遭難少女は魔女の掌でオドる その10
第十章 理由(ワケ)
夏休み中の登校日で学校は午前に終了している事もあってか、わたしがこちらへ来た直後のお昼前には久々のクラスメートとの再会で会話に花を咲かせていた生徒が沢山残っていた校舎も、今はすっかりと人影は疎らになり、遠くのグラウンドから運動部のかけ声が時々聞こえてくるくらいの静寂さを取り戻していた。 「……あと、三十分ちょい、か……」 そんな中、わたしは話が終わった詰草ちゃんにしばらく昇降口で張り込んでいるねとだけ告げて入り口付近に一旦隠れるや、急ぎ裏口を回りこの学校で一番高いこの場所へと先回りして、あとは出入り口の建物の日陰から容赦なく照りつけてくる八月の日差しを凌ぎつつ、腕時計で残り時間を確認していた。 (それにしても、やっぱり“ココ”なんだ……) とはいっても、あちらの世界で千歳とよく通っていた教室が並ぶ棟の方じゃなくて、六階建ての特殊教室が集まっている校舎の屋上なんだけど、何だかんだで逃避先になっていたココから離れきれていなかったとは。 (まぁ、いいんだけどね……あつ……) 確かに、わたしも独りこういう場所で耽りたいことだってあるし、ちょっと誰かと二人きりになりたい時にもうってつけだしで、決して嫌いな場所じゃない。 ……ただ、空が憎らしいほどに青く澄み渡った晴天なのを除けば、だけど。 「ん〜、並行世界……ねぇ……」 そういえば、この世界のあの空の果てってどうなっているんだろう? 時間の経過で拡張してゆくって話だから、もしかしたら丁度リアルタイムで創られているのかな?とか、考え始めるとキリがなさそうだけど、まぁそれも程ほどにしておくとして……。 (さーて、今更だけどホントに来るかな……?) 一応、ここからなら校庭の様子も見張れるので万が一の時にも対処は出来るし、待ち伏せするにはここしかないだろうという確信だってあるにはあるものの、正直こんな切羽詰ってきている状況では歩き続けるよりもじっと待つ方がよほど堪える。 ……ただ、残り時間を考えればもう闇雲には動けなかったし、それに千歳が注意を促していたわたしを追い出すためのゆらぎは既に発生し始めているというか、ついさっきこの屋上の隅にも一つ出てきているので、あとはここで待ち人が一分一秒でも早く来てくれることを祈るしか……。 (ん……?) などと考えているうちに、下層の方から階段を上ってくる足音が聞こえてきた気がして出入り口の扉ごしに聞き耳を立てると、確かに誰かがこちらへやって来ているみたいだった。 (さて……) カンカンカンカンカン カンカンカン カン……。 「…………」 ガチャッ 「…………っっ」 「……はぁ、はぁ……ふぅ……っ!」 やがて、足音が次第にはっきりと大きく聞こえてきた暫く後に、踊り場から屋上へ続くドアが乱暴に開かれると、待ち人の少女が息を切らせた様子で踊り込んで来たのを見て……。 「…………」 「はぁ、はぁ……まったく、どうして……」 「……やっぱり、こっちでも屋上好きなんだ?」 「え……っ?!」 おそらく、“まったく、どうして”と愚痴っている対象は自分なんだろうけれど、、もう一人の“一ノ葉さん”がある程度入り込んだのを見計らい、わたしは隠れていた物陰から校舎へ戻る唯一の入り口を塞ぐ様にして姿を見せた。 「どうして、ここが……。いや、なるほど……昇降口に居たなずなからアナタが入り口で待ち伏せしてるとは聞きましたけど、つまり二人がかりでわたしを罠にかけようと……」 「違うし、そーいう思考は良くない。そんな調子でみんな疑ってかかっていたら、誰も信用できなくなるでしょ?」 すると、もうひとりの自分が思ったより冷静な様子でこちらの一番イラっとくるセリフを開口一番に向けてきたのを受けて、即座に一刀両断してやるわたし。 勝手に自爆しつつ孤独感を増殖させている典型例なんだろうけれど、真っ先に詰草ちゃんを疑った時点でもう一人のわたしですらなくなってきているのだから。 「そういうあなたは、出来ているんですか?」 「当たり前でしょ?仲間を信じられないまま、こんな危ないトコロになんて来れないわよ」 「…………」 「とにかく、これで鬼ごっこはわたしの勝ちね。