遭難少女は魔女の掌でオドる その5
第五章 一ノ葉と柚月と風音と千歳と
――その日は、朝から何やら噛み合わないことだらけだった。 まずは、最近の習慣に基づいて少しだけ早起きして家を出た後に、先回りした通学路で件の魔女さんを待ち伏せしていたものの、いつもの登校してくる時間になっても姿を見せず。 (あれ……千歳、今日は遅いな……?) 「…………」 時々見知りのコ達がおはようと声をかけてくれつつ、他の生徒が次々と先に登校してゆく中で、リズムをいきなり狂わされた気分になり、どうにも落ち着かない。 「……お姉ちゃん、今日は早く出たかと思えば、何やってるの……?」 「え、あ、これはね……」 「…………」 さらに、あとから通りかかってきた懐かしの制服姿の妹にまで冷ややかな目で一瞥され、質問に答えるかどうか迷っているうちに、それ以上は無言ですたすたと中学の方へと歩き去っていってしまった。 (あれ、機嫌悪い……?) 余計な波風を立てない為に佳乃には千歳を待ち伏せしているのは言ってないんだけど、やっぱりお見通しだったのかな? ……まぁ、それならそれで仕方がないんだけど……。 「…………」 (にしても、来ないわね……) 嫉妬深そうな佳乃がいる時と鉢合わせしなかったのは重畳としても、それから更に待ち続けようが姿を見せない中で、不安や孤独感が募ってゆく。 もう登校のピーク時間は過ぎようとして、通りかかる生徒もまばらになっているだけに、そろそろ何時までも待っていられなくなっているんだけど……。 (ん〜、風邪で寝込んでいたりしたら、どうしよう……?) 同時に、そんな心配も巡ってきて携帯で電話してみようかと一瞬考えたものの、ただ連絡先は知っているにせよ、あくまで偶然の遭遇を装っている身としては不自然だし……。 (ん〜〜っ……) このまま遅刻覚悟で待ち続けるか、それとも……。 「…………」 * 「は〜〜っ……ギリギリセーフだったか……」 「どうしたの、風音ちゃん?また面白い動画でも見つけて夜更かししてたとか?」 やがて、始業のチャイムが鳴る直前に教室へ駆け込み、ホームルーム後にどうにか遅刻は免れた安堵に溜息を吐いていると、前の席の幼馴染が呆れた様子で声をかけてくる。 (動画……) 言われてみたら、その単語を忘れていたくらいに、ここ最近は全く見てなかった気が……。 (……そもそも、今はガラケーだからコイツじゃ見られないしなぁ……って、あれ……?) しかし、そんなコトを考えつつポケットの中からあちらのわたしが使っていた携帯電話を取り出してみれば、バッテリーが切れて部屋の机に放置したままの、何だか懐かしさすら感じるスマホを手に取っていて、しかもちゃんと動いているし。 「……どうしたの、ぼーっとして大丈夫……?」 「あーいや……えっと、別に夜更かしはしてなくて千歳を待ってたんだけど、いつもの時間になっても合流出来なくってさー……」 ともあれ、操作もしないままじっと画面を眺めていると、詰草ちゃんから心配そうに声をかけられたので、とりあえず話を元に戻して遅れた事情を切り出すわたし。 「千歳……?ああ、柚月さんのこと?風音ちゃん、名前で呼ぶ仲になってたんだ?」 すると、目の前の軍師殿からは合点どころか更に不可解といった反応を見せられてしまう。 「え……?いや、なにを今更……」 「というか、柚月さんなら私が来た時に廊下で見たよ?」 「はい……?」 そして、続けて意外な情報を聞かされ、思わず立ち上がったわたしは姿を確認しようと1組の方に近い教室の出入り口から外へ駆け出そうとしたものの……。 「風音ちゃん、柚月さんのクラスはそっちじゃないよ?4組でしょ」 「ええええ……?」 いや、そもそも4組なのは……あれれ? 「……おっ?あ、いたいた……千歳〜〜っ!」 ともあれ、考えるより先にちょうど探し魔女が4組の教室から出てきたのが遠目に見えたわたしは、手を上げて呼びかけつつ駆け寄ってゆく。 「はぁ、はぁ……なんだ、ちゃんといるじゃない」 「ん……?どうしたん、一ノ葉さん」 「へ……?」 しかし、安堵したのも束の間、呼ばれて振り返った相手からの反応は予想外に素っ気ないもので、一瞬言葉を失ってしまうものの……。 「一ノ葉さんって……まぁいいや、今日は早く来てたんだ。日直?」 「ううん、いつも通りやけど?」 あれ、それじゃわたしの方が時間を間違えた……? ……いや、目覚ましのタイマーは変えていないんだから、それは無いはず。 「それで、うちに何か用事でもあったん?」 「えっと……取りたてて何かあるワケでもないんだけど、まぁ強いて言えばこうやって一緒に登校したかった感じかな?」 それより、昨日は初デートまでした後の一夜明けでこの他人行儀すぎる態度が一番の違和感なんだけど、それでもめげずに相手の手を取ってそう告げてやるわたし。 「ふふ、なんかえらい積極的やねぇ?……実は一ノ葉さんもうちのコトが好きやったん?」 「いや、えっとね……」 しかし、やっぱり噛み合わない会話に頭を抱えてしまいそうになるものの……。 (ああ、そっか……。