寂しがりの召喚師と無責任天使 その4
第八章 追跡者たち
「……ふーん。じゃやっぱり、あのお姫様は今晩帰っちゃうんだ?」 やがて一夜明けた土曜日、一時間目が終わった後の休憩時間に教室へやってきたみちるから話を聞いたあたしは、空席の理美ちゃんの席をぼんやりと見つめながら、独り言のように呟く。 「そ。アタシが半ば泣きついてね……。ったく、中間の板ばさみはツラいわ……」 「ふはは、そらごくろーさん」 今朝、校門まで着いた頃に理美ちゃんから届いた、『今日はプリネールと買い物に行くから休みます』というメールを見た時に、何となくそんな予感はしたんだけど。 「ンで、今日の日中は理美とデートするから、アタシはもちろん、愛奏にも手出し無用だと言っとけってさ」 「ちっ……」 正直、「はいそうですか」とすんなり受け入れがたい心情はあるし、本当ならメールを受け取った時点で即座に追いかけたかったものの、ただあたし自身も今日はちょっと理美ちゃんとは顔を合わせにくい理由もあったりして、今は黙って静観するしかなさそうである。 「……とにかくそんなワケだから、シクヨロでいーわね?」 「へーへー、わあったわよ……」 (……まぁでも、みちるのお陰で難題の一つは解決かな……?) 実は、こちらの任務も急転直下ながら大詰めを迎えようとしているんだけど、まずはあのお姫様と理美ちゃんを引き離さないとならなかったし。 (……ったく、カワイイ妹分に嫌な役割ばかり押し付けるんだから、あの参謀長サマは) 「…………」 * 「……理美ちゃんの身柄を確保しろ、だって?」 あれから、緊急連絡を受けて文字通りに飛んで帰り、支給されていた端末で作戦司令室へ繋いだあたしがモニタの向こうのマリエッタ姉から突きつけられたのは、正に嫌な予感が的中した命令だった。 「そう。出来れば一刻も早くね」 「穏やかじゃないなぁ……。一体何があったのさ?」 しかし、まるで今までの努力を水の泡にされてしまうのも同然なオーダーに、素直に頷けずに言葉を返すあたし。 「何がって、本気で言ってるつもり?」 「……やっぱ、魔界のお姫様を召喚してしまった件、だよね?」 実は、あたしからは敢えて報告してなかったんだけど、それでも天音ちゃんの方から聞いていないワケもなく。 「不運な偶然が重なってしまった面もあるとはいえ、あそこまでの大物を召喚する能力が、しかも無意識下で秘められているコトが分かった以上、もう悠長にコトを運んではいられないの。……よって、非常手段の発令を決定したわ」 「非常手段て、理美ちゃんに一体何をするつもりなのさ?!まさか……」 場合によったら、マリエッタ姉の命令だろうが、全力で抵抗せざるをえなくなるけど。 「……貴女が一体何を想像したのかは知らないけど、彼女は天界へ連れ帰り、記憶を操作させてもらうわ」 すると、自分でも今まで覚えが無いくらいの感情剥き出しで噛み付いたあたしへ、参謀長サマは冷徹にそう言い放ってきた。 「記憶を……?」 「ええ。貴女達の調査によれば、雨宿理美は半生を共にした最愛の親友に裏切られたのがきっかけで深い悲しみや孤独感が芽生え、それが内に秘められていた召喚師(サマナー)の能力を覚醒させてしまったのでしょう?……ならば、その辛い記憶を無かった事にしてしまうのよ」 「……な……っ」 「筋書きとしては、渡瀬晴実に関する記憶を消去した後で、彼女に代わる相手を用意して置き換えてしまうの。今まで共にして来て、そして今後も一緒に居てくれるパートナーをね」 「そんな相手、一体どこに……」 「結論を言えば、雨宿理美には守護天使を付けようと思っているの。どの道、彼女には監視も必要だしね」 「守護天使……?」 久々に聞いた、もうすっかりと古ぼけて風化しかけている、その言葉。 人間と天使の間の「信心」という絆を繋ぐ為に、天使が人間界へ降り立ち、その地で魂の波長の合う一人と契約を交わし、その対象者の可能性未来から最も幸せな道を歩めるように見守り、恩恵を与える仕事だったはず。 歴史的には、それこそ「天使」という概念が生まれた頃より存在する最古のミッションながら、対象者が自分のコトを忘れない限りは見守り続ける義務があり、また昇格の手柄にはなりにくいので、今じゃなり手がいなくなって、すっかりと廃れてしまっているけど……。 「……もしかして、このあたしになれとでも?」 「そんなワケないでしょう?エデンの塔の中枢に鎮座まします“主”の神霊を護る七大天使が天界から離れるのは望ましくないながらも、この調査任務には元特務天使かつ、“主”の直属として天使軍の制御から外れて自由に動ける貴女が最も適役と思ってお願いしたけど、それはあくまで短期のミッションだから何とか通った話よ?」 そこで、試しにあたしが尋ねてみると、怒ったような口調で捲し立てられてしまった。 「…………」 「なのに、ここから雨宿理美の一生を見守り続けるコトになるかもしれない彼女の守護天使になって欲しいだなんて要求すれば、今度こそ貴女の今の地位を一旦かなぐり捨てさせる意味になってしまうもの」 「……うんまぁ、それは前にも言われた気がするけどさ……」 「それにね、重畳なことに実は今、守護天使ミッションを申請中の志願者がいるらしいの。手続き上は規則違反になるけど、特例として彼女にやってもらおうと思ってるわ」 そして、相手の剣幕に押されてすっかりと口ごもってしまったところへ、更に思ってもみなかった言葉を続けてくるマリエッタ姉。 「え……?!まさか、そんな物好きが……」 いやそれより、そうなってしまえば……。 「……んじゃさ、あたしのコトは……」 「当然、貴女との出逢いも全て無かった事にさせてもらうわ。でないと辻褄が合わないもの」 そこで、あたしが恐る恐る一番気にしていたコトを尋ねると、参謀長サマの口からは冷酷な回答があっさりと返ってきた。 「…………っ」 いや、確かにそうだろうけどさ……。 「……ったく、らしくない位に強引極まりないやり方だけど、ホントに上手くいくのやら」 あたしの知ってるマリエッタ姉は、もうちょいスマートな策士だったハズだけど。 「人間の記憶というものは曖昧で都合よく出来ているから、現実が書き換われば、過去は勝手に改変されてしまうものよ?当然、本人以外の親しい関係者の記憶も、追って調整させてもらう必要はあるけれど……」 「そらまた、イヤな役割やね……。ぶっちゃけ、受けたのを後悔してしまいそうだわ」 「別に、そこまでやれというつもりは無いから安心して?貴女の役目は、あくまで雨宿理美の確保だもの」 「…………」 「こう言うのもなんだけど、どうせ後で無かった事になるのだから、少々強引に連れて来ても構わないし、易いお使いでしょ?」 (んなワケ、ないじゃないのさ……!) 最後の最後で理美ちゃんを裏切って、「嘘つき天使」と思われながらの任務達成とか。 「……いとも簡単に言ってくれてるけど、んじゃ魔界のお姫様の方はどうするのさ?あちらさんはあちらさんで理美ちゃんと契約を交わしたと主張してるんだし、素直に持って行かせてくれるとも思えないけど?」 「勿論、先にお帰り頂く必要はあるかしらね。まぁそこは、貴女の腕の見せ所ってコトで」 「……ほら、全然易いお使いなんかじゃなくなってるけど、まぁみちると二人で明日にでも説得してみるわよ。今日はもう、理美ちゃん家でご馳走になって帰っちゃった後だし」 「本当は、すぐにでも動いて欲しいけど、よろしくね?」 「…………」 第一、あたしの心の整理だけでも一晩じゃ足りないくらいだっつーの。 「……ああそれと、強硬手段を決定付けたのはもう一つの理由があってね?実は対象者の先祖について掘り下げて調べていくうちに、ある大変なコトが発覚したの」 「……か……」 「どうやら、召喚術を創り出した彼女は、魔界だけでなく……」 「…………」 「……ちょっ、愛奏ってばひとのハナシ聞いてんの?!」 「ん、ああ……」 それから、みちるの怒鳴り声で回想中の意識を引き戻され、生返事を返すあたし。 「ったく、呆けちゃって、そんなに理美がいないのが寂しい?」 「……あはは、そーかも……」 いっそあたしも、最後の思い出づくりにデートしてもらおっかなぁ……? 「ホント、軟弱になったわねーアンタ。昨晩は理美の家で姫様に手玉に取られてたんでしょ?」 「……ナニを言うか。胸を張って完全勝利したと言えますけど?」 「これ、そなたが勝ったと言えるのは、その品の無い膨らみだけであろう?」 「またまた、負け惜しみを……って」 そして、あたしが昨晩のお風呂の時と同じくふんぞり返って見せたところで、後ろの方から反論が返ってきたのを受けて振り返ると……。 「ちょっ、何でここにっ?!」 「姫様っ?!」 するとそこには、まさかのプリネール姫が制服姿で仁王立ちしていた。 「……ふむ、ここが理美たちの普段通っておる学び舎か」 「いや、通っておる学び舎か、じゃなくて……」 「……あはは、驚かせてゴメンね?プリネールがどうしても見ておきたいっていうから……」 そこで、一体どこからツッコミを入れるべきか迷っていると、遅れて今日は欠席のハズの理美ちゃんが、頭を掻きながら出てくる。 「ったく、相変わらずのワガママ姫っぷりなんだから……」 ある意味、それはそれで次の魔王の器と言えるのかもしれないけど。 「これでも、いくらかは真面目な視察のつもりじゃ。それに、ここは学徒関係者の見学は自由と聞いたがのう?」 「……そーだっけ?」 「うん。だからちゃんと申請すれば、わたしの制服を着てこっそり紛れ込む必要もないんだけど、ふたりを驚かせたいっていうから……」 「まったく、お姫様の浅知恵でしょーもないコトをって、あー、そういえばその制服……っっ」 「うむ。やはり背丈が合わずにゆるゆるであるが、着心地は悪くないぞよ?」 「ぐぬぬぬぬ……!」 理美ちゃんの私服を借りて生活していただけでもうらやまけしからんのに、制服まで……。 あたしにとっては、そっちの方が悪い意味でのサプライズだった。 「……ったく、なんでみちるが先行して用意してないのよ。ホント使えないなー」 「ええい、八つ当たりすんなっ!アタシだって予想外だったわよ!」 「……ともかくじゃ、話は聞いておろうが、本日はわらわが理美を貸しきっておる故に、一切の邪魔は無用であるぞ?」 「あたしは合意した覚えなんてありませーん!……と言いたいけど、後でちゃんと返してよ?」 ヘタにかき回して「やっぱり帰らない」と言い出されても困るし、今日だけは……ね。 「まぁまぁ……。それよりもせっかくだから、今日の晩ご飯は春日井さんも呼んでみんなで一緒に食べない?市内にある家族でよく行ってたお店を予約しとくけど」 「最後の晩餐か……。理美の手料理でないのは残念だがの」 「あはは……。気持ちは嬉しいけど、さすがにお出かけした後で用意してたら遅くなっちゃうし……愛奏たちもいい?」 「うんまぁ、ベツにいーけどさ……」 「右に同じ……」 「んじゃ、夕方の六時半頃に、モール近くのはじまりの広場で落ち合おうってことで……」 「うむ、ではそなた達はしっかりと勉学に励むのじゃぞ?」 「……だってさ、どうすんの?」 「まぁ、元々あの広場で合流する約束だったし、どうせゲートを開くのはもっと遅い時間にならなきゃ無理なんで、それまでみんなが姫様のキゲンを損ねず相手してくれるなら、アタシには渡りにフネだけど」 それから、二人が再び教室を去って行った後で、肩を竦めながら水を向けるあたしに対して、投げやりに言葉を返してくるみちる。 「いや、そっちじゃなくて、あたし達だって今日は午前中で終わりじゃない?」 問題は、それからの約六時間。 もちろん、邪魔をしない約束ならば、二人を探して尾行なんて無粋の極み、だけど……。 「……んじゃさ?」 「おうよ」 「するか……。アタシ達も、デート」 こういう時の息ピッタリ感は、やっぱりあたしの元相棒なんだなとは思ったりして。 * 「……しかし、こうして実際に歩いておると、何やら圧倒される心地がするのう?」 やがて、学校から一旦帰って着替えた後に、電車で三十分ほど揺られた先の繁華街を二人並んで歩く中で、プリネールは物珍しそうに周囲を見回しながら、感服したように呟いてくる。 「え、そう?うちの地元って、そんなに都会の方でもないんだけど……」 というかむしろ、わたしにとっては見慣れすぎて何も感じなくなった街の風景に、ここまで目を輝かせるお姫様の姿こそが物珍しくもあったりして。 「わらわにとっては、建ち並ぶ奇怪な様式の建造物や、そこらを忙しなく走っておる動力不明な乗り物も未知の技術の塊であるからのう?