使が生まれる街で夢を紡ぐ その3


第三章 聖魔のチカラ

「は〜〜……っ」
 これまでにないギリギリの攻防を終えた翌日の昼下がり、わたしは朝からため息を吐きつつ、何ともいえない気だるさに包まれていた。
 まぁ、今はお昼ご飯の後だからというのもあるけれど、なんかこうRPGを続けていて途中でダルくなるのに似てる厭戦感というか、気持ち的にどっと疲れが出てしまっているというか。
「コラ、少しはしゃきっとなさいよ?せっかく、昨晩はめでたく中級天使に昇格したんでしょ?」
「めでたくって言われてもねー……」
 それから、ベッドの上で抱きまくらにしがみついてゴロゴロするばかりのわたしに、腰に手を当てたエルが母親みたいなコトを言ってくるものの、やっぱりまだ起き上がる気力は湧かなかった。
「ったく、格上げになってそんなに落ち込んでるヤツなんて初めて見たわよ」
「そりゃ、良かったじゃないの……」
 ルールと偶然に助けられて辛うじて生き残ったけど、自分の中では負けたと確信した後だけに、敗北感の中での格上げと言われても、テンションが上がるはずもなく。
「……にしても、強かったよね……」
「ん?」
「結局、あの死神っぽい女の子って何なの?イレギュラーとか言ってたよね?」
 ……ただ、それでもあれは規格外の強さというか、なんか住む世界の違う相手と遭遇してしまった雰囲気だったけど。
「んーまぁ言葉の通り、ルールの枠からはみ出した招かれざる客ってトコロかしら。一体どうやってエンジェル・タグを手に入れたのかは知らないけどね」
「それって、チートプレーヤーみたいなもん?」
 たしかに、一人だけ背中の翼が彼女の名前みたいに真っ黒だったし。
「アンタの言葉のイミはわかんないけど、いずれにせよ運営サイドは管理者権限での排除はせずに、敢えて放置するコトにしたみたいよ?」
「えー……なにそのダメ運営……」
 オンラインゲームなら、炎上して祭りになるレベルである。
「ま、そこは色々とワケアリなんだけど、とにかくアイツには深入りしない方がいいわ。次に見かけた時は敵の一人としてちゃちゃっと処理しちゃって」
「それが出来そうなら、こんなに沈んでないだわさ……」
 なーんか苦手意識を植え付けられた感じだし、できれば他の強プレーヤーさんが倒してくれると有り難いんだけど……。
「…………」
(……でも……)
 何やらミステリアスな雰囲気を漂わせてムチャクチャ可愛かったから、もう一度遭遇してみたい気持ちも心の片隅にはあったりして。
 ……いや、あくまでわたしの一番はおねぇちゃんだけど。
「んで、結局どーすんの?今日は夜までそうやって転がってる気?」
「うんにゃ、一応これから予定もあるしそんなつもりも……って……」
 しかし、そこからエルに言葉を返したところで、不意に忘れていた時刻のチェックを思い出したわたしは、壁時計の針を見るや慌てて身を起こす。
「うわ、もうこんな時間……っ?!」
 そして、急いで着替えようとクローゼットを開けて、手持ちの服の中から一番可愛いのをいそいそと選び始めてゆくわたし。
 お昼ごはんを食べても気だるさが抜けなかったので30分だけゴロゴロしているつもりが、いつの間にか一時間近く経っていたりして。
「あによ、おデートの約束かなにか?」
「うん。もうそろそろ、お姉ちゃんと“偶然に”遭遇するはずの時間だし」
 それでもって、また一昨日みたく買い物の手伝いをして、あわよくば住んでる場所まで聞ければなーと思ってるんだけど。
「……ったく、コイツは……はー、まぁいーわ。それでそのウジウジした気分が晴れるなら大目に見るけど、ちゃんと夜には帰ってくんのよ?」
「分かってるってば。あははー」
 本当は、おねぇちゃんの家に押しかけてお泊りもしたいけど、まだ休むワケにはいかないしね。

