魔法少女はプリンセスに揉まれて勇者となる その2
第二章 数奇はまるで引き寄せられるように
「お、おおう……?!」 「……わ、いっぱい……」 何やら無駄にアツかった前期試験が終了した翌日、いつもの如くみんなで朝ごはんを食べて登校したわたし達だったものの、下足場へ入るや思いもよらない洗礼が待ち構えていた。 「あはは、やっぱそうなっちゃったかー」 まるで予想通りとばかりの無責任な笑い声を向けてくるレネットを尻目に、わたしとリセの下駄箱の中は開ける前から分かるくらいの便箋で溢れかえっていたりして。 「……なにこれ……?」 「いわゆるファンレターってやつでしょ?中にはラブレターも混じっているかもしれないけど」 それから、何が起こっているのか良く分からないといった様子で零れ落ちた一通を拾い上げるリセへ、ロザリーが素っ気無いフォローを入れてくる。 「ホントだ……」 わたしもとりあえず一通拾って中を確認してみると、昨日のお二人の戦いに感動したという内容の文章が熱っぽくしたためられていた。 「あっはっは、せっかく落ち着いてきてたのに、リセ共々また一躍時の人になっちゃったねー?」 「こーいうの、困るんだけどなぁ……」 昨晩は疲れもあってリセと一緒にずっとゴロゴロしてたので、姫さまへの返事すらまだなのに。 * 「ほらほらー、学園新聞でもアステル達が大きく載ってるよ?」 それから、いつものように教室へ入って、普段より多くのクラスメートからの挨拶や視線を浴びつつ席へ着くと、今朝発行された学園公認の新聞を手に入れたレネットが得意げにわたし達へ見せてくる。 「えー……」 しかも、いつの間に撮ったのか知らないけど、戦闘中の映し絵まで大きく載せられて。 「ほらここ、末裔の遺伝子に受け継がれし伝説の勇者のチカラを垣間見せられたってさ。んでもって、謎の凄腕美少女魔術師って書かれたリセの記事もあるよ?」 「……ホントだ……」 「もー、やめてよね……」 こちとら、それを捨てて飛び出してきた身なんだから、そういうノリを期待されても。 ……まぁただ、これだけ騒がれるのを見れば、うちの一族が代々ずっと隠者生活をしている理由も今更ながら理解できなくもないんだけど……。 「ったく、そんな昔の伝説をいつまでも有難がることもないでしょーに」 記録はしっかり残っているとはいえ、もう千年も昔のハナシである。 「そら、子孫が頑張ってそれを維持してるからっしょ?昨日のアステルみたく」 「そんなので語るに落ちたくない……」 一応は、いつしか再び魔軍の侵攻があるかもしれないという名目としても、実質は子孫たちってその為だけにあんな人里から隔離された場所で厳しい修行を課せられている様なものだし、そう思えば兄さん達にも同情を禁じえない部分はあったりするんだけど……。 (う〜〜っ……) ……ただ、どちらにしても一応はそれなりに努力だってしてきたんだから、何でも遺伝扱いにして欲しくはなかったりして。 「……ん……?」 「…………」 しかし、うんざりを通り越して気持ちが沈みかけたところで、リセが無言でわたしの頭を撫でてくれて救われた気持ちになる。 「……ありがとね?」 「……どういたしまして……」 まだ何も言ってないのに、やっぱ表情に出ていたんだろうか。 ……それとも、いつの間にやらそういうのも分かってしまえる間柄になってる? 「でもまー、あたしも決勝戦は見てたけどさ、あの勇者アーヴァインの子孫が入学してきたと聞いて弟子入りせねばと思ったあたしの目に狂いは無かったと改めて思ったね、うん」 「いや、あの時はこっちも驚いたわよ……」 入学して三日後だったか、廊下を歩いてたらいきなり弟子にしてくれと土下座されるなんて。 ……まぁそれで、弟子は困るけどお友達なら……と返して今に至るわけだけど。 「これで、学園祭も楽しみになってきたわね。アステルなら優勝も夢じゃないんじゃない?」 「んー、そこまで甘くはないと思うけどね……」 ちなみに、あのバトル試験には続きがあるらしく、優勝者は秋の学園祭期間中に開催される最強決定戦に参加できる(というか、強制参加)らしい。 「ちっちっちっ、アステルはこのクラスの番長になったのに、そんな気概でどーすんの。ねぇ?」 「……いやいや、なった覚えはないから……っ」 というか、これ以上妙なモノを背負わされるのは勘弁していただきたい。 「でもさ、どのみちここまで有望なら、もう地元で宮廷魔術師の内定とかもらえるんじゃない?」 「あー、ルミアージュ姫からそんな言葉はいただいてるけど……」 「……うわ、軽口のつもりだったのにさらりと肯定しやがったよ、このひと」 「いやいや、単に姫さまとは幼馴染みで、個人的な感情が入ってるだけだから……」 「まぁ、それ以前に王族と幼馴染みって時点で私達一般人とは違うんだけどね?」 「え〜……ロザリーまで……」 そーいうものなんだろうか……というかやだな、友達にそんな言い方されるの。 「…………」 ……と、敢えて憮然とした表情を作って抗議の意を示したわたしだったものの、そんな中でリセがじっとこちらを見つめているのに気付く。 「ん?どしたのリセ?」 「……アステル、宮廷魔術師……なるの?」 「まぁ、なれたら恩返しも出来そうだし奨学金も返さなくてよくなるし色々都合はいいんだけど、ふつーは口で言うほど簡単じゃないハズだから……」 ましてや、わたしは故郷を飛び出した家出娘である。 「……そっか……」 「?」 「……はい、みんなおはよう。席についてー。あとレネットさん達は早く戻りなさい」 「へいへーい……んじゃ、後でね?」 ともあれ、そうこうしているうちに担任のアルマ先生が入ってきて会話ごと強制解散となり、レネット達も足早に引き上げてゆく。 (やれやれ、やっと静かになった……) レネットも一緒に居て楽しいことは楽しいんだけど、でもやっぱりクラスが離れてるくらいが精神疲労的に丁度いい友人なのも確かだったりする……ってのはともかくとして。 