天使が生まれる街で夢を紡ぐ その7
第七章 死神とピエロ
「んあー、おはよー……」 「おはよう。今日も時間通りね?」 「あはは……」 普段より二時間ほど遅い起床もすっかりと板についてきた休暇モードの朝、キッチンでそれに合わせて朝ごはんを用意してくれていたお母さんから、ちょっと皮肉がかったおはようで迎えられ、苦笑いを返しながら席につくわたし。 別に夜更かしをしてるワケでもないんだけど、やっぱりバトル後はゲームで遊ぶよりも遥かに疲労が大きいみたいで、いつも大体こんな感じでたっぷりと眠り込んでしまっていたりする。 「もう、明後日から学校だけど、宿題は済ませたの?」 「んーまぁ、去年の間に片付けてるから……」 「あら?珍しい。夏休みの時はあんなに慌てて美佳ちゃんにも泣きついていたのに、大雪でも降らなきゃいいけど」 「失敬な……。というか、冬は量自体が大したコトないし」 なにより、セラフィム・クエストの参戦中は時間泥棒の最たる趣味を休止しているので、日中とか結構ヒマだったのが大きいんだけど。 (まーでも、あっという間の冬休みだったなぁ……) ともあれ、まずは湯気を立てているコーヒーカップを片手に、トーストにベーコンエッグ、サラダとトマトスープという、ごくシンプルで定番な献立の横に畳まれて置かれている新聞へ視線を向けてみると、紙面の上には1月4日の数字が記されていた。 「それじゃ、あとの心配はしっかり起きられるかどうかね?明日は早起きの練習しておく?」 「……あーいや、それも何かもったいない気がするし……」 そもそも、今夜には大詰めを迎えるイベントが控えていて、明日の今頃の自分がどうしているのかすら定かじゃないから、あまり予定じみたコトも決めたくなかったりして。 「どっちにしても、もう優奈はいないんだから、自分のことはしっかり管理しないとね?」 「もう、あれから三年も経つんだし、そんなの耳タコだって……」 というか、何だかんだでずっと言われ続けているのが、イラっとくるよりも滑稽に感じてはいるものの、わたしってそれだけおねぇちゃんに頼りっぱなしだった印象があるんだろうか。 「ふふ、そうね……。でも、まだお母さんの夢には時々出てくるんだけど、愛奈ちゃんも?」 「うん……」 ちなみにエルの言葉通り、お母さんは一昨日のバトルでわたしに負けた後に、お姉ちゃんと再会したコトも含めて綺麗に忘れさせられていたみたいで、一夜明けた昨日は久々に美佳の時と同じ気まずさを一方的に感じていたものの、今朝はすっかりといつもの日常に戻っていた。 (は〜〜っ……) ともあれこれで改めて、優奈お姉ちゃんが天使になって戻ってきたコトを知っている身内はこのわたし一人だけになり、個人的な都合としてはそれで全然悪くはないんだけど……。 『今は成仏させてもらえない可哀想な娘の魂を解放させる為かしらね?』 『だって今の優奈は、私の優奈なんかじゃないから』 「…………」 どんな姿だろうが、再び目の前に現れてくれたのを素直に喜んだわたしとは裏腹に、お母さんの方はそんな風に感じていたとは……。 (……なんだかなぁ……) まぁ、最後はわたしの方が勝ち残ったんだから別に気に病む必要はないんだろうし、エルからもそう言われているけれど、やっぱり今でも心のどこかに引っ掛かっていたりして。 (うーん……) 魂と器。 わたしは魂さえホンモノなら器は拘らないつもりだけど、お母さんは産みの親として、それじゃ割り切れないというコトなんだろうか。 「…………」 もしくは……。 「そういえば、新学期が始まったら、じきに愛奈ちゃんのお誕生日ね?」 「……へ?あ、そーいえばそうだっけ……」 ともあれ、食事の手も停滞したまま考え事に耽っていたところで、不意にお母さんから別の話を向けられて我に返るわたし。 ……トーストもスープも冷めてきてるし、悩むにしてもまずは平らげてからにしないと。 「もう、忘れかけるくらいに興味が薄れているのなら、今年は少し盛大にお祝いする?」 「んーまぁ、ほどほどでいーよ……」 正直、お誕生日と言われても、いまいち気分が盛り上がる要素が無い。 おねぇちゃんが一緒に祝ってくれるとでもいうのなら、もちろん話は違ってくるけど……。 「…………」 そういえば、もし優勝出来たとしてわたしの願いってどういう形で叶うのか、結局エルからはまだ何にも教えてもらってなかったっけ? * 「……ってコトでさ、そろそろ具体的に教えてくれてもいいんじゃない?」 「あによ、藪から棒に……」 それから、朝食を終えて自室へ戻ったわたしは、相変わらず浮遊霊みたいにフワフワ飛び回ってるエルを捕まえて回答を迫ってみた。 「だって、あと一戦に勝てば、わたしの優勝で願いを叶えてもらえるんでしょ?」 「まーね。しかも、天界の沽券にかけて、アンタに優勝して貰わなきゃならなくなったし」 ……そう。クリスマス・イブから市内の住民を巻き込んで年明けまで続いてきたこのセラフィム・クエストも、いよいよ今夜で大詰めを迎えようとしている、らしい。 らしいというのは、わたしも昨晩の戦いの後でそう聞かされただけで、まだ実感はイマイチなんだけど。 (天界の沽券、ねぇ……) * 「スキあり……ッ!」 「……あぅ……っ?!」 