遭難少女は魔女の掌でオドる その7
第七章 仮初めのふたり
「……ふ〜〜っ、どうにか二人で座れてよかったわぁ」 「どうにかってのはちょっと大げさだけど、まぁいい場所が取れたわね。はーすずし……」 やがて、夏休みに入って二日目となる土曜日の午後、それなりのおめかしをして駅で待ち合わせしていたわたし達は合流時の挨拶もそこそこにホームへ向かうと、ちょうどやって来た目当ての電車の二人掛けのボックス席の一つを確保してひと息ついていた。 お出かけ日和の週末ということもあって混雑は覚悟していたものの、本日も容赦ない猛暑のせいか客足は思ったよりもまばら。 この調子だと同じく晴天が続く予報の明日も一際暑い日になりそうだけど、ただこんな茹だるような空気も夏休みらしくて嫌いじゃないし、何より都合もいい。 「さぁて、いよいようちらの夏が始まったって感じやね?んふふ〜♪」 「ん〜、そういう言われ方はなんかちょっとキモいかも……」 「ちょ、風音ちゃん……っ?!」 (……さて、これから目的地まで一時間ほどかかるわけだけど……) ともあれ、すっかり浮かれた表情で調子に乗り気味の魔女さんにつれなくツッコミを入れてやった後で、左手の腕時計を見やりつつ、これからどうしたものかと思案するわたし。 普段は当たり前に自分のスマホで何か見るか軽くゲームでもして時間を潰しているけれど、あいにく今の手持ちは最低限の機能しか使えない携帯電話。 一応、こいつの中にも昔に遊んでいた懐かしのゲームアプリなんかがあるとしても……。 「それより、着くまでヒマだから千歳のスマホ貸してよ?プライベートな部分はなるべく見ないようにするからさぁ」 「……いや、それデート開始直後の相手に言うセリフなん?」 そもそも、今時ガラケーを電車の中で得意げに弄る行為自体に気が引けるので、窓際のわたしは右手を差し出して借りようとしたものの、千歳からは呆れた様な反応を返されてしまった。 「えー、そういうもんだっけ?」 「そういうもんよー。うちだって今日は読みかけの本は置いてきとるし」 「ちっ……」 千歳は電車の中だと文庫本を読む派と聞いたから、喜んで貸してくれると思ったのに。 (……ま、確かに残りの時間を無駄にしたくなくてこうしてるんだけど、ね) ともあれ、本日は千歳の言う通り、夏休み最初にしてトータルだと二度目のおデート日。 一応、それも明日が本命で今日はその準備の為、というコトにはなるものの、当面の目的地は都心のど真ん中にある大型の商業施設で、まずは一緒にお買い物でも楽しもうと繰り出している最中だった。 「ふふ、たまには狭い画面から目を離して窓の外の風景を見るのもええもんよ?風音ちゃんにとっては少しだけ違う世界なんやから、尚更――」 「けど、もう今さらって感じだしなぁ……」 それから、程なくして電車が動き出したところで、千歳が何やらいいコト言ったつもりで得意げに諭してきたものの、わたしは車窓越しに流れる海岸線の風景を漠然と眺めつつ、冷めた口ぶりで受け流してやったりして。 ぶっちゃけ、見つけたところで何かが変わるわけでもなくっていうか。 「あかん、風音ちゃんがどんどんスレてきてしもうとる……せっかくやし、もうちょっとこっちの世界も楽しもうとは思わん?」 「……まぁ、それは千歳次第、かな?」 そして、そんな自分に千歳が頭を抱えそうになったのを見て、ちらりと振り返りつつ口元をニヤリと緩めて試すような言葉を返してやるわたし。 「風音ちゃん……」 「少なくとも、元の世界じゃこうやって気軽にデートなんて行く間柄じゃないんだしさ」 たぶん、戻った後は “柚月さん”との距離感でギャップを感じそうだけど、それでも今からその練習をしておくつもりはない。 「せやねぇ……でも、こうやって肩を寄せ合って電車に揺られとると、このまま二人で遠くにでも行きたくならへん?」 「ならへん?と言われても、千歳と二人きりの旅行って、身のキケンが危ない予感しかしないしなぁ……」 ただそれでも、乙女の追いかけっこは互いの心にキズを残しつつの痛み分けとなったワケだし、このヘンタイ魔女さんへ無条件で身を委ねてやるのも癪に障るので、まだまだツンとデレは使い分けさせてもらう次第ではあるんだけど。 「もう、この期に及んでそこまで警戒せんでも……いけずやわぁ〜」 「……だったら、どさくさ紛れの“それ”をやめてから言いなさいっての……!」 それから、可愛らしく拗ねた様に頬を膨らませつつも、左手で太股の隙間に手を滑らせて撫でてくるケダモノさんの手をぺしっと叩いてやるわたし。 ……はっきり言いますが、信用とは積み重ねであって、まずはこちらのガードが緩くなる努力というものをですね。 「うう……風音ちゃんがうちに空気吸うなみたいなコトいう……」 「もう、わたしだって遅かれ早かれいつかは居なくなるんだからね?元に戻った後で向こうのわたしに同じ様なコトやって嫌われても知らないんだから」 まぁ、一応は“百合”な人ではあるっぽいとしても。 「あはは、それ以前に一ノ葉さん相手やとそういう雰囲気にすらなりにくいしなぁ」 「わたしはそんな空気を作ってるとでも……?!ってちょっ、こら……ぁっ」 (ったく……) ……ただ、もうちょっとだけムードを作られたら、何となく勢いでOKしてしまいそうな予感も無くはないのはムカつくから言わないけれど。 * 「さーて、風音ちゃんこれから何処いく〜?」 「……ちょっと待て、今日のわたし達は何しに来てるんだっけ?」 やがて、退屈しない程度のせめぎ合いを続けているうちに目的地の駅に着き、むわっと立ち込める熱気を避けるように地下の改札を抜けて今度は市内電車の電停へ向かおうとしたところで、千歳からいきなり記憶でも喪失したかの様なセリフを向けられ、一旦立ち止まってジト目を向けてやるわたし。 夏休みという浮かれた空気にもアテられているのか、楽しそうなのは何よりだけど目的を忘れてどうすんだというか。 「なにしにって、ひと夏の思い出作りちゃうん?」 「いや、まぁそーだけど……」 確かに、根本的なイミでの目的といえばその通りとしても、確か今日はショッピングに来ていた、はず。 