                    *

「ぜぇ、ぜぇ……うう〜っ、今日も寒い……っ」
 それから、時計を気にしつつ入学式以来くらいのおめかしを終えて家を出たわたしは、まずは電車に乗って最寄の駅まで移動した後に、歩いても間に合うのは分かっているのについ全力で約束の場所へと駆けていた。
「さぁて、おねぇちゃん待ってるかな……?」
 正式に約束して会うのがダメなら、偶然の鉢合わせに見せかければいいじゃないというのは我ながら白々しい浅知恵だけど、それでも優奈お姉ちゃんも苦笑いしつつ話に乗ってきたのを見るに、やっぱり気持ちはわたしと同じなんだろう。
 ……ってことで、先日の別れ際に本日の午後三時頃に市内の中央公園で散歩してるかもという独り言を聞いたわたしは、それに合わせて出向いて来たものの……。
「……ん……?」
 しかし、目的地のすぐ近くまで差し掛かったところで、ふと歩道を歩く人通りの中に気になった顔を見つけて足を止めるわたし。
「あれって、もしかして……?」
 その小柄でフラットな体型の女の子は、ファー入りニットコートにミニスカート、更にその下のストッキングや靴にいたるまで全身黒ずくめで、もしかしたら下着までそうなのかもしれないけれど……。
「…………」
「…………?」
(あ、やっぱり……)
 とにかく、間違いない。
 やがて、じっと観察していた視線に気付いてこちらへ振り返ってきた、童顔で綺麗な黒髪をストレートロングで靡かせるあの美少女は、昨晩に死闘を繰り広げた「烏」と名乗った死神のコだった。
「おーい!からすちゃ〜〜んっ!」
 一応、エルからは深入りしない方がいいと忠告はされたけど、こうやって見かけてしまった以上は、知らん振りなんてしたくない。
「…………」
 もしかしたら、話でもするうちに打ち解けて苦手意識も消えるかもしれないし……ってコトで、わたしは右手を大きく振って相手の名を呼びつつ、無言で足を止めた烏ちゃんのもとへと駆け寄っていった。
「はぁ、はぁ……いきなりゴメンね……でも……」
「ふぅ……。私には、あまり関わらない方がいいですよ?」
 すると、足を止めて待ってはくれたものの、息を切らせてすぐ目の前までやってきたわたしへ向けて、烏ちゃんは小さなため息混じりに素っ気ない忠告を返してくる。
「どうして?」
 思わず、問答無用で抱きしめたくなるくらいにカワイイのに。
「どうしてと言われれば……不吉な存在ですから」
 しかし、烏ちゃんの方は冷たくそう続けると、ふいっと視線を横に逸らせてしまった。
「不吉って……カラスだから?」
「ええ」
「ええって……」
 こっちはジョークのつもりだったのに、あっさり肯定されてしまった。
 ……でも、カラスの割にはすごくいい匂いがするんだけど。
「…………」
 それに……。
「……なんですか?さっきからまじまじと……」
「いやー、やっぱりカワイイなぁと思って……」
 なんと言ったって、これに尽きる。
 改めて間近で見ると、烏というより黒猫っぽくて、ネコミミバンドとか犯罪的に似合いそうな。
「……っ、もう、なんなんですか貴女は……」
 しかも、褒められ慣れしていないのか、面と向かってカワイイと言われて見せた焦りと照れの混じった反応が、またわたしのハートにズキューンと突き刺さったりして。
(なるほど、これが昔に流行したらしい”萌え”というヤツですか……)
 なんかもう、油断してたら鼻血が吹き出そうだし、確かに恐ろしい存在である。
「ふぅ……。用事がないのなら、私はこれで帰りますよ?」
「ああ、待ってっ……えっと、烏ちゃんってこの市内に住んでるの?」
 ともあれ、それから呆れた様子で烏ちゃんが会話を打ち切ろうとしたのを見て、慌てて本題へと入ってゆくわたし。
 いくら眼福でも、目下最大のライバルなんだから、やるコトはやっておかないと。
「ええ、今は……ですけど」
「んじゃ、学校はどこ通ってるの?」
「……それを聞いてどうするんですか?」
「いや、別にどうもしないけど……」
 ただ、せっかくだから得体の知れない部分を少しでも埋めたいなと思ってるだけで。
「そうですか……。では、そろそろ質問攻めは勘弁してもらえません?」
 しかし、それはあくまでこちらの勝手な都合であって、烏ちゃんは黒曜石の様な瞳を伏せて冷たく突き放してきたものの……。
「あ、ゴメン……やっぱり、いきなり鬱陶しかったよね……」
「……まぁ、もう一つくらいなら構いませんけど……」
 そこで項垂れつつ素直に謝ったわたしへ、烏ちゃんは素っ気無くも会話を続けてくれた。
(お、もしかしてツンデレというやつ……?)
 まったくもー、あざといんだから……ってのは置いといて。
「えっと……んじゃ、もう一つだけ。あのね、もしあの大会で最後まで勝ち残ったら、烏ちゃんはどんな願いを叶えてもらうつもりなの?」
「願い?」
 それから、お言葉に甘えて一番図々しくも聞いておきたかった質問を向けると、虚を突かれた様にきょとんとした反応を見せてくる烏ちゃん。
「うん。烏ちゃんだって、願いを叶えてもらう為に参加してるんでしょ?」
「……ああ、そうでしたね。まだそういうのは考えていませんでしたが……」
 そして、念を押すわたしに考える仕草を見せつつ、特に興味も無さげに返した後で……。
「むしろ、その件は私の方がお伺いしたいです。……貴女は、あの戦いの先に何を求めているんですか?」
 今度はこちらを上目遣いに見据えながら、逆質問されてしまった。
「なにをって……」
 もちろん、明確な目的はあるんだけど、ちょっと他人に言うのははばかれる様な。
 ……いや、こっちから無遠慮に尋ねておいてムシのいい言い草なのは自覚しているとして。
「口ごもっているのは、言えないからですか?それとも、回答を持ち合わせていないのか」
「まぁ、一応は前者なんだけど……」
「…………」
 すると、答えなさいといわんばかりの圧力をはらんだ、少しキツめの視線をじっと向けてくる烏ちゃんなものの……。
(しかし、そーいう表情も可愛いんだよねぇ、これが……)
「……思い過ごしならいいですが、さっきから侮られてません、私?」
「き、気のせいでしょ、多分……」
 すると、思わず顔がニヤけてしまったのか、憮然とした顔で睨んでくる烏ちゃんに、慌てて表情を戻して否定するわたし。
 ……というか、昨晩に対峙した時はあんなに怖かった(自称)死神さんが、まさかこんな卑怯なまでに可愛らしい生き物だったなんて……。
「まぁ、いいです……。しかし、一つだけ忠告しておきますね?」
 ともあれ、そんなわたしに烏ちゃんは小さく溜息を吐いた後で、静かに切り出してくる。
「忠告?」
「おそらく、いえ間違いなく天使軍はなんでも願いを叶えるという餌を撒き、この街の住人を利用して実験を行なっています。とりわけ、その中心となっているのは貴女ですが」
「……そういえば、昨晩もそんなコト言ってたっけ?」
「途中で敗北してしまえばそれまででしょうが、知らずのうちに後戻りできない処へ足を踏み入れていた、なんて状況にならない様に精々用心した方がいいですよ」
「えっと……そんなコトを言ってくる烏ちゃんって、一体……」
「……この私が何者であるか……本気でそこへ触れるつもりなら、相応の覚悟が要りますけど?」
 結局はそれが一番得体の知れない部分だし、同時に好奇心も感じているものの、先に脅すような前置きをされてしまう。
「そんなの、今更だよ……。死んだお姉ちゃんが天使になって戻って来たくらいだし、今さら少々のコトじゃ驚かないって」
 もちろん、それがハッタリとは思わないけど……でも、わたしとしてもここで引けない。
「……そうですか。ならば、貴女にだけはカミングアウトしますけど、他の人には内密に願いますね?」
 すると、そんなわたしへ烏ちゃんは少しの間を置いて淡々と頷くと、指先でおいでおいでしてくる。
「もっちろん。ぶっちゃけ今回は誰にも言えないヒミツだらけだし」
「では、お耳を拝借……」
 そこで、吸い寄せられるようにしてわたしが即答で近づくと、烏ちゃんは耳元へ口を近づけ……。
「実はですね……私の正体は死神じゃなくて……悪魔なんです」
「え?!……あく……んぐっ」
 ぼそぼそとナイショ話をするようにショッキングな言葉を告げられ、思わず復唱しかけたところで烏ちゃんに口元を押さえられてしまうわたし。
「……では、私はこれで。次に彼の場所で対峙した時は、確実に仕留めさせてもらいますから」
 それから、烏ちゃんはそう続けた後に口を塞いでいた手を離すと、今度こそわたしから背中を向けて立ち去って行ってしまった。
「…………」
 アクマて……。