アナタがここへ来てくれるか心配だったけど、信じてた甲斐あったかな?」 っていうのは、いささか意地悪が過ぎるかもしれないものの、まぁイヤミの一つも言いたくなるというもので。 「……さぞ、思い通りにコトが運んで満足でしょうね?」 「気分がいいわけないでしょ?とにかく、アナタにはこれを受け取って貰うから」 ともあれ、またも的外れな言葉を返されてそれも否定すると、わたしは千歳から預かっていたマーカーバンドを取り出して見せた。 「そんなモノ、わたしが受け取ると……」 「生憎だけど、ここへ来た時点でアナタはもう詰んでるの。……千歳、お願い」 「はいよ〜……また嫌われてしまうかもしれんけど」 それから、後ずさりしてゆく“一ノ葉さん”にそう告げた後で、もう片方の手でスマホを取り出して千歳に連絡を入れると、自虐めいた返事と一緒に唯一の出入り口の前にゆらぎが発生し、逃げ道を塞いでしまった。 「く……っ、ずるいです……!」 「逃げる時間稼ぎといっても、安易にスマホを返したのが失敗だったわね?」 これでお膳立ては整ったから、あとはいかにうまく説得できるか、だけど。 「柚月さんまで……わたしを裏切るというんですか……」 「は〜〜っ……もう、それだけみんなに心配されてるって考えにはならないのかな?」 「生憎ですけど、軽々しくそんな言葉を投げかけてくる人は信用しません」 すると、今度は涙目で千歳へ恨みの矛先を向け始めたのを見て、もう怒りを通り越して呆れてきたわたしは大きなため息を吐いたものの、もう一人の自分はきっぱりとそう告げてきた。 「…………」 「……みんな、面倒ごとを避けたくて無責任にそう言ってくるんです。本当に心配なんてしてくれていない人ほど」 「なるほど、確かにそうだったわね……。軽率だったわ、ごめん」 ……あれは、思い切って担任の先生にいじめ相談した時に、そういう上辺だけ心配しているフリをしつつ、実際は面倒事はゴメンだから我慢していろという対応をされたのがきっかけだったか、思えば以前のわたしも確かに目の前の彼女と同じだった時期があった。 「…………」 だから、わたしは一旦取り消して軽く謝罪の言葉を返した後で……。 「……なら、一番分かりやすい方法で納得させてあげる」 相手の目をしっかりと見据えてそう告げてやると、マーカーバンドを一旦ポケットに仕舞い、もう一人のわたしへ向けて一歩踏み出した。 「力ずく、ですか?」 「時には思い切って戦うことも大切だって学んだからね、“あの時”にさ」 それこそが、絶望感に苛まれた後でわたしが選んだ道。 もっとも、あの時とは立場が逆かもしれないけれど、こうする事でしか分かり合えないコトだってあるのは知っているから。 「……そう、ですか。分かりました……」 すると、そんなわたしに“一ノ葉”さんも、拳を握りしめつつ覚悟を決めた面持ちで顔を上げたかと思うと……。 「ん……?」 「ならば、貴女に倣いわたしも精一杯抵抗します」 毅然とした目でそう答えるや、自分との間を塞ぐ様にしてゆらぎがいくつも発生してきた。 「え、ちょっ……?!」 「ここは“わたしの”世界ですから。わたしとこの世界にとって貴女が最優先に排除すべき対象と認識すれば、その為だけのゆらぎだって起こせます」 「ずるい……!」 「言えた義理じゃないでしょう?ほら、連れ戻せるものならやってみてください!」 「……言われなくても……っ」 それでも、立ちすくんでいるヒマなんてない。 わたしはもう一人の自分と対峙したまま、メガネ越しに用心深くゆらぎのある場所を確認しつつ、じりじりと前進して距離を詰めてゆく。 「…………」 「…………っ」 本当に、この場に発生しているゆらぎがこちらだけを飛ばすものなら、相手はそれらを盾にして逃げ回りつつ、どうにかして触れさせようともしてくるだろうから、わたしの方はなるべく近寄らない方がよさげ。 ……と、なれば。 「いくわよ……っ!」 「…………っっ」 それから、ゆらぎを避けて踏み込むルートを頭の中で一度予行演習したわたしは、一度フェイントで飛び込む仕草を見せ、相手がびくっと反応した瞬間を狙って飛び出したものの、まずは咄嗟に後ろへ跳んで逃げられてしまう。 