遭難少女は魔女の掌でオドる その3
第三章 魔女の掌
「おはよー風音ちゃん。昨日はちゃんといっぱい寝た?」 「はよー。寝たのは何だかんだでいつもの時間だけど、久々に夢も見ないくらい熟睡してたわ」 翌朝、通学路でばったりと鉢合わせした幼馴染から、言われると予感していた話題を早速に向けられ、珍しく欠伸も出ない清々しい気分で答えるわたし。 昨晩は昨晩でやることが沢山あってギリギリまで頑張ったからか、ほんと布団に入ってからここまでの記憶が飛んでるくらいにそれはもうぐっすりと。 「もう、お休みに入ってもあまり夜更かしはしちゃダメだよ〜?規則正しく生活しないと」 「……あはは、まさかゲーマーな詰草ちゃんに先生みたいなお説教されるとはねー。というか、詰草ちゃんだって一昨日は朝までやってたでしょ?」 それでも、無遅刻無欠席で成績も優秀な模範生だから、言葉の重みは違いすぎるんだけど。 「まぁ、ずっと楽しみにしてたゲームの発売日がテスト期間中まで伸びてお預け状態だったから、ちょっとハメを外しすぎちゃったけど、でも試験が終わった後なら怒られないしねー?」 「それに、きっちり結果も出してるし?」 「だって、おかーさん達にあれこれ言わせない為の努力は嗜みってものでしょ〜?」 「なるほど。ちゃんと考えてんのねぇ……」 そう言われてみれば、学生ゲーマーさんって思ったより健全な存在なのかもしれなかった。 「特に、夏休みなんかは早寝早起きしてやると気分いいよー?涼しいし」 「ん〜、わたしは休み中の早寝早起きは損した気分になりそうだけど……」 もしくは、いつもの時間に目を覚ました後で二度寝するのがたまらなく気持ちいいワケで。 「まぁまぁ、風音ちゃんも一緒に早朝実況ゲーマーさんデビューしてみたらわかるって」 「え……もうわたしはやるの確定なの?」 「もっちろん、風音ちゃんの分のヘッドセットなんかもちゃんと用意してあるんだから♪」 「まいったなぁ……」 しかも、よりによって早朝とか……。 「んでね、前の晩から風音ちゃんがうちに泊まりに来てくれたらいいかなって。ちゃんと起こしてあげるし」 「いや、それだと結局二人とも眠らないオチになりそうな……」 詰草ちゃんくらいの付き合いの長い相手となると、大した話題も無いのに一緒にいるだけで一晩中でも会話し続けられられるのはもう経験済みであるわけで。 「まぁまぁ、あとなんだったら柚月さんにも声かけてみる?んふっ♪」 「げ……なんでよ?」 そして、そこから思ってもいなかった名前を不意打ちで挙げられ、思わず真顔になって振り返るわたし。 「だって、最近は何だか仲いいみたいだから……」 「いや、別にそんなんじゃないってば……。勝手に向こうから絡んで来てるだけで」 「そ?美人だし、風音ちゃんもまんざらでもないのかなって」 「確かに美人は美人かもしれないけどさぁ、そもそもあの人は得体のしれない魔女……」 (ん、魔女……?) 「…………」 「…………」 それから、「魔女」というセリフを引き金に一度意識が飛んだ後で、再び我に返った時のわたしは自室のベッドの上に横たわっていた。 (夢、かぁ……) 考えたら詰草ちゃんとは通学路が被らないから、そもそも約束でもしない限り合流することはないんだけど、あんなに寝不足で疲れた後でも案外眠りって浅くなってしまうものらしい。 「…………」 それより、境界があいまいになって強制終了した夢の後で、問題は今目覚めたわたしが居るのは果たしてどちらの世界なのか、だけど……。 「…………」 「……うん、まぁそうだよね……」 ……なんて、妄想込みに脳内で呟いてはみたものの、頭を回した先に映る学習机の上に立て掛けられた折り畳み式のガラケーとスタンドが、わたしにはっきりと現実を告げていた。 「……はぁ、しゃーないか……」 よし、今日から頑張ろう。 * 「んー、気持ちのいい朝だなぁ……」 ともあれ、気持ちを新たに起き上がり、まだ少々ぎこちない朝の挨拶を家族と交わして朝食も食べた後に、わたしは寝不足だった昨日とは比べ物にならない清々しい心地で、夢も含めると本日二度目となる涼しくも天気のいい通学路を歩きつつ、ぼんやりと独り言を呟いていた。 (なるほど、早寝早起きで早朝ゲームというのも確かにアリなのかもね……?) もっとも、こちらの詰草ちゃんが同じ企てをしているのか、そもそも同じくゲーマーさんなのかどうかすら定かではないものの、まぁ違ったら違っていたで実況活動に巻き込まれないだけ重畳かもしれない。 むしろ、数少ない飛ばされて良かった案件になるかもしれないけれど、でもその場合は夏休みに入る前に帰ってしまうと意味が……。 (いやいや、まてまて……) そんな皮算用より、今はまだちゃんと帰れるのかどうかの方を心配すべきだろう。 なにせ、今日から人知れずにヘンタイ魔女との健全とはとても言い難そうな戦いが始まるんだから……いや、既にもう始まっているという認識でいないと。 (けど、色仕掛けってもなぁ……) 言葉にするのは簡単でもキケンな予感しかしないので、まぁ出来るものなら何でもしてくれたくなる様な恩を売るか、もしくは逆らえなくなる弱みを握ってしまいたいところなんだけど、今はまだどちらも具体的なイメージが全然ピンとこない。 魔女なのをバラすと言ったところで、荒唐無稽すぎて笑われるのはわたしの方だろうし。 「うーん……」 いずれにしても、今はこれ以上考えるのは時間の無駄なので、これから出来るだけ一緒にいる機会を増やすしかないんだけど……。 (……でも、たとえば今は何処にいるんだろう?) ケータイの電話帳だと名前と電話番号だけで住所までは分からないし、うちの高校は隣町からの生徒も多いしで、登校中に偶然鉢合わせる可能性なんて、それこそ……。 「おっと……っ?」 「んわ……っ?!」 ……と、考え事に夢中になりつつ前方不注意のまま通りの角を曲がったところで、何やら背丈の高くて弾力のある何かとぶつかってしまい……。 「ご、ゴメンなさいっ!ちょっと考えごとしてて……って……」 「……あら、おはようさん」 それが登校中の他の生徒なのはすぐに分かったのでまずは頭を下げて謝ると、何やら聞き覚えのある声が返ってきた。 「あれ、柚月……さん?」 その特徴的な口調に反応して顔を上げると、すぐ前には綺麗な顔立ちの魔女さんが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。 「ふふ、柚月さんよー?こんな所で奇遇やねぇ」 「……ぶっちゃけ、わたしにとっては狙い済ましたかの様に出てきた感じなんだけど」 正直、奇遇という言葉を素直に受け止めていいものかどうか悩むくらいには。 「だったら、キミとは運命の糸で繋がっとるのもしらんなぁ?まぁ、これで食パンでもくわえてたら完璧だったんやけど」 「言ってるイミが分からな……って、うわわ……っ?!」 すると、フクザツな心地が隠せないわたしに対して、いい気な魔女さんの方は上機嫌な様子でいきなり抱きついてくると、そのままふくよかな胸の谷間に顔を押し付けられてしまう。 「〜〜〜〜っっ」 ちょっ、柔らかいけど息ぐるし……。 「ほんま、一ノ葉さんってばカワイイなぁ。もう可愛らしすぎて何でもしてあげたくなってくるんやからずるいわ〜」 「……だったら、さっさと元の世界に戻して……もががっ?!」 「ん〜〜っ、可愛らしすぎて、このまますぐお別れするのも寂しいやんなー?」 「えええ、どうしろと……」 嫌われるよりは全然マシとしても、それはそれで詰んでませんか、わたし? 「まぁ昨日も言うたけど、あの儀式をやるのなら、その前にうちも今生の思い残しを遂げさせてもらわんとってぐらいの覚悟が必要やしね?まだまだ安請け合いはできひんかなって」 「むぐぅ……」 ぶっちゃけ、本当にそんな負担の大きい儀式なの?という猜疑心はあるものの、そこから疑ってかかって魔女さんの機嫌を損ねても話が前に進まなくなるから、今はそういうものと素直に信じるしかない。 「けど、こっちへ滞在しとる間はうちが面倒みてあげるから、なにも心配はせんでええんよ〜?キミを助けるのもうちの役目やしね?」 ともあれ、無抵抗のまま黙り込むわたしに柚月さんはそう続けてくると、胸元へ顔を押し付けたままもう片方の空いた手で制服越しにわたしの身体を触りまくってきた。 「もがっ?!ちょっ……?!言葉とやってるコトが矛盾してない……?!」 むしろ、今のわたしが一番心配しているのは、そのヘンタイ魔女さんからいかに貞操を守るかってコトなんですけど……っっ。 「んーまぁ、手助けしてあげる駄賃代わりに少しくらいは?」 「……う……」 「それにな、こんなおさわり程度でイチイチ怒られてたら、うち面白うないわぁ?」 そして、冗談のつもりかもしれないけれどわたしには重い言葉で反論を封じられたところへ、更にワザとらしく棒読みで追い討ちをかけてくる柚月さん。 「…………っ」 つまり、せっかくいいオモチャでも見つかったから、まだまだわたしで遊びたいと。 まぁ確かに、こういう部分は“魔女”の異名に相応しいのかもしれない。けど……。 「ってコトで、改めてこれからよろしゅうな?通学路が結構一緒みたいやから、登校時にも鉢合わせするかもしらんし」 「はいはい、精々楽しみにしてなさいな。……あと、息苦しいからそろそろ離して……」 とにかく、最後に勝つのはわたしの方なんだからね……! ……たぶん。 * 「うああ、朝っぱらから疲れた……」 やがて、なにやらゴキゲンな様子だった柚月さんと昇降口で別れた後で教室に入り、奇しくもというべきかは分からないけれど、元の世界と同じ場所だった自分の席に座ったわたしは、まずはいきなり無駄な体力を使わされた疲労感でぐったりとうつ伏せになっていた。 一体何が楽しいのか、自分をその気にさせろなんて言っておいて、隙あらば向こうからどんどん突っついてくるし、主導権すらなかなか掴めそうもないのが面倒くさい。 (結局、わたしをからかって遊びたいだけなのかなぁ……) まぁ、それでも最後は可哀想やから〜となさけの一つでも入ってくれれば儲けものだろうけど。 「…………」 ちなみに、本日は“わたし”にとってはこれが初登校で、夏休み前というのにちょっとした転校生気分になっているのと、佳乃からの話ではこっちの自分はあまり学校に馴染めていないというハナシで不安も大きかったものの、教室に入った後で特にクラスメートから刺々しい視線を送られているわけでもなければ、ましてや画鋲の類が仕掛けられている事もなく、どうやら単純に存在感が無いだけみたいである。 (あー、なるほどねぇ……) せっかく進学して心機一転のリセットを期待したのに、早速空気になってしまったのを気に病んでいるクチかな? もっとも、わたしの方も自分でうまく立ち回れたというより、詰草ちゃんが昔から誰とでもすぐに仲良くなれて友達をたくさん作るのが上手いコなので、最初は便乗して輪に加えてもらったという感じなんだけど……。 (あれ、そういえば……) それから、ふと気付いて顔を上げたわたしは周囲をきょろきょろと見まわしてみたものの、元々居るべき学校だと前の席に座っていた幼馴染の姿が教室のどこにも無かった。 「……うわー……」 と、改めて状況を認識して思わず絶句してしまったわたしだけど、昨日遭遇した時に着ていた制服はここのものだったから、同じ学校に通っているのは間違いないとしても、どうもこちらの世界では別のクラスになってしまっているみたいである。 (なるほど、だから久々に話をした、か……) ただ、疎遠になってしまっている理由の一つは分かったとして、それでもわたし達はクラスの切れ目が縁の切れ目になる程に薄っぺらい間柄なんかじゃない、はず……。 「……ねぇ一ノ葉さん、すぐ外で柚月さんが呼んでるんだけど……」 「はい?」 しかし、そこからいつも一緒だった幼馴染の顔を思い浮かべていたのも束の間、元の世界では名前呼びのクラスメートが怪訝そうな顔で話かけきたのに反応して廊下側の窓へ視線を向けると、さっき別れたばかりの魔女さんが外からこちらへ向けて手を振ってきていた。 「あ、そうみたいね……ありがと、ゆっき……苧環(おだまき)さん」 今日はもう一日分弄られた気分で、まだ何か用事があるのかと億劫にはなってくるものの、まぁ人を使ってまでのお呼びならば無視するわけにもいくまいか。 ってコトで、わたしはとりあえず取り次いでくれた幸恵(ゆきえ)ちゃんに苗字呼びでお礼を述べて重い腰を上げたものの……。 「どういたしまして……。ところで今、ゆっきーって呼ぼうとした?」 「さぁて気のせいでしょ?……んじゃね、ゆっきー?」 「あ、う、うん……!」 すぐに幸恵ちゃんが苗字であまり呼ばれたがらないコだったのを思い出したわたしは、改めて片目を閉じつつ自分の世界で付けてあげたニックネームで呼んだ後に、今度こそ小走りに教室の外へと向かって行った。 * 「ふふ、いきなり呼び出してかんにんな?……いやね、一ノ葉さん突っつくのに夢中で渡しそびれてたもんがあったんやけど、うちも抜けとるなぁって」 それから、呼び出しに応じて合流するや、ひと目のつかない場所で話したいと言われ、一応警戒はしつつも廊下の端っこの物陰まで場所を移すや、苦笑いを浮かべる柚月さんから少しばかりの重みがある封筒を手渡されるわたし。 正直、苦笑いをしたいのはこっちの方ではあるんだけど、まぁそれはともかくとして……。 「何、これ……?」 「おそらく、すぐ必要になると思んやけど……」 促されるがままに開封してみると、中には一万円札と五千円札が一枚ずつ、それに千円札が五枚の現金が束で入っていた。 「おカネ?」 「せやよ。……もしかしたら気付いてへんのかもしらんけど、紙幣をよく見てみて?」 「紙幣の柄?……って、あ……?!」 言われてみれば、確かにそれぞれの紙幣に印刷された人物が違う。 ってコトは……。 (うわぁ、スマホ使えない上に一文無しになってたのか、わたし……!) まったく、殆ど一緒の世界のくせに、凄く肝心なところは違うんだから面倒くさい。 「こっちの一ノ葉さんは、昼休みにいつもパンか何か買うてたから、このままじゃお昼も食べられへんのと違うかなって」 「た、確かに……うう、すんません、ご好意にあずかります……」 朝食は用意されていてもお弁当は当たり前に存在しなかった今朝のうちの様子から、どうやらこちらの世界でも親が共稼ぎという環境は一緒みたいだけど、その場合、昼食代は毎月お小遣いと一緒に受け取っていて、その支給日は月の初めに一括だから、確かにこのままだと夏休みまで昼食を買うお金すら無いまま、ひもじい午後を迎える羽目になるところだった。 (はぁ……) となれば、ここは素直に頭を下げて甘受しておくしかないんだけど、これじゃ恩を売るどころか、逆に借りばっかり増えている様な……。 「ええって、ええって♪当たり前やけど、あっちの電子マネーも使えんからなぁ。せやから一ノ葉さんが現金確保しようと早まったコトを考える前に、先に貸してあげとこうかなって」 「誰がしますか、そんなもんっっ」 そこで、親切は素直に有難い反面でフクザツな心境も隠せなかったものの、貸し主から滅相も無い心配をされているのについては、即座にツッコミを入れるわたし。 おそらくもう一人のわたしもだろうけど、こちとらまだうら若き乙女なのに。 「だったら、ええんやけど。……ちなみに、早まったと聞いてどんなコト考えたん?」 しかし、そんなわたしにヘンタイ魔女様はニヤリとイヤらしい笑みを浮かべつつ、ずいっとこちらに迫ってくると……。 「え?い、いやそれは……」 「ふふ……もし今後足りなくなったら、まずはうちに相談してな?悪いようにはせぇへんよ」 またも密着してきたあとでわたしの封筒を持つ手を握ると、思わせぶりな言葉を妖しげに囁きかけてきた。 「な、なるべくそうならない様に善処するから……っ。それより、当面借りたコレはいつまでに返せばいいの?」 「まぁうちと一ノ葉さんの仲やし、いつでもええよ?ただ、ちゃんと利子も頂くつもりやけど」 「むぅ、わたしたちの仲とか言いつつ、しっかりしてらっしゃるのね……」 ただ、申し訳ないけど実際に返済するのは、おそらく戻ってきたもう一人のわたしの方……。 「ちなみに、利子分だけはキミの方から何らかの形で取り立てるから、そのつもりでな〜?」 