ここは“元”の世界なんだ……) すぐに、わたしの頭上に明りが点ったような心地になって悟る。 ……だから、千歳と風音じゃなくて、柚月と一ノ葉なカンケイなんだと。 「ん、どうしかしたん?急に黙り込んで」 「あー、いや……」 まぁ、なんだかんだで戻れた後ならそれで構わないんだけど、何やらちょっぴり寂しい気もしているのは気のせいだろうか? 「…………?用事がないんなら、うちもう行くけど……」 「あ、ちょっと待って……」 ……まぁ、いいや。 だったら、あと気になるのはもう一つだけ。 「……えっと、あちらの“わたし”は戻った後でちゃんと復帰できたのかな?」 そんなこんなで、とりあえず現実を受け止めることにしたわたしは、手を繋いだまま最後に一つだけ訊ねてみた。 「あちら?」 「うん。……だって、柚月さんって色んな並行世界の自分と記憶を共有できる魔女なんでしょ?」 すると、魔女さんがきょとんとした顔を見せたのを受け、そういえばこのコトはこちらの世界の千歳からは聞いていないのを思い出したわたしは、まず訊ねた根拠を示したものの……。 「…………」 「…………っ?!」 そこから、無言の千歳より一瞬感じた、ぞくっとする鋭くも冷たい殺気の様な気配の後で、繋いだわたしの手がぐにゃりと歪んでいった。 「……もう、ひとの秘密を勝手にバラさんといて欲しいわぁ」 「ち、千歳……?」 「どこで聞いたか知らんけど、誰にもナイショやったのに……こうなったら仕方がないなぁ?」 「ひ……っ?!」 そして、ゆがみは右手を通じて全身へ伝達して、わたしの全身は溶ける様にワケの分からないモノへと変形してゆく。 「可哀想やけど、キミにはこのまま次元の狭間にでも消えてもらおかな?」 「ち、ちょっと待っ……!そんな、今さら……」 消されるの……?!魔女の秘密を知ってしまったからって……。 「痛くはないから大丈夫やよ?ただし、もう二度と戻ることは叶わないやろうけど……」 「…………っ」 しかし、なんとか抵抗しようとしたものの、既に身体は動かないし、言葉も出なくなる。 「お別れやね。……さよなら、一ノ葉……ううん、風音ちゃん?」 (だ、だれか……) 「……ちゃん……」 (誰か助けて……!) 「おねぇちゃん……っ?!」 「…………っ!?」 しかし、それから聞き覚えのある声に鋭く呼び覚まされつつ感覚を失っていたはずの全身が激しく揺らされて目を開くと、すぐ眼前にはベッドの上から覆いかぶさる妹の姿があった。 「か、佳乃……?」 「……もう、おねぇちゃん起きる時間でしょ?」 「起きる時間って……あ……」 言われてハッとしつつ首を動かしてみると、確かに起床する時間を過ぎているのにアラームが作動していない。 ……というか、昨晩はどうやらスイッチを入れる前に寝オチしてしまっていたらしい。 (なるほど、夢か……) 「もう、おねぇちゃんって時々うっかりさんなんだか……ひゃっ?!」 ともあれ、佳乃が夢から引き戻してくれたのを認知するや、わたしは無意識に寝ころんだまま、お礼のつもりで背中へ手を回して抱き寄せていた。 「お、おねぇ……」 「……はー……」 目覚めてしまえば矛盾だらけなのに、どうしてこう見ている間ってリアルに感じてしまうんだろう? 「もう、抱きついといて溜息なんか吐かないでよ……って、おねぇちゃん悪い夢にでもうなされてたの?汗びっしょりだけど」 「ん、まぁね……確かにベタベタする……」 まぁ、悪い夢ったら悪い夢なんだけど、言われてみれば元々暑い今の時期とはいえ、今朝は枕が濡れてひんやりしているくらいのぐっしょりさだった。 「だったら、ごはんの前にシャワー浴びたら?何だかんだで最近はちょっと早く出かけてるんだし、時間無くはないと思うけど?」 「……あーそっか。そうするか……」 正直、昨日の今日で、ちょっと千歳にどう接しようか迷っていたし、イヤな夢の発端も待ちぼうけだったから、今朝は待ち伏せをお休みしてしまおう。 「……んじゃ、今からちゃちゃっと浴びてくる」 「うん……っ♪」 やっぱ、こういう時に早起きは徳だなぁと。 * 「……はー、きもちいい……」 やがて、着替えとバスタオルを手に風呂場へ入り、寝汗でべっとりと張り付いた下着も脱いだ後で浴びる心地よい熱さのシャワーに、わたしは悪夢で抱えたモヤモヤを振り払うように敢えて声に出して呟くわたし。 さすがにシャンプーする時間まではないとしても、寝汗を流せるだけでも雲泥の差というものである。 「やっぱり、夏場は学校行く前にも浴びたいよね〜?」 「ただ、その為に毎日早く起きるかと言われると微妙だけど……あはは」 「おねぇちゃん、いつもギリギリまで寝てるし。まぁだから、最近は早起きさんなのがびっくりなんだけど」 「んーまぁ、たまにはそういう時期もあるわよってコトで……」 一応、わたしは期末試験の期間なんかには目をばっちり覚ませる為に朝シャワーをする習慣があるんだけど、こっちの自分は睡眠時間が惜しいタイプか。 それでも、一学期の通知表を見てみれば、大差までは付いていないけれどわたしよりも成績が上みたいなので、どちらが正しいのかは保留するとして……。 