「眠れるお姫様とエトランジェ」 Phase-3


Phase-3:『茜』

3-1:茜

「はぁ…はぁ…っっ」
 すっかりと強くなった6月の日差しを受けながら、今日もわたしは全力で通学路を走っていた。
 いっそ背中に翼が生えていたらいいのにと、毎日似たような妄想をしながら、ドタバタと慌しい登校を続ける毎日にも慣れ、すっかりと足腰が鍛えられていく日々…。
「…って…」
 …いや、別に今日は急ぐ必要は無いのに、それでも身体が反射的に走ってしまうのは学生の性(さが)とでも言うべきものだろうか??
『…学生というか、遅刻予備軍とでも言うのか』
 のんびりと歩いての登校が落ち着かないのは、正に典型的な症状と言えた。
「おりょ…?」
 そんな中で、高速移動している視界の前方にしずしずと、両手で鞄を持っておしとやかに歩いていく、同じ制服を着た生徒の姿が目に映っていく。
「……」
 無意味に慌てているわたしと違い、実に物静かで堂々としたものである。
『…つまり、あのコは遅刻とは無縁の生活をしてるってコトよね…』
 彼女よりも短いスカートを履いているにも関わらず、大股でドタドタと追い越しにかかりながら、思わず苦笑してしまうわたし。
 同じ学校の生徒なのに、何となく住む世界の違いを感じさせられてしまう。
 いや、分かってはいるんだけど…。仮にもお嬢様学園と呼ばれる学び舎に通学する生徒が、毎朝バタバタと走り回って登校しているなんて。
「……」
『…ま、いいか。人間、マイペースが一番だし』
 既に身に染み付いているライフスタイルなら、無理に抗う事もない。
 …いやまぁ、その達観のお陰で、最近はまとわり付いてくる誰かさんとの付き合いにもすっかりと慣れて来ているのも事実だけど。
『やっぱり、たまには抗ってみる事も必要かな…?』
 それも、こういう日が2度とくれば、の話だけど…。
「おはよう〜っ♪」
「あ…おはようございます…」
 そして心の中で苦笑した後で、わたしは追い越した女の子の方を向いて挨拶を交わすと、そのまま校内へと駆け込んでいった。

「おはよー、みゆ」
「あ、おはよう茜」
 やがて昇降口までたどり着いた時、朝錬が終わったばかりなのか、体操服姿の茜と鉢合わせた。
「珍しく早いわね。もしかして今日の体育を潰したいの?」
「だって、今日はマラソンだし〜って、違うわよ…っっ」
 別に雨乞いしたくて、早く登校した訳じゃないってば。
「だって、いつも遅刻ギリギリで来るじゃない?」
「…別に、したくて毎朝駆け込んでる訳じゃないもん」
 朝をもっと早く起きようという意志そのものは、わたしにだってちゃんと存在している。
 …ただ、それが眠りに付くまでしか続かないだけの話だった。
「何なら、柚奈にでも迎えに来てもらえば?」
「柚奈だって、結構ギリギリで来てるじゃない?」
 初めての出会いがお互いに遅刻しそうになって駆け込んでいた最中だけあって、柚奈も柚奈でいつもギリギリの登校だった。
 もっとも、うちの学校は校門前で厳しくチェックしてる様な事はまず無いので、特に問題は無いんだけど…。
『…いや、それが油断に繋がっているのかも…??』
 前の学校は、割と頻繁に校門検査なんてやってたからなぁ…。
「いやいや、みゆの頼みなら、きっと愛の力で早起きするわよ?」
「そうしたら、寝込みを襲われそうでイヤ…」
 柚奈との仲を応援してるっぽいうちの母上は防壁にはなり得ないだろーし。
「あはは、それこそお互い頑張って早起きする様になるんじゃない?」
「やだよ。そんな殺伐とした目覚めなん…」

かちゃっ
ばさばさばさっっ

「うおお…っ?!」
「あはは、また入ってるか…」
 そんな他愛も無い会話の最中、茜が下駄箱を空けた瞬間に中から大量の手紙が音を立ててこぼれ落ちて来たのを見て、思わず絶句してしまうわたし。
「こ、これって…手紙?」
 膝を屈めて一通を拾い上げると、丸っこい可愛い字体で『茜様』と書かれた便箋に、可愛いピンクのハート柄で封がされてあった。
『ラブレター…かな?』
 まさか、どうでもいい用事をワザワザこういう形にして伝えるという、手の込んだ悪戯ではあるまい。
 …いや、そーいう事をする奴は1人知ってるんだけど。
「……」

「美由利…これを受け取って欲しいの」
 そう言って、目の前の絵里子が頬をほんのりと染めながら、1つの便箋を差し出してくる。
「え…?」
 時刻は放課後の午前4時半。夕焼けの赤色に染まった、わたし達の他には誰もいない教室。
「回りくどいのは分かってるけど、言葉じゃ上手く伝えられないから…」
「絵里子…」
 その雰囲気に飲まれる様に、わたしは小さく震える手で差し出すその便箋を、両手で受け取る。
「……」
 絵里子は小学生の頃からのくされ縁だった。いつも一緒に遊んで、一緒に勉強して…。
 まさか、そんな仲の良い親友同士が、こんな形に発展するなんて…。
「ね、読んでみて?」
「え…? ここで…??」
「うん…出来れば今すぐ返事が欲しいから…」
 そう言って、こくんと小さくうなづいてくる絵里子。その、普段とは想像も出来ないようなしおらしい仕草に、思わずドキっと胸が高鳴ってしまう。
「…分かった…」
 そして促されるがままにゆっくりとシールをはがし、三つ折になった手紙を取り出して開く。
「……」
『えっと…明日の調理実習はジャガイモとニンジンとタマネギを持ってきてね♪』
「……」
「…あ・ん・た・ね…」
「あははは、もしかして本気にした?本気にした??」
「ええ…だから本気でお仕置き…っ!!」
「あたたた…悪かったってばぁ〜っっ!!」

「…はぁ…」
 そう言えば、あいつも柚奈と何処か似ていた部分があった気がする…。
 まるで、わたしをからかう事を生き甲斐にしていた様な奴だったけど。
『…いや、まぁそれはともかく…』
 今は茜の話をしてるんだった。
「いつもこんな感じでバサバサって落ちてくるの?」
「うーん…年がら年中って訳じゃないんだけどね…今の時期はちょっと…」
 そう言って、茜は困った様に苦笑する。
 どうやら、確実に本物のラブレターらしい。
「ありゃー…」
 と、なるとこの手紙の元は主に新入生からって所だろうか。
「良かったら2、3通あげるよ。持ってく?」
「い、いや、遠慮しときます」
 そんなもん貰っても処理に困るだけだってば…。
 ウィンク越しに悪戯っぽくそう告げる茜に、わたしは苦笑いを浮かべながら丁重にお断りした。

3-2:白薔薇の王子様

「って事で、今朝はたまたま茜と下足場で一緒になったけど、びっくりしたわ」
「…ふうん」

こちょこちょ

「まさか今時、下駄箱を開けると手紙がバサバサなんてねー」
「…うんうん」

こちょこちょこちょ

「…でぇ、茜の方も眉1つ動かさずに『2、3通持ってく?』と来たもんだ」
「…ほうほう」

こちょこちょこちょこちょ

「…どーでもいいけど、聞いてる?」
「…ふむふむ」

こちょこちょこちょこちょこちょ…。

「ああもう、いい加減筆でくすぐるのを止めて人の話聞きなさいっっ!!」
 そこで、とうとう我慢の限界がきたわたしは、柚奈から筆を強引に引ったくった。
「あううっ、全然感じなかった…?」
「…そりゃもう、くすぐったかったわよ。思わず悲鳴を挙げそうなほど」
 そして、わたしはスキを見て奪った筆先を柚奈の首筋に這わせていく。
「わわ…っ」
「そう、例えばこんな風にね」

 こちょこちょこちょ

「え…っ、きゃあんっ」
 その後、そのまま先ほど柚奈が自分にしていた事をそっくりと返してやる。
「ほれほれほれほれ」

 こちょこちょこちょこちょ

「あ…っ、ちょっ…」
「ふふん♪いつものお返しよっっ」

 こちょこちょこちょこちょこちょ

「んあ…っ、やぁんっ」
「ん…?」
「はふぅ…っ、みゆちゃんダメぇ…っ」
「んな…っ?!」
 そして柚奈の悶え声を聞いて、クラスの視線が一気に集まってくる。
「ち、ちょっと柚奈…っっ」
「もう…っ、みゆちゃんのえっちぃ…」
「こ、こらっっ!艶かしい声で人聞きの悪い事を言わないで…っっ」
 まるでわたしが一方的に悪戯してるみたいじゃないっっ。
「…まぁそれはともかく、確かに茜ちゃんは入学当時からモテモテだよ?」
 その後、何事も無かったかの様にして、何を今更という口ぶりで素っ気無くそう答える柚奈。
「そうなの…?」
「カッコいいし、背は高いし、スタイルもいいし、スポーツ万能で水泳部のエースだし」
「…まぁそう言われてみれば」
 休日とかの普段着は、スカートよりもパンツスタイルで男の子みたいなファッションが多いのだが、その辺の下手な男の子より遥かに決まっていたりして。
『特にこういった女子高だと、王子様役にされてしまいがちなタイプなんだろうな…』
 とは言え、茜だったら共学でも充分プリンスになれそーだけどさ。
 更に、同時に女性的な美しさも申し分なく兼ね揃えている所が凄い所で。
「そうそう。みゆが来るまでは、柚奈と茜は学園屈指の王子様とお姫様カップリングとして有名だったのよね?」
 そこでわたし達の会話を聞いていたのか、近くに座っていたクラスメートの1人がうっとりとした口調でそうフォローしてくる。
「去年の文化祭で白雪姫の王子様役をやった時とか、もう思わず見とれちゃう位に絵になってたし」
「うんうん、まさしく白薔薇の王子サマ♪」
「そうそう、失神する娘もいたんだよね〜♪」
 そして、更に周りの連中が続いて楽しそうにそう続けていく。
「えっと…もしかして、わたしは邪魔者だった?」
 それに対して、わたしの方は能力だけで無く、容姿の方も凡庸であったりして。
 …いや、体型に付いては並以下かもしれないけど。
「そ、そんなコトないよぉ。みゆちゃんは可愛いよ、他の誰よりもっっ」
「うーん、柚奈に言われてもなぁ…」
 流石に白々しいとゆーか、客観性に欠けるってゆーか。
「ツーテールの似合う童顔とか、ぷにぷにと柔らかい肌とか、微妙にふくらみかけの胸とか…」
 そんなわたしに、ぺたぺたと身体を触りながらそう続けてくる柚奈。
「それってホメてるの…??」
「…私1人だけが心の底からそう思ってるだけじゃ不満…?」
 そして、じっと恋する乙女の視線を私に向けてくる。
「う…っ」
 いや、嬉しくない事も無い気もするが、やっぱり女の子に言われてもなぁ…。
「…柚奈1人だけじゃないですよ、お姫様?」
 そんなやりとりの最中、突然後ろから腕を掴まれ、ぐいっと抱きかかえられるわたし。
「え…っ?きゃっっ」
「…この私にとっても、貴方の姿はまるでアフロディーテの様に美しい…」
 その後で、わたしの体を自分の目の前になる様に回転させて、何処まで本気か分からない視線でじっとわたしの目を見据える。
「あ、茜…?」
 その視線に、一瞬わたしの胸はどきっと高鳴ってしまう。
 …こういう浮いてる台詞が、不自然に聞こえないってのがやっぱり凄いと思う。
「貴方の至高の愛の前に、全ての真実は泡と消えて行く。ならば、他に求めるべき理は、一体この世の何処にあるというのでしょう…?」
「……っっ、い、一体どーしちゃったの茜…っっ??」
 そこで、茜の熱い視線にどきんどきんと心臓が高鳴るのを感じながら、目を見開いたまま尋ね返すわたし。
「いや…王子様ってゆーから、ちょっとそれらしくやってみようかと」
 その後で、屈託の無い笑みであははと笑う茜。
「もう…」
「…と言うか、みゆが来てから柚奈と茜の奇行が目立つ様になったと言った方が正解なんだけどね」
 そして同意者が多いのか、クラスメート達が一斉にうんうんと頷く。
「それはわたし知らない〜っっ!!」
「みゆ、あんた以前から女の子には何故かモテモテとかいう体質持ってない?」
「…無いわよ。そんなもん」
 そんなはた迷惑な体質。
「うーん…モテモテと言うか、みゆ程弄り甲斐のあるコも滅多にいないのよねぇ」
「お陰で、ついついちょっかい出してみたくなるとゆーか…」
「あ、それなら分かるー」
「うんうん、私もたまに悪戯してみたくなる事あるし」
「こらこらっ、同意しないでよおっっ」
 そこでうんうんと腕組みでうなづくクラスメートを相手に、わたしは延々とツッコミを入れ続ける羽目となった。

