使が生まれる街で夢を紡ぐ その4


第四章 ライバル

「ふう、ふう……っ」
「おー、今日は朝からマジメに励んでるわねー?」
 セラフィム・クエストに明け暮れつつ、ふと気付けば迎えていた年の瀬、冬休み中は普段よりのんびりした朝を過ごしているわたしも、今日は珍しく早めに身支度して、まずは雑巾を手に自分の部屋の掃除に精を出していた。
「……だって、モタモタしてたら間に合わないし」
 今はうちの二階は納戸を除いて自分しか使っていないのもあり、洗面所やトイレとかも独占できる代わりに責任をもって自分で掃除するように言われているので、手際よくやっていかないと。
「確かに、また夜になれば……って、そーいえば今晩はやっとくの?」
「んーまぁ、年納めに一応。……けど、元旦の夜くらいは休みたいかな?」
 いくら乗り遅れた者が不利になる仕組みとはいえ、明日はさすがに人も少なそうだしね。
 ……ちなみに、セラフィム・クエストのログインには期限があって、三日連続で繋がなければ権利放棄とみなされてエンジェル・タグが失効してしまうルールらしいから、どのみち脱落するか勝ち残る日まで、ほぼ待ったなしで戦い続けるしかないんだけど。
「ま、いーんじゃない?最近はキツい戦いが続いてるし、ここらで一息入れても」
「……ったく、みんな強すぎ……っと……」
 開幕直後は強者と弱者が混ざり合ってサクサクと勝者が決まっていたバトルも、生き残っているのが手練ればかりとなった今は、制限時間一杯までやり合って決着が付かないのも当たり前になってきていて、以前は一日一回制限に不満だったのが、今はやっぱりそれで正解だったと思わせられる程度の疲労を感じる毎日となっていた。
「けど、中級になった最初で苦労しといて良かったわねー?聖魔銃(Y&I)の秘められたチカラを引き出せてなかったら、今頃あっさり負けてたわよ?」
「んだねー、みんな奥の手持ちになっちゃったから……」
 それから、拭き掃除が終わって床の掃除機がけへと移行しつつ、溜息混じりにぼやくわたし。
 後で知ったけど、石蕗さんが最後に使ってきたアルティメットなんたらとか、わたしの天衣式リリアタック(仮称)みたいな“切り札”は、中級天使から実装される追加攻撃なんだそうで。
 一回のバトルで使えるのは最大で三回ながら、回避が難しい広範囲攻撃やら、逆に一定時間だけあらゆる攻撃を防いで無敵になるとか、どんな劣勢からでも一発逆転を狙える要素が加わったので、これが時には助かるけど大きなプレッシャーともなっていたりして。
(……けどま、確かに最初が会長で良かったのかな?)
 エルも高評価だったけど、魔法少女と中二病の化学反応を起こしていた石蕗さんはやはり屈指の強プレーヤーだったみたいで、あれからあの人を上回る強さを体感した相手とは遭遇していないから、体力が満タンの時に散々苦戦させられつつも壁を乗り越えられたのは、確かに結果オーライだったかもしれない。
「……よっと……こんなもんか……」
 ともあれ、やがて掃除機のスイッチを止めて、最後の仕上げにワックスシートをかけた後で、掃除用具を手に部屋から出ていくわたし。
「さて、お次は……」