「……んで、どうして佳乃も一緒にいるの?」 とりあえず、もう面倒なので自然な流れで浴室まで付いてきた上に、ボディタオルを手に後ろから身体を流してくれているのにも敢えてツッコミは入れませんが。 「むしろ、おねぇちゃんが入ると分かっていて、佳乃も一緒しない理由のほうが分かんないし」 「ああ、そう……」 我が妹ながら、恐ろしいまでの開き直り具合だけど、まぁもうそれも気にしない事にして。 (にしても、悪い夢かぁ……) 本当は、このイレギュラーな現実の方が悪い夢のハズなのに、今朝みたいな夢を見ると元の世界に戻るのが少しばかり怖くなってきてしまうのはタチの悪い皮肉である。 ……まぁ、それだけわたしがこっちでも上手くやれてるってコトなんだろうけど。 (ほんと、あっちのわたしは大丈夫なのかなぁ……?) ここ最近は、自分よりもむしろそっちの心配の方が増しているといってもいい。 例えば、こちらだと心配性ながら心強い味方の佳乃だって、わたしの世界だとカンケイが冷え切っているワケで……。 (うーん……) まぁ噛み付かれるんじゃなくて無視されてる系だから、入れ替わったのに気付かれていないままお互い接点がないままかもしれないけれど……。 「ね、おねぇちゃん……」 「ん……?」 「おねぇちゃんって、あの柚月さんと付き合ってるの……?」 「はぁ……?」 と、そんなコトを考えていた矢先、不意に背中の中心へ両手を添えてきた佳乃からの不意打ちを受けて妙な声が出てしまうわたし。 「昨日も、帰りが遅くなっていたのは柚月さんと会ってたんでしょ?」 「ど、どうしてそれを……?」 メールの文面は単に友達と寄り道するから遅くなるとしか言ってなかったのに……。 「だって、昨日の帰りは本屋でなずなすちゃんと会って漫画の話してたから」 「な、なるほど……」 さすがに、直感とかよく分からないチカラで察したとかじゃなかったか。 とはいえ……。 「さぁ……。強いて言うなら、友達以上恋人未満な感じ?」 ここは無駄に言い訳してもやぶ蛇になりそうなので、素直に本音で応じるわたし。 「……曖昧だね」 「だって、ホントにそうだし……」 「じゃ、佳乃とどっちが好き?とか聞いていい?」 「……佳乃と千歳じゃカテゴリが違うでしょーよ。ただ今後どうなるにせよ、わたしにとって佳乃がもう必要なくなるってコトにならないのは確かだと思うけど」 というか、向こうのわたしに無断でそこまで進めていいものかも分からないし、何より“わたし”がこっちの千歳とそういうカンケイになろうが、それは悲恋になるだろうから。 「うん……分かった。んじゃ、おねぇちゃんはいつまでも佳乃のおねぇちゃんだね?」 「当たり前だってーの……まぁだから、良かったらこれからも助けてあげてよ。さっき起こしに来てくれたみたいにさ」 「何だかちょっと他人事みたいな言い方だけど……うん、分かった♪」 ともあれ、質問の真意は分からないとしても、いずれ本当の姉が戻ってきた時の為にも改めてお願いしたわたしに、佳乃は改めて背中へ自分の身体を預けつつ応じてくれた。けど……。 「……あと、出来ればスキンシップも程々でお願い……って、言ってる側から胸ぇ……っ?!」 しかし、そこで締めくくれば綺麗な姉妹愛だったのに、わたしが言い終える前に佳乃が自分のおっぱいを背中へ密着させつつ、同時に脇から伸びてきた両手がこちらの胸を鷲づかみにしてきた。 「ん〜、それは即答できないかなぁ?やっぱり、助けてあげるからにはおねぇちゃんからの“お礼”だってあってもいいでしょ?」 「あんたね……一体誰に似てそんなしたたかな……って、こ、こらぁ……っ!」 ……だからと言って、いつでも姉にセクハラしていいとまでは言ってないから……っ。 * 「はぁ、はぁ……っ」 やがて、優雅(?)に妹と朝シャワーなんてしゃれ込んでいたせいですっかり余裕が無くなってしまい、わたしは結局今日も息を切らせつつ小走りに学校へと向かっていた。 (う〜、もう汗かいてきてるし……) これじゃ身を清めた意味が薄れているのと、そもそも一人での登校ならまだ走らなくても間にあう時間なのに、ついつい足が勝手に急いでしまうのが悲しい性とでもいうべきか……。 (千歳はもう一人で登校してるのかな……?) まぁ、元々自分が勝手に始めたことで約束なんてしてないんだから、おそらく何事も無かったかの様に先に登校している……。 「……あ、おはようさんね、風音ちゃん?」 と、思っていたものの、やがていつもの鉢合わせ地点まで着いたところで、一人でぽつんと立っていたターゲットさんがわたしの姿を見て嬉しそうな笑みを浮かべつつ手を振ってきた。 「お、おはよう、千歳……?もしかして、待ってたの?」 「せやよ?今朝は遅かったんやね、うちの方が先に来てしもうたわ〜」 ともあれ、見たまんまながらも尋ねずにはいられなかったわたしに対して、麗しの魔女さんはさも当たり前な顔で頷いてくる。 (カノジョか……っっ) ……あれ、これ昨日わたしが言われたセリフだよね……? 