使が生まれる街で夢を紡ぐ その5


第五章 辿りつく果て

「ふわー、やっぱり人が多いねー?」
「んーまぁ、今が一番ピークの時間帯だろうから、こんなもんじゃない?」
 やがて烏ちゃんとの超絶バトルの疲れで眠り込んでいた間に年が明けてしまった元旦のお昼、わたしは約束していた美佳と一緒に、三年ぶりとなる初詣の長い列に並んでいた。
 この、市内で最も広くて歴史の古い神山神社は、参道が緩やかな石畳の傾斜で参拝客の足に優しいこともあってか、ほぼ一人占めに近いシェアを集めている初詣スポットで、入り口の外から続く行列は昔から三、四十分待ちはざらだったし、今さら慣れっこではあるんだけど……。
「でも、一昨年も去年もひとりで来たから、タイクツだったよー……」
「……あー、そら悪かったわねぇ」
 まぁ、今どきヒマならスマホでも弄っていればいいとしても、確かに一人でぽつんとしているよりは、誰かと来て話でもしてた方が気分的にあっという間なのは分かる。
「そういえば、去年の今ごろって、あいなちゃんどうしてたの?」
「んー、いや別に。むしろ部屋にぽつんと座ったままで寂しかったから、電話でも欲しかったくらい」
 ……というか、神様への逆恨みで初詣を拒否したのはいいけど、元旦から勉強する気にもなれず静かな部屋でひとり佇んで余計に寂しさが募ってきたというオチが付いてしまったのも、今考えればマヌケな話である。
「ええ〜っ……もう、だったらあいなちゃんの方からしてくれればよかったのにー」
「いや、家族と来ていたりして邪魔になったら悪いと思って……」
 ……ってコトで、どうも去年は色々と噛み合わない正月だったのは間違いなかった。
「でも、その頃と比べたら、あいなちゃんも大分笑うようにはなったよねー?」
「……まぁ、おかげさんでね」
 さすがに、高校の入学式を迎える頃には、いい加減いつまでもウジウジしてたら、付き合ってくれた美佳に申し訳ないと思うようにはなったし。
「じつは、今年も付き合ってくれないなら、私も来るのやめようかと思ってたんだけど……」
「だから、悪かったってば……」
 ホント、長い間メイワクとお世話をかけてるのは感謝してるから。
 だからこそ、この前にバトルで鉢合った時は撃つのを思いっきり躊躇っちゃったワケで。
「……でも、けっこう振袖の人も多いよねー。私達も着てくればよかったかなぁ?」
「別にいーわよ……というか、美佳お嬢様と違って、わたしは自前じゃ持ってないし」
 一応、二十歳になったら一着ずつ仕立ててもらえる約束だったけど、自分はともかくお姉ちゃんの晴れ姿を見られなかったのも、わたしにとっての心残りのひとつだった。
「も〜、あいなちゃんったら、そういうコト言うー?」
「ま、成人式の時には付き合ったげるから、一緒に記念撮影しましょ?」
「うん、約束だよー?」
(……約束、かぁ……)
 そういえば、おねぇちゃんと交わした数々の約束は、結局ほとんど守れなかったっけ。
 ……だからせめて、親友との約束くらいは、ね。
「んで、あいなちゃんはどんなお願いをするの?」
「あー、そういえばどうしよう……?」
 それから、列も進んでようやく境内の中まで入った辺りで、お賽銭を用意しようとポーチを開きはじめた美佳に尋ねられ、それにならってお財布を引っ張り出しつつ腕組みするわたし。
 もちろん、今の自分にはセラフィム・クエストで優勝できますようにという明確な願いゴトはあるんだけど、でもそれってここの神様にお願いしていいものなんだろうかという疑問が今更浮かんで来たりして。
「も〜だめだよ、そういうのは来る前からちゃんと考えておかないとー」
「うんまぁ、別に願いゴトが無いわけでもないんだけど……そーいう美佳は?」
 ともあれ、そこでわたしはまず参考までに尋ね返してみるものの……。
「私はねぇ、今年もあいなちゃんと仲良く暮らせますようにって♪」
「ふーん……って、そーいうのは本人に直接言いなさいよっ?!」
「え〜、だって……」
 ……もしかして、高校生になってますます一人でゲームに明け暮れる様になってかまう頻度が減ったのを恨んでますか?

                    *

「……おろ?あれって……」
 やがて、ダメもとのつもりで本懐を願って参拝を済ませ、おみくじも引いて美佳が持ってきた破魔矢の返納も終えて、さあ引き上げようかとなったところで、大きな賽銭箱の前で一心に手を合わせている三つ編みのメガネ女子が目に映って足を止めるわたし。
「ん〜?あ、前の生徒会長さんだね?」
「うん……」
 そう、相手はもう覚えていないハズだけど、数日前に魔法少女テレなんとかさんになりきってわたしと天界の入り口(ポータルシティ)で死闘を繰り広げた、石蕗さんである。
(……なにをお祈りしてるんだろう?)
 受験生らしく志望校への合格か、もしくは、誰にも言えない夢が叶うように願っているのか。
「……んー……」
 しかし、今日の前会長は落ち着いた茶系統のコートにマフラーとシンプルで、特に目立つアクセも着けていなければ、お化粧も控えめのホント飾りっけのないコーデだし、実際に人柄も質実剛健そのものって感じだったのに、心の中じゃあんな願望を抱えていたなんて……。
「…………?」
「あ、どーも……あはは……」
 それから、じっと眺めているうちに、参拝を済ませて戻ってきた石蕗さんと目が合ってしまい、わたしは苦笑い交じりの会釈を見せつつ、そそくさと立ち去っていった。
「どーしたの、会長さんになにか?」
「んーん、別に何でもないんだけど……ね、それより美佳もさ、決して誰にも言えない願望とか抱えてるもん?」
 その後で、きょとんとした顔を向けてくる親友へ、誤魔化すついでに話を振ってみるわたし。
「……そんなの、あったってここで言えるわけないよぉ」
「まー、そりゃそーだ」
 一応、セラフィム・クエストの参加者だったんだから、実際に何かを抱えてはいるのかもしれないけど、まぁ所詮はお互いさまよね。
 かくいう、わたしも……。
「そういえば、あいなちゃんはおねぇちゃんのおよめさんになりたかったんだよね〜?」
「うぐ……」
 ……同じく誰にも言えないヒミツのはずが、幼馴染にはバレバレな件。