……こうして改めて目の当たりにしておると、わらわの魔界とは全く異なる世界であるコトを実感させられるのじゃ」 「ふーん……」 (というか、逆に魔界って一体どんな風景なんだろう……?) 前に、愛奏から「地底深くにあると思ってない?」なんて突っ込まれたけど、わたしにとっては未だに、魔界と絵本とかで見た「地獄」が、大体同じイメージのままだったりして。 「うぬ?……ならば、わらわは普段どの様な場所に住んでおるのかと考えておったか?」 「あはは、分かっちゃった?……ほら、魔界って聞くとちょっと怖そうな感じがするし……」 ともあれ、疑問が表情に浮かんでいたのか、すぐに心の中をプリネールに読まれてしまい、わたしは苦笑い交じりに頷いてみせた。 「……成る程、確かに辺境には危険な場所や生き物も存在するが、わらわの住まう帝都に関しては、理美の家で見ておったてれびとやらで、比較的近い雰囲気の風景を見たぞよ?ここよりもう少し自然と融合しつつ、鉄やら機械への依存は高くない世界と言えばよいか?」 「あー。ヨーロッパとかにある、古い街並みみたいな感じ……?」 中には、中世期くらいから残っているのもあるらしいけど、大体そのヘンの。 「それと、わらわの界隈はこちらほど機械工学的な技術は発達しておらぬが、その代わりに魔法力学の分野に傾注しておっての。仕組みは全く異なるが、大体同じ様なコトが出来るものもあるぞよ?」 「魔法……かぁ。ファンタジーだなぁ……」 猛りし火の精霊よ、我が手に煉獄の炎を……みたいな? 「……ふ、他人ゴトの様にぼやいておるが、人間界にもしっかりと魔力は充満しておるのだぞ?」 すると、魔界にはホンモノの魔法少女なんてのもいるのかな……と妄想していたわたしへ、プリネールはニヤリとした視線を向けてそう告げてくる。 「……え、ホントに?」 「しかも、魔界とは違い、普段から消費されておらぬ故か、環境の割に魔力濃度が何処もかしこも高いしのう?……おそらくこれが、理美の潜在能力を増幅させておる一因でもあろうが」 「そ、そうなんだ……?」 よく分からないけど、それはメイワクな話だった。 「まぁいずれにせよ、こちらは食い物が美味いのが何より良い。……こうして最後の休暇と羽を伸ばせば伸ばすほど、逆に名残が募ってくる心地にさせられるわ」 ともあれ、魔界のプリンセスはそう締めくくると、先ほどお昼を食べた後でデザート代わりに買った二段乗せアイスクリームを美味しそうに頬張ってゆく。 何だかまるで、わたしの方は昔に見た古い映画の主人公にでもなった気分だけど……。 「んじゃ、気に入ったのなら、また遊びに来ればいいんじゃない?うちでよかったら、いつでもお泊りしていってくれていいし」 べつに、わたしが偶然呼び出さなくても行き来はできるみたいだから、たまの休暇先にでもするとか。 「そうさのう……。出来ればわらわもそうしたいが、今は何とも言えぬ……」 しかし、気軽に水を向けたわたしに対して、プリネールの方は食べる手を止め、少しだけ表情を落として曖昧な言葉を返してきた。 「そっか……ごめん……」 もしかしたら、お姫様ゆえの事情があるのかもしれないし、ちょっと無神経だったかも。 「何も謝ることはなかろう?……ともかく、本日は約束の時間まで全てを忘れて楽しもうぞ?」 「う、うん……っ」 そして、わたしにできるコトと言えば、精一杯におもてなしをしてあげるだけ。 「では、次はなんぞ衣装でも物色したいのう?」 「……ふふ、実はわたしもそのつもりで移動してるところだから」 「おお、流石は気が利くのう?まこと、わらわの従者長候補として連れ帰りたいくらいじゃ」 「もう、相変わらず大げさなんだから……」 まぁせっかくだし、これから時間ギリギリまで色んなお店をはしごしていくつもりではあるんだけど……。 (……そういえば、愛奏たちはどうしてるんだろう?) もう、学校もとっくに終わってる時間だし。 * 「……なー愛奏、ナニが似合うと思う?」 「ん〜。もっと思い切って露出度上げたファッションにしたら化けると思うんだけどねぇ……。ほら、理美ちゃんってあれで結構……」 やがて迎えた放課後、示し合わせ通りにデート中のカップルに扮しつつ追いかけていくコトにしたあたし達は、理美ちゃん達が商店街の中にあるブティックに入って行ったのを見つけるや、離れた場所から他の客に紛れて二人の様子を窺っていた。 ちなみに、今は理美ちゃんがお姫様に服を選んであげてるみたいだけど……。 (いーなぁ……。あたしも理美ちゃんに着せたい服を持って乱入したい……) 「……ちげーよ、アタシのハナシだ」 「あ〜まぁ、そこらヘンのを直感任せでいいんじゃね?あんたってフラットだから、逆に何着ても似合うし」 「……コラ、今はアタシ達もデート中だろうが。真面目にやれ」 「いたたたた……耳を引っ張んな……っ」 しかし、あくまで任務に忠実なあたしに対して、みちるの方は何やら不満そうに暴力を振るってきたりして。 「……だいたいさぁ、マジメにやれっていうなら、ジブンこそ自分の服ばかり物色してんじゃないっての」 「別に、理美と姫様がナニをしてるかなんて、アタシはどうだっていいし」 そこで、力任せに耳を抓る手を振り払った後でツッコミ返してやると、みちるは服を選ぶ手を止めないまま、不機嫌っぽく投げやりな言葉を返してくる。 「あん、どーいうコトよ?」 こちらとしては、そっちの方こそが最重要なんですけど。 まさか、最後の思い出作りにと、二人の間に過ちの一つでも起こっちゃ困るし。 「アタシの役目は、約束の時間にバンナン排して連れ帰るコトだけなんでさ」 「んじゃ、別に監視なんていらなかったんじゃないの?」 わざわざ、バレにくい様に変装してまでしてさ。 もちろん、万が一にバレでも、あくまであたし達のデートと言い張る為でもあるんだけど。 「……それがそーもいかないんだよね、コレが。オフレコだけどさ、今ちょっと魔王家の王位継承争いがゴタゴタしてるもんで」 すると、冷めたツッコミを続けるあたしに対して、溜息交じりにぼやいてくるみちる。 「あー、なるへそ……。こうやって見張っているのは、もしかしたらあたし達だけじゃないかもってか?」 「さすが、察しがいいわね……。次期魔王争いは、現魔王陛下の長男であるライネル王子と次女のプリネール姫のどちらかには絞られてるんだけど、それが宮中で真っ二つに分かれててさー」 「……いちおー、魔王家の慣習によれば、正当な後継者は姫様の方なんだけど、ライネル王子の方を推す勢力も強くて、近々行われる指名の儀に向けて、それぞれの派閥の支援者達が水面下でゴソゴソしまくってるってワケ」 「は〜……どーりで、すぐに帰りたがらなかったワケだ」 理美ちゃんに向けて無礼討ちの代わりにもてなせなんて条件を出したのも、しばらくこっちの世界で権力争いのゴタゴタを忘れていたかったってトコロなんだろう。 「ま、ぶっちゃけアタシは次の魔王争いにキョーミは無いんだけどさ、自分が受けた仕事だけはちゃんと片付けとかないとね?」 「あはは、いかにも天使っぽい発想だなぁ……」 でも、あのお姫様が本当に次の魔王になったら、召喚した理美ちゃんも伝説の存在になっちゃいそうだけど。 * 「……ちえー、見せつけてくれちゃって」 やがて一件目の買い物が終わり、互いに一着ずつ買った紙袋を片手に、お手々繋ぎ合わせながら仲良く移動してゆく理美ちゃん達の後方を歩きつつ、口を尖らせてぼやくあたし。 さっきの店へ入っていくのを目撃した時はバラバラに歩いていたけど、どうやら互いの好感度は着実にアップしているらしかった。 「見せつけって、アタシ達が勝手に覗いてるだけでしょ?」 すると、そんなあたしへ隣のみちるは素っ気無いツッコミを返してくるものの……。 「ま〜、そーだけど……んで、なんであんたまで腕組んできてんのさ?」 つれない言葉とは裏腹に、みちるはあたしの左腕へ両手を絡ませてきていたりして。 「だって、デートじゃん?」 「うんまぁ、いーんだけどね、別に……」 そういう決めゴトだから振りほどく気は無いとしても、仮初めカップルになってからのみちるは、何だか違和感を覚えるくらいの律儀さで役を演じているというか、なんというか……。 「あによ?」 「……しかもさ、今更だけどみちるってば随分と気合入れて来たよね?」 一応、変装も兼ねてのオシャレをしてくるという約束だったけど、午後から改めて合流したみちるのヤツは、ブルー系の袖フリル付きのワンピをベースに、カワイクも清楚系コーデに決めていて、更にウイッグまで用意している周到っぷり。 「むしろ、アンタがデートだってのに入れなさ過ぎ」 「だってさー、いきなり言われたってフク無いんだもんよ……」 一方で、元々長期滞在する予定じゃなくて、制服と最小限の普段着しか持ってなかったあたしは、普段のシャツとジーパンに、伊達メガネと髪型を変えた程度に留まっていたりして。 「まーけど、いいよねアンタは……。スタイルいいから、何着てもそれなりにサマになるし」 「それに、みちるの方が今日は必要以上にオンナノコしてるから、バランスはいーかもね?」 ただの偶然だけど、カレカノコーデで上手くハマってるというか。 「必要以上ゆーな……!まったく、アンタは乙女心というものがね……」 「乙女ゴコロ、ねぇ……」 そこで、あたしはふと思い立つと、空いていた右手でみちるのスカートをひらりと捲り……。 「ひゃあっ?!」 「……なるほど、今日はそんなトコロもしっかりオトメじゃないのさ?」 それから、即座に叩き込まれたみちるのパンチを久々に左頬へめり込ませながら、なにやら高級そうな純白のレースつき勝負パンツ(推定)の感想を述べるあたし。 「ちょーしに乗んなっつーの……っ」 「ふはは、ちょーしに乗らないあたしも、それはそれでつまんなくないかい?」 ただ、まだ乙女に戻れる余地がある分は、みちるが羨ましくもあるんだけど。 * 「……しかし、ナンだよね?」 やがて、ターゲットを追いかけて次に入った雑貨屋で、先ほど理美ちゃんが抱き心地を確かめていた微妙なツラ構えのウサギのぬいぐるみを手にしながら、近くで香水入れを物色しているみちるへ、ふと思い立った話題を切り出すあたし。 「ん、あにが?」 「いやさー、ここへ来て最初に顔を合わせた時に、天使と堕天使が手を組むなんてあり得ないとか言ってた割には、あたし達って何だかんだで一緒に動いてるコト多いよなって」 んでもって、最初はあたしより先に召喚事件の原因を突き止めてやるとか息巻いてた気もするけど。 「……そ、そりゃあ、アタシだって最初はそのつもりだったけど、四の五の言ってられない事件ばっか起きたじゃないのさ?」 「まーね……」 一度に魔物が大量に溢れ出すとか、魔界の要人が召喚されちゃうとか……。 「それに、認めたかないけど、やっぱ使い勝手いいのよねー、アンタ」 「ま、お互いにね。……やっぱ、天使時代からの付き合いもあって、相性よかったのかしらん?」 「……しかも、一応はカモフラの為とは言っても、こうやってまた愛奏と一緒に遊びに出かけられるとは思わなかったわよ」 すると、そんなあたしの軽口にみちるは少しだけ間を置いて、照れた様にそんなコトを言ってくる。 (ふーん……) 「そーいえばさ、いい機会だから一つだけ確認しときたいコトがあるんだけど、あんたって……」 「……あ、あによ?」 そこで、前から少しばかり気にしていた疑問を思い出したあたしが水を向けると、何やら視線を外して露骨に口ごもってくるみちる。 「ん?なに聞く前から動揺してんのよ?もしかして、自分でも心当たりあんの?」 「う、うるさいな……」 「まーいいけど、結局、今のみちるはあたしとどういう距離を置きたいのさ?天音ちゃんから聞いたけど、自分が堕天使になったのは、ある意味あたしの所為とかぼやいてたらしいじゃん?」 勿論、あたしの方にそんな心当たりはありませんが。 「…………」 「正直、最初は自分だけ天使のまま七大天使にまで登りつめたあたしを恨んでんのかと思ったけど、案外そうでもなさそうだし」 「……別に、恨んじゃいねーわよ。それに、確かにアンタの所為だと思ってる部分もあるけど、こうなってしまったコトに後悔もしてないし」 「んじゃ、どういう……」 「つかさ、アンタの方はどうなのよ?」 「あたし?あたしはまぁ、天使だの魔族だのと勝手な宿命付けられて、昔の友達と殺し合いさせられるよりは、こうやって馴れ合う方が全然マシってトコかしらん」 幸い、今はある程度そんなワガママも許される立場だし。 