現在、絶賛放送中のロボットを擬人化したアニメキャラの姿に扮した女の子が背負ったポッドから次々と放たれる小型ミサイルの弾幕を、劇中の主人公よろしく華麗にかいくぐって側面へ回り込んだわたしが、びっくり砲を手にスタンバイさせていた闇属性攻撃を放つと、黒い半透明の粘液の塊が、振り返った対戦相手の全身へとまとわりついてゆく。 「ひっっ、なにこれぇ……っ?!」 「……ゴメンね、それキモチ悪いでしょ?でも……っ!」 それから、すかさずY&Iを抜いて一つに合わせると、すっかりと身動きを奪われた敵へ向け、落ち着いて狙いを定めた一撃で仕留めるわたし。 「あぅ……っ?!」 「ふー……」 この精霊砲の一番最後に装填されている闇属性攻撃とは、放つと黒いスライム状の塊が相手にまとわり付いて動きを封じるという、いわゆるデバフ系の攻撃で、選ぶのに時間がかかり過ぎる上に当てたからといって完全に動きを止めるワケでもなければ、最初に使った時は割とすぐに振り払われてしまったのもあって、今までは全く使うコトがなかったものの……。 (ホント、どうして今まで思い浮かばなかったのかなぁ……) その後、動きが止まった相手の翼を回収しつつ、心の中で苦笑いするわたし。 昨日のお母さんのやり方を見て、今更ながら参考にしてみた戦法だけど、考えたら聖魔銃なんて持っている自分にとって、これほどベンリな補助攻撃もなかったというのに。 まぁその分、たっぷり汗はかかされてきたから、鍛錬は積めたかもしれないけど……。 「……さて、これで終わり……かな?」 <ええ、これで上級第二位の智天使(ケルビム)へ昇格よ。おめでと> そんなこんなで、母親とギリギリのやり取りを交わした新年最初のバトルの翌日、大会でいえば準決勝にあたるゲームながら、比較的すんなりと八人での乱戦を制した後で息を吐くわたしへ、エルから労いの言葉がかかる。 「上級第二位……いよいよ、頂が見えてきたカンジね」 おねぇちゃんへの不動の愛が為せたとしても、我ながらよくここまでたどり着いたもんだと。 <……さて、感慨に耽ってるトコロ悪いんだけど、悲報が入ってるわ> しかし、それから勝利の余韻に浸りながら気持ちよくログアウトかと思いきや、続けて不穏な言葉が告げられてくる。 「悲報?」 <明晩に行われる決勝の相手が決まったわ。……例の魔族のコよ> 「烏ちゃん、か……」 まぁ、二度目の対戦時に言われた通り、わたしの方も次第に烏ちゃんとは運命的な縁を感じるようになってきていたので今さら驚いたりはしないものの、未だに勝てそうなイメージが浮かばない相手という意味では、確かに悲報だった。 <……まったく、ブザマなもんよね?予想通りに進入してきて予定通りに放置していた魔軍からのトリックスター・ゲストが想定以上の大物だったからって、今頃になってバタバタと浮き足立ってんだから> 「そういえば、魔姫だかなんだかって言ってたような……」 <そ。後の祭りだけど、あのカラスと名乗る魔姫はうちの最高戦力の七大天使に匹敵する、魔軍でも指折りの実力者だったみたいね?今夜のもう一つの戦場で特別報酬をチラつかせて彼女一人を残り全員で一斉に襲わせたけど、ものの二分で全滅させられたそーよ?> 「げ……」 最初に対峙した時から非現実的な強さに苦戦の連続だったけど、ホントに本気を出したら、天使の翼があろうが人間なんて赤子の手を捻るようなものって感じなんだろうか? ……リアルでの姿は、むしろ超現実的な可愛さなのに。 <とにかく、アイツを止められるのはもうアンタだけだから、何とかなさい> 「なんとかって、そんなあっさり言われてもね……」 <生憎、残りはもうアンタとあのコの二名だけだから、理屈じゃなくてやるしかないの> 「んじゃ、最後は一対一の勝負……?」 <そーなるわね。しかも、今のアンタは仮想空間での話だろうが、天使軍の精鋭に引けをとらないチカラを身に付けてるんだし、セラフィムの座を掴もうとする者が恐れを為して退いていい戦いじゃないわ> 「分かってる……。ここまで来て、何者が相手だろうが負けてたまりますかっての!」 お母さんじゃないけど、たとえ神や魔王だろうと、誰にもジャマはさせないんだから。 * 「……ん〜〜っ……」 とまぁ、わたしも最後の大勝負へ向けて、必勝を期する次第ではあるんだけど……。 「……でも、天界の沽券とか言われても、わたしには関係ないよね?」 むしろ、お陰で余計な苦労させられた被害者っていうか。 「ええい、二度も交戦しながら仕留められなかったアンタが悪い!」 「うわ、ひど……っ」 そもそも、二戦とも討ち漏らしたのはわたしじゃなくて、烏ちゃんの方だと思うんだけど。 「……なら、わたしの戦意高揚のためにも、勝利の先にどんな未来が待ってるのか教えてよ?」 「別に、敢えて隠してるワケじゃねーわよ。大体、この先に待つ未来もナニも、アンタ達はそれを自分で決める権利を賭けて戦ってきたんでしょーが?」 ともあれ、ここはツッコミをガマンして食い下がるわたしへ、エルはため息を吐く仕草の後で、肩を竦めつつ素っ気なく返り討ちにしてきた。 「う……」 「だから、愛しのおねぇちゃんとの倒錯に満ちた蜜月な日常を取り戻したいっても、逆にそっちの方から具体的にどうして欲しいのか言ってくれないと、こっちも叶え様がないって感じ?」 