遭難少女は魔女の掌でオドる その8
第八章 真相/深層
「……へぇ、ここが千歳の……」 やがて、八月に入って二日ばかりが経った土曜日の昼下がり、わたしは着替えなどが入った大きめのバッグとお土産のケーキの包みを持参で、普段は滅多に訪れない西区の住宅街にある一軒家の前まではせ参じていた。 大きさ的にはごく標準的な庭付き二階建てのお宅で、淡いクリーム色の外壁やシンプルモダンなデザインの外面からは、魔女の館という言葉は似つかわしくない現代的なお洒落ハウスだけど、果たして中はどうなっているのか……。 (……いや、普通よね……間違いなく) そもそも、“魔女”なんて言葉は千歳が自称していたからわたしも当たり前に受け入れてしまっているけれど、ここまで実際に魔女らしい部分なんて見せてもらった記憶がないし。 「…………」 ……まぁ、そのヘンの話もそろそろ聞かせてもらっていいのかもしれないけれど、とにかくまずは思い切って踏み込まなくては……。 ガチャ 「いらっしゃい、待っとったよ〜♪風音ちゃん」 「ちょっ、先に出てきてんじゃないわよ……!」 ともあれ、別に虎子なんて求めてはいないものの、先週のプールで交わした約束に従って虎穴に入るためのベルを鳴らそうとしたところで、いきなり玄関のドアが開いて家主が上機嫌な顔で出迎えてきた。 「だって、家の中から見とっても門の前で立ったままなかなか入ってくれへんし……」 「……こーいうのはね、勇気がいるの」 ただでさえ、新しい友達のお宅へ初めてお邪魔する時でもそうなのに、今回は尚更である。 なにせ……。 「も〜、他には誰もいないんやし、気軽に入って来てくれたらええのに」 「それは、ちょっと無理な相談かなぁ……」 「ふーん……ちなみに、今日はもしかして勝負パンツとか穿いてきてくれとんの?」 「ちょっ、往来でいきなりナニ言い出すのよ、このヘンタイ……っっ」 と、夏休みに入る前は一時的にしおらしくなっていたのが、最近はまた以前の様に……いやそれ以上に調子に乗ってきているので、油断はしないでおかないと。 「も〜、風音ちゃんこそ往来であまりヘンタイ呼ばりせんといて欲しいわぁ」 「だって事実だし……」 ……まぁ、とかいいつつ、一応は万が一の為の備えくらいはしてきているんだけど、ね。 「おじゃましまーす……」 「はいはい、遠慮なんかせんでええからね?」 それから、まずはお土産の包みを渡した後で玄関から靴を脱いで上がらせてもらうと、やっぱり中も外見に違わない、清潔感あって小ざっぱりとした普通のお宅だった。 (ふむ……) 玄関には季節の花が飾られた涼やかな花瓶が置かれ、壁には可愛い猫ちゃんの絵が飾られていたりして決して殺風景ではないんだけど、何やら寂しい空気も漂っていたりして……。 「あ、ごめ……?!」 「ううん、実はやってみたかったんよねぇ」 とか観察しているうちに、後から入った家主がしゃがみ込んでわたしの脱いだ靴を並べているのを見て慌てて謝るものの、千歳は何やら幸せそうだった。 「むぅ……しかし、こんなおうちに一人暮らしって、色々大変じゃない?」 お土産を買う数の関係で、来る前に電話で尋ねていたんだけど、千歳のご両親は今日は留守にしているとかいうお約束的なハナシじゃなくて、現在は一人暮らしなんだそう。 だけど、このおうちの敷地的には四人家族向けくらいの広さなわけで。 「まぁ、小さい頃からの慣れっこやし、大変とかそういうのはないんやけどね〜」 「たとえばさ、掃除とかはどうしてんの?」 「昨日は一日かけて大掃除したけど、いつもは一週間単位で場所を決めてやっとるんよ。……さ、いこか?」 「ふーん、言ってくれたら手伝いに行ったのに……」 まぁお呼ばれの前日に掃除だけ手伝って帰るというのも何だかマヌケだけど、すごく大変だったろうし。 「ふふ、風音ちゃんのそういうトコロも好きやけど、うちが自宅デートに招いたんやしね。……けど、やっぱり寂しさがまったく無いと言うてもウソになるかなぁ?」 「でしょうねぇ……」 それから、二人分の靴を揃えた千歳が今度は先導して廊下を進みつつ本音を呟いてきたのを受けて、失礼にならない範囲で軽く見まわしつつ相槌を打つわたし。 既にそれは伝わってきているというか、おそらくそういった孤独感は家の中が静まり返っているせいなんだと思うけれど。 「なんで、もし風音ちゃんが不憫に思うてくれるなら、なんなら夏休みの間はうちの家で一緒に暮らさへん?とか言いたかったんやけど、残念ながらそうもいかなくなってなぁ……」 「……?いや、それはそうでしょ?」 なんか言い方がちょっと引っかかるけれど、どの道それは色々ありえない話だし。 「ま、とりあえずは作っといたアイスティー淹れてくるから、適当にくつろいでてなー?」 ともあれ、千歳の方は苦笑いでそう続けると、廊下を移動する途中でわたしを大きなテレビやソファーのあるリビングルームへと押し込んできた。 「う、うん……」 気のせいか、何やら胸騒ぎはしてくるものの……まぁいいか。 「んじゃ、改めて我が家にウェルカムな〜?風音ちゃん」 「ほいほい、ごていねいにどーも」 ともあれ、何となく落ち着かない心地で待っているうちに、程なくして千歳が手土産の苺のショートケーキとアイスティーの乗ったお盆を手に隣へ座ってきた後で、まずは氷が張られたひんやりグラスを重ね合わせるわたし達。 