「ち……まだまだぁ……っ」 それでも、間伐入れずに前のめりで追いかけ続けるわたしなものの……。 「く……っ」 逃げるもう一人の自分が存外に俊敏な動きで、なかなか距離が縮まらないうちにまた新しいゆらぎが発生してしまうと、そのまま素通りして盾にしてしまった。 (くそっ、思ったよりすばしっこいわね、わたし……) ……というか、考えたら身体能力はほぼ一緒だろうから、こちらが追いかけるのと同じ速度で逃げられる分、体感的にすばしっこく感じると言った方が正しいのか。 「ふぅ……それで、このわたしはどのくらい耐えたら逃げ切れるんですか?」 「素直に言うと思う?……と言いたいけど、まぁあと二十分くらいかな……?」 ともあれ、再びゆらぎを挟んで膠着したところで相手から素っ気無く尋ねられ、こちらも腕時計を一瞥しつつ答えてやるわたし。 普通に教えるのもどうかとは思うものの、残り時間はまだ長いので、多少なりとも相手の気力が削げればなと思ったんだけど……。 「……まだ、結構ありますね……だったら……!」 「わ……っ?!」 しかし、それを聞いたもう一人のわたしは、そこからもう一度ゆらぎを突っ切ってこちらへ飛び出してくると、逆に掴みかかろうとまさかの反攻に転じてきた。 「ちょっ……」 「こうなったら、その前にあなたを“ゆらぎ”に放り込んだ方が早そうです……!」 「もう、そういう機転の利くわたしって好きだけどキライ……っっ」 ぶっちゃけ、ひたすらこっちが追いかける側の鬼ごっこが続くつもりでいただけに、予想外の攻守交替で虚を突かれたわたしの足は一瞬鈍ってしまい……。 「ぐ……ッッ」 捨て身の様な勢いで迫ってきたもう一人の自分の体当たりに怯まされた後でがっちりと両腕を掴まれ、そのままわたしだけを排除するゆらぎへ力任せに押し込まれそうになってしまう。 「せっかく……せっかく居場所と思える場所を見つけたのに、わたしは本来居るべき存在のあなたが羨ましくて……恨めしくなってきたんです」 「……居場所なんてどの世界にだってあるわよ……!アンタの世界でもちゃんとね……!」 「恨めしいのは、そんな所も含めて……です!同じわたし自身のハズなのに、どうして……?!」 それでも、ほぼ同じスペック同士だけあって組み合ったままなかなか動かなかったものの、次第に相手の語気というか殺気が増してゆくにしたがって、じりじりと押されてしまうわたし。 (やば……?!) もしかしたら、我を忘れて太白さんに向かっていったあの時のわたしもこんな勢いだったのかもしれないけれど、まさかここで彼女の立場になって思い知らされようだなんて、笑い話にもなりやしなかった。 「だけど、そんなわたしの前にも、希望の架け橋となるゆらぎが現れてくれたんです……!もう破れかぶれで入ってみたら、そこはまだ教室だけでしたけど、わたしの望みそのもので……」 「…………っ」 だけど、それでもやっぱり間違っているのはわたしの方じゃないって信念はあるから……。 「約束どおり、貴女の世界はお返しします!だけど……わたしのこの世界でだけは……絶対に邪魔なんてさせません……!!」 「だから……それが身勝手すぎるっていってんのよ……ッッ!」 わたしも負けじと気を吐くと、力点をずらせてゆらぎが無い方へ倒れこんで回避してゆく。 「く……っ、イミ分からないんですけど……!」 「分からないなら、ちゃんと教えてあげるから大人しくしなさいっての……!」 ……というか、こんな爆発力があるのなら、どんな世界でだって運命を変えられるはず。 「お断りです……!」 しかし、それでも先に倒れたこっちの方が強く背中を打ち付けて動きが鈍ってしまい、それを見たもう一人の自分はすぐに立ち上がって距離を開けようと再び離れてゆく。 「ぐ……っ、まちなさ……あう……っ!」 それを見て、わたしもすぐに追いかけようとしたものの、今度は来客用のスリッパが脱げかけていたのが引っかかってもう一度派手に転んでしまった。 「ああもう……っっ、いたたた……」 ここに来て踏んだり蹴ったりなんて……しかも、足を擦りむいて血が滲んでいるし。 