「ううっ、倒錯じゃなくて純粋な愛だもん……。蜜月は否定しないけど」 「知ったこっちゃねーわよ……。ま、夜までヒマなら、せっかくだから考えておけば?」 「……うーん……」 * 「ふぁ〜〜っ……」 やがて、お昼も過ぎて散歩がてらに中央公園までやってきたわたしは、以前に優奈お姉ちゃんと待ち合わせた事のあるベンチに座って、ノンキにあくびをかみ殺していた。 (いい天気だなぁ……) 今日は真冬とは思えない、ぽかぽかとした陽気の差し込む絶好のお出かけ日和。 こういう、三が日の喧騒も落ち着いて冬休みも終了間際と祭りの後のような物寂しさが漂ってる昼下がりは、尚更ぱーっと遊びに行きたい気持ちもあるものの、わたしは特に誰も誘うことなくその静寂さに身を任せていたりして。 その最たる理由はもちろん、エルから与えられた宿題が終わってないからだけど……。 「どういう形で願いを叶えてもらう、かぁ……」 てっきり、望みを言えば勝手に叶えてもらえると思っていただけに、いざ自分でセッティングしろと言われると、結構悩んでしまう。 「んー……」 もう、生前の天衣優奈には戻れないのが前提みたいだし、だったらおねぇちゃんが今後もずっとこの街に居てくれる様に取り計らってもらえばいいとして、問題はわたしの方。 自分も同じ天使になってしまえば、ずっとお姉ちゃんの妹であり続けられるのかもしれないけれど、烏ちゃんからの警告も含めて何やら色々と引っかかるものもあるし……。 「……ふーむ……」 「……こんなトコロで、何を一人で唸ってるだわさ?むぐむぐ……」 ともあれ、そんなこんなでベンチの中で腕組みをし続けていたわたしだったものの、やがて横の方から不意に人影が覆ってきたかと思うと、特徴的な語尾の声と共に煮干の紙袋を持ったジャージ姿の小柄な女の子が姿を見せてきた。 「だわさちゃんか……。んー、ちょっと考えゴト……」 それに対して、ちらりと一瞥だけした後で、再び視線を落としつつ適当にあしらうわたし。 いつも煮干を食べてるみたいだけど飽きないのかとか、実は猫耳や尻尾が生えてるんじゃないかとか、飛ばしたい軽口の一つや二つは無くもないものの、あいにく今日はそんな気分にならなかった。 「ほほー。そういうのがあまり似合うタイプには見えないけど、何かあっただわさ?」 「失敬な……」 これでも、それなりに悩み多き乙女なんですが。 ……まぁ、九割がた程度はおねぇちゃんについてだけど。 「あたしも夜まで時間はあるし、何なら聞いてやらない事もないだわさよ?」 「……いやね、今夜でセラフィム・クエストの決着がつくと聞いて、その後のことを少しばかり」 「んぐんぐ……つまり、皮算用でそんなに悩んでるだわさ?」 ともあれ、相手が珍しく親身に食いついてきたのを見て、何となく話してみる気になったわたしなものの、がさがさと紙袋の中を漁るだわさちゃんからは冷めた反応が返ってきてしまう。 「……う……まぁ、そう言われたらミもフタもないんだけど……」 「心配せずとも、優勝した後で考える時間くらいは与えられるから、そんなヒマがあるなら作戦を練るなりイメトレでもしてるだわさ?」 「作戦はともかく、イメトレと言われてもねぇ……」 むしろ、頭に浮かぶのはおねぇちゃんとの妄想ばかり……。 「…………」 「……このヘンタイ妹め、だわさ」 「うぐ……」 また、勝手に脳内風景を読みやがったわね……。 「……んで、だわさちゃんこそこんな所へどうしたの?たまには日干し?」 以前にスーパーで遭遇はしたものの、確かおねぇちゃんの話だと、よっぽど必要な時以外は外出しない引き籠り系の天使と聞いてるけど。 「……お前はあたしを何だと思ってるだわさ……というかあんたの姉から、カワイイ妹の様子をちょっと見てきてくれと頼まれただわさ」 「おねぇちゃんに?……だったら、直接会いにきてくれればいいのに……」 やっぱりもう、あの手紙にあった「エデンの先」とやらでわたしを待ち続けるつもりなんだろうか? 「まったく、心配性の姉だわさ……いや今はもう姉ですらなかろうに、まったく同僚使いが荒いヤツだわさ」 「……天使に生まれ変わろうが、おねぇちゃんはわたしのお姉ちゃんだよ。それより、ちょうどだわさちゃんにも聞きたかったコトがあったんだけど、いい?」 いずれにしても、それからだわさ天使ちゃんにも用事があったのをふと思い出したわたしは、上目遣いで水を向けてみる。 「なんだわさ?」 「前にさ、お姉ちゃんとの日々を取り戻すには代償が必要って言ってたよね?あれってどういう意味だわさ?」 「だから、真似するなだわさ……。別に、言葉のままだわさ」 「優奈おねぇちゃんとまた一緒になりたかったら、失うものもあるかもしれないって?」 「この際、性別とか姉妹という問題は差し置いても、人間と現役天使の恋愛はタブーなんだわさ」 「……んー。それじゃ例えば、わたしも天使になってしまえば、ハナシは別?」 「だったら、なおさら今宵の戦いに勝たなきゃハナシにならないだわさ?相手が魔姫だからといって易々と後れを取っているようじゃ、アイツと同じ風景は見られないだわさ?」 