                    *

「そういえば、あいなちゃん今日は時間大丈夫なのー?そろそろ帰ってゲームしたくなってない?」
「いや、だから悪かったってばさ……。でも、実を言えばゲームは現在休止中だったりして」
 それから、揃って神社を出ての帰り道、自然な流れで駅横の商業施設へ立ち寄って各店の初売りセールの賑わいを浴びつつ特にアテもなく物色していた最中、不意に美佳から(おそらく)天然ものの毒混じりで水を向けられ、苦笑いを返すわたし。
「そーなんだ?他のことやってるから?」
「……まぁ、そんなトコ。どっちにしても、今日はこれから家族の用事があるんだけど……あと一時間くらいならいいかな?」
 そして、一応はユーも参加者だったんだけど……という言葉を飲み込みつつ、生前にお姉ちゃんから貰った付け忘れがちな腕時計で時刻を確認すると、今は午後二時を回った辺り。
 お昼ご飯は出かける前にブランチで済ませといたし、初詣で寒い中を歩き回って疲れた上に身体も冷えてきてるから、あとはお茶でも飲みに行きたいところだけど……。
「そっかぁ、んじゃもうあんまり回れないねー?」
「いやいや、もう充分でしょ、そんだけ買えば……」
 既に、美佳の両手にはアパレル中心の福袋四つがぶら下げられているというのに。
 ……ちなみにわたしの方は、この後の予定への手土産として、生前のお姉ちゃんが贔屓にしていた洋菓子店のを一つだけ。
「え〜?本番は明日からだよー?……あ、そういえばあいなちゃんって二日はどうするの?」
「んー、特に予定は無いんだけど、まぁ百貨店の初売りセールツアーはパスしとくわ……」
 付きあってたら新年初セラフィム・クエストの前にヘトヘトになりそうだし、それに何一つ確定してるワケでもないけど、今晩から明日にかけての野望もあったりする。
「む〜、ザンネン……あいなちゃんと行きたいお店あったのにぃ……あれ……?」
「それはご愁傷様……って、ん、どったの?」
 ともあれ、それから美佳は口を尖らせつつ可愛らしく拗ねてみせた後で、やがて視線を逸らせてわたしの背後の方へ注視し始めてゆく。
「……なんか、かわいいコがナンパされてるー」
「あ、ホントだ……」
 そこで、自分も振り返って視線を追ってみると、すぐ後にある下着店の福袋を手にした見覚えのある小柄の女の子が、二人連れの男性に囲まれて困惑した表情を浮かべていた。
(というか、烏ちゃんじゃない……)
 昨晩はあんなに激しくヤリ合った間柄の。
「ちょっと、困ってるみたいだね〜。断りきれないのかな?」
「んー……」
 ……まぁ、確かにナンパしたくなる気持ちも分からないでもないし、ああいう表情も珍しくてカワイイからもうちょっと様子を見たい気もするけど、ここは助け舟を出してやりますか。
「おーい、からすちゃーん!こっちこっちー!」
 ってコトで、わたしが右手を振り上げつつ大声で呼んでやると、こちらに気付いた烏ちゃんは二人を押しのけて小走りに近づいてきた。
「え、お友達なの?」
「オトモダチかは分からないけど、まぁ知らない仲じゃないんでね」
 少なくとも、ライバルとは認めてもらってるみたいだし。
「へー……」

 たったったったっ

「……ふぅ、助かりまし……」
「やぁぁん、近くで見るともっとかわい〜♪」
「ひ……っ?!」
 そして、わたし達の待つすぐ前まで逃げてきた烏ちゃんが小さくため息を吐きながら立ち止まるや、お礼も言い終わらないうちに、今度は買い物袋を投げ捨てた美佳に思いっきり抱きしめられてしまう。
「……うんまぁ、状況的には大して変わらなかったかも?」
 というか、むしろ悪化したかもしれなかったり。
「な、なんなんですか貴女は……っ?!」
「えー?あいなちゃんのお友達なんでしょー?だったら、私ともお友達ぃー♪」
「ちょ……誰がお友達……あ、こ、こらヘンな所……」
「あはは、ゴメンね?このコはとにかくカワイイものに目がないから」
 ともあれ、すっかりと美佳に押されて、結局はさっき以上の困惑っぷりを見せる烏ちゃんを眺めつつも、特に止めることはせずに謝っておくわたし。
 今、拾い上げてやってる雑貨屋の福袋にも、そういう系統のアイテムが詰まっているわけで。
「……私はモノじゃありませんけど……」
「というか、うちのクロちゃんに似てる〜。ね、あいなちゃん?さっき遊覧船で買った福袋に、ネコミミバンド入ってるからー」
「あー、はいはい……えっと……」
 なにやら美佳の勢いが一向に止まらないけど、確かにわたしも見てみたいから困る困らない。
「……うう、漆黒の死神と恐れられたこの私が、愛玩動物の如き扱いを受けてしまうとは……」
「だって、カワイイんだから仕方がないよね〜?」
「同意」
 そう、それもこれも烏ちゃんが可愛すぎるのが悪い。
「……まったく、規則でこちらの住人には手を出すなと厳しく申し付けられているんですが……あまり私を侮っていると、魔界へ連れ帰ってしまいますよ?」
 すると、そろそろ堪忍袋の尾が切れたのか、烏ちゃんが深いため息のあとに脅しっぽい言葉を交えて剣呑な目で睨んでくるものの……。
「え〜、それってプロポーズ?きゃ〜ん、あいなちゃんコクられちゃったみたいよー?」
 しかし、それもあっさりと美佳に捻じ曲げられてしまった。
「は……?」
「いやー、気持ちは嬉しいんだけど、わたしにはもう心に決めてるヒトが……」
「ちょ……っ」
「……けど、無碍にしちゃうのも惜しいし……うーん……」
 というか、おねぇちゃん一筋だったわたしを悩ませてしまう辺りは、烏ちゃんって確かに魔性な存在なのかもしれない。
「んじゃ、私がお嫁さんにするー!」
「……あの、少し落ち着いて話を聞いて下さい……」
「うん、このまま立ち話も寒くてなんだし、まずはどこか落ち着けるトコへ移動しよっか、美佳?」
「……いえ、私は別にそういう意味で……」
 ともあれ、そんな死神さんも美佳とわたしに囲まれて防戦一方となり、翻弄されつつ勝手に進められてゆく話に慌てて首を振ろうとしたものの……。
「あ、そ〜だね。あいなちゃんどこいく?」
「……んー、喫茶店はどこも混んでそうだし、この上なんてどう?」
「お、さんせ〜い!んじゃ、からすちゃんいこっかー?」
「ちょっ……?!」
 結局、割って入るスキを与えないまま、わたし達は烏ちゃんの手をそれぞれ取ると、問答無用でエスカレーターへと向かっていった。