「あ、遅れてると思ったらシャワー浴びてたん?ええ匂いするわぁ」 「こら、かぐんじゃない……っ」 それから、思わず足を止めたままだったところへ不意に接近され、首筋へ鼻先を近づけられたのを受けて、慌てて押し戻しつつ後退するわたし。 「もう、随分と待たせておいていけずやわぁ」 「……うるさい、そもそもシャワー浴びる羽目になったのはアンタの……」 「うちの?」 「あ、いや……なんでもない……」 そして、思わず悪い夢の内容を口にしかけたところで、視線を逸らせて取り消す。 正直に話したら何だか怒られそうだけど、でも考えたらまだ親しい間柄とは言えない向こうの千歳は自分にとってただ得体の知れないだけの存在で、だからこそあんな夢も見てしまったのだろう。 「……?もしかして、うちの為に身を清めといてくれたん?」 「違うわよ、このヘンタイ魔女……っっ」 「あはは、でもこういうのは風音ちゃんにだけやよ?」 「…………っ」 けれど、こっちの千歳はわたしにヘンタイ魔女と詰られようが、お構いナシで笑いながら口説いてくる。 なんだか、そういうのを見ていると、こっち世界も名残惜しくなりそうだけど……。 「ええい、もう時間も無いんだから、さっとと行くわよ?」 ……でも、それは決して抱えてはいけない感傷。 わたしはすぐに頭から振り払いつつそう告げると、自分から歩き出し始めたものの……。 「あ、うん……それでな……?」 「ん……?」 「手……つないでええ?」 しかし、千歳の方は何やらもじもじと煮え切らない態度で動かなかったかと思うと、躊躇いがちに自分の手をこちらへ差し出して伺いを立ててきた。 (えっと……付き合い始めのカノジョか……っっ) 早くも本日二度目の案件だけど、昨日の今日で一体どんな心境の変化なんだか……。 「だめ……かな?」 「…………」 ……まぁ、いいか。 わたし的には、あくまで勝手に触らせなきゃいいだけだから。 「これでいい?……ほら、千歳も急いで?」 そこで、わたしは言葉で返事をする前に、昨日の放課後の時と同じくにこちらから魔女さんの手を取って素っ気なくそう告げてやると、あとは黙って校門へと先導していった。 「……ん……っ、やっぱ優しいなぁ風音ちゃんは」 「おだてたって、これ以上は何も出ないから……!」 (もう、なんなのよ……?) ……まったく、何やら今朝はいきなり調子を狂わされっぱなしなんですけど。 * 「ふぁぁ……ねむい……」 やがて、周りからの「あらあら、まぁまぁ」な視線を浴びつつ二人で手を繋いで登校し、夏休み直前の浮ついた空気の中での本日最初の授業も終わった短い休憩時間、わたしは気怠さを隠しきれずに欠伸を噛み殺しつつ机に伏せていた。 (はー、どいつもこいつも……) 昨晩は寝汗をぐっしょりかいてしまう程の妙な夢を見たせいでぐっすりと眠れていない上に妹は相変わらず自重しないし、千歳は平常運転かと思えば急にしおらしくなるしで、なんだか既にもうお疲れ状態だったりして……。 (しかも、今日は体育あるんだけどなぁ……) 考えるだけで気が重くなってくるから、今のうちに少しだけでもうたた寝しておこうか。 といっても、五分ほど眠れたらいいくらいだけど、これでも案外馬鹿にはならない……。 「…………」 「……眠そうやねー?」 「言っとくけど、夜更かしして動画は見てないわよ?」 しかし、両腕を枕に完全な仮眠態勢となってしばらくした後に、夢の中で聞いた様な声をかけられ、先回りで返事してやるわたし。 「動画……?なんの?」 (ん……?) ……いや、こっちは詰草ちゃんとは別のクラスだし、何よりこのはんなりな口ぶりは……。 「……あれ、千歳……?」 「ふふ、千歳ちゃんよ〜?」 そこで、はっとなって顔を上げると、すぐ前の席には幼馴染の代わりに一緒に登校してきた麗しの魔女がニコニコしながら座っていた。 「んで、なにか用事でも?」 「ううん、特には無いんやけどカオが見たいなって……」 「あんたね……」 (カノジョか……っっ) ……これで、とうとう本日三度目。 まだ一時間目が終わったばかりなのにもう三倍返しを受けているけれど、ほんと今日は一体どうしたというんだろう? (ん〜……) 考えられるとしたら、昨日は不意打ちでガンガン攻められてしまったから、もしかして今日は逆パターンで反攻に出てきてる? 「ふふ……」 しかし、なにか仕掛けてくるのを警戒するこちらに対して、千歳の奴は穏やかにわたしの方を見つめるだけという。 「えー、なんなのよ……?」 まさか、ホントに用件も無しで来たの……? 「んーん、眠いなら寝とってもえーよ?うちが起こたげるし」 「……いや、さすがにもういいわ……ふぁぁ……」 こうやってグダグダやっているうちに、休み時間も残り少なくなってきているワケで。 「なら、昼休みにお昼寝でもする?キミさえよかったら膝、貸してあげるけど?」 「結構です……って……」 それから、正直ありがたい申し出ながら、また以前のグイグイと来られる流れを思い出して反射的に拒否したものの、何やら今日はその時と比べてやっぱり空気が違う気もする。 