「……愛奏はアタシのコト、まだ友達だと思ってんの?」 「立場が変わって、もう仲間とは言えないとしても、個人的に絶交した覚えはないっしょ?」 「…………」 「ありがとうございます、お会計はご一緒でよろしいですか?」 「……はい。あ、これはラッピングもお願いします」 それから、みちるが黙り込んでしまったところで、いつの間にかレジに向かっていた理美ちゃん達が会計を済ませようとしている姿が目に入る。 「……お、そろそろ買い物済ませるみたいやね」 「うん……」 見た感じ、また理美ちゃんがお姫様に何かプレゼントしてあげるみたいだけど……。 「あ、ずるい……!あたしも……」 それがお揃いのキーホルダーと見るや、思わず声をあげてしまうあたし。 「声が大きい……っ、欲しいならアンタも後で同じもの買っときなさいよ、自腹で」 「……いや、それはなんか違う……」 まぁ、実質的にはそれで望む状況には出来るんだけど、それじゃ何か割り切れないというか。 「…………」 そういえば、結局あたしとみちるのカンケイも、そういうものなのかもしれない。 * 「……やれやれ、結局は日暮れまであっという間であったのう……」 やがて、何軒はしごしたか覚えていないくらいお店を回ってすっかりと歩き疲れた頃合に、いよいよ締めくくりの待ち合わせ場所である、この街の中心部にある広場までやってくると、夕日に染まった空を見上げつつ、プリネールが寂しそうに呟いた。 「そうだね……」 広場の時計を見上げると、時刻は午後六時十五分すぎ。 午前中は学校までサボってしまったけど、ホントに、瞬く間の時間だったと思う。 「……だが、今日は楽しかったぞ」 「うん……」 それでも、こうやって「楽しかった」と言ってもらえるほどのコトをしてあげられたのは、誇らしくもあるくらいだけど……。 「ただやはり、名残は尽きなんだがの……ふふ」 「わたしも……。それにプリネールは、わたしの作ったごはんをおせじ抜きに美味しいと言って食べてくれてた、最初の人だったのに」 やっぱり、迎えた別れの時は寂しかった。 「なに、このまま研鑽を続けていけば、これから自ずと増えていくであろうよ」 「…………」 フォローのつもりなのかもしれないけど、プリネールのそんな言葉からは永久の別れとなる覚悟が滲み出てるみたいで、余計に切なくなる。 しかも、今わたしたちが居るのが、元々この地に町がつくられる出発点になった場所として「はじまりの広場」と名づけられた公園というのが、プリネールとの短かった日々の終着点としては、少々皮肉がかっているかもしれない。 それでも、この広場の中央にある噴水には創始者の元へ降り立ったとされる伝説の天使の石像が立てられていて、待ち合わせ場所としてはこれ以上ない目印ではあるんだけど。 「……ま、いずれにせよ残った鬱憤は、精々この後の晩餐で発散させてもらうとしようぞ?」 「あはは……。一応、お鍋屋さんの個室は取ってあるけど、追い出されない程度でね?」 親の顔なじみのお店だから、帰ってきた時に行けなくなっていても困るし。 「なぁに、物足りないと思えば、理美のうちで二次会をやるまでじゃ。……厳密には明け方まで猶予はあるからのう」 「うん……。それに明日は日曜だしね」 何なら、カラオケとかも行っちゃおうかと思ったけど、みんなで食べ物を買い込んでのそれでもいいかも。 ……と、思い直せばまだまだ続きそうな楽しい時間に、しんみりとしかけたわたしの気持ちも持ち直してきたものの……。 「…………っ」 しかし、それから突然にプリネールは表情を険しくさせると、辺りを見回してゆく。 「どうしたの……?」 まだ、待ち合わせしている愛奏達の姿は見えないけど……。 「……囲まれておるな」 「え……?」 「ちっ、間も無く帰還すると言うておるのに、せっかちな奴らじゃ」 そこで、プリネールの視線を追いかけてよく見てみると、統一感のあるスーツ姿の男女三人が、それぞれ囲むようにして用心深く近付いてきているのにわたしも気付く。 「…………っ」 (だ、誰……?) 「……姫様、お迎えに上がりました」 やがて、正面から迫ってきた、サングラスも含めて全身が黒ずくめで統一された大人の男性は、わたし達の目の前で歩みを止め、恭しく頭を下げてそう告げてきた。 「お迎えって……未知瑠ちゃんじゃなかったの?」 「悪いが、既に迎えは自分で用意しておる。その方らの手は借りぬわ」 すると、プリネールの方は露骨なまでに不機嫌そうな目で見下しながら、素っ気なく切り捨ててしまうものの……。 「まぁまぁ、その様なコトは仰せにならずに……ふふ……」 「大体、魔王家直属の俺達より、クソみてーな堕天使を信じるってどうなのよって感じ?」 続けて、斜め後ろから近付いてきた、美人だけど残忍そうな雰囲気の長身女性と、軽薄で刺々しい金髪の男性が、逃がさないとばかりに囲んでくる。 どちらも、訳知りのセリフや瞳の色が紅い事から、魔界からの訪問者というのはわたしにも分かるけど……。 「プ、プリネール……この人たちって……?」 「一応は、わらわも含めた魔王家に仕える影の懐刀達ではあるが……このたわけ者ども、理美を怯えさせるでないわ!」 ともあれ、そんな三人組から容赦なく浴びせられる、ぞっとする様な冷たい圧力を受けて足が竦みそうになり、思わずしがみつく様に寄り添ったわたしに対して、プリネールの方は真っ向から相手を睨み付けつつ一喝し、これ以上近付くなとばかりに右手をなぎ払って見せる。 「おっと、これは御無礼を。しかしながら、我らとて姫様の確保を殿下より厳命されておりますれば……」 「ふん、やはり兄上の差し金か。どんな浅ましいコトを考えておるのか、手に取るようじゃな?」 「だったら、どんな言い方で命令されてるのか、改めて説明するまでもねぇよな、お姫サマ?」 「…………っ」 それでも、続けて魔族の男性二人から向けられた脅迫交じりの言葉を受けて、プリネールは黙り込んでしまうと……。 「……やむを得まい。わらわのエスコート役はくれてやるが、理美には手を出すでないぞ?何も知らぬ現地民じゃ」 わたしが巻き込まれるのだけは避けたかったのか、やがて険しく吊り上げていた眉間を僅かに緩めて、目の前のリーダーっぽいサングラスの男性へ降参してしまった。 「……プリネール……わっ、わたしの為に……」 「そなたが気に病む必要は無い。……どうせ戻る時間が僅かばかり早まっただけのことじゃ」 「け、けど……だ、だめだよ、そんなの……!」 でもやっぱり、未知瑠ちゃんとこの人(?)たちじゃ、連れられる意味合いが全然違う気がする。 そこでわたしは、嫌な予感を感じてすぐに止めようとしたものの……。 「……んーと、盛り上がっているトコロ申し訳ないけど、それは出来ない話なのよねぇ」 「大変申し上げにくいのですが、我々はそちらのお嬢さんにも御同行を頂く様にとの指示を受けておりまして」 「大体よぉ、お姫サンを含めて、最近魔界から呼び出しまくってんのはそいつだろ?今さら何も知らぬは通んねーよ」 「え……きゃあっ?!」 しかし、それ以前に囲む三人から口々に拒否の言葉が並べられてしまうと、不意に強い力がはたらいてわたしの身柄がプリネールから引き剥がされ、背後の女性の手元へと吸い寄せられてしまった。 「理美っ!き、貴様ら……!」 「……さて、これ以上のお話は無駄のようだ。それでは、御二方ともこちらの指示に従っていただきましょうか」 「ふふ、さぞかしお怒りとは存じますけど、少しでも抵抗の御意思をお見せになれば、即座にこのカワイコちゃんの命は散ってしまいますからね、プリネール姫様?」 「…………っ」 そして、ストレートに脅迫してきた女性魔族に、後ろから凍りつくような手で首筋を触れられて、とうとうわたしの足は勝手に震え出してしまう。 「あらあら、こんなに怯えてかわいそうに……うふふ……」 「ま、他のヤツらに渡すくらいなら、始末しちまえって命令だしな?ケケケ」 「く……っ、おのれ……!」 (うう……っ) 自分のせいでプリネールを犠牲にさせたくはないけど、でも食い込んだ鋭くも冷たい爪先から伝わる痛みと恐怖で、ただの脅しじゃないのは分かる。 おそらく、この女の人があとほんの少しでも指先に力をこめたら、わたしの喉は……。 「……さて、ではそちらのお嬢さんの方も、よろしいですかな?」 「まぁ、ダメだって言っても、このまま無理やり連れて行くんだけど。んふふっ」 「……っ……た……」 「……た、助けて……愛奏ぁ……っ」 そこで、勝手に涙が溢れてくるのに抗えないまま、わたしは殆ど無意識に、ここにはいない愛奏へ震える声で助けを求めようとしたものの……。 「ちょおっと、待ったぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!」 「…………?!」 そこへ、横の方から突然に叫び声が聞こえたかと思うと、背中に翼を生やした小柄の女の子がひとり、低空飛行であっという間にこちらへ突進してくるのが見えた。 「ッッ、貴様は……!」 「ああんっ?!ちょっと……!」 「未知瑠ちゃ……ひゃうっ?!」 そして、飛んできた相手を認識するのとほぼ同時に、わたしは問答無用で女性魔族から引っ手繰られた未知瑠ちゃんに抱きかかえられ、そのまま一緒に上空へと浮かび上がってゆく。 「理美……?!」 「オイ、堕天使風情がジャマすんじゃねーよ?!」 「それはこっちのセリフだっつーの!理美が欲しくば、姫様を連れてこのままアタシを追いかけてきなよ、イヌちゃん達!!」 「…………っ?!」 (えっと、どういうコト……?) わたしたちを助けに来てくれたんじゃないの、未知瑠ちゃん……? * 「…………」 「…………」 「……さま……っ」 「愛奏様……っ!」 「ん、んん……っ?」 やがて、全身を強く揺さぶられながら耳に届いた、あたしを呼ぶ声に反応して瞼を開くと、すぐ目の前には声の主の心配そうな顔が映っていた。 「……天音ちゃん……?」 「ふう……やっと目が覚めましたか……」 「目が覚めた……?つ……っ」 言われて、鈍い頭痛を感じながらも状況を確認すると、辺りはすっかりと暗くなっていて、今のあたしは天音ちゃんに膝枕されているみたいである。 「……ええ。私が待ち合わせ場所へ着いた時は、ちょうど数人の魔族達が南の方へ飛び去ってしまった後でしたが、それから広場の隅に昏睡状態で倒れていた愛奏様を見つけまして……」 「魔族が……?」 それに、昏睡状態で倒れてたって……。 「……ああ、そっか……」 思い出した。 そういえば、あたしはみちるの奴に……。 * 「ちょ……っ、なんだ、あいつら……?」 「……ちっ、マゴマゴしてたら、一歩先を越されちゃったわね」 理美ちゃん達がいよいよ待ち合わせの広場まで到着して、入り口付近の物陰に隠れつつ不自然にならない合流の頃合を見計らっていたあたし達だったものの、やがて黒ずくめの怪しい連中が三方から二人を取り囲もうとする姿が目に入り、みちるが舌打ちして独り言のようにぼやく。 「知ってんの、みちる?」 「知ってるもナニも……“ブッシュミルズ”は、まだ天使だった時代から知ってたっつーの」 「……げ、まさか天使軍のブラックリストでも最悪ランクの……」 その名前は魔界のみならず天界にまで届いている、悪名の極めて高い特殊外交処理部隊。 魔軍の中でも特に選りすぐりのエリートで構成された、表沙汰には出来ない内外の問題処理を魔王家のお墨付きのもとで請け負うダークナイト達で、敵対する天使軍のみならず、魔界内でも恐怖の代名詞として恐れられている内部機関らしいけど……。 「ぶっちゃけ、まぁアイツらも動いてるんじゃないかって警戒はしてたんだけどさ」 「……つまり、あんたがあたしと一緒にお姫様たちを追っかけようとしたのは、その為ってか」 なんか、上手く利用された気はするけど。 「ま、まぁ、それだけじゃないけどね……」 「んで、どーすんの?……って聞くまでもないか」 出来れば、あんな外交上でも厄介な連中とは関わりを持ちたくないものの、理美ちゃんが巻き込まれようとしているのなら、あたしにとっても見過ごせない敵である。 「当然、ブッシュミルズだろうがアタシのシゴトは横取りさせない。……ただし、アンタの力は借りないけど」 しかし、そこでみちるは視線を敵の方へ向けたまま、即座に半分予想通りの、そして残りは思ってもみなかった返事を向けてきた後で……。 「ちょ……う……っ?!」 そして、あたしが言葉を返すよりも早く、いきなり振り返ったみちるから香水の匂いがする霧を鼻先へ吹きかけられ、膝のチカラが即座に抜けてゆく。 ……これは確か、みちるが魔界へ同胞を強制的に送る時に使ってた……。 「悪いんだけどさ、愛奏はしばらくそこで寝てて。……後はクスリの効果が切れたら、勝手に目が覚めるハズだし」 「……く……っ」 (やりやがったわね……みちる……っ) 「……今日は楽しいデートだったわよ。別れ際のキスの一つもデキないのは残念だけど、またどーせすぐに再会すると思うから……」 それから、みちるは名残惜しそうにそれだけ告げると、意識が薄れゆくあたしから背を向けてウイッグを投げ捨て、纏った背中の翼を翻して飛び出していった。 「…………!」 (みち……る……っ) * 「……くそっ、あたしとしたコトが不覚を取ったわ……」 こちらも即座に浄化しようとしたけど、全然間に合わなかったし。 「まぁ、天使は魔界由来の毒草には耐性がありませんからね。彼女の切り札って所でしょうか?」 「なにを冷静に……って、結局理美ちゃん達はどーなったの?!」 「どうやら、あの飛び去った魔族達にお姫様共々連れ去られてしまったようです。……おそらく、行き先は人目の付かないアクセスポイントの何処かでしょうけど」 「やっぱり、あいつら理美ちゃんまで……?!」 確かに、あのお姫サマからは警告を受けてたけど……。 「……ええ。プリネール姫と一緒に魔界へ連れ帰るつもりなのかもしれません」 「ちっ、欲張りな連中め……!」 理美ちゃんに妙なマネでもしやがったら、タダじゃ置かないんだから。 「しかし、困りましたね。これでは……」 「んで、あれからどれだけ経った?」 「……ざっと、愛奏様が目覚めるまで三時間程度でしょうか。ちなみに、僥倖なのか不審に思うべきか分かりませんけど、未だ魔界へと繋ぐゲートが開かれた形跡はありません」 ともあれ、もうすっかりと夜の色に染まってしまった空を見上げて、手遅れの予感に苛まれながらも確認すると、天音ちゃんからは意外というか拍子抜けな返事が戻ってきた。 「なぬ?つまり、まだみんなあっちへは帰ってないってコト?」 この前の大量沸き出しの時に、魔界へ送り返す為のゲートを開いて転送完了後に再び閉じる一連のシークエンスには一時間程度は軽くかかるから、出来れば一度に可能なキャパ分をめい一杯まとめて送るようにしたいとはみちるから聞いたけど、いくらなんでもまだモタついてるとは考えにくい。 「そうみたいですね……。ちなみに、私だけでも追いかけるべきか悩みましたが、二人の安全と、衣笠さんも含めると敵の数が多すぎなので、まずは愛奏様の回復を優先することにしました」 「……そりゃ、無難な判断ね。とにかく、まだチャンスが残っているのなら、ここから先はあたしのシゴトか」 それから、あたしはやや皮肉混じりに頷くと、埃を払いながら立ち上がってゆく。 「ここから先って、場所は分かるんですか?」 「どーせ、この街の何処かにはいるんでしょ?どーにかなるって」 そして、あたしは衆人の目も構わず自分の翼を広げると、夜空へ向けて飛び上がっていった。 「……ったく、みちるのヤツめ、一体何を考えてんだか……」 ともあれ、こんな時間になってもまだ魔族達が留まっているのなら、パッと思いつく可能性は二つくらいだろう。 内輪揉めでも起こして全滅しちゃっているのか……もしくは、わざわざこのあたしを待っているか、だ。 (……普段はあまり祈りを捧げる方じゃないからムシがいいかもしれないけど、偉大なる我らが“主”よ、どうかあたしを理美ちゃんのもとへ間に合わせてやってくださいませ……!) ……魔界のお姫様の方は、そのついでで構いませんから。 第九章 汝、その名は愛 「…………」 「…………」 「う……う、ん……?」 やがて、まどろんでいた意識が自然に呼び覚まされて瞼を開いた時、わたしはひんやりと冷たくて硬い石の上に横たわっていた。 「……あ、あれ……?」 それから、震えるような肌寒さを感じながら上半身を起こすと、月明かりに照らされた神社の境内っぽい風景が眼前に広がり、それが寝起きでぼけているわたしの頭をますます混乱させてゆく。 ……どうやら、わたしがいま腰かけているのは社殿に通じる石階段の一番上みたいで、視界の先には同じく石が敷かれた参道に壊れた灯篭や鳥居が立ち並び、更にその奥は漆黒の森が広がっていた。 (ここはどこ?……っていうか、そもそもどうして眠ってたんだっけ、わたし……?) この場所には何の見覚えも、どうやって来たのかすら……。 「おう理美よ、目覚めたか?」 「え……あ、プリネール……?」 しかし、それから不意に呼びかけられた声の方へ振り向き、今日ずっと一緒だったお姫様が心配そうな顔ですぐ隣に座っていたのを見て、次第にここへ至るまでの記憶が蘇ってくる。 (ああ、そっか……) ……思い出した。 未知瑠ちゃんに抱きかかえられて上空へと連れ去られた後で、御影(みかげ)神社方面へ飛んでいくのが見えた途中に、いきなりなにかを吹きかけられて意識が落ちていったんだっけ。 「……お、アイツが来る前に起きたみたいね?」 「未知瑠ちゃん……?!」 そして、自分をここまで運んできた相手の顔が思い浮かんだところで、頭上を覆う屋根の向こう側から、背中に灰色の翼を纏った未知瑠ちゃんが、わたしの前へと舞い降りてきた。 「目覚めはどう?理美相手だからあんまキツいのは使わなかったんだけど、まぁ悪かったわね」 「……う、うん、それは大丈夫だけど、ここは……?」 「心配しなくても、そんな遠い場所じゃないわ。ここは御影神社の裏山の森の中に残る廃神社よ」 そこで、淡々とした口調ながらも、とりあえず謝ってきた未知瑠ちゃんにほっとしつつ今居る場所を訊ねると、空から最後に見た風景よりそう離れてはいないみたいだった。 「廃神社?」 「……そ。ベツの言い方をするなら、旧御影神社ってところかしらん。五十年だか六十年だか昔に今の場所へ移設された後で、取り壊されずにずっと放置されてるみたい」 「……へぇ……」 ……けど、それにしては雑草が生え放題になってなくて、それなりに掃除されている跡が見えるような。 後ろにある木造の社殿の方はかなり痛んでるし、壊れて風化してる灯篭や狛犬とかもそのままだけど。 「しかもさ、ここの周辺って迷うと二度と出られない神隠しの森だなんて、つごーのいいウワサも残ってたみたいだから、アタシ達が魔界から行き来するポイントに利用させてもらってんの」 それから、「……だから、ここはアタシみたいな駐在員が定期的に掃除してんだけど、結構タイヘンなのよ?」と肩を竦めてくる未知瑠ちゃん。 「それじゃ、ここから魔界へ繋がってるってこと……?」 たしか、神隠しの森のウワサって、遥か昔にここで遊んでいた子供たちが行方不明になった事件が元だと、わたしも耳年増の晴実から聞いたコトはあったけど、まさかその奥にある廃神社から異世界へ通じていたなんて……。 「ま、数あるうちの一つね。ちなみにアンタが呼び出しちゃった連中も、大体はここからアタシが送り返してんの」 「確かに、ここは一番ジャマが入りにくい場所ではあるな?」 「う……ゴメンなさい……」 そして、少しばかり嫌味っぽくそう告げてきた未知瑠ちゃんに、うなだれながら謝ってしまうわたし。 「ま、それは今さら言ってもしゃーないし、アンタもその所為でこうして難儀な目に遭っちゃってるしね?」 「……あ、そういえばあの怖い人達は?」 「ん?もうとっくに送り返したわよ?血の一滴も残さずに」 続けて、あまりにも静かなので忘れかけていた肝心なコトを思い出して訊ねると、未知瑠ちゃんは素っ気無い言葉で片付けてしまった。 「送り返した?……血……?」 「うむ。正しくは、そこのみちるがとっくに“始末”したと言うべきかの」 「え……?まさか……」 「ったく、こちとら追放前は上級天使の端くれだったってのに、アイツらアタシを甘く見すぎなのよねー」 その「始末」という響きを受けて、ちょっと背筋が寒くなったわたしだったものの、未知瑠ちゃんの方は肩を竦めながら嘲笑するようにぼやいてくる。 「ま、一見ではとてもそうは見えぬであろうからのう?」 「あはは、それは確かに……」 何となく小動物感あって、つい弄ったり可愛がりたくなるタイプだし。 けど……。 「うっさいわね……。けどここへ誘い入れて、勝った方が総取りでどう?ってハナシを持ちかけた時の、堕天使風情が三対一で勝ち目でもあるつもりかと笑ってたアイツらの顔がさ、すぐに驚きと絶望に染まる様はほんとケッサクだったわよ?あの連中、戦う前はアタシをなぶり殺しにするつもりだったんだろーけど」 「…………」 それでも、どこか悪っぽい笑みを浮かべながらそんなセリフを言い放ってしまう辺り、やっぱり殺伐とした世界に身を置いてきてるんだなぁ……と。 「まー、アホみたいにプライドがたっかい連中だから、アタシらのコトは認めたくないらしーけど、だいたい人間界へ“追いやられる”堕天使ってのは、ちゃんと理由(ワケ)もあるってなモンよ」 「……で、でも、それじゃどうしてまだここに留まってるの?」 ともあれ、そうなれば俄然不安になってくるのは、わたしが未だここに座らされている理由だった。 まさか、プリネールと別れの挨拶をさせてくれる為に待っていたわけじゃないんだろうし……。 「ん〜。実を言うとさ、アタシの方も理美を一緒に連れ帰ってこいと命令されてんのよね、これが。……ま、立場の方はアイツらと違って、姫様派のサイドなんだけど」 そこで、聞くのが怖いながらも確認するわたしへ、未知瑠ちゃんは頭を掻きながらばつが悪そうに告げてくる。 「え……?」 「やれやれ、やはり理美にとっては、わらわとの出逢いは災いとなってしまったのう?」 そして、未知瑠ちゃんの言葉に、申し訳なさそうな顔で首を横に振ってくるプリネール。 「そ、そんなコト……。元々はわたしが勝手に呼び出したんだし、それにプリネールとの日々は楽しかったから……!」 「……理美……」 「ま、とにかく眠ってる間に黙って連れ帰るのも悪いかなと思ってさ。モチロン、改めてお願いしたって答えはノーとしても、アンタとは見知らぬ仲でもなくなったし、逃れるチャンスくらいは、ね?」 「チャンスって……」 こんな、ひとりじゃとても帰れそうも無い場所に連れてこられて、どんなチャンスがあるというんだろう? 「……それとさ、こんな姿になってもまだ神に感謝したくなる邂逅にも恵まれちゃったし、姫様をアイツらに渡さなかった報酬として、今から少しの間だけアタシの好きにさせてもらうコトにしたの」 しかし、未知瑠ちゃんは戸惑うわたしに構わず、更に意味深な言葉を続けてきた。 「そ、それって、どういう……」 「ふむ、今後については、わらわも成り行きに委ねると決めた。……あとはあやつに祈るのじゃな、理美?」 そして更に、プリネールまで訳知り顔で、不安が増すようなセリフを向けてくるけど……。 「あやつって……もしかして……」 「……あは、ウワサをすれば、ようやく来たみたいね?」 それから、わたしの口からその名前が出かけたところで、未知瑠ちゃんは気配を感じ取ったのか、口元を嬉しそうに緩めつつ見上げると、その視線の先の煌々と輝く満月を背に、白銀色の翼を幾重にも纏った天使が、こちらへ向けて降り立とうとしてきていた。 「愛奏……っ!」 ここからでは、まだシルエットしか見えないけど、間違いない。 ……わたしの天使が、迎えに来てくれた。 「……待ってたわ、愛奏。アンタなら諦めずにここまで追いかけて来ると思ってた」 やがて、愛奏が輝く羽根を振りまきながら参道の中央へ降り立つと、未知瑠ちゃんは「そこで姫様と一緒に大人しく座ってて」と告げた後にわたしから背を向け、待ち人のもとへゆっくりと近付いてゆく。 「……みちる……」 その背中からは、静かながら色んな感情や覚悟が秘められた迫力を感じるけど、対峙する愛奏も同じく伝わっているのか、降りた場所へ留まったまま、じっと相手の出方をうかがっていた。 「見ての通り、もうジャマな連中は片付けてステージの準備は整えてんの。せっかくの美しい月夜だし、あとは本日のデートの締めに、ここで一緒に踊りましょうか?」 そして、ある程度まで近付いたところで未知瑠ちゃんはそう告げると、翳した右手の先から灰色の剣を呼び出して握り締める。 「未知瑠、ちゃん……」 やっぱりわたしを賭けて、ここで愛奏と戦う気なんだ……。 「……やっぱ、わざわざあたしを待ってたのか。なんでよ?」 「アンタがいつも言ってた、昔のよしみってヤツ?……それに、このままじゃ理美が可哀想じゃない?」 