                    *

「……もう、あまりジロジロ見ないでください……」
 それから、半ば無理やり引きずりこんだ先の更衣室で、初めて拝んだあられもない姿に思わず鼻血が噴出しかけたのを必死で堪えるわたしに対して、下着姿のまま恥ずかしそうに抗議の目を向けてくる烏ちゃん。
「あはは、あいなちゃんのえっちー」
「ご、ゴメン……しかし……!」
(これは……想像以上に……ぐはっ)
 服装が黒ずくめだから、下着もきっとブラックだろうという予想は見事に当たったものの、烏ちゃんのミニマムでフラットな体型に、レースのオトナ下着な組み合わせの破壊力は想像を遥かに絶していて、悪いけど見るなという方がムリなハナシである。
「……しかし、どこへ引っ張って行かれるのかと思えば、どうしてお風呂なんですか……」
「いやね、初詣で身体も冷えてて、ちょっとあったまりたかったから……」
 それで、烏ちゃんも交えてどこへ行こうかと考えた際に、ここの最上階が年中無休の温泉施設だったのをふと思い出した次第だけど、我ながら神ヒラメキだったかも。
「ふう……まぁいいですけど……」
 すると、そんなわたしの一応は正当性のある理由に、烏ちゃんは諦めのため息を吐くと、残ったブラとショーツも躊躇い無く脱ぎ捨ててゆく。
「…………っ」
(あああ、いくら女同士だからって、そんな無防備に……)
 いやでも、その膨らみかけの曲線がまた……。
「……も、もう、何なんですか貴女は……!」
「ええい、烏ちゃんこそ、わたしの理性を狂わせてどうするつもりなのさ?!」
 前に自分は悪魔だって名乗ってたけど、もしかしてサキュバスの類か何か?
「ちょっ……逆ギレですか?!」
「ほらほら、早く行こうよ〜?」
「……大体、見るならあのぶるんぶるん揺れてるお友達の方が見応えあると思いますけど?」
「いやまぁ、アレはそれなりに見慣れてるし……」
 それに、お姉ちゃんも美佳タイプだったから、烏ちゃんのカラダが余計に新鮮で映えるんだよねぇ。

                    *

「へぇ〜、烏ちゃんって魔界から来たんだー?」
「ええ、さっきも言った通りですけど……」
「ふーん、すごいね〜。あいなちゃん、まかいだってー」
「……何ですか、この本気で聞いているのか判断に苦しむ反応は……」
 とにもかくにも、やがて入浴の準備を整え、お約束である背中の流し合い(少しだけセクハラあり)も終えた後で、この店自慢の天然温泉の湯船に並んで浸かり、ようやくのんびりまったり時間(タイム)かと思いきや、烏ちゃんが美佳からの質問攻めに再び困惑させられていた。
「あー多分ね、“まかい”って名前の地方から来たか、もしくはちょっと妄想癖の強いタイプのヒトだと勝手に解釈してると思うから……」
 それでも、天然で菩薩みたいに心が広いコでもあるので、どんな相手でも偏見無く受け入れるのが美佳さんなので。
「……く……っっ」
(お、悔しそうな烏ちゃんもカワイイ……!)
 本当、バトルでは漆黒の死神の二つ名に恥じない恐ろしい相手なのに、リアルだとどうしてこうもズルいくらいに可愛いんだろう?
 可愛いは正義だなんて利いた風なコト言われる昨今だけど、何をやってもカワイイってのは卑怯だと思う。
「あ、そういえばさっき福袋持ってたよね〜?なに買ったのかな?」
「……下着の詰め合わせですけど……」
 ともあれ、それから深く追求することもなく次の話題へ移行する美佳へ、押されながらも律儀に答える烏ちゃん。
「ほー、烏ちゃんも福袋とか買うんだね?」
 勝手な偏見で失礼っちゃ失礼だけど、こういう俗っぽい一面もあったのはちょっと意外。
「……別に、安価でまとめて購入できる機会みたいなので便乗しただけです」
「あれ、もしかして結構ビンボーさん……?」
 着ている服や下着の質は悪いものじゃなさそうだけど、思い返せば今日も前に見た時と同じ格好だし、もしかしたらそんなに種類を持ち合わせていないのかもしれない。
「一応、資金は必要に応じて調達する手段はありますけど、こちらでの無駄な出費は極力控えるように言われてますので、欲しいものを気軽に買える立場じゃないのは確かですね……」
「あー、だったらゴメンね、無理やり連れてきたりして」
 なんだかんだで、ここの料金も案外馬鹿にはならないし、勝手に連れ込んだなら奢ってあげるべきだったかも。
「……いえ、この位は構いませんけど……というか、私はこれでも“魔姫”の一角ですし、生活に困窮する様な身の上ではありませんから、勘違いされても困ります」
「なにそれ?烏ちゃんって、お姫様かなにか?」
 死神少女は、まさかの魔界のプリンセスだった?!……って、一体どこまであざといんだろう、この萌え姫は。
「へー、すっご〜い。もしかして、変身したりするの?」
「しません……というか、何やらマトモに取り合われていない気もしますけど、当代魔王を支える側近という意味では、貴方の姉や七大天使のザフキエルと似たような立場でしょうか」
「ザフキエルって、あのだわさ天使ちゃんだよね?」
「ええ、本来はこの様な場所で姿を見るコトなどありえないのですが、忌々しくも目障りな存在です」
「目障りて……」
「……尤も、相手も私を見てそう思っているでしょうが、互いにいつまで冷静なままでいられるやら……」
「あ、あはは……」
 そして、中空を見上げる目つきに殺気を宿らせながら、可愛らしい唇より続けられた刺々しい呟きに、少しばかり気圧されつつ苦笑いを返すわたし。
 今ちょっと、天使と魔族の確執の深さを垣間見た気がしたけど……。
「でも、ケンカとかしちゃダメだよ〜?」
「無論、心得ていますよ……。先程も言いましたけど今はそういう協定ですし、それに単独ならともかく同じかそれ以上に厄介な相手とペアで活動しているみたいですから、同時に敵対するのは私と言えどいささか分が悪いです」
「ペアで活動……か……」
 ……そういえば、今頃は二人で仲良くお雑煮でも食べているんだろうか。
「…………」
「えっと、いま何時だっけ……?」
「……その前に、私からも一つ貴方とお話したい事があるんですけど、いいですか?」
 それから、わたしは急にお風呂から上がって駆け出して行きたくなったものの、壁にかかった時計へ視線を移しつつ腰を上げたところで、今度は烏ちゃんに引き止められてしまう。
「へ?まぁ別にいーけど……」
「んじゃ、私はミストサウナにちょっと行ってくるねー?」
「あ、うん……」
 そして更に、美佳が空気を読んだのかは定かじゃないにしても席をはずしてしまい、整ったお膳立てに流される形で再び湯船の中へ腰を沈めるわたし。
「……んで、ハナシってなに?」
「ええ、単刀直入に尋ねますけど、貴女は天使になりたいんですか?」
 その後、何やらちょっとだけ不穏な予感がしつつもわたしが問いかけてやると、烏ちゃんの口から唐突過ぎる質問が向けられてきた。
「天使?」
「セラフィム・クエストとは本来、天使の育成機関で行われている登用試験と聞いていますし、今でも貴女が胸に着けているエンジェル・タグだって、通常は天使軍のIDとして与えられているものです」
「へー……」
 まさか、そんな情報をエルじゃなくて魔族の烏ちゃんから教わるとは思わなかったけど。
「……ですから、今回は正規な開催ではないとしても、自分以外で未だ残っている参加者達は、天界サイドから天使になり得る存在として目を付けられている可能性があります」
「つまり、わたしも天使候補生……?」
「ええ。異物であるこの私が未だに放置されているのも、当て馬として利用する腹なのかもしれませんし」
「はー……」
 大会を経てリアル天使になるというのは全くの寝耳に水な話だけど……ああでも、そういえばそういうテもあったのか。
 天使になってしまえば、今度は天界でお姉ちゃんとずっと一緒に居られるのかもしれないし。
 ……まぁ、学生と両立できるのかって心配はあるとしても、それも案外……。
「……今、ちょっといいかもって思いました?」
 そこで、天使になったわたしとおねぇちゃんが二人仲良く手を繋いで大空を飛んでいる素敵な光景を妄想し始めたところで、烏ちゃんからじっと睨まれつつの横槍が入る。
「あ……顔に出てた?」
「ええまぁ。……ただし、こちらとしては、目の前でみすみす将来の難敵を増やさせるワケにはいきませんので、全力で阻止させて貰いますけど」
「……わたしにプロポーズしてでも?」
「だから、どうしてそうなるんですか……って、鼻血が……!」
「いやははは、だいじょーぶ……」
 ちょっと長風呂になってしまっただけで、わたしを天使にさせまいと身体を張って誘惑してくる烏ちゃんとか、これっぽっちも想像してませんよ?
「……えっと、引き止めてはしまいましたが、確かにそろそろ上がったほうがいいのでは?」
「ほ、ほーだね……」
 本日は、まだこれから本命の予定が残っているというのに、こんなトコロで倒れるワケにはいかないし。