「ん?」 「……いや……」 たとえば、以前なら「遠慮せんでもええのに〜♪」とか言いつつ、問答無用で抱きついてきていたろうに、今はなにやら一歩引いてわたしの動向を見ている感じというか……。 (え、なに……ホントにわたしの彼女モードに入っちゃったの……?) ……果たして、これはチャンス到来なのか、まだ慎重に様子を見るべきなのかどっちだろう? * 「はぁ、はぁ……っ」 やがて、迎えてしまった午前中最後にして最大の試練となる四時間目、太陽がさんさんと照り付ける中で、わたしはひぃひぃと息を荒らげながらトラックを走っていた。 (なんで、よりによってこんな日に走らせんのよ……!) 実は今日は体育の先生がお休みで、代わりに代理で来た担任からトラックを五周走ったら後は自由にしていいとは言われているものの、なにせ一周が二百メートルもあるんだから、四周目に入っている今はそろそろ胸が痛み始めて身体が重たい。 一応、トラックの内側では既に走り終えて元気にじゃれ合っている一部のクラスメートの姿も見えるものの、残念ながらわたしは体力自慢な方ではないのでまだゴールは遥か先である。 (大体っ、夏季の体育なら水泳じゃないの……?) ……とは思うものの、生憎うちの学校にはそんな施設自体が無いんだからまぁ仕方がないんだけど。 「はぁ、はぁ、はぁ……っ」 ともあれ、元の世界だったら詰草ちゃん達と適当に喋りながら走っていたんだろうけれど、こういう時にぼっちは孤独である……って当たり前か。 (せめて、千歳でも一緒のクラスだったらなぁ……) 「ん……?」 そこで、ふと今日は顔を合わす機会の多い魔女さんの顔を思い浮かべて、1組の教室の方へ視線を上げてみると、窓際の席でグラウンドの方を注視する千歳の姿が目に入り……。 (あ、見てたんだ……?) それに合わせて窓の向こうからこちらへ手を振って来たのを受けて、同じく右手を上げて振り返してみるわたし。 「…………」 なんだろ、この恥ずかしい様な、ちょっと元気をもらったようなくすぐったい感覚。 よく分からないけど、カノジョが出来たばかりの時の気分って、こんなんだろうかとか思ったりして……。 (いや、まてまてまて……) 何となく今朝はそれっぽい空気にはなっているものの、まだわたし達はそんなカンケイにまで進展した覚えはないんですけど……?! 「……ねぇ一ノ葉さん、昨日あれからなんかあったの?」 ともあれ、千歳に余力を注入してもらって何とか走り終えた後、グラウンドの隅っこの木陰に座って休んでいると、わたしの元へふらっと寄って来た赤木さんが話しかけてくる。 「あれからって?」 「いや、放課後に柚月さんの手を取って強引に連れ出してったじゃない?んで、昨日の今日で何だか様子が変わっちゃったから、なんかウワサになってるんだけど」 「いや、これといっては特になかったはずなんだけどねー?商店街で一緒にお茶してプリ画撮って、晩御飯の時間までには帰ったし」 そこで、むしろそれはこちらが聞きたいんだけど、という言葉は飲み込みつつ、素っ気なくも包み隠さず答えるわたし。 ただどうやら、突然の千歳の変化に困惑しているのは、自分だけじゃないみたいである。 「ふーん?」 「昨日はなんか気乗りしないのに無理に誘われてたっぽいから助け船を出したつもりだったんだけど、何かが琴線にでも突き刺さっちゃったのかな……」 「ま、元々好きっぽかったしね?」 「え……?」 そして、嫌味に受け取られかねない懸念はあったものの正直に続けるや、赤木さんから素っ気ない口ぶりで思いもよらなかった言葉を告げられてしまった。 「まさか、気付いてなかったとでも?」 「いや、それは……うん、たぶん……」 千歳が、もう一人のわたしを……? ……いや、でもだったら色々と矛盾がでてくる様な。 「何だか報われないハナシしてるけど、この際だから態度をはっきりさせてやれば?私は撤退するつもりだけどさー」 それから、赤木さんは冷めた口調で呆れた様なセリフを向けてきた後で、そのままわたしから背を向けて立ち去って行ってしまった。 「…………」 (態度をはっきりさせてやれば、か……) 確かに、そろそろ色々はっきりとさせておくべきなのかもしれない。 ……出来るものなら、だけど。 * 「ふふ、うちの膝枕はどんな塩梅……?」 「ん……思ったよりムチムチしてて柔らかい……」 「もう、太いのは結構気にしとるのにイヤやわぁ。……けど、風音ちゃんが気に入ってくれるならええかな?」 「そうねぇ……なかなか気持ちよく安眠できそう……ふぁぁ……」 やがて、体育の授業も無事に乗り越えて漕ぎ着けたお昼休み、朝のやり取りを真に受けていたわけでもなかったものの、結局お昼ご飯の後に屋上ベンチで千歳に膝枕してもらうコトになったわたしは、おなかも膨れて迫りくる眠気を受け入れつつ適当に相槌を打っていた。 「…………」 一応、千歳の方から触らせない方針は継続中なのに、さっきからいとおしげに頭を撫でられたり髪を弄られたりしているけれど、まぁもうこの際細かいコトは言いっこなしで。 