しかし、一方で愛奏の方はすぐに応じて武器を出さず、直立不動で向き合ったまま訊ね返すと、両腕を広げながら何処まで本気か分からない言葉を返す未知瑠ちゃん。 「……だから、あたしに取り戻すチャンスを与えてくれるってか?」 「少しだけ、アタシのワガママに付き合ってくれればね。なかなかやさしーでしょ?」 「あんたの狙いは?あたしの首級(クビ)?」 「そーねぇ、アンタのクビを手土産に戻れば、爵位と領地くらいはもらえるかもね?」 (うそ……) 本当は、そんなモノに興味は無いんだろうってくらい、わたしにだって分かる。 「…………」 もちろん、愛奏もそう思っているみたいで、反論はしなくても納得した表情は見せないままだった。 「ま、これ以上ゴチャゴチャ言っても時間のムダだし、そろそろハジめましょーか?」 「……みちる、どうあってもあたしと戦いたいらしいけど、勝算はあるつもり?天使時代はともかく、今は背負ってる翼のチカラが違いすぎるでしょーに」 「そりゃ、無制限に暴れられるならそーだろうけど、でもこんなトコロでアンタの翼に秘められた神霊力なんてヘタに解放したらどうなると思う?……ま、アタシだってこの街を吹き飛ばすくらいのチカラはまだ残ってるけどさ、そういう戦いはしたくないでしょ?」 「ぐ……」 「だったら、あとはコイツで”穏便”に殺り合うしかないんだけど、たしか剣のウデマエはずっと互角だったわよね?」 そして、未知瑠ちゃんはそこまで言うと、愛奏へ向けて自分の剣の切っ先を突き出した。 「…………」 「……しゃーない。んじゃま、いっちょ付き合ってやるか」 すると、愛奏の方も一度だけ溜息を吐いた後で、まるでお稽古でも始めるようなノリで応じると、右手を翳して未知瑠ちゃんと形が一緒の白銀の剣を、同じように呼び出してみせる。 「ありがと。あと……恨みっこナシだからね?」 「……あたしも、先に礼だけは言っとくわ。みちるのお陰で、なれたばかりの七大天使をいきなりクビにならずに済みそうだし」 「んじゃ、後はジャマが入らないトコロで……いくわよ……!」 「おうよ……っ!」 それから、二人は呼応しあうや、剣を構えて殆ど同時に中空へと飛び上がって行った。 「未知瑠ちゃん、愛奏……ッッ!!」 * 「はぁぁぁぁぁ……ッッ!!」 「せい……ッッ!!」 ガキィィィィィィンッッ 程なくして、互いに交わった先で天使剣同士の衝突する甲高い音と重い衝撃が響き合い、あたしとみちるは自らの翼を翻しながら、早速一歩も譲らない鍔迫り合いとなっていた。 「……結構ウデ上げてんじゃない、みちる?前より鋭くなってるカンジ?」 「アンタもね……!昔のままと思い込んでたら、いきなりやられてたトコよ……っ!」 振るう獲物は互いに同じ、天使に任命された時に支給された天使剣(エンジェル・ソード)。 勿論、みちるの剣からは本来仕込まれていたチカラは失われてるとしても、ほぼインファイトのみとなるこの戦いで関係するのは、離れ離れになった後も互いに続けていた研鑽比べと、勝利への執念のみ。 「…………」 なんだろうけど……。 「……やっぱ、魔界へ堕とされて苦労してきたみたいね?あんたも」 「オカゲさんでね……せやぁ……ッ!」 それから、みちるの力任せの捌きで膠着が解けると、そのままこちらの懐へ飛び込んでの鋭い連撃が繰り出されてきた。 「おっと……!」 「逃がしゃしないわよ……ッッ!!」 矢継ぎ早に色んな方向から次々と浴びせられる斬撃は速い癖に一撃が重く、天使候補生時代から散々一緒に稽古をしてきた杵柄で、考えるよりも身体が勝手に反応して適度な間合いを取りつつ受け流せているものの、みちるの奴も休まずピッタリと張り付いてくる。 「ち……っ、しつっこいんだから……っ」 (そーいえば、ちんちくりんの癖に怪力自慢だったわね、こいつ……) しかも、やたらとタフだったりもして、外見で侮った相手はほぼ例外なく沈めてきてたっけ。 「ハッ、一度攻め始めたら、相手が倒れるまで手を止めないのが鉄則でしょーがっ?!」 ……ま、このあたしを除けば、だけど。 「……悪いけど、違うね……っ!」 やがて、みちるの呼吸に慣れた頃に反撃の機会を見い出したあたしは、読めた動きの流れに逆らって前に出ると、振り下ろされた袈裟斬りを先読みカウンターで捌いてやる。 「く……っ?!」 「そりゃ、いくらなんでもあたしを舐めすぎだっつーの……ッッ」 そして、僅かな硬直を誘ったのを契機にあたしは攻勢に転じ、こちらがみちるへ張り付いて変幻自在に攻め立ててやった。 「なんの……これしき……っ!」 すると、今度はみちるが後ろへ押されながら、防戦一方になっていくものの……。 「…………」 「ほら、どーしたの?!もっと打ち込んできなさいよ愛奏……!」 それでも気持ち的に攻めきれず、やがてみちるの方から挑発を返されてしまうあたし。 「…………っ」 と、いうのも……。 「ちょっ、どーしたってのよ?!」 「……だってさ、あたしには理美ちゃんを奪い返すという完璧な理由があるけど、みちるがわざわざこんなお膳立てしてまで戦うワケはなんなのよ?」 「はぁ?!」 「さっきはあたしの首級(クビ)が欲しいのかって言ったけど、だったら薬で眠らされた時に取れたハズだよね?……結局あんたは、この戦いに何を求めてるのさ?」 決して、カタキのような相手じゃないだけに、やっぱりそれが見えてこないうちは身が入りきらなかったりして。 「……アンタも腑抜けたもんね。そもそも天使と堕天使のツブし合いに、ナンの特別な理由が必要なのさ?」 すると、みちるの方は嘲る様にそう告げてきた後で……。 「だけど、あたしは昔も今もあんたのコトは……」 「……ええい、それ以上は禁句よ……ッッ」 「うお……っ?!」 あたしの次のセリフを遮る様にみちるは体当たりをかましてくると、予想外のカウンターに体勢を崩されてしまう。 (……ちっ、みちるの方は捨て身上等かよ……っ) 「このゴに及んでまだ迷ってるのなら、コイツで目覚めさせてやる!」 「…………っ?!」 (やば……!) 「でやああああああああっ!!」 そして、灰色の翼を逆立てつつ避けられない間合いまで一瞬で肉薄し、あたしの眉間へ向けて回転を付けた大技を繰り出してくるみちる。 パキィィィィィィッッ 「く……っっ!」 それでも、なんとか刀身ごとへし折られそうな音を響かせつつ受け止めるものの、みちるの渾身の一撃をマトモに受けた衝撃で、今度は一瞬の身動きを封じられてしまうあたし。 「もらったぁぁぁぁぁっっ!!」 「ワケねーわよ……っ!」 ……しかし、そこから即座に別方向からの薙ぎ払いが追い討ちで入ってくるのを読んでいたあたしは、咄嗟に翼を翻しての宙返りで、大きく空振りしたみちるの頭上を華麗に舞い越えると……。 「ち……」 「チェック・メイト……ッッ!」 逆に、大きなスキが生まれたみちるの横っ腹へ向けて、あたしは振り向きざまに反撃の一撃を繰り出した。 ギィィィィィィンッッ 「……なんてま、こんな程度じゃやられねーわよね?あたしらならさ」 「アタリマエだっつーの!まだまだ夜は長いんだから……!」 それから、大抵の敵ならこれでカタがついていた必殺の一撃を受け止められながらも、想定済みだったあたしが刃を重ねながら口元を緩めると、みちるも頬に汗を零しながら不敵に笑ってくる。 「んじゃ、ま……」 「……仕切りなおし……ッッ!!」 そして、程なくあたし達は同時に空中バックステップで一旦離れると、今度は互いに距離を取り合いつつ、ヒットアンドアウェイで火花を散らしていった。 「はぁぁぁぁ……っ!」 「なんの……っっ」 横方向だけでなく、高度も利用して相手の狙いを絞らせない様に立ち回りつつ、同時にこちらも常に攻めるチャンスを窺う。 銃器や魔法といった「飛び道具」を封印した戦いなので、戦術面で考えるコトはそんなに多くは無いものの、逆に安全な距離(レンジ)から仕留めるのも不可能だから、どうしても相手の間合いへ飛び込み続けなきゃならない。 「…………」 これは、そんな生と死が隣り合わせになっているリスクを常に天秤にかけつつ、刹那でも気を抜いたら撃墜されかねないスレスレの攻防なのは間違いないんだけど……。 「でもさ、思い出さね?天使時代は、よくこうして夜な夜な二人で稽古してたっけ」 「……まーね、今ちょうどあたしも考えてたトコ……っ!」 同時に、天使剣を受け取ったばかりの駆け出し時代に、上級天使目指して二人でムチャな修行をしていた思い出が頭によぎってしまい、その懐かしさがますますあたしの頭に余計な考えを巡らせたりして……。 (……ダメだ、しっかりしろあたし……っ) ちゃんと約束(エンゲージ)して戦いに入ったのに、今回は邪念が多すぎる。 「……く……っ」 それも、これも……っ。 「……けどさ、さっきアンタが言いかけたコトの返事だけど、アタシの方は愛奏を友達だなんて思ってないから……っっ」 しかし、それから仲良し時代の昔話でも始まるかと思えば、みちるからはそれ以上の馴れ合いをバッサリと斬り捨てられてしまった。 「……っ、おいおい……今更そんなコト言うか……っ?!」 そりゃ、随分とケンカもしたけど、かつては互いに背中を預けて、名前まで付け合った仲だというのに……っっ。 「くぁ……っ!だ、大体、アタシはさっ、アンタのそーいう馴れ馴れしすぎるトコロは嫌いだったのよ……!」 「んなコト、今さら言われたって……しかもその割に、満更でもなさそうだったじゃんっ?!」 あたしには、とてもそれがみちるのホンネとは信じられないし……。 「…………っ!」 なにより、あたしの反論に顔を赤らめたみちるの動きが一瞬止まったのを見逃さなかった。 (勝機……!) そこで、あたしは翼に込められた飛翔能力のチカラを一気に開放すると、予備動作もナシの最高速度で斬りかかってゆく。 ……悪いけど、揺れた心のままで戦うのは危険すぎるから、これで仕留めてみせる! 「……うぁ……っ?!」 「終わり……ッッ!」 一応、みちるにとっては初見のワザじゃないものの、ただこの距離とタイミングなら逃げられないハズ。 ……おそらく相手には、閃光が迸ったように見えた瞬間……。 キィィィィィンッッ 「……んな……っ?!」 相手の剣を奪えると思っていたのに、そのあたしの一撃は受け止められてしまった。 「ふん、やっぱ太刀筋がニブいわね。しかも武器を狙ってたみたいだし、そんなに今さらアタシと仲良く殺しあうのは気乗りしないって?」 「……っ、まだまだ……っ!」 それから、強引に捌き返され、馬鹿力で押し戻されながら体勢を整えるものの、やはりみちるの指摘通り、イマイチ本気になりきれてないのが動きに現れているのかもしれない。 「……ほら、ホンキで来ないと死ぬわよ?!アタシはそのつもりなんだから……っ」 「わ、わーってるっての……っっ」 (でも、なんで……) あたしには、迷う理由なんて無いハズなのに。 みちるが何を考えていようが、ここであたしが勝てさえすれば理美ちゃんを取り戻せて、任務も大成功。 ……特務天使(エージェント)として、ただそれだけでいいハズなんだけど……。 「……うく……っ?!」 (でも、その後は……?) あたしが理美ちゃんを取り戻して、それからどうなる? かつての相棒をこの手で討ち取った挙句に、得られるモノって一体なんだろう? 「…………」 「んじゃ、もっとアタシがアツくさせてあげよっか?……アンタさ、このまま負けたら理美はどーなると思ってんの?」 すると、月夜の中空で付かず離れずの応酬が続く中だというのに、どんどん考えゴトで頭が埋まってゆくあたしへ、みちるが攻める手を止めないまま水を向けてくる。 「ど、どーなるって……ぐぉ……っ?!」 「このままアタシに連れ帰られてしまった後は、魔軍機関の実験素材(モルモット)にされてしまうくらいは想像できるでしょ?そして徹底的に調べられた挙句、プリネール姫を召喚したその能力を利用されるか、キケンな存在として幽閉されるか……」 「…………っ」 「……ま、それでも姫様のお気に入りみたいだから、命を取られるコトまでは無いかもしれないけど、少なくとも二度とこっちにゃ戻って来れないわよ?ましてや、もし王位継承争いに姫様が敗れてしまえば、それから先はどうなるコトやら……ねっ!」 「……うぐ……っ!」 ……けど、実際はあたしが勝ったトコロで、大して変わらないんじゃないの? 幽閉まではされないとしても、結局は同じ様に天使軍の情報機関に囚われになって、今までの大切な記憶を都合いい様に弄られて……。 (くそ……っっ) ……結局、これがあたしの一番の迷いの原因なのかもしれない。 