                    *

「ごめーんお姉ちゃん、ちょっと遅れちゃった……って……」
 やがて、烏ちゃんと話し込んでしまったのもあって、予定の時間から十分ほど遅刻して中央公園内にある待ち合わせのベンチ前へ駆け込んだものの、待ち人の姿は無し。
「あれれ……ん……?」
 ……まさか優奈おねぇちゃんがこれくらいで怒って帰るわけもなしで、辺りをきょろきょろしてみれば、すぐに姿は見つかったんだけど……。
「あーもう……相変わらずだなぁ……」
 思わず苦笑いというか、お姉ちゃんは近くの高い木の上に登って、根元で心配そうに見つめる親子の視線を浴びながら、枝に引っ掛かった赤い風船の紐に手を伸ばしていた。
 ……わたしに言わせれば、木に登る危険と風船ひとつの価値なんてとても釣り合うものじゃないだろうに、それでも行ってしまうのが優奈おねぇちゃんというか。
「…………っ、く……っ」
「がんばれーっ!」
(ったく、やれやれ……)
 あんな調子だから、もしかしたらあの日の事故を回避できても、いつかは子犬でも庇って命を落としてしまっていたんじゃないかなと思ったりもして。
「……もう、すこし……取れた……!」
「あ、危ないっ!」
「え……?ひゃあ……っ?!」
 すると案の定というか、やがてお姉ちゃんは太い枝に片手でしがみつきつつ、めい一杯伸ばした右手で風船の先の紐を掴んだものの、無理な態勢にバランスが崩れて落下してしまった。
 ……その高度、2メートルちょいくらいだろうか。
「おねぇちゃんっ?!」
「すっ、すみません、すみません……!」
「…………」
「はー……大丈夫、お姉ちゃん……?」
「んふふ、だいじょーぶ♪」
 それから、待っていた親子が狼狽しまくる傍らで、近づいたわたしが溜息を吐きつつ顔を覗かせると、愛しのお姉ちゃんは風船の紐を掴んで地面に仰向けたまま、満面の天使の笑み(エンジェリック・スマイル)を浮かべてピースサインを向けてきた。

                    *

「……もう、天使サマになったから平気だろうと思って黙って見てたけど、気をつけてよね?」
 やがて、日曜日の朝にやってるアニメのキャラ入り風船を持ち主に手渡し、救急車の手配の申し出は丁重にお断りした後に並んで待ち合わせ場所まで戻ったところで、改めてため息混じりに注意を促すわたし。
 まぁ、ヘンなトコロは頑固だから、どうせ言っても聞かないんだろうけど。
「あはは、ごめん……本当は翼を出せたら簡単だったのにね」
「そういうモンダイじゃなくって……でも、昔からお姉ちゃんはそうだったもんね?困ってる人を見れば絶対に放っておけなくて……」
「うん、ゴメンね……」
「だから、どうしていちいち謝るんだか……。でも、そんな優奈お姉ちゃんだから、天使になってしまったと聞いた時も、最初は驚いたけどすぐに納得しちゃったよ」
 生前から自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする姿は、天使様そのものだったんだから。
「うーん……。でも、実際の天使は思ってたのと違ったかも……」
 しかし、賞賛半分皮肉半分でそう言って肩を竦めて見せたわたしに対して、お姉ちゃんは視線を落としたまま、ぽそりと呟く。
「え……?」
「ううん、なんでもない。……それより、昨日も見てたけど愛奈ちゃん、すごく頑張ってたね?」
 それでも、おねぇちゃんはすぐに顔を上げると、出かける前までの憂鬱な気持ちが救われるような言葉をかけてくれた。
「えへへ、結構危なかったんだけどなんとかね。エルはイレギュラーとか言ってたけどさ」
「そうなのよ……。彼女は元々今回の参加対象外だったんだけど、本来の届け先で参加を断られて持ち帰っていたエンジェル・タグの一つが奪われちゃってね。どうやら、それを使って入ってきてるみたい」
「あ、やっぱり不正ユーザーだったんだ?」
「ええ、エルビッツが使えない代わりに、武器や翼は自前で用意しているみたいだし」
「だから、翼もわたし達のと違ってたのね……でも、だったら締め出し(BAN)されないの?」
「……普通はそうするべきなんだけど、上層部から暫く放置しておいてくれと要求が出ていてね?邪魔ってだけじゃなくて、どうやら都合がいい部分もあるみたい」
「はー、運営が荒らしを放置しておく都合ってなんだわさ……あ、でもさっき近くを歩いてたのを見かけたから、声かけてみたんだけど……」
「え……?!」
 ともあれ、話題が烏ちゃんの方に向いたついでに、さっきまでのやり取りをわたしが振ると、お姉ちゃんは珍しく表情を険しくさせてきた。
「おねぇちゃん?」
「……それで、そのコはなにか言ってたかな?」
「うんまぁ、言われたことはイロイロだけど、とりあえず一番驚いたのは、『自分は悪魔だ』ってさ……」
 確かに、烏ちゃんは天使よりも小悪魔ってタイプかもしれないとしても。
「そっか……。まぁ、こっち側で危害を加えてくるコトはないだろうけど……」
「えっと、わたしの方は半信半疑なんだけど、悪魔ってホントなの?」
「……ええ。彼女……霧ヶ谷(きりがや)烏ちゃんは、いわゆる“魔族”だから」
 ともあれ、ここで改めて真偽を尋ねるわたしに、お姉ちゃんは真顔で肯定してくる。
「魔族……?」
「言葉の通り、天界の天使軍のライバルにあたる、魔軍に属する魔界の眷属ね。私達みたいな天使がこうして人間界へお邪魔しているのと同じく、魔軍のエージェント達もこっそりと潜り込んでいる事があるの」
「つまり、やっぱり人間じゃないって意味よね?……あんなにカワイイのに……」
 ……となると、お尻の上には悪魔の尻尾でも生えてたりするんだろうか?
「まぁ、魔人族っていう人にそっくりな種族だから、ぱっと見じゃ見分けはつきにくいんだけど」
「んじゃまさか、そうやって油断して近づいてたら、捕まって食べられちゃったりして?」
 ……まぁそこで、ちょっと性的なイミでのを想像してしまったのは自己嫌悪だけど。
「ううん、おそらくだいじょーぶ。今は天使軍と魔軍の間で、人間界にいる間の現地の住人への手出しを禁じる紳士協定が結ばれているから。……ただ、用心の為には不用意に関わらない方がいいかしらね?」
「うーん、せっかくあんなに可愛らしいんだから、むしろお近づきになりたかったんだけど……」
 というか、昨晩から烏ちゃんのコトが頭から離れないし、もしかしたら既に魅入られ気味かもしれない。
「む……やっぱり、キケンだから近づいちゃダメ」
 すると、そんなわたしに優奈おねぇちゃんは憮然とした顔を見せつつ、きっぱりと釘を刺してきた。
「えっと……妬いてる?」
「ダメなの?」
「もちろん、だめじゃないけど……」
 でも久しぶりだなぁ、露骨にヤキモチ焼いてくるおねぇちゃんを見るのは。