                    *

「……しっかし、アンタも律儀ねぇ」
 それから、自室に続いてすぐ隣にある姉の部屋に掃除用具を持ち込むわたしへ、付いてきたエルが呆れやイヤミをたっぷりと含めた声をかけてくる。
「ってゆーかさ、改めてやる必要なさそうなくらいに手入れが行き届いてんじゃない?」
「そりゃまぁ、普段からわたしが定期的にやってるし……」
 昔のわたしはもっと不精で、部屋を散らかしては親よりもお姉ちゃんに叱られる事が多かったくらいなのに、亡くなった後でこうして二人分の部屋掃除をきっちりやるようになったのは、これまた皮肉な話のひとつなんだけど……。
「えー……」
「……いーわよ、皆まで言わなくても……」
 すると、明らかに微妙な顔で見下ろしてくるエルに、早速窓を開けて新しい雑巾を絞り、お姉ちゃんの使っていた学習机の埃を拭き取り始めながら、溜息交じりに認めるわたし。
 いつか帰ってくるかもしれない相手ならともかく、もう埋葬された姉の部屋の状態をいつまでも維持し続けているなんて、未練がましいを通り越して異常なのかもしれないけれど……ただこれも、自分でもどうしたらいいか分からないくらいに不安定になっていた心を保つのに始めたコトで、それが何となく今でも続いているだけである。
「……ひとつ念を押しとくけどさ、もしアンタの願いが叶えられても、また一緒にこの家で暮すのはムリだからね?」
「分かってるってば……。もう、天衣優奈は生き返らないんでしょ?」
 それから、追い討ちをかけるようにダメを押してくるエルへ、今度はベッドシーツに溜まってきた埃を軽く叩いて飛ばしつつ、素っ気なく応じてやるわたし。
「それでも、天使として生まれ変わったアイツでもいいのなら、叶える方法はなくもないわよってハナシだからね」
「方法って?」
「……まー、それは優勝してからのお楽しみかしら?」
「というか、わたし的には、大会が終わっても引き続きこの街に住んでくれるだけでいいんだけどねー……。そうしたら、おねぇちゃんちに通い妹(づま)になって、んでもって高校を卒業したら、地元の大学に通いながら一緒のアパートで暮らすの」
 私立なら手頃な女子大とかあるし、むしろそれはそれでかえって都合がいいかもしれない。
「……しっかし、今更だけど結構こえー女よね?アンタ……。もし優奈が生きていて誰か恋人でも作ったらどうする気だったのやら」
「んー、ありえない妄想はしない主義なのでー」
「はいはい……あと、コワいから瞳の光を消して喋るのやめて……」
「…………」
(でもまぁ……)
 一応、三回忌を迎えた頃から、そろそろ潮時かなーと思い続けてはいたんだけどね。

                    *

「……あれ?どうしたのこんなに?」
 やがて、夕方近くまで費やして二階の掃除をひと通り片付け、一息つこうかとキッチンまで下りると、中ではお母さんが忙しそうに調理を続けていて、テーブルの上には煮しめに鰤の漬け焼き、黒豆に伊達巻きに大えびの塩焼きなどなど、お皿に盛られた大量の品々が並んでいた。
 もちろん、それらはおせちの重箱に詰める為の料理だけど、引っ張り出されたお重の数が去年の三つに比べて今年は久々に五つだし、明らかに作っている量が多いような。
「ええ、明日は来客があるかもしれないから……」
「へー、珍しいね……」
 元旦に来客予定とか、一体いつぶりなんだろう?
「優奈の部屋も掃除してくれたんでしょ?客間で使うかもしれないからよろしくね?」
「えー……やだ」
 しかし、それから切り分けたかまぼこをお皿に盛りつけつつ続けられた通告を受けて、即座に不服を返すわたし。
 確かに客間として使える部屋は他に無いかもしれないけど、おねぇちゃんの使っていたベッドに他の誰かを横たわらせるのは激しく抵抗があると言わざるを得ないんですが。
 もちろん、月日の経過でおねぇちゃんの残り香はとうに消えてしまっているけれど、だったら尚更わたし以外の他の誰かの匂いを染み付かせたくはなかった。
「男の人だったら、お父さんの部屋に布団を敷いて寝てもらうんだけど、そうもいかない相手なのだから仕方がないでしょう?何なら、愛奈ちゃんの部屋で寝てもらう?」
「んー、いっそそれでも……よくない。っていうか、誰なのよ?」
「……それはまだ内緒。それより、もう掃除は全部終わったの?」
「終わったよ?だから一服しようと思って下りてきたんだけど」
 とりあえず、ティーパックの紅茶と、戸棚にあるクッキーで。
「んじゃ悪いんだけど、ひと休みしてからでいいから、お使いに行って来てくれないかしら?足りないモノがいくつか出てきてるんだけど、お父さんは別の買い物で外出中なのよ」
 すると、そんなお疲れの愛娘へお母さんは一方的に頼みごとを告げると、こちらの返事も聞かないまま、冷蔵庫の横にマグネットで留めているメモ帳へリストを書き込み始めていった。
「えええええ……」
 まったく、顔立ちは優奈お姉ちゃんのルーツなのに、わたしの扱いは荒いんだから……。