「せやから、うちとしては今日は朝から合流しよう思っとったけど、風音ちゃんが午後からにしろって言うんやもんなぁ……」 「一応、夏休みの午前中はのんびりした時間に起きて最低一時間くらいは宿題やるって決めてるし。……まぁ、うち来て一緒に片づけたいって言うならやぶさかじゃないけど?」 もちろん、そんなペースじゃ最終的には間に合わなくなってくるものの、それでも1時間と区切ればなんとか頑張れるし、どうせ最後に頼ることになる幼馴染もラクがしたいだけの人には厳しいものですから。 「ほんと、生真面目さんやねぇ。夏休みが終わった後にはもうおらんやろうに」 「それも、魔女さんの掌の上だから、こちらとしてはやるコトはやっとかないとね?」 あと、白紙のままだと元に戻った後で向こうにいるわたしにしわ寄せがくるワケで。 そう考えれば、向こうの自分も同じ様に少しは進めておいてくれたら有難いんだけど……。 「あー、それなんやけどね……」 すると、そんな嫌味を込めて肩を竦めて見せたわたしに、魔女さんの方は俯き加減に何か言いかけたものの……。 「ん?」 「ううん、楽しいデートの最中にまだその話はええかな?」 すぐに首を横に振って取り消してしまった。 「なによ、気を持たせるわね……」 「まぁまぁ、風音ちゃんにとっての悲報とかやないから。……けど、せっかちなのは何だかんだで楽しみにしてくれとったん?」 「一応、空気を読んで否定はしないでおいてあげるけど、それ以前にやるべきコトを後回しにしてると落ち着かないタイプなのよ、わたしゃ」 その思わせぶりな態度は気にはなったものの、千歳の方はこれ以上引っ張るつもりはないとばかりに話の矛先を逸らせてきたのを受けて、仕方なくわたしも素っ気なく乗ってやる。 とまぁ、空気が読める女を自称しているのはダテじゃないんですよ、とは改めて主張したいものの……。 「ふふ、まぁ風音ちゃんがそう言うのなら、まずはちゃちゃっと用事を済ませて、どこかでお茶でもしばいた後で“ご休憩”のコースやね?」 「そうしなさいそーしなさい……って、ちょっ?!」 今、最後になんて言った……?! * 「……うわぁ、水着とひとがいっぱい……」 ともあれ、話が前に進まないからと、まずは目的地の商業施設まで移動して、今月にオープンしたばかりの水着ショップの前までエスカレーターで上ったところで、見たまんまな風景を口にしつつ圧倒されるわたし。 一応、テレビのニュースでオープン当初の様子は見ていたけれど、フロアの三分の一くらい占拠している広い店舗で、どのくらいの数を並べているのか想像もつかない品ぞろえの店内には若い女性客中心に賑わってもいて、一体どこから攻め入ったらいいのかも迷ってしまいそう、というか既に混乱気味だった。 「…………」 ってのは、いいんだけど……。 「ふーん、うちも来るのは初めてやけど、なかなかいいお店やんね、風音ちゃん?」 「ん……?あ、あはは、そうねぇ」 そういえば、元の世界でもこのお店は同じように開店していて、夏休みに入ったら詰草ちゃんとここで一緒に新しい水着を探す約束をしていたんだっけ。 「おろ?風音ちゃんどうかした?入る前にもう気疲れでもしてるん?」 「ここへ来るまでにアンタが必要以上に体力を使わせるからでしょーが!……ってのは冗談だけど、なんでもないわよ」 もちろん、千歳とのデート中にそれを口にするほどデリカシーのない人でもないけれど、それも早く戻ってあげなきゃならない理由の一つになるだろうか。 「え〜、気になるわぁ……」 「千歳がさっきはぐらかした情報と交換ならいいけど?……というか、わたしが好きなの選んでいいの?」 もちろん値札を見ないで選ぶほど図々しいつもりもないけれど……ってのはともかく。 「ん〜、いや、出来ればそれはうちに選ばせて欲しいんよ。プレゼントやし」 それから、わたしはさっきの千歳と同じような手口で話題の矛先を逸らせたものの、返されたのは予想とは異なる反応。 「えええ……それじゃ、今日わたしが一緒に来たイミは……?」 いや、だからといって駅のホームでのセリフを繰り返してくれなくてもいいけれど、わたしはこれから何をしていれば……? 「その代わり、風音ちゃんにも一着選んで貰おうかと思っとるんやけど、ええかな?」 と、まさかの手持ち無沙汰な予感で困惑しかけたものの、すぐに心配は無用とばかりに言葉を続けてくる千歳。 「わたしが?千歳の?」 「これも思い出作りというか、風音ちゃんの残した手土産代わりになるかなって。もちろん払いはうち持ちやけど」 「手土産、ね……」 だったら、選ぶだけじゃなくてわたしも同じく一着プレゼントしてあげたい気持ちは芽生えてくるものの、あいにく今はその千歳に活動資金を借り入れしている身なのがおつらい。 「じゃ、とりあえず先にうちが風音ちゃんのを買っておくから、それが終わるまでに選んどいてもらうって流れでええかな?」 「……まぁ別にいいけど、せっかくのデートなのに目的地で別行動ってのもなぁ」 一応、あれやこれやと着せ替え人形にされないのは助かったのかもしれないけれど、それはそれでいささか拍子抜け。 「ふふふ、その分は買い物が済んだ後でじっくりと……な?」 「……いや、“ご休憩”は行かないからね……っ?!」 しかし、そんな緩みもつかの間、ヘンタイ魔女さんはすぐに怪しく舌なめずりを見せてそう続けてきたのを見て、即座にツッコミを入れるわたし。 大体、デート本番は明日の方だというのに、全くせっかちなんだから……って、そういう問題じゃないか。 (やれやれ、わたしも結構浮かれてるよね……?) お互いに一歩踏み込んだとはいえ、一応は後先の事は頭に入れて距離感を保っておかないと、後でつらいことにはなりそうなんだけど。 (は〜〜っ……) ……って、今から切なくなってどうする、わたし。 「さーて、と……」 ともあれ、自分用じゃなくて相手のを選ぶという予想外の展開に面食らいつつも千歳と一旦別れて店内へ入ったわたしは、まずはウロウロ歩きながら漫然と眺め回していた。 (ん〜、選べといわれてもなぁ……) 県内で最大級を謳っているだけに、色とりどりで派手めなものから基本に忠実と言わんばかりのなエレガント系に、思わず二度見してしまう個性的なモノまで数多く取り揃えていて、あらゆるニーズに対応しているみたいと言えば聞こえはいいけれど、それ故に目移りしてなかなか足を止められないというか。 「…………」 (お、この水色のしましまセパレートなんか詰草ちゃんに似合うかも?……いや、そうじゃなくて……) というか、選ぶ対象が詰草ちゃんだったらもう既に何着かは候補をピックアップ出来ているのに、不思議なまでに千歳へ向けての「これ」というのが見つからない。 なんていうか、よっぽど甘ロリとかじゃない限りは何でも着こなせそうだし、極端な話をすれば目を瞑って最初に掴んだのを選んだって大ハズレというコトもなさそうだけど、ただ今の千歳ならわたしが何を選んでもおそらく喜んで受け取りそうなだけに、やっぱり適当な仕事もしたくはないワケで。 (うーん……) こういう時は、まずは大雑把にカテゴリから絞っていくのがいいのかな? (……えっと、さし当たってはセパレートにするのかワンピにするのか……) 色もカラフルなのか落ち着いた頃合にするのか。 ただ、やっぱり無難過ぎて面白みに欠けるのだと興ざめってもんだし。 「…………」 いや、その前に……。 (あれ、そもそもどのサイズを選べばいいんだっけ?) それから、何となく黒と白のチェック柄なワンピース水着を手に取ってみたところで、素朴な疑問が頭に浮かぶわたし。 まぁ、自分で買うんじゃないから、コレっていうのを見つけた後で千歳にサイズを選んでもらえば済む話だろうけど……。 「……風音ちゃん風音ちゃん?」 「ん?……あによ、そっちはもう決まったの?」 と、先に探して聞いておくべきかどうか考え始めるうちに、背後の方からその千歳に呼びかけられ、一旦品物を戻して振り返るわたし。 まだ物色を始めて十分も経っていないというのに、随分と仕事の早いことで。 「ううん。けど一つ言い忘れてたコトあってな?」 「言い忘れてたこと?」 「水着を選ぶのはええんやけど、イザとなったらイメージしにくいんよ。たぶん、うちが風音ちゃんのカラダのコトをまだよく知らないからと思うんやよね」 「うん、まぁそれは今わたしも丁度思ってたところだけど……」 ちょっと言い回しにイヤらしい含みは感じるものの、やっぱり千歳もそうだったのか。 まぁ確かに、まだお互いの水着姿とか見たコトも無かったし……。 「んふっ♪ってコトで、まずは参考にヌード見せ合った方がええんちゃうん?って」 「……仕方がないから、思いっきり譲歩してスリーサイズを教えてあげましょう」 しかし、迂闊に合意しかけるや、さらりと無茶苦茶な提案を重ねてきたヘンタイ魔女に、わたしはペンとメモ用紙を取り出してつれなくそう告げてやる。 「んーん、それはもう改めて教えて貰わんでもええんやけど……」 「なんでよ?!……というか、だったらそもそも見せるイミもないじゃない?!」 「もー、風音ちゃんノリ悪いわぁ」 「……いや、どうしてここでわたしが悪いって流れになる……?」 ここまでノリツッコミしてあげてノリが悪いもへったくれもないだろうに、まったく思い出作りと言えばなんでも免罪符になるとでも思っているのかしらん。 まぁ、半分は否定しないけど。 「けど数字は把握しても、実際にイメージできるかは別問題やんな?」 「そーかもしれないけど、もうお店に入ってるのにそもそもドコでやんのよ?」 「ん〜、さっき試着ルームの方をちらっと見たら、ここって二人が入れる広いスペースがあるやん!って」 「やめなさいっての。変質者ギリギリじゃないのよ……」 まったく、スリルを求めるメイワクなカップルか。 ……というか、それ絶対に広い試着室ありきの後付けで思いついたでしょ? 「まぁまぁ、実寸もやけど実際に見た方がイメージ湧きやすくならへん?」 「うーん……まぁそれは確かに……」 言われてしまえば、わたしの方も思いあぐねていただけに否定しきれないけれど……。 「んじゃ、ぱぱっと確認してみよな〜?」 ……なんて、思わずぽつりと呟いてしまったのが運の尽き。 「あ、ちょっ……?!」 それからすぐに、我が意を得たりとばかりの千歳から強引に手を引かれ、わたしは否応なしに試着ルームの方へと連行されて行ってしまった。 「……え、えっと、マジでするの?」 「ここまで来て冗談よ〜なんて、あると思う?」 やがて、途中で適当に試着用の水着をピックアップしつつ、本当に二人用の広めな試着室へ連れこまれてしまった後で当惑を隠せないまま念を押すわたしに、ヘンタイ魔女さんは素っ気なく逃げ道を塞いでくる。 「うう〜〜っっ……」 「まぁまぁ、ホントにここで全部脱げとまでは言わんけど、下着姿でも見せ合うたら輪郭が掴めると思うんよね」 「はぁ……しょーがないわね……」 なんだか、上手く口車に乗せられている気はするけれど、もっともな理屈に加えてギリギリの許容範囲まで譲られたわたしはしぶしぶ頷くと、まずは両手で薄手の水色シャツをゆっくりと持ち上げて頭を通し始めてゆく。 「んふふ〜♪いつぞやの屋上以来やねぇ、こーいうの」 「も、もう脱ぐとこ見ないでよ……恥ずかしいでしょ?」 しかも、黒歴史として葬り去りたい苦い思い出まで蒸し返してくるし……。 「だって、うちはその恥ずかしがりながら脱ぐトコが見たいんやしなぁ」 「く……ほんっっ、とに悪シュミなんだから……!」 ただそれでも、試着室に長時間居座るワケにいかないのもあって、ここは無駄に抵抗したり手を止めたりもせず、わたしは続けて膝上ミニスカートのホックも外してお望みどおりのブラとショーツ姿になってやる。 「ほ〜〜……」 「……ど、どう、これでいいの……?!」 「ふふ、とっても綺麗やよ、風音ちゃん?」 「……う、うるさいわね……!」 ここで「カワイイ」というお世辞が来るのは予想していたけれど、まさかの「綺麗」と褒められて嬉しさ半分、余計に恥ずかしくなるのがもう半分のくすぐったい心地になりつつ、遠慮なくじろじろと見据えてくる千歳の視線から顔を背けるわたし。 