                    *

「……でも、夜な夜なバーチャル空間で天使ごっこなんてやってると、なんだかリアルでもこのまま飛べそうな気がしてくるよね?」
 ともあれ、それから烏ちゃん絡みの話題も途切れた後で、鮮やかな色に晴れ渡った青空を見上げつつ呟くわたし。
 ここら一帯の市街地は初日や三日目の戦いの舞台になっていて、一昨日はちょうど背後の噴水を挟んで派手な撃ち合いもしていただけに、ちょっと現実と虚構の境目が曖昧になってきてる気がする。
「あら、現実世界でも飛んでみたい?」
「ん〜。こういう天気のいい日に飛べたらさぞかし気持ちよさそうだけど……でも、ぶつかったり墜落したらヤバいよね?」
 あと、今の時期の上空はムチャクチャ寒そうだし。
「うーん、天使になれば少々の高さから墜落した程度じゃ死ななくはなるけど、でも痛いコトは痛いかも」
「痛いのはやだなぁ……。でも、お姉ちゃんはリアル天使さまになったんだから、飛べるんでしょ?というか、飛んで来てたよね?」
「ええ。だから、愛奈ちゃんが望むなら、星空のお散歩に連れて行ってあげたいんだけど……」
「できたら、暖かくなってからがいいかな……でも、その頃にはもう居ないんだっけ?」
「そうね……。今の私は天界からこちらに“出張”して来ている身だから……」
「…………」
 ……だから、里帰りではあるけれど、もうここは居場所じゃない……か。
 まぁ、こうやっておねぇちゃんと会えるなら、今はそれで満足すべきだろうけど……。
「…………」
「……ね、お姉ちゃんが召された天界って、この空の彼方にあるの?」
「ううん、ちょっと説明が難しいんだけど、こことは次元の異なる世界になるのかな。ポータルを通じて繋がってるコトは繋がってて、向こうからこちらへは来られるけど、逆は難しいの」
 それでも、何となく割り切れなくて天界とやらの在り処を食い下がって尋ねてみるわたしへ、腕組みして難しい顔を浮かべつつ、申し訳なさそうに答えてくるおねぇちゃん。
「……よく分からないけど、んじゃ、もしわたしがお姉ちゃんを追いかけて行きたくなっても、ムリなんだ?」
「ええ。天界へ入るには“主”からの許可(パーミッション)が必要だし、それに何より生身の人間は入るコトができないの。行けるとしたら魂だけ」
「つまり、生きてる間はダメってコトね。はー……」
「ごめんなさい……」
「いや、だからどうして謝るかなぁ……」
 優奈お姉ちゃんが謝罪しなきゃならない非なんて無いはずなのに、何だか勝手に思い詰められてるみたいで、わたしも辛いんだけど……。
「…………」
「…………」
「……えっと、そういえばもうすぐお正月だけど、お姉ちゃんはどうするの?」
「う〜ん、久々に神山(かみやま)神社へ初詣にでも行きたいけど、生憎、もうそういうトコロには気軽に入れない身なのよねぇ……」
 それから、しばらく気まずい沈黙が続いた中で話題を変えたくなったわたしが何となく水を向けてみると、お姉ちゃんは自虐気味な笑みを浮かべてそう告げてくる。
「あー、やっぱ色々しがらみがあるんだ?」
「まぁ、神域は排他的な場所だから……。といっても、入ったところで何か騒ぎが起こるってコトもないだろうけど、似たような立場になった身としてはケジメとしても、ね」
「……んじゃ、せめて一緒におせちでも食べようよ?何なら、わたしが作って持っていくし」
 もっとも、わたしの料理スキルじゃおせちというより、ただのお弁当だろうけど。
「手料理は嬉しいけど、お正月は愛奈ちゃんも忙しいでしょ?」
「でも……わたしはそれよりおねぇちゃんと一緒に……」
 どの道、優奈お姉ちゃんのいない団欒の時間はイヤでも勝手にやって来るんだし。
「……んじゃ、ずっとはムリだけど、三が日のどこかで会いましょうか?」
 しかし、それ以上は言わせて貰えず、お姉ちゃんに妥協案で遮られてしまう。
「……うん……」
 やっぱり、今はそれが精一杯、か。
「ふふ、初詣はムリだけど、せめて二人でお正月らしいコトはしましょうね?かるたは人数が足りないとしても、羽根突きとか、駒も回してみたり……」
「んー、あとは姫はじめ、とか……?」
「え……?」
「……ゴメン、聞こえてたら何も聞かなかったフリして……」
(はー、いきなりナニを口走ってるんだか、わたしゃ……)
 とにかく、今はガマンの時。
 いつか再び、こうやって寄り添っているのが当たり前になる日常を取り戻すまでの、ね。