                    *

「……えっと、まずは何からいくべきか……」
 やがて、催促の視線を浴びつつ紅茶で一服した後で、自転車に乗って駅近くのスーパーまでやってきたわたしは、買い物かごと渡されたリストを手に、まずは一番近い売り場へと足を向けていった。
「は〜っ、今日は朝からずっと働いてたのになぁ……」
 お財布ごと渡されて頼まれたのは、おでん用のすじ肉に大根、雑煮用の煮干に田作に足りなくなったかまぼこや数の子等々と、遠慮のまったく感じられない盛りだくさんで、何だかんだでこの広い店内を一周しなきゃならないっぽいのが、なんとも面倒くさかった。
(ったく、こちとら今年最後の戦いが控えてるってのに……)
 一応、食べたいものがあったら一緒に買ってきてもいいと言われたけれど、フィレステーキ用のお肉でも追加しなきゃ割に合わないかしらん?って気分である。
 まぁ、本当に食べたいかと言われると微妙なんだけど……。
「…………」
「……ん?あれって……」
 ともあれ、渋々ながらもお使いを続けつつ、奥の乾物コーナーまで足を運んだところで、先に物色しているお客の中から、ふと見覚えのあるジャージ姿の小柄な女の子を確認するわたし。
 知り合いっていうほどの間柄でもないけれど、丸顔で跳ねっかえりのくせ毛で、表情が乏しいのに加えてくりっと大きな瞳は目つきも悪い、おおよそ愛想の感じられない顔立ち。
 初めて遭遇した時と違い、天使の輪っかもなければ背中に翼が生えていないのもあって一段と小さくは見えるものの、なかなか特徴的な外見だったのでおそらく見間違いじゃないとは思うんだけど……。
「…………」
「……なんだわさ?」
 それから、じっと見つめるこちらの視線に気付いて、女の子が不審そうな目で軽く睨んでくる。
 ……うん、やっぱりそうだ。
「だわさ天使ちゃん……実在したんだ?」
 ぶっちゃけ、あちらの空間だけにいるNPC(ノンプレーヤーキャラ)の類だと思ってたんだけど。
「アタリマエだわさ……あと、その呼び名はやめるだわさ……」
「んじゃ、なんて呼べばいいの?」
「あたしは、智の番人ザフキエル……って、そういえば、こっちに合わせた名前は考えてなかっただわさ」
 ともあれ、改めて尋ねるわたしに対して、だわさ天使ちゃんは一回じゃ覚えにくい名を口にした後で、煮干の袋を持ったまま肩を竦めて首を横に振る。
「なら、やっぱりだわさちゃんで。……それで、何してるの?」
「買い置きが切れたこいつの補充と、あといくつかお使いだわさ。明日オゾーニとやらを作るのに材料が足りないからって、優奈もなかなか同居人使いが荒いだわさ……」
「あはは、実はわたしも同じようなものなんだけど……って、優奈?同居……?」
 そこで、ひょんな形で見つけたご同類に笑いかけたわたしだったものの、そこから気になる単語が並んだのに気づいて、途中でぴたりと止まる。
「だわさ。今回はあいつと組んでの仕事なので、この街へ滞在している間は一緒に住んでるのだわさ」
「へぇ、おねぇちゃんと……へー……」
 何だかんだで、わたしはまだ住んでる場所すら教えてもらってないのに……。
「……いや、恨めしそうなカオされても困るだわさ……。そもそも、本来はあんた達の再会は大きなタブーなのを、特別に見逃してもらってるだけだわさ?」
「う……」
 けれど、そこから困惑の表情でだわさちゃんに釘を刺され、言葉を失ってしまうわたし。
「ただ、あんたの扱いに関してはメタ……優奈の判断に任せる約束だから、あまりメイワクかけない範囲で好きに甘えればいいだわさ」
「メイワクって言われても……やっぱり、もうわたしに付きまとわれても迷惑なのかな……?」
 生前は、むしろいくらベタベタしても、まだ甘えられ足りないって言われてたのに……。
「さっきも言ったけど、立場の違いだわさ。だから、おそらく本人もつらいだわさ?」
「……んじゃ、タブーにならなくなる方法ってあるだわさ?」
「マネするなだわさ。どちらにせよ、あんたに可能性があるとすれば、ただ一つ……」
「はいはい、今はただ、願いの権利を勝ち取る為に勝ち上がれって?」
「……あとは、“代償”だわさ」
 そこで、それはもう耳タコですと肩を竦めたわたしへ、だわさちゃんは今日一番の真剣な目でこちらを見据えつつそれだけ告げると、やがて背を向けて立ち去っていってしまった。
「代償……?」
 そりゃまぁ、おねぇちゃんの為に出せと言われれば、何だって差し出せるだろうけど……。