「さて、いよいよ来週からは二ヶ月間の夏休みに入ります。もちろん久々に帰省してのんびりと過ごしたり、友達と遊びに行くのも結構ですが、課外活動の事も忘れないようにね?」 (課外活動、か……) やがて、ホームルームの最初にまずは試験期間中から気にしていた話題が持ち出され、机の上に肘をつきながら心の中で復唱するわたし。 「一年生のみなさんは課外活動の内容については全くの自由ですが、最低でも十五日間分の校外活動を行い、その成果を現物またはレポートという形で提出してもらいます」 (自由、ねぇ……) ロザリーから聞いた話では、触媒集めの旅やら冒険者ギルドへの見習い加入、さらに主要都市の図書館を回った体験記とかでも過去には認められたらしいから、ホントに自由みたいだけど。 「まぁ二ヶ月のうちの半月だから、夏休みに入った後で本格的にやりたいコトを探してもいいけど、経験則から暢気に構えていると時間なんてあっという間に過ぎて慌てふためく羽目になるので、あまりオススメはしません……」 そして、先生が実際の苦い経験を冗談交じりに語ると、教室内でどっと笑い声が起こる。 「勿論、逆に二ヶ月間たっぷり使って大冒険して来てもらってもいいですが、どの道、夏休み開始から七日後と、終了十日前までの間は学生寮も閉鎖されますので、計画はしっかり立てておいてくださいね?」 (うーん……) 計画をしっかりと立てておけって言われてもなぁ……。 * 「……ねぇ、そういえばみんな夏休みはどうするの?」 やがて夕食も終わって宿題にも追われていない解放的な自由時間を迎え、わたしは今朝がた大量に受け取った山積みの手紙を自室の絨毯の上で片っ端から開封しつつ、隣でカードゲームに興じている三人に声をかける。 とてもじゃないけど全員に返事は出せないとしても、せめて未開封のまま放置はいけないと、わたしもゲームに加わりたい気持ちを抑えて読んでいるのに、同じく大量に受け取ったリセはそ知らぬ顔で遊んでいたりして。 「んー?あたしはロザリンに付き合ってミランダ地方に採集の旅へ。何か惚れ薬作るんだって」 「……そんないかがわしいモノ作らないわよ。珍しい動物のフェロモンを利用した活力系魔法薬の調合研究なのは間違いないけど」 すると、まずはカードの束を片手にレネットが話に食いつき、続けてリセの束から一枚引いたロザリーがペアで揃った絵柄を捨てつつ冷淡にツッコミを入れてきた。 「んじゃ、レネットはその動物を回収する手伝いなんだ?」 「そ。素材を揃えるのさえ手伝ってくれたら、出来たモノは共同での提出にしてくれるってんで。それに知らん人とパーティ組むくらいなら、ロザっちと一緒の方が気楽だしね?」 「……まったく、すぐ楽な方を選ぼうとするんだから、いつまで経っても成長しないのよね」 そして、ロザリーは溜息混じりに相方へ悪態をつくものの、それでも言葉とは裏腹に口元は緩んでいたりして。 「……ロザリー、うれしそう……」 「うん……」 「ち、違うわよ……!それより、リセは?」 「……とりあえず、うちに帰る……」 ともあれ、続けて明らかな照れ隠しでロザリーから矛先を向けられると、リセは残り少なくなった自分の持ち札の束をレネットへ差し出しつつ答える。 「まぁ、お姫様だもんね……やっぱ自分の国が心配?」 「うん……」 「……んで、肝心のアステルはどうなのよ?ああくそっ、残り二枚なのに……っ」 「どうって言われても、実はまだ何にも……」 その後、めぐり巡って最後に水を向けられると、わたしは新たな手紙を手に取りつつ正直に答えた。 「ふーん……んじゃ、アステルもあたし達と来る?」 「……いや、せっかくだけど遠慮しとく。お邪魔だろうし」 「もう、だからそんなんじゃないって……あ、上がったからまずは私がイチ抜けね?」 「くあ〜〜っっ!!……でもまぁ今のアステルなら冒険旅行の仲間を募集したら希望者が殺到しちゃうんじゃない?伝説の勇者の末裔がコンパニオンとか、お金も取れそうだし」 「勝手に商売にすんなっての……けど、今読んでるこのお手紙にも、よかったらこの夏休みに私と二人きりで未開の遺跡めぐりの課外活動しませんか?ってお誘いが書いてあるわね……」 「あーそれ、ホイホイ付いていったら妊娠させられてるヤツだわ」 「するかっっ」 イロイロおかしいっつーの。 (けどまぁ……) 何をするかに関しては、試験後から学生課の掲示板に課外活動向けのクエストが数多く並べられているので、自分で思いつかなくても何とかなるけど、問題は寮が閉鎖される方だった。 ……なにせ、もう実家には帰れない(帰りたくもない)身の上だから、寮に住めない間はどこか別の場所で生活しなきゃならないものの、奨学金を受けているわたしが路銀の貯蓄などあるワケもなく。 (生活費を稼ぎながらの旅なら、冒険者ギルドに入るのが確実なんだろうけど……) ただ、そのギルドはシャムロック兄さんが幹部に迎えられているはずだから、また余計な気を回す人が出てきて顔を合わす羽目になれば面倒だし。 「うーん……」 「……あのね、よかったらアステルも来ない?」 そうして、頭の中で堂々巡りとなって腕組みをしながら唸っていたところへ、リセがレネットとの一騎打ちを続けながら遠慮がちに切り出してくる。 「来るって、リセの国へ?」 「……うちは今、宮廷魔術師の見習いさん募集中……」 「宮廷魔術師……けど、見習いが付いてもわたしはまだここに入学したばかりの身なのに……」 「だいじょうぶ……アステルのチカラはもう見せてもらったから……」 そこで、有り難いけどいくらなんでもと苦笑いのわたしへ、リセはきっぱりとお誘いの根拠を告げてきた。 「……あ、もしかして昨日の決着のあとで“合格”って呟いてたのは……」 「うん……あれだけできるなら、だれにも文句は言わせない……」 「……リセ……」 「ひゅーっ、こりゃ随分と買われてるじゃないの?