3-3:不意の落とし穴

「はぁ…」
 やがてホームルームが終わった後、1時間目で使うテキストを取り出そうとしている所で、珍しく憂鬱そうな顔で机に両肘をつきながら小さく溜息を付いている柚奈に気付く。
 その視線の先は中空をぼんやりと見据えて、まるで悩み事でも抱えている様だった。
「あれ、どうしたの…?」
 それを見て、鞄から取りだしかけた教科書を手に持ったまま、柚奈の方へ顔を向けるわたし。
「んー、みゆちゃんの、思わずうっとりしてしまう様なシチュエーションが思いつかないなぁ…って…」
「…永遠に悩んでなさい」
 一瞬たりとも心配して損した…。
「あはは。天下無敵のお嬢様の柚奈も、運動に関しては人並み以下だしねぇ」
 そこへ、茜が楽しそうに笑いながらわたし達の間に混ざってくる。
「う〜〜っっ」
「運動…??」
「そうそう。さっきのホームルームで、先生がプール開きの告知してたじゃない??」
「プール開き?それで溜息をついてんの、柚奈…?」
「…うん…」
 わたしがそう尋ねると、柚奈は物憂げな表情そのままにこくりと小さく頷く。
「あはは、特に水泳は苦手だからね、柚奈?」
「なるほど。柚奈はカナヅチってワケか」
「うう〜〜っっ、別になりたくてなったワケじゃないもん…っっ」
 そこで楽しそうに笑うわたし達に、柚奈は拗ねた様な顔で口を尖らせる。
「あははは。まぁ誰だって苦手な物の1つや2つ…ん、水泳…??」
「……」
 水泳…すいえい…水で泳ぐ…。
「ええっ?!ちょっと待ってっっ、うちの学校って水泳があったのっ?!」
 そこではっと、ある事に気付いたわたしは、思わず大声をあげてしまう。
「あったの…って、ちゃんと学園の敷地内にプールがあるでしょうが?」
「いや、あれは水泳部専用だと思ってたから…」
「そんなワケないでしょ?もったいない」
「そ、そんな…」
 嘘…っ、わたし高校に上がったら水泳なんて無いって思ってたのに…。
「……」
「えっと、実際に水泳が始まるのって、いつだっけ?」
「だから、さっきのホームルームで来月の頭からって言ってたでしょ?」
「……」
 そこで、わたしは慌てて掲示板に画鋲付けされたカレンダーを見る。
『うわ、もう半月も無いじゃない…』
 …自慢じゃないが、わたしも水泳は大の苦手だった。
 それでも、中学の時まではそれで通用していたのだが、もう義務教育じゃない以上は単位が…。
『いやよ〜っ、泳げないからって留年するのはぁぁぁぁぁ』
 まさか、こんな所で落とし穴が待ってるなんて…っっ。
「…それでね、茜ちゃん、今年もお願い出来ないかな?」
 ちょこんっと両手を合わせて拝むような仕草を見せながら、そう告げる柚奈。
「ん?ああ、いいわよ別に」
「ありがとっ♪去年もお陰でどうにか乗り切れたしね」
「去年どうにかなったんなら、今年も大丈夫じゃないの?」
「んー、でもあれから全然やってないし」
「…もう、少しくらいは復習して欲しいもんだけどなぁ」
「えへへ。たまに行こうとは思うんだけど、なかなか実行には…」
「あの…何の話してんの?」
 そこで頭を抱えるわたしを放置して、何やら会話を続けている2人の方へ首を向けて尋ねてみる。
「ん?いや去年の今頃の時期に、柚奈が泳げないからって今の期間だけ水泳部に許可とって放課後に練習させてあげてたの」
「……っ?!」
「だから、今年もお願いしちゃおうかって…えへへ」
「……」

がしっっ

 その次の瞬間、照れ笑いを浮かべながらそう告げる柚奈を無視して、わたしは無意識に茜の裾を両手で縋る様にして掴んでいた。
「…もしかして、みゆも泳げなかったの?」
「だって、前の学校って水泳無かったし…」
「まぁ、別にいいわよ?1人が2人に増えるだけだし」
「ほ、ホント…?」
「んじゃ明日は土曜日だし、午後からの練習に参加してみる?」
「う、うん…お願い」
 正に、”持つべき物は友である”という格言を実感しながら、わたしは首をぶんぶんっと縦に何度も振る。
「それじゃ、一緒に頑張ろうね、みゆちゃん♪」
「…うん…」
 ただ、こいつと一緒ってのはちょっと不安なんだけど…。
 いや、状況的に贅沢は言ってられない。何が何でも、あと半月程で泳げる様にならないとならないんだし。

3-4:小競り合い

「さて、それじゃ一緒に練習いこっ、みゆちゃん♪」
 次の日、食堂で昼食のきつねうどんセットを食べ終わり、のんびりと食後のお茶をすすっていたわたしに、一足先に食器を片付けた柚奈が、水着入れを手に取りながら意気揚揚とした様子でそう声をかけてくる。
「…なんか、憂鬱そうだった昨日と比べると、やけに楽しそうね?」
「だって、みゆちゃんと一緒に放課後居残りだもん♪」
 そう言って、にっこりとした満面の笑みを見せる柚奈。
「……」
 自主的とは言え、居残りがそんなに嬉しいものなのか、おい?
「それに、考えたら今年はみゆちゃんの水着姿が見放題だし♪」
「…何となく、わたしの方はますます憂鬱になって来たんだけど…」
 そんな柚奈に対して、わたしは湯飲みを持ったまま、溜息と共に項垂れてしまう。
 まぁ、さすがに柚奈と言えど、プールの中で襲ってくるコトは無いだろーが。
「茜は先に行ってるの?」
「うん。プールで待ってるって♪」
「んじゃ、わたし達もそろそろ行きますか…」
 ともあれ、今のわたしには選択肢は存在しない。
 行く先にどんな危険が待ち受けていようが何だろうが、今は進むしかなかった。

「あつ…今日は殆ど真夏日よね…」
 そして、屋外プールへ向かう為に校庭へ出た瞬間に差し込んできた、チリチリと刺す様な強い日差しに、思わず天を仰ぎながら呟くわたし。
 まだ梅雨入りもしていないというのに、もうすっかりと夏休み中を髣髴とさせる真夏の日和だった。
「うんうん、これも、きっと神様の思し召しだよね〜♪」
 …くそっ、相変わらず神様とやらは柚奈の味方か。
 ともあれ、何だか立っているだけで体力を吸い取られる様で、足取りが重くなっているわたしとは対象的に、相変わらず柚奈の奴は元気そうだった。
『…まさか、わたしから養分を吸い取ってるんじゃないでしょうね??』
 だとしたら、是非とも返して欲しい所だが、まぁ実際に口に出すとまたロクな展開になりそうもないので、黙っておく事にする。
「う〜。この陽気だと、プールに辿り付く前に行き倒れたりして」
 実際屋外プールはキャンパスの外れに設置されているだけに、昇降口からはそれなりの距離があった。
「あ、それは大変♪」
「…こら、腕を組んで来ないでよ。暑苦しいから」
 そんなわたしの軽口を受けて、全然大変そうじゃない…とゆーか、正に我が意を得たりとばかりにもたれ掛かってくる柚奈。
 柔らかいし、いい匂いもするけど…正直鬱陶しい。
「ん〜、いつ倒れるか分からないみゆちゃんを支えてあげてるだけだよん?」
「ちっ…」
 しかし、今は振り払う元気も無いので、少々暑苦しいのは我慢して放っておく事に。
 冗談抜きで水泳の練習前で体力を使い果たしたら、それこそ元も子も無いし。

「…そう言えば、転校してきてまだ一度もプールに行った事がなかったわね」
 その後、柚奈に引きずられる様にして校庭を横断している途中で、ふとそんな事を思い出す。
 考えてみれば、柚奈に校内を案内してもらった時も、遠くからちらっと見ただけだった。
「うん。あの時はまだ4月だったし」
 だからこそ、そんなにプールの存在は気にする事無く今までいたのかもしれないけど…。
「しかし、まさかこんな落とし穴があったとはねぇ…」
 いやまぁ、わたしの腕にべったりとくっついている、こいつと出逢ったコト自体が割と落とし穴といえば落とし穴なんだけど、ともあれ何かと落とし穴の多い所へ編入してきたものだと、思わず考えて込んでしまいそうだった。
「前の学校だと、無かったんだっけ?」
「んー。水泳以前にプールが無かったからね、あそこは」
 形式的には私立の進学校だったからか、前の学校は体育やら運動部の意味合いは全く重要視されておらず、グラウンドにも体育館の他にはトラックとテニスコートしか無かったのが実情だった。
 その為、水泳部の連中は近くの温水プールへ通っていたみたいだったけど、それに比べると、この学園は随分と施設が充実していると感心させられてしまう。
 …まぁ、キャンパスの広さが根本的に違うのだから仕方がないのかもしれないけど。

「あれ?更衣室が3つある…?」
 やがて更衣室の前まで来た時、そこには横並びになった3つの扉が目の前に並んでいた。
 …どうやら、赤い扉は無いみたいだが。
「うん。真ん中と右のは教員用と生徒用って感じで分けられるんだけど、実際は生徒用の更衣室が狭いから開いてる方を使ってくださいって事になってるの」
「…ふむ」
 つまり、どっちを使ってもいいって事か。
「ちなみに一番左は開かずの間だから♪」
「開かずの間??」
「うん。普段は使われていない場所♪」
 思わず聞き返すわたしに、柚奈は「ふふふ」と意味深な笑みと共にそう答えてくる。
「……」
 …よく分からないが、あまり関わりあいにならないほうがよさそうな場所らしいと、わたしの第六感がそう告げていた。
「ところで、もう水泳部の人はみんな着替えて練習に出てるのかな?」
「みたいだね♪」
「……」
 その後、話題を変えてそう尋ねたのに対して、柚奈がにっこにっこと笑みを浮かべている意味を、わたしはすぐに察した。
「んで、柚奈はどっちに入るの…?」
「んー、こっちかな」
「…んじゃ、わたしはこっちに入るから」
 そしてそう手短に告げると、わたしは柚奈が選ばなかったもう片方の更衣室に素早く入り込んで中から鍵を掛けた。
「あーーーっ、みゆちゃんずるいーーーっっ」
「…ふ、わたしもいい加減経験値を積んでるわよ」
 そして外からドンドンと更衣室のドアを叩きながら何やら喚きたてる柚奈を尻目に、わたしは誰も居ない更衣室で1人のんびりと着替え始めた。