「あはは、結局はそーなるのね……」 どうやら、今の段階じゃどうやっても結論がループしてしまうらしい。 「それに、もしあんたが負けて魔族が優勝してしまう事態になれば、優奈にも責任問題が降りかかるから、勝ってもらわなきゃ困るんだわさ」 「えーでも、烏ちゃんを放置したのは、おねぇちゃんの意思じゃないんでしょ?」 「そこはそれ、天界も案外ナマグサな部分があるのだわさ。……ぶっちゃけ、優奈みたいな魂の輝きを持つ奴は天界でもそういるもんじゃない、とでも言えば分かるだわさ?」 「あー……まぁ、何となく……」 まぁ、そうと聞けばますますおねぇちゃんの為にも負けるワケにはいかないんだけど……。 「それで、ぶっちゃけ勝てそうだわさ?」 「……負けるつもりはないけど、冷静に考えたら微妙かも……」 「正直でよろしいだわさ。……ならば、ちょいと耳をかすだわさ」 ともあれ、それからド直球で勝算を尋ねられ、苦笑い混じりにわたしがぶっちゃけで答えると、だわさちゃんは隣に座ってきて耳元へ口を近づけてきた。 「ん……?」 「……アイツの頼みもあるし、少しだけこのザフキエルの智恵を貸してやるだわさ」 「だわさちゃん……」 ■1/4 PM10時00時 暁の戦場跡 やがて、夜も更けて最終決戦の時は訪れ、準備を終えたわたしがエルに導かれたラストステージは、薄れる夜の空にオレンジ色の日が昇りかけた、夜明け前の廃墟だった。 「……ここは……」 おそらく、雰囲気的には天界なんだろうけれど、眼下に広がる都市群は瓦礫となっていて、あちらこちらに残されている痛ましい戦禍の爪跡は、決戦を控えた前だというのに、何だか呆然とした心地にさせられてしまう。 「えっと、ここってまさか戦争があった場所……?」 <そ。此処はかつて、天使軍と魔軍が最後に争った戦場よ。……もう、随分と昔の話だけど> それから、思わず独り言の様に呟くわたしへ、エルが珍しく神妙な語り口で応えてくる。 「昔?……最後の決戦……?」 <まー最後というか、ここでの総力戦で天使軍、魔軍共に戦力の七割以上を失ってしまったんだから、もう戦争したくてもこれ以上は互いにやりようが無かったというべきかしら> 「…………」 <……そしてこの戦いの後に、天界と魔界は無期限の休戦協定を結び、壊滅寸前だった天使軍はイチからつくり直しになったんだけど、まずは新たな最重要課題が持ち上がったの> 「最重要課題?」 <そ。単純に数を増やすのではなく、一方的に敵を殲滅しうる異能を持つ、次世代の天使達を見い出して編成するという、ね> 「異能……。それでお姉ちゃんは……」 「……やはり、貴女が勝ち上がってきましたね、聖魔のチカラを宿し者よ」 「烏ちゃん……!」 それから、エルとの会話が終わらぬうちに、遥か前方より幾重にも重ねた漆黒の翼を背中に纏う、宿命の相手が姿を見せてきた。 全身が黒ずくめで、両手には一撃必殺の死神の鎌を持つその姿は、これまでの激闘の記憶と共にすっかりと脳裏へ焼き付いている、魔族の烏ちゃんである。 「対峙するだけで分かります。この短期間でこれ程の成長を遂げるとは、流石は“本命”というべきでしょうか」 「本命……そういえば、前もそんなコト言ってたよね?」 今回の大会は、わたしの為の茶番だとかなんとか。 「天界が協定の盲点を突いて企てたこのセラフィム・クエストは、おそらく元来に聖と魔を混在させる人間から、次代の天使候補を見つける為に始められた大会、というのは既に気付いてはいるでしょうが、さしあたって天使軍が最初の本命候補として目を付けたのが天衣愛奈、貴女です」 「……それは、やっぱりわたしが優奈お姉ちゃんの妹だから?」 「ええ、あの天衣優奈、いや唯一神の片腕である“メタトロン”と同等の資質を持つ者として、貴女にも眠っているハズのチカラを確認するのが、今回仕組まれた茶番の最優先目的、という事になるでしょうか」 「んじゃ、この街が選ばれたのも……」 「当然、そういうコトですね。他の逸材候補を物色しつつも、貴女以外の参加者たちは全て当て馬と言って過言ではないでしょう」 「エル……」 <……ま、タブーを犯してまで優奈が自らエンジェル・タグを渡しに来たんだから、ゆくゆくは勝手に勘付いてくるとは思ってたけど……> 「うわ、開き直られた……」 ……ってコトは、おねぇちゃんも含めて、みんなでわたしを担ぎ上げていたと? 「そこで、魔界政府としても到底看破は出来ず、貴女に秘められし能力(チカラ)を見極め、我々の脅威となり得る存在ならばその芽を摘んでおく為にこの私が送り込まれた訳ですが……やはり、最初に見(まみ)えた際に好奇心を優先させて仕留め損ねたのは、今や大きな失態になろうとしていますね……」 「…………」 「……ですが、それもここで終わり。この私の……魔王十三魔姫が一角、“死神のヴェルゼリカ”の誇りに賭けて天衣愛奈、今度こそ貴女を全力で狩らせて頂きます……!」 そして、烏ちゃんは凛とした声で真なる名乗りを上げた後に大鎌を鋭く薙ぎ払うと、全身から禍々しくも凍りつきそうな程の強烈な覇気をぶつけてきた。 「……く……っ!」 姿形こそ変わっていないものの、それはまるで別人の気配で、本気を出すという言葉に偽りは無いのがひしひしと伝わってくる。 <来るわ、カクゴはいい?> 「正直、その前に言いたいコトが山ほどあるんだけど……」 <別にいーわよ?やる気が失せてここで負けようが、綺麗さっぱり忘れさせてあげるから> 「んなワケ、ないじゃない……ッッ!!」 ……この際、優奈お姉ちゃんさえ取り戻せるならもう何だっていいし、そんなわたしの執着を利用されているのも知ってしまったけど、構うもんか。 わたしは大雑把に開き直ってしまうと、得物を手に距離を詰めてきた烏ちゃんに対し、びっくり砲の柄へ右手を添えつつ、敢えて翼を大きく羽ばたかせて自らも突っ込んでゆく。 「…………っ?!」 果たして、これまでと全く異なる行動パターンを見せたこちらの狙い通りに相手の虚を突けたのか、烏ちゃんの動きが一瞬鈍ったのをわたしは見逃さなかった。 (よし、いい掴み……っ) まずは、だわさちゃんの助太刀が早速に役立ったみたいである。 『……いいだわさ?これからあんたにいくつかの助言をしてやるだわさ』 『まず、武器構成の影響もあろうが、あんたはすぐ一歩引いて相手との距離を開けたがる癖があるだわさ。それ故に、致命傷は受けにくいものの、踏み込みも足りなくて長期戦になりがちだっただわさ』 『しかし、三戦目ともなれば相手はそんな傾向を踏襲してくるから、逆にあんたの勇気次第で崩せるチャンスにもなるだわさ?』 (勇気次第、か……) モチロン、今夜は捨て身のカクゴだから……! そして、わたしは相手が怯んだ隙に精霊砲を背中から抜いてトリガーを少しだけ長く絞ってモードを変えると、対烏ちゃんには初めてとなる半透明の防御壁(シールド)を飛ばす地属性攻撃、通称「壁砲」を撃ち放った。 「く……っ?!」 (今だ……っ!) すると、続けて相手の読みを外せたみたいで、一直線に高速接近した壁砲が大鎌を慌てて振りかぶった烏ちゃんの動きを先に止めて押し返していったのを見て、すかさず合わせたY&Iへ持ち替え、障壁ごしにありったけの連射攻撃を叩き込むわたし。 『それに、あんたの武器構成なら、使い方次第でインファイトでも戦えるだわさ』 (つまり、こんなカンジで……ッッ) もっとも、これはお母さんとのバトルで学んだ、聖魔銃の使い方なんだけど。 <ホント、目ざといわよねー?アンタって> 「ええい、学習能力があると言っ……っ?!」 しかし、これであわよくば……という期待も虚しく、着弾の直前に烏ちゃんの身体が消えたかと思うと、殆ど間を置かずしてわたしの眼前で大鎌を振り下ろそうとしてきていた。 「うわ……っ?!」 それでも、咄嗟のバックステップで避けたわたしは、躊躇いなく持ち替えたびっくり砲からもう一度障壁弾を放って押し返そうとしたものの、今度は目の前で真っ二つに寸断されてしまう。 「…………っ?!」 ちょっ、盾をぶった斬るなんて……! 「無駄です、二度は通用しません……!」 「そんな……」 いくらホンキだからって、それはちょっとデタラメ……。 「それとも、これで策は尽きましたか……?」 「さぁてね……っ!」 ……けど、やっぱりアレを狙うしかないか。 「う……っ?!」 わたしはすぐに作戦変更を決めるや、その場で大きく翼を羽ばたかせて発生させた衝撃波で相手を一瞬怯ませ、烏ちゃんを飛び越えるようにして全力で距離を開けてゆく。 ちなみに、これもだわさちゃんに教えてもらった翼を使った戦闘法の一つだけど……。 『それと、あんたはここまで馬……同じ戦法を繰り返す傾向があったから、案外手の内は見せていないだわさ。……ここまで言えば分かるだわさ?』 (悪かったわね、馬鹿の一つ覚えで……) けど……。 「逃がしません……!」 すると、接近戦を避けるべく離れようとするこちらに対して、烏ちゃんは鋭い回転をかけた得物を投げつけ、蒼白い楕円の刃が一直線にこちらへ襲いかかってくる。 (来たわね……) そいつを待ってた……。 <離れて!> 「……え……っ?!」 しかし、まずはギリギリまで引き付けてやり過ごそうとしたところで、エルから鋭い声が飛んだのに反応して慌てて大きく避けると、投げつけられた大鎌は直前まで居た場所を通過した後に小回りで軌道を変え、再びわたしの方へ追尾してきた。 「げっ、まさか、これって……」 「……ホンキを出すと言ったでしょう?さぁ、踊りなさい……!」 「ひ……っ?!」 それから、烏ちゃんの号令で死神の鎌が縦横無尽に斬りかかり、びっくり砲を盾に前方だけは守りつつ、防戦一方に追い詰められてしまうわたし。 ……どうやら、手の内をまだ見せていないのはお互いさまだったらしい。 <お、いー判断ね?セラフィム・クエストの仕様的にブキ破壊はないから> 「逆に言えば、こっちもアレを破壊できないってコトじゃないのさ……っ」 わたしとしては、それを狙ってたのに……っ。 <ま、あの大鎌(デスサイズ)って、確かリアルのは魔界でも相当ないわく付きの魔剣らしいから> 「今ココで聞きたかなかったわよ、んな情報っっ!!」 ……でも、遠隔操作ブキとしては、お母さんのミニチュア天使達と比べれば一本だけだからどうにか対処もできているし、要は封じられさえすればいいんだから……。 「……く……っ」 やがて、少しずつ慣れてきたわたしは、振り回した精霊砲で鎌を弾いて飛び上がり……。 