「けど、うちが強引に誘ったのに、手土産なんて気ぃ使わせたなぁ?」 「……まぁ、ここへお邪魔するのも遅かれ早かれの話とは思ってたし。でもそういや、もう一人のわたしもまだなんだっけ?」 「ふふ、なんや“風音ちゃん”と逢ってからはじめてを奪われっぱなしやんなぁ、うち」 「気色悪い言い方するんじゃないの……。ったく、せっかくのケーキが妙な味に……ううん、やっぱりココのはこっちの世界でも美味しいわねぇ」 それから軽口を挟みつつ、まずは無糖の冷たい紅茶で軽く喉を潤した後で、早速買ってきた手土産に手をつけると、元の世界と変わらないお気に入りの味が口の中に広がって自然とほろこんでゆくわたし。 「うちもこのお店は好きやけど、生クリームの甘さが絶妙なんよね〜。ちなみに、一ノ葉さんとあそこのパーラーでお茶を一緒したことならあるんよ?デートっていうんやなくて、たまたま鉢合わせた時の一度だけやけど」 そして、千歳の方もわたしにならって最初の一口を幸せそうに頬張った後で、何やら懐かしそうに思い出話を切り出してきた。 「ふーん、やっぱりそれくらいの仲ではあったんだ?……まぁでも、何だか色々一気に追い越してしまったというか、正直お泊りまではこんなに早くと思ってなかったんだけど」 一応、何度か遊びに通って慣れつつ、お泊まりデートは戻る日が決まった後での最後の締めくくりにでもってくらいの予定で考えていたのに。 「ん……うちかてホントはもっとじっくり段階を重ねた後でのつもりだったんやけど、状況が変わってしもうてなぁ」 「状況?」 「向こうの世界のうちから報告があったんやけどね……どうも、あっちの一ノ葉さんの影響で、戻ってもらうのが少し早まりそうなんよ」 すると、千歳も同意しつつ気になる言葉を続けてきたので食いつくと、フォークを持つ手を止めたまま、何やら困った様な顔で思ってもいなかった報告を告げられてしまう。 「え、向こうのわたしに何かあったの?!」 「何かあったというか……これがどうも上手くいきすぎとるみたいでなぁ」 それを聞いて、こちらも思わず食べる手が止まってしまったものの、続けて肩を竦める千歳の口から苦笑い交じりに出てきのは、意外と言えば意外すぎるセリフだった。 「は……?」 「まぁ、キミが整備してきた環境だからというのもあるんやろうけど、やる事なすことなんでも上手くいっとるみたいで、クラスでは明るう振舞うようになって友達を増やしたり、最初はツンツンしとった妹さんとも仲ようなっとったり、最近は向こうの詰草さんに付き合って実況?とかいうのをやってみたら、これがなかなかの人気とも聞いとるけど」 「え、えええええ……?」 あの、関係が拗れていた自分の世界の佳乃と“より”を戻した上に、わたしの代わりに配信者デビューしちゃっているというの?? しかも、なかなかの人気って……。 「ただ、上手くやれてるのはええんやけど、あくまで一時的な入れ替わりやから、上手く行きすぎなのも問題なんよね……」 「あーまぁ、確かに……」 こっちの世界の方がいいと思っても、戻った後が余計につらいだろうから。 わたしだって、最近は千歳と一緒にいても楽しさと切なさが半々って感じだし……。 「なんで、向こうのうちと協力して、こうなったら出来るだけ早めに入れ替わった二人を戻す為の“ゆらぎ”を発生させる儀式をやろういうハナシになってなぁ。向こうの一ノ葉さんとも調整は必要やけど、たぶん一両日中にも結論が出ると思うんよ」 「そっかぁ……やっと帰れるのね、わたし……」 と、なれば率直に安堵が沸いてくる一方で、何やら手放しに喜べない自分もいたりして。 一応、前のプールから今日までの間も、ちょくちょく千歳とデートに出かけては思い残しを消化してきたんだけど、それでもまだまだ名残は尽きていないわけで。 「……とにかく、そんなワケでこれが風音ちゃんとの最後の思い出作りになるかもしれへんから、今日明日ばかりは遠慮ナシでいかせてもらおうかと思っとるんやけど、ええかな……?!」 「いや……そもそも、遠慮なんてしてた時あったの?」 それから、何やら前のめりで鼻息が荒くなっているけれど、それも今回始まった話でも無し。 「ん〜、これでも大分抑えてたんやけどなぁ……」 更に、そう言って左手の指先を伸ばしてわたしの太ももをくすぐってくるものの、これも向かいでなくて隣に来られた時に予感した範囲内。 ……いや、セクハラに慣れてどうすんだって話でもあるんだけど。ただ……。 「いいけど、出来れば少しは綺麗な思い出として持ち帰りたいから、そこはよろしくね?」 とりあえず、そんなヘンタイ魔女さんに抵抗はしない代わりに、涼しい顔でアイスティーを口にしつつ釘を刺してやるわたし。 ぶっちゃけセクハラ慣れよりも、もっと怖いのはわたし自身の変化だったりして。 「せやねぇ……うちにとっては、もう一ノ葉さんと風音ちゃんは別の存在やしね」 「分かっていればよろしい。……で、それを踏まえてこれからどうしたい?」 「ん〜。とりあえず隣の部屋で一緒にゲームでもやろかなって」 いずれにせよ、一応思いは同じっぽいので早速リクエストを聞いてやるわたしに、千歳は最初から考えていたと言わんばかりの即答を返してくる。 「ゲーム?