                    *

「……うわぁ、ギリギリになっちゃったな……ん……?」
 やがて、のぼせる一歩手前でようやく銭湯を出て二人と別れた後に、身体がぽかぽかと温まって軽くなった足取りで国道沿いの道を急いでいた途中、決して忘れられない“地点”へふと差し掛かったところで、わたしは思わず足を止めてしまう。
「…………」
 あの日の痕跡は、確かにまだこの交差点の一角に残っていた。
 もちろん、月日の経過であの事故が残した爪跡そのままではないし、暫くの間は誰かが供えてくれていた献花も見なくなって久しくなったとしても、舗装し直されて色あいが違っているこの場所で、雪の降りしきる三年前のクリスマスイブにわたしの最愛の人が自分を庇って命を落とし、そして……天使さまとなって再びこの街へ舞い戻って来てくれている。
 ……しかも、姿こそ少しばかり変化したとしても、自分の大好きだった天使のおねぇちゃんのままで。
(優奈おねぇちゃん……)
 エルから聞いた話では、そんな自らの命と引き換えにわたしを助けた献身行為が神様に評価されて天使にスカウトされたそうだから、巡り合わせの運命とは皮肉なものである。
「…………」
 けど、もしあの時に死んでしまったのがわたしの方だったら、おねぇちゃんは今頃どうしていただろうか。
 ……わたしは、暫く現実が受け止めきれないまま、どれだけ姉のコトを好きだったか改めて実感させられつつも思い出に耽りながら、趣味のゲームで気を紛らわせたりしてここまで何となく過ごしてきたけれど、正直優奈お姉ちゃんのそんな姿はちょっと想像できないんだよね。
「…………」
 一応、結果的にそんな自分のグダ子っぷりが今回の再会に繋がったとしても、改めて考えれば、わたしっておねぇちゃんの命と引き換えに生き永らえている価値はあるのかな?
 不思議と後を追いたいと考えたことは今まで無かったとしても、何だかんだで、生前はおねぇちゃんの通っていた高校へ何とか追いかけようと思っていたのが結局は入れなかったし(しかも、合格していた美佳の足まで引っ張って)、何だかんだで悲劇のヒロインぶって頑張らなさ過ぎだったかもしれない。
(……まぁ、だからこそセラフィム・クエストはどうしても勝ち上がりたいんだけど……)
 ただ、それも結局は自分の為であって、まだおねぇちゃんには殆ど何にも報いて無いんだよね、わたし。
「…………」
 なので、おねぇちゃんがこの街に帰省している間に何か恩返しの一つも出来たらいいんだけど……。
(うーん……。おっとこんな時間……)
 ……でも、まずは約束通りに合流しなきゃ、ね。