しかし、そんなわたしの頭の中でも読んだのか、それから商売人な魔女さんはすぐにそう耳打ちしてきた後で、あとは一方的にわたしから離れて立ち去って行ってしまった。 「え、ええええ……っ?!」 確かに、それが筋といえばスジかもしれないけれど、猛烈に嫌な予感が……。 「……はぁ……」 ……やっぱ、借金なんて極力するもんじゃないわよね? * 「……ね、さっき柚月さんと何やってたの?」 「へ?」 やがて、柚月さんが視界から消えた直後にチャイムが鳴り始めたのを聞いて慌てて駆け戻ったホームルーム後、一時間目の現代文の教材を鞄から取り出していたわたしのもとへ、こちらは元々あまり交流はなかったクラスメートの赤木(あかぎ)さんがわざわざ席の隣まで来て訊ねてきた。 「いや、呼ばれて教室から出た後で、なにやら物陰の方へ移動してたじゃない?」 「んー、ちょっとばかり込み合った話がありまして……。まぁ後ろめたい用件じゃないんだけど」 おそらくあれは、他の人が見ている前で現金入りの封筒を渡していると誤解でも生みそうという魔女さんの気遣いなんだろうけれど、それはそれで逆に目立ってしまったみたいだった。 「ふーん……相変わらず仲いいよね?」 「えーっと、まぁそうみたい……」 すると、こちらの返答に納得していない様子で更に探りを入れてくる赤木さんに、苦笑いでお茶を濁すわたし。 「みたい?」 「ん〜、自分はそう思っていても相手はどうなのかなって部分あるじゃない?」 少なくとも、こちらの自分と柚月さんの関係は未だ掴みきれていないので、本音としてそう答えるしかない。 「へー、まだそんな浅瀬の段階なんだ?」 「……っていうか、わたしと柚月さんが仲良くしてるのって、そんなに違和感ある?」 「違和感っていうか……一ノ葉さんって普段はあまり他の人と交流してないみたいだし」 つまり、ぼっちの分際でどうして校内のお姫様的存在と仲良くしてやがるんだと。 ……そんなの、わたしの方が知りたいってものである。 「知ってるとは思うけど、特に柚月さんって人気あるからさ」 「あはは、噂だと個人ファンクラブがあるってくらいに?」 「ん……。特に、4組の太白(たいはく)さんが気に入らないって様子だったけど」 「…………っ」 そんなこんなで、何やら不穏な空気になりつつあるのを気付かないフリして受け流そうとしていたわたしだったものの、やがて一人の生徒の名前が出たところで一瞬硬直してしまう。 (太白さん……ですって?) わたしの世界だと進学先が別で安心したのに、こっちではまた一緒になってしまったのか。 「……?どうかした?」 「ううん、なんでもない。……とにかく、わたしの方はそんなつもりじゃないけど、無闇に刺激してるなら気をつけるわ」 それから、らしくもなく剣呑な気分になったまま黙り込んでしまったところで、赤木さんが戸惑いの表情を向けてきたのを見て、苦笑いの後で素っ気無く応じるわたし。 元の世界で離ればなれになったのも、こっちの世界で同じ学校に通っているのも、どちらもただの偶然のハズなんだけど、やっぱり宿命の相手との因果なんてものは、そう易々と断ち切れてはくれないというコトなんだろうか。 「……気のせいか、ちょっと変わった?以前はもっと……」 「そりゃね、一度極限まで追い詰められてしまった後って、案外そこから開き直れるものだし」 ……だから、あちらのわたしもどこかできっかけを掴めればいいんだけど、ね。 * 「……はい、では本日の授業はここまでとします」 「起立、礼!」 (……さーて、お昼の時間になったわけですが……と) やがて、終業のチャイムと共に4時間目の授業も終わって昼休みを迎え、俄然と教室内が騒がしくなる中でわたしはいつもの様に空腹は覚えつつもすぐに動き出す気になれず、肘をついて席に座ったままぼんやりと天井を仰いでいた。 元の世界での日常なら、何も言わずともいつも付いて来てくれていたお弁当持ちの相方と学食か購買へ急いでいたんだけど、新しい環境でぼっちな本日は一体どうしたものか。 「…………」 (……ん〜、ちょっと探してみよっかな……?) 選択肢は色々あるとしても、やっぱりご飯よりも当たり前に傍へ居るはずの幼馴染の居場所を確認しておきたくなってきたわたしは、ようやくのっそりと席を立って教室の出口へと向かってゆくことに。 もしこっちの世界でも同じくお弁当を持ってきているのなら、教室で他の誰かと一緒に食べている可能性は高いと思うんだけど……。 「……うーいない、か……」 そんなこんなで、教室を出てまずはお隣の1組と3組を順に覗いてみるも、姿は見つからず。 うちが2組だから、まだ教室が隣接していたなら行き来も楽だったのに、これでまた一つ疎遠になってしまっていた理由が判明したというところだろうか。 「は〜〜っ……」 ともあれこれで、残るは4組から6組のどれかって事にはなるんだけれど、まさかね……。 「…………」 「…………っ?!」 (いた……!) それから、何となく嫌な予感に溜息が漏れつつも続けて4組の教室を覗いてみると、窓際の方で他のクラスメート達に囲まれている、ゆるふわな幼馴染の姿を見つけるわたし。 (あああああ、“ここ”だったのか……) よりによって昔の天敵がいる4組とは、なるほど、こっちのわたしが近付けなかったわけだ。 ……もちろん、それだけじゃなくて、詰草ちゃんは自分も知らないクラスメート達に囲まれて楽しそうに談笑しているし、確かにこれじゃあね。 (やれやれ……) まぁそれでも一応、今の“わたし”ならあの中に入っていけなくもないけれど、今はまだ様子見で遠慮しといた方がよさげかもしれない。 「……う〜〜……っっ」 となると、今日はもう諦めて一人で食べるか、もしくはいまいち気は進まないけれど……。 「んー?もしかして、うちを探しとった?」 「って、いるし……っ?!」 と、やむなく詰草ちゃんを誘うのを諦めて再び廊下へ向き直ったところへ、いつの間にやらすぐ後ろに現れていた件の魔女さんの姿を見て咄嗟に身構えるわたし。 「……だからどうして、いつも先回りしてくるのよ……!」 「そんなん言われても、偶然通りかかっただけなんやけど、キミとはよっぽど縁があるってコトなんやろなぁ?ふふ」 「はぁ……」 お生憎さまながら、こっちの方はまさか常に監視してるんじゃないでしょーね?!と疑いたくなってはいるものの……。 「……まぁいいわ、ちょうど聞きたいことも色々出てきたし、ちょっと付き合ってよ?」 何にせよ、エンカウントしてしまったものは仕方がないと、わたしはすぐに開き直ってみせるや、柚月さんの背中をぽんぽんと叩いて促してゆく。 「あらあら、いきなり二人きりになれる場所へ連れこもうとは、一ノ葉さんも大胆やね〜?」 「ちっ、違うから……っっ」 そもそも、そんなシチュで身のキケンを感じなきゃならないのはわたしの方である。 * 「……しっかし、今日も日差しがさんさんでええ天気やねぇ?」 「まぁ、ふつーはこんな時期に来たりはしないんだけどね……あつ……」 ともあれ、やがて一緒に購買で買い物を済ませて屋上まで移動し、風通しは良いながらも強烈な日差しの照りつける中で備え付けのベンチに並んで腰掛けた後で、柚月さんからの何やら嫌味っぽい呟きを苦笑い交じりに受け流しつつ、紙袋の中のパンと飲み物を取り出してゆく。 まぁぶっちゃけ、真夏や真冬といった極端な気候の時期にはこんな場所に生徒なんて殆ど寄りつかないんだけど、逆に二人きりになるには重畳な場所とも言えた。 ……ついでに、これだけ暑いならさすがにヘンタイ魔女さんもベタベタしてこないだろうし。 「そ?うちは結構一ノ葉さんとよくここで一緒に食べとるけど」 「んー、そこら辺の話も聞きたくてここまで来たんだけど、まぁ先に食べてからにしましょ?」 さっさと食べないと痛みそうなのもあるけれど、何よりお腹がすいた。 (は〜〜、やっとお昼にありつけるわ……) ……というか、元々わたしはこんな腹ペコな人でもなかったハズだけど、こっちへ飛ばされてからは何かと無駄にカロリーを消費させられているからだろうか。 「……にしても、キミって入れ替わった一ノ葉さんと結構違う感じやのに、買っとったごはんは大体一緒ってのがおもろいなぁ?」 「ん……服や下着のシュミなんかは結構違うんだけど、食べ物の好みは一緒みたいね」 それから、さっそく開封した一つ目の苺のフルーツサンドにかぶり付くと、隣で見つめてきている柚月さんから興味深そうに指摘され、心当たりはあるので素っ気なく頷くわたし。 まぁただ、衣類に関しては無難なモノばかりがクローゼットに並べられていて、自分でちゃんと選んでいる感は薄かったから、もしかしたら親に買ってもらったのをそのまま着けているだけかもしれないけれど。 「……ふむ、向こうの世界のうちからの情報ではキミは結構可愛い系が好きって聞いとるけど、確かにそれと比べたら地味めが多いかなぁ?……お、今日は白やね」 「こら、確認にスカート捲るなっっ、あと向こうの柚月さんもいつの間にそんなコトっ?!」 というか、次元を超えた同時セクハラされても、ツッコミが追いつかなくて困るんですが。 ……じゃなくて。 「もう、せっかくの食事時に騒がしいなぁ。ほら、うちのも見せたるから落ち着き?」 「誰のせいだと思ってんの……!あと、自分で捲くらなくてもいい……ってうわ、なんてモノ着けて来てんのよ……っ?!」 しかも、黒のフリフリ付きの紐レースって、生活指導の先生に見つかったら怒られるどころかドン引きされそうなの穿いてるし……。 「え〜?わざわざ誰も居ない二人きりの場所へ来たのって、こういうコトする為ちゃうの?」 「もう、いいから一旦黙って……。そういえば柚月さんって別の世界の自分と記憶を共有できるんだったっけ。だったら、入れ替わった向こうのわたしはどうなってるのか分かる?」 ともあれ、このままだと頭の中が熱暴走を起こしそうな予感がしたわたしは、額に指を当てつつ一旦制すると、もう細かいツッコミは抜きの方向で聞きたかった質問の一つを向けた。 「ん〜、昨日の今日やしね〜。まぁでも、昨晩はキミと同じく家に帰らせて、今朝は転校生気分で登校してきとるみたいよ?」 「そっか……上手くやれてるといいんだけどね。むぐ……」 「まぁ、あちらでもうちが見守っとるし、そんな心配せんでも大丈夫やと思うけど」 「……だから、あっちの自分もヘンタイ魔女にちょっかい出されてないかが心配なのよ……」 ただ、柚月さんはともかくとしても、向こうは天敵も居なければ詰草ちゃんも隣の席にいるんだし、こっちよりは全然イージーモードだとは思うけど。 「うーん、変質者呼ばわりは心外なんやけどねぇ」 「そいつは驚いたわ、否定しきれるとでも?」 すると、今更ヘンタイ呼ばわりされて不服そうな顔を見せる魔女さんに、わたしはつれなく追い打ちをかけてやったものの……。 