別にいいけど……」 まぁ無難そうな提案が出てきたのはいいとして、詰草ちゃんが見たら興奮しそうなでっかいテレビがあるこの居間じゃなくて、隣の部屋でというのは一体……。 * 「……分かったとかいいつつ、いきなりミもフタもないのを持って来やがったわね、このドヘンタイが」 それから、お茶の時間が終わった後で居間の隣にある畳の客間へと連れられ、テーブルが端っこに片づけられてがらんとした室内中央にあらかじめ置かれていた、子供達が楽しそうに遊ぶ写真入りの遊具の箱を見るや、拳を握りしめつつ問答無用で罵ってやるわたし。 「ああん、風音ちゃんの罵倒もそろそろ癖になりそ……じゃなくて、も〜イヤやわぁ、子供から大人まで楽しめる健全な定番遊戯やんなぁ?」 「ぐ……さもこちらの心が穢れているみたいに……」 そう、美人が台無しのだらしないニヤけ顔を隠しきれないまま(そもそも隠す気が無い説もあり)、千歳が両手で拾い上げてこちらへ差し出してきたのは、確かにオモチャ売り場でも見かけた記憶はある、ツイスターゲームのパッケージだった。 「んふふっ、せっかくやからオセロとかよりも全身を使う遊びやりたいなって。んで、これなら二人で楽しゅう遊べる思うて買うて来とったんよ〜」 「その楽しいのベクトルがかなり怪しいんだけど……っていうか、このカッコでやるつもり?」 「そうやけど?」 「いや、そんなさもこっちの方がおかしなコト聞いたような反応されても……」 本日のわたしのコーデって、白の薄い半袖シャツと紺色のフレアミニスカートで、暑いから足首までの薄手の靴下だけでタイツすら履いてないんですけど。 しかも、ヘンタイ魔女さんの方もノースリーブの花柄ミニワンピの生足だし、こんな出で立ちでツイスターゲームをやろうと言われて、わたしの発想が穢れていると言われようが、到底承服できるハズもなく。 「こんなお誘い、“一ノ葉”さんには絶対ムリやし、もしかしたら今日が最後の思い出作りになるかもしれんから、一緒にハジけへん?って」 「わたしにはいいってか……。んで、どっちか倒れるまでセクハラ命令し合うんだったっけ?」 ルールがうろ覚えだったので、とりあえず箱を開けて付属のマニュアルを軽く読んでみると、ツイスターってのは上から緑、黄、青、赤の四列の円が六つ横に並べられたマットの端にそれぞれ立ち、スピナーを回して出た場所へ手足を乗せてゆくゲームだけど、審判役のいない二人の場合は交互に一回ずつ部位と色を指定し合うんだそう。 「も〜、風音ちゃん身構え過ぎやよ。まずはゲームとして勝負を楽しも?」 「……なんか色々引っかかる言い方だけど、負けた方はまた何かあるの?」 「もちろん、罰ゲームは考えとるけどな〜。具体的にはひと勝負の後のお楽しみやけど」 「ったく、しゃーないわね……ま、一回くらいなら付き合ってあげるわよ」 たぶん、またロクでもないコトを企んでいるのは想像つくけれど、まぁ今日の為にわざわざ買って来たというのなら、乗ってやらないのも可哀想ってもんか。 ……とまぁ、今日はわたし自身もそのくらい甘々になっているのだから、諦めるしかない。 「んじゃ、いくで〜?まずは左足からな?」 「……えっと、色はこっちが決めていいんだっけ?んじゃ、えっと……」 ともあれ、渋々ながらも了承した後に二人でマットを広げ、まずは各々が左右両端の中央にある黄と青色の円の上にそれぞれの足を乗せると、早速千歳から部位の指示が飛んできて足下を見回すわたし。 マットの大きさは、箱書きによれば長さが170センチで幅が150センチ。 子供には充分に広いんだろうけれど、どちらも背丈が150を超えている二人ではあっという間に密着してしまう距離だけに、最初の一歩目は結構大事になってくる気はする。 (まずは、こうかな……?) とりあえず、最初の位置に留まっていてもすぐに身動きが取れなくなりそうなので、まずは左足の斜め上にある赤の円を踏んで一歩前に出るわたし。 ……そう、わたしは一歩踏み出せた女なんだから、勇気をもって前身あるのみ。 「よっと……んじゃ、千歳も左足からね?」 「ほほ〜流石は風音ちゃん。最初から果敢に踏み出してくるとは、そうこなくっちゃなぁ?」 すると、勇気ある一歩を踏み出したはずなのに、何故やら眼前のヘンタイ魔女は嬉しそうに獲物を見る様な視線を向けつつ、同じく一歩踏み出してくる。 「……っ、えっと、これは健全な勝負(ゲーム)……なんだよね?」 「もっちろん、故に真剣勝負の間に起こる全ては不可抗力やし♪ってコトで、次は右手な?」 「……っ、わ、分かったわよ……」 何だか、いきなり足が竦みかけたものの、とにかくわたしが勝てばいいだけの話。 そこで、わたしは自分に言い聞かせながらその場にしゃがみ込み、四つん這いにならずして右手を左足と同じ列の黄色へ付けた。 「お、冷静やね?」 「ふふん、そうそう思い通りに行くと思ったら大間違いなんだから。ほら、そっちは左手ね?」 (大丈夫、プールの時と違って今回は落ち着いてやれば五分と五分……) 「…………」 の、はずだったものの……。 「……んふふ〜♪それじゃ今度は右足な〜?」 「く………っっ?!」 その後、出来るだけ動ける範囲を確保しつつ、つかず離れずの戦略でしのいでゆくつもりが、いつしか中央近くで雁字搦めにされていたりして。 (おかしい、どうしてこんなコトに……?!) なるべく崩されない様に気を付けていたハズの態勢はいつの間にやらひっくり返されて仰向けにされてしまい、そのわたしの上を四つん這いの千歳が左手でこちらの左足を絡めつつ覆いかぶさってきている状態で、もうすっかり進退窮まっている状態だった。 「…………っ」 もしかしたら、欲望のままにひたすら密着しようと迫って来た千歳から時々引いたのが悪かったかもしれないものの、スピナーを回さないルールでは運の要素が介入しない純粋な頭脳勝負になっているのに勝負は五分五分などと錯覚していたのが、そもそもの認識不足だったかもしれない。 「ほら、ちゃんと移動させられんと風音ちゃんの負けになってしまうけど?」 「わ、分かってるわよ……!」 ともあれ、何とかお尻を付けまいと支えている両手も震えてきているし、ここからどうにかもっとバランスのいい態勢に……。 「あはは、プルプル震わせて可愛いなぁ。……ほら、次は風音ちゃんが選ぶ番やよ?」 「え、えっと……んじゃみ……右……手……っ?!」 促されても、こちらの方はもう無理な姿勢を保つのが精一杯で、頭も回らない。 ……しかし、そんな状態で適当に答えてしまったのが運の尽きだった。 「右手……こんな感じかな……?よっと……」 「んぁ……っ?!ちょっ、ムネ触るの反則でしょ?!」 「えー、密着しとるからしょうがないやんな〜?ほら、うちかて……」 「いや、たまたまってレベルじゃなくて今確かに掴んで……わわ……っ?!」 それから、お腹の辺りに覆いかぶさっていた千歳が、ワザとらしくわたしの胸の上を通って 緑の方へと大きく移動させてくるや、薄手のワンピ越しにぷるんとした柔らかい膨らみがこちらの顔面を一気に塞いできて……。 「む〜〜〜〜っっ?!」 そのまま、二つの柔らかい塊に押し潰される様にして、とうとうわたしのお尻や背中がマットの上へと張り付かされてしまった。 (ぐあー……) ……決まり手は、おっぱいボディプレスといったところだろうか。 トドメの一撃にしては、柔らかくて悪い感触じゃなかったけれど。 「ふふ、まずはうちの勝ち〜♪」 「ううううう……また負けた……」 なにやら出逢ってからこっち、競り事で全然勝てていない気がするので、今回は少しばかり気合を入れて挑んでいたのに、もうこういう星の元というコトなんだろうか? ……まぁ、以前と違ってそれほど悔しさは感じなくなっているとして。 「さて、お待ちかねの罰ゲームの時間やな〜♪それじゃ、真ん中辺りに立ってくれる?」 「はいはい……」 ともあれ、そこから感傷に浸る暇もなく勝者から促され、言われた通りにマットの中央付近の黄色と青の円上に立つ敗者のわたし。 まな板の上の鯉っていうのは、正にこういうコトを言うのかもしれないけれど……。 「んで、これからどうすんのよ?」 「もちろん、うちの指示通りに動いてもらうつもりなんやけど、せっかくやからゲームらしく、運命の行く末を“このコ”に委ねようと思うんよ」 それから、諦めの境地で次の指示を待つわたしに、千歳は何となく魔女っぽいセリフを吐きつつ、今まで放置されていた円形のボードに針が付いた指示盤を持ち出してきた。 「あー、ここでそいつが出ちゃうのか……」 この円ボードはまず中心から左右の手足で四分割され、更に円周側にはそれぞれ六色の小さい円が並べられていて、一度針を回転させればどの部位を使ってどの色を踏むのかが指定出来るみたいである。 「やっぱ、不確定要素があった方がお互いハラハラドキドキやしねぇ。……ってコトで、罰ゲームはこれからうちがスピナーを五回ほど回すから、風音ちゃんは従ってくれる?」 「はいはい、分かったわよ……」 まぁ結局は相手を羞恥の海に溺れさせてやろうという趣旨に変わりはないんだろうけれど、せめてもの情けのつもりなのか、今回はルーレットの出目次第でヘンタイ魔女の望む通りには行かない場合だってあるはずで、しかも回数はたったの五回。 「んじゃスピナー回すな〜?よっと……」 ともあれ、まずは千歳が指で軽く一回目のスピナーを回した後で、針の向く先を静かに見守るわたし。 (一応、そんなにこちらの分が悪いって勝負じゃないよね……?) まぁイヤな予感がしないワケでもないものの、冷静に考えてみれば千歳が狙い通りの出目を出せる確率はたった1/24。 しかも、指定出来る部位は一つずつなんだから、そうそう都合よく思い通りには……。 「……ふむ、まずは右足を緑にやって?」 「う、うん……」 程なくして針が止まると、千歳から告げられた出目に従って、隣にある緑の円へと少し足を広げる形で移動させるわたし。 まぁ、いきなり無理な態勢をさせられないだけ無難な滑り出しとは言えるかな……。 「んじゃ、次いくな〜?……お、次は左足を赤の方やて」 「へ?ちょっ……?!く……っ」 いや落ち着け、あのヘンタイのことだから、煩悩でこのぐらいは引き当てて……。 「ふふふふふ……お次は左手を青へって出とるけど〜?」 「え、ええええ……?!」 ……と思いきや、開始早々にあっさりと左右に開脚させられたわたしは、更に左手を前方のすぐ前の円に付く様に指示され、瞬く間にお尻を突き出す様なポーズにさせられてしまった。 「おほっ、ええ眺めやわぁ〜♪また今日は可愛いらしいパンツ選んできてくれとるし」 「こっ、こら、後ろから覗き込まないでよ……っっ」 しかも、そこから背後へ回り込んできたヘンタイ魔女にしげしげとスカートの中を観察され、逆さになった顔面が一気に熱を帯びてゆく。 