を受け、さらにあの後すぐに合流してきたラトゥーレ達の追い討ちまで食らっていたシャムロック兄さんは生きているのが不思議なくらいのダメージを食らい、エミリィさんの方も結局は魔姫二人ががり相手にボロボロにされてしまったものの、何だかんだで二人とも送り返される前にアルストメリア城でしっかり回復してもらっている借りもあるし。 「……それともう一つ、ルミアージュの奴めがわらわへ向けて、自分が謹慎中の間に新しい友人を作って紹介してくれないと、もう会ってあげないとか言い出してのう?」 そして、いつにも増して辛らつなリセを宥めるうちに、今度は自虐気味にラトゥーレが既視感のあるセリフを続けてきた。 「それ、以前にわたしも似たようなコト言われた気が……」 「左様か!ならば我らは同類であるな。では、改めてこれからよろしく頼むぞアステルよ?」 「はいはい……」 ともあれ、すぐに思い浮かんだ心当たりに再び苦笑いを浮かべると、改めて仲間意識が芽生えたらしいラトゥーレがそう言って嬉しそうに手を差し伸べてきたのを見て、諦め半分に握り返すわたし。 ……ある意味、ルミアージュ姫さま被害者の会繋がりの仲とでもいうか。 「……むー……」 すると、ラトゥーレが上機嫌な様子で繋いだ手を上下に振り回してくる傍らで、リセが露骨に面白くなさそうに頬を膨らませていたりして……。 「えっと、ほ、ほら、せっかくだしリセも握手したら……?」 「……やらない……」 「でも、リセだってラトゥーレと仲良くしたいって言ってたじゃない?」 「……いったけど、たまに会うくらいでよかった……」 「ふむ、それはわらわも同感ではあるし、目的がある故にいつまでもぬしらとかまけておるワケにもゆかぬのじゃが、当面は案内を頼むぞ?」 「……はぁ……」 「あはは……」 ……なにやら、これから今まで以上に騒がしくなりそうな予感がひしひしだけど、やっぱりこれもわたしの負っている宿命ってやつなんだろうか? * 「……しっかし、ホントに波乱が起こるなんてね……」 「ようやく、アステルとのんびりできると思ったのに、また疲れる日が続きそう……」 やがて、大体予感通りな感じで編入生のお姫様に振り回された初日の授業が終わり、寮に戻って普段の何倍もの疲労感に揃ってぼやくわたし達。 「まぁでも、楽しそうだったのは何よりって感じだけどね」 「うん……。それと、たしかにラトゥーレもお友達をもっと作ったほうがいい……」 「んだね……。あれで結構寂しがりっぽいし」 結局は、あの魔神も彼女が抱えていた孤独感に付け込んだ部分もあるんだろうし。 「……私は、いつもの悪い癖がでなけければ、それでいい……」 ともあれ、今までを振り返りつつ呟くわたしに対して、素っ気無い言葉の後で甘えるように腕を絡めてくるリセ。 「悪い癖って……どっちの?」 「どっちも……。アステルは気がおおいから……」 そこで、ふと気になったわたしが尋ねてみると、リセは腕に力を込めつつ即答してきた。 「いや、わたしは別にそんなつもりはないんだけど……ん?」 ともあれ、これからそのラトゥーレが、おそらく自分達よりも心労をかけそうなルームメイト(どうやら上級生らしい)を連れて遊びに来るそうなので、まずは来客準備にかかろうとしたわたし達だったものの、閉めた出入り口の向こうからドアに付いているポストに何か投函された音が聞こえてくる。 「あれ、手紙かな……?」 そこで、とりあえずドアの方へ戻ってこちら側から開けてみると、中には生まれ故郷の王家の家紋と、親愛なるお姫さまの署名が記された便箋が入っていた。 「……なんだったの……?」 「ルミアージュ様からのお手紙みたい。そういえば、今どうしてるのかな……?」 思い返せば、全ての用事を片付けてリセのいる魔界へ戻ろうとした時に、マイルターナ城内にある秘密のゲートで見送ってもらってから、何だかんだでもう一月以上経つわけだけど……。 「……いっしょに読んでいい……?」 「まぁ、いいと思うけど……なになに……」 とにもかくにも、ペーパーナイフを手にベッドの上へ腰かけ、リセも興味津々の様子で膝が触れ合うくらいのすぐ隣に座って覗き込んでくるのを特に拒まず、早速開封して中身を確認してみると……。 「ふむ……」 まず、アンゼリク兄さんとの縁談はめでたく(?)