「あと、ついでに言っとくけど、アンタが負けた後で遺言残したって、アタシは理美の面倒なんて一切引き受けないんだから、甘えんじゃないわよ?!」 「ちっ……友達甲斐のないヤツめ……!」 (あたしは……どうすればいい……?) きっと理美ちゃんは、今でもあたしが助けてくれると信じて地上から見守っているんだろうけど、本当はどちらが勝っても、その後に連れて行かれる場所が違うだけのハナシで……。 (……いや……) それどころか、あたしが勝った先に待つのは信じていた友人の裏切りという、晴実ちゃんとの心の傷が未だ癒えていない中で、理美ちゃんにとってはヘタしたら引き裂かれるよりもつらい苦痛や悲しみを再び味わうことになるだなんて……。 「さぁさぁ、どーすんの、天使サマ?!」 「…………っ!」 だったらいっそのコト、さっきはああ言われたけど、お姫サマの寵愛やみちるのツンデレ成分に賭けて、あたしはこのまま……。 「……それでもさ、まだヤる気が出ないってなら……。アンタが負けたら、理美も一緒に送ってあげるとでも言ってやろーか?!」 「っ?!みちるううううう……ッッ!!」 しかし、そんな首ををもたげかけた後ろ向きな気持ちも、みちるからの苛立ち紛れに続けられた言葉で吹き飛ばされ、あたしは湧き上がった怒りの赴くままに斬りかかった。 「……ほら、やればデキんじゃん、愛奏……!」 「冗談だろーが、安い挑発だろーが、それだけは絶対に許さないわよ、みちる……!!」 そして、こちらからの力任せの一撃を正面から受け止めつつ、ニヤリと嬉しそうに口元を歪めるみちるへ、そのまま捻じ伏せる勢いで刃を押し付けながら叫ぶあたし。 「だったら、アタシをここで斃せばいいだけ。ショセンさ、いつも先の運命を決める権利を持つのは勝者だけ……でしょ?!」 すると、みちるはそれだけ告げてきた後に、気合一閃で両腕を振りぬくと、突っ込んでいたあたしの身体は綺麗に受け流されてしまう。 「……ち……っ」 「それに、アタシの好きな愛奏は、迷いの中で死ぬタマじゃないっつーの……っ!」 「みちる……」 「愛奏、負けないで……!」 それから、続けて届いた理美ちゃんの応援の声があたしの身体を無意識に動かすと、いつもより速い反応でみちるの追撃を受け止めていた。 (……やっぱり、あたしが勝たないといけないか……) その後のコトは、その時に考えればいい。 でなきゃ、ゼンゼンあたしらしくないから……。 「……さーて、カクゴを決めたならさ、そろそろケリつけよっか、愛奏?」 「いーわよ……恨みっこナシだったよね……?!」 それから、あたし達は刃を重ね合わせたまま、一度だけ殺気に満ちた笑みをニヤリと向け合った後で、一旦体勢を立て直す為に離れると……。 「おおおおおお……っっ!!」 「はぁぁぁぁぁぁ……っっ!!」 再びすぐに互いの間合いへ突っ込むや否や、あたし達は両手に握った天使剣を全霊で応酬させていた。 「……っ、イイ、じゃないの……!愛奏……っそれでこそアタシのライバルよ……!」 「あんたもね……っ!!」 もう、どっちが攻めとか守りじゃなくて、おそらくコブシ同士だったら互いに顔の輪郭が変わるまで殴り合っている様な、殆どノーガードの叩き付け合い。 「…………っ」 無論、あたし達の間に恨みなんてない。 ……むしろ、自分が討たれるとしたら目の前のコイツの手でという、互いの意思表示なんだとも思う。 けど……。 (みちる、ゴメンよ……!) あたしは、心中でこっそりとみちるに詫びを入れると、キリの無さそうな打ち合いから打破すべく、相手の攻撃を弾いた際に生まれた僅かなタイミングを利用して、まずは翼を逆方向へ羽ばたかせて距離を取り……。 「これで、終わり……ッッ!!」 「アンタがね……ッッ!!」 それから、あたし達は互いに体当たりする勢いで、最期の一撃を期した突きを、すれ違いざまに繰り出した。 「…………ッッ?!」 「…………」 ……程なくして、みちるの切っ先が頬を深く切り裂く痛みと、少し遅れて伝わってきた肉体を貫く手応えが、あたしに勝利を告げる。 「ぐぅ……ぅ……っ」 そして、苦しそうに呻くみちるの腹部からは、ぽたっ、ぽたっと突き刺さった刀身を伝わって生暖かい血が流れ落ち、やがてあたしの手を濡らせていった。 「……みちる……」 「ぐふ……っ、やっぱさ……強いよね愛奏……七大天使までノボりつめちゃう……ワケだ……」 「…………」 「……最後にもう一度だけ聞くわ、みちる。一体何の為にあたしを待ってたの……?」 やがて、決着を確信した後に突き立てた剣を慎重に一息で抜き放ち、既に力が抜けかけているみちるの身体を片手で抱きとめると、耳元で囁くように尋ねるあたし。 最早、意味がある質問なのかは分からないけど、でも有耶無耶で終わりたくなかったから。 「…………っ」 「……て、天使時代からアタシの瞳の中には、いつも……アンタがいた……。けど、アンタにとってはそうじゃなかった……」 すると、あたしの胸元へ寄りかかるようにして身体を預けてきたみちるの口から、躊躇いの間を置いて出てきたのは、思いもよらない告白だった。 「え……?」 「ただ、それだけのハナシ……なんだけど……でも、これでようやくアタシは……アンタの一部になれる……かな……?ぐ……っ」 「……っ、まさかそんなコトの為に、あんたは全てを投げうったつもり?!地位も手柄も、自分の命すらつぎ込んで……!」 まさか、あたしの手にかかる為だけに、こんな戦いをお膳立てしたなんて……。 信じられない……。 「…………」 ……けど……。 「だってさ、もう二度と逢うコトなんて叶わないと諦めてたのに、アンタの方から来てくれたから……あはは……ホント、馬鹿だと笑いたければ笑っていいわ……よ……」 「…………」 「……いや……笑い飛ばすのだけは勘弁してやるわ……バカだとは思うけど」 それでも、今はちょっとだけみちるがカッコいいと思ってしまってるかもしれない、あたし……。 「へへ……それと、アンタはいい加減に“愛奏”になってやんなってばさぁ……」 「え……?」 「愛を奏でて欲しがってる相手は……すぐ近くに居るんだから……さ……」 そして、みちるは最後にそれだけ言い残し、あたしの腕の中で力尽きてしまった。 「…………」 「……そういえば、あたしがあんたに付けた名前の由来、まだ言ってなかったっけ、みちる?」 あたしには無い情熱に満ち溢れていて、それでいて何をやらかすのか分からない危うさが、また未知の輝きにも見えて……。 「…………」 (……ありがとね、みちる……) だけど、それがあたしの迷いに光を灯してくれた。 (まぁ、天使としては致命的に失格なんだろうけど……) ……でも、あんたみたいな生き方も悪くなさそう、ってね。 * 「愛奏……っっ」 「……決着は付いたようじゃな?」 やがて、動かなくなったみちるの身体を抱きかかえたままあたしが境内の参道へ降り立つと、理美ちゃんとお姫様が心配そうに駆け寄ってきた。 「……まぁね。理美ちゃん、怪我は無い……?」 「う、うん……けど……」 「ああ、大丈夫。みちるのヤツなら、ギリギリで殺しちゃいないハズだから……」 それから、自分の身が助かった安堵よりも、みちるの方を見てフクザツそうな顔を見せる理美ちゃんへ、僅かに口元を緩めてそう告げるあたし。 (やっぱ、優しいなぁ理美ちゃんは……) だからこそ傷つきやすくて、召喚術なんて発動しちゃうくらいに悲しんで……。 「ほ、ホントに……?」 「……天使はウソを言わないから。一応、当分の間は安静にしとく必要はあるけど、傷も降りてる間に塞いだし、明日にでも目が覚めるんじゃないかしらん?……こいつ、見た目よりも全然タフだしね」 「つまり、急所は外して仮死状態にしてやったワケか。……咄嗟にその様な神業を発揮してまで、おぬしも律儀よのう?」 「ま、こーでもしなきゃ納得しないだろうからさぁ、コイツは」 一度エンゲージした以上は、最後まで付き合ってやるのが友情ってもんだろうし……それに、みちるとの死闘はあたしにとっても決してムダじゃなかったから、まぁこれでいいんだと思う。 「……ともあれ、これで勝負はそなたの勝ちじゃな。理美は連れて帰るがよいぞ?」 「悪いね……。ホントはお姫様も理美ちゃんを連れて帰りたかったんでしょ?」 「みちるが申しておったろう?いま連れて帰ったところで、おおよそロクなコトにはならんし、わらわが次の魔王となった暁にでも、また企むとするかのう?」 「おいおい……。さらっと不穏な予告してやがるわよ?この邪悪プリンセス」 「あはは……。でも、今はお家に帰りたいかな?」 そして理美ちゃんはそう訴えると、今までの疲れが一気に出てしまったのか、その場にへたり込んでしまった。 「…………」 だったら……。 「……そうだね。家まで送っていくよ」 それを見たあたしは、目を伏せてほんの少しだけ最後の決断に時間を費やした後で、再び瞼を開いて静かにそう告げた。 「うん……っ!ありがと……」 「それで、お姫様は……」 「その気になれば、わらわ一人でもゲートを開いて帰れぬことも無いが……。みちるが一両日程度で目覚めるというのであれば、特別に待ってやるとするかのう?」 「そうしてくれたら助かるかな?理美ちゃんを連れ帰るのは諦めたもらった以上、みちるの奴も手ぶらじゃ済まないだろうからさ」 「ふむ。……それと、今宵の出来事は見なかったコトにしておいてやろうぞ」 「……じゃ、まずはみんなでわたしの家に戻ろう?未知瑠ちゃんも放っておけないし」 「ん、りょーかい……」 (…………) * 「…………」 「そういえば、これって久しぶりだよね……?」 「ん……?」 やがて、プリネール姫にみちるの身柄を預け、改めて理美ちゃんをお姫様だっこしたまま、しばらくは無言で物思いに耽りつつ星空の帰路に就いていた途中で、不意に話を切り出されて視線を落とすあたし。 「……ほら、前にもこうやって月夜のお散歩に連れてってくれたじゃない?」 「あはは、まぁ今日は後ろにコブ付きだけどね」 ちょうど、後方にはみちるを担いだお姫様が飛んで付いてきているから、前みたいなひとり占め気分ってワケにはいかないけど。 「でも、すごく気持ちよかった……。ね、また連れてってくれる……?」 「……そうだね……。また、機会があったら……」 本当は、出来るものなら「いつでも」と即答して、毎晩でも連れて行ってあげたいんだけど……。 「じゃ、もうすぐ中間テストだから、終わったご褒美にでも……どうかな?」 「ん〜。……まだ、先の話だし約束までは出来ないかなぁ……」 そして、理美ちゃんから向けられたおねだりに、あたしはせめてお茶を濁そうとしたものの……。 「だめ……ちゃんと約束して」 しかし、理美ちゃんの方はそれでカンペンしてくれるつもりはないらしく、あたしの眼前に小指を立てた左手を差し出してきた。 「……でも、今ちょっと両手が塞がってるんだけど……」 指きりする為だけに一旦止まって体勢を変えるのも、後ろのプリネール姫から怪訝に思われそうだし。 「べつに、指でなくてもいいんだよ……?証を立ててくれるなら……」 すると、苦しい逃げ道探しを続けるあたしへ理美ちゃんはそれだけ告げると、そっと目を閉じてきた。 「…………っ」 正直、名残が惜しくなるだけだから、できるものなら避けたいんだけど……。 ……でも、最後にもう一度だけしたいって気持ちも、確かにあって……。 「……んじゃ、具体的な日取りまでは言えないけど……」 「うん……。愛奏の都合でいいから……」 「わかった……」 「……ん……っ」 結局、あたしは抗いきれずに、理美ちゃんと口付けを交わして約束してしまった。 「…………」 「……それと、ありがとね愛奏?きっと来てくれるって信じてた」 「あはは、そんなのとーぜんのコトだよ……。だってあたしは、理美ちゃんを助けてあげる為に来たんだからさ?」 「…………」 ……だから、これで良かったんだよね、やっぱ。 「……ね、今夜は愛奏も泊まっていくよね?」 「ううん、今日は帰るよ……。戻って報告しなきゃならない用事もあるし」 やがて目的地まで帰り着き、玄関まで降りた後で当然のコトのように尋ねてくる理美ちゃんへ、未練を残しつつ首を横に振るあたし。 「そっか……。なら、お昼でも食べにおいでよ?愛奏のぶんも用意して待ってるから」 「……ありがと。んじゃ、悪いけどみちる達のコト頼むね?」 本当は、無駄にしちゃいそうだから断りたいけど……でも言えない。 (……あはは、結局はウソツキ天使だ、あたし……) 「まかせて。