……ええい、いい加減当たり引けぇっ」 「レネットは黙ってて……うーん、確かに滅多に無い機会な気もするけど、でも……」 「……とりあえずはお試しで。その先はうちが気に入ったらでいい……」 「まぁ、それでいいなら、せっかくだしお世話になろっかな?」 お姫様からの直々のご招待なら、住むところには困らないだろうし。 ……ついでに、ちょっと目立ちすぎたほとぼりを冷ますのにもいいかもしれない。 「……ありがとう……あと、私もあがり……」 「むきぃぃぃぃぃぃぃっ、一番最初にリーチかかったのはあたしなのに〜〜っ!……でも、これは夏休みが終わった後のお二人さんの変化が楽しみやね、むっふっふ……」 「……あんたらもね」 何か間違いが起こるとしたら、そちらさんの方が遥かに可能性が高いと思うけど。 * 「ほらリセ、頬っぺたにジャム付けてる……」 「……とって……んぐんぐ……」 「もう、しょうがないなぁ……」 やがて終業式を経ていよいよ始まった長い夏休みの五日目、わたしとリセはこれからしばらく食べ収めになる寮の食堂での朝食を仲良く平らげていた。 「はむ……ここのきいちごジャム、おいしい……おみやげにもって帰りたいくらい……」 「まー確かに美味しいけど……それより、いよいよこの後で実家に帰るんだから、身だしなみもちゃんとしないと」 「だいじょーぶ……帰ったらしっかりするから……」 「ホントかなぁ……」 今度はポタージュで小さなお口の周りを汚して、早速ふき取ってやりたくてナプキンを手にウズウズさせられているくらいだし、あまりに根拠に乏しい安請け合いの気はするけど。 (……ん〜っ……) でもまぁ、それはいいとして……。 「ふぁ〜〜っ、しっかし静かな朝ね……」 「うん……むぐむぐ……」 ともあれ、そんなこんなで続く平穏な時間に思わずあくびが漏れるわたしに、リセも休みなく小さな頬に食べ物を詰め込みながら頷いてくる。 レネットとロザリーはわたし達より一足早く出立してしまったので、今朝は久々に二人きりでの朝食だけど、食堂にいる生徒もまばらになっているのもあって、普段と比べると同じ場所とは思えないくらいに広くて静かな食卓だった。 「…………」 でもまぁ、ちょっと寂しさも感じつつ、いつもより優雅に食事をとれている気もするし、旅立ち前の朝はこのくらいの平穏さが心地いい……。 「……あ、いたいた、いらっしゃいましたよー!アステルさーん!」 ……しかし、そんな感慨も束の間、それから不意にわたしの名を呼ぶ大きな声が聞こえてきたかと思うと、腕に報道の腕章を付けた女子生徒が、メモ帳を片手に慌しく駆け込んでくる。 「げ……?!」 それを見たわたしは思わず身構えてしまうものの、とにかく見覚えのある相手だった。 「……だれだっけ?もぐもぐ……」 「ほら、入学直後にロングインタビューしたいって、いきなり頼み込んできた……」 「はぁ、はぁ……っ、まいどご無沙汰しておりました、学園新聞ことアルバーティンタイムズ取材部のベリーニでっす!ちょおっとお時間よろしいですかー?ふぅっ」 そして、せっかくの静寂をぶち壊してくれた記者さんは、息を切らせながら改めて名乗りつつ、汗でずれた眼鏡をハンカチで拭いて着け直すと、思わず顔を引きつらせたわたしの反応にも構わずの問答無用な勢いで空いてる方の隣に腰掛けてくる。 「いえ、あまりよろしくはないんですけど……」 「まぁまぁ、そう言わずに。お手間は取らせませんからー」 以前にお断りした時も随分手強かったけど、この押しの強さはどうにも苦手だった。 「しっかし、先日の実技試験でのご活躍、さすがでしたねー。これで秋の本戦が非常に楽しみになりましたが、是非密着取材なぞさせて頂ければと……」 「だから、そーいうのは一切お断りです。今日もこれからちょっと忙しくなりますし」 もちろん余計なことを喋って墓穴を掘るほど迂闊でもないけど、朝食が終われば部屋の掃除と出発準備が待ってるわけで。 「あーいえいえ、本日は別件で一言コメントをいただければと思いまして。……えっとですね、まずは今朝のコンチネンタル・ポスト紙はお読みになられましたかー?」 しかし、邪険に突き放そうとするわたしに対して、ベリーニさんは意に介す様子も無く首を横に振ると、構わず話を続けてくる。 「へ?い、いや……」 コンチネンタル・ポスト紙はおそらく大陸で最も読まれている日刊新聞で、学園内でも寮のロビーや書庫などあちらこちらに置かれているのは知ってるけど、生憎わたしもリセもわざわざ積極的に読みたがるタイプじゃなかった。 「それでは、こんな事もあろうかとお持ちしておりますので、まずはこちらをご覧下さいな?」 「はいはい、一体何があったって……え……っ?!」 ともあれ、そこまで見て欲しいならと、渋々ながら目の前に差し出された映し絵つきの見出しへ視線を向けたわたしは、すぐに目を見開いて大きな声をあげさせられてしまった。 「ち、ちょっ、貸してください……っ!」 それから、反射的に新聞をひったくって読み始めた、『マイルターナ王女、魔軍に誘拐さる』と見出しが打たれた記事の内容によれば……。 「なになに……今週のはじめ、連合加盟国であるマイルターナ王国宮殿が突如として魔軍の奇襲を受け、その際に第二王女であるルミアージュ・S・マイルターナ姫が誘拐されたと王室より正式に発表された」 「……襲撃戦力は少数で他の大きな被害は防いだものの、ルミアージュ王女は魔界へ連れ去られたものとみられ、この事態を受けて国王は領内に在住する勇者一族へ協力を要請。既にアンゼリク・K・アーヴァインが代々受け継がれてきた聖魔剣エクスプレセアを携え奪還任務に出立しており、続方が待たれる……か」 「…………」 (ルミアージュ様が、誘拐された……?) しかも、魔界に……。 ……しかも、救出に向かったのがアンゼリク兄さんて……。 