新米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その9
終章 ひとつの花
友人にせよ、家族にせよ、恋人にせよ、どんなに親しい間柄だろうが、相手の心を把握するのは極めて難しいものだ。 わたしがまだ心恋を掴みきれていないのは当然として(もちろんその逆も)、あのルミナさんでさえも、常に一緒に過ごしてきた最愛の妹、ココレットさんと以心伝心のカンケイだったつもりなのに、彼女が今わの際に見せた恨めしくも悲しげな表情が脳裏に深く刻み込まれ、それが消えることのない自責や後悔となって贖罪の如く抱え込む羽目となってしまったのだから。 「……へぇ、このノートに書かれていたのが転生の秘術だったんですか……」 「ええ、当書庫に残っていた古文書をルミナお嬢様が引っ張り出し、封魔剣にエンチャントさせる“魔法”に必要なエレメントの配合を一晩かけて演算なされたメモ書きです。エレメントのパワーバランスは極めてデリケートなので、過不足の無い完璧な計算が求められるんですよ〜」 「は〜っ、それをたった一晩で?」 「そうですよ?何せ、ルミナお嬢様は幼い頃より独学で魔法を開発してはお父上を驚かせていた天才魔法少女でしたので」 「天才魔法少女……」 まさか、ここに来てそんなパワーワードを聞くとは思わなかったけれど。 「とまぁ、その天才さゆえに、今度はどんな武器にでもエンチャントさせて、バランタイン家の魂を引き継いだものなら誰でも発動させられる様に改良されてたんですよねぇ……」 そして、「まぁ平たく言えば今度は心恋様に使える様に仕組んだ、というイミですが」と補足するフローディアさん。 「なるほど……そして“これ”、ですか……」 ……ともあれ、明け方まで続いた玉座の間での決闘から一日が経ち、書庫に保存されていたルミナさんのノートを何となくもう一度見ておきたくなったわたしが閲覧ブースへ入ると、他のメイドさん達と一緒に自分の翼を有効活用しつつ(下着は丸見えだったけれど)整理をしていたフローディアさんが近寄ってきて手伝いを申し出てくれたのでお願いすることにして、早速引っ張り出した目当てのノート二冊のうち、まずは殆ど意味不明だった数式の解説をしてもらった後で、件の『ルミナとココレット、ここに恒久の絆と愛を誓う』と血判と共に書き残されたもう一冊のノートのページも併せて広げつつ、二人で答え合わせを始めていた。 「それで、ルミナさんが決行したのは魔法を完成させたすぐ後だったんですか?」 「とにかく、残された時間も少なかったもので……。大きな懸案だったのは受け入れ先としてルミナお嬢様が頑なに希望された人間界での協力者の一つである湊家のご了承だったんですが、まぁこういう言い方も心苦しいんですけど、こちらのご夫妻が長年お子様に恵まれていなかったのが幸いしました」 「……そして、エンチャントをかけた封魔剣で現世の肉体を“終わらせる”コトで秘術は発動され、ココレット様はあちらの世界での一年後に湊家の長女として新たな生を受けたという流れになりますねぇ」 (幸い、ね……) つまり、これは遺書のようなものだったということか。 ……ただし、ココレットさんは同じく大好きな姉への愛の痕跡をここに残しつつも、ルミナさんの決断は素直に受け入れられなかったみたいだけど。 「……あの、本当にこうするしかなかったんでしょうかね……?」 「少なくとも、ココレットお嬢様のご命運はあと幾日も残されていない状態でした。……何せ、あの時にお嬢様がたが患っておられた高熱を伴う流行病の治療薬に混入されていたのは、魔王家に門外不出の暗殺用として伝わってきた、肉体を滅ぼし魂にも呪いをかける劇毒でしたので」 そこで、禁断の質問なのは自覚しつつ、逆にこの人だからこそ聞けそうな疑問を思い切ってぶつけてみると、当時を知るメイド長はかぶりを振りつつ状況を説明してくれた。 「あー、毒を盛られたとは聞いてましたけど、病気の治療薬に混ぜられてたんですか……でも、お嬢様がたってことは二人とも?」 「ええ。最初に感染されたのはルミナお嬢様の方だったんですが、まぁあれだけ寝食お風呂も共にされていた仲睦まじいお二人でしたので、ココレットお嬢様に伝染するのも自然の流れだったといいますか……」 「……ああ……」 そこで、件の心恋が見たというココレットさんの寝室での残留思念が頭に浮かび、少し熱を帯びてしまうわたし。 「それで、ココレットお嬢様も後を追う様に体調を崩され始めましたので、まずは症状の重かったルミナお嬢様向けに処方された薬を、貴女から先に飲めと強く勧めたところ……」 「結果的には身代わりになってしまったわけですか……うーん……」 「その時、既に家督争いは始まっていまして、わたしはお城のメイド長として一度にお越しになられたお兄様方への対応に追われてその場には居合わせていなかったのですよ。まさか長年お嬢様がたを診てきた主治医が裏切るなんて、不覚というほかありません」 「……えっと、解毒する方法はなかったんですか?」 「全く無かった、とまでは言いませんけど、複合効果の解毒は複雑で慎重な手順を必要とする極めて難しい治療でして、三人のお兄様方の包囲網の中では不可能に近かったかと。そもそも、“敵”からしてみればココレットお嬢様はルミナお嬢様の一番の弱点ですので……」 「それで、治癒を諦めてココレットさんの魂と蝕まれた肉体を切り離そうと」 「……ええ。ただし、ココレットお嬢様の方はいよいよとなった折に、やっぱり最期の瞬間までルミナお嬢様と添い遂げたいと抵抗なされまして……」 「……なるほど……」 いや、これだけのお話を聞いて「なるほど」の一言で済ませるなんて不誠実とは思うけれど、思うところが多過ぎて上手く言葉に出来なかった。 「無論、ルミナお嬢様にも迷いが全く無かった道理などありません。……現に、ココレットお嬢様を自らの手で“送り出された”後は、気丈に振舞われつつも血の様に紅い涙を流されていましたから」 「…………」 かくして、妹想いの心優しき魔法少女は魔王となりき……か。 「ただ、それから間もなく家督争いを片付けられて次代の魔王を襲名され、一年後にココレット様の転生も成功し湊家の嫡子として新たな生を受けたとの報告を受けた後は、お嬢様の憑き物も落ちたご様子で平穏さも戻ってきていたのですが、まさか秘密裏にあの様な企てをなされていたとは……」 「そりゃ、恨みなんてそうそう消えるものじゃありませんし」 ましてや、ルミナさんにとってはもう済んだ話だからで片づけられる相手じゃない。 「ですよねぇ……。今はこの魔界で新しい生き甲斐を見つけたわたしでさえ、いまだ天界の話が出ると暗い感情がもたげてしまいますから……というのはともかくとして、今年に入って二人で折り入っての話があると言われ、天界との協定を破る危険を冒してまでココレット……いえ湊心恋様をレザムルース城へお招きしたいから準備しておくようにと無理難題を申された時に気付いておくべきだったのかもしれませんが……」 「ただ、その時は心恋様が生前のココレットお嬢様に近いお年頃にまで成長なされたので、直接ひと目ご覧になりたくなったんだろうなと普通にお察ししましたし、それに新しい春を迎えて“いい方”も出来たらしいとの報告を受けた後で急に計画を実行すると言い出された時は、久々に姉の一面が呼び覚まされたのかなとも思ってました」 「まぁ、何だかんだでそれも本音だったんじゃないですかね?