                    *

「……おおおおを、すご……!」
 やがて、おねぇちゃんとの楽しいひと時も終わって迎えたセラフィム・クエストの夜、エルの言葉通り中級天使に昇格したわたしは、ロビーのステージで早速その変化を実感していた。
 見た目の分かりやすい特徴としては、今まで一対の二枚だった翼がダブルの四枚に増えているんだけど、試しに飛んでみたら倍どころか三倍以上の体感速度だし、何やらパワーにも満ち溢れてる感じで、確かに一つの節目と言える強化っぷりだった。
「速度だけじゃなくて、込められた神霊力のキャパが増してブキの威力も上がってるから、昨日までのアンタ自身と戦ったら瞬殺ものよ?」
「たしかに、この翼なら昨日の烏ちゃんにも勝てたかな……?」
 と、これで少し自信を取り戻しかけたものの……。
「……けど、他の勝ちあがった人達も、同じくパワーアップしてるんだよね?」
 すぐに自分も大勢の中の一人にしか過ぎない現実に気付いて、冷静になるわたし。
「ホント、妙なトコでネガティブよねー、アンタ……。素直に、今のわたし最強無敵!でいいでしょーに」
「ま、上には上がいるが常に合言葉の凡百ゲーマーですから、わたしゃ」
 ただ、だからこそ調子に乗りすぎずに失態を防げてる、とは思ってるんだけど……。
「……というかさ、アンタってまずは予備線張るタイプでしょ?いくら他と少し違う存在だからって、ホントに自信の無いコがここまで残ってるワケないし」
「う……で、でも、自信過剰よりはいいじゃない?」
「さぁて、どーかしらね?」
「手厳しいなぁ……んじゃ、お姉ちゃんはどうなの?」
「あのコは、大体は聡明で冷静ね。妹が絡むと途端にアホの子になるけど」
「……おねぇちゃん……」
 きゅん
「だから、そこで胸を高鳴らすんじゃない、このヘンタイ姉妹っっ」

                    *

「……あ、そういえばさっきアンケートの集計が終わった報告を受けたんだけど、結果見とく?」
 それから、短い飛行練習を終えた後で、そろそろ武器を装備しようと手を伸ばすわたしだったものの、エルが思い出したようにそれをすり抜けて水を向けてきた。
「アンケ?」
「そ。各プレーヤーのもとへ派遣されてるエルビッツ達が調査した、みんなの願いゴト。ちなみにアンタのは出かけてる間に、このあたしが書いといてあげたから」
「うわ、勝手に……」
 そして、エルはわたしからの抗議を無視して返事も待たず、すぐ前方の星空を巨大なスクリーンに見立て、多い順らしき横長のデータバーを何列かで表示させてきた。
「対象は四日目を終えて生き残ってるプレーヤーだけど、まだ何千人単位のハナシになるから、近いものは一つに纏めてランキング形式にしてみたの」
「へー……」
 表示されたリストは、順位の横に「宝くじを当てる」、「好きな人と結ばれますように」といった大まかな項目とその数、あとはその下にいくつかのサンプルで具体的な願いがイニシャルや年代付きで紹介されているんだけど、十〜二十代が多い中にも親世代で頑張ってる人もちょくちょく残っているのはなかなか興味深かったりして。
「まー、お金持ちになりたいとか、出世したいとか、恋愛がらみとか、欠点を克服したいとか、上位は大体予想通りのが多いんだけど……」
「中には、難病の家族を治して欲しいってのもあるね……」
 病気や怪我の快癒の願いも上位グループにあるけど、こういう切実なのは見てて胸が痛んできそうだった。
「そーやって、自分じゃどうにもならないコトまで気に病んでしまうトコロは姉とそっくりね?だからって、もしこういった手合いと鉢合わせて頼まれたら、勝負を譲れる?」
「……それは……」
「ヒトの運命ってのはね、ジタバタしなくても然るべき道へ進むようにデキてんの。それに抗おうとするのも自由だけど、叶わない方が当たり前なのはカクゴしておいてもらわないと」
「うん……」
 今のは、ちょっとわたしにも耳が痛かったけど……。
「それより、少数派の方がなかなかアホらしくて面白いわよ?……ほら、本物の魔法少女になりたいってのもあるし」
「うわぁ……」
 ともあれ、続けてエルがリスト最下層の前まで飛んで促してきたのを見てみると、確かにさっきの願いとの格差がひどすぎるモノばかりだった。
 ゲーム機の規格統一して欲しいとか、まぁ分からないでもないけどここで願うコトか?と。
「ちなみに、アンタのも判別が難しかったみたいでこっちに載ってるわよ?ほら」
「えー、上位に家族の絆を取り戻したいってのがあるじゃないのよ、って……」
 自分の願いも、てっきりそこに含まれているものと思いきや、隅っこの方にAAさん(♀・十代)で「お姉ちゃんのお嫁さんになりたい」という記述が。
「ちょっ……?!」
「ベツに、大きく間違っちゃいないでしょ?」
「……う〜っ、わたしだってAカップは一応あるもん……」
「そっちっ?!」