「別に、回す側が移動しちゃあかんルールは決めとらんしな〜?お、次は右手を緑にやって」 「…………っ」 「へぇ、ブラジャーもお揃いなんね。これやっぱ風音ちゃんの勝負下着なん?」 しかも、今度は完全な四つん這いにさせられた後で、垂れ下がったシャツの裾の隙間から胸まで覗き見られてしまったりもして。 「う、うるさい……!っていうか、まさかと思うけど魔法か何かでスピナーを操ってるんじゃないでしょーね?!」 というか、初っ端からあまりにも的確に相手の狙い通りのポーズをとらされているのに不審を覚えたわたしが、恥ずかしさ紛れに問いただすものの……。 「もーいややわぁ、人を魔法使いみたいにゆうて。……んっと次は、お、また左足を赤になっとるから、いっこ前に移動させてくれる?」 「元々、自分で魔女だっつってたでしょーが……っ!って、うそお……っ?!」 今の態勢から左足を前に出せと言われたら、腰を少し浮かせて膝を曲げつつってコトになるんだけど、そうなったら……。 「うほっ、こうすると可愛らしいお尻も丸見えやんね?しかも、この先は風音ちゃんの……」 「だから、覗かないでってばぁぁぁぁぁぁっっ」 ホント、わたし何でこんな勝負受けちゃったんだろう……? * 「ぜぇ、ぜぇ……き、今日はこのくらいで許しておいてあげるわ……」 やがて、どのくらいの時間が経ったのか知らないものの、いい加減に続行する気力も萎えてしまった辺りで、ようやくゲームの終了を告げてやるわたし。 「ふぅ、ふぅ……いや、実に楽しかったなぁ、満足やわぁ〜」 「……まぁ、すごい恥ずかしかったのに目をつぶれば、ね……」 結局、負けっぱなしは悔しくてわたしの方から志願して続けさせているうちに、いつしかお互いの顔や肌には汗が滲んでマットの上を濡らしている状態になっていた。 ちなみに、勝率なんて計算する気にもならないけれど、相手のお情けか一度くらいはわたしに攻められてみたくなったのか、一応は全敗していないだけでヨシとしておこう。 「ほんま、これは一生もんの思い出になったわぁ。特に、うちの顔の上を無理にくぐろうとして目の前でおっぴろげになった風音ちゃんの……」 「……今すぐ忘れなさい。もしくは、力ずくで忘れさせてあげようか?」 むしろ、こちらはそういうコトにならない様に気を付けていたつもりなのに、魔女にかかればそんな心すら利用してわたしをハメようとしてきていた気もする。 ……つまり、自分ごときが千歳を出し抜いてやろうなんて烏滸がましかったというお話なのかもしれないけれど、それ自体はもう悔しいとは思っていなくて、それよりも……。 「まぁまぁ、ええ汗もかいたし、次はお風呂で洗い流すとしよな〜?」 「はー、まったくもって完璧な流れよね……正直引くわ」 ともあれ、今日の千歳は不退転の覚悟で自分の欲望を向けてきている感じで、こちらの方がちょっと怖かったりもして。 「なんやけどね……」 「うん?」 「実はうちの浴室、狭うてうちらくらいやと一人ずつしか入れんのよ……くぅぅぅぅ……っ!」 ……だったものの、しかし回避する言い訳を考えている間に千歳の方から俯きながら言葉を続けてくると、畳に膝をついたまま心の底から口惜しそうに慟哭してきた。 「いや、泣かんでもいいでしょーが……」 一緒に楽しくゲームで遊ぶという名目でパンツ覗きまくりの後は、お風呂でわたしの裸が見られないからとガチの悔し涙とか、なんかもう今日は千歳の株が急降下過ぎるんですが。 ……まぁ、それでもわたしの好感度の方は殆ど下がっていないのがフクザツとして。 「……なぁ、風音ちゃん。ものは試しに聞いてみるんやけど……」 「土下座するので裸見せて下さいとか言い出したら、そのままアタマ踏みつぶすわよ?」 「もう、いけずやわぁ……けど、それはそれでアリかも……?!」 「いや、もう生きてて恥ずかしくないの?ってレベルになってきてるから……」 しかも、これとか本気で引くべき案件なのに、どうしてちょっと可哀想かもって感情も心の片隅に芽生えているんだろう? 「あ、それヒドいけど、風音ちゃんに言われたらちょっとゾクゾクしてきたかも……?」 (は〜〜っっ……) 「……もう、そこまで卑屈にならなくても、その気にさせられたら見せてあげるわよ?」 そこで、自分自身に対して心の中で一度溜息を吐いた後で、別れの日が近いはずの魔女さんが厄介な性癖に目覚めてしまう前に素っ気なくそう告げてやるわたし。 ……もっとも、これは千歳にというよりは、わたし自身に言ったセリフかもしれないけれど。 「ほんま?!……でも、どこかで聞いたようなセリフやよね?」 「あはは、わたしもまさかこんなトコロで逆襲出来るとは思わなかったわ」 まぁでも、実際は逆襲どころか……。 (どうしちゃってるんだろうね、今日のわたし……?) 空気は澄んでいるものの、まるで魔女の館の瘴気にでも当てられているかの様な。 * 「……しかし、楽しい時間はあっという間やったねぇ……」 「うん……」 やがて、おバカな戯れに興じて軽く汗を流した後で、一緒に夕食を作って食べて片付けも済ませ、テレビでも見ながら他愛も無いお喋りをダラダラと続けつつ、交代でしっかりとお風呂にも浸かって、いよいよあとは眠るだけという時間になり、窓から月明かりが差し込む千歳の部屋のベッドの上でお互い別方向に横たわったまま、わたし達は静かに呟き合っていた。 