「けど、リボン付きやけど相変わらずの白と緑の水玉のお揃って、ん〜悪くないんやけど余所行き向けの下着とかは無かったん?」 「……文句なら、もう一人のわたしに言いなさいってば。そもそも、今日はこんなカタチで見せる羽目になるなんて思ってもいなかったし……」 というか、水着の試着も考えて今日は敢えてシンプルなのを選んだのに、まさかもうちょっとカワイイのにしとけば良かったと後悔されられるなんて想定外すぎる。 「前にも似たセリフは聞いたけど、いつ万全の準備をしてくれるようになるんやろなぁ?」 「ふ、ふん……精々、わたしのきまぐれにでも期待してなさいよ……」 ずっとその時は来ないかもしれないし、もしかしたらあっさりと気の迷いが起こるかもしれないし、正直わたし自身も分からないけれど。 「ふふ、それはそれで今後のデートの楽しみになりそうやねぇ?」 「あーもう、しょーもないコト言ってないで、アンタもさっさと脱ぎなさいよ……!」 「はいはい、分かっとるよ……んっと」 ともあれ、こっちは恥ずかしさ紛れに強がっているのに、好き勝手なセリフを返され続けていい加減にしろとばかりにわたしが促すと、千歳もブラウスとパンツを躊躇いもなく目の前で脱ぎ捨ててゆき……。 (う、うおお……!) 淑女イメージの上品で落ち着いたお出かけ着の下から現れた、お高そうながらローライズの際どい下着を目の当たりにして、心臓がどくんと脈打ってしまう。 「……ほら、うちも脱いだけど、どうかな?」 「えっと……アンタもアンタで、相変わらずスゴいの着けてるわよね……」 前に屋上で見せられた時もびっくりしたけれど、今日も今日で目のやり場に困るような深い紫(ディープ・パープル)のレースランジェリーで、布面積が結構ギリギリのショーツに対して、ブラの方は隠すべき部分はちゃんと隠れているにしてもシースルーのスケスケ系。 「まぁ魔女やから、下着は少しばかり妖しさと禍々しさも出しとこかってな〜?ふふ」 「禍々しさて……」 むしろ、それじゃ魔女というより魔性の女(サキュバス)って感じだし。 一応、ネットの通販サイトでそういう下着が売られているのは見たコトあるけれど、実際に買って着けてくる女子高生がいたとは……。 「……ほら、それより風音ちゃんもよく見てみんと」 「…………っ」 なにより、そんな直視しづらい艶姿なんていきなり見せられたら、恥ずかしさを共有させようとお前も脱げと言ったつもりが、相乗して余計に全身が火照ってきてしまう。 「も〜、視線を逸らせたらあかんよ?ちゃんとうちのボディラインを目に焼き付けといて?」 「わ、分かったからあまり近付かないでよ……!」 しかも、千歳の方は両手を広げてよく見ろと言わんばかりに迫ってきて、思わず後ずさりしつつも壁際へ追いつめられてしまうわたし。 ……というか、そんなに迫られたら千歳からのふんわりとしたイイ匂いも鼻腔をくすぐってきて、なんだかヘンな気分になってしまいそうなんですけど……。 「ん〜っ、デートの相手なのにつれないんやから。……にしても、やっぱり風音ちゃんって結構着痩せするタイプなんね?」 「……ま、まぁ昔に言われたことがある気はするけど、上には上がいるというのも思い知らされてるし」 一応、嬉しくないコトもないけれど、ただ思っていた以上にぐぅの音も出ないくらい完璧な凹凸を持つ魔女さんに言われても手放しに喜んでいいものかどうか。 「そんなん上も下もあらへんよ。大事なのは相手の好みかどうかって話やし?」 「だったら、わたしはお目がねに叶ったの……?」 「勿論よ〜♪ってまぁ、うちは割となんでもええんやけどね〜?ふふふ」 「……ダイナシだってばさ」 まぁ一応、半分くらいは喜んでおいてあげるけど。 「さて、それはええとして……すこぅし触ってみる?」 「え……?」 ともあれ、憎まれ口を叩いているうちに、すぐ目の前まで迫って来た魔女からブラジャー越しにふくよかな膨らみを差し出され、図らずもごくっと喉が鳴るわたし。 「ほら、せっかくやし……。別に、その後で風音ちゃんのも触らせろとは言わへんから」 「……う……っ」 そ、それなら悪い話でもない、かも……? 「なんなら、下着やなくて直接に触れてみる?……うち、風音ちゃんにだったらええよ……?」 「え、ちょっ……」 というか、今まではむしろ押し倒されて触ら「れる」方をずっと警戒してきただけに、こういう展開になったらどうしたらいいか逆に困惑してしまったりして。 (けど……) 確かに、いい形をした魔女さんのふくらみは柔らかくて手触りも良さそうだし、わたしが求めさえすればなんでも聞いてくれそうってのはゾクゾクもしてくるというか。 「…………っ」 けど、誘惑に負けてわたしが触れてしまえば、やっぱり何だかんだで一方的にとはならないだろうから、リスクの高い行為には違いない。 「…………」 ……でも、実際に千歳に触られるのは本当に耐えがたいコトなんだろうか? これまで、ただ意地を張って跳ねのけていただけで、ここまでのお膳立てを整えてもらったのなら……。 「もう、意気地なしやなぁ。だったら……」 と、あれこれ頭の中で葛藤が渦巻いている中、焦れた様子の魔女さんがわたしの手を取って、自らの胸元へと導こうとしてくる。 (…………っっ) えっと、もうこのまま身を任せてしまうのもアリ?……いやでも……。 「っっ、そ、そんなコトまでしてるヒマはないでしょ?!場所を弁えなさいっての……っっ」 しかし、それから試着室のカーテンの向こうに人影が見えたのがきっかけでギリギリ踏みとどまったわたしは、その手を全力で払いのけつつお説教を返してやった。 「……っ!は〜、うちもまだまだやなぁ……」 すると、千歳は少し驚いたような表情を浮かべて一瞬だけ固まってしまったあとで、何やら露骨に溜息を吐いたかと思うと……。 「あにがよ?」 「やっぱ、誘いウケの才能に関しては風音ちゃんには到底及ばんなぁ……って」 肩を竦めつつそう続けて、くるりと背を向けてしまった。 「知らないわよ……っっ!!」 