                    *

「それじゃ、愛奈ちゃんいくよー?」
「……はいはい、いつでもどーぞ」
 やがて、少しだけ道草も食いつつ、ようやく優奈お姉ちゃんと約束していた場所にたどり着いたわたしは、さっそく元旦で他に誰もいない住宅街の公園で、羽子板を手にサシで勝負する羽目になっていた。
(うーん、まさかホントに羽根つきをやろうと言い出すとは……)
 今日はここへ来るまでに随分とウロウロしちゃったし、運動量の激しい遊びはあまり気が進まなかったものの、でもせっかくおねぇちゃんがやる気満々で二人分の羽子板と羽根を用意してきているのなら、付き合わない道理もない。
「はいっ!」
「……ほ……っ」
「えいっ……でも久しぶりだね?愛奈ちゃんとこういうコトするの」
「そうだね……よっと……」
 羽根つきは小学生の時以来だと思うけど、バドミントンならおねぇちゃんが亡くなる一月くらい前にやったのが最後だろうか。
「……うん、あの頃の呼吸まんまで、何だか懐かしい感じ」
「あはは、ぶっちゃけあれから全然こーいうのやってなかったんだけど……」
 それでも、身体の方がまだしっかりと覚えていたみたいで、軽快な音を立てつつ安定したリズムでラリーは続いてゆく。
(……やっぱ、わたしっておねぇちゃんに身も心も調教されきってたんだなぁ……)
 改めて実感させられるのと同時に、そりゃいつまでも引っ張って姉離れできないワケだと。
「……でも、こうやってると昔に戻った感じがして嬉しい」
「そうだね……部活サボってたかわりに、放課後に二人でよくやってたっけ」
 ……だから、わざわざ羽根つきなんてやりたがったのかと納得はしたものの、でもやっぱりお姉ちゃんから「昔に戻った」なんて言われると、切ない。
 わたしの方は、未だ想い出の中に清算できていないというのに。
「…………」
「えーいっ!」
「……うわっと……?!」
 しかし、そんな感傷に浸りかけた矢先、不意にお姉ちゃんからの強烈なスマッシュが襲ってきて、打ち返せずに空振ってしまうわたし。
「んふふー、おねぇちゃんの勝ち〜♪」
「……いや、こういう遊びだったっけ?羽根つきって……」
 そもそも、ガチで対戦するなんて聞いてないんだけど……。
「とにかく、負けた愛奈ちゃんには罰ゲームね?」
 そして、お姉ちゃんはいつもの天使の笑みを浮かべてそう告げると、羽子板を持ち替えてポケットから筆ペンを取り出してきた。
「ちょっ……?!」
「ふふ、水性だから大丈夫よ?んじゃ、少しだけじっとしてて」
「ほ、ホントにするの……?」
 わたしとしては、姉妹で語らいながら平和に打ち合っていくつもりだったから、まったく心の準備ができてないというのに。
「んー、まぁこれもお約束のうちだから……ね?」
「…………っ」
 しかし、それでも戸惑うわたしに構わずお姉ちゃんがひと筆入れてきた後で鏡を取り出して確認すると、左のほっぺたに大きなハートマークが描かれていた。
(あ、そーいうコトなんだ……)
 まったくもう、おねぇちゃんってば……。
「じゃ、続けましょうか?」
「う、うん……」
 それから、なんとなく意図が理解できた気がしたわたしは、素直に頷いて羽根を拾い上げると、お姉ちゃんへ向けて軽くサーブしてゆく。
「……そういえば、愛奈ちゃん今日はここへ来るまでどうしてたの?」
「んー、朝起きてまずお墓参りへ行って、帰った後でおせちとお雑煮を食べて、昼頃から美佳と初詣に行って……あとは駅横で買い物してたら今度は烏ちゃんも見かけたんで、六階の温泉に誘って一緒にあったまって来た感じ?」
 ……改めて振り返れば、今年はなかなか忙しい元旦になってるかもしんない。
 しかも、明日は明日でおばあちゃんち巡りも控えてるし。
「むぅ……愛奈ちゃんが女の子をとっかえひっかえ……」
「ちょっ、ヒトギキ悪すぎぃ……っ!」
「きゃんっ!」
 そして、風評被害甚だしいぼやきを返してくるお姉ちゃんへ、わたしが思わずツッコミ交じりに全力で羽根を打ち返すと、強い勢いで弧を描いて頭の上へと命中してしまった。
「あ、ごめ……」
「ううん。これでおあいこだから……はい、んじゃ今度はおねぇちゃんに書いてね?」
「はいはい……んっと……」
 ともあれ、それからお姉ちゃんがさっきの筆ペンを差し出してきたので受け取ると、右のほっぺたへ同じくハートマークを書き入れてやるわたし。
「うふふ、これでお揃いだね?」
「あはは……ちょっと照れくさいけど」
 まぁ、結局はお互いイチャイチャできればそれでいいってハナシなのよね。
 ……また、そういうのがわたしにとっても、たまらなく嬉しいんだけど。
「それじゃ、このままもうちょっと続けましょうか?」
「うんっ!」
 だから、わたしも疲れたなんて言わないで、とことん付き合ってあげる。
 願わくば、これが最後の機会にならないコトを祈りつつ、だけど……。

「……うーん、これはちょっと調子に乗りすぎたかしら……」
 やがて、空がオレンジ色に染まってきた頃に、ようやく白熱した攻防も一区切りになると、手鏡で自分の顔を映しながら、我に返った様子で頭を抱えるお姉ちゃん。
 殆ど交互に相手の顔へ大好きアピールしていたラクガキは、いつしか書き込む場所にも困るくらいまでに増えていたりして。
「さすがにこのままじゃ、わたしも帰れないよ……」
 このまま電車かバスに乗ろうものなら、それこそとんだ羞恥プレイである。
「……あはは、それじゃお姉ちゃんのうちに寄っていく?」
「い、いいの……?!」
 しかし、そこで肩を竦めてぼやいてみせると、優奈お姉ちゃんが苦笑い交じりに水を向けてきたのを受けて、わが意を得たりと身を乗り出すわたし。
 ……実は住んでいるのがこの公園のすぐ近くと聞いてたんで期待はしていたんだけど、ホントにお呼ばれされるなんて。
「ええ、そのかわり愛奈ちゃんだけのナイショね?」
「うん!ちゃんと分かってるから」
 そして、片目を閉じた「好き」だらけの顔で念を押してくるおねぇちゃんに、わたしも同じくハートマークだらけの頬を何度も縦に振って応える。
 ……というか、お母さんたちには悪いけど、その方が都合もいいから。
「んじゃ、ここからすぐだから、誰かに見られる前に帰りましょうか?」
「……うんっ!」
 そんなワケで、話が決まった後に天使の笑み(エンジェリック・スマイル)を向けつつ差し伸べてくれたおねぇちゃんの手を取り、わたしは遠慮無しに絡ませながら隣へ並んでゆく。
(あ……)
「…………」
「ふふ……こういうのも久しぶりね?」
「……。そうだね……」
 ただ、久々に手を繋げて嬉しい反面で、まだ覚えていた生前のおねぇちゃんの体温とは違うのが少しばかり寂しかったりもして。
「どうしたの?ちょっと元気なさそうだけど、疲れちゃった?」
「あはは、色々忙しかったしね……ちょっとゆっくりしたいかも」
 ……でも、それは最初からずっと言われて分かっていたコトなのに、また改めてそれを実感させられてしまうと……。
「ええ、落書きを落としたら、お茶にしましょうか。愛奈ちゃんの好きな紅茶も置いてるし」
「ありがと……おねぇちゃんも好きだったもんね?マリアージュフレールの紅茶」
 けど、それでも中身はちゃんと優奈お姉ちゃんのままなんだから……。
「ちゃんとスコーンもあるからねー?さすがに手作りじゃないけど」
「あはは……」
(ほら、笑顔笑顔……)
 何だかんだで新年早々いい滑り出しになったんだし、ここで落ち込んでどうするわたし。