3-4:旧タイプ

 やがて水着に着替えた後、異変に気付いたのはプールサイドに到着した後の事だった。
「あれ…?みゆってスクール水着にしたの?」
「ん…?」
 既に準備を終えて待っていた茜に指摘されて、わたしは柚奈を含めた周りと自分の格好を対比させてみる。
「ち、ちょっと待って、なんでわたしだけ違うスクール水着…?!」
 色合いこそ同じ紺色なのだが、柚奈や茜を含めて、周りの部員は全員競泳用の水着を着用していた。
 つまり、平たく言えばスクール水着というのはわたしだけという事になる。
「柚奈…あんた騙したわねーーっっ!!」
 そこでようやく柚奈にハメられた事に気付いたわたしは、怒りに任せて柚奈に掴みかかる。
 実は、今わたしが着ているスクール水着は、昨日柚奈が購買で自分の分を買うついでに買ってきてもらっていたものだった。
「あんたを少しでも信用したわたしが…」
「で、でも…みゆちゃんの水着もちゃんと学校標準の水着だよ?」
「なに…?」
「…と言うかね、うちの学園って学校指定の水着は購買で3種類売ってて、その中だったらどれでもいいって事になってるの」
 そこできょとんとした顔を浮かべるわたしに、茜が横からフォローを入れる。
「そ、そうなんだ?」
「まぁ、みゆが着ているタイプの水着を選ぶ生徒はほぼ皆無みたいだけど」
「ゆーいーなぁぁぁぁっっ」
 ここで晴れて問答無用確定。再びわたしは柚奈に掴みかかる。
「いや、だってみゆちゃんにはこの方が似合うかなぁって♪」
「そんな適当な理由で…っっ」
「でも、水着の良し悪しが決定的な差になるっていうレベルでも無いだろうし」
「まぁ…そうだけど」
「ついでに目の保養になるし♪」
 更に、茜が妙に楽しそうにそう告げる。
「目の保養って…」
「最近、そのタイプのスクール水着着てる女の子って少ないからねぇ」
「…そりゃそーでしょうよ。誰が…」
「いわゆる、『旧タイプ』のスクール水着という奴ですねー」
 「好き好んでこんなのを着るのよ…」と言いかけた所で、突然1人の女の子が、メガネをきらりんと光らせながら会話に乱入してくる。
「え、ええ…っ??」
「昭和30年代辺りから登場して、東京オリンピックまでは正式な競泳用の水着として採用されてましたけど、近年は次々と登場した新しいタイプの水着に押されて絶滅の危機に瀕してるんですよねぇ…」
「まぁ、性能的な面では文字通り旧式になってしまっていますから、競泳用途としてのメリットは全く無くなってしまっているので、致し方が無い所なんですが」
『…な、なんなの、この人…』
 その後、ぺらぺらとスクール水着に関する薀蓄(うんちく)を饒舌に語り続ける彼女に圧倒されながら、思わずたじろいでしまう。
「この水着の特徴はこうして下腹部の部分がスカートみたいになっている所ですが、お陰でこのクロッチ部分が下着の様に見えてしまうところから、男性にイヤらしい目で見られると不評だったそうです♪」
「ほほーーーっっ」
 そして周囲のギャラリーは彼女の解説に促されて、わたしの下腹部の部分へと移り、ジロジロと凝視してくる。
「…えっと…」
 いやあの、人を使って解説されたり凝視されたりすると、凄く恥ずかしいんですけど。
「ちなみにこのタイプのスクール水着は胸の部分から水が入りやすいため、排水溝としてスカートの部分に前垂れと呼ばれる穴が開いていまして…」

ずぼっっ

「ひいいっっ?!」
「はい、この様に胸の部分にまで貫通してるという訳ですねー♪」
 そして彼女はおもむろに前垂れの中へ腕を突っ込むと、そのまま胸の部分から手を出してひらひらと手を振ってみせる。
「おお〜〜っ」
「…あの…人を玩具にしないでくれます…??」
「あー、ずるいっっ、私もやる〜っっ」
「あんたは黙ってなさい柚奈っっ」
 話が更にややこしくなるでしょーが。
「更にクロッチ部分の面積はわりと広いので、ビキニラインの処理は他のと比べてそれ程必要が無い水着とは言えますけど…」
「やっぱり、ロリータ的なフェロモンを増幅させるこのスクール水着を着ていて剛毛というのは興ざめというものですねぇ」
 そう言って、うんうんとうなづく。
「……」
 ロリータなフェロモンって何だよ…。
「…で、そこの所はどうなんです?」
「いや、『どうなんです?』と言われても…」
 しかも、真面目な顔で尋ねないで欲しいんですけど。
「ちょっと確認させてもらっていいですか…?」
「…殴るわよ、しまいには」
 と言うか、柚奈だったら問答無用でどついてた所だった。
「そうですよっっ、それを確認していいのは私と茜ちゃんだけですっっ!」
「それはフォローになってない…っっ!!」
「いたい、いたいってばみゆちゃん〜っっ」
 そして、わたしは彼女への鬱憤を横からノコノコと顔を突っ込んできた柚奈に、思う存分ぶつけてやる事にした。

「…ったく、一体何なのよ…」
 その後、各自練習に入った所で、いきなり出鼻を挫かれて溜息を漏らしながらも、茜達と共にプールサイドに向かっていく。
 大体何の因果で、水泳の練習に来ていきなり辱められねばならないんだか…。
「あはは、あの娘はスク水フェチだからねー。久々にスクール水着姿の女の子見て興奮したんでしょうよ」
 しかしそんなわたしに、茜はけらけらと明るい笑いを浮かべながらそう告げてくる。
「スク水フェチって…女の子なのに?」
「んー、でもスクール水着って元々女の子が着るための水着でしょ?だったら女の子が興味を持ってもおかしくは無いと思うけど」
「…うーん、そうなのかな…??」
 間違って無い様で、何かが根本的にズレてる気もしないでもないけど。
「まぁまぁ、お陰ですっかりみゆも人気者になったんだし…」
「そういう人気なんて嬉しくない…」
 どーして普通に事が進まないのだろーか、まったく。
 この学園に来てからすっかりと弄りまわされっぱなしで、転校初日にぽつんと感じた孤独感なんてもうすっかりと遠い昔の事に感じられていた。
『…一体、何を何処で間違えたんだろう…??』
 それを考えると、思わず頭を抱えてしまいそうになってしまう。
「って事で、練習期間中はその水着を着てきてね、みゆ?」
「ううっ、やっぱりそうなるの…??」
 この特訓は羞恥プレイのおまけ付きっすか。
「がんばってね〜っ♪」
「…柚奈、あんたも次回からわたしと同じ水着を着て来なさい」
「ええーっ?」
「元はと言えば、あんたの所為で恥ずかしい目に遭ってるんだから、半分は負担しなさいよね」
 そもそも、似合うという意味だと柚奈も同じだ。これで明日の注目は殆ど柚奈の方に…。
「うーん…まぁいいかな。そうしたら、みゆちゃんとペアルックになるしね♪」
「……」
「明日から余計目を引く事になりそうね、みゆ?」
「ううう…っ」
 しまった。どっちに転んでも恥ずかしいだけか。
『ああ…こんな事なら、もっと昔から真面目に練習しておけば良かった…』
 後悔とは、きっとこういう時の為にするものなのだろう。
 …もっとも、こういう場合は「後の祭り」というのかもしれないが。

3-5:スパルタ茜

「さて、んじゃ早速泳いでもらいましょうか?」
 その後、ようやく練習が始まると同時に、腕組をしながらそう言い放つ茜。
「え〜っ、いきなり〜??」
「だって、どの位のレベルか見てみないと分からないでしょうが?」
「いやまぁ、確かにそうだけどさ…」
「ほら、早くっ」
「うう…」
「みゆちゃん、頑張って〜♪」
 そして教官顔で強く促す茜にお尻を叩かれる様にして、わたしはノコノコと一番端のレーンの飛び込み台に立ち…。
「ていっ!!」

パァァァァァァァンッッ

 意を決して飛び込んだ瞬間、甲高い音と共に、腹部に激しい衝撃が走っていった。
「あたたたた…っっ、お腹打ったぁ〜っっ」
「みゆちゃん大丈夫〜っ??」
「VTOL機じゃあるまいし、なんで水平に落ちていくのよ…(汗)」
 そのままプールから上がって、モロに水面と衝突したお腹を抱えて苦しがるわたしに、呆れた目つきでわたしを見る茜。
「う、うるさいわね…けほけほ」
 別に落ちたくて落ちてるワケじゃないもん。
 …そもそも、例えが良く分からないし。
「仕方がないわねぇ。んじゃ飛び込みはいいから、プールに入って泳いでみて?」
「へいへい…」
 まぁ、飛び込まなきゃお腹を打つ事もないか…。
 わたしは言われた通りに恐る恐るプールへと入ると、頭の中で知識として入っている泳ぎ方を今一度おさらいしてみる。
「えっと…確か手をグルグル回して、足をバタバタさせたらいいんだよね??」
 確か、クロールっていう泳ぎ方だった気がする。
「…まぁ、何かが違う気もするけど、そんな感じかな」
 すると、そんなわたしの動きを見て苦笑いを浮かべる茜。
「んじゃ、行くよ?」
 しかし型はともあれ、こちらとしては前へ進めばいいワケで。
 わたしは自分の中でそう割り切ると、改めて腕を前に突きだして息を吐いた。
「みゆちゃん頑張って〜♪」
『ああもう、柚奈がうるさい…』
 他の連中が見ている手前で、いちいち黄色い声援を出さないでってば。
 ともあれそんなツッコミは置いておく事にして、わたしは意を決して壁を蹴ってスタートさせると、手足をバタつかせて泳ぎ始めていく。

バシャバシャ

『お…っ』
 すると、割と出だし快調気味に、わたしの身体は真っ直ぐ前へと進んでいった。
『なんだ、結構泳げるじゃない、わたしって♪』
 もしかして、泳げないっていうのは自分の思い込みなのかも。
 コレなら、別に特訓とかしなくても大丈夫…。
『…ん…??』
 しかし、そんな楽観も束の間、すぐにある異変が起きている事に気付くわたし。
 どうやら、真っ直ぐ対岸へと進んでいるハズが、何故か行き先はプールの底へとどんどんと近づいて行っている様だった。
 …いや、近づくのはいいんだけど…。
「ごほっ、がほっ、ごほほっっ!!」
 つまり、世間一般ではこれを溺れていると言うワケであって。
「がはっ、わわっ、茜助けて…っっ!!」
 それを改めて認識した時、わたしは必死で茜に助けを求めていた。

「あちゃ〜…根本的になってないわね、みゆ…」
「う゛〜っ、だから言ったのに…えほっ、えほっっ」
 こういう時、小柄ってのは損だなぁと改めて思わせられたりして。最大が水深140センチのプールも、身長が150そこそこしかないわたしにとって、溺れるには充分な深さだった。
「みゆちゃん可哀想〜っ、私が人工呼吸してあげる〜っっ」
「させるか…っ!!」

がしっ

 そこで、正にスキありとばかりにわたしの唇を奪おうとした柚奈の顔を、間一髪で止める。
「うぐぐ…っ、せっかく私はみゆちゃんの為にと思ってやってるのに…っっ」
「ホントに心からそう思うなら、大人しくしててよね…っっ」
「それにしても、去年の柚奈のフラッシュバックを見てるみたいね。ホント似たもの同士って感じ」
「別に狙ってやってるワケじゃなくて、これでも大真面目なんだけど…」
 そして、それでも諦めずに防いだ手をどけようとする柚奈と鍔迫り合いを続けながら、茜の方を向いてそう訴えるわたし。
「あはは、ゴメンゴメン。まぁ、それで柚奈も去年はどうにかなったし、みゆも大丈夫だって」
「だといいけどねぇ…って、あんたもいい加減諦めなさいっっ」
「むぅ〜っ、みゆちゃんの意地悪…」
 …とりあえず、邪魔になりそうな奴が1人いるのが心配だけど、ここは茜の言葉を信じるしかないか。