そんなスキル磨いてきた覚えなんてないし……! (……は〜、でもアブなかった……) しかも、ホッとした反面で幾分かは残念な気持ちも残っているから、千歳の誘いウケとやらも決して不発というわけじゃないのがね。 * 「……う〜、やれやれ……」 ともあれ、それから千歳の大人びた……というよりぶっちゃけエロ下着で飾られた艶めかしい肢体はしっかりと目に焼き付けた後で、何やら疲労感と一緒に悶々とした気持ちも抱えつつ、わたしは水着選びを再開していた。 もしかしたら、外で順番待ちしていた人にうっすらと見られたかもしれない試着室でのやりとりの後でそのまま物色を続けるのも正直気恥ずかしいんだけど、ただ悔しいながらもヒントを貰った気はする。 (目を逸らしたらあかんよ?……か……) まぁつまり、そういうコトなんだろう。 あのヘンタイ魔女の口実通り、ボディラインを見せてもらった後は確かに着ている姿がイメージし易くなっているのもあるけれど、十年来の付き合いになる詰草ちゃんと比べて、濃い時間は過ごしているもののまだまだ日が浅い千歳に対しては、もっともっと真摯に向き合わないと選べやしないんだというコトをさっきのやり取りで教えられた……気がする。 「…………」 いや、さすがに拡大解釈とは思うけど、まぁわたしはそんな境地になったということで。 (ん〜、柚月千歳……ゆづき、ちとせ……) というワケで、わたしは改めて自分の中の千歳の存在に思いを巡らせてゆくことに。 (……あう……) すると、試着室でのやりとりがすぐに思い出されて顔に熱は帯びるものの、相手の心を揺らせる様なモノを選ぶには、単に千歳のスタイルに似合うという外面だけじゃなくて、内面も加味しなければならないだろう。 そして、内面での千歳の最も大きな特徴といえば……。 (……得体の知れない“魔女”さん、だよね?) まだ魔法らしい魔法の一つも見せてもらってはいないけれど、千歳自身は自分が魔女というコトに強い自負を持っていて、普通の人との違いを楽しんでいる様に伺える一方で深い孤独も背負い、それを自虐してみせてくる時もあったりと、イマイチ掴みどころがないものの……ただ一つ確信してきていることはある。 このヘンタイ魔女さん、自ら孤独の中に身を置きつつも、実は寂しがりやなんだって。 「…………」 となれば、そんな矛盾を抱える千歳には数少なくとも理解してくれる誰かが必要なんだと思うけれど、彼女の内面を知っている者は少なく……というか、もしかしたら今は自分だけかもしれない。 (……つまり、千歳にはわたしが居てあげなきゃダメなのかな?いやいや……) 仮にその気になったとしてもそれは叶わぬ望みだから、全てが元に戻った後でもう一人のわたしに引き継いでもらうしかないんだけど。 「…………」 とにもかくにも、そんな天邪鬼で強さと脆さ、そして華やかさと儚さを併せ持つ魔女さんに一着贈るとするならば……。 「…………」 「…………」 「ん〜〜……。これ、かな?」 やがて、自分の記憶の中にある千歳の情報を再整理しつつ店内を独り巡っていた中で、わたしは陳列棚の奥の方にちらっと見えたさる一品を見つけて手に取った。 「……うん」 これだ。 ……たぶん。 「……はい、選んできたわよ?」 その後、レジの方から戻って来た千歳を捕まえたわたしは、素っ気なくそう告げてハンガーにかかったままの水着を差し出した。 「ほほう、なんやいかにも頭をひねってくれたって感じやねぇ?」 「ええ、考えて探しに探したわよ。それは知恵熱が出そうなくらい」 すると、まずは一瞥して笑みを浮かべてくる魔女さんに、疲労感を含んだ溜息を吐くわたし。 結局選んだのは、薄紫がベースに青色の薄いパレオが付いた、敢えて露出は控えめながらも清涼感のあるセパレート型水着。 魔女といえば黒かもしれないけれど、敢えてそれは外して千歳の(自分にとっての)イメージカラーに合わせつつ明るい色合いのものを探したのが拘りポイントである。 「おおきにな〜。うちにとってはそれが一番のプレゼントやわぁ」 「ま、今のわたしにはコレくらいしか出来ないからねー……。ちなみにサイズのバリエーションはまだあったから、違ってたら交換して?」 「ううん、これで合うとるよ?さすがは風音ちゃん、見るトコは見とるなぁ?」 「ちょっ、人をムッツリさんみたいに……!」 ……いや、最近はもしかしたら否定できないかも、とは思い始めているけれど。 「ふふ、ちなみに風音ちゃんへプレゼントする分はもう買うとるからね?」 「まぁ、わたしは何を選んでもらったのかは明日の楽しみにしとくけど、千歳も悩んだの?」 「もちろんよ〜。軽く見回っても風音ちゃんに着せて眺めて触って舐りたい水着なんて十や二十どころじゃなかったし、その中で一つに絞るのはえらい難題やったわぁ」 ともあれ、それから千歳がプレゼントの入った紙袋を掲げて見せてきたので、わたしも苦労話を聞こうと水を向けてみると、魔女さんは満面の笑みを浮かべてそう答えた後で、受け取った自分用の水着を手に再びレジへと並び始めていった。 「えー……」 こっちは相手に相応しい一着を、と人物像まで洗い直して悩んでいたのに、あのヘンタイ魔女は単に自分の欲望の赴くままに選んでいたというのか。 (……けど、そっちが正解だったんだよね?たぶん……) 仮初めなカンケイだろうが、デートする相手なんだから。 「は〜〜……」 自分で言うのもなんだけど、不器用だなぁわたし。 きっと、向こうの自分もそんな感じなんだろうけれど……。 「風音ちゃんお待たせな〜。それじゃ、用事も済んだしそろそろ出よっか?」 「そーね、少しばかり疲れたわ……」 やがて、二度目の会計を済ませて戻って来た千歳が、両手に持った二つの買い物袋を嬉しそうに掲げつつ促してきたのを受けて、肩を竦めながら素直に同意するわたし。 来る前に覚悟していた着せ替え人形にされるのは免れたけれど、結果的にこっちの方が遥かに疲れさせられた気はする。 「んじゃ、そろそろ休憩、する?」 「はいはい、何か甘いものでも食べに行きましょうか?」 ……ただまぁ、千歳もなかなか喜んでいるみたいだし、悪くないレクリエーションだったかな?