昔、親戚が飼っていたペルシャ猫ちゃんだって、膝に乗ってきた時ぐらいは大人しく触らせてくれたしね。 「遠慮せんでも、ちゃんと起こしてあげるから眠ってもええんよ?」 「ん……お言葉には甘えたいけど……ね、もう一人のわたしにもこういうコトしてたの?」 「ううん?手作りのお菓子をもろうたんも、昨日のデートも、そしてこの膝枕だってキミが初めてやから」 それでも、睡魔に身を委ねる前に聞いておきたかった質問を向けると、入れ替わる前のわたしのコトが好きだったらしい魔女さんは嬉しげにそう答えてきた。 「……まさか、あのコの代用でこういう事してみたくて持ちかけたんじゃないでしょうね?」 「あはは、バレたかぁ」 「ウソでしょ?」 「ふふ、魔女は嘘つきなんよ?」 ……だめだ、段々ネタは割れてきてるとは思うけど、相変わらずつかみどころが無い。 「…………」 でもまぁ悪くはない心地だし、千歳が付き合って欲しいのなら、この際もう少しくらい……。 (……ってワケにゃいかないよね……やっぱ) 詰草ちゃんにもお願いして協力してもらっている身の上なんだから。 ……ただそれでも、程よく眠気に包み込まれて考えるのも億劫になってはきているし、とりあえず今日のところは諦めてこのまま厚意に甘えるのも悪くないかもしれない……。 「……しかし、ぽかぽかとええ天気よね〜?なんやこのまま、午後の授業なんて放り投げて二人でゆっくりせぇへん?って気分にもなってくるけど」 「んー……まぁ、午後の授業全部とは言わなくても、もう少しだけお昼寝する時間あったら嬉しいかなぁ……」 「だったら、程よい時間で起こしたげるから、安心して寝入ってええよ?」 「……いや、ちゃんと昼休みが終わる前に起こしてくれるんだよね?」 と思ったところで、適当に打った相槌のつもりで吐いた願望に、おっとり魔女さんが本気にした様子でさらりと不穏なコトを囁いてきたのを受け、うたた寝に入る前に一応確認しておくわたし。 ……あと、なんか既視感あるセリフと思ったら、そういえば先週に屋上で一緒に食べた時は、わたしの方からそのくらいは言えないと話にならないと諭され(?)たっけ。 「もちろん、キミが言うなら、な?ふふ」 わたしが言うなら、か……。 「…………」 それにしても、あの時は諭された後で色仕掛けを強要されてスカートまで捲り上げさせられたのに、今はまるで立場が雲泥の差である。 というか……。 (あれ、もしかして今の状態って……?) 「……えっと、つかぬ事を伺うけど、もしかして今なら割とどんなコトでも聞いてもらえる?」 「もちろんよー?ただし、一部例外はあるけどな?」 そこで、わたしは試しに水を向けてみたものの、そこはしっかりとやり過ごされてしまった。 「ち……」 (やっぱ、そんな簡単にはいかないかー……) ただそれでも、今までと比べると遥かに機運は高まっているというか、いつの間にやら勝負ドコロがやって来ているのかもしれない。 少なくとも、今日の千歳相手なら押せそうな気もするから……。 「でもまぁ、“それだけの仲”に近付いて来てるのは認めざるをえない……よね?」 「せやねぇ……。うちも自分でちょっと不思議なくらいなんやけど」 「……んじゃあさ、これは寝言だけど、わたしの方も一つだけ願いを叶えてくれるのなら、あの時と違って今ならどんなコトでも心から聞いてあげたい気分になってるとすれば……魔女さんはどうする?」 そこで、相手の自虐めいた苦笑いに天の時を感じた気になったわたしは、胸が高鳴るのを抑えつつ一歩踏み出してやると、寝返りをうって千歳のお腹の辺りへ顔をうずめてやる。 言っているコトは同じようでも、半ば自棄っぱちだった先週とは意味合いはまったく異なっている、はず。 「…………っ?!」 すると、わたしの意を決した告白に、千歳は何やら驚いたような反応を見せた後で……。 (どうだ……?) 「…………」 「…………」 (え……?) 静かな屋上で暫く沈黙が続くうち、いつしかぽたりぽたりとうなじの辺りへ生暖かい粒が落ちてきた。 「……っ、ちょっ、どうしてそこで泣くの……?!」 「…………っ」 その雫の正体がすぐに分かったわたしは慌てて身を起こすと、千歳は悲しい様な悔しそうな、今まで見た事もない崩れた表情でポロポロと涙をこぼし続けていたりして。 「ち、千歳……?!」 もしかしてわたし、まずいコト言っちゃった……? * 「は〜、終わった終わった〜。あやっちどこか寄ってくー?」 「あたしは部活だっつーの」 「へー、案外マジメに行ってんだ?」 「行く気が無いなら帰宅部になってるわよ。うちは別に義務じゃないんだから」 (帰宅部、か……) そういえば確認していなかったけれど、こっちのわたしも部活はやっていないんだろうか? 一応、うちは部活をやりたくないなら、さっさと帰って家で勉強するか塾にでも行ってろというスタンスで、その代わりに音楽教室へ通っている詰草ちゃんと違って、自分はそのどちらもやっていない典型的ぐうたら生徒だけど、結構違いはありながらもやっぱり同じ“わたし”だけに、こういうトコロは似てしまっているのかもしれない。 ……もしくは、本当はやりたいと思っているのに一歩踏み出せない可能性も……って、今更詮索したところでイミはない、か。 「…………」 ともあれ、昼休み以来すっかりと眠気が吹っ飛んだ代わりに、モヤモヤとした気持ちを抱える羽目になったまま迎えた放課後、わたしは活気づく教室内ですぐ席を立たずにぼんやりと座り込んでいた。 (……結局、あれから千歳は来なかったか……) とりあえず、よく分からないまま泣き止むのを待った後で、微妙な空気に包まれつつ途中で別れて教室まで戻ったのはいいけれど、そこからは音沙汰なし。 午前までの空気なら、今日は座っていれば向こうから迎えに来ていたと思うんだけど……。 (やっぱ、何かヘタ打ったのかなぁ?わたし……) もちろん、こちらも勝負をかけた一手ではあったものの、まさかいきなり泣かれるとは想定外だったと言わざるをえない。 「うーん……」 ……けどまぁ、結果は結果として仕方が無い。 千歳が来ないのなら、ここはマイ軍師に相談しておこう。 (は〜〜っ、やっぱり自分だけじゃなかなか上手く行かないよね……) 詰草ちゃんはわたしが自分だけで動けるようになったら役割はおしまいと言っていたけど、むしろ依存度は上がってゆく一方の様な。 ……ただ、4組の教室へ直接行くのは気が引けるから、メールで呼び出してっと……。 「…………」 「…………」 しかし、相談したいことがあるからと作戦会議を打診したものの、暫く待てども反応は無し。 (ええい、こっちもか……) こんなので既に孤独を感じてしまうこちらのわたしの交友関係にも不安はあるものの、やっぱり直接会いに行くしかなさそうだった。 「やれやれ……」 と、ここでわたしはようやく重い腰を上げたものの……。 「……詰草さん?今ちょうど太白さんと二人で出てったけど」 「はい……?!」 それから、渋々と4組の教室の中を覗いても見当たらなかったので、手近な生徒さんを捕まえて尋ねてみれば、これまた意外過ぎる言葉を返されて固まってしまうわたし。 「え、えっと、それでどこ行ったかまでは分かる?」 「たぶん屋上じゃないかな?あの二人ってちょくちょく居なくなるんだけど、詰草さんに聞いたらそんなコト言ってたような」 「そう……なんだ……?ありがとう……」 (詰草ちゃんと太白さんが、どうして……?) 自分にとってはその組み合せの密会なんて、千歳の涙に負けてないレベルの衝撃なんだけど……。 「…………」 えっと、今ならまだ追いつけるだろうか……? * 「……あれ……?」 しかし、詰草ちゃんたちに気付かれないよう周囲に目くばせしつつ、階段を駆け上がって出入り口の扉をそっと開けたものの、放課後の屋上には誰の姿もなし。 ……どうやら、二人は真っ直ぐここへ向かっていなかったのか、追い越してしまったらしかった。 「ま、いいか……」 もしくは、屋上へ向かってきていなかったのかもしれないけれど、いずれにせよこの小屋みたいな形の出入り口は隠れる場所があるし、後から追いつくよりは先に来られた方が都合はいい。 いいんだけど……。 (ほんとに、あの二人がなぁ……) 今更言うまでもなく、あの太白さんは中学の頃からわたしが気に入らないと目を付けてきて色々嫌がらせ、ぶっちゃけイジメを先導していた首謀者なのに、こちらの世界での関係は不明とはいえ、常に味方でいてくれた詰草ちゃんがそんな彼女とちょくちょく二人きりで一体どんな話をしているのかなんて想像もつかない。 「…………」 さすがに詰草ちゃんが裏切ったとか、そういうのは端から思考の外としても、高校に上がってまで未だ太白さんにこっちのわたしが目を付けられたままというのなら、人知れずに守って貰っていたりするのかもしれないし、だったら自分がいるうちに解決……。 ガチャ (お……?) なんて、先に隠れたまま頭の中をフル回転させているうちに出入り口のドアが開く音が聞こえると、中から件の二人が順番に屋上へ入って来た。 (わ、ホントにきた……!) とりあえず、二人の空気は険悪とまではいかなくとも仲良しという風でもなさそうで、どうやら楽しいガールズトークとか、ましてや逢引みたいな類ではないっぽいけれど……。 (って、毒されてきてるなぁ、わたし……) 「……それで、改めて聞くけどこれは一体どうなってるの?」 「ん〜、少しばかり事情が変わっただけだよ」 ともあれ、屋上に他の誰も居なさそうなのを確認するや、まずは太白さんが何やら険しい表情で詰め寄ったものの、詰草ちゃんは受け流す様に素っ気無く答える。 「事情?」 「あまり詳しいコトは言えないんだけどね〜?ただ、一時的に風音ちゃんと柚月さんを仲良しにしてあげなきゃならなくなったって感じ」 「それがイミ分からないって言ってるんだけど……」 「まぁまぁ、少なくとも私が心変わりしたとか、そういうのはないから」 「つまり、そっちの目的自体は変わってないと?」 「もっちろん。あなたのお目当ては柚月さんで、私はその柚月さんが大好きな風音ちゃん。