「はいはい、そうそう…慌てないで、ゆっくりとね」
「こ、こんな感じ…?」
 その後、わたしは両手に持ったビート板越しで茜に手を取ってもらい、必死でバタ足の練習をしていた。
 …高校生にもなってビート板で練習というのも恥ずかしい気もしないでもないものの、現実泳げないわたしに不平を言う資格は全く無いワケで。
「よしよし、そのまま一定のペースで続けて。ただ速くすればいいってものじゃないから」
「う、うん…それよりゴメンね、茜の練習時間を削ってまで付きあわせちゃって…」
 そもそも、茜は水泳部の主力だったはず。それを考えると、茜に殆どマンツーマンで指導してもらうのは、かなり申し訳ないと言うか。
「別に気にしなくていいわよ?あたしは単に泳ぐのが好きで水泳やってるだけだし、困ってる友達を見捨ててまでタイムを伸ばしたいとも思わないから」
 しかしそんなわたしに、茜はあっさりとそう言ってのける。
「茜…」
 あ、なんか胸の奥で「きゅん」っと来ちゃったかも、その台詞…。
「それに、なかなかいい眺めだしね?」
「はい…?」
 しかし、ニヤリとした笑みで続けてきた茜の台詞に、あっさりと我に返されてしまうわたし。
「いや、前から思ってたんだけど、丸くて可愛いお尻してるわよねぇ、みゆって」
「え、ええっ?!」
「その、バタ足とシンクロしてふりふりと動いてるお尻の山が、可愛くて見飽きないとゆーか…」
「…あんたね…」
 そして、呆れと恥ずかしさで、クラっと来かけていた気持ちが塗り替えられていく。
 …全く、類は友を呼ぶとはよく言ったもんだ。
「でも、見飽きないと言えば、わたしも同じかも」
 だけど、一方的に辱められてばかりでは何だか気に入らないので、わたしも反撃してやる事に。
「…え?」
「いや、ちょうど目の前にある茜の胸も、いい形しながら揺れてるなぁって」
 茜のバストは公称で89のDカップというだけあって、競泳水着の上からでも見事な曲線を描き出している。
 全体的に大き過ぎず、小さ過ぎずの均整がとれた滑らかな曲線美を持つ柚奈と比べて、茜の方は長身で凹凸が激しいグラマラスなスタイルで、これはこれでまた異性同性関係なく、周囲の目を引きつけるのに充分なボディラインをしていた。
 …もっとも、水泳選手として有利なのかどうかは疑問だけど、その辺のツッコミは負け犬の遠吠えに過ぎないワケであって。
『いかん、反撃どころか落ち込んできた…』
 胸はフラット気味なのに、お尻だけがふっくらと膨らんでるわたしに比べたら…うう…。
「あはは、何なら手を伸ばして触ってみる?」
「う〜っ、別にいい…何だか泣き出してしまいそうだし」
 どうやら、また自爆してしまった様だった。
 もっとも、自爆も何もこの2人にわたしが勝てる要因が無さ過ぎるんだけど。
「んじゃ、そろそろ手を離すわよ?ちゃんと向うまで泳ぎなさいね?」
 しかし、そうやってイジけ始め様としていたわたしに構わず茜はそう告げると、今まで支えていた両手を離そうとする。
「えっ、ちょっ…まだ無理…っっ」
「大丈夫、大丈夫。とりあえずバタ足さえちゃんと出来ていればどーにかなるって」
「いや、だからって…」
 先ほどの事もあるし、まだ自信無いってばっっ。
「もう…仕方が無いわねぇ」
 すると、茜は溜息をひとつ付くと同時に、片手だけを離してわたしの方へと寄ってきた。
 そして…。
「…へ…?」

さわっ

「……っ?!」
「きゃああああああっ!!」

ざばばばばばばっっ

「おー、やれば出来るじゃない♪」
「あ、茜っっ…指…ゆびいっ?!」
 いっ、今確かに茜の指がわたしの一番大事な部分に…っっ!!
「さて、んじゃもう1回やってみよっか、みゆ?」
「あ…だ、大丈夫っっ、もうコツ掴んだからっっ」
 その後、にっこりと笑みを浮かべながらジリジリと接近する茜から逃げる様にして、わたしは全速力で手足をバタつかせて泳ぎ始めた。
「うんうん、頑張ってね、みゆ」
『…ゆ、柚奈も去年こんなコトされて泳げる様になったのかしらん』
 茜流、スパルタ特訓法って所かな…??

「やっほぉぉ、みゆちゃん♪」
「柚奈…?」
 やがてある程度泳ぎ進めた所で、クロールと犬掻きの中間の様な泳ぎで、わたしとの距離を必死に詰めてくる柚奈に気付く。
 間違っても華麗な泳ぎとは言えないが、どうやらビート板も無しで何とか沈まずに進んでいる分、わたしよりも柚奈に一日の長があるらしい。
『もしかして、勝負でもしようとでも…?』
 …とは言え、やっぱり柚奈には負けたくないし。
「上等…受けて立ってやるわよ…っ!!」
 さぁ、追いついてきなさい柚奈。そこからが勝負よっ。
「いやぁん、みゆちゃん足吊っちゃったぁ〜っっ♪」
「ええ…っ?!うわぁ…っっ!!」
 しかし、待ち構えていたすぐ側まで追いついた瞬間、柚奈は飛びかかる様にして、わたしの身体にしがみ付いてきた。

ざばあっ

「こ、こらっ、しがみつくなぁ…っっ!」
「だってぇ、このままじゃ溺れちゃうし〜♪」
「だーかーらーっっ、わたしまで…がぼっっ、溺れるでしょーが…っっがぼぼっっ」
 助けてというより、引きずり込まれてる感じなんですけどっっ。
「大丈夫♪溺れたら、今度こそ念入りに介抱してあげるからぁ〜♪」
「がぼがぼぼ…っ、さ、最初からそれが目的で…っっ」
「さぁ、2人で愛の水中花を咲かせましょ〜っ♪」
「意味不明ーーーーっっ!!」

がんごんっっ

「…いいから、少しは真面目にやんなさい。あんたら」
 そしてわたし達は、仲良く揃って茜の教育的指導を受ける羽目になってしまった。
「はーい…」
「う〜っ、わたしは被害者なのに…」
 それでも連帯責任なのは納得いかないんだけど、端から見ると一緒に悪ふざけしてる様にしか見えないんだろーなぁ…。
「んじゃ、悪いけどあたしも後輩の指導があるし、しばらくはここで柚奈と2人で練習してて」
「へーい」
 その後で、「真面目にね」と、ジト目でもう一度クギを指すと、茜は他の部員が練習している方へと歩いて行ってしまった。
「はぁ…何だか理不尽だ…」
「ねぇ。茜ちゃんってば、そんな怒らなくてもいいのに…」
「…問題はそっちじゃないっつーの」
 ダメだ、全然分かってない…。
 わたしは大きな溜息と共に項垂れると、トボトボとプールサイドから離れていく。
「あれ、何処に行くの?」
「うるさいわね、何処でもいいでしょ?」
 それを見て、目ざとく尋ねてくる柚奈に素っ気なく答えてやる。
「う〜っ、みゆちゃんの機嫌が悪い…」
「…そーじゃなくて、答える様な質問じゃないんだってば」
 これでも、乙女の恥じらいくらいはあるし。
「ん〜…」
「ねぇねぇみゆちゃん、みゆちゃんて用を足す時、水着を脱ぐ方?それともずらしてする方?」
 すると、ようやくわたしの行き先が分かったのか、一呼吸置いた後で、突然そんな質問をぶつけてくる柚奈。
「な…なな…っっ?!」
 それを受けて、わたしは思わず赤くなりながら柚奈の方を振り向く。
 いきなり何という事を聞きやがりますか、こいつは??
「ねぇ、どっち?」
「い、いや…どっちって…」
「まぁ、スクール水着はワンピース型というのもあって、いちいち全部脱ぐのは面倒なんでけすけど、でも旧タイプは股布部分の伸縮性が乏しい為に、ずらせて用を足すっていうのも結構難しい話なんですよねぇ?」
「うわわ…っっ?!」
 そこへ、先ほどわたしを辱めながら薀蓄(うんちく)の解説をしていた水泳部員が、突然私達の間ににょきっと顔を出して、解説を始めていく。
「ですから、もよおして来た時はさっさとお手洗いへ向かわないと、最悪脱いでいる間にお漏らしする可能性もありますから、気をつけてくださいネ☆」
「いや、『ネ☆』と言われましても…(汗)」
 …流石に、そんな奴はいないと思うけど。
「まぁ、半脱ぎのスク水姿でお漏らししながら泣きそうな顔を見せるロリ美少女と言うのも、なかなか乙なモノがあるのも確かなんですけど」
「ん〜、みゆちゃんのお漏らしかぁ…何かゾクゾクしちゃうかも…」
「あーもう、2人揃って妙な想像しないでよぉ…っっ!!」
 そして、ほわわーんと口元をだらしなく開いて妄想に耽る2人に力一杯ツッコミを入れると、それ以上は相手をせずにスタスタと歩き始めた。
 こいつらを相手にしてたら、ホントに漏らしてしまいそうだし。
「…ったく、どいつもこいつも…っっ」
「あれ、どうしたのみゆ?」
 すると、肩を怒らせて歩いていたわたしに、今度は近くに通りかかった茜が声を掛けてくる。
「もう、聞いてよ茜。柚奈達ったら…」
「……」
 しかし、そこで唇が止まってしまうわたし。
「柚奈達ったら?」
「…いや、何でもないの。うん…」
 考えてみたら、あまりペラペラと言って回る様な話でも無かった。
 こういう時は、泣き寝入りしかないのが悔しい所ではある。
「また柚奈に何かされたの?」
「何かされたって言うか…ねぇ、去年の練習の時もこんな感じだったの?」
 よくもまあ、休むことなく脱線と暴走を続けられるものだと、呆れを通り越して感心してしまいそうだった。
「別にそんな事はないよ。むしろ去年の柚奈は大人しいというか、あたしの方から何も言わないと、独りで黙々と練習してたし」
「そうなの…?」
 何か、物静かな柚奈ってあまり想像できないんですけど…。
「ちなみに、あたしと柚奈が友達になったきっかけも、教室の隅で誰にも言えずに困り果ててた所に声を掛けて水泳の練習に付き合ってあげたからなんだけど、あの頃の柚奈はどっちかと言うと誰も寄せ付けない雰囲気があったし」
 そして、タイプでいうとツンデレ系のキャラっぽかったかも、と付け加える茜。
「は……??」
 それを聞いて、思わず面食らってしまうわたし。
 あの、人懐こさがブレーキの壊れたダンプの様に暴走を続けてる様な柚奈がツンデレ系…??
「……」
 しかしそこで、わたしはふと先日、柚奈の家に泊まりに行った時に見た、芽衣子さんとのやりとりを思い出す。
 そう言えばあの時、柚奈が芽衣子さんに見せていたあの態度は…。
『…いや、余計な詮索はしないんだった』
 それが柚奈にとって触れて欲しい事かどうか分かるまでは、何も聞かない事にしていた。
 今の茜の話が、それと関係のある事なのかどうかは分からないけど…。
「まぁまぁ。それより引き受けたからには、ちゃんとあたしが責任持って泳げるようにしてあげるから」
「う、うん…」
 そうだ。今はその事だけを考えておこう。余計な雑念は持つだけ損である。
「…ありがとね、茜。無事に泳げる様になったら、何かお礼するよ」
「ん〜。だったら、ちょっとその柔らかそうなお尻触らせてって言ったら、怒る??」
「遠慮なくパンチするわよ、グーで」
 去年の時も、柚奈にこういうセクハラまがいの事を言ってたのかしら、こいつは。
 もしかして、あいつがセクハラ女王の道をひた走っているのは、茜の影響があったりして…??
「ちっ、残念。指で突付いたら触り心地良さそうなのに…」
「…だから、茜には借りが出来ている手前、断りきれない事情があるんだから勘弁してってば…」
「あはは、そうね。それに、柚奈が妬いちゃいそうだし」
 すると、何処か意地悪そうにウインクを見せながら、そう告げる茜。
「べ、別にそんなのはどうでもいいでしょ…っ??」
 そんな態度に、何故かムキになって反論してしまうわたし。
 なんか茜の思うツボにはまって来てる気がするけど…。
「それより、何か用事があったんじゃなかったの?」
「…あ、そうだった。わたし、急いでトイレに…って…」
 うあっ、しまった。自分でバラしてしまった…。
「早く行かないと、漏れちゃうわよ?」
「わ、分かってるわよ…っっ!!」
 そこでからかう様にくすくすと笑う茜にぷいっと背を向けると、急いで目的地へと向かっていく。
「あーもう、さっきから余計な話が長引いてすっかり…ん…?」
「……」