とも思えているけれど。 「は〜、風音ちゃん疲れさせたんは失敗やったかぁ。すっかりテンション落ち着いとるし……」 「アンタがワンパターン過ぎんのよ。……ほら、ここへ来る途中でエスカレーター横のケーキ屋さんが見えたでしょ?前から一度行ってみたかったお店だから、そこにしましょ?」 ともあれ、それから性懲りも無くからかおうとしてくるヘンタイ魔女を軽くあしらいつつ、次の目的地を指定してやるわたし。 ……そのケーキ屋さんも開店して間もないもののすぐに評判が広がって賑わっているお店で、本当はここも詰草ちゃんと一緒に「はじめて」を体験するつもりだったけれど、この際だから千歳と先行体験しておくのも悪くないか。 「もちろん、風音ちゃんが言うならうちは構へんよ〜?というか、むしろ今はもっとワガママ聞きたい気分やし」 「……それでも、一番聞いて欲しいワガママは聞いてくれないんでしょ?どうせ」 すると、二つ返事で応じた千歳が嬉しげにそう続けてきたのを聞いて、わたしもお約束とばかりに水を向けてみたものの……。 「うちはうちで、風音ちゃんに一つだけ聞いて欲しいワガママがあるからな〜?」 「あによ、それ……っていうか、もう今日だけで結構聞いた気がするんですけどっ?!」 片目を閉じた魔女さんから何やら思わせぶりな言葉を返され、逆に引き込まれようとしたところで我に返って全力ツッコミを入れるわたし。 ……まったく、いけしゃあしゃあと図々しいんだから。 「ふふ、どのみちその時はもう遠くないと思うから、とりあえず今は二人でのんびりしよ?」 「へいへい……やっぱりそうなるのね……」 ただ、わたしの方も一日でも早くという気持ちはだんだん薄れて、戻るのはこっちの千歳ともう少しだけ遊んでからでいいかというのに異存は無くなってきているのは確かだった。 それは、果たしてわたし”たち”にとって好ましいコトなのかは疑問は残るものの……。 「ふふ、また明日が楽しみやなぁ〜♪」 「今日だって、まだお日様は高いでしょ?……でも、そうね……」 ……ま、いいか。 結局、こうして戻れないまま夏休みは迎えてしまったんだし、今さらジタバタしたって仕方が無い、か。 * そして……。 「……コラ、なにじろじろ見てんのよ?」 「ん〜、むしろジロジロ見よかと楽しみにしとったのに、ラップタオル持参やなんてガッカリというか……」 「そりゃ、性的な目で見てくるヘンタイな友人が一緒なんだから当たり前でしょ?……いいから、アンタもあっち向いて着替えなさいっての」 ただでさえ注目を浴びがちな千歳のせいで、こちらまで視線を集めかけているというのに。 「は〜……まぁええか。風音ちゃんのおニューな水着姿、楽しみにしとるからな〜?」 「もー、それだけでも、結構恥ずかしいんだからね?」 そもそも、今までこういうタイプのは詰草ちゃんから勧められたりはしても着たことなんて無かったんだし……。 (まったく、もう……) ……でもまぁ、旅の恥はかき捨てとも言うから、これもいい思い出になる、かもしれない? 「ほぉ〜……ここへ来るのも久しぶりやけど、全然変わっとらんねぇ?」 「確かに、少しだけボロっちくなってるのも含めて、わたしの世界のとまんまだわ」 ……というワケで、やがて夏休みに入って三日目となる日曜日、わたしは昨日に続いて思い出作りの一つとして千歳を誘い、午後から市内にある屋外プールへと繰り出していた。 流れたり波が出たり、更に簡易なウォータースライダーまであるレジャー向けの他に、奥には県大会の予選でも使われる競技用のものまで併設されているこの市民向けのプールは天気が快晴ともあって絶好の水遊び日和で、手軽に夏休みに入った解放感を味わうにはもってこいのスポットである。 ものの……。 「しかし、よう似合うとるなぁ。やっぱり見立てどおり、いやそれ以上にマジカワやわぁ♪」 「……いや、褒められても余計に恥ずかしいんだけど……」 ただ、プールへ行こうと決めた後で水着が無かったのに気付き、それを聞いた千歳からの一着プレゼントさせて欲しいという好意に甘えることにして、昨日のデートの間に買ってもらっていたモノを素直に受け取ったまではよかったものの、着せられたのは人生初のビキニタイプだったという。 (う〜〜っっ、やっぱり落ち着かない……) ……しかも、布面積こそ標準的ながら、白とピンクの二色で上下ともにフリル付きという、いかにも誰かに着せて楽しみたいというシュミが丸だしなロリータ系なのが、可愛いかもしれないけれど余計に気恥ずかしい着心地になっていたりして。 (これならいっそ、わたしも着るのを躊躇わせる様なのを選んでやればよかったか……) まぁ、それはそれで自分も巻き添えで悪目立ちするだけだろうし、千歳の方はもちろん昨日わたしが選んであげたパレオ付き水着で、これが見立て通りにハマっているのを見れば、やっぱりこれはこれで良かったんだと満足はしているんだけど。 「も〜、せっかく心から褒めてるんやから受け止めて欲しいわぁ。……けど、なんでまたプールにしたん?風音ちゃんは水泳が得意なほうとか?」 「いや、得意とかいうのはないけど、何となく色々水に流そう的なイミで……」 一応、今回のプールはわたしからの提案だけど、千歳からどうする?と聞かれて真っ先に思い浮かんだのがここだった。 これが冬休みなら温泉にでも行こうかって発想になったかもしれないものの、どのみち裸のお付き合いにはまだ早いだろうし。 「ぷ……風音ちゃんって、案外ジョークも好きなんやね〜?」 「ええい、やっぱ暑苦しいから涼みに来ただけよ、ベタベタすんな……っっ」 しかし、割と渾身だったつもりのジョークが滑ってしまい、ニヤニヤと鬱陶しい視線を向けつつ抱きついてくる千歳の手を振り払うわたし。 というか、恥ずかしい時に触られると余計にくすぐったくなるからやめてくださいってば。 「むぅ、こんなに可愛らしいカッコしとるのに触るなとは、いけずやわぁ……」 「可愛らしいものは触れずに眺めるものでしょ。というか、ここは小さなコも沢山いるんだから、少しは自制しなさいっての……ほら行くわよ?」 