「どうやら、追いかけっこもわたしの方が有利みたいでしたね?」 「そんなもん、脱いでしまえば……うぇ……っ?!」 しかし、言い終える前にまたも新しいゆらぎが発生して、もう一人のわたしとの間を殆ど壁の様に塞いでしまう。 さらに言うなら、教室棟のよりも遥かに広い屋上とはいえ、軽く見回すだけで既に軽く十個以上は発生しているみたいである。 (えっと……やっぱり追い詰められてるのはわたしの方……よね?) せめて、どうにかして消したりして数を減らせたらいいんだけど……。 (……ん、消える……?) しかしそんな時、乱暴に脱がせたスリッパを握りつつ、ふとある事を思い出すわたし。 (そういえば、ゆらぎって確か……) 「…………」 試してみる価値は、あるかな……? 「……ほら、もう追いかけてこないんですか?でしたら、このまま待たせてもらいますけど?」 「あんたね……アンタもわたしなんだから、見苦しい態度見せないでよね……!」 ともあれ、暫く立ち竦んでしまったわたしへ、もう一人の自分が勝利を確信したのか肩を竦めつつ挑発してきたのを見て、ガツンとかましてやろうと勝負に出る。 「おや、破れかぶれですか?」 「まだ一応は、ね……えい……ッッ」 そして、わたしはこちらの動向を伺う相手へ向かってゆらぎの前まで駆け出すと、手に持っていたスリッパを投げ付け……。 (よし、消えた……!) 「な……ッ?!」 「たぁぁぁぁぁぁ……ッッ」 目論見どおり、スリッパと一緒にゆらぎが消失したのを見るや、絶対の盾と思い込んで余裕綽々で突っ立っていたもう一人のわたしへ、飛び掛るようにして後先考えナシの全身タックルを仕掛けた。 「く……ッッ?!」 「あぐ……っ?!……くそ、油断してたと思ってたのに……!」 ……ものの、それも咄嗟に後ろへ避けられてしまい、お腹からコンクリートの床へダイブしてそのまま擦り傷を増やすわたし。 「そんな……ゆらぎを消すなんて……」 「だって、ゆらぎって一度何かを転送したら消えてしまうんでしょ?すっかり忘れてたわ」 まぁ、対わたし専用のゆらぎでこちらの持ち物も対象になっているのかは賭けだったけれど。 「……え……?」 「あれ、もしかして千歳に聞いてなかった?」 「き、聞いてません……!」 そこで、意外なまでに驚きの表情を見せてきたもう一人の自分に尋ねると、何やら拗ねた様な反応を見せた後で再び背を向けて逃げ出してゆく。 「こら、いい加減に……!」 もうヘトヘトになってきてるんだけど、こうなったら根性勝負なのか……。 「いい加減にして欲しいのはこっちです!だっ、大体……!どうしてわたしをここまで追いかけてきたりしたんですか?!あなたはもう普通に元の世界へ戻れるのに……ッッ」 すると、こちらが言い終える前に、逃げる足は止めないまま、もう一人の自分からうんざりしてるのはこっちだと言わんばかりに問い詰められるわたし。 「どうしてって、このままわたしだけ戻ったって何だか目覚めが悪いじゃないの……!このままアンタがここへ居座ったら、本来の世界で行方不明のままなのよ?!」 まず、親や佳乃が泣くぞってものである。 もちろん、詰草ちゃんや千歳だって……。 「お節介焼きのつもりですか?!そんなコトなんかの為に自らの身を危険にさらしてまで……いったい、何になるというんですか?!」 「…………」 「……えっと、キミがこうやって再現したくなるような世界にした……かな?」 「…………っっ?!」 すると、激昂した様子で続けてきた相手の問いかけに少しの間を置いて遠慮がちにそう答えた途端、もう一人のわたしの足がぴたりと止まってしまい……。 「ちょ……っ、わわ……ッッ?!」 全力で追いかけていたわたしも慌てて立ち止まろうとしたのもむなしく、勢い余って衝突した後にそのまま地面へと押し倒してしまった。 「…………っ」 事故とはいえ、まさか自分自身に床ドンするなんてって感じだけど……。 「っとと、大丈夫……?!」 「人を絶体絶命までに追い詰めておいて、言うセリフがそれですか……」 「まぁ、そうかもしれないけど……ケガはさせたくないからさぁ」 あと、自分の顔が目と鼻の先にあるっていうのも、何だか妙な気分になってきたりもして。 