わたしが御眼鏡に適ったかは分かりませんけど」 ……結局、ルミナさんが魔王となった後も毎日のようにこの城へ帰宅しているのも、あの時に本当はどうしてあげるべきだったのかの答えを求める為でもあったみたいだけど、最愛の人とのいわば一番思い出したくもないはずの記憶を蒸し返しつつ終わらない自問自答を繰り返すうちに、いつしか疲れてきてしまっていたみたいだし。 「…………」 だから……。 「……そういえば、十花さんはどうして一緒に魔王宮(パンデモニウム)へ行かれなかったんですか?」 「まぁ、自分は自分でやっておきたいコトがありましたし、それに……」 それから、会話が一旦途切れてしまったところで今度はフローディアさんから水を向けられ、ノートを閉じつつ素っ気なく答えるわたし。 昨日、朝帰りで客間に戻るや夕方近くまで夢も見ないくらいに二人揃って眠り込んだ後で、訪れて来たルミナさんの使いのメイドさんから夕食に招かれ、その時に心恋がダメモトで魔王宮を一度見てみたいと言い出すと、まさかの少しだけなら案内してあげると了承されて、一応わたしも一緒にと言っては貰えたものの思うところがあって辞退したので、今は二人で宮殿を巡っているはずである。 というか、わたしも決して興味が無いわけじゃなかったんだけど……。 「それに?」 「……いや、帰る前に一度くらいは二人きりにしてあげたいなと思ってたんで」 せめて、心恋が元気で楽しくやっている姿を見るのがルミナさんにとって救いになるのかどうかは分からないとしても、血の繋がりはもう断たれたとはいえ、何となく姉妹水入らずの時間を作ってあげたい気分になっていた。 「なるほど……。まぁ、そうですねぇ……」 「…………」 一応、二人で一体どんな会話をしているのか気にならないこともないし、あとで心恋から聞いてもいいんだけど、あまり立ち入っていいものかどうか。 「……ちなみに、もし興味がおありでしたら、少し覗いてみます?」 すると、そこから自然に黙り込んでしまったこちらの心情でも読み取ったのか、フローディアさんは急に悪戯っぽい笑みを浮かべて水を向けてきたかと思うと……。 「へ?」 「まぁこれでも、魔王宮(パンデモニウム)の警備責任者ですので♪」 きょとんとしたわたしへ向けて片目を閉じてパチンと指を鳴らせるや、座っている周囲や書庫の中空へ無数のスクリーンが浮かび上がってきた。 「こ、これって……?」 それぞれの画面には宮殿内部と思われる廊下や広間、ロビーなど様々な風景が映っていて、わたし達の世界で言う監視カメラの何やら凄いやつといったところだろうか。 「元々は、さる天使が天界や人間界を見渡す為に使っているモノなんですけど、魔王宮にはわたしだけが取り扱える秘密の“眼”を幾つも張り巡らせていまして……お、今はちょうど上層にある陛下専用のガーデンにいらっしゃるたみたいですね〜……よっと」 そして、きょろきょろと眺め回しているうちに警備責任者さんはすぐに目当てを見つけたらしく、該当する画面をわたしが座る机の上へと持ってきて、更に見易い様にスクリーンも拡げてくれた。 ……と、なんだかここへきて一気に文明が追い越されてしまった感もあるものの……。 「……一応訊ねておきますけど、対象は魔王の宮殿の中だけなんですよね?」 「え、えっと、もちろんそうですよぉ〜。誰かさんと違って扱える眼の数にも限度がありますし……って、それよりほらほら、なにやらイイ感じの雰囲気になってますよ〜?」 まずは少しばかり疑惑が芽生えてチラ見で確認するわたしに、このお城の管理人でもあるフローディアさんは少し口ごもりつつ払拭した後で、改めて画面の方へ促してくる。 「……あ、ホントだ……」 その挙動は少しばかり怪しかったものの、まぁもうすぐ帰る身だし話も進まないのでそれ以上は何も言わずに画面へ視線を移すと、フローディアさんの言葉通り、色とりどりで豊富な種類の美しい花々が辺り一面に広がっている幻想的な風景の中心に、ココレットさんが特にお気に入りだったという、ウェディングっぽい清楚可憐な純白プリンセスドレスを着込んだ心恋と、おそらく初めて遭遇した時と同じ魔王宮での正装姿のルミナさんが手を繋いで歩きながら楽しそうに語り合っている姿が映っていた。 「…………」 まるでそれは絵画でも見ている様な光景だけど、一体どんな話をしているんだろう? 「んじゃ特別に、音声も拾ってみましょうかね〜?ぽちっとな♪」 そして、またもわたしの心を読んだようにフローディアさんがそう言って実体の無い画面の隅っこを指先で軽く二度タッチすると、続けて心恋たちの声が聞こえてくる。 「ほわぁ、まるで夢の中にいるみたいだよ〜……十花も来ればよかったのに」 「……そうね、此処は魔王とよほど近しい者以外は足を踏み入れることの出来ない場所だから、最初で最後の機会を逃したことになるかも」 (う……) そんなコト言われると、やっぱり同行しなかったのを後悔させられそうなんですが。 「いや、あの秘密のガーデンはほんっと壮観なんですよぉ?魔界全土から集められた数千種の花々が最高の庭師たちの手作業で植え飾られていて、こうやって画面越しに眺めるのと直接あの空間へ立って見渡す光景はまるで別物というか、一度見たら一生忘れられなくなるコトうけ合いなんです♪」 「……だから、アナタも追い討ちかけないでくださいよ……」 ホント、察しがいい癖に空気は読めない元天使サマなんだから……というのはともかくとして、さっきから何やら不思議と既視感も受けている様な……? 「……あれ、このお花畑ってもしかしてあの宝物展示室に飾られていた水彩画の……?」 「お、流石は鋭いですね〜?ええ、そうですよ。あの絵はココレットお嬢様が十歳になられた記念に先代陛下が魔王専用のガーデンにご子息を集められて描かせたものです」 「へぇ……」 それは微笑ましい話のようで、今となっては微妙な気分にもなってしまうけれど……。 「……でもさ、そんな場所にあたしなんかが入っちゃってるけど、いいの?」 「勿論、この私の意向なのだからいい。……というかむしろ、貴女には帰る前に連れて来ておきたいと思った場所だし」 ともあれ、おそらくそれには気付いていないと思われる心恋がきょろきょろと忙しなく見回しながら無邪気に尋ねると、魔王ルミナさんはすぐ手前の白い百合っぽい花びらに触れつつ素っ気なく頷いた後で、独りごとの様に言葉を続けた。 「え、どうして?」 「……理由は一つじゃないけれど、そうね……結果的に城の中へ閉じ込めっぱなしだったから、というのもあるかしら?」 「あはは、せっかく普段と違う面白そうな世界へ来たんだし、ホントはもっと色んな場所を見て回りたかったんだけど……でも、だから最後にここへ案内してくれたんだ?ありがとね♪」 「……どういたしまして」 そうして、他に誰もいない水入らずの中で仲睦まじく自然な笑みを浮かべ合う二人は、わたしの目にも本当の姉妹の様に映っていた。 「…………」 「へ〜、このお花きれい……。バラかと思ったけど、近くで見るとちょっと違う感じだね?」 「……それは辺境の一部でしか自生していない貴重な変異種で、私もお気に入り」 その後、繋いだ手を一旦離した心恋が小躍りしつつ花々で埋め尽くされた庭を眺めてゆくうち、紫の綺麗なグラデーションがかった薔薇っぽい花が植えられている場所の前で足を止めてしゃがみ込むと、ルミナさんも隣へ腰を下ろし、お目が高いわねとばかりに解説を入れる。 「へー、やっぱりレアな花なんだ?……なんか十花にも似合いそうだし、お土産に一輪持って帰ってあげたら喜ぶかな……」 「気に入ったのなら、一輪と言わずブーケでも作らせて持ち帰ってもいいけれど……」 「えへへ、やめとく。