■12/31 PM10時00分 紅き月下の帝都

「……しっかしまぁ、興味は深いけど、年の締めくくりにはどうかしらってカンジよね、ここ?」
 やがて、気合を入れ直して臨んだ今年のラストバトル。
 中級天使になって以来、ずっと天界でのステージが続いていた中で、今回は全く異なる空気の漂う深夜の市街地へ飛ばされたわたしは、土地勘の無さで迷いながらも既に二人を仕留めた後に、辺りを慎重に見回しつつ次の相手を探していた。
<いーじゃない?お陰で最初の一人は、迷って困ってたトコを不意打ちして楽に仕留められたんだし>
「……いやー、ヘタしたらわたしの方が逆にそうなってたんだけど……?」
 どこか未来的で奇抜な建物が多かった天界と違って、中世期の西欧を思わせる石造りの建物が並ぶこのファンタジー世界はなんと魔界の都なんだそうで、視界の遥か先にある月まで届きそうなほど高く聳える先鋭な城は、魔王の住まう魔王宮パンデモニウムらしい。
(魔王、かぁ……)
 まぁ、天使や天界が実在したんだし、魔界があってそこに魔王がいても不自然じゃないんだろうけど、それでもなかなかにショッキングな事実だった……ってのはともかくとして。
「んー、敵が見つからない……」
 それから、綺麗だけど不気味な紅い月明かりに照らされつつ、入り組んだ街路を慎重に飛び回りながら索敵を続けるものの、他のプレーヤーの人影はなかなか見つからず。
 いっそ上空まで飛び上がって探すとしても、ヘタに目立つと撃ち落されそうだし……。
「…………」
 それに、なにより……。
<なーんか、イヤな感じね……>
「確かに、ちょっとデジャブなんだよねぇ……」
 いつもより明らかに雰囲気の異なるステージで、二人目を倒して次の敵を追いかけている今は、ちょうど“あの時”を思い出すというか。
<ま、今夜を生き残れば上級第三位の座天使(ソロネ)に昇格だし、ビビってる場合じゃないんだけど>
「……わたしにしてみれば、そーいうトコも含めて、だよ……」
 リアルじゃ眼福だけど、こっちじゃ出来る限り鉢合わせたくない相手……。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「…………っ!」
 と、以前に煌月の廃城で対峙した時のコトを思い出していた矢先、今進んでる先の離れた場所から男性の悲鳴が届く。
<……やっぱり、いるわね……>
「みたい……」
 あとは、皆まで言わなくても分かる。
 ……おそらく、こんなステージにマッチングされた時点で縁(えにし)が結ばれてしまったんだろうし。
「えっと、時間はどのくらい経過してる?」
<大体、十八分を過ぎた辺りかしら。まさか、逃げてしまおうとか思ってないでしょーね?>
「……正直、出来るものならそうしたいけど……」
<ムリだと思うわよ?少なくとも、相手はアンタを狙って来てるハズだから>
「やっぱ、避けちゃ通れない、と……それは分かってるんだけどね……」
 一応、カクゴは決めてるとしても、烏ちゃんはステルス能力持ちで、いつ何処から仕掛けてこられるか分からない上に、地の利も相手の方が絶対的となれば、既にわたしは閉じ込められた獲物も同然である。
 ……もしかしたら、今もこちらから見えない場所で好機を伺っているのかもしれないし、常に逃げ道は確保しておかないと……。
「きゃあああああっ?!」
 そして、露店が立ち並ぶ市場通りの広場まで着いたところで、今度は前斜め向こうのお店越しから女性の断末魔が耳に届いてくる。
「…………っ」
 もう、すぐ目と鼻の先にいるらしい。けど……。
(さて、どうしよ……)
 相手の出方を伺うか……いっそ、こちらから精霊砲(びっくり砲)で仕掛けるか。
<来るわよ……!>
「…………っ?!」
 しかし、迷う間もなくエルからの鋭い呼びかけに反応して後方へ飛び下がると、頭上の方からつい二、三秒前まで居た場所へ向けて、青白い死神の大鎌が一本の筋を描いて鋭く振り下ろされていた。
「……やはりまた見(まみ)えましたね。どうやら、貴方とは宿命で結ばれているのかもしれません」
「烏ちゃん……!」
「さて、あれからどれ程のチカラを付けたのか、見せてもらいましょうか」