「…………」 「…………」 「……はぁ、もういいです……」 すると、そんなわたしにもう一人の“一ノ葉さん”は押し倒されたまま暫くの沈黙を経た後で、諦めに満ちた溜息を吐くと……。 「え……?」 「わたしの負けでいいですよ……全部、馬鹿らしくなりました」 さらに、投げやりにそう続けた後で、横たわったまま観念したとばかりのお手上げなポーズを見せてきた。 「……そ、そうなの……?」 「別に、こちらの心情を理解しろなんて言うつもりもないですけど……ところで、さっきのお話は本当なんですか?」 「さっき?」 「ええ、教室でわたしを引っ叩いたあとで言ってたコトですよ……。執心したり心配してくれてる人が少なからずいるっていうのは?」 「もちろん、ホントに決まってるじゃない……特に詰草ちゃんなんて、このわたしは自分の風音ちゃんじゃないから、手伝ってやるからさっさと元の世界に帰れってスタンスだったし」 まぁ、直接言われたりはしていないとしても、結局協力してくれた本音はそこだったわけで。 「…………」 「大体、千歳だって何が目当てで危ない橋を渡ってあなたの為にゆらぎを開いたと思ってるのかってハナシだけど、そっちの世界で少しばかり翻弄された身として言わせてもらえば、ぶっちゃけ面倒くさくなるくらいに愛されてたわよ?」 なんていうか、感情が濃い人たちばっかりだったし。 「……わ、わたしが……愛されてる……?」 「そーよ。……ああ、あとついでに、太白さんとも夏休みが明けたら仲良くしようってお節介もしといたわ。ホントにお友達になるのかはお任せだけど、ギスギスして詰草ちゃんのクラスに近寄れないままよりはいいでしょ?」 「……本当に、どうしてそこまで……」 それから、少しでも気を楽にしてやろうともう一言付け加えると、感謝よりも呆れた様な表情で訊ねられてしまった。 「だから、理由(ワケ)なんていちいち考えない。できる限り自分の心に対して忠実に行動するだけだから。……そういう意味じゃ、やっぱりわたしもアナタと一緒なんだけど」 「まったく、説教くさいわたしもいたものですね……一体、何様のつもりなんでしょうか」 そこで、頭に浮かぶがままに答えるわたしへ、もう一人の自分は投げやりに鋭利なツッコミを返してきたものの……。 「もう、少しは気にしてるんだからそれは言わないで……たぶん黒歴史になると思うから」 「……まぁ、ですが……」 「ん……?」 「今のわたしには必要なひとだったかも、しれないです……」 やがて視線を逸らせつつも、照れくさそうにぼそりとそう呟いてきた。 「そっか……」 ま、だったら結果オーライで……いいかな? * 「……風音ちゃん?そろそろこっちも明るくなってくる頃なんやけど……」 「ん……ああ、そう……?んじゃ、そろそろお開きかなぁ……?ふぁぁ……」 「……ですね……わたしもいい加減目を開けているのがつらくなってきました」 やがて、屋上のベンチに身を寄せ合って腰かけたまま、ダラダラとお喋りを続けているうちに千歳からいい加減にタイムアップを告げる連絡が入り、欠伸交じりに合意するわたし。 「ありゃ、もう午前三時半なのね……」 この世界の主が観念してくれたお陰で排除用のゆらぎも消え、またその彼女に必要とされるコトで拒絶反応が抑えられているのもあって、千歳へ任務完了を告げた後に休憩も兼ねて飛んだ先での互いの経験を話し込んでいたけれど、空は真昼間の晴天だというのに、わたしの活動時間的にはそろそろ限界がきているみたいだった。 ……ちなみに、海外旅行帰りの時差ぼけ中ってこんなのかな?って感じのアンバランスな倦怠感だけど、実は“一ノ葉さん”の口調は普段の方が敬語で、こっちへ来てからわたしに似せようと努力したとか、佳乃と姉妹のよりを戻したのは百合漫画談義で、今は部屋にオススメの新刊を借りて読みかけていたとか、まぁ色々興味深かったり聞いておくべき情報の交換はできたから良しとしよう。 「それじゃ、今から二つのゆらぎをそこへ発生させるから、各々の方に入ってくれる?