「さて、ではまず記事を読まれての率直な一言をお願いします」 「……えっと、とにかく姫さまが心配です……」 その後、両手に持って貪り読んでいた新聞を視線の前から下ろした頃合にコメントを求められ、まだ心あらずのままでぽつりと呟くわたし。 とりあえず、率直になんか言えと要求されても、それしか出ないけど……。 「ふむふむ、忌憚なき率直なコメントどうもです。アステルさんは浚われたお姫様との面識は?」 「えぇ、まぁわたしの実家にちょくちょく慰問に来てくださってましたから……」 でも一体、何がどうしてそんなコトに……。 「ほほう。それで、どんな姫君でしたか?」 「見た目のまんま、いつも綺麗で聡明で慈悲深くて……というか、縁起が悪いんで過去形で語らないで下さいよ」 「おっと失礼……では、救出に向かわれたアンゼリク氏については?」 「……えーまぁ、なんていうか……兄達の中では一番優しい人だったかなと……」 「なるほど、なるほど、人間性に優れた勇者様ということですね?」 「そ、そうですね……まぁそれは確かに……」 一応、間違いではないんだけど、おそらくベリーニさんの認識には一つ重要なコトが欠落しているはずだった。 ただ一応、兄の中では一番気にもかけてくれていたから、あまり悪くも言いたくないとして。 「では、次に……」 「…………」 「……それでは、今回はこんなトコロで。貴重なお時間をありがとうございました!この記事は明日の朝刊に掲載される予定ですので、ポストにお届けしておきますね!」 「へいへい……」 やがて、一言と切り出された割には随分と長く喋らされてしまった気がする後で、ようやくインタビューが終わり……。 「アステル……」 「…………」 「…………」 「……んーまぁでも、今のわたしに何かやれるわけじゃないよね……?」 それから、再び静けさが戻った食堂で、リセからの心配そうな視線を浴びつつ、置き土産の新聞を握りしめたまま暫く座り込んでいたわたしだったものの、やがて頭も冷えてきたところでぽつりと呟いた。 沸き上がっている衝動的にはアンゼリク兄さんと合流して一緒に助けに行きたいけど、もう事件発生から結構な時間が経っているみたいだし、魔界方面じゃ追いかけようもないし、何より家出中の身だから情報集めに戻るにも戻れない。 (うーん……) ……それに、こうして冷静さが戻ってきた中で改めて記事に目を通すと、何だか腑に落ちない点も多いし。 どうして今頃に魔族から奇襲なんて受けたのかも不思議だけど、本来は人知れずのうちに処理したい事件だろうに、何だって王室自ら公表してしまっているのやら。 「…………」 「……はー。とりあえず、わたしは姫さまの無事を祈りつつ様子見しかないかな……」 当分は、喉の奥に小骨が刺さった気分に付きまとわれそうだけど、わたしもじきにこの寮を一旦追い出されるんだし、ここで悶々とし続けるわけにもいかない。 「んじゃ、私の国へは予定どおり来てくれる……?」 「うん、約束したしそのつもりだけど……でもゴメン、しばらく一人にしといてくれるかな?」 「わかった……」 「…………」 (というか、姫さまもだけど兄さんも大丈夫なのかな……?) ルミアージュ姫さまには疾風の守護剣(フェンサー)の異名を持つ魔法少女(ただし年齢不詳)のエミリィさんが付いてたはずなのに、少数の敵でそれを突破したってことは……。 (……どの道、追いかけたところでわたしが勝てる相手なんかじゃない……かも……) まだ勉強中の身で仕方がないとはいえ、素直に認めてしまうにはヘコんでしまう話だけど。 * 「アステル、きてくれた……」 やがて、夜も更けて先に準備で部屋を出たリセから指定されていた時間になり、気持ち共々身支度を整えたわたしが大きな旅行鞄を手に約束の場所へ出向くと、待ち合わせ相手のお姫様が広い室内の中央にある大きな六芒陣の中央で嬉しそうな笑みを浮かべて迎え入れてきた。 「……うん、来ちゃった」 ここは、普段は関係者以外立ち入り禁止になっている、本館中枢のEゲート研究所。 この実験室に設置されているのは、E(エレメンタル)ゲートと呼ばれる、『同属性のエレメント同士は時空を隔てても繋げられる』という特性を利用して発明された瞬間転送装置で、ここから世界中のさまざまな場所へ繋がってるというのは聞いたことがあるものの、施設に足を踏み入れたのは勿論初めて。 「……しっかし、まさかEゲートで帰省とはね」 門出が列車とか船じゃなくて魔法じかけの転送装置ってのは、これはこれで“らしさ”は感じるとしても、ただこのEゲートは未だ一般には知らされていない秘匿技術である。 「……アステルは、ゲートを使うのははじめて……?」 「うん。うちの実家にも一つあるはずだけど、親が厳しく管理して使わせてもらえなかったし」 ちなみに、この部屋には全部で五つのゲートがあるみたいだけど、今はリセのいるサークルだけ青白い光が立ち上っているのを見るに、起動中なのはこの一つだけらしい。 「でも凄いね……リセって一人でEゲートを扱えるんだ?」 この施設の利用許可を得られるのはお姫様の特権としても、たった一人で起動から座標指定も行っているみたいで、何だかここ最近でリセを見る目が変わってしまいそうだった。 「私には必要なコトだから……それより心の準備は、いい?」 「うんまぁ、今更怖気づいたりはしないけど、でも着替えとかこれで足りるかなぁ?」 少なくとも、寮が閉鎖される一月半程度は滞在させてもらうつもりだから、持てるだけの荷造りはしてきたんだけど。 「……だいじょうぶ。あとは向こうでいくらでも用意させるから」 「あはは、ありがと」 ……でも、「いくらでも用意させる」って、なんかすごく権力者っぽいセリフ。 もしかしたら、結構なおもてなしを受けられるんじゃないかという期待と、迷惑をかけるのも申し訳ないという気持ちが交錯するものの……。 「……んじゃ、そろそろ出発する……?」 