「ああん、もう強引さんやなぁ……ふふ……」 ともあれ、さっさと仕切り直したいわたしは、ああいえばこう言い続ける千歳を一旦黙らせるべく強引に手を取って、まずは流れるプールの方へと歩き始めたものの、魔女さんはなぜだか凄く嬉しそうな顔で引っ張られていたりして。 「…………」 ちなみに、実はもう一つだけ理由はあったんだけど……まぁ、これはナイショでいいか。 「は〜……確かに夏といえばプールやねぇ……」 「でしょ?まぁプールは結構好きだから、夏休みにはよく詰草ちゃんと一緒に来てたんだけど」 やがて、レンタルで借りた小型の浮き輪にそれぞれ掴まって、流れるプールの緩やかな流れに身を任せつつ気持ちよさそうに呟く千歳に、同じくまったり涼やかに同調するわたし。 中学の頃、何やら勘違いしたクラスメートから水泳部のお誘いを受けて断ったこともあるのは余談として、小さい頃に佳乃と庭でビニールプールに入って遊んでいたり、小学生の頃は解放日に行かなかった日は無かったりと、自分は“水遊び”の思い出には事欠かないんだけど、こっちのわたしはどうだったんだろうか。 「けど、今回はうちを選んでくれたん?」 「夏休みにやるコトといえば真っ先に思いついたのもあるけど、こっちの世界の詰草ちゃんって、あまり“わたし”には興味なさそうだし……」 魔女さんをオトす為の軍師としてなら何でも付き合ってくれるだろうけれど、純粋に二人で遊ぶにはやっぱり見えない壁を感じてしまうというか。 「……もしかして、詰草さんには言うとんの?」 「一応ねー。元々千歳とは知った仲じゃなかったし、身近の協力者も欲しかったから」 千歳を揺さぶる作戦を立案してくれたのも大体は詰草ちゃんで、ここまで漕ぎ着けられたのはひとえに彼女のお陰さまというのは伏せておくとして。 「……そっか……まぁ、そうやよね……」 「なに、ヤキモチ?」 「ん〜、そういう感情は持たない様にしとるんやけど……ふわっ!」 すると、表情が少し曇ったのを見てわたしが弄ってやると、千歳は視線を前方へ逸らせて素っ気なく否定するものの、言い終える前に浮き輪を掴む手を滑らせて水中へ落ちてしまった。 「やっぱ動揺してんじゃない?あはははは」 「もう、いじわるやなぁ……あ、待ってや〜」 「ほほほ、捕まえてごらんなさ〜い♪」 ……けれど、なんだか今はそんな千歳が妙にいとおしく感じてもいたりして。 こういうのは詰草ちゃんと一緒にいる時に感じた記憶も無いし、やっぱりそれだけ特別な存在になっているってコトなんだろうか。 「…………」 ただ、こういうふわふわした気分も、やっぱりこの先を考えれば切ないんだけど……ね。 「は〜……なんか、ええ汗かいたなぁ……」 「あはは、プールでそういう感想もどうかとは思うけど、まぁ確かに分かるかも」 ともあれ、そんな楽しくもフクザツな気持ちを抱えつつ、しばらく追いかけっこを楽しんでいるうちに休息時間を迎え、浮き輪を回収してプールから上がったわたし達は身を寄せ合うように腰かけた後で、めちゃくちゃ楽しかったと言わんばかりの満面の笑みを見せる千歳を見て、こちらもつられる様に笑っていた。 というか、普段のイメージ的には、(変態だけど)お淑やかという言葉の似合う麗しの大和撫子だけに、あんなにはしゃぐ一面もあったんだなと、余計に微笑ましく感じていたりもして。 「やっぱ、たまには全身を思いきり動かすのも大事やねぇ。いきなりバタバタして疲れたけど、なんや身体が軽う感じるし」 「でしょ?んでもって、今の時期に楽しく運動するのに一番向いているのはココってわけ」 有酸素運動するにしたって、早朝のジョギングなんてわたしには無縁すぎる世界だし。 「ふふ……。それじゃ運動不足そうな“一ノ葉”さんもいつか誘って……来てくれるかなぁ?」 「さーねぇ……まぁ、わたしはわたしなんだから、やっぱり本音は嫌いでもないんじゃない?」 「キミがそう言うのなら、そうなんやろねぇ……」 個人的な印象としては、こっちの詰草ちゃんは基本的に相手の要望に合わせてくれるタイプで、逆に言えば自分から新しいことに誘ったり連れ出したりはしないっぽいから、千歳辺りが“わたし”と過ごした経験を参考にして色々誘ってくれれば良さげではあるんだけど……。 (んじゃ、千歳の知らない“わたし”の部分をもっと見せといた方がいいのかな……?) ただ、具体的にあと何があるのかはすぐに浮かばないとして。 「……ところで、風音ちゃんは休憩時間の後でやりたいコトってある?」 「え?……まぁ久々のプールだし、ひと通り回ってみようとは思ってるけど……千歳は?」 ともあれ、漠然とそんなコトを考えていた中で千歳から不意に水を向けられ、特にノープランだったのもあって逆に尋ね返すわたしだったものの……。 「むふ〜っ、ならばこれからうちとひと勝負やらへん?」 すると、魔女さんからは良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、何やら鼻息荒めで対決を挑まれてしまった。 「し、勝負……?!」 「ん。身体もあったもうてきたし、そろそろ思いっきり泳ぎたくなってきたんやけどね、風音ちゃんさえよければ、競泳用のプールでどちらが早く泳げるかの競争でもやってみぃひん?って」 「また唐突ねぇ……。そりゃ別にいいけど、勝負ってことは負けた方は何かあるの?」 「それは……えっと、負けた方は勝者の要求を一つ聞くってのはどうかな……?」 「あー、きたわね……」 そこで、真面目に泳ぐのもまぁ嫌いじゃないので何の気なしに食い付いてやると、千歳は遠慮がちに怪しげな提案を持ちかけてきて、思わず苦笑いを返してしまうわたし。 友達以上に仲良くなった相手が少し調子に乗ってきた頃に言い出してくるお約束的なアレで、声が上ずってやや挙動不審な辺りは、何やらロクでもない妄想してるみたいだけど……。 「ほ、ほら、やっぱただ泳ぐだけじゃモチベあがらんしね……?」 「はいはい……んじゃ、とりあえず競泳用のプールまで移動しながら考えましょーか」 それでも、普段ならそういう邪まな企みを見越してあしらうところなんだけど、何やら今日は文字通りに飛び込んでもいい気分になってしまっているわたしは、返事は保留したまま立ち上がる。 