■12/28 PM9時45分 ポータル都市ラキア

「うっはー……ここは……?」
 やがて、準備を整え中級天使として最初に飛んだ先は、思わず声が出てしまう程の不思議で壮観な場所だった。
 ステージとしては、普段とは少しだけ色合いの違う青空が何処までも続く昼間の上空だけど、眼下に広がる都市部は今まで見たコトのない不可思議な意匠の建物で敷き詰められ、更に見上げた雲よりも高い遥か先には巨大な塔っぽい建造物が浮いているのも見えて、これまでと違って現実感に乏しい、いかにも異世界チックな雰囲気である。
<まずは、ようこそ天界へ……ってトコかしら?もちろん仮想空間だけど>
 そこで、既にバトルは始まっているというのに、思わず相手の姿を探すよりも風景に目が向いてしまうわたしへ、エルが淡々と歓迎と案内を向けてきた。
「天界?ここが……?」
<そ。ここは唯一神を中心とした、天使達の住む世界の一部。他の世界からの訪問者が、最初に訪れる玄関都市(ポータル・シティ)でもあるわ>
「へー……ここが噂の……」
 もちろん、優奈お姉ちゃんが天使になって現れてきたんだから信じてなかったワケじゃないけど、やっぱりどこか眉唾な気持ちも残っていたし、またこういう場所へ誘われるというのが、次なるステージへと進出した感に満ちていて、感慨もひとしおである。
<ま、だからといって、広さ以外で今までと大きく異なる要素はないから、いつも通りに戦いなさい?ちなみに都市部にも下りられるけど、多分迷うと思うからおススメはしないわね>
「んー、せっかくだから、その前に散歩モードでも欲しかったなぁ……」
 昼間の話だと、生きてる間にホンモノの天界には入れないらしいし、負けたらこれっきりと考えても、戦う前に見学ツアーを受けたかったところだけど。
<あにノンキなコト言ってんの……。ここへマッチングされるのは能天使以上の者達だから、ぼさっとしてるとあっという間に狩られちゃうわよ?>
「……うあー、やっぱりそうなるか……」
 風景だけでなく、雰囲気そのものがガラリと変わって今までとは違う予感は受けてたけど、どうやら感慨に耽ってる場合じゃなさそうである。
<ほら、早速近くにいるわよ?なんか尋常じゃなさそうなのが>
「ううう、一体どんなのが出てくるんだろう……って、ほわあっ?!」
 やがて、そうこうしているうちにエルから警告が発せられるが早いか、前方斜めの方から簾状に広がる青白いレーザーの束が横薙ぎに襲いかかり、慌てて横回転して逃げるわたし。
「な、なに……っ?!」
「……外しましたか。ですが……」
 しかし、回避して安堵する間もなく、続けて今度は二本の太い熱線が左右から挟み撃ちするように向かってくる。
「うお……っ?!」
 それを見て、今度は後方へ飛びずさるわたしなものの、こちらは既にロックオンされているみたいで、やり過ごした後も更にしつこく追尾してきたりして。
(やば……)
<ほら、避けられない時は撃ち落す!>
「あ、そっか……!」
 そこで、わたしはすかさずびっくり砲を取り出し、距離を空けつつ二つの熱源を逆にロックオンして、それぞれ無属性のホーミング弾で迎撃してやると、大きな爆発が二度巻き起こった。
(今だ……っ!)
 続けて、まずは敵の姿を確認するべく、閃光と煙に紛れて敵の頭上を目がけて一気に距離を詰めてゆくわたし。
「…………ッッ!」
 すると程なくして、杖のようなものを構える相手のシルエットが見えてきたので、次の攻撃を繰り出される前にY&Iを両手で構えながら、わたしは数メートル前まで舞い降りて牽制しようとしたものの……。
「ふふ、流石に小手先では通用しませんね……!」
「…………っ?!」
 それから、互いに矛先を向け合いつつようやく拝んだ相手の姿は、確かにとても尋常の沙汰じゃ無さそうというか……。
「……けれど、私の最終魔杖アカシック・タクトは、既に絶対なる敗北の調べを奏で始めている。果たして貴方にその因果律を断ち切る事が叶うかしら?」
(えっと……)
 視線の先には、先端に水晶球の様なモノを浮かばせ、柄には翼の付いたいかにもな魔法の杖を構えた、桃と白を組み合わせた色合いの派手派手な格好の魔法少女風の女の子がいたりして。
 ……いや、もちろん本物じゃないんだろうけど、なんていうか……。
「うわぁ……」
<こりゃまた、色々キッツいわね……>
「ちょっ、ドン引かないで下さい……っ!」
 そして、どうやら心情が態度に出てしまったらしく、眼前の魔法少女……の姿をした対戦相手が顔を赤らめながら抗議してくる。
「いやー、そう言われても……」
 まぁ、ログイン時に着てる衣装が反映されるってーコトで、そういう発想は一応わたしにもあったし、こんな手合いに遭遇するのも初めてじゃないんだけど、いわゆるコスプレイヤーさんである。
 ……ただ、陶酔しきったセリフ回しといい、ウイッグなのか染めたのか知らないけど、髪もピンクにキメてきてるしで、ここまで気合入れて来た手合いはちょっと珍しいというか。
「もう、こちらは真剣(ガチ)なんですから、貴女もマジメにやって下さい!」
「……えっともしかして、リアル魔法少女になりたいって願いのひと?」
「ど、どうしてそれを……ッッ?!」
 そこで、出撃前のアンケート結果が頭に浮かんで水を向けてみればビンゴだったらしく、自称魔法少女さんは赤らめた顔を更に紅潮させつつ、あたふたと露骨に動揺してくる。
「見りゃーわかるわよ……ん……?」
 しかも、この声はさっきからなんか聞き覚えが……。
「な、なんですか?!」
「…………」
「……あれ、もしかして前の生徒会長だった……?」
「はう……ッッ?!」
 それから、やがて頭に浮かんだ該当人物をわたしが口に出すと、相手は雷でも落とされたような表情でフリーズしてしまった。
「あちゃ……」
 普段のイメージからはとても想像のつかない変わり果てた姿になってるけど、間違いない。
 この秋に代は変わったものの、目の前に対峙しているのはわたしが入学時の生徒会長さんで、しっかりした言動や、いかにも才女な風貌で頼りがいはありそうな一方で、常に毅然とした表情が人を寄せ付けない怖さも振りまいていて、また実際に融通の利かない堅物だったコトから、影で「石頭」会長とあだ名も付けられていた、石蕗(つわぶき)さんである。
「な、なななな……」
「うわー、これは意外な一面が……」
 何だか見ちゃいけないモノを見てしまった様な。
 ……というか、ちょうど受験の追い込み時期だろうに、ナニやってんだか。
「あ、あわわわわ……」
「ま、まーまーダイジョウブですって。ほら、誰だってこーいうのは一度くらい……」
 しかし、石蕗さんのあまりの狼狽っぷりが気の毒になってきたわたしは、視線を逸らせながら顔が引きつるのを精一杯我慢した笑みを浮かべて、フォローを入れようとしたものの……。
「いっ、今の私は魔法少女テレシア・ルフィン!石蕗蛍子(つわぶきけいこ)などでありませんからっ!」
「…………っ?!」
「……け、けれど、知られたからには絶対に見逃すわけにはいきません!はぁぁぁぁぁ……っ!」
 やがて、わなわなと拳を震わせていた眼前のなりきり魔法少女は逆ギレ気味に激昂すると、正義のヒロインというよりも悪の組織の女幹部みたいな捨てセリフを口走りつつ、気合一閃で自分の周囲に桃色の魔力を弾けさせ……。
「うわ……ッッ?!」
「軽々(けいけい)と禁断の蓋を開けたコトを、すぐに後悔させて差し上げます。覚悟……ッッ!」
 発生した衝撃波で後ろへ吹き飛んだわたしへそう告げると、すさかず手に持った杖の先から巨大な火球を追い討ちで放ってきた。
「ちょっ、あわわわわわっ?!」
「さぁ、踊りなさい……!その果てには甘美なる終焉を……!」
 それでも、すぐに態勢を立て直して回避したわたしだったものの、それから続けざまにさっきの簾レーザー(勝手に命名)やら無数の氷の刃、更には電撃の乱舞と、まるで地獄の蓋でも開いたかの様な猛攻が次々と繰り出されてくる。
「な、なんなのよこのチカラ……っ?!」
<どーやら、本人の妄想パワーと天使の翼(エンジェル・ウィング)の神霊力が合わさって厄介な方向へ昇華したみたいね?あるイミ逸材だわ>
「そもそも、魔法の杖ってブキ自体がアリなの?!ぬわっ?!」
 わたしの方も、避けるだけじゃなくて時には迎撃しつつ反撃の機会を窺うものの、範囲の広い苛烈な魔法攻撃を途切れなく続けられて、直撃を食らわないだけで精一杯だった。
<一応、カテゴリとしてはアンタの精霊砲と同じ、多彩な属性攻撃が可能な万能型のブキなんだけど、ただポテンシャルが高い反面で、扱いが極めて難しいキワモノなハズなんだけどね?……なんせ、杖と脳波をリンクさせて、出力させたいチカラを明確にイメージ出来なきゃならないんだから>
「……いや、どう見てもカンペキに使いこなしてるみたいですけど……っ?!」