「風音ちゃんのポテトサラダも美味しかったしな……素朴で……」 「……むしろ、わたしは千歳のかぼちゃのそぼろ煮にちょっと感動したんだけど……」 あれは、食べられるのが最初で最後になるかもしれないのはあまりに惜しい逸品だったかも。 ついでに割烹着もあまりにも似合い過ぎてたし。 「ごはん、おかわりしてたもんなぁ……嬉しかったわぁ……」 「……ん……」 ともあれ、最初は千歳から客間に布団敷こうかとは気を回されたものの、結局わたしが一緒のベッドで同衾する方を選んでしまった。 「…………」 一体、どうしてなのかは自分でも少しばかり不思議ではある。 ツイスターゲームで散々赤っ恥をかかされたり、お風呂の時はシャンプーを届ける口実に踏み込まれかけたり、一緒に夕食の準備をしている時に隙あらばお尻を触られたり、「あ〜ん」はもう慣れたとしても、更に調子に乗って胸元にわざとごはんを落として口で取って欲しいとせがまれたり、ぶっちゃけ今日はセクハラの限りを尽くされてきたにもかかわらず、最後はこうやって一緒の布団に自ら入り込んでしまっているのだから。 「……これで、あとはうちのお風呂さえもっと広かったらなぁ……」 「あはは、まだ言うんだ……まぁ、我が家だったら二人で入れたんだけど……」 ……まぁ、その理由はちょっと悔しいけどこのヘンタイ魔女さんを好きになってしまったからの一言に尽きるんだろう。 それがいつ、どんなきっかけなのかはハッキリ覚えてもいないけれど、少なくともこんな気持ちは今日から始まったわけじゃないのは確かである。 「それじゃ、次は風音ちゃんのお宅でお泊まり会しよな〜?……と言いたいけど、もうそんな時間すら無いかもしれへんのよね……」 「……うん……最初は焦ったけど、今思い返せば結構楽しかったかな……?」 だからこそ、今は少しばかりフクザツだった。 今日は夜更かしする気力も湧かないくらいに一日中二人でベタベタとしていたのに、それでもまだ心の燻りは晴れていない。 「…………」 一緒の布団に入った後の千歳が、昼間とうって変わって妙にしおらしくなっているのがやや拍子抜けでもあるんだけど、このモヤモヤを振り払うには……。 「…………」 「…………」 「……風音ちゃん」 「ん……?」 「実はな……うち、風音ちゃんに土下座して謝らなきゃならないコトがあるんよ」 それから、会話が途切れて暫く沈黙が続き、このまま眠ってしまうか、それとも……と考えていた中で、不意に千歳が独り言のように切り出してきた。 「……もしかして、交代でお風呂に入ってた時に脱衣所へ置きっぱなしだったわたしの下着でも漁ったとか?」 「まぁ、サイズが合わないのにブラジャー着けてみようとしたり、ついついパンツを被ってしもうたんも確かにあるんやけど……」 「ちょっ……?!」 こっちはジョークのつもりだったのに……ってツッコミは何とか我慢するとして……。 「……そうじゃなくて、風音ちゃんがこの世界へ飛ばされてしもうた原因なんやけどね……」 「皆まで言わなくても分かるわよ……結局、千歳が今回の“犯人”なんでしょ?」 それから、恐る恐る言葉を続けてきた魔女さんへ、わたしは素っ気無く先に答えてやった。 「……っ、……えっと、いつから気付いたん?」 「元々、何となくの違和感は感じてたんだけど……詰草ちゃんがね、千歳の行動が矛盾してない?って指摘してきてから、わたしも色々考えるようになったって感じかしらん?」 命がけの大変な儀式になるから、それだけの気にさせろと言われ、最初は魔女さんを口説く事しか考えていなかったけれど、よくよく考えてみたら一番重要なのは、千歳ならわたしを戻し得るというコト。 ……つまり、戻せるのならその逆も然りで、なおかつ今回の事件を偶然で収めるには奇跡って言葉でも足りないくらいなんだから、このヘンタイ魔女の仕業と考えるのが一番しっくりくるというもので。 「そっか……結局、うちは詰草さんには勝てないんやなぁ……」 「いや、論点ずらせないでよ……。ただ、それでも分からないのは動機なんだけど」 「……ううん、本音なんよ。結局うちじゃあのコには敵わへんと思っとったから……だからあんな話を持ち掛けてしもうたのかもしらんし……」 ともあれ、いよいよそこに触れたわたしが続けてもう一つの疑問を向けると、観念した魔女さんは自虐気味に答えてくる。 「あんな話?」 「話せば長くなるんやけどね……うちが一ノ葉さんと出逢うたのは今の高校に入ってからというのは前に話したと思うけど、あのコはその時からすごく思いつめとってなぁ」 「元々、うちは喧騒よりも静かな場所が好きな方やったから、集まってくる子らをあしらいつつ、昼休みなんかは人気のない屋上へ通って独りぼんやりと佇んでたんやけど、五月の連休が明けた辺りかなぁ。その屋上にもう一人、いつも暗い顔をしとる常連さんが増えたんよ」 「……それって、もしかして……」 「そ、もう一人のキミである一ノ葉さんやね。最初は互いに一瞥するくらいやったと思うけど、見とったら何や飛び降りかねない危なっかしい雰囲気を漂わせとってなぁ……。とはいうてもフェンスがあるから無理なんやけど、それである日に思い切ってうちの方から声をかけたのがはじまりなんよ」 「とても、放っておけなかったんだ?」 