「ふふ、そうこなくっちゃなぁ。これで気分もアガってきたわ〜♪」 「もう……」 ……だから、なんで胸がきゅんとしているんだ、わたし。 * 「んっと……参考までに聞いておくけどさ、千歳って泳ぐのは得意なほう?」 「まぁ、そこはご想像にお任せやね。ふふ」 ともあれ、程なくして休息時間も終わり、肩を並べて全長五十メートルある競泳用のプールサイドまで移動した後で改めて尋ねるわたしに、千歳は不敵に曖昧なセリフを返してくる。 幸い(?)、ちょうどワン勝負する為のレーンは二つ空いているみたいだけど。 (ふむ……) 正直、こういう時に安請け合いするのは嫌な予感しかしないものの、ただこの大体は完璧な魔女さんも美貌やテスト順位のほかに運動神経抜群という噂までは届いていない。 ……おそらく、自分に自信があるというよりは、体育自体は得意な方じゃない“一ノ葉さん”のイメージを引きずって挑んできたのだろう。 「なんなら、風音ちゃんが勝ったら二つでもええけど?」 「挑発してくるわねぇ……まぁ、ここまで来たんだから付き合ったげるわよ」 しかし生憎、千歳はこの“わたし”が水泳部に勧誘されたコトもある程度に泳ぎに関してはそこそこイケるクチのは知らないはずで、この得意げな魔女に吠え面をかかせつつ、いつでも好きな時に元の世界へ戻れる権利を確定しとくのも悪くはない。 「よーし、手加減無しでいこな〜?」 「当然でしょ。勝負ごとに情けは無用だし」 ……というコトで、結局そのまま受けて立ったわたしは、強気なセリフを返してやった後で空いている端のレーンのスタート台に立つ。 ちなみに有利不利の話をするなら、お互いそれなりにフリフリとした競泳には適さない水着を着ているものの、相手の方がパレオのぶんだけ抵抗も大きいし、さっきまで居た流れるプールでは水上で悠然とくつろいでいたわたしをよそに、途中で手を滑らせて流されてゆく浮き輪の回収で必死に手足をバタつかせていた千歳(ちとせ)の方が体力を消耗しているはずなので、スタミナ面でもこちらに分があるはずである。 ……一応、千歳が有利な点を挙げるなら背丈や手足の長さの違いだけど、わたしよりも推定で十センチ以上は大きいあの膨らみが足を引っ張るはずで、得体の知れなさはあるとしても決して形勢の悪い勝負なんかじゃない……とは思うものの、虚しいからこの辺にしておこう。 「ルールは、向こう側まで先に泳ぎついた方が勝ちでよろしゅうな?……んじゃ、風音ちゃんがスタート宣言してくれる?」 「はいはい……それじゃお喋りはここまでにして行くわよ……?」 ……ふ、しかもここで更に有利になる権利まで与えおって。 完全にナメられているのは分かるけど、むしろこれからすぐ後を考えればそれも心地いい。 (さぁて、もう一つの要求はどうするかなーっと……) ま、それは勝負の後でゆっくりと吟味させてもらうとして。 「よ〜〜い……」 ともあれ、わたしは舐めプも同然な条件を付け加えてくる魔女に怒りだすことも遠慮するつもりもなく、「よ〜い……」で長く溜めておき……。 「どん……っっ」 少しの沈黙の間を置いて不意打ちでの開始を告げるや、相手より一歩先に青く澄んだ水中へと飛び込んでいった。 「…………っっ」 (悪いけど、貰うから……!) 正直、負ける気なんてしない……。 「…………」 「…………」 「…………」 「……はぁ、はぁ……まぁ、こーなるかぁ……」 ハズだったのに、結果的には当たり前のようにわたしの大敗。 「ふ〜〜っ、久々に本気で泳いだけど、紙一重のええ勝負やったよな〜?」 「……紙一重にしちゃ分厚過ぎでしょ……ったく……」 プールサイドへ再び上がった後で、勝ち負けよりも思う存分に身体を動かせて満足といった様子で謙遜して見せる万能魔女さんに対して、上がった息を整えつつ溜息混じりにぼやくわたし。 (は〜っ、そらそうだよねー……) 今になって考えれば、どうやっても勝てる自信があるからこそ、スタートのタイミングだって相手に任せたんだろうし。 ……まぁ、それでも負けたら負けたで今の自分なら受け入れてやれそうな気がして乗っかってやったんだから、別にいいんだけどさぁ(負け惜しみ)。 「むふふふふ、とにかくうちの勝ちってコトでええよね?」 「はいはい……それで、要求はなによ……?」 ともあれ、そんな謙遜な勝者コメントの後で、早速紳士淑女とは言い難い顔で確認してくるヘンタイ魔女に、わたしは改めてどっかりと腰を下ろして煮るなり焼くなり好きにしなさいと尋ねてやったものの……。 「えっと……んじゃ、風音ちゃんとデートしたい場所があるんやけど……ええかな?」 しかし、身構えていた中で遠慮がちに切り出された要求は、意外と控えめなものだった。 「は?……いやそんなの、別に勝負をふっかけなくても普通に頼んできたらいい話じゃ……」 「いやね、それだと却下されるかもって思ったんよ」 「……まさか、いかがわしい場所とか指定するつもりじゃないでしょうね?」 そこで一瞬拍子抜けしつつも、続く千歳からの自己フォローに、わたしは再びキケンな予感が渦巻いて身構えるものの……。 「んー、それは風音ちゃんの受け取り次第、かな?」 「と、いうと……?」 「実はな……」 それから千歳は思わせぶりに続けると、わたしの頬の方へ屈みこみつつ耳打ちしてくる。 「……っ、え、えっと……うん、まぁ……」 確かにそれは解釈次第ではあるものの、思わずわたしを赤面させるには充分だった。 「え、ええのん……?」 「ま、まぁ……そういう約束だし……。ただ、ちょっと心の準備期間は欲しいけど」 なるほど、そうきましたか……。 「……ふふ、じゃあ日取りは風音ちゃんにお任せするとして、楽しみにしとるからね?」 一応、いずれはと思っていた日が思ったより早くやってきたみたいで、固まりつつもぎこちなく受け入れたわたしへ、ヘンタイ魔女さんはそっと手を重ねて囁きかけてきた。 「…………っ」 次のページへ 前のページへ 戻る |