「そうだね……って、わたしはこのゲートの上に立っていればいいの?」 ともあれ、ここまで来て躊躇していても仕方が無い。 わたしは促されるがまま、リセがいる六芒陣の中へ全身と荷物が納まるように移動してゆく。 「ん……異世界転送術は最初ちょっときもち悪いけど、今は安全だから……」 「いせ……?ちょっ……?!」 「……起動(イグニッション)……!」 「…………っ?!」 そして、リセの口からぽつりと出た不穏な単語に驚く間もなく、足元の六芒陣から眩い光が柱の様に迸り、あっという間にわたし達を飲み込んでいった。 * 「…………」 「…………」 「……ん……?」 やがて、光に飲み込まれた際に一度失っていた意識が再び戻った時、わたしとリセは全く別の風景が広がる場所に立っていた。 足元に転送ゲートのある広間というざっくりな特徴で言えば似た場所かもだけど、こちらは顔が映るほど磨き上げられている石造りの床に、天井からは精巧で大きなシャンデリアがいくつも吊るされていたりするなど、複雑で豪華絢爛な、いかにもって感じの内部空間である。 ……そして、わたし達の立っているゲートの前方には、エプロンドレスから貴族っぽい衣装まで、様々な格好の人たちが数多く整列して待ち構えていて……。 「えっと、もしかしてここが……リセの国のお城?」 「……そう。ようこ……」 「お帰りなさいませ、リセリア様!」 (うおっ?!) そして、リセが歓迎の言葉をかけてくれようとした一歩先にお帰りなさいの大合唱を一斉に浴びせられて、思わずびくっと身構えてしまうわたし。 「……ただいま……みんなご苦労さま」 (は〜〜……) ……とまぁ、いきなり少々圧倒されてしまったものの、ただこの城のお姫様の帰還なんだし、このくらいの出迎えも当たり前なのかもしれないけど……。 (あれ……?) むしろ気になるのは、出迎えの人だかりをよく見てみると角や翼が生えていたり、木が擬人化した妖精(ドリアード)っぽいのやら、中には明らかに人間じゃない種族も混じっているってコトで。 「…………っ」 それに今さら気付いたけど、ここは今まで暮らしていた場所と空気そのものが違う。 澄んでる、もしくは淀んでるとかそういう問題じゃなくって、環境を構築するエレメントのバランスが異なっているような違和感が。 「まずは、とにもかくにもお疲れ様でした、お嬢様。人間界での暮らしはいかがでしたか?」 ともあれ、それから辺りの観察を続けているうちに、出迎えの人(?)だかりから、青系統の派手なフリルやリボンで過剰気味に装飾されたエプロンドレスを着こなした、わたしやリセよりも少し年上くらいの綺麗なメイドさんが、すぐ目の前まで近づいて左足を斜め後ろの内側に引き、もう一方の右足の膝を軽く曲げたまま、スカートの端をちょこんと摘んで会釈してくる。 「……思ってたより楽しい、かな?あと、“お嬢様”はもうやめる約束……」 「おっと、そうでしたねー。なにせ先代様よりお仕えしております身ですし、それこそ姫様がご誕生なされて間もない時期は、このわたくしめがおしめを替えて差し上げていた事も……」 「ユーリッド……それより、私がいない間は何かあった?」 その後、妙に馴れ馴れしくも得意げな口ぶりで昔の話を持ち出してくるメイドさんに、困ったような顔を見せて遮るリセお嬢様。 ……どうやら、ただのメイドさんじゃないのは間違いなさそうだけど。 「ご不在の間の主な出来事は簡潔にまとめておりますが、とりわけ早急にお伝えすべきことは何も」 「そう……」 「……さて、そちらのお嬢様がリセリア様のお連れになられた宮廷魔術師候補の方ですか。ようこそ、レザムルース城へ」 それから、主とのやり取りの後で今度はわたしの方へ向き直ると、改めて同じ様なカーテシーを決めて歓迎の挨拶を向けてくる。 「ど、どうも、アステルといいます……」 「アステルさまですねー。はじめまして、わたくしめは当家のメイド長ならびに参謀長を務めさせていただいておりますユーリッド・ヘイムと申す者でございます。平たく言ってしまえば、メイド系軍師といったところでしょうか」 「め、メイド系軍師……?」 そんなの聞いたコトないんですけど。 「……それに、アステルは私の一番のおともだち」 「リセ……」 「おお、流石はリセリア様!留学先から早速お友達をお連れになられるとは、ミモザ様もさぞかしお喜びになられることでしょう!」 そして、続けてリセがわたしと腕を絡ませながら補足を入れると、ユーリッドと名乗ったメイド系軍師さんとやらは何やら大袈裟な仕草と共に目を見開いて喜んだ後で……。 「うん……約束だったから……」 「はい、皆さんしかと聞きましたか?!こちらアステルさまは姫様のそれはもう大切な大切なご学友様なのですから、当家の沽券にかけて決して失望させるコトの無きおもてなしを!努々よろしいですね?!」 続けて、想像以上のリアクションに唖然とさせられるわたしからくるりと背を向け、集まった使用人らしき人たちへ両手を広げつつ大広間に響き渡る澄んだ声で号令を出すと、一斉に呼応する声が返ってきた。 「え、ちょっ……?」 「……よろしく」 「いやいやいや……逆に居心地が悪くなるからやめてくださいってば……っ」 ……あと、姫様も当たり前だと言わんばかりに頷かないでくださいな。 「あらあら、謙虚な方ですねぇ」 「……まぁ、庶民ですから。それより、ここは結局どこなんですか?」 「こちらですか?この地は帝都パンデモニウスより遥か遠く離れた辺境に分類されるフェルネ地方になります……が、これではおそらく回答になっていませんね?」 そこで、話を逸らせようとしたついでに今一番聞きたい質問を向けてみると、まずはさらりと回答した後で苦笑い交じりに肩を竦めてくるユーリッドさん。 「ええ、まぁ……」 聞いたことのない地名ばかりで、真面目に答えてもらってるのかすら判断できないし。 