どうせ、ここにあるお花はあたし達の世界じゃ育たないんでしょ?」 「ええ。……やっぱり聡明ね、貴女は」 そして、そんな貴重なお花を持ち帰っていいと言われ、迷う様子もなく苦笑い交じりに辞退する心恋を見てルミナさんは両目を閉じて褒めつつも、少しばかり名残惜しそうでもあった。 「…………」 「……さて、ざっとこんな感じですけど、まだご覧になります?」 「いえ、もう充分かな……あとは、心恋が帰ってきた時にでも聞いてみます」 やがて、二人のやり取りがひと区切りをむかえた頃合でフローディアさんから尋ねられ、わたしは首を小さく横に振って断った。 覗きをしている後ろめたさもあるけれど、どうやら心配はいらないみたいである。 「かしこまりました〜。あ、でもこのコトはナイショですからね?」 「そこはわたしも同罪ですから、分かってますって。……でもまぁ、何だかんだでこれで良かったんじゃないですかね」 それから、フローディアさんがもう一度指を鳴らせてスクリーンを引っ込めた後で、独り言のように呟くわたし。 「え、なにがですか?」 「なんていうか、色々と全部?……ですかね。わたし達がこのお城へ呼ばれたのも、こういう結末を迎えたコトも、そしてこうやって二人きりの時間を作ってあげたのも含めて、かな」 おそらく、ルミナさんにとっては想定外ばかりとなってしまったろうけれど。 「あはは、そう言っていただけるとわたくしめも幸いですよ〜♪」 「……まぁ、アナタに言われてもねぇというのはありますが」 「むぅ、相変わらず皆さんわたしには辛辣なんですから……」 「だって、それだけのコトはしてきてますし……」 利害は一致したので協力したけれど、腹黒イメージは否めないというか。 (ほんと、わたしなんて流されるがままに結果オーライって感じだし……) 「…………」 そうして、少しばかりフクザツな思いを胸にわたしは机に肘をついたまま、昨夜の決着が付いた後のコトを思い浮かべ始めた。 * 「…………っっ」 「…………っ」 「…………」 「……あ、あれ、生きてる……?何がどうなったの……?」 「え、えっと、押しつぶされそうなチカラ同士が正面衝突して大爆発したんだけど、なんか助かったって感じ……?」 (そゆこと。あたしの加護がなければ、アナタたち跡形もなく消し飛んでたわよ?) ルミナさんの放ってきた魔力の塊を互いの剣を合わせて発生させた盾で防いでいるうちに起きた、目が眩むほどの閃光と、確かに一瞬で「あ、死んだこれ」と思わせられるほどの激しい衝撃で半壊した謁見の間が埃に包まれ、視界不良の中でまさかの無傷だったわたし達が顔を見合わせて何が起きたのか言い合う中で、脳内に魔剣からの声が届く。 言われてみれば、わたし達の周囲に半透明のバリアみたいなものが張られていて、どうやらこれで護ってもらえたっぽいけれど……。 「……怖いコトさらっと言ってくれるなぁ……それで、ルミナさんは?」 (一度、きっちり決着つけなきゃならないから対象外にしたけど、まぁ魔王だから大丈夫でしょ) 「それ根拠になってるの?……って、あ……いた……」 「…………」 ともあれ、視界もはっきりしてきたところで対峙していた魔王の姿を探すと、前方の少し離れた先に痛ましい姿となっていたルミナさんが膝を付いて静かに蹲っていた。 魔王に相応しい禍々しくも美しかった漆黒のドレスはボロボロに破れ、露出した肌は痛々しく傷だらけになっていて、心恋と分け合ったお稽古用の剣は何処かへ吹き飛んでしまったみたいである。 ……ただ一応、魔剣の言葉通り命に別状はなさそうだけど。 「あの、大丈夫……ですか?」 「…………」 「……まさか、封魔剣にまで裏切られこんなコトになってしまうなんて……。所詮、私は孤独にしか愛されない身……なの?」 「いや、逆ですってば……誰もアナタを死なせたくなかったからみんなで止めたんですよ?フローディアさんもわたしも、チカラを貸してくれた家宝に宿っている魂もね」 それから、恐る恐る声をかけると少しの無反応な間の後で、視線を落としたまま寂しそうに呟いた魔王ルミナさんに対して、敢えて突き放すようにフォローしてやるわたし。 「どうして……」 「理由はそれぞれだと思いますけど……でも、“今の”ルミナさんが好きって人も多いってことなんじゃないですか?」 「好き?……都合がいいの間違いじゃないの?」 「まぁ、そこは各々の感情だから知りませんけど、わたしとしても貴女をあのまま心恋に討たせたくはなかったので」 「……そだね。あたしも十花を取られそうになって頭に血は上ったけど、正直言えば途中からつらかったんだよねぇ……」 「余計な心配をする必要は無かったのに。私の企みが成就したところで、アナタ達には何も……」 「そんなコトはフローディアさんから聞いてましたよ。聞いた上で、身勝手には身勝手でお返ししたんです」 そして、改めてこちらの目的を聞いたルミナさんが恨めしそうに言葉を返そうとしてきたのを遮り、わたしは相手のお株を奪う様な素っ気ない口ぶりで告げてやった。 「……身勝手?」 「ええ、忘れたくなかったので。貴女のことも、心恋と一緒にこのお城で過ごした思い出も」 結局、それがわたしをこの戦いに飛び込ませた最大の理由。 「何だかんだで結構楽しかったよね?……それに、十花とも絆を深められた気もするし」 「…………」 「…………」 「……そう。光栄ね、とでも言うべきなのかしら?」 すると、わたし達の本音を受け止めたルミナさんは、また少しだけ間を置いた後でようやく埃を払いながら立ち上がり、拗ねた様に肩を竦めてしまう。 「えっと……」 「まぁいい……。この私が不覚を取った事実は受け止め、貴女たちの望み通りにしてあげる」 それを見て、次の言葉に詰まったわたしに魔王ルミナさんはようやくいつもの口調に戻って淡々とそう続けた。 「あ、ありがとうございます……!」 「……ただし、今夜のことは内密にしておいて貰えるかしら?もしも公になれば私は失脚させられるかもしれないけれど、その時はその時よね?」 「いやまぁ、それは片腕さんが全力でもみ消すと思いますよ。まだ生きていれば、ですけど」 「……そうね。正直トドメを刺してあげたい気分なんだけど、生憎と剣が何処かへ行ってしまってる」 「あ、あはは……」 * (とまぁ、ルミナさんには踏んだり蹴ったりとなってしまったんだけど……) ただ、だからこそ、心恋と二人きりの時間を作ってあげたいとも思ったわけで。 「……ちなみにですけど、もしもルミナさんの企み通りになっていた時は、やっぱり何処かの協力者家族の養子に?」 「それがですねぇ、実はその際はココレットお嬢様と同じ湊家に生まれ変わりたいとおっしゃってまして……」 「あー、今度は心恋の妹になるつもりだったんだ、あのひと……っていうか、そうなったら歳が離れすぎでしょ」 結局、因果を絶つどころか、最後までココレットさん離れ出来てなかったんじゃないの。 (まぁ、でも……) そんなルミナさんが、前世の記憶が一切残っていないながら、持ち前の好奇心からお友達になろうと心恋から持ちかけられた時の本音は誰に語れるものでもないとしても、おそらく魔王となった後も叶うことの無い願望として抱いていた、最愛の妹(ココレットさん)とあの花園で二人きりで語り合いたいという望みは少し違った形で実現したと思うから、これで少しでも心が晴れてくれればなって。 ……なんて、わたしに言われても癪に障るだけだろうけど、ね。 * 「あれ、先に戻ってたんだ十花?ただいま〜」 「……おかえりなさい、心恋」 やがて、書庫での用事も終えて日も傾きかけた頃、一冊だけ軽めの文庫サイズの小説を借りて客間へ戻ったら誰もいなかったので、ベッドに腰を下ろして半分気が入らない心地でパラパラと斜め読みしているうちに、何やら久々みのあるコイビトが戻って来たのを見て、感情を抑えつつ本を閉じて出迎えるわたし。 「もー、せっかく自由の身になったのに、相変わらず本ばかり読んでるんだから……」 「だって、魔界の作家さんが書いたラノベとか、ちょっと興味惹かれるじゃない?」 しかも、戦乱期にクーデターを起こされて失脚した地方の暴君姫が人間に生まれ変わって高校教師になるという設定のいわゆる異世界転生もので、人間界生活のリアルさがウケてベストセラーになった人気作だそうだけど、いざ自分が読んでみると作者の知識が結構デタラメなのにいきなり噴いてしまったのが、逆に最後まで読んでみたくもなっているんだけど……。 「そう言われれば確かに……んで、面白い?」 「まだ読み始めたばかりけど、まぁまぁかな?……それで、ルミナさん直々に案内してもらった魔王宮観光はどうだった?」 「いやもう、ちょっとやそっとじゃ語り尽くせないってカンジで凄かったよ〜♪」 それでも、今は魔界産ラノベの続きより、たった六時間くらいの間だけ別行動していたコイビトが無性に恋しくなっていたわたしが矛先を変えると、こちらの気も知らない心恋は無邪気に何度も頷いて見せてきた。 「……ま、その話は後でゆっくり聞かせてもらうけど、まずは一緒に夕食の準備しましょうか?」 今日はランチも別々だったワケだし……。 「いやさ、それが今日も夕食にお呼ばれしてるから、八時くらいに食堂へ来てだって」 と、ようやく二人きりで新妻さんに戻ったわたしは今までになく意気揚々と腕まくりだったものの、心恋からは拍子抜けな伝言が返ってくる。 「あ、そうなんだ?……というか、何だかすっかりとお客さん状態よね?」 幸いにもお互い大きな怪我は無かったとはいえ、現役の魔王さんを相手にガチバトルなんて無謀なコトをしてしまったのもあり、念のためにもう少し留まって静養することにしたわたし達だけど、あれから開き直ったかの如く食事に招待してもらったり、時折メイドさんが御用伺いに来たりとか、今日もわたし達がここを空けている間にルームメイクもして貰っているし、急にホテルの宿泊客の様な待遇になっていたりして。 「あはは、夕食にごちそうのおもてなし付きでようやく新婚旅行っぽくなってきてるし、このままもうしばらくのんびりとしていたいんだけど……」 「……残念ながら、明日には帰るってことはもう伝えてるでしょ?」 それから、こちらの返事は分かっていながら敢えて苦笑い交じりに願望を持ちかけた心恋へ、諭すような視線を向けてつれなく言葉を返すわたし。 「だよねぇ……」 なにせ元の世界だと行方不明者のままなのだからいつまでもって訳にはいかないし、ルミナさんにだって色々悪いだろうし、何よりわたし達が元の世界での日常に戻れるか自信なくなってきそうだから。 「まぁ、それでもまだ夜は長いんだから、ご飯をご馳走になった後は二人でゆっくりしましょ?」 「ん……」 すると、相方が名残惜しそうに笑ったのを見て、わたしは精一杯のフォローしつつ両手を広げておいでおいでの構えを見せると、心恋は言葉少なにふらふらと寄ってきては胸元に顔を埋めてきた。 「は〜〜、久々に十花のおっぱいの感触……」 「呼び寄せておいてなんだけど、第一声がそれなのね……別にいいけど……」 しかも、久々ってほど久々でもないはずなのに、つまりは心恋もわたしと同じ心地なんだろうか。 ……まぁ、だったら暫くは好きなようにさせてあげますが。 「……もしかして、なんだかんだで寂しい思いをさせちゃった?」 「ちょっとだけね……」 そして、いつもと違って無抵抗なわたしに、直感だけは妙に鋭いコイビトが顔を上げてイタズラっぽい笑みを浮かべてきたのを見て、自虐気味に笑うわたし。 とりあえず、わたしの方も晩餐会までに不足してきていた心恋分を少しでも補給しておかないと。 「そっかぁ……嬉しいよ、十花♪」 すると、それを聞いたわたしのコイビトは嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、そのまま首を伸ばして軽く口付けしてきた。 「ん……っ、そこで言うならゴメンね、でしょーが……」 「それは、今日は別行動にしようって言い出した十花もおあいこってコトで」 「……。そうね……」 なんだか、これじゃ帰った後が思いやられそうだけど……。 「…………」 「ところでさ、これからご飯をお呼ばれした後はどうする?」 「……まぁお風呂には入るとして、何かやり残してることがあれば聞くけど?」 「ん〜、そだねぇ……ってあ、あったあった!忘れてた!」 ともあれ、それから暫く無言でまったりと抱き合っていた中でふと沈黙を破られ、特にやりたいことが頭に浮かばなかったわたしが逆に尋ねると、心恋も最初は特にノーアイデアっぽく呟いた後で、急に大事なコトを思い出したかの様に上半身を起こしてぽんっと手を叩いた。 「え……?」 * 「……それで、忘れていた大事なやり残しって、これなのね……」 そして、いよいよ新婚旅行を終えて元の世界へ帰る日を迎えた朝早く、わたしはメイドさんの控え室から拝借したモノトーンのエプロンドレスに身を包み、中身を補充した水瓶と新しいグラスを乗せたトレイを手に廊下を静かに移動していた。 「まったく、朝は弱いって言ったのに……」 逆に言えば、それでもこうやって起きられているのが自分でも不思議なんだけど……。 「お……今日もいるんだ……?」 その途中で、窓ごしに気持ちよく晴れ渡った空を見上げると、いつか見た飛竜が今日もお城の上空周りをゆっくりと飛び回っている姿を見かけて、ふと足を止めるわたし。 ちなみに、あの飛竜って別に飼っているわけじゃないものの勝手に居ついていて、見知らぬ侵入者の姿を認識した時は襲い掛かる習性があるんだそうで、ルミナさん達も虫よけになるからと普段は放置しているんだそうだけど、もしかしたらあのコ(?)もこのお城の関係者の誰かの生まれ変わりなのかもしれない。 (まさか、先代の魔王さんとかだったりして……?いやいや……) それより、思い返せばあの飛竜に襲われたのがわたし達にとっての“つり橋”にもなったし、今となっては良い思い出になろうとしているものの、あれからまだそんなに経っていないのに、何だか随分と遠くまで来てしまった気がして感慨に耽ってしまいそうになるけれど……。 「さてと、お仕事お仕事……」 しかし、いつまでも立ち止まってはいられない。 ……なにせ、これから大仕事が待っているのだから。 ガチャッ 「……はいはい、そろそろ起きてくれてますかー、心恋お嬢様?」 ともあれ、程なくして客室まで戻って軽くノックをしつつ部屋に戻ると、広いベッドの上で仰向けの大の字で寝ていたはしたなくも愛らしいご主人様は、返事の代わりにこちらから背を向けて寝返りをうってしまった。 (はいはい、たぬき寝入りですか……) 普段は心恋の方が先に目覚めて「早く起きないとイタズラしちゃうぞ〜?」がおはようの挨拶代わりだったのにと苦笑いしたくはなるものの、でもこれは予想の範疇。 「もう、今日は帰る日なんですからしゃんとしなさ……いえ、しゃんとしてくださいな」 「…………」 ともあれ、まずわたしは手持ちのトレイをテーブルの上へ置き、ベッドの端まで寄った後で上半身を伸ばして優しく背中を揺らせたものの、反応はなし。 (さぁて、どうしてくれようか……) まず真っ先に思いついたのはもっと激しく揺らせるだけど、それじゃ普通過ぎて後から文句言われそうだし、思えばいつも朝が弱いのをいいコトに好き勝手されているのだから……。 (そういうコトなら、覚悟なさいよ……ふふふ) 「…………」 「……っっ?!…………」 ということで、わたしはまずパジャマごしにこちらへ向けたままの背中を指先でなぞってやると、びくんっと一瞬反応しつつもその場を動かず。 (お、頑張るじゃない……んじゃこういうのはどう……?) 「っっっ!……ん……く……ぅ……っっ」 そういう意地っ張りな心恋らしい反応が楽しくなってきたわたしは、今度は両手を使って弱い脇腹をくすぐってやると、さっきより激しく上半身を震わせつつも声は殺して耐えてきた。 (ほーらほら、いつまで耐えられるかしら……?) 「…………っ、…………っっ」 それから、普段は自分の寝起きで言われているセリフを心の中で返しつつ、心恋の奴が音を上げてくるまで背中や腕、首筋など指の届く部分全てを這い回す様にくすぐり続けてやるものの、既にまだ眠っているなんて言い分は通用しない身悶え方をしつつも断固として声を上げてこない。 (はいはい……もう……) と、ここまで頑として起きないところから、心恋お嬢様が何を求めてきているのか理解したわたしは、くすぐるのをやめて優しく背中を引いて仰向けにしてやると、案の定に両目を閉じて唇を少し窄めた顔を浮かべていた。 「……ほら、いい加減に起きないと……」 そして、ハリーハリーと期待に満ちた寝顔で急かされているのはいささかイラっとくるものの、考えたらまだ一度もこちらからしてあげたコトは無かった気がするので丁度いい機会かもしれない。 (ま、そーいう仲なんだしね……) そもそも、ちょっと癪に触るだけで抵抗感は無いのだから……というか、むしろぷっくりとした柔らかそうな唇を見ていると、何だかムラっときてしまったりもして……。 (……心恋もわたしにする時はこんな感じなのかな……?) ともあれ、わたしはまず右手で心恋の前髪に指を通して軽く上げてやると、初めてのキスでもないのに胸を高鳴らせつつ静かに唇を重ね合わせた。 「…………っ」 それは、心恋からされた時とは別物の感覚で、それに自分の中で何か吹っ切れたような……。 「…………っ?!」 しかし、そんな覚醒感を覚えたのも束の間、急にわたしの背中が抱きしめられたかと思うと、そのまま強引に横へ転がってきたご主人様によって無理矢理ベッドの上へと引きずり込まれてしまった。 「ち、ちょっ、心恋……?!」 いささかそれは、捕食に成功したワニがデスロールしているかの如くというか……。 「んふふ〜、お陰さまで目は覚めたけど、まだ足りないかな……?」 そして、攻守逆転とばかりに今度はこちらが押し倒される態勢になり、さすがにここまでは想定外だったので冷や汗が滲んでしまうわたし。 「……でも、朝ごはんの準備もあるしあまり余計なコトしてるヒマは……」 いや、そもそも昨晩だって寝る前に一つ果たしてない約束があったとか言い出して、小説の続きを読む時間が無くなってしまったどころか、お互い寝不足なのに……。 「だーめ、ご主人様の命令だから……!」 「ちょっ、こら……まだ靴も履いたまま……」 「……んじゃ、それ脱いだら観念する?」 「い、いやそういうモンダイじゃなくて……あっ、こらだめ……っ!」 それから程なくして、わたしは「あ〜れ〜!」という古典的な叫び声をあげさせられてしまっていた。 * 「ふぁぁぁ、なんかダルいぃ……」 「……そら朝っぱらから発情して暴れるからでしょ、ケダモノお嬢様?」 やがて、すったもんだの末にようやく起床してくれたお嬢様を着替えさせてキッチンへ移動し、とりあえず淹れてあげた湯気が立ち上るミルクコーヒー入りの愛用カップを手にしたまま大あくびする心恋を尻目に、朝食の支度を続けながら素っ気なくツッコミを入れてやるわたし。 (やれやれ……コイビトが思いのほか肉食系だった件……) 果たしてこれもココレットさんとは真逆なのか、もしくは実は……だったのやら。 「だって、十花があたしをムラムラさせるのが上手すぎてさぁ。このエッチメイドめ♪」 「……ぶつわよ?」 しかも、言われて自重どころかニヒリとイヤらしい笑みを見せてやり返してくるし。 「えええっ、相性抜群だねって言いたかったのに……?!」 「……言い方ってもんがあるでしょう。それより、パンが焼けたからさっさと食べましょ?」 わざわざ、今朝は心恋がリクエストしたから作ってあげたんだしね。 ……まぁ、だからと言って特別なものはなくて、パンのトーストにサラダに目玉焼きに冷蔵庫の腸詰をボイルしたもの、という極めて普通なメニューなのだけど。 「わーい!いっただきまーす♪」 「……けど、ここでの最後の朝食なんだから、ついでにご馳走になってもよかったんじゃない?」 それでも、嬉しそうな笑みを浮かべて美味しそうにがっつく心恋お嬢様を見て、自然と頬は緩みつつも水を向けてみるわたし。 実は、今朝の朝食もルミナさんから誘われていて、わたしは作ってあげたい気持ちは抱えつつもパートナーに委ねることにしたら、心恋は躊躇無く断ってしまった。 「んーん、だって十花の手料理を食べられるのも、これで暫くお預けかもしれないし?」 「そんなコトは……まぁ、そうなるのか……」 少なくとも、今日の晩御飯はそれぞれの自宅で食べているはずである。 そう考えれば、結構大変ではあったけれどなんだか寂しい気もする……かな。 「ちなみに、戻った後で毎日あたしにお弁当作って来てくれる気はないよね?」 「だから、朝は弱いし料理だって元々そんな好きな方でもないって言ったでしょーが……」 まぁ、今はたまに作ってあげるくらいならいいかな?って程度の気持ちはあるとしても。 「むぐむぐ……でも、いよいよ帰っちゃうんだねー。どのくらいここに居たっけ?」 「んっと、今日で八日目……くらいかな?」 ともあれ、それから腸詰と野菜を一緒に頬張りつつしみじみと呟く心恋に、ざっと指折り数えて答えるわたし。 「そんなもん?なんかもっと長く居た感覚だったけど」 「うんまぁ、何だかんだで“濃い”毎日だったし、それは合意かな……」 特に、ルミナさんから昼食会に誘われてお腹がはち切れそうになったその夜は、明け方近くまで戦っていたわけで。 「…………」 「……そういえばさ、やっぱこれでよかったんだよね?」 「ルミナさんのこと?そんなの分からないわよ。……ただ、分からないからこそ自分のやりたい様にやったというか」 それから、おもむろに心恋が独り言の様に訊ねてきたのを受けて、わたしは自分のコーヒーカップを手にしたまま、投げやりに本音を答える。 「まぁ、そだね……」 「……ただ、ルミナさんも不覚を取ったのは認めてたし、ひと眠りの後で夕食にも誘ってもらえて待遇が来賓扱いになっているから、それなりに納得はしてくれてる……といいんだけどね」 しかも、翌日には魔王の宮殿の案内までしてくれたんだし、わたし達は何も役に立っていないどころか、ルミナさんにとっては忌々しい目に遭わされた相手だというのに、これだけのおもてなしをしてくれているワケで。 「しっかし、十花も一緒に魔王宮(バンデモニウム)を見ておけばよかったのに。いやもうこのお城と比べてもフンイキからして違ってたよ?正に支配者の大宮殿ってカンジだった!」 「それは、昨晩のお風呂で上せる寸前まで聞いたから……。