                    *

「はい、どうぞ。……ちょっと散らかってるかもしれないけど」
 やがて、フクザツな思いが渦巻きつつも優奈おねぇちゃんに手を引かれながら案内してもらった先は、住宅街にある一軒家だった。
「……あ、ううん。お邪魔しまーす……」
 何だか少しばかり予想と違った展開に戸惑いを覚えつつ、ドアの鍵を開けたお姉ちゃんに続いて中へ入ると、玄関には既に一組の靴があって、続く廊下の奥からはテレビ番組の音が微かに聞こえてきていた。
「来るのは初めてだし、ちょっと落ち着かないかもしれないけど、遠慮しなくていいからね?」
「うん……というかおねぇちゃん、シェアハウスを借りてたんだ……?」
 てっきり、アパート暮らしかと思えば、なるほどこうきましたか。
「ここはね、天使がこの街へ滞在する際に利用している共同の住まいなの。……といっても、この地方に常駐エージェントはいないから、普段は空き家状態なんだけど」
「ふーん……でも、どうやって借りてるの?」
「……んーまぁ、細かいコトは気にしないで。別に悪いコトしてるわけじゃないけど、そういうのは門外不出の情報だから」
「りょーかーい」
 同じく違う世界から来ているらしい烏ちゃんといい、色々と触れていいものか躊躇われる謎が多すぎるけど、まぁそれより……。
(つまり、わたしが天使になったら、ここがおねぇちゃんとの愛の巣になるのかも……?)
 残念ながら、今日は二人きりじゃないっぽいけど、イロイロと妄想は捗りそうだった。

「ん、おかえ……うわっ、どんな有様だわさ?!」
 やがて、階段やトイレなどに面した短い廊下を抜けた先に続く、だだっ広いリビングルームへ入ると、中央のソファーに座って煮干の紙袋を片手に正月番組を見ていただわさ天使ちゃんが、こちらへ振り返るやぎょっとした顔を見せる。
「あはは、ちょーっと久々に羽目外しちゃって……」
「……えっと、昔にうちの庭でやって怒られた以来だっけ?」
 あの時は、書初め用の筆と墨で服を汚して親に怒られまくったけど。
「まったく、“主”の代行者ともあろう者がなんてザマだわさ?とにかく、なんでもいいから、さっさと落としてくるだわさ……」
「そーね……。んじゃまずは洗面所へいこっか、愛奈ちゃん?」
「うん……さすがにみっともないし……」
 できれば、だわさちゃんにも見せたくなかったけど、まぁこれは仕方が無い。

                    *

「ふー、さっぱり……」
「あはは、ごめんね……ちょっとはしゃぎ過ぎたかしら?」
 それから、お風呂の脱衣場も兼ねた洗面所で、お湯とクレンジングを借りてラクガキをすっかり綺麗に落としてリビングまで戻ると、隣のキッチンでお茶の用意をしていたおねぇちゃんが改めて苦笑いを向けてくる。
「いやまぁ、それは別にいいんだけど……」
 というか、むしろ昔みたいにもっともっと調子に乗ってくれて構わないし。
「……にしても、とうとうここまで押しかけてきただわさ?」
「だって、あんな顔で電車に乗って帰れますかっての……」
 そして、ソファーの端っこに座るや、改めてジト目を向けてくるだわさちゃんへ、大袈裟に肩を竦めて大義名分を語るわたし。
「ホントに、アイツが絡んだ時の行動力は末恐ろしいだわさが……ま、優奈が招いたのならゆっくりしていくだわさ」
「ありがと……」
 とりあえず、お邪魔虫だけど物分りがいいのは助かる。
「んじゃ、せっかくだから後でお雑煮も食べていく?おねぇちゃん久々に作ってみたの」
「あ、うん……それは勿論いただくけど……」
 なにせ、もう二度と食べられることは無いと思っていた姉の手料理だし。
 けど……。
「うん?さっきから、なんか奥歯にものが挟まってるだわさ?」
「……えっとね、どうせなら今晩ここに泊まりたい……って言っちゃダメ?」
 けど、それだけじゃ満足できないわたしは、ここで思い切って自分の本願をぶつけてみた。
「え?でも……」
「お母さんには美佳のうちに泊まるって上手くアリバイ作っとくから。……それに、今日はなにやら泊まりの来客あるかもって言ってたし」
「……そ、そうなんだ?……けど……」
「ね?今晩だけでいいから……」
 すると、案の定困惑の反応を見せた優奈お姉ちゃんへ、立ち上がって食い下がるわたし。
 後ろ向きになるのは良くないとしても、明日負けてしまえば記憶ごと機会を失ってしまう運命と思えば、あっさりと引き下がるわけにはいかなかった。
「うーん……そりゃ私だって愛奈ちゃんともっと一緒にいたいけど……でも……」
「……別に、構わないんじゃないかだわさ?ここまで来てしまえば、今さら追い返そうが一晩くらい泊めようが、同じコトだわさ」
 すると、葛藤した様子で煮えきれないお姉ちゃんより、意外にも一番説得が大変そうな相手が先に同意してくれたりして。
「まぁ、ザフキエルがそう言ってくれるなら……」
「あ、ありがとう……」
「……別に、あんたの為じゃないだわさ。その方がこっちにも都合がよさそうだからだわさ」
 そこで、お邪魔虫だけどナイスアシストとばかりに、ぐっと右の親指を立てるわたしに対して、だわさちゃんは再びテレビの方へ視線を戻したまま、素っ気無くそう告げてきた。
「なにそれ、ツンデレの一種?」
「……まったく、七大天使相手にいつかバチが当るだわさよ?とにかく、今夜の管理はあたしだけでやるから、優奈も水いらずでゆっくりするだわさ」
「え、いいの……?」
「どうせ、もう人数もかなり絞られてるし、それに今夜はおそらく接続者も少ないだわさ」
「あはは、確かに……。わたしもお休みのつもりだし」
 ただ、かなり絞られているとなると、ここから先は今までより更にガチな精鋭ぞろいかな?
(……ううん……)
 なんにせよ、今夜だけは戦いを忘れて、作戦云々はまた明日考えよう。
「とりあえず、美佳と親に電話、電話っと……」