「つまり、人間界からのお客様向けに平たく一言で纏めれば、“魔界”です」 ……しかし、それから続けられた分かりやすい説明は、あまりに衝撃的な単語だった。 「魔界……?!ってコトは、さっきのゲートは魔界へ通じてたってコト?」 飛ぶ前に異世界転送って言葉を聞いて不穏に思ったけど、まさかまさかの……。 「……うん……」 「となると、つまるところはリセって魔界からやって来た魔族なプリンセス……?」 「ええ、二千年前よりこの地を領土とする魔界貴族、プレジール伯爵家の現当主様ですー」 「当主っ?!貴族の当主って……早い話がこの辺りの領主さま、ですよね?」 こりゃ、また……。 「……おどろいた……?」 「ここへ来てもう何度目なのかは覚えてないけどね……っていうか、このコトってうちの学園は知ってるの?」 魔界に当主にって、やんごとないにも程があるだろうって感じだけど。 「ええ、リセリア様のご留学はアルバーティン魔法学園の理事より正規に許可を得ておりますので、その辺りはどうぞご心配なくー。ついでに言えば、貴女が姫様とご同室になられたのも偶然じゃないと思いますよ?」 「うあー、なるほどそういうコトか……」 出逢いはともかく、寮が同室までは話がデキすぎと思ったら、勇者の子孫なわたしに魔界のお姫様の面倒を押し付けられたってわけだ。 「……ごめん、でも騙すつもりはなかった……」 「まぁ、言いたくてもなかなか言えないよねぇ……」 ともあれ、後ろめたさは感じていたのか、それから視線を落として侘びを入れてくるリセに、わたしは溜息交じりで曖昧な呟きを返す。 残念ながら、自分を含めて魔界と聞いてネガティブな印象を持たない方が少数派だろうから。 ……そもそも、つい最近に事件も起きてるし。 「……あの……もしイヤだったら帰してあげる……けど……」 「…………」 ただ、そうは言っても……。 「……ん〜まぁ、知らない人に無理やり連れて来られたなら帰せ!と暴れてたかもだけど、わたしにとっても大切な友達からの招待だから受けたんだし、とりあえずリセのことを信じてみる」 どのみち帰してもらってもアテは無いし、ここは友情の方を優先することにするわたし。 「アステル……!」 「ふむ、流石は勇者と呼ばれる者の子孫だけはありますねぇ。行動様式が極めてシンプルで肝も据わっていらっしゃる」 「……何か微妙に褒められた気がしませんけど、でもわたしのコトは知ってるんですか?」 「無論です。貴女のご先祖は魔界でもなかなかの有名人ですから」 「げ……それって大丈夫なのかな?逆恨みでいきなり闇討ちされたりしません?」 「……そんなコトは私が絶対にさせないから……」 「それ以前にですね、かの人間界侵略計画は反対派も多かった中で強行されたものですし、当事者である魔王ルドヴェキア陛下は人間界から撤退後に失脚されてその後は敵対していた別の魔界貴族が魔王家を引き継いだのもあり、こちらでも既に遠い過去の話ですので、どうぞご心配なくー」 「なら、いいですけど……」 正直、侵略してきた側にそういう言われ方するのもちょっと気には障るものの、まぁわたしもその時代の当事者じゃないから、とりあえず今は安全確保の確認ができたって事だけで。 「では、お話もまとまった所で、お部屋にご案内しましょうね。本日は遅い時間のお帰りでしたから、歓迎式典は明日に予定しておりますのでー」 「いやだから、そーいうのは結構ですってば……」 どこの世界に行っても、どうしてこう貴族ってのはパーティ好きなんだろう……。 * 「……ではでは、ご滞在の間はこちらのお部屋をお使いくださいませ」 「うわ、なにココ……」 やがて、挨拶もそこそこにユーリッドさんとリセから直々にお城の三階にある客室へ案内されるや、その光景に無意識の呟きが漏れてしまうわたし。 「……ちょっと狭かった?」 「逆だって……こんな広い部屋を宛がわれてどーしたものかと……」 まるで王族の寝室みたいに調度品が豪華絢爛なのもさることながら、他と比べて居住環境に定評のあるうちの寮部屋の三倍くらいはありそうな広さだし、とても単独の客を案内する部屋じゃないような。 「何でしたら、後で寄越すお世話係の数を増やしましょうか?選り取り見取りで綺麗ドコロ揃ってますけど」 「いや、そーいうのは一切いりませんから……っ」 というか、そんなもん送り込まれても困るというか、発想がなんだかオヤジちっく。 「……アステルは私と一緒じゃないから寂しいんだよね……?」 「んー、まぁそれも否定しないけどさ。寮に入った初日から色々世話を焼かされてきたし」 不思議といえば不思議なくらいそれに疎ましさを感じたコトは無かったのもあって、たしかに手持ち無沙汰にはなるかもしれなかった。 「今回はそーいった日頃からお世話様になっておりますお礼と、今後もよろしくお願い申し上げなければならない意味でも、ご逗留中はゆっくり羽根を伸ばしていただければと」 「あはは、まるでユーリッドさんがリセの親みたい……あ、でもそういえばさっき現当主様って言ってましたけど、前当主様は?」 ともあれ、保護者気取りで老婆心出まくりのユーリッドさんに苦笑いを向けつつ、気になっていたことを思い出して尋ねるわたし。 これからしばらくお世話になるんだし、せっかく友達にもなったんだから、リセの親御さんには是非とも挨拶しておきたいんだけど。 「……母さまは、もういない……」 「え……?」 「はい。姫様の父君は随分と昔に、そして母君である前当主のミモザ様は今年の初めに急な病でお隠れになられまして、その後一人娘であるリセリアお嬢様が跡を継がれる次第となったのですよ、これが」 すると、まずはリセが腕を絡ませつつぽつりと呟いて返した後で、続けてユーリッドさんが疲れたような表情で詳しく説明してくる。 「え……?!だ、だったらリセって留学なんてしてる場合じゃ……」 つまり、家督を継いでから殆ど間を置かずに来たってコトになるけど。 