まぁわたしとしては、夕方まで思う存分に書庫を巡っていられたから満足かな?」 しかも、あれからフローディアさんが書庫を出るまで付っきりで司書さんをしてくれたお陰で、じっくりと読む時間こそは無くても興味深い本をいくつも紹介してもらえたし。 「でね、特に興味深かった本が、魔界に繋がってる人間界は他にもあって、その別世界の勇者が乗り込んで昔の魔王と戦った末に理解(ワカ)り合ったという……」 「……それも聞いたよ。それでお互いにふやけちゃったんじゃないさー」 「確かに……」 ……本当、仲がいいんだか噛み合ってないんだか。 「でもさ、結局ココレットさんはルミナさんのコトどう思いながら逝ったのかな?」 「そんなの、心恋の記憶に残っていないのならもう誰にも知り得ないコトでしょ。……ただ、二つ残っていた残留思念で何となく察することは出来るとして」 「んーまぁねぇ……」 「……あと、書庫を漁っているうちにもう一つ分かったんだけど、毒殺されて魂が汚染された魔界人の来世は毒蟲に生まれ変わるって言い伝えが古くからあるんだって」 もちろん、それが本当だと実証された例は無いとしても。 「……そっかぁ。ムズかしい話だねぇ……んじゃ、もしもあたしがココレットさんで十花がルミナさんの立場だったらどうしてた?」 「わたし?わたしは……いっそ自分も毒を飲んで一緒に毒蟲に生まれ変わろうとした、かも?」 もしかしたら、それがココレットさんの望みだったのかもしれない、とも思っているし。 「え〜、あたしなら来世に賭けてサクっとやっちゃってと思うかな?何だかんだで再会は叶ったんだしさ」 「噛み合ってないわねぇ……」 いや、本来は自分も心恋と同意見なはずだけど、今はそう思えてしまっているというべきか。 「でも、元々はこちらから急に言い出したハナシなのに、もうそれくらいあたしを愛してくれているのは嬉しいよ、十花?」 「だ、だから今のはたとえ話……あれ、もしかして誘導尋問された?」 「さぁてねぇ♪十花探偵さんはどう思う?」 「……はぁ……」 ホント、食えないコなんだから……。 「……んで、ご飯食べた後はどうする?何かするにしたってこれが最後だろうけど」 「そりゃ、決まってるでしょ?」 ともあれ、それから会話も一段落した後で心恋から改めて水を向けられたものの、実は昨日から決めていたわたしは素っ気なく即答してやった。 「ん……?」 * 「……はー、何かと思えばお掃除なんて……」 「何だかんだでずっと使わせてもらってたんだから、これも礼儀というものでしょ?だからほら、ちゃんと働いて」 やがて、朝食の片付けが終わった後に立ち寄ったメイドさんの控室で心恋にもエプロンドレスを着せたついでに掃除用具も借りて客室まで戻り、二人で締めの掃除を始めて早速ぼやいてきた相方に、当たり前でしょと言わんばかりに即答してやるわたし。 まぁさすがに隅々までとはいかないけれど、せめてもの感謝の印に。 「しかも、もうご主人様からメイドさんに格下げられてるし……」 「いいじゃない?憧れてたんでしょ?」 「まぁそうだけどさ……あ、でもメイドさん同士の秘密のカンケイってのも何かイイよね?」 それでも、心恋はしばらく不満そうにぼやいていたものの、すぐに何やらポジティブというか桃色な方向に思考が働いたらしく、はたきを手に埃を落としていたわたしの背後から不意打ちで抱きついてきた。 「ちょっ、こら……っっ。もうそういう時間は無いから……っ」 というか、朝っぱらからいきなり襲いかかってきたくせに。 「うん……今日でこの愛の巣ともお別れなんだよねー……」 「その言い方もどうかと思うけど……。まぁベッドはふかふかだったから名残惜しいかな?」 見ず知らずな異世界のお城に居候するという落ち着かない環境で毎日熟睡できていたのも、ひとえに寝具のお陰さまだろう。 「……それでさ。ねぇ、元の世界に戻った後も一緒に暮らさない?」 けれど、心恋はベッドのことよりも一緒に暮らしていた名残が尽きないのか、急に感傷的になった様子で、わたしの背中へ顔を埋めつつ囁いてくる。 「うーん、まぁその気になったら無理じゃないかもしれないけど、でもずっと一緒じゃないのが案外長続きの秘訣かもよ?って前にも言わなかったっけ?」 「そうかなぁ……うんまぁ、会えない期間も大事かもしれないけどさ」 まぁこういう部分に、ちょっとココレットさんの面影が垣間見える気がするかもだけど。 「……それに、そうじゃないと戻っても学校行きたくなくなるかもしれないでしょ?」 「確かに……。ぶっちゃけ、今でも明日から学校かーとか思うとダルくなってるし……」 「ほら、ね?……まぁ実はわたしもなんだけど」 ぶっちゃけ、もう八日も九日も大差ない気がしてきたし、なんだかもう一日くらい延長させてもらってのんびりするのもいいかもしれない……。 借りてた魔界産ラノベだって全然読めてないし……。 「……あ、お二方こちらでしたか〜」 「うわわっ?!」 しかし、心恋に流される様にして身に付きかけていたサボリ癖が頭をもたげてきた時、開けっぱしにしていた入り口から灰色の翼を纏ったメイド長さんが不意に顔を覗かせてきたのを見るや、慌てて離れるわたし達。 「あらあら、お邪魔でしたか?……というか、そんなお掃除までしていただかなくとも、後でわたくし共がしっかりとクリーニングいたしますのに」 「いやまぁ、お世話になった者としての気分の問題ですし……それで何か?」 ホント、いつも絶妙なタイミングで出てくるのは狙っているのかどうなのやら。 「あ〜いえ、こちらの準備は整いましたので、予定通りお昼前に謁見の間までお越し頂ければというご連絡をですね」 「……だってさ、十花」 「ま、仕方が無いわね……んじゃ、さっさとお掃除を済ませて帰り支度しますか」 「ほ〜い……んじゃ、最後くらいマジメに掃除するかなぁ」 ただどうやら、帰りの便もリコンファームされてしまったみたいだし、お互いぶったるんできていた気持ちに喝を入れないと。 「では、お待ちしておりますね〜?あ、それと最後に改めてお礼を」 「……別に、アナタの為にやったコトじゃないですし」 すると、素直に受け入れたこちらへ一度カーテシーを見せた後で個人的なお礼を述べようとしてきたフローディアさんだったものの、そっちは素っ気無く遮ってやるわたし。 この人も、どっちかと言えばルミナさんを苦しめた側なのは忘れてはいませんから。 「まぁまぁ、利害が一致したとはいえ、お蔭様でわたしも今さら野良の身にならずに済みましたので、やはり感謝の気持ちをお伝えせずにはいられないんですよぉ」 「というか、フローディアさんなら結構引っぱりだこなのでは?」 正直、出来ないコトなんてあるの?ってくらいのコンビニエンスなひとなんだし。 「いえ、天使たるもの二君には仕えないのですよ。まぁ、“元”天使ですけどね?」 「……なるほど。んじゃ、クビにされない様にしっかり励んでくださいな」 それでも、やっぱり魔王ルミナさんには必要な片腕なんだろうし、何だかんだで主への愛も感じられるから、素っ気なくも結局出てきたのは励ましの言葉だった。 「あはは、ルミナお嬢様と同じコト言われてしまいましたが、命を張った分はちゃんとモトを取ってやりますよ〜?」 「……しっかし本当に頑丈ですよね、アナタは」 それから、命を張ったという言葉で思い出したわたしは、フローディアさんのお腹の辺りへ視線を移しつつ苦笑いを向ける。 