「だって、本当の変態さんっていうのはな、たとえばこーいう……」 「ち、ちょっ、分かったから今のナシで……っっ」 しかし、そこから柚月さんが両手をわきわきと蠢かせつつ、据わった目でこちらへ覆いかぶさってきそうになったのを見て、慌てて取り消すわたし。 ……確かに、ホンモノ相手に迂闊に煽るもんじゃないわね、うん。 「んで、結局わざわざ二人きりの場所で聞きたいことって、そのコトやったん?」 「まぁそれもあるんだけど、何かこっちのわたしって元々柚月さんと知り合いっぽいのが引っかかってね?わたしの方は昨日の昼にお尻触られるまで接点無かったのに」 ともあれ、それから冷静に戻ってくれたヘンタイ魔女さんが自分のクリームパンを手に食事を再開しつつ訊ねてきたのを受けて、わたしも続けてグラタンコロッケサンドに取りかかりながら本題に入る。 ちなみに、うちの購買で売られてる総菜パンは町内にある家族経営の小さなお店の手作り品で、美味しいと評判ながら、大抵がこの辺りの学校に卸す分だけで在庫が尽きて店頭には殆ど並ばないだけに、学食よりもこちらを選ぶ学生も多い名物の一つなんだけど、こっちの世界でもそれは変わってないのは有難かった。 「ほう、向こうのうちがそういうコトしてたとは、よっぽど美味しそうなお尻だったんやねぇ?」 「だから、確認しようと手を伸ばしてこなくていいからっ!……んで、そんなわたしと柚月さんの組み合わせを怪訝に感じてる人たちが結構いるみたいでさ」 ついでに言うなら、この“わたし”自身も含めて、ね。 「別に、うちが誰と仲ようしようと自由やんなぁ?」 「けど、柚月千歳さんといえば、個人ファンクラブがあるって噂もある校内憧れのキミだし」 そして、よりによってかつてのわたしの天敵がその会員らしいという。 「あー、うちは公認したつもりはないんやけど、そういうコ達がいるみたいやね〜」 「やっぱ非公認なんだ……?けど、やめろとも言ってない?」 「まぁ、せっかく慕ってくれとるんやし、邪険にするのもなぁって」 「……この、天然め……。で、こっちのわたしとはどうやって知り合ったの?」 「もう、いややわ〜。ひとの過去を根掘り葉掘り墓荒らししようとするなんて趣味悪いんやから」 「別にイヤなら話してくれなくてもいいけど、置かれている状況は把握しておきたくてさ。わたしの世界と同じなら、中学は一緒じゃなかったよね?」 「まぁ、うちは竜胆(りんどう)中やったし」 「……あー、やっぱりそっち行ってたんだ。んじゃ、出逢いはこの学校から?」 通学路が被っているのなら家はそう遠くないんだろうけれど、実はうちから東西1kmの範囲には小学校と中学校がそれぞれ一つずつあって、わたしは詰草ちゃんの家との中間地点くらいにある東区の学校に通ったけれど、どうやら柚月さんは西区だったらしい。 「せやね」 と、続けて一番聞きたかったハナシへと繋げるわたしだったものの、謎の魔女さんの方は素っ気ない一言だけでぶった切ってしまった。 「せやねって……」 「まったく、そんな尋問めいた用事の為にわざわざうちをここまで誘うたん?誰もいない屋上にいこ言われたから期待しとったのに、ガッカリやわぁ」 それから、態度の豹変に呆気に取られていたわたしへ、柚月さんは食べ終わったパンの包みと飲み物を紙袋の中へ戻しつつ、ため息交じりで露骨な落胆を見せてくる。 「いや、そう言われたって、わたしの方はいたって切実……」 「……けど、聞きたいハナシを無条件で教えて貰えるってのは、いささかムシが良すぎひん?うちらはまだそこまでの仲でもないんやし」 「う……」 そして、そこから言い返してやる間もなく、正論を重ねられてしまった後で……。 「……もう、そんなハナシはどうでもええから、もっとうちとイチャイチャせぇへん……?」 「わ……?!」 「……ってくらいは一ノ葉さんのほうから言うてくれへんと、うちはオトせんよ?」 言葉に詰まっていたところへ、今度は魔女さんの方からずいっと迫られてしまった。 「…………っ」 「ほら、ココなんて色仕掛けをするにも絶好の場所なんやし……」 「……あう……っ」 続けて、要求するように続けられた助言に、とくんっと心臓が高鳴る。 ……しまった、自分がエサだというコトを忘れてあまりにも不用意にケダモノさんに近付きすぎてしまったかもと後悔しかけるものの、既に後の祭り……かもしれない。 「それとも、やり方が分からへん言うのなら、うちがレクチャーしてあげよか?ふふ」 「…………」 それはつまり、これから言うコトを聞け、と。 ホント、どうしてわたしは自らこんな誰も寄り付かない場所へ連れ込んでしまったのだろう。 (けど……) 「……ほら、黙っていたら分からんよ?まぁ、うちも無理強いする気なんてないんやけど」 「えっと、それじゃどうしたらいいのよ……?」 「せやねぇ……とりあえず、胸元のボタンとか外してみたらええかも?」 「……っ、いきなり直球じゃない……」 ともあれ、促されて渋々と受け入れた後で、かなり予想通りなアドバイス(?)を返され、わたしは目を逸らせつつも呆れたように呟いたものの……。 「んー、けど他に交渉材料があるというなら、それでもええけど?」 「うう……っ」 ……そう。 あまりに情けないお話だけど、今の自分にある持ち札は相手を欲情させられている、という一点だけだった。 「…………」 と、なれば……。 わたしはあくまで元の世界に戻るためだからと自らに言い聞かせ、手を震わせつつも相手が期待しているモノが見える程度にまでブラウスのボタンを順番に外してゆく。 