「……ううん、人間界の留学は母さまとの約束だったから……」 「ええ、それに当家の今後の為にも、予定を変更する道は考えられませんでしたし」 「どーいうコトですか……?」 「まず野望から言えば、このフェルネに魔術師の育成施設を作りたいのですよ」 「魔術師の育成施設……つまり、魔法学園を?」 「ええ、ぶっちゃけうちは昔から魔術師不毛の地でして。一応、近隣には名産地な地方もあるんですが、慢性的に人手不足で高待遇も得られるだけに、中央に近いデキる人は大体みんな帝都を目指しますんで、こんな辺境にはなかなか回ってこないのですよ」 「……せちがらい……」 「ですので、先代様がいっそ魔術師育成施設を作って自前で育てようと決断されまして、まずは既存の学舎へ研究視察の留学生を派遣する事になったのですが、数ある中から着目したのが帝都にあるシュタインヘイガー魔術学院と、人間界のアルバーティン魔法学園の、それぞれの世界を代表する学び舎でした」 「それで、リセがうちの方に?」 「ええ、先代様の強い御意向というのもありましたが、いずれにせよ大切な母君を失われて傷心なされていたお嬢様には丁度いい機会と思いましたし、またわたくしもメイド長を託された者として、城内を“お掃除”しておくのに好都合でもありましたから。うふふ」 (こわ……っ) でも、涼しい顔でそんなセリフを言ってのける辺り、やっぱり相当な強者なんだろうな。 「んじゃもしかして、わたしが宮廷魔術師の見習いとしてお招きを受けたのも、それと関係が?」 「うん……いっしょに考えて欲しくて……」 「まぁ、他にもやっていただければ有り難いコトはあるんですが、まずは是非ともご参画をと」 「……へいへい、了解です。これだけの待遇に見合えるのかは自信ないですけど」 これじゃまるで、お大臣にでも迎えられた様相だし。 「だいじょうぶ……アステルなら問題ない……」 「ま、リセ姫からの合格を受けてるしね?」 勿論、それだけじゃないのは分かっているから、余程ムリなの以外は甘んじてみせますが。 「とにもかくにも、今夜はどうぞごゆっくり。明日は午前中から予定がぎっしりですし」 「えー、ホントに歓迎会とかやるんですか?」 「まま、別にアステルさまに演説しろとか言いませんので、どーぞお気軽に」 「……んじゃ、おやすみ……」 「あ、ちょっ……!」 しかし、早速ムリそうなのが出てきて断ろうとしたわたしだったものの、取りあって貰えずに二人揃って客室から去って行ってしまった。 「……は〜……」 それから、だだっ広い客室へぽつんと独り残された後で、三人くらいは楽に眠れそうなふかふかのベッドに身体を投げ出し、手足を伸ばしつつため息を吐くわたし。 (なーんか、妙なコトになっちゃったなぁ……) まぁ、リセが頑なに自分の故郷の話をしなかったオチとしては納得できるんだけど。 (魔界までルミアージュ様を追いかけられないと諦めた行き先が魔界って……) どの道、魔界については何にも知らないんで状況的には変わっていないとしても、何やら運命のイタズラ的なものを感じてしまったりして。 「…………」 「……ま、いいか……」 家訓いわく、勇者たるものいかなる環境をも楽しむ心構えを持つべし。 ……それに、家を飛び出した不良娘が夏休みに魔界で宮仕えする事になったとか、親や兄たちが聞いたらどんな反応を見せるかなんて、ちょっと面白そうな……。 「ふぁぁぁ……ダメだ眠い……」 とにかく、背中から優しく包み込んでくるような今までに味わったことのないベッドシーツの優しい感触のおかげで、眠れないってコトだけはなさそうなのは幸いだった。 * 「……うわぁ、結構集まってますね……」 「そりゃもう、姫様の久々の御帰還ですからー」 翌日、入り口を叩く音で目が覚めるや押しかけてきた衣装係のメイドさんたちに問答無用でコサージュの入った桃色のプリンセスドレスを着付けられたわたしは、同じく赤色系統の華美で薔薇を纏った、いかにもお姫様な衣装に身を包んだリセやユーリッドさん(こちらは普段通りの甘ロリエプロンドレス)と一緒に、城下町の街道をゆっくりと一周する屋根なし馬車の上から、声をかけたり手を振ってくる人だかりへ向けてぎこちない笑みで応えていた。 「……みんな、ありがとう……」 「ほらほら、もっとアステルさまも手を振ってやって下さいなー」 「は、はいはい……っ」 昨晩も主張したとおり、ホントこういうのはニガテなものの、ただこのパレードも後に控える昼食会も、わたしの歓迎だけじゃなくて、この地を治める領主が久々に戻った顔見せにどうしても必要と言われたので、リセの為ならと思って素直に参加することにしたんだけど……。 「…………」 (……にしても、風景自体は案外変わらないもんなのね……) ともあれ、忙しなく手を振り続けるリセに適当に合わせつつ、集まった人たちよりも城下町の場景そのものに目をやりながら、率直な感想を心の中で呟くわたし。 魔界といえば、学園の図書館などにある読み物だと禍々しい地獄の様な世界の描写ばかりで、まぁわたしも少なからずそんなイメージは持っていたんだけど、実際は木造や石造りの色とりどりな建造物が立ち並んでいて、思っていたより遥かに馴染みを感じる街並みだった。 晴天に恵まれた空も青くて照りつける日光は暖かいし、わたし達がいわゆる魔族と呼ぶ多種多様な住人に囲まれているのと、あとやっぱりエレメントのバランスが異なる空気の違いを除けば、異世界に来てしまったという実感は薄いかもしれない。 ……それどころか、この何処までも広がっている青い空の向こうはアルバーティンやマイルターナまで繋がっていそうな錯覚すら覚えてしまったりして。 「いかがですか?レザムルース城下町は」 「うんまぁ、活気もあっていい街並みだと思いますよ?……けど、外観だけじゃ見えない部分もありそうだから、後で少し探索してみたいかも」 ともあれ、しきりに辺りを見回しているとユーリッドさんから感想を求められ、シンプルながら率直な感想を返すわたし。 