 それから、不意を打ってきた死神はそう告げると、ご丁寧にこちらに合わせて四枚になった漆黒の翼を大きくはためかせ、得物を構えてまっすぐこちらへ突進を仕掛けてくる。
「言われなくとも……っ!」
 対して、咄嗟にびっくり砲を構えると、無属性の誘導弾を二発続けざまに前方へ向けて放つわたし。
 今度は月明かりに照らされた場所だから、ロックオンカーソルは既に捕捉しているワケで。
「……また、そのパターンですか」
 すると、今回も同じくあっさりと斬り払われてしまったものの、しかしそれで倒せると思っていた前回と違って、今度は折り込み済み。
 わたしは二発目を放った直後に相手の方を向いたまま、天高く飛び上がっていた。
(モチロン、こっちだってあの時のわたしじゃないわよ……!)
 とにかく、接近戦じゃ勝ち目のない相手なのは分かっているから、まずはこちらに有利な距離を稼ぐ隙が少しでも欲しかっただけ。
<あの忌々しい死神を振り払える方法はただひとつ。……分かってるわね?>
「とーぜんっ!」
 そして、決める為には先手必勝あるのみ……!
 わたしは飛び上がると同時にすかさず武器を持ち替え、追いかけてくる烏ちゃんへY&Iで集中砲火を浴びせていった。
「ですから、その攻撃も既に……うっ?!」
 ……と、確かにこれも攻め方は変わらないものの、愚かにもHS(ヘッドショット)狙いで一箇所へエイムを集中させていた前回と違い、今度は二丁拳銃なのを生かして、全くバラバラな部位を同時攻撃してゆくわたし。
 烏ちゃんは避けるよりも攻防一体の大鎌で防いでくるのは分かっているので、一度に振り払えない弾幕を張れば、どちらかは当たるはず。
「……く……っ」
 果たしてその目論見は的中し、右手側の上半身を狙った弾は振り払われたものの、左手から放った弾幕の一つは右足に命中して、烏ちゃんの表情が歪む。
(勝機……っ!)
 そうして、追いかけてくる死神の動きが僅かに鈍って更に距離(レンジ)を確保出来たわたしは、続けて後ろへ下がりながら再び精霊砲に持ち替えて駄目押しの竜巻弾を撃ち放つと、上手く巻き込ませて動きを完全に止めることに成功した。
「今だ……ッッ!」
 決めるなら、ここしかない……!
 わたしは躊躇いなくY&I(おねぇちゃんとわたし)を再び取り出して一つに重ね合わせると、全身から溢れる漲りを感じつつ両指でトリガーを絞って、銃口の前に白と黒が絡み合う塊を精製してゆく。
 この切り札は開始時に一発分だけ装填され、使用した十分後に再びチャージされるシステムになっていて、一発目は一人目の相手を倒すのに使い、今はしっかりと時間が経過して二発目の使用OKのサインがゴーグルの左下に表示済みだから……。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
 程なくして、発射の頃合まで溜まるや、わたしは烏ちゃんへ向けてトリガーを離し、大きなノックバックと共にチカラの奔流を解き放った。
「やったか……?!」
 すると、こちらが放った白と黒が混ざり合った巨大な非物質の一撃は、足止めの竜巻ごと烏ちゃんを飲み込み……。
「……なるほど、それが噂の聖魔のチカラですか」
「え……?!」
 ……と思ったのも束の間、やがて頭上の方から烏ちゃんの冷静な声が届いて、背筋が凍りついてしまうわたし。
「うそ……避けた……?」
 しかも、古今東西それで上手く行ったためしのないフラグ台詞まで口走ってるし。
<……言ってもしゃーないけど、あの竜巻は余計だったみたいね?>
「…………っ」
 どうやら、烏ちゃんはあの竜巻から抗うよりも、あえて巻き込まれて射程の外へと一瞬で舞い上がって逃れたみたいだった。
「確かに、興味深くも恐るべき力ですが、当たらなければどうというコトはありません……!」
 そして、どこぞで聞いた風な言葉と共に、両手で大鎌(デスサイズ)を振りかぶって急降下攻撃を仕掛けてくる烏ちゃん。
「なんの……っ!」
 しかし、キリフダを外した程度で諦められるほど潔くないつもりのわたしも、すぐに気を取り直してバックステップすると、服の端を裂かれながらも、再び相手との有利な距離を保とうとY&Iをリロードして反撃してゆく。