白紙撤回となり、ラトゥーレとの関係も含めていきさつを可能な限り正直に話したら、極秘裏ながらムーンローザとの国交を検討してみようかという話にもなって、自分にとっても都合のいい方向に向かっているものの、それでも最低一年は宮殿で謹慎を受ける羽目になったという報告に、その間はラトゥーレをそちらへやる事にしたので構ってあげてほしいという、やっぱり黒幕だったカミングアウトと、最後にどうせ結婚するならアステルちゃんがいいなという、やっぱり本気だったのか、はたまたリセを挑発しているのか図りかねる文で締められていた。 「えっと……」 「……ね、アステル。結局ルミアージュはなにがしたかったの……?」 「さーてね……。とりあえず、アンゼリク兄さんと結婚する気が無かったのだけは確かだけど、末っ子の王女さまで甘んじていられなかったのかな?」 そして、案の定また少し不機嫌な顔になったリセに苦笑いを見せつつ、適当に推測してみるわたし。 「うん……けっこう野心家っぽかった……」 「……まぁ、何だかんだでわたしも姫さまの掌の上を踊らされていた気はしてるんだけど……」 ただ、それでも自分にとっては渡りに船だったし、もし文句を言ったところできっと姫さまはこう返すだろう。 「私は掌の上に籠を被せたコトなんて一度も無いわよ?」って。 「……うーん、やっぱりすきになれない……」 「わたしとしては、何とか仲良くやってほしいんだけどねー」 どうせ、これからも長い付き合いになるんだろうから。 「……それは、アステルしだい……」 「へいへい……」 「はいは一度でいい……よいしょ……」 それから、読み終えた後に手紙を便箋に戻してすぐ隣へ置いたところで、リセはわたしの太股に手を添えて乗りかかってくると……。 「へー……うおっ?!」 そのまま、リセにもたれかかられたわたしは、背中からシーツの上に沈められてしまった。 (ちょっと重い……) 「…………」 「……そういえば、私もアステルが戻ったあとのことはくわしく聞いてなかった……」 その後、重なるようにしてベッドの上に横たわったまま、揃って天井を無言で眺めながら静かな時間の流れに身を委ねていたわたし達だったものの、やがてリセの方からぽつりと切り出してくる。 「あー、そうだったっけ?……まぁ、リセが忙しくてなかなかこうやって一緒にいられなかったしね……」 もちろん、レザムルース城に戻った時は真っ先にリセに顔は出したけど、お仕事が山積みでゆっくり報告するヒマまでは無くてそれっきりだったっけ。 「うん……ルミアージュを連れて故郷のお城にもどって……そのあとは……」 「姫さまに馬車を手配してもらって、家宝を届けに実家へ帰ってきたよ」 本当はシャムロック兄さんに任せるつもりだったんだけど、何故かルミアージュ姫と兄さん両方にそれはお前の役目だと一喝されたっけ。 ……まったく、妙なところで気が合ってるんだから。 「ひとりで?……前にアステルは家出中ときいてたけど、だいじょうぶだった?」 「んーまぁ、わたしも正直帰りづらかったんだけど、思ったより何にも無かったかな?」 むしろ、ある程度は覚悟していた割に、ちょっと拍子抜けしてしまったくらいだけど……。 「……ただね、最後に一つだけ……」 * 「……はい、これ持って帰ったよ?」 「うむ……ご苦労だったな」 ルミアージュ姫のエスコートも終えた後で、渋々ながら久方ぶりとなる実家へ帰ったわたしは、少し見ないうちに老け込んでいた父と顔を合わせるや、特に再会の挨拶もなくいきなり本題に入ると、あちらも持ち帰った聖魔剣を受け取った後に一言のねぎらいだけで、屋敷の奥にある安置所の方へと背を向けた。 「えっと、それで……もう遅いかもしれないけど、アンゼリク兄さんにはあまり厳しく叱らないであげて?騙まし討ちを受けた上に相手が悪かったみたいだし……」 「……戦場(いくさば)で卑怯だの相手が悪いなど言い訳が通用すると思うか?ましてや、敗北を許されぬ勇者一族の端くれが」 「うん、確かにそうなんだけど……」 家訓曰く、勇者たるもの言い逃れは捨てよ。失敗の全ては己が未熟さなり。 「…………」 「……それで、無断で家宝を手にしての勇者ごっこは楽しかったか?」 「シャムロック兄さんと同じコト言ってるなぁ……でも、楽しかった」 それから、反論できずに黙っていたところで、少しの沈黙を置いて今度は父からいつか聞いた言葉を向けられてしまうと、苦笑いを浮かべながらも本音を返した。 いつ命を落としていても不思議じゃない厳しい戦いの連続だったし、不謹慎かもしれないけど……でも今なら何故か正直に頷けてしまったりして。 「……そうか……」 「それだけ?」 すると、父さんの方はどんな表情なのかは分からないものの、こちらの返事に短く呟いただけで一歩踏み出したのを見て、思わず背中へ向けて訊ね返すわたし。 