 まぁ、こんなデタラメに何でもアリなセカイじゃ、ノリノリな人ほど強いっぽいのは、わたしも薄々感じてはいるとしても……。
「わっ、私は、今まで石頭会長と揶揄されながらも、黙って自分の役割を演じつつ、こんな時が来るのをずっと待っていたんです!」
「異世界!魔法!翼!すべて今まで私が欲していたもの!もう絶対に手放しません……!」
「…………っ」
「だから……この私の悲願に立ち塞がる者あらば、何人(なんぴと)であろうがなぎ倒してゆきます!」
 それから、鬼気迫る宣言の後で石蕗さんが杖の先の球体へ口付けをするや、色がピンクに変りつつ膨張したかと思うと……。
「マジカルハートキッス……ヘヴンズ・クレイドル……!」
 何やらテディベアっぽいファンシーな生き物のカタチをした巨大な桃色魔力の塊が放たれ、両腕を広げた態勢でわたしの方へ目にも留まらぬ速さでのしかかってきた。
「ちょ……ひぃぃぃぃぃぃっ?!」
<愛奈……ッッ>
「あぐぅっっ?!」
 し、しまった……。
(な、なんて馬鹿力……)
「……ふわぁぁ……!いい、やっぱりこの世界、すごくイイ……っっ」
 それから、初見の技に回避が遅れて捕まりもがくわたしの前で、目を輝かせつつ恍惚に満ちた声をあげてくる石頭会長。
「くぅ……っ!あの、カタブツ会長の内面は……ここまで手遅れに発症してたなんて!……んぎっ」
 なんか、黒歴史の妄想ノートとか沢山ありそうだし、もしかしたら受験のストレスも一緒に発散してるのかもしれないけど……。
<いーから、今のうちにさっさと脱出なさい!この手のはブッ壊せるわよ!>
「わぁってる……っ!」
 ともあれ、相手はせっかくの勝機で悦に浸ってるみたいだし、気持ちの悪い屈辱的な攻撃に苦痛よりも頭にきたわたしは、ハグの締め付けに耐えつつ背中からびっくり砲を手に取り、ゼロ距離で火属性の火炎砲を頭の辺りでぶっぱなしてやった。
(汚物は……消毒……ッッ!)
「…………っ?!」
「……はー、はー……ったく、わたしを押し倒していいのは、おねぇちゃんだけだっての……っ」
 あとはごく一部の例外も認めないこともないけど、とにかく脱出成功。
<いや、アンタの方も大概よね……>
「抜け出しましたか……しかし、ぼさっとしている場合じゃないですよ……!」
「ひゃあっ?!」
 しかし、それでも石蕗さんはさほど驚いたり慌てる様子も無く、今度はこれまたアニメかゲームで見たような派手でファンシーなデザインの弓を背中から取り出して持ち替えると、構えただけで勝手に湧いてくる魔法の矢を文字通り矢継ぎ早に撃ちまくってくる。
「ちょっ……それズルい……ッッ」
 一応、ホーミングこそしないみたいだけど、放たれた矢は弾丸に劣らぬ速さと精度があって、更に射程もわたしの遥か後方の彼方まで勢いを失わずに届くみたいで、体感的には弓というよりも連射のきくライフルに近いシロモノである。
「ふふ、魔杖の調べがお嫌いならば、この魔弓アルテミスの寵愛に心を貫かれてみます?!」
「あー、もぉぉ〜〜っ!」
 魔法の杖(マジカル・ステッキ)から放たれる魔法もどきで寄り付かせない上に、狙撃ブキまで持ってるなんて……。
「だけど……っっ」
 この距離なら、こっちにだって精霊砲(びっくり砲)がある!
「なんのぉぉぉッッ!」
 ……ってコトで、狙い撃ちにされないようにジグザグに高速飛行しつつ、大雑把なエイムで済む風属性の竜巻で反撃を試みるわたし。
 こちとらゲーマーの端くれ、撃ち合いで堅物会長に負けるわけには……。
「ふっ、その程度……ムダです!」
 しかし、石蕗さんはその場に直立したまま魔法の杖をかざして竜巻を受け止めると、そのままこちらへ反射させてしまった。
「い……っ?!ちょっと、強い強い強いすぎぃ……っ!」
 そこで慌てて身を翻しつつ、遂に泣き言が口から出てしまうわたし。
 ここまで一方的に上から押し込められ続けるなんて、昨日の烏ちゃんと遜色ない強さというか、もしかして優勝候補の一角なんじゃないの?!とか思ったりして……。
<やべーわね……あのコ、完全にノリノリでアゲアゲな状態だわ>
「あーもう、どーしろってゆーのよ……うおっ!」
 やがて、とうとうエルからも呆れの混じった弱気な呟きが聞こえて、いっそもう一旦逃げて他の敵を探そうかという選択も頭を過ぎってきたものの……。
<けど、ポテンシャルはアンタの方が遥かに高いはずよ?怯まずここで仕留めなさい>
 それでも、エルはわたしにきっぱりとそう続けて討伐を命じてきた。
「んな、ご無体な……大体、こっちのブキじゃ相手にすら届かないっての」
<それは、アンタがまだちゃんと理解して使いこなせていないだけ。そもそも、普段から楽してサブの精霊砲に頼りすぎだし>
「へ?そっちがメインじゃなかったの?……ほわっ!」
 いくらHS(ヘッドショット)があるといっても、この距離だとスコープ付きのライフルでもなきゃまず命中させられないし、基本はY&Iで牽制しつつ、隙を見つけて丁度いい大砲をブチ込むのが常套だと思ってたのに。
<あーもうっ、薄々そーじゃないかとは思ってたけど、根本的にカン違いしてるじゃないのよ……。精霊砲(びっくり砲)は、あくまで聖魔銃の補助武器だっつーの!>
「えええ……そんなコト言われても……」
 大体、相手の魔法の結界の前には、ハンドガンなんて豆鉄砲レベルなんですが。
<ったく、“おねぇちゃんとわたし”なんて気色の悪い名前を自分でつけた癖に、まさかまだ気付いてないとはね……>
「失礼な……ん……」
 あ、でも、言われてみれば……?
「ちょっ、なに余所見してるんですか……?!」
「おっと……っ」
 そこで、わたしは飛んで来た魔法レーザー(仮)の束をひらりと避けた後でY&Iを取り出し、かつての二人の様に寄り添わせてみると、なにやらピッタリとハマってしまった。
「あ……!」
 もしかして、これって……。
<ほら、ウワサの聖魔のチカラ、あたしに見せてみなさいよ?>
「聖魔……?」
 よく分からないけど、一つにした姉妹銃を改めて構えたら、なにやら体内からチカラがみなぎってくる様な感覚が上ってきたし、今はそれしか方法が無いのなら……。
「……くっ、避けるだけなら余裕とでも言いたげですね。ならば……!」
 ともあれ、それから石蕗さん……ええと、テレシア・なんたらはそんなつもりは毛頭ないのに勝手に勘違いして怒り出すと、持ち替えた杖をバトンの様にくるくると振り回しながら、何やら違う動きを見せてくる。
<ほら、来るわよ?おそらく回避は不能な相手のキリフダが>
「切り札って、そんなの初耳……」
 ……いや、つまり”そういうコト”なのか。
「マジカル・ハートウイッチ〜エクセレントグロウアーップ……」
 そして、そうこうしているうちに、何やら聞いてる方が恥ずかしくなる掛け声と共に、先端の球体へ渦の様な魔力の奔流が集まり始めると、そこからもう片方の手で背中の魔弓を取った石蕗さんは、魔杖を矢の様にセットしてこちらへ向けて構えてきた。
「く……っ」
 とにかく、お膳立てを整えられてしまえば、仕方がない。
 わたしもカクゴを決めると、おねぇちゃんと一緒に構える姿を想像しながら全身に沸き上がって来る高まりと意識を同調させつつ、両指で一つにした聖魔銃のトリガーを絞る。
(お、おお……?!)
 すると、双方の銃口から発生した白と黒の光線が絡み合うように混ざり合い、やがてバチバチとスパークさせながら大きな塊となっていき……。
「終わりです!アルティメット・ピュア・ハートシャワー!!」
「ゴメン、まだ名前は付けてないけど、いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
 やがて自称魔法少女さんが渾身の力で撃ち出した、桃色の巨大なハート型をした多数の魔力の壁がこちらを押し潰す勢いで襲いかかってきたのに対して、わたしは逆に押し返してやるべく、その中心を狙って引き金を離すと、想像を遥かに上回る甚大なチカラの奔流が解き放たれた。
「うを……っ?!」
 そして、放出されたわたしの背丈よりも大きな二色の光線は真っ向から押し合うどころか、易々と相手の魔力を撃ち貫き……。
「な……?!」
 程なくして、その奥で魔弓を手に立ちすくむ石蕗さんを容赦なく飲み込んでいってしまった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
「…………っ」
「……し、しゅごい……なに、コレ……?」
 こんな片手で持てる双子のハンドガンの、一体ドコにこれだけのチカラが眠っていたのやら。
<光と闇は相殺するコトなく弾け合い、全てを打ち消すチカラを生じさせる……か>
「え?」
<なんでもない。それより、さっさと回収なさいな>
「おっと……」
 確かに、あんな相手と第2ラウンドはゴメンだし、まずはやるコトやっとかないとね。