「……まぁ、あとは個人的に好みのタイプっていう下心もあったんやけどね……」 「あー……そこはやっぱり一緒なんだ……」 こっちへ飛ばされる直前、自分の世界の千歳に絡まれた時に「好みのタイプ」と言われたのは覚えているけれど、やっぱりアレは本音だったのかもしれないというか、どうやら世界が違っても、わたしは千歳に好かれる運命みたいである。 「ん?……まぁそんなワケで、それからは屋上でちょくちょく二人でお昼を食べたり話をする様になったんやけどね。話を聞いとると、どうも中学の頃につらい思いをし続けた末にせっかく高校に上がって世界が変わると思っとったのに、ここでもやっぱりなかなかクラスに馴染めずに新しい友達も作れずで、いきなり孤立してしもうとるのを気に病んどったみたいでなぁ。あとなんかすごく苦手な人もいるとかで、それも原因の一つになってたそうなんやけど」 「んー、せめて詰草ちゃんが一緒のクラスだったら違ってたんだろうけどね……そういえば、自分の取り巻きの一人がその苦手な人ってのは知ってた?」 「……まぁ具体的な名前は告げられなかったけど一応はなー。んで、目の前で一ノ葉さんに手ぇ出ししたらガツンと言うつもりやったけど、警告は詰草さんが既にやっとったみたいやから、うちは敢えて何も知らないフリして対応しとったんよ。まぁ友達付き合いが始まった頃に一ノ葉さんの陰口言うとった時は、うちそういうの嫌いと諫めたりもしたけど」 「なるほどねー……」 聞いているうちに、だんだんと今まで靄がかかっていた部分が晴れてきたけれど、とりあえず水面下では何だかんだで色んな人の世話になってきているのは改めて分かった。 ……まぁ、千歳との出逢いが途切れるはずだった天敵との因縁を再び結び付けてしまったのは、いささか皮肉な話としても。 「……ただ、それでも一ノ葉さんの表情はなかなか晴れてこんでなぁ。特に気にしとったみたいなのは、幼馴染の詰草さんとクラスが別れて疎遠になってた事なんよ」 「あー、まぁそうだよね……今までずっと一緒たったんだから」 しかも、それも新しい友達を得られた代償みたくなっているのが、何とも息苦しい話である。 「それでなぁ……ぶっちゃけ嫉妬もあったんやろなぁ。ちょくちょく遠い目で空を見上げつつ、いっそ別の世界に飛んでやり直したいとかぼやいていた一ノ葉さんに、ある日とうとう、うちならその願いを叶えてあげられるって言ってしもうたんよ」 「…………っ」 それはまた、なんという運命のイタズラとでも言うべきなんだろうか。 「せやけど、普通はいきなりそんなコト言い出されても、まず信じてもらえるワケないんやけどね、けどそれを聞いた一ノ葉さんは目を輝かせて食い付いてきてな、それで……」 「後には引けなくなっちゃった、と。……けど、そんなコトしたってイミあるの?前に聞いた話だと、違う世界の自分はずっとは居られないって言ってたじゃない?」 わたしの記憶によれば、早くて一ヶ月くらいで戻されるって言っていた様な。 「確かにその通りやよ。……ただ、一ノ葉さんは自分に置かれた環境を恨むんやのうて、進学をきっかけに仕切り直したかったのに変われなかった自身を責めとってな?だからこそ、違う世界で少しばかり練習させてあげたら、あのコにとって良い経験になるかなって思うたんよ」 「……それで、わたしの世界に?」 「比較的近い環境の並行世界に住むうち達で協議したら、キミの世界に住む自分がここなら仕切り直しにぴったりやろうと推してきてな。それで、あちらの一ノ葉さんにも出来るだけ学業面で迷惑をかけないようにって、期末試験が終わってから夏休み前半までの大体一ヶ月間と区切りも決めて……とうとう実行してしもうた、というわけやね……」 「してしまったんだ……」 迷惑をかけないようにって、もう滑稽すぎて怒る気にもなれない言い分だけど。 「正直、うちも最後まで迷っとったから、決行前に意思確認して、そこで迷うようなら止めるつもりだったんやけどね。……けど、一ノ葉さんの意志は最後まで固かったんよ」 そして、魔女さんは「やっぱり、こういう芯の強さは同じみたいやね?」と苦笑いしてきた。 「んじゃ、うちをその気にさせろって言ってきたのは、その間にわたしをここへ留める時間稼ぎの為だったってわけか……」 まぁ、もう一人のわたしも当たり前だけど他人事とは思えないんで、もしこれであの時に踏み出せなかったリカバリーが出来るのなら、渋々ながら受け入れてあげてもいい。 けど……。 「ゴメンなぁ、それで代わりに飛ばされてきた一ノ葉さんにも興味あったし、こちらにいる間は見守ってサポートする必要もあったんで、せっかくやし交流してみよかなって……」 「…………」 「ほんっっと、メイワクな話よねー……」 それから、自虐気味に真相を白状した千歳へ、少しだけ沈黙した後でひと際声のトーンを高くして非難するわたし。 お陰で、せっかく戻れそうになっているのに、ちっとも心が晴れやしない。 「……悪いコトしたとは自覚しとるし、謝って済むとも思っとらんけど、ホント堪に……ッッ?!」 「もう……っ、一体、どうしてくれんのよ……?!」 そして、いつしかわたしは瞼に熱いモノが滲んでくるがままに、魔女の背中を絞め殺すくらいのつもりで強く抱きしめていた。 「か、風音ちゃん……?!」 