                    *

「さーさー、愛奈ちゃん脱いで脱いで〜?」
「……ち、ちょっ、まって……っっ」
 やがて、夕食が終わって夜もすっかりと更けた頃、一緒に定番のお正月番組を見ながら談笑していただわさちゃんもお仕事へ向かって二人きりになり、まずは一緒にお風呂という流れになったのはいいものの、脱衣場で久々に本性を現してきた優奈お姉ちゃんに、わたしは懐かしさを感じつつも視線を受け止めきれずに身をよじらせていた。
「どうしたの、昔はいつも一緒に入ってたじゃない?」
「そうだけど……そんなにじろじろ見られると、恥ずかしいよ……」
 まさか、こんなカタチで銭湯での烏ちゃんの気持ちを味わうことになろうとは……。
「だって、三年ぶりに愛奈ちゃんの成長を直接確かめるチャンスだし。むふふ……」
「三年ぶりだからこそ、余計に恥ずかしいんだってば……」
 おそらく自覚はしてないんだろうけど、わたしの目の前で指をわきわきと動かすおねぇちゃんの端正な顔も、だわさちゃんには見せられないレベルでしまらなくなってるし。
「でもー、そんな愛奈ちゃんを見てると、ますます止まらなくなっちゃいそうなんだけど……」
「も、もう、おねぇちゃんのえっち……」
 それで、わたしの方はといえば、天使になって戻ってきた後のお姉ちゃんはどこか余所余所しくなってしまった感しで少しばかり不満を抱えていたし、正直に言えばこういう展開も期待してはいたんだけど、何だかここで今までの分が一気にハジけてしまいそうな怖さもあったりして……。
「うふふ……それに私だって、ホントはずっと我慢してたのよ?せっかくここへ戻って来て愛奈ちゃんとも再び会えるようになったのに、立場が邪魔してなかなかこういう機会を作れなかったし……」
「う、うん……」
 ……でも、やっぱり心の中は同じ気持ちだったんだ?
 それが聞けただけで、わたしにとっては無条件降伏するのに充分すぎる理由だった。
「……ってコトで、やっぱりおねぇちゃんが脱がせてあげるね?」
「え、あ……っ」
 ともあれ、やがて痺れをきらしたのか、もともとそのつもりだったのか優奈お姉ちゃんはそう続けてくると、後ろから優しく抱きしめつつ伸ばした両手で、わたしのブラウスのボタンを手際よく外してゆく。
「愛奈ちゃん、すごくドキドキしてる……」
「あ、うん……。その……わたしも嬉しいんだけど……」
 本来はおねぇちゃんに抱きしめられると落ち着くはずなのに、さらに足まで震えて胸の高鳴りも止まらない。
「…………」
「……本当にごめんね、愛奈ちゃん……」
 すると、お姉ちゃんは少しの沈黙を置いた後で、ぽつりと謝ってきたかと思うと……。
「だ、だから、どうしてそこで謝るの……?」
「理由は一つなんかじゃないけど……とりあえず、おねーちゃんそろそろガマン出来なくなっちゃったかも」
「へ?あ、やぁぁぁぁん……っっ?!」
 そして、あとは開き直ってケダモノと化したおねぇちゃんに、わたしは為すすべもなく剥かれていってしまった。

                    *

「んふふ、愛奈ちゃんやっぱり胸が大きくなったわよね?」
「う、うん……おかげさまであれからカップひとつ上がった……」
 それから、すったもんだの末にようやく二人で使うには充分な広さのお風呂場へ入り、さっそく背中だけじゃなく手足から全身へかけて丁寧に洗ってくれるお姉ちゃんが成長に気付いてくれて、うれし恥ずかしで頷くわたし。
「……それに、お腹や腰まわりもしっかり成長してるし、どんどん綺麗になってるよね……」
「あ、ありがと……んっ、でも、ちょっとくすぐったい……」
 けど、目視じゃなくて、背中に密着して伸ばしてきた手触りで確認してるというのが、また昔のままで嬉しはずかしというか、実際に「おかげさま」の言葉通り、わたしはこうやっておねぇちゃんに触れられながら磨かれてきた……とは思ってるんだけど。
「あら、やっぱり弱い部分は相変わらずなんだ?たとえば、このヘンも……」
 そして、どこへ触れられても拒まないわたしに、優奈お姉ちゃんは更に調子に乗って、鎖骨や太ももの内側など、片っ端から敏感な部分へ直接指先を這わせてくる。
「ひゃあん……っ!も、もういじわる……っ」
「ほらほら、脇腹だってこうやってなぞると……」
「…………っ?!」
 ち、ちょっと、今電気走った……かも……。
「ホント、どうしてこんな可愛い妹を残して、おねぇちゃん死んでしまったのかしら……ううっ」
「そ、それはこっちのセリフだってば……あんっ!」
 だからって、そんな一度に性感帯を攻められたら、だんだんヘンな気持ちに……っ。
「……実はね、跳ね飛ばされてもう助からないと確信した最期の間際に思ったのは、もう一度だけ愛奈ちゃんに触れたいだったし……」
「お、おねぇちゃん……」
 それを聞いて、わたしの目に涙が溜まってはきたものの、でもボディソープでヌルヌルした胸で背中をごしごしとさせながら告白されても、なんか泣くに泣けなかったり。
「……でも、それがまさかこんなカタチで望みが叶うなんて、愛奈ちゃんとの赤い糸は切れてなかったってコトかしら?」
「んく……っ!そ、そういえばお姉ちゃんの方は変わらないね……?」
 わたしの方はあれから背丈も少しずつくらいは伸びてるけど、優奈お姉ちゃんは生前の最後に一緒にお風呂に入った時の記憶そのまま。
 もちろん、胸はわたしと違ってDカップはあるし、全体のプロポーションも殆ど文句の付けようが無い曲線美の持ち主だから、それが理想なのかもしれないとしても……。
「……私はね、もうあの時から時間が止まってしまっているの。死亡した時点の肉体情報をもとに復元された新しい器へ魂を移し替えて活動している存在だから」
「えっと……よく分からないけど、んじゃもう歳を重ねたりはしないんだ?」
 つまり、帰ってきたおねぇちゃんは永遠の十七歳になっていた……と。
「そーね……。考えたら、来年の誕生日で愛奈ちゃんに追いつかれちゃうコトになるのかしら?」
「うーん、なんかそれもやだなぁ……」
「そう?私としては愛奈ちゃんの妹になってみるのも面白そうって思ったけど?」
「ええ〜〜……」
 ……というか、ここでわたしの願いの落とし穴に気付いてしまった。
 今の状態で、ずっと優奈お姉ちゃんと一緒にいられるようにしてもらったとしても、再来年にはわたしが姉になってしまうどころか、時が経つほどに……。
「…………」
「愛奈ちゃん?……」
「……えっとね、もし将来、自分だけおばさんとかお婆ちゃんになったとしても……おねぇちゃんは変わらずわたしを好きでいてくれる?」
「ええ、勿論よ。いつだって愛奈ちゃんは私の大切なひとだから……」
 そこで、少しだけ固まってしまった後で、図々しいと思いながらも尋ねるわたしへ、おねぇちゃんは優しく抱きしめながら即答で答えてくれた。
「おねぇちゃん……」
「……それに、愛奈ちゃんには私の分まで長生きして欲しいから、これからどんな形になろうと、お姉ちゃんはずっとずっと見守ってるからね。それだけは忘れないで?」
「……っ、おねぇ、ちゃ……くしゅんっ」
 そして今度こそ、わたしの瞳からこみ上げてきた大粒の涙が零れ落ちようとしたところで、今度は大きなくしゃみが暴発してしまう。
「あらら、ちょっと長話しすぎたかしら……。続きは湯船に入ってからにしましょうか?」
「うん……。でも……」
「でも?」
「今度は、のぼせない様に注意しながら、かな……?」
 まだまだ、今宵はこんな所で倒れてしまうわけにはいかないんだし。