じーーーーーーっっ

 そして茜と分かれた後で慌ててトイレに向かっている途中、すれ違った1人の女の子に、じろっと睨まれてしまうわたし。
「…はい?」
 多分、水泳部員の1人なんだろう。ショートカットで小動物系とでもいうのか、なかなか可愛らしい顔立ちをしている小柄の女の子だった。
「……」
 しかし、結局彼女は何も言わずに、ぷいっと横を向いて立ち去っていってしまう。
「…えーっと、一体何なの…??」
 わたし、あの子に何か睨まれる様な事したっけ…??
「……」
 あー、いや。考えたら心当たりは山ほどある様な気もする。
『とりあえず、いい加減追い出される前に静かにしておくか…』
 というか、いつも付きまとってくる爆弾娘を大人しくさせておくと言った方が正解だろうけど。
 わたしは心の中で苦笑しながら、今度こそ小走りにお手洗いへと向かっていった。

3-5:本領発揮

「よし、今日はここまでね」
「ありがとうございましたぁ〜っっ」
 やがて日差しもピークを過ぎた頃、茜から告げられた終了宣言を受けて、わたしと柚奈は同時に深々と頭を下げる。
「とりあえず初日を終わってみて思ったんだけど…みゆ、なかなか筋がいいわよ?」
「そ、そう?」
 あ、何か嘘でも嬉しいかも。
「とりあえずこの調子なら…」
 しかし、続けて何か言いかけた所で、茜の唇の動きが止まる。
「この調子なら??」
「…そ、そうね…えーっと…」
 そして、何を言ったものかと、言葉を選んでいる素振りを見せる茜。
「何よ、結局はダメダメって事?」
「あ、いや…多分単位を取れる位はどうにかなるんじゃないかと…」
「…つまり、あんまり良くないってワケね?」
 それに対して、視線を逸らせて呟く茜に、ジト目で追求してやるわたし。
「あーでも、別に大会に出場する訳でも無いから…」
「茜、どんどんフォローが墓穴になってるからもういいって…」
 何か、聞いてる方が辛くなってくるし。 
「あ、あはははは…ゴメン…」
「ううん、ダメだからこそ、こうして茜に頼ってるんだし…ね?」
「まぁ、所詮は日頃の積み重ねなんだけど」
「う゛…っ、それを言われてると…」
 そこで痛いところを突かれ、思わず柚奈と2人で悶絶してしてしまう。
「あはは、まぁ精々頑張りなさいね?」
「はーい…」
「んじゃ、あたしはもう少し居残って練習するから、先に帰ってていいよ」
「うん。それじゃ…」
 そしてわたし達は茜と別れると、プールの水でふやけた身体を引きずる様に、トボトボとプールサイドから立ち去っていった。
「はぁ…何か疲れた…」
「うん、水泳って思ったより体力使うよね〜?」
 そんなわたしの呟きを受けて、苦笑いを浮かべる柚奈。
「…いや、半分はあんたの相手をして消耗した体力の様な気がするんだけど…」
 でもまぁ、この辺はもういつもの事になってしまっているのだが。
「ねね、それより、帰りに甘いものでも食べていかない??」
「お、いーねぇ。何処に行こう…ん…?」
「……」

じーーーーーーーーっっ

 やがてプールサイドを出ようとした時、先ほどわたしを睨んでいた女の子が、再びこちらの方を厳しい表情で凝視している事に気付く。
「…ん…??」
「……」
 そして、その視線に気付いたわたしが彼女の方を向くと、そのまま視線を外してプールへと飛び込んでしまった。
「…何なの、一体…??」
「あはは、何だかみゆちゃんの事を睨んでたみたいだね?」
「もう…柚奈がふざけるから、わたしがとばっちりを受けちゃったじゃない…」
 多分水泳部の面々にしてみれば、練習をしにきているのか、邪魔しに来ているのか分からなかったんだろうなぁ…。
「んーん。多分みゆちゃんに妬いたんだよ。茜ちゃんってみゆちゃんの事気に入ってるし」
 しかし、柚奈は首を横に振りながら、確信めいた表情であっさりとそう答える。
「…妬く?気に入る??」
「……」
 そこで、わたしは先日柚奈の言った言葉を思い出した。
「…なるほど。茜はモテモテ…か」
「そうそう。あの子、茜ちゃんにラブラブだし♪」
「はぁ…ラブラブ…ねぇ」
 モテモテにラブラブ…か。
 女の子同士でピンと来ない様で、凛とした茜の顔を想像すると、確かに分からなくも無い様な。
 現に、先ほど練習していた時も、茜が飛び込み台に立つ度に、「きゃ〜先輩頑張って〜♪」と言った黄色い合唱が響いてたし。
「となると、わたし達はますますもって邪魔者って事か…」
 これから、わたし達の態度に関わらず、ああやって睨まれるのかと思うと、少し気が滅入ってくる感じだった。
 何だか、すっかりと居心地が悪くなってしまったなぁ…。
『…しかも、これも全てはわたしが泳げない所為だし』
 全く、柚奈や茜と出会ってからは、何かと妙な因果が次々と発生してくるものである。
「あ、でも…そうなると、今日の練習が終わったあたりに…」
 一方、そんなわたしの呟きを尻目に、柚奈は何やらぶつぶつと独り言を呟いていた。
「ん…?」
「…それに、うまく行けば…」
 そして、ニヤリと口を歪める。
「……???」
 こいつもこいつで、何なんだ一体…??
「ね、みゆちゃん。後でまた戻ってこない?」
 そして、突然満面の笑みを浮かべながら、わたしにそう促してくる。
「後でって、なんでまた?」
「いいから。きっと面白いモノが見られるよん♪」
 イマイチ事情が飲み込めずにきょとんとしながらそう尋ねるわたしに、柚奈はにっこりと笑みを浮かべてそうのたまった。

そして…。

「ほらほら、みゆちゃんこっちこっち♪」
 空が夕日の赤色に染まり始めた頃、わたし達は再び更衣室の前へと戻ってきていた。
 というより、イマイチ気が乗らないわたしを、柚奈が強引に手を引いて連れて来ているだけなのだが。
「何なのよ、一体…」
 辺りを見回すと既にプールには人影は無く、水泳部の面々も練習を切り上げてみんな帰ってしまったらしい。
『って事は、ここには今柚奈と2人だけ…??』

にっこにっこ

「……」
 なんでこう、警戒してるつもりで無防備かな、わたしは。
「んで、戻ってきたはいいけど、一体何をするつもりなのよ?」
「まぁまぁ、そう慌てない慌てない」
 そして、柚奈は更衣室のドアを静かに開けて、「ほらほら」と手招きしてくる。
「あれ、もう誰もいないみたいだけど、鍵開いてるの?」
「んーん、多分まだいるよ。それより、見せたいものがあるから静かに入ってきて?」
「……???」
 良く分からないけど、まぁここまで来た以上は仕方がないか。
 とりあえず柚奈が何を見せたいのかを確かめようと、わたしは素直に更衣室へと入っていった。

「一体、ここから何が見えるっていうの?」
「んー、やっぱりビンゴみたいだね。ちょっと待ってて…」
 やがて、柚奈は隣の更衣室を隔てている壁へと耳を近づけて何かを確認すると、そのまま更衣室の隅の方へと移動して、置かれていた机と棚を持ち上げて静かにスライドさせていく。
「…何やってんの、柚奈?」
「はい。ここを見てみて?うふふふ…」
 その後、柚奈が含み笑いを見せながら壁の方へと指差すので、そちらの方へと視線を移すと、そこには目立たない様な、小さな亀裂が出来ていた。
「ちょっ、それって覗き穴…っ?!んぐ…っっ」
「しーーーーっっ、大きな声を出したら聞こえちゃうでしょ??」
 そこでおもわず驚きの声をあげ様としたわたしに、柚奈がわたしの口を手で塞ぐと共に、ヒソヒソ声でそう囁きかけてくる。
「ちょっと、なんでそんなもん知って…」
「…あん…っっ」
「はぁ…はぁ…っ、先輩…っっ」
『…え、えええ…っ?!』
 しかし、柚奈を問い詰めようとする途中で、不意に覗き穴の向こうから艶っぽい声が聞こえてきたのを受けて、思わず慌てて視線をそちらの方へと向けてしまうわたし。
「あ…っ、ん…っ、せんぱい…そこぉ…っ」
「くす、今日は自分からおねだりしてきただけに積極的ね…?」
「だ、だって…」
『なっ、なっ、ななな…っ?!』 
 その視線の向こうでは、濡れた水着姿のままの茜と、同じく未だに髪まで乾いていない小柄の女の子が絡み合っていた。
「ふふ…まだ水着の上からなのに、随分と敏感ね?」
「はぁ…っ、それは…先輩の指だから…あん…っ」
 そんな台詞と共に、茜の両手が紺色の薄い生地の上を優しく這いまわっていくと、相手の女の子は恍惚の顔を浮かべながら、もっと触って欲しいとばかりに自分の身体を擦り寄せる。
「いい子ね、可愛いわよ…?」
「せんぱい…んく…っ」
 そして、茜がご褒美とばかりに唇を重ね様とすると、相手の女の子は小さな手を背中に回して自ら受け入れていく。
「…うわー、うわわーっ…ごくっ…」
 今度はお互いの舌をあんなにねっとりと絡め合ってるし…。
 そんな官能的な光景に、思わず生唾を飲み込んでしまうわたし。
「ん…んん…っ」
「は…ふぅ…っ、ふぁぁ…っっ」
「……」
 その官能的な光景はもとより、実際に女の子同士でくんずほぐれつしている場面を見るのは始めてなだけに、刺激とショックは結構大きかった。
 しかも、うちの1人は親友の茜だし、それに…。
「…ってゆーか、茜の相手って良く見たら、さっきわたしを睨んでたコじゃない…?」
「…ね?」
「『…ね?』じゃないでしょ…?」
 面白い光景ってこの事かぁ…っっ。
「さっき、みゆちゃんに焼きもちをやいていたみたいだから、きっと今日の練習後は茜ちゃんを求めるかなーと思って」
 その後で、心底楽しそうにボソボソとそう付け加える柚奈。
「だからって、覗き見するのって悪趣味じゃない…??」
 しかも、よりによって自分の親友の情事をなんて。
「そぉ?こういうのって何だかドキドキしない??」
「ドキドキって…」
 …いやまぁ、確かにわたしの心臓もドキドキしてるけど。