「アンタがっ、その気にさせろなんて言うから!それを真に受けて早く元の世界へ戻ろうと全力でオトそうとしちゃったから……っ、いつしかわたしも“その気”になってきちゃったじゃないのよ……!」 それこそが、わたしに言わせればこの魔女が犯した最大の罪。 「…………っ?!」 「お陰で、今日はアンタにナニされたって受け入れられそうになってたし、いい加減に我が家が恋しいハズなのにまだ帰りたくもなくなってきてるし……この気持ちは、一体どう処理したらいいってのよ……っ!」 しかも、ここまで心の中に閉じ込めて決して口にしないつもりだったのに、無責任に謝罪の言葉を向けられてとうとう感情ごと決壊してしまった。 「そ、それはうちだって……」 「とにかくっ、一両日中に結論出すとか言ってたけど、その前にセキニン取りなさいよね?!」 「……責任……」 「あたり……前でしょ……じゃないと、わたし……」 「…………」 「……確かに、当然の言い分やよね……ならばやっぱりうちが……自分の手で……」 すると、そんなわたしの心から解放された叫びを背中で受け止めた千歳は暫く沈黙した後で、何やら自分に言い聞かせる様に呟いたかと思うと……。 「ちと、せ……?」 「……風音ちゃん……!」 なにやら急に様子と空気が変化したのを感じてしがみ付く手が緩んだところで千歳は強引に逃れると、今度は逆に怖いくらいの真剣な眼差しで見下ろしつつ覆いかぶさってきた。 「……っ、ち、ちょっ、千歳……?!」 「悪いけど、うちも風音ちゃんと同じなんよ……ただ、やり方は違うけどな……?」 そして、急展開に固まるわたしに千歳はそう告げると、押し倒したまま自分の後ろ髪を束ねていたリボンを解き、それでこちらの両手首を手早く縛り上げてくる。 「く……っ!これがアンタの回答、なの……?!」 「ふふ、うちが隙あらば襲ってしまおうと狙っとるヘンタイと分かっていて同衾すると言い出すなんて、本当は期待しとったんやろ?」 その後、あっという間に身動きがままならなくなったわたしへ、千歳は妖しく舌なめずりしつつ、肉食獣の様に血走った目で見降ろしてきた。 「そ、それは……」 「なら、それに応えんと女がすたるってものやよね。正直、このまま何もナシで眠れるワケなんて無かったんやし……」 「…………」 「どうせ、今夜が最初で最後の機会になりそうやから、遠慮は一切せぇへんからね?……仮に、二度とうちの顔なんて見とうなくなるくらいのトラウマになろうと、な……」 「……あぅ……っ!」 それから、言葉を態度で示してみせるかの如く、わたしのパジャマが乱暴に剥ぎ取られて、もしもの時を考えてお風呂上りに替えていた白と桃色の新品の勝負下着が露になってゆく。 ……ただ、そんな千歳の目には涙が溜まって声も震えていたのだけれど。 「……ふふ、やっぱり覚悟はしてたんやないの。人を散々ヘンタイ呼ばわりしとったけど、風音ちゃんも案外……」 「…………っ」 「……それで、いつもの様に否定はしないんやね?」 「したくても胸を張って出来やしないんだから、仕方ないでしょ……?」 「…………」 「……っ、かんにんな、風音ちゃん……。うちにはもうこうするしか……」 「や、やるなら、ちゃんと全部壊していきなさいよ、千歳?!……情が残っちゃったらイミないでしょ?」 ともあれ、相手のやろうとしているケジメを受け入れる覚悟を決めたわたしは、いよいよ下着へ手を伸ばしかけたところで謝ってくる千歳に対して、視線を逸らせつつ強い言葉で促してやる。 こんなカタチで清算だなんてお互い不本意なのは分かっているけれど、それでも持ち越してはいけない恋だから……。 「……心得とるよ……今からうち、ちょっとだけケモノになるから……」 「気負わなくても、今日は……ううん、出逢った時からずっとケダモノだったわよ……ヘンタイ魔女さ……んっ?!」 それから、挑発交じりで言い返し終える前に相手が伸ばしてきた手で下あごから頬を掴まれ、強引に黙らされてしまうわたし。 「まったく、まずはその減らず口から塞がんとあかんみたいやね……?!」 そして、そのまま食い付く様に顔を近づけてきたケダモノ魔女に、強引に唇を奪われ……。 「…………」 ピーッピーッピーッ 「……え……っ?」 「ああもう、こんな時に……ッッ」 かけたものの、そこから突然に部屋の中央にあるテーブルから甲高い着信音が何度か大きく鳴り響き、千歳は珍しく苛立ちを露に身体を起こした。 「な、なに……?」 「はぁ……ちょっとゴメンな、風音ちゃん」 どうやら緊急の呼び出しなのか、千歳は短く謝ってきた後ですぐにわたしから離れてベッドから降りると、テーブルの上に投げていた自分のスマホへ手を伸ばして通話を始めてゆく。 「……なに、どうかしたん?」 「機嫌が悪そう?……そら当然やし。で、一体何の……」 (……誰からなんだろう……?) 何やら悪い予感がするというか、わたしまで心臓が波打ってきているんだけど……。 「……ん、とんでもなく厄介なコト……?」 「え……?」 「は……?!そ、それで……」 「……ッッ、うそ……やろ……?!」 それから、その予感が的中したかの様に、満月の明りだけが点る薄暗い部屋の中でスマホを握る千歳の手が震え、みるみるうちにその表情は苛立ちから困惑へと変わっていった。 「千歳……?」 次のページへ 前のページへ 戻る |