「へぇ、案外素直に聞いてくれるんやね?お揃いで地味めな白ってのがちょっと残念やけど」 「……わ、わたしだって、昨日の今日でいきなりこんなコトする羽目になるなんて思ってなかったわよ……」 一応、昨晩も迫られかけはしたものの、あの時点はまだそれほど本気そうには見えなかったので、これから時間をかけてじわじわと迫ってくるのかと思っていたのに。 ……まぁ、色々認識が甘かったと言わざるをえないのは確かとしても。 「ふーん、それじゃカクゴ完了しとった後なら、もっと可愛いの着けてきてくれてたん?」 「そ、それは……っ、く……っ」 誰がそんなコト……!と即座に返したくはなったものの、すぐに言葉を飲み込むわたし。 ……悔しいけど、ここで無駄に反発したって何にもならないわけで。 「ふふ……それで、この場はどこまで要求呑んでくれるつもりなん?」 「……いちいち、聞かないでよ。こっちの立場は分かってるくせに……」 すると、そんな心情を見透かしたのか、柚月さんが勝ち誇った様な笑みを浮かべて訊ねてきたのを受けて、わたしは直視できずに曖昧な返答だけするものの……。 「けどなぁ、そこはしっかり言うてもらわんと、うちもついつい調子に乗り過ぎてしまいそうなんよね〜?」 魔女さんはトボけた調子でそう続けると、ボタンを外したブラウスを大きくはだけさせつつ、更にスカートに隠れた太股の内側へ細くて繊細な指先を這わせてきた。 「……っ!ちょっ、ここ校内なんだけど……?!」 「けど、他には誰もおらんし?……なぁ、次はスカートも捲ってもらえる?」 「そ、そんなコトまで……?!っていうか、さっき勝手に捲って見てたじゃない……っ」 「まぁ、さっきはちらっとパンツの色が分かった程度やし、それにうちが悪戯で捲るのと一ノ葉さんにしてもらうのでは、意味合いも違うやんな?」 「……うう〜〜っ、やっぱり天使じゃなくて悪魔の方だったか……」 「まぁ、魔女やからねぇ?」 「…………っ」 というか、一体このヘンタイ魔女はどこまでわたしに要求してくるつもりなんだろう? ……もしくは、わたしを試しているのか。 「……わ、わかったわよ……そんなに見たいなら好きなだけ見ればいいじゃない……っ」 痛いくらいの動悸が止まない自分の中で、これ以上はキケンという警告は鳴り続けているものの、それでも抗えない気持ちになってしまっていたわたしは顔中に沸騰しそうな程の熱を帯びさせつつ、震える手で要求通りに摘まんだスカートの裾を持ち上げてやる。 ……しかし、魔女の館へ連れ込まれてならともかく、まさか学校の屋上でこんな辱めを受けるなんて思ってもいなかったけれど。 「へぇ、ホントにやってくれるんやね……?ふふ、ええ眺めやわぁ」 「……ど、どう?これで満足……っ?!」 ともあれ、勢い任せで捲ってやったら思った以上に恥ずかしかったので、半ばヤケクソ気味に強がりのセリフを返してやるものの……。 「満足……すると思う?」 柚月さんの方は、むしろ火が点いた様な目つきでこちらを凝視してきたりして。 「う……っ」 ……気のせいか、いや確実にどんどんと後戻りできない泥沼にハマってきているような。 「いくら弱みがあるいうても、こうまで従うてくれたら欲求も増すばかりやしなぁ」 「……したいなら、好きにしなさいよ……。今のわたしにはそれしか道がないんでしょ?」 ともあれ、口元を軽薄にニヤけさせてきた相手を見るに、ようやく魔女の心も揺さぶれてきたみたいだし、こうなったらもう流されるがままに身を任せるしかない……。 「ふーん……それじゃ、これとかこのまま捲り上げてもええの……?」 「…………っ」 そして、無抵抗なこちらへ向けて伸びて来たヘンタイ魔女の二本の指先がお腹からブラジャーのサイドベルトの下をくぐった後に少しばかり上ずった声で訊ねられ、わたしは泣きそうになりつつも返事の代わりに視線を逸らせて唇を噛みしめた。 これは大きな一線なのは分かっていながら、こうなったらもうどうにでもなれと、覚悟というよりは自暴自棄になりかけるわたしだったものの……。 「…………」 「…………」 「…………?」 「……けど、この炎天下の中で続けても日射病になってしまうわなぁ?」 しかし、それから暫く沈黙が続いた後で、柚月さんは急に冷静に戻った様子で吐き捨てると、そのまま両手を離して上体を起こしてしまった。 「え……?」 「なかなかええ感じの空気にはなってきたけど、昨日の今日で急いてもしゃーないし、今回はここまでってコトで。……ほんじゃ、これから楽しみにしとるからな〜?」 そして、半脱ぎのまま呆然とするこちらへ、麗しのはんなり魔女さんは微笑を浮かべつつ軽く手を振った後で、昼食のゴミを片手にそのまま先に屋上から去っていってしまった。 「ち、ちょ……っ、結局脱ぎ損じゃないのよ……?!」 いやまぁ、ここは助かったと思うべきかもしれないけれど……。 「……はぁ……」 つまり、もっともっと自分を楽しませろってか。 どのみち、時間が経てば戻れるとは言っていたし、来週からは夏休みにも入るから、新学期までに戻せばいいやってくらいの目算で、その間はわたしをオモチャにして遊ぼうってつもりなのかもしれない。 「やれやれ……冗談じゃねーわよ……」 けど、焦ったところで相手の機嫌を損ねてしまうだけというのは身をもって知らされたし、ここはやっぱり同じ土俵に乗ってやるしかないらしい。 「……あーもう……いや、ここで嘆いても始まらないから、わたし……!」 