私から見たら泥棒ネコさんだからねー?」 (…………っ) なんと、まぁ。 これで、こっちの世界の千歳とわたしのカンケイがハッキリしたけれど、まさかこの二人がそんなトコロで利害を一致させていたなんて。 「誰かさんが、いつまでも風音ちゃんをイジめるのをやめないまま高校まで一緒になって、しかも同じクラスになっちゃったから、私がずっと守ってあげようと思ってたのに」 「……まだ組んでない時はエグかったわよね?ニコニコ笑顔のままで、あのコを追い詰めすぎたらどんな手を使おうがすぐこの学校に居られなくしてやるって、いきなり脅しをかけられた時は凍り付いたわよ……」 (うわぁ……) 守ってくれていたのが分かったのは嬉しい反面で、あの強気が持ち味の太白さんが幾分怯える様な声でそう言っている辺りは、相当にえげつない脅し方でもしていたんだろうか。 「まぁでも、ちょっとくらいなら見逃してあげられたというか、もしかしたら風音ちゃんとの絆を深めるには、昔のいじめっ子さんは丁度いい当て馬なのかな〜?とか思ったりもしたし」 (こらこら……) いや、やっぱりエグい、エグいよ詰草ちゃん……。 「だからね、程々に痛めつけられて風音ちゃんがちょっと焦燥してきたところで、私がうんと優しくしてあげたりしたら、自分なしじゃいられなくなるかも?なんて思ってたところへ、あの人が横から現れて美味しいトコロ持って行っちゃったんだもん。やんなっちゃうよねぇ?」 (…………) 向こうのわたしは、一番の仲良しだった幼馴染と離れ離れになって心細い思いをして来たんだろうなとは思っていたけれど、詰草ちゃんの方もやっぱり気に病んでいたみたいどころか、ちょっと厄介な方向へ拗らせてきているみたいだった。 「だったら、どうして……」 ともあれ、さすがの太白さんも引き気味だし、こっちの詰草ちゃん怖い……。 「もー、だから今は言えないけど心変わりはしてないから、それで納得してってば。上手くコトが運べば最後は柚月さんの方が傷心するだろうから、その時が太白さんのチャンスだよ」 「な、なるほど……だから、今は黙って見ていろと」 「うん。今焦ったりしたら、逆効果でしかないからね〜?」 「はぁ、分かったわよ……」 それから、あくまでわたしの秘密は守ってくれつつ、邪魔はするなと言わんばかりの詰草ちゃんから鋭く釘を刺され、太白さんは渋々ながらも引き下がっていった。 「…………」 ……のは痛快としても、このやり取りはどう受け止めればいいんだろう?わたしは。 というか、結局は渦中にいるハズの向こうのわたしは知らずのまま、女の子同士で修羅場な状態になっているみたいだけど……。 (まったく、こっちの世界ってガチなコが多すぎ……) お陰で、なにやら最近はわたしまでそういう空気に染められてきている気もするし。 * 「……は〜〜っ……今日もなんか濃かったわね……」 やがて、帰宅後に夕食を食べてのんびりとお風呂にも浸かり、一日の締めくくりにこちらへ来てからのほぼ日課である、集めた情報をノートに書き留めつつ溜息混じりにぼやくわたし。 もっとも、出来るだけ事細かく書き込んでいるのはいいけど読み返すことなど殆ど無くて、情報の蓄積というよりは自分の頭を整理する為にやっているようなものなんだけど……。 「……ん〜……っ」 ともあれ、今日は千歳の変化や昼休みに零していた謎の涙、幼馴染と天敵という想像もしなかった組み合わせの会談など、眠くなってきている身には全部書き留めるのも面倒になるくらいに色々な場面に出くわしたけれど、その収穫として曖昧だった部分がいくらかはハッキリとしてきた気はする。 (そっか……詰草ちゃんは千歳を敵視してたのね……) どちらもわたしにとって最も身近な存在ながら、この二人が人物相関図で繋がることは無かったのが少しばかり不思議だったものの、いわゆる三角カンケイだったとは。 「あああ、もう面倒くさいなぁ……」 まったく、数少ないこの携帯電話に登録されている者同士、仲良くはできないんだろうかと言いたいけれど……。 (いや、だからこそ仲良くなれないってコトなんだろうなぁ……) そして、それだけこの世界に居るべき風音に執心している詰草ちゃんだから、おそらくこの“わたし”も邪魔者のカテゴリなんだろう。 ……まぁ、けどそれはいつか戻る身としては別に構わないとして。 (でも……やっぱり分からないのは千歳だよね……?) それから、見開きの二ページを丸々使った手書きの相関図を更新しつつ、千歳のところで手が止まるわたし。 彼女の本命があちらの自分なのは分かったけれど、だったら“わたし”は何なんだろう。 「…………」 (やっぱ、それを確かめるのが一番の近道ってコトになるのかな……?) そして……。 『上手くコトが運べば最後は柚月さんの方が傷心するだろうから、その時が太白さんのチャンスだよ』 なにより、詰草ちゃんのこの言い分を聞いた時に心が痛んでしまい、帰宅後に何も知らないフリして今後の相談をする気力を殺いでしまった、自分の気持ちの行方を探す為にも。 次のページへ 前のページへ 戻る |