「……う……ぐ……っ」
 それから、Y&Iをホルスターへ納め、わたしは空中で倒れたままになっていた相手のもとへ手早く近づいたものの、それに抗うように石蕗さんがぴくりと反応してきたかと思うと……。
「え……?!」
「……ま、まだま……だ……」
 既に衣装も髪もボロボロになり、大破した魔法の杖も手から離れたというのに、折れた弓だけを握ってフラフラと立ち上がってくる。
「……うそ……」
「……っ、く……あ……っ」
「…………」
 まったく、ど根性というか、恐ろしいまでの執念というか……。
「……ゴメンなさい……」
 ただ、それでも既に戦うチカラは残って無さそうなのを悟ると、わたしは一言だけ詫びを入れて静かに背後へ回り込み、躊躇い無く付け根に手をかざした。
「う、うう……っ、せっかく叶った私の……ゆめ……が……きえて……」
「……けど、誰だって譲れない夢は持ってるものですから……」
 少なくとも、このセラフィム・クエストに参加した人はきっとみんなそう。
「……っ、でも、楽しかった……出来れば……もういち……ど……」
 そして背中の翼が消えてなくなった後に、石蕗さんは儚げな笑みを最後に浮かべつつ、この世界からログアウトしていった。
<ま、どうせ次に目が覚めた時は全て忘れてるから。……ちょっと惜しいけどね>
「出来れば、もう一度……か……」
 そういえば、第二回ってあるんだろうか?って疑問は置いておいて……。
「はぁ〜……楽しかったのは結構だけど、はっちゃけ過ぎぃ……」
 ともあれ、ようやくの決着で疲れが一気に出てきたわたしは、ぐったりとその場に項垂れるものの……。
<ほら、休んでる間はねーわよ?アンタはまだ最初の相手を倒したに過ぎないんだから>
「うげぇ……」
 すぐにエルから尻を叩かれ、渋々と再びブキを手に取るわたし。
 一応、警告は受けてたからそのつもりで身構えてはいたものの、やっぱりランクが上がって対戦相手も順当に強くなっているとなれば、今後は誰が出てきても苦戦は免れそうもなかったりして。
「……はぁ……」
 そう考えると、せっかく勝ったのにちょっと心が折れそうになってきたけど……。
<でもま、ようやく聖魔銃(そいつ)のチカラも引き出せたし、どうにかなるんじゃない?>
「そーだね、どうにかしてみるよ……」
 ……せっかく、多くの人の夢を踏み越えて、ここまで来てるんだから。

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