ただ、今日はもうカラ元気も出ないくらいにぐったりだから、また明日から気合を入れ直すってコトで。 「…………」 「…………」 ……と、こうして人知れず別世界へ迷い込んだ遭難者と、気まぐれなヘンタイ魔女との追っかけっこの幕が上がったワケだけど……。 * 「…………」 「……はぁ、けどやっぱりなかなか上手く行かないもんねー……」 やがて、自分の存在を賭けての追いかけっこを始めて幾日が経ち、今日もターゲットの通学路を待ち伏せしてアプローチするも返り討ちにあった後で、その光景を目撃して呆れた顔を見せてくる幼馴染を尻目に、わたしは大きなため息を吐いていた。 考えてみれば、自分から熱心に誰かへアプローチしていった経験なんてなかったし、やっぱり慣れないことを付け焼刃的にやってもぼろが出るだけかもしれない。 「それで、やんごとなき理由って何なの、風音ちゃん?それに私が喜ぶかもって……」 「ん?それは……」 ああ、そっか。 ……わたしにはまだ、片腕に成り得る存在がいたか。 「えっと……詰草ちゃん、悪いけどちょっと頼みがあるの」 そこで、以前から考えてはいたものの躊躇っていた決断にいよいよ踏ん切りをつけたわたしは、遠慮がちに水を向けてみることにした。 「頼み?もしかして、柚月さんと上手く行くように協力してほしいとか……?」 「まぁ、大雑把に言えばそうなんだけど、詰草ちゃんにだけは話しておきたいコトもあってさ」 すると、あまり気は乗らなさそうに言い当てる幼馴染に、覚悟を決めてそう告げるわたし。 やっぱり協力者を求めるのなら、今のわたしにはこのコしかいないだろう。 「それが、やんごとなきってコト?」 「正直、わたしも一体どこでどう間違ってこうなったのか、ずっと困ってるんだけどさー……」 問題は、こっちの詰草ちゃんが素直に応じてくれるかなんだけど……。 * 「……へぇ、いま目の前にいる風音ちゃんは、私の知ってる風音ちゃんじゃないんだ……?」 やがて、午前中に学校が終わった土曜日の放課後、帰りにコンビニへ立ち寄った後で自宅へ招いたわたしが、一緒に買ってきたお弁当を部屋のテーブルで一緒に食べつつここまでの経緯や立ち位置を軽く説明すると、何でもここへ来るのは中学の時以来という幼馴染は向かいの席で控えめなリアクションを見せつつ興味深そうに食い付いてくる。 「それに、柚月さんが魔女って……。ふぇ〜私の知らないところでなんだかスゴいコトになってたんだね?」 「そーなの。俄かには信じられないかもだけど、わたしもどうしたもんかと困っててさー……」 どうやら、いきなり荒唐無稽な説明を聞かされようが疑いよりも興味の方が先行しているあたり、こちらの詰草ちゃんも「こういった」ハナシが好きそうなのは重畳だった。 「ふーん……。けど、前にコンビニの前で声かけられた時はちょっとヘンだなって思ってたし、何だか急に雰囲気変わったって話も聞いたから、ああそういうコトなんだって」 「話が早いのは助かるけど、そんなに違う……?」 「うん。今の風音ちゃんって、自分の思ったことをはっきり言ってるし、なんだか自信が感じられるんだけど……でも、姿は殆ど同じというのが面白いよねー?」 ともあれ、疎遠中だったと聞きながらも素直に信じてくれた幼馴染は、食事の手を止めて身を乗り出し、更に好奇心に満ちた目でこちらをじろじろと見やりつつ、やがて確認でもする様にベタベタと身体に触れてくる。 のは、いいんだけど……。 「ん〜一応、バストは幾分わたしの方が大きいみたいだけど……むにゃっ?!」 「まぁ言われてみれば……ってくらいかなぁ?」 「ちょっ、揉んで確かめないで……!」 というか、どうしてこっちの世界の知人は、どいつもこいつもナチュラルにセクハラしてくるんだろう。 「と、とにかくっ、そーいうコトだから、出来るだけ早く元の世界に戻れるように協力して欲しいの!」 いずれにせよ、こういう頼みをあと腐れなく出来るのは詰草ちゃんしか思い浮かばないし、ましてやこのコは誰とでもあっという間に仲良くなれる、わたしに言わせれば特異能力持ちだけに、人を食った様なあの魔女に挑む上で心強いアドバイスが貰えるはずである。 「う、うん……まぁ、そういうコトならやぶさかじゃないけど……」 そして、断られるなんて最初から思っちゃいなかったけれど、返答もほぼ二つ返事。 これでこそ、並行世界といえど長年連れ添ってきたわたしの相棒である。 「よかったぁ、ほんと頼りにしてるからね?」 「……分かった。んじゃこれから頑張って二人で柚月さんオトしちゃおー♪」 (よし、わたしはまだまだこれから巻き返せる……!) ともあれ、図らずも涙が滲んできたわたしへ向けて、詰草ちゃんは意気揚々とガッツポーズを見せつつも向日葵みたいな笑顔を浮かべてくれて契約は成立し、これで明日……いや、今日からツープラトンでの仕切り直し。 当面に目指すは来週の終業式までに戻れれば、ってところかな? 「ぐす……っ、さて、それじゃ早速だけど最初の作戦会議といきますか、詰草軍師?」 「んふふ〜っ、やるからにはトコトンだから、覚悟はしていてね風音ちゃん?」 それから、心強い味方を得て今までになく気分が昂ってきたままに早速助言を求めるわたしへ、軍師殿は躊躇いない様子で応じつつ、両手を合わせて楽しそうながらも不安になる笑みを見せてきた。 「お、おう……」 えっと、できれば最初はお手柔らかに願います……? 次のページへ 前のページへ 戻る |