……それより、未知瑠ちゃんが目覚めたら、ちゃんと仲直りしてよ?」 「……ぶっちゃけ、それはみちる次第だけど、分かってるってば……」 そういえば、みちるの奴は目覚めたらどんな反応を見せるかな? 間違いなく、これで死んだと思い込んで意識が落ちたハズだし、驚いた顔を見てやりたくもあるんだけど……。 「んじゃ、また明日……ね、愛奏?おやすみ……」 「…………」 何より、本当はまだまだ理美ちゃんとお話していたいのに……でも、それはもう許されない身のハズだから……。 「……うん。おやすみ、理美ちゃん……」 それから、あたしは全ての未練を断つと、再会を疑っていない普段の笑顔で手を振ってくる理美ちゃんに精一杯の笑みを返した後で、自ら背を向けて再び星空へと舞い上がって行った。 (そして……さよなら……) 終章 グラビティ・ガール 「……では、一学期はこれで終業です。最初の夏休みだし、思いっきり楽しんでくれていいけど、みんな羽目を外し過ぎないようにね?」 「起立、礼〜」 「…………」 「……ふぅ、とうとう終わっちゃった……」 やがて、季節は過ぎて一学期も最後の日を迎え、待望の夏休みの到来に活気付く放課後の教室の片隅でわたしはすぐに席を立たず、ぼんやりと斜め後ろにある空席を眺めていた。 「…………」 はめを外し過ぎないようにと言われて、わたしが真っ先にやりかねないと思い浮かべるコがいるけど、もうずっと不在のまま。 あんなに取り囲んでいたクラスメート達も、学校へ来なくなってから三日後に、「家庭の都合で急遽帰国しました」という松野先生の連絡が入ってからは、ほんのしばらくだけ噂話に花が咲いた程度で、すぐに潮が引いたかのように話題にしなくなってしまったし。 「おまた〜。んじゃ帰りましょーか、理美?」 ともあれ、そうこうしているうちに、別のクラスからわたしを迎えに来た未知瑠ちゃんが、開放感に満ちた表情で声をかけてきた。 「うん……」 「どした?せっかく終業式も済んだのに何かユウウツそうだけど……って、アレか」 それに対して、テンション低いままで生返事を返すわたしに、未知瑠ちゃんは一瞬だけきょとんとしたものの、すぐにこちらの視線の先に気付いて、同じくぽつりと呟く。 「とうとう、戻ってこなかったなー、アイツ……」 「そうだね……」 わたしを巡っての未知瑠ちゃんとの壮絶な決戦を経て、家まで送り届けてもらった後にお昼ごはんをご馳走する約束をしておやすみを告げた翌日、愛奏はどれだけ待ってもとうとう姿を見せなかった。 それでも、日曜の午後に未知瑠ちゃんが目覚め、その夜に結局二人でプリネールを今度こそ見送った時点では、愛奏とは連絡が取れない状態が続いていたものの、明日になればきっと何事もなかったようにいつもの日常が戻ると思っていたのに……。 「…………」 ……けど、結局翌日の朝も、愛奏は教室に姿を見せなかった。 そこで、同じく日曜日に招待していたのに来なかった春日井さんを探して尋ねたところ、最初は誤魔化すような答えしか返ってこなかったものの、一緒に行った未知瑠ちゃんとしつこく食い下がった結果、愛奏はわたしの件で命令無視を犯して、天界へ帰還せざるをえなくなったのだと告げられてしまう。 天使にとっての命令無視とは、すなわち自殺にも等しい行為だと未知瑠ちゃんに言われ、その時にようやくわたしはもう二度と愛奏と会えなくなったのかもしれない現実を知るものの、ただその一方で、春日井さんの「それでも、愛奏様は雨宿さんとの再会を諦めないまま戻って行きましたから、せめて貴女だけでも信じてあげていて下さい」という言葉を真に受けて、まずは待つことにしたんだけど……。 「…………」 しかし……それから月も替わり、中間試験が終わって季節が夏へ突入した後も、愛奏はわたし達の前には姿を見せず、遂には期末試験まで過ぎてこの日を迎えてしまった。 「まぁ、今さらアイツの方からひょっこり戻ってくる可能性なんて皆無だろーけどさ……」 「…………」 『少なくとも、一度受けた任務を途中で投げ出して帰るってのは、天使としてのあたしの矜持が許さないから、まぁ安心してくれてていーよ』 「……うそつき……」 「ん?なんか言った?」 「ううん……んじゃ、いこっか?」 ……ともあれ、わたしの方もこのまま待っているだけじゃ、運命は何も変わりはしないコトを自覚し始めていた。 「……にしてもさ、けっこー伸びてきたよね、その髪?」 「あ、うん……ヘン、かな?」 それから、鞄を手に腰を上げたあとで、未知瑠ちゃんからふと指摘され、右手を後ろ髪に潜らせながら尋ねかえすわたし。 気付けば、毛先が肩口から鎖骨の方までかかってきてるし、そろそろ束ねてもいいかな?とか思い初めてるけど。 「んにゃ?むしろ、ちょっと髪型を変えるだけで結構オトナっぽく見えるもんだと感心してるくらい」 「ありがと。……だったら、未知瑠ちゃんも伸ばしてみる?」 「……余計なお世話だっつーの……ったく、そーいう減らず口はアイツに似てきてるんだから」 「あはは……でも、やっぱりロングまで行っちゃうとさすがに似合わなさそうだから、それまでに戻ってきてくれればいいんだけどね……」 ……まぁもちろん、こんな願掛け程度で奇跡が起こるなんて思ってはいないけど。 * 「……んでさ、帰ったら早速やってみんの?」 「うん……。夏休みに入ったから、これでいつでも試せるしね」 やがて、一緒に並んでうちへ戻る帰り道、未知瑠ちゃんから答えの分かりきっている問いかけを向けられ、歩きながら静かに頷くわたし。 「にゃるほど、ある意味これが理美にとっての一番の夏休みの宿題なワケだ?」 「……ついでに、自由研究のテーマにもできると一石二鳥なんだけどなぁ……」 わたしにとっては、何の前触れも無くやってきた愛奏との無期限の別れ。 今までなら、ただその現実を嘆き哀しんで、それこそ未知瑠ちゃんにメイワクをかけまくる日々だったんだろうけど、しかし実際にそうなりかけた時にふと目に入った、プリネールの残した置き土産がわたしを変えるきっかけとなった。 ……そう、彼女が先日に地下室から見つけたという、召喚術に関する書物。 以前に自分で読んでみろと言われた最終章には、ご先祖様の「悲願」とやらが記されていたけど、実はこの術書に書き残された召喚術とは……。 「しっかし、アンタのご先祖様もワガママなもんよねぇ?役目を終えて帰還した天使のコトが忘れられないからって、無理やり呼び寄せちゃおうだなんてさ」 「……まぁ、それについては末裔のわたしもフォローの余地はまったく無いんだけど……」 記述されていた文字が古い英語だったので、苦労させられながらも辞書を片手に何とか解読したあの書物によると、遥か昔に海外の別の国に住んでいたご先祖様が、魔界から攻め込んできた魔王の軍勢を送り戻す術を開発していた際、ずっと側で身の安全を護り続けてくれた天界からの援軍、つまり天使様に恋焦がれていたものの、結局その想いは伝えることすら叶わず、使命を果たすと同時に呆気なく別れがやってきてしまったらしい。 それでも、どうしても諦めきれなかったご先祖様は、後に発明した魔族を呼び出す召喚術を更に進化させ、魔界のみならず天界にまでその範囲を広げて、人間界から天使を呼び出す為の研究をこっそり始めるようになったんだそうで。 「モト天使として言わせてもらえば、そんなの当たり前のハナシなんだけどね。……まぁ、かくいうアタシも相手は人間じゃないとしても、天使の掟に忠実になりきれなかったクチだけどさ」 「やっぱ、愛奏もそうだったのかな……?」 「さーね……つーか、そうあって欲しいんでしょ?」 「あはは……バレちゃった?」 ともあれ、やがて誰にもヒミツで続いた孤独な研究の果てに、ご先祖様はさる特殊な条件下で天使を召喚する方法を遂に突き止めたものの、しかしその時はすでに二十年以上もの歳月が経過していて、心身ボロボロで老いも隠しきれなくなった今のありさまをとても愛しの君には見せられないと、結局は自らが試すことのなかった代わりに、自分の天命が尽きた後に会得した召喚術師の能力を丸ごと子孫へ受け継がせる転生術の一種を用い、更にここまでの研究成果と消えぬ想いを本に残して、実証を後世へ託すことにした……というのが書き記されていた内容。 ちなみに、それからご先祖様はさる物好きな術師仲間からの求婚を受け入れて、結局は二人の子と五人の孫にも恵まれ、その野望は無事に開始されることになったみたいだけど……。 (そして、奇しくもわたしの代でふたたび機会が巡ってきちゃった、と……) どうして子孫に能力を遺伝させることにしたのかについては理由が二つあるみたいで、まずは資質を得るのが大変な召喚術を、いちいちお勉強し直さなくてもいいようにするため。 ……そして、もう一つの理由というのが、この新しいやり方を試すには、まずは誰か特定の天使と一生忘れることがないくらいの絆を繋がなきゃならないんだけど、そもそも普通は何か有事でもない限り、人間が天使と交流する機会なんてまず無いだろうから、やがて禁断の秘術となりそうな召喚術を、その呼び水としても利用してしまおうという、天界の人達に知られたら激怒されてしまいそうな、実にメイワク極まりない理由だったりして。 (そりゃ、プリネールも失笑してたわけだ……) 結局、そのせいで魔界からも目を付けられて大変な目に遭っちゃったし、ほんとロクでもない先祖がいたものだと呆れてしまいそうだけど、それでも彼女と同じくというか目論見どおりというべきか、出逢った天使を愛してしまったわたしには、もう後に引く道など残されていなかった。 ……それで、わたしは寂しさに暮れる代わりに、未知瑠ちゃんに協力してもらって実際にその召喚術……いや、正確には帰ってしまった天使様を絆のチカラで強制的に呼び戻すという、“召還術”を試してみることにしたんだけど……。 「でも……。いざ、自分から狙ってやるのは難しいもんだね……?」 「そらそーだ。人間が異次元転送術を扱おうなんざ、本来は一生モンの無謀な挑戦よ?」 ただ、それでもご先祖様の遺産に記されていた通りの複雑極まりない陣を少しずつでも描いて、更にそこへプリネールがいつか言っていた、この世界に充満している六種の“魔力”を未知瑠ちゃんに頼んで注ぎ込んでもらえば、あとは召還者であるわたしがその傍らで呼び出したい相手を強く思い浮かべつつ念じるコトで「引力」が発生するらしいんだけど、夏休みに入る前からちょくちょく地下室で儀式を試しているものの、いまだ目ぼしい反応はなし。 ……しかも、どうやら相手が大物ほど呼び出すのに強い引力が必要で、愛奏が天使としては頂点に近い存在(とてもそうは見えないけど)なのも、難易度を高めてる要因なんだそう。 「でも、こんな調子でホントに出てくるのかなぁ……?」 「……ま、そうして欲しくて必要なモノを残してるんだから、いつかは何とかなるでしょーよ。アタシが監修してチカラを注いであげた陣も間違いはないハズだしさ」 「ごめんね、わたしのワガママに付き合わせっぱなしで……」 ちなみに、未知瑠ちゃんの方も最初は任務不履行の罪を問われかけたらしいけど、結局は魔界に戻ったプリネールが、今後わたしに一切手を出すなというおふれを真っ先に出してくれたお陰で、お咎めは一切無しで元の役目に戻れたとのこと。 「いーっていーって、確かにアタシもちょっと面白そうだと思ったしさ。……まーただ、うちの上層部が期待するやり方じゃなかったんで、手柄にはなりそうもないけど」 「……ありがと。わたしも期待に応えられるように、根気強くガンバってみるから」 ちなみに、未知瑠ちゃんに教えてもらったちょっと意外な話によれば、今までわたしに呼び出された相手にはプリネールも含めてある傾向が見えていて、他の世界に興味があったとか、今の環境から抜け出したいとか、密かにそんな願望を持っていた者が多いんだとか。 ……つまり、もしそれが引き寄せられやすさに関係しているなら、わたしの召還になかなか反応がないのは、天使様としてのランクだけでなく、愛奏自身がこちらへ戻ってくるのを望んでいないのか、もしくは諦めているからという可能性も考えられるみたいだけど……。 「ん〜……でもさー、アタシ最後に思いっきりコクっちゃったし、ホントに成功したらしたで、ちょっとばかり気まずいカンジなんだけど……」 「あはは、それはたしかに……」 でも、こうして協力してくれてるってことは、未知瑠ちゃんだって本音はまた愛奏と会いたいんだと思う。 「ま、精々ガンバってちょーだい。アタシも毎日は無理でも、ちょくちょく顔を出すからさ」 「うん。