                    *

「……さて、それじゃもうそろそろ寝ましょうか?」
「あ、そうだね……もうこんな時間……」
 やがて、何だかんだですっかりと長引いたお風呂から上がった後で、実家とほぼレイアウトの同じ優奈お姉ちゃんの新しい寝室へと場所を移し、そこでもひたすら三年間の空白を埋めようとしていたわたし達だったものの、午後も十一時を回ったあたりでひと区切りを迎えようとしていた。
 ……本当は、日付が変わったって、それこそ朝まで語り明かしたい気分だけど、明日は早めに帰らなきゃならないから、あまりのんびりしていられないし、なにより……。
「一応、まだお仕事を頑張ってるザフキエルにはちょっと申し訳ない気もするけど……」
「あはは……。でも、初夢はおねぇちゃんと見たいから……」
 わたしはそう言って、ずっと着けていたネックレスを外してサイドテーブルへ置くと、お姉ちゃんに借りたパジャマを着たまま、二人で寝るには少々狭いベッドの隅っこへ横たわった。
「……そういえば、そのパジャマってサイズが全然合ってないけど、平気?」
「うん、大丈夫だよ。……というか、脱いで寝ても風邪引きそうだし……」
 まぁ、確かに背丈や主に胸の差でぶかぶかだけど、着心地なんて問題じゃない。
 ……もちろん、裸で抱き合って眠ろうというのなら、それはそれでやぶさかじゃないけれど。
「そう。それじゃ、電気消すね……?」
「うん……。おやすみ、おねぇちゃん……」
「おやすみなさい……」
 ともあれ、それからお姉ちゃんが照明を落として、背中合わせにわたしの隣へ横たわってお布団をかぶった後で……。
「…………」
「…………」
「……ごめんね、今日はワガママ言って……」
「ううん……。本当は私の方もここにいる間に一度くらいはこうやって愛奈ちゃんとお泊り会をしたかったから、嬉しかったよ」
 ……それから、どのくらい経ったろうか。
 案の定、すぐに眠れなかったわたしは、やがてまだ起きているのか分からないお姉ちゃんの方へ向けてぼそりと呟くと、すぐに返事が戻ってきた。
「……一度といわずに、できるもんならずっとここにいてよ……」
「そうね……出来たらいいんだけど……」
「今日、改めて思い知ったんだ……。たとえ天衣優奈じゃなくなったとしても……でもわたしのおねぇちゃんは確かにここにいるって」
 そして、わたしは布団の中で向き直っておねぇちゃんの背中を抱きしめると、暖かい体温が全身に伝わってくる。
 ……もちろん、それは生前とは違う温かみなんだけど、それでも確かにわたしのおねぇちゃんは生きて存在している。
「……愛奈ちゃん……」
「晩ごはんに食べたお雑煮だって、うちの家庭の味だったし……別人なんかじゃない」
 それだけで、もう充分。
 魂さえ同じなら、きっとまたいつかの日常は取り戻せるだろうから。
「…………」
「……わたしね、お姉ちゃんが亡くなってからも、ずっと部屋のお掃除してたんだよ?」
「……そう、ありがとね……」
「けど、高校へ入ったくらいから、だんだんそれも未練がましすぎると思うようになって、実は今年でひと区切りかな?……とも思ってたのに……」
 だから、イブでの再会は、わたしにとって急速に時計のネジを巻き戻された感覚だった。
「ごめんね、やっぱり混乱させちゃったかしら……?」
「ううん、それでもやっぱり、またこうしていられるのが嬉しい。その為なら、何だってするし」
「…………」
「えっと、それでね?もしセラフィム・クエストで優勝したら、わたし……」
 それから、だんだんと言葉に熱を帯びてきたわたしは、胸に抱く願いをいよいよ口にしようとしたものの……。
「わたし?」
「……ううん、なんでもない。おやすみ……」
 しかし、やっぱりそこから先は言葉が出ないまま、わたしは一方的に打ち切って目を閉じた。
「……おやすみなさい、愛奈ちゃん」
「…………」
 やっぱり、今もまだ、その時じゃない。
 けど……。
(見ててね、お姉ちゃん……わたし、ぜっったいに負けないから……!)
 早く眠りに入らなきゃいけないというのに、おねぇちゃんのぬくもりに触れながら、わたしは心がまた一段と燃え上がってくるのを感じていた。

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