 間合いさえキープできれば、こいつの弾幕は防ぎきれないハズだから、ぼさっとしてなきゃまだチャンスはある。
<踏ん張んなさい、勝負はこれから!>
「タリマエだってーの!」
 それと、さすがに二度目の対戦での慣れもあって、最初の頃と比べて死神の動きも大分見極められるようになってきたし……。
「……なるほど……」
 なにより、少しは激闘も積み重ねてきた今は、接近戦特化の死神の鎌は見た目の怖さでビビりがちだけど、空中戦にはやっぱりイマイチ向いていないのも冷静に分析できるようになっていた。
 前の戦いではブーメランみたく投げつけらけてピンチを招いたけど、あれだって外せば烏ちゃんの方の致命傷になる諸刃の攻撃だから使える局面は限られてくるし、ウデの差はともかく武器の相性的には悪くないはず……!
「やりますね……こんな短期間でここまで天使の翼を使いこなすとは。やはり、血は争えないという事でしょうか?」
「そりゃ、わたしゃ優奈おねぇちゃんの妹だし……っ!」
 あの完璧だった姉と比べれば出来損ないだろうけど、意地くらいはある。
 ……ってコトで、まだ烏ちゃんを倒せる新しいイメージは思い浮かんでいないものの、何とか大鎌の切っ先を注視しつつ、回避くらいは落ち着いてこなせる自信は付いていたりして。
「……ええ、確かに初見と比べて、動きからして比較にならないですよ?」
「そりゃ、どーも……っっ」
 ……ただ、単純にわたしのウデが上がっているだけじゃなくて、烏ちゃんの方が攻防一体のスタンスで思い切った踏み込みをして来ていないのもあるんだけど……。
<膠着しつつあるわね?決め手に欠けてるカンジ?>
「……悪いけど、話してる余裕までは無いから……っ」
 とはいえ、確かに烏ちゃん相手にこのまま付かず離れずの小競り合いをしながら隙を引き出し合う長期戦に持ち込まれても、こっちの集中力がもちそうもない。
「く……っっ」
 バカの一つ覚えの攻撃だと捲られそうだし、かといって何も考えずにバラバラに撃ちまくってると神霊力の管理がままならないしで、このままじゃジリ貧になりそうだった。
(出来れば切り札の再チャージまで粘りたいけど……さすがに苦しいか……)
 仮に叶ったとしても、そもそも命中させる作戦が無いし。
「…………」
 だったら、いっそここらで……。
「……では、返礼として、こちらもそろそろお見せしましょうか?」
「へ?な、何を……?」
 そこで、まだ余力のあるうちに、捨て身上等で攻め込むかを考えた矢先に、烏ちゃんが不意に水を向けてきたかと思うと……。
「次はこの私の本気……“死神”の切り札を、です」
 対峙するわたしが一瞬だけど硬直させられてしまった程の殺気を黒曜の瞳に宿した後で、烏ちゃんはこちらへ向けて鋭い勢いの回転をつけた鎌を投げつけてきた。
「うわっとぉ!」
 しかし、それでも正面から見え見えで投げつけられて避けられないわたしじゃない。
(これで、もらい……っ!)
 何を企んでいるのかは知らないけど、このチャンスを逃す手はなかった。
 まずは回避した後で、投げつけられた軌跡を予測しつつ戻ってくる前に仕留めてやろうと、精霊砲を担いでロックオン……。
「…………ッッ?!」
 しようとしたトコロで、前方の烏ちゃんの姿が闇に消えてしまった。
「え……?」
<うしろっ!>
「うわっ?!」
 そして、思わず目を見開きつつ足が止まってしまった直後にエルからの鋭い声が響き、わたしはすかさず背後まで迫っていた戻りの鎌を横へ転がるように避けたものの……。
<バカっ、そうじゃなくて……>
「……ひ……っ?!」
 時すでに遅しで、続けてハッと気付いた時は、四方八方を大勢の烏ちゃんに囲まれていた。
(しまった、さっきのは時間稼ぎ……っ)
 ステルス能力に加えた分身攻撃みたいだけど、これじゃ避けようが……。
「……終わりです。年の瀬ですし、いい区切りになったでしょう?」
「…………っ」
(う、うそ、ここで負け……る……?)
 その後、全方位からのサラウンドで勝利宣言が届いた後に再び烏ちゃんの姿が消え、わたしの全身にハンマーで頭を殴らたような鈍い感覚が走る。
「……うぁ、ぁ……っ」
 こ、こんなトコロで全てが終わってしまう……。
「なんてぇ……ッッ!」