「ぷ…はぁ…っ、ん…あ…っっ」
 やがて、わたし達がそんなやりとりをしている一方で、茜は唾液の糸を引きながら唇を離すと、そのまま首筋を経由して、相手の水着の胸元へと舌を這わせていった。
「ふふ…こういうのは、どう?」
 そしてそう囁くと同時に、ワザと敏感な部分を避けながら、胸の小さな膨らみを指と舌でゆっくりと焦らすように愛撫していく茜。
『あれって、柚奈も前にやったやり方だよね…??』
 まさか、茜直伝って言うんじゃないでしょーね…??
「はぁ…はぁ…っ、じらしちゃ…イヤですぅ…っ」
 すると、相手の女の子はもうすっかりと気分が高ぶって我慢が出来なくなっているのか、切なさそうな表情を浮かべながら、甘える様にしてそう訴える。
「なら、どうして欲しいの…?」
「…そ…その…敏感な所を…弄って欲しいです…」
「敏感な所?…それだけじゃ分からないでしょ?」
「あう…っ、ここ…胸の先っちょ…もう、切なくて…」
 そんな意地悪な質問に、恥ずかしさで茜と視線を逸らせて、自らの手で茜の手を胸の先端部分へと導くと、これが精一杯という様な口調で嘆願する女の子。
「ここなの…?」
「ふあ…っ!!は、はい…そこ…ですぅ…っ」
 そして、茜の指が彼女の求める敏感な部分を軽く摘んだ瞬間、びくんっと電気が走った様にその身体を仰け反らせた。
「くす…っ、触る前からすっかり固くなってるみたいね、夏美?水着の上からでもくっきりと形が浮かび上がってるわよ?」
「あふ…っ、そ、そんなコト言わないでください…恥ずかしい…んっ…」
「でも、恥ずかしいコトされればされる程、感じるんでしょ、あなたは?」
「は…はい…っ、んあ…っ、だから…もっと恥ずかしいコト…して欲しいですぅ…っ」
「あら。それじゃ、どうして欲しいの?」
 と言うか、もう既に分かってるだろうに、茜はそれでも決して焦る事無く、舌先で胸の突起をゆっくりと舐め上げながら尋ねる。
 それはまるで、じっくりと彼女の心を溶かしている様な、そんなやり口だった。
「ん…っ、今度は…水着の上からじゃなくて…直接…せんぱいに…はぁ…っっ」
「それじゃ、とりあえず上だけ脱がなきゃね。自分で脱ぐ?」
「あ…先輩に…脱がせて欲しいですぅ…っ」
「くす…いいわよ。夏美の可愛いおっぱい、見せてね?」
 彼女の懇願に、茜は満足そうな笑みを浮かべると、ゆっくりと肩ひもに手を伸ばして、するすると下ろし始める。
「ど、どうぞ…見て…ください…」
 それに対し、夏美と呼ばれた女の子は恥ずかしさと期待感で肩を小さく震わせながら、薄い日焼け跡に包まれた慎ましげな胸の膨らみと、その先にある桜色の小さな蕾を茜へと晒していった。
「ふふ…いつ見ても可愛い胸ね、食べちゃいたくなるわ」
「あ…嬉しいですぅ…っ、いっぱい…可愛がってくださいね…?」
「…ええ、いいわよ。ほら、力を抜いて…」
 そして茜はそう告げると、彼女の右の膨らみを優しく手で包むと、その先端を唇で挟み込む様にして口に含んでいく。
「あふぅ…っっ!!あ…ああ…っ、先輩の舌…夏美の胸に絡みついて…んふ…っ」
 すると、余程強い刺激が身体を巡っているのか、彼女はガクガクと足を震わせて快感に打ち震えていった。
「ん…っ、夏美のおっぱい…おいしい…」
「も…もっと…強く…んあ…っ、こっちの胸も…きゅっと摘んで…あふぅ…っ!!」
『うっひゃあ〜…っっ』
 もうすっかり陶酔モードに入ってしまっているのか、相手の女の子は恥ずかしそうに赤らめながらも大胆に茜の愛撫を求めていく。
『あの時、まかり間違って落ちてたら、わたしも柚奈にあんな事口走っていたんだろうなぁ…』
 そんな事を考え始めると、ますます見ていて恥ずかしさが増してきたりして。
「でも、あのコ可愛いよねぇ〜?実は中等部時代の去年、アイドルのオーディション受けて合格したんだよ?」
 そこへ食い入る様に見ていたわたしに、柚奈が頬を近づけてそう告げた。
「え…?んじゃ、あの子芸能人なの?」
「んーん。それがね、元々お姉さんが勝手に応募しただけで、本人はやる気は無かったらしいから断ったみたい」
「……」
 なんだ、そのベタな展開は。
「あ…っ、んああ…っ、気持ちいい…です…っっ」
「んじゃ、今度はこうしちゃおうかしら…?」
「あひぃぃ…っっ!!噛んじゃ…らめれすぅ…っ」
『うわー、もうすっかりメロメロ状態だし…』
 そして、そのアイドル候補だった女の子は、茜の腕の中で口元から涎の糸を引かせながら、快感に溺れていたりして。
「まぁ、既に茜ちゃんにベタ惚れしてたみたいだからっていう話もあるんだけどね」
「つまり、茜の手にかかってしまえば、どんな女の子でも…って訳?」
「んーん。茜ちゃんの場合、自分からじゃなくて、いつも相手の方から求められてってパターンみたいだよ??」
「うはぁ…っ、美少女キラー茜、か…」
 正に、男の子にとっては天敵とも言える存在なんだろう。
「んであのコね、茜ちゃんの水着を盗んでそれを使って一人エッチしてた所を見つかって、そのままカミングアウトしちゃったみたい」
「…おいおい」
 そーいうのは、ゲームとか漫画の世界だけかと思っていたら…。
『女子高って、結構怖い所なのねん…』
 一度理性のタガが外れてしまえば、男も女も無いって事なのかも。
 まぁ、ここにも年中外れかかっている奴がいるんだけど。
「…まさか、柚奈もわたしの脱ぎたて水着を狙ってるんじゃないでしょーね??」
 そこで、ふとそんな事を思いついたわたしは、ジト目で柚奈の方を向いてそう尋ねる。
「え〜、私はやらないよ…?」
「ホントに…??」
「うん、だって…」
 そこで独り言の様にそう続けると…。
「中身のない水着よりも、こうしてみゆちゃんを触った方がいいし♪」 
「ゆ、柚奈…っ?!」
 いつの間にか食い入る様に覗き穴の先を見入って無防備になっていたわたしのスキを突いて、柚奈は後から覆い被さる様に身体を密着させてきた。
「しーーーっっ、だから、大声を出すと隣に聞こえちゃうよ??」
 そして耳元で咎める様にそう告げながら、柚奈は後から自分の手をわたしの胸へと伸ばしていく。
「ちょ…っ、やめ…っっ」
「うふふ…さっきから茜ちゃん達の事をじっと見つめて…この前の続き、したくなったんじゃない?」
 その後で、ブラウスの上からその感触を確かめる様にわたしの胸をゆっくりと包みながらそう囁いてくる柚奈。
「あ…っ、ダメだって…っ」
「ほぉら、胸もこんなにどきんどきんと高鳴ってるし」
「ゆ、柚奈…さては最初からこうするつもりで…っっ」
「あは、正直予想以上の反応だったけど…概ね予定通り…かな?」
 そう告げると、柚奈は指をわたしの胸の先端がある部分へと伸ばして、優しく刺激する様に擦りつけてくる。
「こ…こら…っ、悪ふざけも大概に…んく…っっ」
「別に悪ふざけじゃないもん。みゆちゃんが大好きだから…だよ?」
「ば、ばか…っ、こんな時にそんなコト…あ…こら…っっ」
 しかし、そんな口説き文句を囁いてくる間にも、柚奈の手はブラウスのボタンを外すと、今度は胸を覆っている薄い生地の上から触れてきた。
「んく…っ、やめ……ひ…っ」
 今度は先ほどよりも柚奈の指の感触が、よりダイレクトにわたしの胸へと伝わってくる。
 つまり、それは逆に言えば柚奈の指にも…。
「んふふ〜っ、みゆちゃんの胸の先も、すっかり固くなってるよ?やっぱり覗いていて感じちゃったんだ?」
「ばっ、ばか…っっ」
 そして、そんな柚奈の台詞が耳元で囁かれた瞬間、わたしの顔は瞬間湯沸かし器の様に一瞬で沸騰してしまう。
「…ね、みゆちゃんも、あのコみたいに舌でしてあげよっか?」
「え…っ?」
「その方が、指よりもずっと気持ちいいよ…?」
「い、いいわよ…そんなの…んあ…っ?!」
 そんな柚奈に抵抗を示そうとすると同時に、柚奈の指先がわたしの胸の先をきゅっと摘み、電気が走った様な強い刺激が身体を貫いた。
 この…後から押さえ込んで強引な手を…っ。
「もう、相変わらずみゆちゃんってば強情なんだからぁ…」
「と、どっちが強情なのよ…っ」
「ん〜、まぁその方が楽しいと言えば楽しいんだけど」
「楽しいって…あく…っ?!…はぁ…はぁ…っっ」
 そして、もう一度胸の先をきゅっと摘まれてしまうわたし。
 ううっ、前から思ってたんだけど、もしかして柚奈ってSの気があるんじゃないでしょーね…?? 
「…それにしても、もし茜ちゃん達がわたし達に気付いたらって思うと…何だかゾクゾクするよね?」
「もう…っ、悪趣味…っっ、ヘンタイっっ」
「えー、愛情表現って言って欲しいなぁ…」
 続けてポンポンっと飛び出す軽口とは裏腹に、柚奈の奴はバックからわたしの身体をがっちりと固定して逃がれられない様にしていた。
「だから、そういう歪んだ愛情表現は…ひ…っっ」
 指先で休む事無く胸の先を刺激されながら、更に舌で耳や首筋を擽られていき、次第に身体の力が抜けていく。
「でも、身体の方はしっかりと反応してくれてるみたいだけど〜?」
「はぁ…はぁ…っ、違うってば…っっ」
「なら、もっと身体の方に聞いてみるしかないかなぁ?」
 あくまで抵抗しようとするわたしに楽しむような口調でそう囁くと、柚奈は耳たぶを甘噛みしてくる。
「ひ…ん…んく…っっ…」
 その瞬間、ゾクっとした感触が背筋を走ると同時に悲鳴をあげそうになるのを、何とか唇を噛んで耐えるわたし。
「ふふっ。よく耐えたね〜、みゆちゃん?」
「あ、あんたね…っ、いい加減にしないと…茜達に気付かれちゃうでしょ?」
「ん〜、私は別に構わないよ…?私的にそれはそれでアリかな〜って思ったりして」
 そんなわたしの必死の訴えに、あっさりとそう答える柚奈。
「そ、そんなぁ…っ」
「でもまぁ、茜ちゃん達もすっかりと2人の世界に入ってるみたいだし、心配はなさそうだけど」
「…え…?」
 そこでふと覗き穴の先へと視線を向けると、その先では相変わらず茜と夏美と呼ばれる女の子の秘め事が、いつ終わる事無く続いていた。
「あひ…っ、ふああ…っっ…せんぱぁい…っっ」
「ふふ…可愛い声をあげちゃって…そんなに気持ちいいの?」
 もうすっかりと身も心もとろけて虜になってしまったかの様な、とろんとした目つきで甘いあえぎ声をあげる夏美ちゃんに、茜は彼女の胸をねっとりと舐め上げながら、両方の手で腰から太ももにかけて、まるで生き物が絡みつく様に撫で回していた。
「はぁ…あ…っ、だって…ん…っ」
「それに、この辺りからぬるぬるしたモノが出てるけど、一体これは何かな…?」
 そう言って、太ももの付け根の辺りで指を回転させ、付着していた粘液を掬い上げる茜。
「そ、それは…恥ずかしいですぅ…っっ」
 そんな意地悪な質問に、夏美ちゃんは真っ赤になって顔を覆いながら、くねくねと身をよじらせる。
 恥ずかしがってはいるものの、もっと追求してくれと言わんばかりだったりして。
「ね、そろそろ夏美の一番敏感な所、触って欲しい?」
「…あ…っ、その…」
「ほら、自分の意志はきちんと伝えないとって、いつも教えてるでしょ…?」
「……そ、その…せんぱいに…触って欲しいです…」
「ふふ…良くできました」
 その後、一呼吸分の躊躇いの後で、おずおずと上目遣いでそう懇願した夏美ちゃんに、茜は満足そうな笑みを浮かべると、右手をゆっくりと付け根へ向けて移動させていった。
「あ…っ!はぁぁ…っっ」
 そして、茜の指先が彼女の一番敏感な部分へと触れると同時に、甘い喘ぎが漏れていく。
「まだ触れられても無かったのに、水着の上からでもわかる位に溢れさせてるなんてね…?」
 そのまま夏美ちゃんの秘所へと触れた指先で擦りつける様に刺激しながら、羞恥心で目を逸らせようとする彼女の顔を自分の方へと引き寄せる茜。
「あ…はぁぁ…っっ、だ、だって…大好きな先輩にしてもらってるから…」
「してもらってるから、何…?」
「は、恥ずかしいけど…いっぱい感じちゃいますぅ…っっ」
「……」
 …このままだと、わたしも柚奈に…。
 そんな意識が、わたしの心臓を圧迫して、どきん、どきんと重病を患った患者の様に高鳴らせていく。
『あ…ダメだって…覚悟してもいいかな、なんて思っちゃ…っっ』
 刹那の過ちが、後で取り返しの付かない事になるんだからっっ。
「さて、それじゃ私もそろそろ、今日のメインディッシュをいただいちゃおっかな♪」
「え…?メインディッシュって…きゃあ…っっ?!」
 しかし、理性の葛藤に決着が付かないうちに柚奈は突然そう告げると、手早く両手をわたしのスカートの裾へと伸ばして、一気に捲り上げていった。
「こ…っ、こら…っっ、やめてってば…っっ」
 突然柚奈の前にショーツ越しでお尻が丸出しの格好にされて、更に身体が熱く火照ってしまう。
「あ、ピンクのフリル付き…もしかして、こういう展開を予想してたとか…?」
「違うわよっっ」
 確かにお気に入りだけど、勝手に勝負下着扱いしないでってば…。
「うふふ、プールの水の匂いがまだ残ってる…」
 しかし、柚奈はそんなわたしの反論をあっさりとスルーすると、そんな呟きと共に、両手で感触をタカ締める様に撫で回しながら、舌をふくらはぎから太ももの付け根へと這わせてきた。
「はぁ…っ、ダメ…ぇ…っっ」
 その指先から伝わる、ゾクゾクとする様なくすぐったい様な感覚と、敏感になった肌を愛撫する柔らかい舌先の感触とが相乗効果で刺激して、わたしの足がガクガクと震えていく。
「ほらほら、しっかり立ってないと茜ちゃん達に見つかっちゃうよ?」
「わ、分かってるわよ…っ…はひ…っ?!」
 柚奈に言われるまでもなく、なんとか踏ん張ろうとするものの、その前に柚奈の指先が薄いショーツに包まれたお尻に伸びて、びくんっと強い刺激と共に身体が仰け反ってしまう。 
「うふふ、丸くて可愛いお尻だよね?それに、とっても柔らかいし…」
 そして更に、ぐりぐりと指先で円を描くように表面を弄り回しながら、その一方でスリスリと頬ずりしてくる柚奈。
「やあ…っっ、もう、ヘンタイ…っっ」
 ううっ…こういうのって何だか、もの凄く恥ずかしいんですけど…。
「…それに、感度の方も申し分なしって所かな…??」
「…あ…っ、はぁ…っ、こ…ら…っ、いつまでも調子に…」
「あは。茜ちゃんも目を付けてたみたいだけど、みゆちゃんの初物は譲れないんだから」
「え……?」
 やがて嬉しそうにそう告げると、柚奈はお尻を包む下着をゆっくりと下ろしていく。
「わ…っ、ばか…っっ、ダメだって…っっ」
 そこで慌てて抵抗しようとするものの、
「大丈夫。優しくしてあげるから…ん…っっ」
 そして半分位下ろした後で止めると、今度は柚奈の舌先がお尻の表面から窪みの入り口付近を這い回っていく。
「や…ぁ…っ、そんなトコ…っ」
「んふ…っ、気持ちいい…?」
「…っ、そんなの…っ、言えるワケないってば…っっ」
「もう、いい加減素直になればいいのに…」
 そう呟くと、柚奈の舌が更に奥まで入っていく。
「はぁ…あ…っ、ダメ…っ、それ以上は…ぁ…っ」
 このままだと、わたしは本当に柚奈の為すがままになってしまいそうだった。
「……っっ」
 今の状況から抜け出すには…茜に助けを求めるしかないんだろーけど…。
『でも、この状況じゃ、どうしようもないし…』
「はぁ…はぁぁ…っっ、せんぱぁい…っ、そこ…っ、いいのぉ…っっ」
「ほらほら、もっと可愛い声を聞かせて…?」
「はひぃ…っっ、摘んじゃ…ふぁぁぁ…っっ」
「…う〜っっ…」
 その茜は、相変わらず目の前の女の子しか見てないし…。
「うふふ〜っ、そろそろ全部脱がしちゃうね?」
「ち、ちょっと待ってっっ」
『もう…っ、元はと言えば茜が後輩を連れ込んで、イケない事なんてしてるから…っっ』
 八つ当たりなのは分かってるけど……茜のばかあっっ!!
「……??」
「…はぁ…っ、せんぱい…??」
「今、みゆの声が聞こえた様な…??」
 そこで突然、茜の愛撫する手がぴたりと止まると、きょろきょろと周囲を見回しながらそう呟く。
『え…?わたし声に出してないよね…??』
 それを見て、思わず慌てて自分の口を塞いでしまうわたし。
 ついでに、柚奈の手も思わず止まってしまい、覗き穴の方へと顔を向けてくる。
「みゆ…?それって今日、先輩と仲良さそうにしてた人ですか…?」
「あ、うん…気のせいよね、もうとっくに帰ってるはずだし」
「……」
「…先輩…あの人の事…好きなんですか?」
 そんな茜に、夏美ちゃんは表情を曇らせると、うつむき加減にそう尋ねた。
「好きって、どうして…?」
「だって先輩、私よりその人の事が気になってるみたいだし…」
「そんな事ないわよ。ほら、続きを…」
「……っ」
 しかし、そこで再び彼女の身体に触れようとした茜の手を、後に身をかわして逃れる夏美ちゃん。
「なつみ…??」
「…ゴメンなさい。でも私じゃ、先輩の2番目にもなれないみたいだから…」
「え…?」
『2番目…??』
 というか、2番目ってわたしの事??
「だからって、素直に諦めたりなんて出来ないですけど…でも…今日はもう帰ります…」
 そして茜にと言うより、自分自身に言い聞かせる様に呟くと、はだけた水着を整えていく。
「夏美、あたしは…」
「それじゃ、私はシャワーを浴びてきますね…?」
 そこで茜は何か言いかけるものの、夏美ちゃんは水着を整え終わると、無理した笑みを向けた後で、一方的にそう告げて小走りに更衣室を出て行ってしまった。
「……」
「…なつみ…ゴメン…」
 茜の方もショックだったのか、彼女が出て行った後も、そのままドアの方を渋い表情で見つめながら、その場に佇んでいた。
「……」
 そのゴメンと呟いた意味は何なの、茜…?
 追いかけないって事は、肯定したって事だよね…?
「ん〜、みゆちゃんも罪な女だねぇ?」
 そこで茜を見ながらあれこれと考え始めたわたしに、頬をつき合わせる様にして隣で見ていた柚奈が、ワザとらしい口調で囁いてくる。
「…知らないわよぉ、そんなの。それより、雲行きがヤバくなったから今のうちに出るわよ?」
 色々と気になる事もあるものの、とりあえず話が急転直下してきた以上、長居は無用だった。
 まぁ、覗いている事への引け目が今更強くなってきたのもあるけど。
「え〜っっ??もうちょっとだったのにぃ…っっ」
「もうちょっとじゃないでしょーが、あんたは」
 そんなわたしの台詞を受けて恨めしそうに訴える柚奈に、わたしは着衣を手早く直しながら、呆れた口調で突き返してやる。
『でもまぁ、お陰で助かったかな…』
 勿論、あの子には何だか悪いコトしちゃったとは思うけど…。
「ほら、茜達が戻ってくる前に出るわよ?」
「…う〜っっ」
 まぁ、だからと言って謝りに行くワケにはいかない。
 ともあれ、わたしはまだ不満そうな顔を見せている柚奈の手を強引に引っ張って、静かに更衣室から退散していった。