ついでにごはんでも食べてってよ」 「そりゃ、楽しみだわ。あれから、どんどんウデ上がってるもんね?」 「ふふ……。この前から先生を呼んでちょっと本格的にやってるから……」 ここ最近は誰かに食べさせる機会が増えて、何だか料理が楽しくなってるのもあるけど、何よりも今のわたしには”その時”に驚いた顔を見せてやりたい相手がいるんだし。 (だから悪いけど愛奏……。わたし絶対に諦めないからね……!) これは、めぐり巡ってきたわたしの戦い。 もう、ただ待っているだけの悲劇のヒロインを気取るのはやめたし、やっぱりあなたの代わりなんて誰もいないのも、この二ヶ月で実感させられてしまったんだから。 * 「……ぶぇっくしょいっ!」 「ちょっと、いきなり飛ばさないでちょうだい……!」 独房での面会中、いきなり何の前触れもなく特大のくしゃみを飛ばしたあたしに、対面に座るマリエッタ姉は慌てて身をよじらせる。 「おお、すまんね……。なんか急にやってきてさ……ずびっ」 それから、自分でもちょっと驚いた突然のもよおしに、鼻を指で擦りながら頭を捻るあたし。 「ふーん……。誰かが噂でもしたのかしら?」 「ま、心当たりはいくらでもあるけどさー。……もしくは、ここへ閉じ込められてから随分と弛んじゃったから、風邪でも引いたカナ?」 さる決意を胸に秘めつつ、理美ちゃんと別れた翌日に帰還したあたしは、さっそく任務終了の申し入れとミッションの破棄を嘆願すべく、上層部へ乗り込んで決死の脅……もとい説得を行なった結果、当面の作戦中断と再検討の約束を取り付けた代わりに、今いる独房へと幽閉される羽目になってしまっていたりして。 当然、それは覚悟の上だったし、思ってたより独房の居住環境も悪くなくて、また根掘り葉掘りに事情聴取を受けたり、コト細かな報告書を作らされるのも、理美ちゃんを守る為と思えば苦には感じなかったけど、ただ殆ど外へは出られずに、ずっと籠の中の鳥状態なのは身体が鈍って仕方がなかった。 「……それはないわね。あなたはそんなタマじゃないもの」 しかし、そんなあたしに参謀長サマは肩を竦めながら冷たくあしらってくる。 「微妙に引っかかる言い方だなぁ……」 「だって、あなたが出向いていた国の諺だと、お馬鹿なコは風邪引かないんでしょう?」 「ひでぇ……。あたしゃこれでも……」 「……いや、もう七大天使じゃないんだっけ?」 まぁ確かに、あたしは今まで積み上げてきたモノを自ら放り投げちゃったも同然なんだから、マリエッタ姉や他の天使から見たら、バカ以外の何者でもないんだろうけど。 「そのコトなんだけど、ようやくあなたに裁定が下ったわ」 ともあれ、もはやラミエルの名も他人事と投げやりに呟くあたしへ、居住まいを正して神妙な顔で切り出してくるマリエッタ姉。 「ほいほい、よーやくきましたか……。随分と時間かかったよね?」 どうやら、今日やってきた本題はそれみたいだけど。 「……だって、今回のあなたの行為が“主”への反逆罪にあたるのかどうか、相当な議論が交わされていたんだもの。勿論、クロという判断なら改めて天使裁判にかけられ、極刑が言い渡される所だけど……」 「そーなれば、あたしもいよいよ堕天使に、か……」 まさか、またみちると同僚になるかもしれないとか、腐れ縁もいい加減に成熟し過ぎかもしれない。 ……ただ、最近に魔界で決着が付いたらしい、次期魔王争いの勝者と知らない仲でもないから、幾分は気軽に堕ちられそうだけど。 「…………」 いや、むしろ今のあたしにとっては……。 「……軽々しく言わないで頂戴。というか、結論から言えば収まるところに収まっちゃった感じかしら」 しかし、そこであっさりと諦めを呟くあたしに、参謀長サマは咎める様に否定してくる。 「ん?どーいうコトよ?」 「まず、あなたの罪への容疑は命令拒否及び、既に決定した作戦を覆す異議申し立てを行ったこと。……しかも、クーデターまがいのやり方でね?」 「はっはっはー、もうそのくらいしか思いつかなかったんでさー。でも結構スッキリしたよ?」 まぁ、作戦司令部に乗り込んで、聞き入れてくれなきゃ暴れてやるってのは、確かに我ながらスマートじゃなかったかもしれないとしても、こちらのカクゴはしっかり伝わったんで、後悔はナッシングだった。 「……だから、お馬鹿だって言ってるの。ただ、天使軍の支配下にある一般天使ならば絶対に許されない行為だったんだけど、あなたは“主”の直属である七大天使の一角。そう簡単に『じゃあ、天使の翼を剥奪してしまえ』とはいかなくてね?」 「げ、まさか、目をツブろうって方向に……?」 それは、完全に想定外だったけど。 「なにが、『げ?』なのよ……。とにかく、命令拒否した貴女の方が私よりも天使としての階級がずっと上だったのと、元々発令した立案自体が際どいものだったので、評議員達の意見がすっかりと割れちゃって……」 そしてそう続けると、何やら疲れたように溜息を吐くマリエッタ姉。 「あらま……」 もしや、矛先がそっちへ行って、とばっちりになっちまいましたか? 「……まぁ、雨宿理美の祖先が天使を召喚する研究までしていた痕跡が出てきたのとほぼ同時期に、魔軍が彼女の身柄の確保に動いたと聞いて、私達も思わず浮き足立ってしまったのは否めないんだけど……」 「まさか理美ちゃんのご先祖様が、天界の転送技術まで解析してやしないかって?」 「ええ、しかもその研究結果を遺産として残していて、もし魔族の手に渡ったら……と思うと、有史以来の出来事になりかねないもの」 「……んで、その後の調査結果は?……というか、あたしが戻ってきてから、理美ちゃんの周囲に動きはあったの?そろそろ教えてよ」 それから、理美ちゃんの名前が参謀長サマの口から出たところで、自分の処遇なんかよりも一番気にしていたコトを尋ねるあたし。 魔界の動向とかその他の天界ニュースは入ってきていたのに、自分が関わった件だけは今日までずっと教えてもらえてなかったワケで、それもここでの生活の大きな不満だった。 「別に心配しなくたって、あれから召喚事例が全く発生していないわけじゃないとしても、実に静かなものよ?貴女の昔の仲間だった堕天使が彼女とよく一緒に行動しているみたいだけど、特に危害を加えたり、こちらが危惧しなきゃならない様な動きの形跡も見受けられないし」 「みちるか……」 何だかんだであたしに代わって、理美ちゃんを護ってくれているのだろうか。 もしくは、結局最後に受け流しちゃった、あたしへのあてつけのつもりとか……。 「それで、魔界が得たがっている人間界から天界へ通じる道へのカギを彼女の祖先が握っていたんじゃないかという案件についても、貴女が帰還した後からゲート利用を大幅に制限して様子を観察していた結果、その可能性は極めて低いという判断になりそうよ。一応、外部からほんの小さな歪みが出る程度の干渉は時々受けているけど、到底脅威と呼べるものじゃないわ」 そして、「希代の天才と言えど、何重にも張り巡らされたプロテクトの壁はさすがに破れず、おそらく志半ばのまま頓挫したんでしょうね」と結論付けるマリエッタ姉。 「そら、朗報だわ」 あたしにとっちゃ、ちょいと微妙なトコロだけど。 「……それと、次期魔王の即位が決まったプリネール・F・バランタイン姫から、先日に貴方の相方経由で親書が届いてね。それには自ら過ごした雨宿理美との生活の中で、天界が危惧するべきモノは見当たらなかったという報告と、なにより彼女は異能者であろうが、あくまで平穏な暮らしを望む現地民であるから、古に交わした協定に基づき、互いに手を出すべきではないと書かれていたの」 「あの、お姫サマも……」 それは心強い心配りだけど……なーんか、美味しいトコロを持っていかれた気もしたりして。 「そんなわけで、ただでさえ評議会が荒れていた上に、あちらの方が手を引くと表明したならばと、プリネール姫の力添えがちょうどいい着地点になって、こちらも彼女に関する全てのミッションが取り下げられる事に正式決定したわ。既に、合意書も返送済み」 「そっか……。とにかく良かったよ、ありがとね?」 どうやら、これでひと安心できそうではあるんだけど……。 「私は、別に感謝されることなんてしていないわ。とにかく、貴女は結果オーライのお咎めなしで、護りたかった大切なコの安全も保たれて、正に大勝利ってワケ。……よかったわね?」 「うん……」 ちょっと最後の部分に含みは感じるけど、まぁ確かに良かったのは間違いない。 「…………」 (う〜〜っ……) ……けど、ナンだろう?さっきから感じてる、このモヤモヤとした気持ちは。 「んじゃさ、あたしもじきにここから出られんの?」 「ええ、手続きが終わり次第ね。……ただし、もう当分は天界から出られないと思って貰わないと」 「……うげ……」 そして、何だか素直に喜べない気持ちが芽生えてきたところで、参謀長サマからのトドメの一撃があたしに突き刺さった。 「当たり前でしょう?これでミッションはひとまず終了して、貴女も円満とは言わないけど任務を達成して役目を解かれたんだから、本来いるべき場所へ戻らないと」 「まぁ、そうなんだけどさぁ……」 これだから、いっそ有罪になった方が良かったかもしれないのに……。 本来いるべき場所と言われても、今のあたしにとってのそれは、“主”の眠るエデンの塔じゃなくて、理美ちゃんの側。 ……ただもし、それを今ここで言っちゃえば、今度こそ天界から追放されるだろうけど……。 「……それと、釘を刺しておくけど、守護天使に志願する為に七大天使を降りたいというのも勿論却下よ?お願いだから、私の為にも当分は大人しくしていて頂戴……」 「へぇい……」 しかし、それからマリエッタ姉に縋るような目を向けられ、渋々ながらも頷くあたし。 みちるみたいな自分に正直な生き方に憧れたとはいえ、さすがに付き合いの長い姉貴分まであたしの巻き添えで参謀長の地位を失わせてしまうワケにはいかないってもんで。 「…………」 となれば、あとの逃げ道は不可抗力だけってコトになるんだけど……。 (……いっそ、奇跡でも何かの間違いでもいいから、このあたしも理美ちゃんに召喚されたりしないかなぁ……) なーんて……。 「…………」 「……って、んお……っ?!」 ……と、そこで理美ちゃんの顔が脳裏に大きく浮かんだ時、突如あたしの足元から六芒陣の形を成した、まばゆい黄金色の光が湧き上がってきた。 「な……っ?!なんじゃこれぇ……っっ」 「ちょっ、まさか……!」 しかも、その暖かい光はあたしを溶かすようにして飲み込むと、次第に自分自身もその一部となった様な感覚に陥り……。 「…………」 「…………」 「…………!」 「…………っ」 ……やがて、光が収束した時、あたしはまったく別の場所に立たされていた。 「……えっと……」 そこは、まったく見覚えの無い、薄暗くもひんやりとした空気の充満する広間の中だったものの、ただ何が起こったのかをハッキリと示す存在が、あたしの目の前で驚いた顔を浮かべている。 「……さとみ……ちゃ……?」 どうやら、あれから髪を伸ばし始めたみたいで、新しく加わったサイドテールに新鮮な可愛らしさを感じつつ、見間違うハズのない懐かしい顔に、目を見開いて指差しながら、思わずその名を呟くあたし。 「……おかえり、愛奏……」 すると、目の前の驚いた顔はすぐに優しい笑みへと緩み、あたしの召喚者はこちらへ手を差し伸べながら、静かにおかえりを告げてきた。 「……た、ただい……ま……?」 一方で、あたしの方は再会の喜び以前に、夢を見てる様な現実が受け止めきれなくて呆然とさせられてしまってるけど……。 「あはは……。期末試験も終わってどうしても約束を叶えてほしかったから……呼び出しちゃった♪」 「マジ……ですか……」 それから、こちらも一歩踏み出して差し出された手を取り、ずっと求めていた理美ちゃんの久々のぬくもりと実感が浸透していくと共に、あたしの中で確固たる使命感が芽生えようとしていた。 「……あのね、実はここわたしの家だから、一緒に上がってお昼ごはん食べよ?」 「それも、あの夜以来の約束……だったっけ?」 おそらく、今頃のあちら(天界)は昼メシどころじゃない大騒ぎになってるだろうけど……。 「うんっ。……それに、自慢じゃないけどあれから結構上達してるんだよ?最近は晴実にも褒められてるくらい」 「……そりゃ、楽しみだわ。お腹も空いてきてるし」 どうやら、この案件はやっぱりこのあたしが最後までセキニン取るしかないんだろうな……って。 おわり 戻る |