てっきり、ここから久々の言い合いになると思って、心の準備もしていたのに。 「勇者ゴッコだろうが、あのシャムロックから一本取ったのならば何も言えまい?最早お前を止められるのはフレデリクしかおるまいが、今や自由のままならぬ身だ」 「……しかも、此度の縁談計画を聞くや、権威者の装飾としての勇名に本来の正義はあるのか?とも抜かしおったからな」 「あー、それは確かにフレデリク兄さんっぽいかも……」 腕前は歴代でも最強レベルと言われているけど、融通の利かない石頭だしね。 ……ただ、今回に関してはわたしとウマが合ってしまったか。 「いずれにせよ、家訓曰く、力なき正義は欺瞞なり。勇者ならば言葉ではなく背中で語るべし。……お前はそれを示したのだから、あとは好きに生きればよかろう」 「うん……ありがとう、お父さん……」 ともあれ、それから淡々とした口ぶりから本音は窺い知れないまでも、望むべくもなかった自分を認める言葉を初めてかけられ、わたしの方も自然と感謝の言葉が出る。 「…………」 「……それと、もし今後また未熟者の身でありながら無謀なマネをするつもりならば、勝手に取りに来て持ち出してゆくがよいわ」 「え?当面の予定はないけど……いいの?」 しかも、それから更に思ってもみなかった言葉を続けられて、嬉しさとか驚きよりも呆然とさせられてしまうわたし。 「……もう既に掟を破ったお前だ、二度目も三度目も変わらぬし、本来は聖魔剣の帯刀許可を与えるのはわしなどではない。それは言わずとも、今のお前ならば分かっておるだろう?」 すると、そんなわたしに父さんはそれだけ言って話を締めくくると、今後こそ奥の部屋へと姿を消していった。 「…………」 いやまぁ、そうかもしれないけど、ね……。 * 「……結局、どういうつもりであんなコト言ったのかな……?」 今まであれほど掟に厳しかった父が、曖昧な言い回しとはいえ、お咎めなしどころか今後は好きに使っていいと言い出すなんて。 「……なんだかんだで、心配されてるんだとおもう……」 すると、ひと通りの回想を終えて誰にともなく呟くわたしに、リセは腕の中でゆらゆらと揺れながら同じようにぽつりと返してくる。 「うーん、リセはそう思う……?」 「……だって、アステルはすごくあぶなっかしいところあるし……」 「えー、そーいわれてもなぁ……」 家訓曰く、敢えて危険を好むは勇者にあらず。 ……しかしその一方で勇者たるもの、思い立ったが駆けろ、という言葉も残っているわけで。 「けど、それも含めて私のアステルなんだろうから……」 「ぐえ……っ」 ともあれ、それからわたしのお腹にずしりとした重みが半回転した後で、今度はリセが覆いかぶさるような態勢に変わると……。 「……とにかく、おつかれさまアステル……」 頭を撫でながら、魔界のお姫様なのに天使の様な無邪気な笑みで労ってくれた。 「…………っ」 「……うん……こちらこそ、今まで本当にありがとう、リセ」 それから、自分の中で色んな想いが一気に弾けそうになったものの、やがて言葉に詰まった後で自然と出てきたのは、ここまで押し上げてくれた大切なひとへの感謝の言葉と満面の笑み。 「……今までありがとう?……でも、むしろそれは……」 「んーん、とにかくわたしが先に言いたい気分なの……っ」 「……わっ……?!」 すると、予想外だったのかきょとんとするリセにわたしはそう告げた後で、上体を起こして手早くリセの背中に両手を回すと、胸元へ抱き寄せながら再び引きずり込んでゆく。 ……今までリセに頭を撫でられた時、どれだけ救われた心地になったか。 「アステル……」 それに、これまで一番最初に出来たお友達のリセから沢山ありがとうを言われたくて頑張ってきた自分もいたけど、でも本当はわたしも同じくらい支えられていたんだって、ひと区切りの時を迎えた今になって今さらながらそんな実感が強く湧き上がってしまった。 「ホントに、リセと出逢えて本当によかった……そう思ってるから……」 「うん……私も……」 ……だから、わたしはわたしであるが為に誰かのものでもなく、誰かがわたしのものでもなくて……。 「……あのね、これからはみんなともっとありがとうを言い合える仲になりたい」 きっと、それがわたしの翼をもっと大きくしてゆくだろうから。 「レネットやラトゥーレとも……?」 「もちろん、ルミアージュ様やロザリーともだし、もっとお友達も増やしたいかな?」 「……やっぱり、気がおおい……」 「あはは……」 まぁそれが勇者たる者の性だからね、仕方がないね。 終わり 前のページへ 戻る |