3-6:結局…。

「…んで結局の所、なんであの覗き穴の事を知ってたのよ?」
 やがて校門前まで来たところで、わたしはふと聞きそびれていた質問を向ける。
「ん〜?あれを元々見つけたのは茜ちゃんだよ。あそこから、あの子が茜ちゃんの水着で1人エッチしてるの見つけたんだし」
「それで、その事を茜から聞いてたってワケね。…って、あの場所へはどうやって入ってるの?」
「あの更衣室のカギは水泳部が預かってるんだけど…もしかして、みゆちゃん入ってみたい??」
「違うわよ…。ただ頭の中の疑問を残しておきたくないだけ」
 あんな所へ連れ込まれたら、もう泣こうが喚こうが抵抗できそうにないし。
「なーんだ…つまんないの」
 そこでわたしが素っ気なくそう返してやると、柚奈はぷいっとワザとらしく横を向いた。
「…どーでもいいけど、いつまで拗ねてんのよ?」
 そもそも、被害者はこちらの方なのに。
「だって…すっごくいい雰囲気だったのにぃ…」
「いい雰囲気だったっけ…??」
 と言うより、何か妙に不健康な空気が漂ってた様な気がするんですけど。
「う〜っっ。とにかく、む〜なのっっ」
「分かった分かった…んじゃ、どーすればいいの?」
 どうしてわたしの方が宥めないとならないんだかと思いながらも、とりあえず駄々っ子をあやす気分で柚奈に尋ねてみる。
「もちろん、どこかで続き♪」
「…いや、それ以外で」
 こっちとしては、それを避けようと代替交渉してるのに。
「むぅ…」
「まぁ、それ以外なら大体聞くけど…」
「……。だったら、せめてちゅーさせて?」
 すると、柚奈は拗ねた顔のままで、上目遣いを見せながらそう告げた。
「え、えええ…っ?!」
「それ以外なら、何でもOKなんだよね??」
「いや、確かにそれ以外って言ったけど…」
 だからって…。
「実はさっきの体勢だと、みゆちゃんにキス出来ないのがちょっと不満だったし」
 そう言って、にっこりと笑みを浮かべる柚奈。
「…う〜っ」
「…分かったわよ…仕方がないわねぇ…」
 まぁ、どうせファースト・キスはこいつに奪われてるんだし。
 …それに柚奈が求めているのは、わたしの身体よりキスだっていうのも、案外悪い気分でもないかなって思っちゃったから。
「やた♪」
 そしてしぶしぶ了承すると、柚奈は満面の笑みと共に、両手をわたしの背中へと回してきた。
「え…ち、ちょっと待って…ちゅーってまさかここで?!」
 それに対して、すぐ間近にまで迫った柚奈の唇を前にたじろぐわたし。
 ここって、思いっきり往来なんですけど…っっ?!
「ん〜?それじゃ、人気の無い所へ行く?」
「あ…いや、それは…(汗)」
「んじゃ、観念してね♪」
「…うう〜っ。何だかまた、どんどん柚奈の思うツボにハマってきてる気が…」
 とりあえず土曜日の夕方だし、誰かに見られる可能性は高くはないだろうけどさ。
「あは。気にしない、気にしない♪」
「も〜っ、早く済ませてよね…?」
「うん…」
「……」
「……」
 しかしその後、何故か柚奈は唇が触れ合うすぐ近くまで近づけたまま、動こうとしなかった。
「…どうしたの?」
「あのね、もしちゅーしなかったら、ずっとこのままみゆちゃんと抱き合ってられるかなって」
「あんたね…」
 こんな間近で、そんな恥ずかしい台詞を言わないでってば。
「後々まで残る想い出を急いで作るより、今幸せな時間が少しでも長く続きますようにって思っちゃったんだけど…これってワガママかな?」
 そしてそう告げると、柚奈はわたしの胸に顔を埋める様にして、自分の身体を預けてくる。
「……」
「…別にいいと思うよ?想い出なんて作っても、もしかしたら逆に持っている事を後悔するかもしれないし」
「うん…」
 と言うか、未来が今より幸せでなければ、想い出から得られるのは多分後悔だけ。
 …だから、わたしのお母さんも柚奈のお母さん…小百合さんとの事を進んで思い出そうとはしないのかもしれない。
『今より幸せな日常…か…』
 今のわたし達と同時期に学園内でも有名なアツアツカップルと言われてた、小百合さんとの想い出を楽しそうに話すお母さんと、それを避けようとする小百合さん。
 もし将来、柚奈と別れる道を歩いた場合、わたしはどちらの側に立っているんだろう…?
「……」
 まぁ、そんなの分かるワケないか。それ以前に、進路もロクに決めてないのに。
「ま、当面は逃げる気はないし、わたしの側にいたければ、好きなだけいてもいいんだけどさ」
 こうやって柚奈に好き勝手に掻き回されているのも、ある意味そんな無計画な自分への因果なのかもしれない。
「ホント…?」
「うん。でもね…」
 …とは言え…。
「……?」
「流石に、この往来でずっと抱き合ってるってのは、勘弁して欲しいなぁ…って思うんだけど」
「……。んふふ〜っ、やだ。ちゅーするまでは離れない♪」
 しかし、そんなわたしの台詞に柚奈は一瞬沈黙した後で、ぎゅっとわたしにしがみついたまま、幸せそうにそう答えた。
「もぉ…だったら、さっさと済ませてよっっ」
「ん〜っ。それじゃ、みゆちゃんの方からちゅーしてくれる?」
「え゛…っ?!」
 そして、ニヤリとした笑みを浮かべてそうのたまう柚奈。
「だって、私はちゅーより、ずっとこうしていたいし♪」
「あ…う…っ、卑怯者…っっ」
 しまった。また更に柚奈の思うツボに…っっ。
「ん〜ふ〜ふ〜っ。私は自分の素直な気持ちを言ってるだけだも〜ん♪」
「……」
「あーもう、分かったわよ。分かったら、顔を上げなさいっての」
 しかし、最早こうなってしまっては、それより柚奈を引き剥がす手段は無い。
『なしくずしってのは、多分こういうコトをいうんだろうなぁ…』
 また1つ勉強になりました…というか、気を付けないと。
「えへへ〜♪」
 ともあれ、わたしは覚悟を決めて柚奈と向き合うが…。
「……」