「…………っ」 このまま振り切らんばかりに全力で直進しつつびっくり砲を構えると、鋭い回転のかかった大鎌がわたしを真っ二つにする勢いで一直線にこちらへ追撃してくる。 (かかった……!) 「ええい……っ!」 そこで、こっそりとスタンバイしつつ、正にこのタイミングを狙っていたわたしは、これも対烏ちゃんには初となる水属性の氷弾を放つと、構わず迫った大鎌の切っ先が触れた途端に凍りつき、力を失って地上へと落下して行ってしまった。 「な……?!」 「今だ……ッッ!」 そして、ようやく掴んだ勝機でわたしはびっくり砲のトリガーを引いたまま、一気呵成に相手との距離を詰めてゆく。 『相手は魔軍でも頂点に君臨する魔界の姫騎士で、内面に持っているプライドは相応に高いだわさ。無論、見合った実力はあるとしても、それが落とし穴となるかもしれないだわさ』 (ちょっと油断してたでしょ、烏ちゃん……っ!) ……おそらく、わたしが破れかぶれの壁砲で防ごうとしたと思い込んで、盾もろとも仕留めてくるつもりだったんだろうけど、お生憎様。 「もらったぁっ……!」 程なくしてモードチェンジとロックオンが完了するや、わたしは満を持して無属性のホーミング弾を近距離から連続して二発撃ち放った。 最近は牽制用途にしかなっていなかったけど、迎撃する術の無い状態でこの距離から放たれれば回避も出来ず、今度こそ必殺の一撃に……。 「…………ッッ!」 ドンドンツッ 「……んな……っ?!」 ……しかし、確実に命中すると確信して向かって行った羽付き誘導弾は、烏ちゃんが咄嗟にスカートの下から取り出した武器らしきもので叩き落されてしまった。 「……死神にとって、これを抜かされるのは屈辱と言う外ありませんが……」 <バカッ、逃げなさい!> 「…………っ」 それから、苦々しそうな顔を見せつつも烏ちゃんがもう一度右手を振るうや、想定外の展開に反応が遅れたわたしの手元へ、先端に鋭利な重しが付いた半透明の紐が伸びてきて、そのままびっくり砲に絡み付いてくる。 (ムチ……?!) ……いや、というより忍者が持ってる分銅付きの鎖に近いだろうか? 「ぐ……うわっ?!」 ともかく、柄を握る烏ちゃんの右手の先から伸びてきたモノに気付いた直後には、強烈に伝わってきた斥力に、わたしの手元から精霊砲が引っ張り抜かれてしまっていた。 「……これで、おあいこですね?」 「う……いつの間にあんな武器を……」 <そりゃ、みんな二つずつ持ってるんだから、サブのブキくらいあるでしょ?> 「冷静に言ってるバア……うわっ?!」 そして、エルへのツッコミも終わらぬうちに、放り投げられた精霊砲に続いて相手の鞭の先がこちらの腰元へ伸びて来たのに反応して、慌てて身を翻すわたし。 (こ、こいつだけはダメ……っっ) びっくり砲に続いて聖魔銃(こいつ)まで奪われたら、その時点でゲームオーバーである。 「さて、どこまで逃げられますか?」 「ち、ここへ来て初見ブキなんて……っ」 <だから、おあいこでしょ?> 「こんなトコで語るに落ちたかねーわよっ!」 しかし、すぐさま烏ちゃんも追撃してくると、刃の付いた鞭はまるで荒ぶった大蛇の様な動きで襲い掛かり、いつしか避け切れなかったわたしの右足に絡み付いてくる。 「しまった……けど……っ!」 そこで、わたしはすかさず死守中のY&Iを両手に構えて紐を撃ち切ろうとしたものの、エイムを向けた時には暁の空色に溶け込んで見えなくなってしまっていた。 「く……っっ!」 それでも、束縛されている以上は確かに”ある”ハズだからと、見当つけて足元を集中砲火するものの、やっぱり当たってないのか効いていないのかびくともしない。 「無駄です。私の魔力で生成しているこの紐は自在にカタチを変えられますから、そんな武器で当てようなどと……」 「くぅっ、だったら……ひぃっ?!」 ならば、烏ちゃんを直接撃ち抜くまでと聖魔銃を合わせようとするも、その前に再び強烈な力で引っ張られ、全身が鎖がまの先端みたいにブンブンと振り回され始めてゆくわたしの身体。 「……ましてや、私がいつまでも黙って撃たせるとでも思ってますか?」 「ちょっ、わわわ……っ?!」 (烏ちゃん、こんなに馬鹿力だったなんて……っ) もしくは、烏ちゃんの魔力によるものなのかは分からないけれど、とにかく激しい揺れと視界も高速で流れて、ゲーム酔いとは無縁だったわたしも目が回りそうになる。 ついでに、スカートだから気合入れる為に穿いてきた勝負パンツも見え放題状態だろうし……っ。 <ほら、さっさと何とかしなきゃヤバいわよ?> 「んなコト言ったって……でも、この状態だと烏ちゃんだってわたしを振り回してるだけで倒せな……うおわっ!」 ただ、実体じゃないのに何だか気持ち悪くなって吐き気まで催してきているから、いつまでもってワケにはいかないとして……。 <あにノンキなコト言ってんの。もうそろそろ大鎌の氷結が解ける頃だけど?> 「うそっ?!」 「……魔姫ともあろう者が実に無様な戦い方ですが、せめて目的は達成させてもらいますね?」 「く……っ、ブザマはこっちだっつーの……っ」 氷結弾で死神の鎌を封じた直後は勝利を確信しかけたというのに、それからあっという間に絶体絶命の危機を迎えてるなんて……。 (そんなつもりは無かったけど、勢いに任せて油断してしまったのはわたしの方ってか……) もう、後の祭りかもしれないけど、このまま終わるワケには……っ! 「なにくそ……っ!!」 そこで、わたしは高速飛行しつつ鞭を操る烏ちゃんへの攻撃を一旦諦めると、力ずくで逃れるべく全力で逆方向へ羽ばたくコトに持てるチカラを集中させてゆく。 「むぎぎ……っ!」 やがて、何とか引っ張り合いに持ち込んで振り回されるのだけは止められたものの、わたしの足は今にも引きちぎれそうに伸び、結果的にますます身動きは取れなくなっていたりして。 「ムダです……。貴女と結ばれたこの糸はもう、私の意志無くして離れるコトは決してありませんから……!」 「……あーもう、そーいうプロポーズっぽいセリフは、リアルで聞きたかったのに……っっ」 おねぇちゃんがちょっとヤキモチ焼くかもしれないけど……っ。 「まだ、そんなコト言ってるんですか?……もう、そんなに私が気に入ったのなら、仕方が無いのでお友達になってさしあげますよ……」 「え、ほ、ホントに……?」 「……ただし、この戦いが終わっても貴女が私のコトを覚えていればの話ですけど。さぁ魂を刈る鎌よ、我が手に戻りなさい……!」 「…………っ?!」 しかし、地獄に仏のすぐ先に待っていたのは、烏ちゃんからの絶望を呼ぶ宣言。 ……この状態で死神の鎌を取り戻されたら、わたしの命運なんて……。 「ま、負けてたまるかぁぁぁぁぁぁ……っ!」 そこで、まずは破れかぶれで両手にしっかり握ったままのY&Iで烏ちゃんを攻撃してみるものの、あっさりと円運動で避けられてしまう。 (やっぱ、ダメか……) これじゃ一度見せている切り札で勝負をかけても、自分にとっての致命傷になる予感だけ。 <やれやれ、しゃーないか……ま、ここまでよく戦ったわ> 「アンタが先に諦めてんじゃねーわよ!」 もちろん、本気で言っちゃいないんだろうけど、でもここから道なんてあるんだろうか? <だったら、ボヤボヤしてないで、さっさとキセキの一つも起こしてみなさいよ?> 「ええい、そんなモンが意図的に起こせてたまりますかっ!」 そこで、言うに事欠いて究極に身勝手な要求をしてくるエルに、やけっぱちな大声で突っ込むわたしなものの……。 <タブンだけど、起こせるわよ?……アンタさえその気なら> 「……え……?」 しかし、その声は素っ気無くも、真剣そのもの……に聞こえた。 <だってさ、アンタは今までそうやって勝ち抜いてきたんでしょ、愛奈?> 「…………」 『……最後に、勝負を決めるのはあんたの意志だわさ。勘違いでもいいから、自分が神になったつもりで戦ってみるだわさ。そうすれば……』 (神になったつもりの意思、か……) わたしの意志の先は、もちろん……。 『エデンの先で待っています』 (おねぇちゃん……!) <来る、後ろ……っ!> (今行くから……わたしに、力を……っ!) やがて、短く届いたエルからの警告を受けるや、わたしは最後の大勝負のつもりで自分の翼に全霊を込めるイメージを固めつつ、逆方向へ飛び上がろうとしていき……。 「…………ッッ!」 「…………っ」 「…………ッッッ」 「く……うお……ツッッ?!」 そこからチカラの限り踏ん張り続ける中で、軋みをあげていた右足への斥力が突如に解放されて勢い余りに吹っ飛ぶと、すぐ目と鼻の先を地上から昇って来た大鎌が通過していった。 (ま、また、やれた……?!) こういうのはもう何度目か分からないけど、ホントにやればデキてしまうものである。 「…………」 「……成る程、聖魔のチカラとは“そちら”が本命、というワケですか……」 すると、それから力負けして奪われた鞭がわたしの足下から力なく落下してゆくのに目もくれず、代わりに戻って来た愛用のエモノを両手に迎え入れた烏ちゃんが、肩に担ぐように構えつつ一人納得した様子で頷いてくる。 「え……?」 <デキれば、そこには勘付かせたくなかったけど、しゃーないわね……> 「エル……?」 「結局、最後まで上手く踊らされた模様で腹立たしいですが……まぁいいでしょう」 「あの、一体どーいうコト……?」 当人を置いてけぼりにして勝手に納得しないで欲しいんですけど、二人とも……。 「いえ。……それより、そろそろ雌雄を決しましょうか?残るは貴女がその銃で私を撃ち抜くか、私がこの大鎌で貴女を狩るか、ただそれだけの戦いです」 しかし、やっぱりこちらの問いかけには答えてもらえず、烏ちゃんは大鎌の切っ先をこちらへかざして小細工抜きの決戦を挑むと、両手で構え直しつつ真っ向から突撃をかけてきた。 「……っ、望むところ……っ!」 そうなれば、後は応じるしかないわたしも小さく頷いて切り替えると、同じく手元に残ったメインの聖魔銃を握り締めて応戦に入る。 ここまでの頑張りや、背負ってきた全てを泡沫にしない為にも……。 (とにかく、わたしは勝つ……!) びっくり砲無しだと苦しいのは間違いないとしても、こっちも危機を脱して感覚があったまってきたし、あとは勢いに任せて押し切ればいい。 ……ってコトで、今度はヘタに逃げないで待ち受け、相手が斬りかかるタイミングを狙ったカウンターでY&Iを向けると、わたしの銃口が烏ちゃんの眉間の前に、死神の切っ先がこちらの喉もとの手前まで迫り、互いの手がピタリと止まる。 「……やりますね……!」 「烏ちゃんこそ……と言ったら、おこがましいかな?」 それから、揃って冷や汗を一滴流しつつ笑みを浮かべた後で、ほぼ同じタイミングで一旦後ろへ下がって仕切り直しをはかると、今度は互いの間合いを取り合いつつ激しい応酬を重ねてゆくわたし達。 「…………っ」 単純な戦闘能力の比較なら、烏ちゃんの方が遥かに上回っているハズだし、死神の鎌は片割れでのY&Iの弾幕も捌いてしまうけど、合わせた聖魔攻撃だけは避けるしかないので、二つの攻撃を巧みに使い分けることで、わたしの方も懐には飛び込ませないまま、どうにか互角に立ち回れていた。 ……それに、なにより今はいつもより烏ちゃんの動きがよく見えている気がするし。 「……ホントに、末恐ろしくなる程に強くなりましたね、愛奈さん……」 「皮肉だろうけど、烏ちゃんに鍛えられたお陰かな……っ?!」 しかも、ここでようやく馴れ馴れしく名前を呼んでくれるとは。 (……どうやら、認められたってコトかな?) 思えば、長い道のりだったけど……。 「そうですか……。ならば、ここでこの私の手で確実に始末をつけなければならないみたいです……!」 しかし、一瞬の浮かれもここまで。 それから、烏ちゃんは押し殺した殺気を孕んだ宣言の後で音も無く姿を消すと、前回に見た時より遥かに多い分身がわたしを取り囲んできた。 「く……っ!」 もちろん、それに対抗するには何とか逃れようなんて甘いコトは考えずに、こっちも一撃必殺のキリフダに賭けて火中の栗を拾うしかない、とは思ってるんだけど……。 (でも、ドコから来る……?) わたしは一つに合わせたY&I(おねぇちゃんとわたし)のトリガーを絞って溜めつつ、四方八方から結界の様に取り囲む無数の烏ちゃんへ意識を集中させてゆく。 (……前に食らった時と同じ背後?それとも頭上……?) ぶっちゃけ、完全に運試しなのかもしれないけど、確率は大雑把に1/6……。 (いや……) 「これで、御仕舞いです……!」 「そこ……ッッ!」 やがて、相手が仕留めの一撃へ動き出した直後に、わたしは直感と薄い根拠を信じて正面へ銃口を向けると、その先に死神の鎌を振り上げた烏ちゃんの姿を捉えていた。 「……っ?!どうして……」 「なんとなくだけど……烏ちゃんって死神の割に、正面から戦うのが好きそうだったから……」 思えば、闇に紛れるのが得意なハズなのに、殆ど不意打ちはしてこなかったしね。 「ふ……見破られてましたか。……向いてないって、よく言われてます……」 「……ううん、それでもわたしはそういう烏ちゃんの方が好きだけど……」 そして、諦めと自嘲の笑みを浮かべた烏ちゃんへ、わたしも頬を緩めてそう告げた後で……。 「でも、今回はわたしの勝ち……ッッ!!」 最後に残していた渾身の一撃を遠慮なしに解き放つと、今度こそ光と闇の奔流が相手を飲み込んでいった。 「…………!!」 「…………ッッ」 「…………」 「……ゴメンね、烏ちゃん……」 思えば、いろんなイミでつらい戦いばかりだったけど……。 「……はー、烏ちゃんと戦うのは、もうこれっきりにしたいわよね……」 <さぁ、それはアンタ次第かしら、愛奈?……ほら、まずはさっさと回収なさい> 「あ、うん……」 とにもかくにも、感慨よりまずは敗者の無残な姿が明け方の光に照らされている烏ちゃんのもとへ近づいて背中に手を当ててみると、同じように翼のチカラがわたしのもとへ逆流してくる。 「これってさ、やっぱり烏ちゃんの翼も吸い取ってるの?」 <うんにゃ、そいつが今まで奪ってきた対戦相手のブンだけよ。それでアンタは熾天使(セラフィム)になれるはずだけど> 「セラフィム……」 遂に……というか、なんだかあっという間だったというべきか。 「……お、おお……?!」 程なくして、吸収を終えて烏ちゃんの退場を見送った直後くらいに、わたしの背中から思わず目を見開いてしまうくらいの爆発的なチカラが漲ってきた。 「くぅ……っ、な、なに、これ……?!」 自分じゃ見えないけど……でも、わたしの翼に大きな変化があったのは間違いない。 <ここじゃ晴れ姿を見せてあげられないのは残念だけど、今のアンタは十二枚の翼を持つ最高位の天使になったのよ。……一時的だけどね> 「十二枚……!」 どうりで……というか、神様にでもなってしまった様なこの感覚的には、翼が今までの倍に増えましたってどころの騒ぎじゃないけど、これが十万枚分の翼を集めたチカラ。 ……ただ、ちょっと惜しむらくはこれでセラフィム・クエストは終了だから、実際に戦闘で試してみる機会はなさげってトコロだけど。 <んじゃ、細分化された翼の結合も無事に成功したみたいだし、早速だけど案内してあげるわ> ともあれ、それから妙に眩しくなった背後へ首を回しながら変化を確認するわたしにエルがそう告げてくると、ただ独り残った戦場が光に包まれ、やがて自分も飲み込まれ始めてゆく。 「へ……?案内って、どこへ?」 <決まってんでしょ?アイツと約束した場所へ……よ> 「…………!」 次のページへ 前のページへ 戻る |