 ガウガウンッッ

 しかし、そこからすぐに背中から斬られた感触が伝わった瞬間、反射的に動いたわたしの両腕が、無意識に背後の敵へ向けてY&Iを撃ち放っていた。
「…………っ?!」
<やるじゃない、愛奈……!>
(……やる……?)
「…………っ」
 それから、痛みはないものの視界が急速に暗転しつつ、すっと意識が引いていった後で……。
「…………」
「…………」
「……は……っ?!」
「やりますね……」
「うぉ……っ!」
 次に再び目が覚めた時、背中から烏ちゃんの呟きが聞こえたのに反応して、慌てて飛び離れるわたし。
(そっか、引き分けに持ち込めたんだ……!)
 おそらく、まぐれか何かで咄嗟に背後へ撃った弾が一撃必殺(ヘッドショット)を決めちゃったんだろうけど、とにかくこれで必殺ワザ対決は互いに不発。
 形勢逆転とは言いがたいけど、少なくとも互角には持ち直せた……はず。
「……やはり、貴女は私の宿敵となりえる相手と言わざるを得ませんか……」
「わたしの方は、出来ればお友達とか、もっと別の形で知り合いたかったけど……っ」
 それから仕切り直しを経て、再びつかず離れずの攻防を続ける中で、淡々と物騒なコトを呟いてくる烏ちゃんへ、同じく手は緩めないまま本音を吐露するわたし。
「お友達?……魔族の私とですか?」
「ダメなの?」
「……少なくとも、こうやって命のやり取りを交わしながら言われても、って感じですかね?」
「あはは、そらそーだ」
 ……確かに、こうやってびっくり砲のスコープ越しにターゲットロックしながら言うセリフじゃないかもしれないけど。

                    *

「……はー、惜しかったというべきか、今回も助かったというべきか……」
 やがて、結局は決着が付かないままでタイムアップを迎え、わたしは先に立ち去った烏ちゃんの背中を見送った後で、消えゆく魔界ステージの中心で今宵も生き残った安堵と、同時に仕留めきれなかった悔しさが混じったモヤモヤな気持ちを抱えつつ胸を撫で下ろしていた。
 つまり、フクザツ極まりないってコトなんだけど……。
<ま、割といいセンはいってたと思うわよ?>
「んだねー、今度はある程度なら胸を張れる引き分けだし……」
 前回の対戦経験を生かしつつ一度は相手を追い詰めて、持てる力を出し切って精一杯に奮闘して最後まで生き残っただけに、今回はそれなりに充実感はある。
<でもまた、そう遠くないうちに次がありそうかしらね?>
「うーん……」
 ……ただ、結局はあれからお互い決定力に欠けたまま時間だけが経過してしまい、もう一度戦った時に今度こそ勝てそうな感触を掴めなかったのは、大きな不安要素といえた。
 おそらく、わたしを宿敵と認めた烏ちゃんは、今度こそ本気の本気で仕留めにくるだろうし。
「やーれやれ、今年はすっきりしない年越しになりそうかなぁ……」
 もちろん、せっかくここまで来て綺麗に敗退させられるよりは、遥かにマシなんだけど。
(……けどま、なんとか生き残ったよ、おねぇちゃん……)
<いずれにしても、あのコが最大の壁になるのは間違いなさそうね。気合入れ直しなさいよ?>
「ライバル、か……」
 純粋に勝負を楽しむには抱えている願いがいささか重たいけれど、これも優奈お姉ちゃんが運んできた縁の一つと思えば乗り越えざるを得ますまい……ってね。
<ま、精々後悔だけはしない様にやんなさいな。信仰してるかは知らんけど、神の加護はいつもアンタに付いてるから>
「……ありがと」
 見守ってくれてる(はず)のおねぇちゃんや神様、どうか来年は幸せな年になりますように。
<ただ……>
「ん?」
<オトモダチになりたいって割には、随分とエゲつない戦いしてるわよね、アンタら?>
「あー、まぁ、それだけ真剣(ガチ)なカンケイってコトで……あはは」
 遊びなんかじゃないのよ、と言ったらおねぇちゃん嫉妬するかな……?

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