緑が一ノ葉さんで、赤い方が風音ちゃんやから、よろしゅうな?」 ともあれ、ようやく重い腰を上げる気になったわたしに千歳がそう告げると、程なくして少し離れた前方へそれぞれに色の付いたゆらぎが二つ横並びに発生してきた。 「はいはい、出てきたのを確認したわ。んで、最後にもう一人のわたしと代わっとく?」 「……ううん、それよりうちの代わりに一言謝っといてくれへんかな?結局、またつらい思いをさせてもうて堪忍なって」 「別に、千歳が謝らなきゃならないコトなんてないでしょ。ねぇ?」 むしろ、ゴメンなさいする相手はわたしにだよね?……どいつもこいつも、さ。 「ええ。……あ、じゃあわたしも伝言お願いできますか?感謝してますって」 「……もう、だったら直接言えばいいのに……えっと“一ノ葉さん”はありがとう、だってさ」 まぁ確かに、無神経に投げ渡されても言葉に困るだろうから、甘んじて伝言役をやりますが。 「そっか……こっちこそありがとうな?それじゃ気ぃ付けて」 「へーい……ふぁぁ、んじゃそろそろ戻ろっか?」 砂上の楼閣へ別れを告げて、雨上がりで地の固まった然るべき場所へ。 「ええ、名残は惜しいですけど……」 というワケで、まずは先に立ち上がったわたしが手を差し伸べ、もう一人の自分がそれを取って腰を上げると、一緒にそれぞれの戻るべき入り口の前へとエスコートしていった。 「んじゃ……あ、そういえばこれ着けてもらうの忘れてたけど、まぁもういいかな?」 「そうですね……けど、よかったら付けてくれませんか?」 ……ものの、いざ飛び込む前に最後のお別れの挨拶をって段階で、ポケットに仕舞ったままのマーカーバンドの存在を思い出し、苦笑い交じりに取り出しつつ水を向けたわたしに、“一ノ葉さん”は穏やかな笑みを浮かべて頷きながらも、意外な要求を向けてきた。 「わたしが?……えっと一応は、ガチ勝負した後のケジメとして?」 「もう、貴女は勇気ある人ですけど、逆に殺伐しがちですね。……せめての思い出作りですよ」 「あ、ごめん……なるほど、そういうコトなら……」 そして、この期に及んでもう一人の自分から欠点を指摘されてしまいつつも、すぐに相手の想いを察したわたしは離していた手を再び取り、跡が残らない様に気を付けながら緑色の蛍光色で塗られた、本来は彼女を縛る為だったマーカーバンドを左腕に巻き付けてあげた。 「…………」 まぁ、出来ればもっといいモノをプレゼントしてあげたかったけれど……。 「……んじゃ、元気でね?大丈夫、アナタならその気になりさえすれば何だって変えられるし、出来るはずだから」 「ありがとうございます……では、お返しにわたしも……」 「お返しって、あなたも何かくれる……って、え、え、え……?」 それから、着けてあげた後に改めて励ましたわたしへ、もう一人の一ノ葉さんの方もお返しとばかりに、こちらへ腕を伸ばして密着してくるや……。 「…………っっ?!」 何をするつもりなのか分からず硬直しているうちに、こちらの両肩に手を添えつつ、みるみる顔を近づけてきたもう一人のわたしからそっと唇を重ねられてしまった。 (ちょっ……?!) 「…………っ」 「…………」 「…………」 「ふぅ……あいにく、差し出せる“物”はないので、お礼とお詫びも兼ねてわたしのはじめての一つをプレゼントさせてもらいました」 それから、体感的に随分と長く感じた口づけの後で脳が理解に追いつけず、思わず唇を押さえたまま呆然とするわたしに、頬を染めたもう一人の“一ノ葉さん”は照れくさそうにそう告げてきたかと思うと……。 「いや、ましたって……その、はじめてってホントに……?」 「それでは、あなたもお元気で……!」 そのまま一歩下った後に、何やら吹っ切れた様な笑みを浮かべて大きく手を振りつつ、わたしより先に自分の世界へ通じるゆらぎへ飛び込んでいった。 「………………っ」 えっと、これは……この気持ちはなんて表現したらいいか分からないけれど……。 「……もしもーし、風音ちゃん?キミは帰らんの?」 「わ、分かってるわよ……ッッ」 ……やっぱり、あのコもわたし自身なんだなぁって。 次のページへ 前のページへ 戻る |