一応、エプロンドレス越しで直接は見ていないとしても、倒れた後でお腹の辺りからは鮮血で床に水溜まりを作っていて、もしも傷口を直視していたら暫くお肉が食べられなくなっていたかもしれない酷い有様になっていた気がするんだけど、翌日の午後に書庫へ行ってみたらもう普通に働いていたワケで。 「あはは、天使は頑丈と言ったでしょう?ただ、この頑丈さが裏目に出る時もありますが」 「いやまぁ、肉体だけでなくてですね……」 ……けれど、主の為には裏切りを厭わないというのも、これもまた愛の形なのだろうか? どの道、今のわたしには到底できそうもないけれど。 「ふふ、よければまたお越しくださいね〜?貴女とお話するのは楽しかったですし」 ともあれ、そんな魔王ルミナさんの片腕は、締めくくりにわたしへ向けて前かがみに少しばかり思わせぶりなエンジェリック・スマイルを浮かべてそう告げてきた。 「そ、そうですか……?」 「だって、貴女はどことなくですけどわたしのご主人様と似てますから♪きっと、封魔剣に宿った魔神の魂もそんな部分を感じてチカラを貸したんだと思いますよ」 「…………っ!」 * 「……来たわね、準備は整ってる」 やがて、掃除を終えて久々のデート服に着替え、エプロンドレスの洗濯までは時間がなくなったのでランドリーにいたメイドさんに返却だけして後をお願いした後で、フローディアさんに案内されて指定されていた修繕中の謁見の間へ向かうと、お昼休みらしい魔王ルミナさんがいつもの淡々とした調子で迎えてくれた。 「お疲れ様ですー。……というか、“これ”が扉なんですか?」 準備完了の言葉通り、入ってきたわたしと玉座の前にいるルミナさんとの間の床には青白く発光する魔法陣の様な紋様が描かれていて、どうやらこの中に入ったら帰れるっぽいけれど。 「あれ、あたし達が飛ばされた時ってこんなのあったっけ?見落としていただけ?」 「別に不可視にも出来るけど、今は分かりやすく見せているだけだから……」 「個人で魔界と人間界を行き来する転送ゲートを開くとなれば、それこそ魔王陛下の座も狙えるレベルの魔力は必要となるんですけど、その代わりに自由自在なんですよ。仕掛けておいたゲートが反応する相手を指定したりとかも出来ますし」 「やっぱズルい能力だなぁ……まぁ、結果オーライであたしにも都合は良かったけど」 それから、種明かしを聞いた心恋が呆れたように溜息を吐いたものの、すぐに肩を竦めてそう続けてくる。 「……そうなの?」 「だってさ、作り物のオバケ屋敷じゃ十花が全然怖がってくれなくて困ってたんだけど、こっちに飛ばされてからようやく本気で抱きついてきてくれる様になったから」 「ああ……そういえばそうだったわね……」 元々、心恋がつり橋効果を狙ってわたしをオバケ屋敷に誘い込んだんだけど噛み合わなかったんだっけ。 「まぁあの時の空気は最悪だったし、確かに持ち直せたのはルミナさんのお陰かもね?」 そして、ここでのお城生活を経て、わたし達は本当のコイビト同士になれた気もするし。 「……私はそこまで意図した覚えは無いけれど、楽しんでもらえたなら何より」 「あはは……ところで、ここから飛ぶ先は例のオバケ屋敷なんですか?」 「ええ。……一応、望み通りに記憶はそのままにしておくけれど、時系列は貴女達が飛ばされた直後に戻るから、人間界での時間は経過していないコトになる」 すると、ルミナさんが何やら拗ねた様子でぼやいたのを見てわたしが苦笑い交じりに質問を向けると、戻った後の心配事を払拭してくれるセリフが返ってきたものの……。 「え、マジで?!んじゃ戻ったら初デートの日のままなの?」 「ただし、お二人だけはこちらで過ごした日数分だけ歳を取っちゃってますけど、それはご了承くださいな」 「え、どうしよう十花?あたし達だけ早くおばさんになっちゃう?!」 「いや、精々一週間とちょいの程度でしょーが……」 続けてフローディアさんからの補足を受けて大げさに声をあげる心恋へ、肩を竦めて素っ気無くツッコミを入れてやるわたし。 そんなの長い人生の中では誤差に過ぎない期間だし、何より……。 「ええ、それにこの時間はこれからお二人だけのものになると思えば」 「……ですよね」 カタチにこそ残らないとしても、記念すべき心恋との初デートの思い出の結晶として勝ち取った宝物である。 「説明は以上だから、そろそろゲートに乗りなさい。最後に言い残したことがあるなら聞くけど」 「……そうですねぇ。わたしは強いて言うならフローディアさんにひとつ……」 ともあれ、そろそろ話も終わりとルミナさんから一歩踏み出す様に促され、これが最後の発言機会ならばまずはわたしが魔王さんではなく、その傍らで控えるゆるふわな堕天使(リベリオン)さんへ向けて右手を上げて切り出してゆく。 「ふぇ、わたしですか……?」 「あの、ずっと気になっていたんですけど……結局、アナタが犯した天使を追い出される程の大罪って何だったんだろうって」 確かに腹黒い一面はあるとしても、やっぱりどうしても悪いヒトには見えないわけで。 「うーん、それはですね……」 「……聞くだけ無駄だと思う。なにせ私にも教えてくれていないから」 すると、困ったような顔を浮かべるメイド長さんに、主のルミナさんが素っ気無く口を挟んでフォロー?するものの……。 「まぁ、堕天使にとって過去の墓荒らしは千の肉片に刻まれるよりも苦痛、とは言いますので。……とはいえ、十花様には大恩も作ってしまいましたし、そのお返しに少しばかりヒントを」 「は、はい……」 「あのですねぇ。……やっぱり、浮気はダメですよってコトで」 しかし、それでも今回は特別に大サービスしてくれるらしいということで、ごくりと喉を鳴らすわたしの前で、食えない堕天使さんは片目を閉じつつそうのたまった。 「え、浮気……?」 いやでも、わたしのイメージではこの堕天使さんほどに一途なヒトってそうそう……。 「……なるほど、やはりそういうコト……」 「あ〜、あたしもそれは心配なんだよねー。いや十花はあたし一筋でいてくれると信じてるけど、うちの嫁は誰にも優しすぎるから」 すると、隣で聞いたルミナさんが納得した様に頷き、心恋はたぶん意味は分かっていないんだろうけれど、ここぞとばかりに便乗して不安を告げてくる。 「いや、そう言われても困るんだけど……」 「ふふ、とにもかくにも、恋愛というものは決して無傷じゃいられない、というコトにはなりますかね〜、十花様?」 「はぁ……」 なんだかはぐらかされた様な気もするけれど、ただ嘘は付かないのが天使時代からのポリシーとは聞いているから、自分の苦い経験からアドバイスを貰ったと解釈すべきなのかな……? 「……それで、貴女は何かあるかしら、湊心恋?」 「えっと……あのね、ルミナさん。やっぱりあたしの中にはココレットさんの記憶は一切残ってないみたい」 そして、わたしの質問が片付いた(?)後で、続けてルミナさんから水を向けられた心恋は、少しだけ口ごもりつつ遠慮がちに切り出してゆく。 「……それで?」 「ん〜だから、ルミナさんにはこれからもルミナさんのままでいて欲しいかなって」 「……生憎だけど、それを選ぶ権利は私にあるから」 「まぁそうなんですけど、出来ればまたいつか遊びに来させてもらいたいですし」 「そうそう、まだ行ってみたいトコロも沢山あるしねー?」 「ふぅ……まさか味を占められるとは思わなかったけれど、まぁ考えておく」 すると、案の定余計なお世話とばかりにつれない言葉を返した魔王ルミナさんへ、わたしも援護に口を挟んで畳みかけると、素っ気なくも前向きな反応を返してくれた。 