じーーーっっ

「……」
 あの、そんなに見つめられていると妙にやりにくいんですけど…。
「あのさ、目を閉じててくれないかな…?」
「…いいけど、ずるしない?」
「この期に及んで下手な小細工なんてしないわよ…」
 そもそも、そういうのは嫌いな性分だし。幸か不幸かは別として。
「ちゃんと唇にだよ…?」
「分かってるってば…」
 そしてそう告げると、柚奈はそのままそっと目を閉じた。
「……っ」
 そこで、何故か一瞬どきんっと胸が高鳴ったのを慌てて抑えるわたし。
『こうして静かにしてると、可愛いんだけどね…』
 と言うか、これ以上の美少女なんてそうそういるもんじゃないと思う。
 その閉じられた小さな唇も、思わず奪ってしまいそうになる位。
『いやまぁ、現に奪ってくれって言われてるんだけどさ』
 ああもう、何を自問自答してるんだろう、わたしは…。
「…しないの?」
「するわよ…大人しく待ってなさいって」
 そう告げると、わたしは柚奈の唇に吸い寄せられる様に自分の唇を近づけて…。
「ん……」
「…ん…っっ」
 自らの意志で、柚奈と口付けを交わしてしまった。
『うう〜っ、とうとうやっちゃったよ…』
 既に、柚奈とこうして唇を合わせたのは何度かあるものの、今回ばかりは言い訳出来ない既成事実になってしまってるワケで。
 …でも、柚奈の唇感触は柔らかくて暖かくて…決してイヤな心地では無いんだけど。
「……」
「……」
「…あのさ、盛り上がってる所悪いんだけど、そろそろ周囲の視線にも気付いた方がいいんじゃない?」
「……っ?!」
 そこで不意に声のした方を慌てて向くと、そこには呆れ顔を浮かべた茜が立っていた。
「やれやれ。人通りが絶えたとは言え、往来の真ん中で堂々と見せつけですかい?お熱いコトで」
 そして、大袈裟に肩を竦めながら首を横に振る茜。
「あ…茜…っっ。いつからそこに…」
「ん。あんた達が抱き合ってイチャイチャしてる時から」
「うげ…っっ」
 つまり、わたしからちゅーする所、見られてる??
「もぅ〜っ、いるならいるって言ってくれればいいのにぃ〜っ」
 茜の登場に慌てふためくわたしに対して、柚奈は何処か嬉しそうにそう告げる。
 それはまるで、目撃者がいる事に喜んでいる様な…。
「ちっ、違うの茜っっ、これは…」
「違うって、何が違うの…??」
「いいから。あんたは黙ってなさい、柚奈」
「やれやれ。また柚奈にしてやられたみたいね、みゆ?」
「…う〜っ、面目次第もございません」
 そんなわたし達のやりとりを見て、溜息混じりにそう突っ込んでくる茜に、わたしは何ともばつが悪そうに赤くなりながら頬を掻く。
『というか、もっと前から見てたんなら止めてくれればいいのに…』
 いやまぁ、茜は柚奈を応援すると公言しているだけに、敢えて邪魔する様な真似はしないのだろうが。
「んで、あんた達はどうしてここにいるの?」
「もちろん、茜ちゃんの練習が終わるのを待ってたんだよ♪」
 その後で、ふと思い出したかの様に返答に困る質問を向けてくる茜に、天使の笑みを浮かべながら、堂々と大嘘を付く柚奈。
「まさか、あれからずっとここでイチャイチャしながら…?」
「当然♪」
「んなワケあるかっ!!」
 一寸の迷いもなく頷く柚奈に、思わず力一杯突っ込んでしまうわたし。
「???…まぁ、いいけど」
「あ、あのさ、茜…」
「…ん?なに?」
「…あ、いや…何でもない…」
 そこでわたしは、ふと先ほど見た夏美ちゃんとの光景が頭に浮かんで、あれからどうなったか尋ねそうになってしまうが、慌てて口を紡ぐ。
 実際、茜に聞きたいことは結構あるんだけど、流石に覗いてましたとカミングアウトする訳にもいかないし。
「何よ、もしかしてあたしともキスしたいの、みゆ?」
 そんな煮え切らない態度をとるわたしに、茜は「かまーん」と両手で手招きしながらニヤリと笑みを浮かべる。
「だーかーらー、何でそうなるのよぉっっ」
「そうだよっ、みゆちゃんの唇は私だけのなんだから〜っ!」
「…言うと思ったよ、あんたなら」
 もう、いちいち突っ込む気も失せてきたりして。
「ん〜、ちょっと人恋しい気分だったからね。試しに言ってみただけだけど」
「茜…」
 何処まで本気なのか分からないけど、そう独り言の様に呟く茜は何処か寂しそうに見えた。
 やっぱり、さっきの事を引きずっているんだろうか…?
「んじゃあ、みゆちゃんの代わりに私とちゅーする?」
「え…?あ…う、ううん…冗談だから」
 そんな柚奈の申し出に、意外だったのか動揺を見せながら首を振る茜。
「と言うか、フォローにしてももっとマシな台詞は無いの、柚奈…??」
「だって人恋しいって言うから…」
「あはは、別にいいよ。元はといえばあたしが変な事を言ったのが悪かったんだし」
「……」
「……」
 と、そこで笑いながらそう言う茜だが、人恋しいという気持ちがあながち嘘ではない事を知っているだけに、放っておく訳にはいかない。
 あの様子だと、何だかわたしも全くの無関係って訳じゃなさそうだし。
「そ、それより部活帰りでお腹すいてない、茜?」
「あ、うん。そうだね…」
「んじゃ、今日はわたし達の奢りで、何か食べに行こうか?」
 ともあれ、わたし達は示し合わせる様にして、強引に茜の背中を押していく。
 …いやもう、わたし達はさっき行きつけの甘味屋でお汁粉を食べたりしてるんだけど。
 デザートは別腹って言葉があるけど、こういう時はすこぶる便利である。
「え?別に気を使わなくていいのよ?」
「まぁまぁいーから。こっちにはお嬢様が付いてるんだし」
「えー?もしかして私が奢るの…??」
「ふふん。しがない中流家庭に生まれたわたしと、上流階級のお嬢様である柚奈とは、同じ1000円でも相対的に価値感が違うものよ?」
「む〜っ、それって何だか住む世界が違うって言われてるみたいで嫌なんだけど…」
「まぁまぁ、冗談だってば」
 そもそも、茜への借りは半分ずつだしね。
「……」
「まぁ、そういう事なら、遠慮なくご馳走になろっかな」
 すると、茜はそんなわたし達のやり取りが面白かったのか、クスクスと笑いながらそう答えた。
「そうそう。今回は何も遠慮する事無いんだし」
「あはは。茜ちゃんには、しっかりと水泳の単位が取れる様にしてもらわないと」
 …ホントはそれだけじゃないんだけど、今のわたし達に出来るのはこの位だし。

「…ところで茜ちゃんって、好きな人はいないの?」
「……っ?!」
 その後、3人並んで歩き始めようとした所で、わたしが先ほど思いとどまった質問を、柚奈は屈託の無い笑みであっさりと向ける。
「好きな人…?いるよ…?」
「え…?!」
「だ、誰なの…?!」
 すると、あっさりと茜の口から出たカミングアウトの言葉に、思わず同時に茜を凝視してしまうわたしと柚奈。
「……」
「…もちろん、あんた達だよ」
 しばらくの間を置いてそう告げると、茜は両手でわたし達の肩へ手を回してくる。
「へ…??」
「きゃっ…?!」
「さ、話もまとまったし、早速食べに行こっか?もうお腹ぺこぺこだしね♪」
 そして明るい口調でそう告げると、そのまま茜に押される様にして夕日が沈みかけた校舎の門をくぐって行った。
「……」
「…これって、結局誤魔化されたのかな…?」
「ん。案外、それが本音かもよ?」
 その後、ひそひそと耳打ちするわたしに、柚奈はあっさりとそう答える。
「……」
 でもあの時、確かに夏美ちゃんは”2番目”って言葉を使っていたし、わたしは茜にとっての1番は今でも彼女の心の中にいると思えて仕方がなかった。
「ん、どうしたのみゆ?じっとあたしの顔を見てるけど」
「…ううん。多分、茜って本当はとっても一途なんだろうなって思って」
 今はまだ聞けないけれど…。
「は…いきなりどうしたの…??」
「何でもないっ。ちょっと、そう思っただけだから」
 もし、いつか聞くことが出来る様になったら、今度はわたしが応援してあげる。
「…変なみゆ。何処か頭でも打っちゃった?」
「ほほう。そんな事言ってると、奢ってあげないわよ?」
 だって、わたしにとって茜はお節介焼きの…大切な親友だから。
 きっと柚奈も同じ気持ち…だと思うけどね。
「そんなぁ…みゆ様ぁ〜っっ」
「おほほほ。頭が高くてよ♪」
「…みゆちゃんって、もしかして女王様願望があったりして」
「あんたに言われたくはないわよ、柚奈」
「え〜〜っっ??」
「あはは。確かに柚奈は昔…」
「…茜ちゃん。私がもう1人のスポンサーなの忘れてない…??」
 そこで茜の言葉が続く前に、柚奈が微笑を浮かべながら、威圧を込めてそう告げる。
 一瞬、柚奈の背景に「ゴゴゴ…」って見えた様な…。
「あ、あはははは…どうやらあたしは余計な事は一切喋れないみたいね…?」
「よろしい♪…と言うか、お互い黙っておきたい事って沢山ありすぎるし」
「まぁねぇ…」
「……」
 しかし、未だにわたしは時々こうして2人から目に見えない距離…疎外感を感じる事があった。
 …その理由は簡単。わたしはまだ、柚奈と茜の事を知らなさすぎるから。
「ところで、みゆは好きな人はいないの?」
 そんな事を考えている最中、不意に茜からそんな質問が飛んでくる。
「え…??」
「嫌いじゃないとか、そんな逆接の言葉を使わずに、好きと言える相手」
「……」
「あはは。そういう事になると、わたしもやっぱり柚奈と茜の2人共って事になっちゃうのかな…?」
 別にどっちか迷っている訳では無くて、どちらかが欠けても嫌。えらくワガママかもしれないけど、確かに今のわたしの本音はそれだった。
「ほらほら、やっぱりそうなっちゃうじゃない?」
「んー。結局、意味のない質問だったみたいねー…」
「ねぇねぇ、私には聞かないの?」
「柚奈の場合は、聞くまでもないじゃん」
「…無いわねぇ」
「むぅ〜っっ…みゆちゃん達が冷たい…」
 …本当は、柚奈くらい素直になれればいいんだろうけど。
『まぁ、いいけどね…』
 別に慌てる事も無いし。
 そもそも、真実を求める必要があるのかどうかすら、まだ分からないのだから。
「んで、何処に行くの?」
「そうね…水車でマウンテンフルーツパフェが食べたいかな」
「…茜が1人で?」
 確か、高さが30センチは超えてる巨大パフェだったハズだけど…。
 ちなみに、お代は税込み2500円也。
「いや、前から一度挑戦してみたかったんだけど、自分でお金出してまでするのもなぁ…って思ってたから」
「別にいいけど、桜庭家の家訓の1つは食べ物を粗末にしちゃダメだからね?私が奢るからには、その掟に従って意地でも全部食べてもらうよん?」
「…ちょっと考えさせて…えーと…」
「あはは。さぁどーする茜??」
 …ただはっきりしているのは、今こうして3人でいられる時間が、わたしにとっては幸せだと感じられる事。
 そしてどうか、この気持ちはみんなで共有出来ますように…と。

 わたしはいつの間にか、夕暮れから一番星が見えようとしている夜空に向かって、そんな願いを込めていた。


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