「ちなみに、ルミナさんがこっちに遊びに来てくれてもいいんですよ?」 「あ、それいいかも!なんなら、うちに泊まっていってくれていいし」 「全く、当代魔王相手に好き勝手言ってくれるんだから……」 「まぁ、一応はこの方たちに一本取られてますしねぇ、お嬢様?」 「……分かっているとは思うけど、内密だからね?」 「ええ、もちろん。このわたしをお側に置いてくださっている限りは♪」 「…………」 それから、更にフローディアさんもここぞとばかりに入ってくると、ルミナさんは腕組みしつつも何やら諦めたような、でも穏やかな表情で受け入れていたのを見て、わたし達は笑みを浮かべつつ一度顔を見合わせ……。 「んじゃ、いこっか十花?……それじゃまたね、ルミナ“おねぇちゃん”!」 「心……わわっ、ちょっ……?!」 頷き合った後で心恋は最後にルミナさんを姉と呼ぶや、わたしの手を取り引っ張り込む様にして人間界へ続くゲートへ飛び込んでいった。 「…………」 「……もう、それを言うならルミナ“姉さま”でしょう、ココ……」 そして、実際に聞こえたのかただの幻聴か、視界がホワイトアウトして意識が一旦遠のく前に、ゲートの向こうからそんな呟きが聞こえた気がした。 * (……ふわぁ、人間界は泰平なう……) (二日ぶりに突然なに言い出すかと思えば、なろう主人公気取り?) やがて、記憶はそのままに初デートの午後まで戻された翌日のお昼休み、相変わらずわたしを置いてランチ購買の争奪戦に参加している心恋を中庭のベンチで待つ間に、自分にとっては十日ぶりとなるいちご飴ちゃんへヒマつぶしにメッセージを送ると、ツッコミというよりも反応に困るといった返信が戻ってくる。 (んー、まぁ言えないコトもない……かなぁ?) 一応、異世界へ飛ばされて帰って来た身ですから。 ……いや、戻ってくるのはちょっと違う? (もう、コイビトが出来たなら、妄想の世界からは卒業しなさいよ) (うーい……今でもリアリストのつもりなんですけどね) されど、そのコイビトの前世が魔界のプリンセスなんだよなぁというのは、言いたいけど約束だから言えないのがもどかしいというか。 (……で、昨日一昨日と音信不通だったけど、初デートはどうだった?) (んー、なんだかもの凄く濃い時間だった。具体的には八日分くらい?) というか、帰ったらすぐにメッセ送るべきだったんだろうけれど、戻ってからもせっかくなので夕方までデートを続けて当初の予定にはなかった晩御飯も一緒に食べ、帰宅した後は眠くなるまでずっと通話していてヒマが無かった上に、翌日の日曜もお出かけはしなかったとしても心恋のうちへお邪魔して同じ様に暗くなるまで一緒に過ごしていたら、結局出さずじまいになってしまっていたりして。 ……というか、いちご飴ちゃんから今後はコイビトの方を優先しなさいよと言われた時は、ぶっちゃけ心恋の為に日常まで変えるのは億劫に感じていたものの、今になってようやくそんな気持ちになってきたみたいである。 (具体的過ぎる……というか、いちかちゃんちょっと変わった?) (え、そう……?) (いや、ついこの前までマジレス魔人だったのに、急に面白いコト言ってくるから) (誰が魔人ですか。それを言うならせめて勇者でお願いします……!) もしくは、魔王でもいいですが。 (ほら、そういうトコ。まだお寒いトコは変わってないとして) (厳しいなぁ……でも自分じゃ変わった意識はないんだけど、そう見える?) (直接会ったことはないから分かんないけど、イメージ的には前よりちょっと明るくなって背筋もしゃんとしてそうというか) (そ、そうかな……?) そこで、思わず居住まいを正してしまうわたしなものの……。 (やっぱ、彼氏……じゃないカノジョでもデキたらみんな陽キャラ化してしまうのかしらん?) (ツッコミが面倒すぎる……。けどまぁ染められてきてる実感は無くもないかな?) なにげに、今は十花という名前よりも、HNの一花(いちか)の方が自分には合っているかもしれないとは思い始めてもいたりするし。 (はー、あのいつも余裕が無さそうにボケようとしてはスベったり無自覚のマジレスで場を凍らせてくる私のいちかちゃんはもういないのね……) (ちょそれは言いす……) 「……おまたせ〜、十花?」 しかし、いくらなんでも言いたい放題がすぎると文句を言おうとしたものの、タップしている途中で戻って来た心恋からひょいっとスマホを取り上げられてしまった。 「あ、おかえりなさい。また今日も妙ちくりんなサンドイッチ買って来たの?」 もっとも、そうやっていつも残りがちなキワモノ枠を選んでくるお陰で、何も買えなかったと泣いて戻ってくることもないんだけれど。 「またってなんだよぉ。今日選んできた塩サバサンドとか外国じゃ定番なんだからさー」 「わたしは塩サバなら普通にご飯で食べたいけど……」 「うーん、あたしはご飯となら生姜煮の方がいいかなぁ?」 「……でもむしろ、生姜煮の方がタレと食パンに合いそうな……」 「って、そんな言い合いしてないで、まずはごはんにしようよ〜?!」 「あはは、んじゃ早く座りなさいって」 ともあれ、不毛な言い争いが始まりかけたところで心恋の方がお腹の虫を鳴らせつつ訴えてきたのを受けて、わたしも座っているすぐ隣をぽんぽんと手で叩いて促してやった。 「……ところでさ、あたしを待ってる間にどんな話してたの?むぐむぐ」 それから、ようやくベンチに並んで腰掛けてのランチタイムが始まり、まずは返してもらったスマホの画面を弄っていちご飴ちゃんへご飯落ちを告げていると、心恋が鯖サンドを頬張りつつ訊ねてくる。 「いやね、なんか初デートの後でずいぶん変わったねって言われて。鯖サンド美味しい?」 「うめぇ!……っていうか、そなの?」 「当たりだったんだ……ん〜、そんな自覚は無いからピンとはこないんだけど……さて、わたしも食べよ」 「というかさ、そういう変わったってハナシを聞くたびに、そもそもどっちが本来の姿だったんだろ?って思うんだけどね。あ、からあげ一つ貰っていい?」 「ちょっ、しれっと図々しいわね……まぁでも、わたしの場合はそれが本当なら心恋に染められたんだとは思ってるけど……」 そして、それこそわたしがあの日に心恋からの申し出を受けた一番の理由。 「えっとそれって、自覚してるって言わない?」 「ううん、自覚というよりは収穫というべきか……」 「なにそれ?」 「いえいえ、こっちの話だから。……ちなみに、心恋は何か変化みたいものは感じてる?」 「ん〜、あたしは……変化っていうか、思ってたよりも早く十花はあたしのもんだって思う様になっちゃってたコトかなぁ?んぐっ」 それから、せっかくなので心恋にも水を向けてみると、結局ひとつ奪われてしまったわたしのから揚げをもぐもぐさせつつ、さらりとそう告げてきた。 「そ、そうなんだ……?」 「うん。今までは覚えたことが無かった感情だから、自分でも戸惑ったりしたけど」 「…………」 なーんだ、やっぱり運命の出逢いだったんじゃない。 「で、十花はどう?」 「……野暮なコト聞かないでよ」 そして、わたしは自然と口元が緩みつつも素っ気なく返すと、お弁当を食べていた箸を一旦置いた後で魔界で一緒に試練を乗り越えたコイビトと肩を寄せ合い……。 「おお……?」 「んじゃ、これからも末永くよろしくね、わたしのお姫様?」 「……こちらこそ、あたしのお嫁さん」 まぁ月並みではあるけれど、あとはこう言うしかないよね。 ようやく、わたしに色を付けて一つの花を咲かせてくれたヒトなんだから。 おわり 前のページへ 戻る |