ただ、やっぱりここで見ているだけじゃ少々生殺しっぽい気分でもあるけど。 「……なら、こんど案内する……」 「リセが案内してくれるの?」 「んー、こちらの立場としましてはアステルさまに案内人と護衛をお付けしますから、そちらで……」 「私がする」 「もー、わがままお嬢様なんですから……ただ当面は予定がつかえておりますので、もう少しだけ我慢していてくださいね?」 (わがままお嬢様、か……) 寝起きの時以外ではあまりわたしの知らない側面だけど、ここにいる間はそういうのも沢山見られるんだろうか。 「…………?」 「ううん、今日のリセは何だかいつもよりお姫様度が三倍増しくらいかなって」 それから、少しだけじっと見つめてしまった視線に気付いてきょとんとするリセへ、わたしは誤魔化す様に歯の浮いたセリフを返すものの……。 「アステルさまのドレスも、とってもお似合いですよー?衣装担当が徹夜でコーディネートした甲斐もあったというものです」 「うん、かわいい……」 「えっと、それはどうも……けど、びっくりしたわよ、もー……」 すぐに続けてユーリッドさんから水を向けられ、少しばかり顔が火照ってくるのを感じつつ苦笑いを返すわたし。 「いきなり衣装箱を持参したメイドさんのグループに踏み込まれたかと思えば、よってたかって裸に剥かれてお風呂場に連れ込まれて……もう恥ずかしいやらくすぐったいやら……」 あとは、有無を言わせない空気の中で髪や爪、お肌のケアやらと四人がかりで好き勝手に弄くり回された後で下着からの着付けと、何だかお人形さんにでもされた気分だった。 「まー、着付け係は限られた時間で最高の仕事が求められますから。……けど、至れり尽くせりで悪い気分でもなかったでしょう?」 「……うんまぁ、リセが最初は自分で何にも出来なかった理由が分かった……かも」 確かにだんだんと心地よくなってはいったけど、慣れたら怖いよ的な。 「でも、ちゃんと自分でできるようになった……えっへん」 「それはそれはご立派です♪……ただ、段取りというものもありますから、こちらに戻られている間は素直にお任せくださいね?」 「うん……」 (……あー、ダメだこりゃ……) 夏休みが終わって戻ったら、また元の木阿弥かも。 * 「……お、このロースト肉おいしい……」 やがて、お昼まで続いたパレードも好評のうちに終わり、続けてお城の食堂で催されている貴族や関係者を集めた盛大な昼食会の片隅で、わたしは空腹の赴くがまま、並べられている料理を片っ端から取り皿に乗せては胃袋に詰め込んでいた。 「むぐむぐ……でも、これって一体何の肉だろ……?」 見た目はローストビーフに近いながら、牛とも豚とも鳥ともつかない複雑な風味は初体験なだけにいささか不安にはなるものの、それでも心地のいい甘さの油と適度な噛みごたえを残した柔らかさは、ちょっと癖になってしまいそうな……。 「うむ、このサラダもなかなか……」 更に、その隣にあった付け合せの野菜もこれまた見慣れぬ毒々しい色合いながら、食感はすごく良くて和えられている酸味の利いたドレッシングがこれまた格別。 (うーん、しかしどれもこれも美味しそうで困るわね……) 立食スタイルで大皿に並べられた料理はあらゆるジャンルが取り揃えられて数十種類は下らない様相で、パッと見で試してみたい料理だけでも食べ切れなさそうなのが目に毒だった。 しかも、今日はドレスを着るにあたってお腹の辺りにコルセットも巻かれているのが、わたしの暴飲暴食を阻んでいてつらいトコロなんだけど……。 「…………」 ……ただそれ以上に、何となくつらく感じさせられているのは、周囲を見回してもこうして食事に集中しているのがこのわたしくらいってコトで。 揃いも揃って高級そうな正装に身を包んだ他の招待客たちは、みんな乾杯用の細長いグラスを片手にテーブルを囲みつつ談笑に興じていて、余計に悪目立ちしていそうというか……。 (う〜っ、なんか凄い場違い感が……) 一応、最初のユーリッドさんやリセからの挨拶で軽く紹介はしてもらったものの、いざ宴が始まった後のわたしはすっかりと放置状態だったりして。 (ま、貴族社会なんてどの世界もそんなもんか……) 昔にマイルターナ王から晩餐会の御招待があって、その時のわたしは留守番させられていたけど、あの時の兄さん達も今の自分みたいな気分だったのかもしれない。 ……というか、わたしの方も別に挨拶回りとかするつもりはなくて、単にリセとご馳走を食べられれば良かったのに、そのお姫様の方が来場者の応対に追われているせいで、すっかりと蚊帳の外に追いやられてしまっていた。 「……いかがですかー、アステルさま?魔界の料理はお口に合ってます?」 「ええまぁ、料理は口に合いますけど、わたしの存在の方がそぐわっていない様な……」 ともあれそれから、黙々と食事を続けていた中でユーリッドさんに声をかけられ、ちょっと見た目はよろしくない巨大魚の丸焼きをナイフで切り取りながら苦笑いを返すわたし。 一応、このパーティってわたしの歓迎会も兼ねていたと思ったけど、気のせいみたいだった。 「いえいえ、そんなコトはありませんよー?まぁ確かに保守的な貴族達の輪にいきなり入っていくのは難しいかもしれませんけど、アステルさまはお嬢様にとって特別な方ですから、興味は抱いていたり、いずれ擦り寄ってくる者も出てくると思いますが」 「いや、そーいうのも別にいいんですけど……」 (あ、やっぱりおいしい、このお魚……!) 見た目が悪いのにこんな席で用意されるのなら相当な珍味かもしれないという読みは見事に当たったみたいだった。 「ともかく、アステルさまには一日も早く社交界に慣れていただかないと」 「いや、でもどうせ一月半程度の滞在期間ですし……」 「まぁ今回はそうですけど、先のコトも考えればって感じで」 「え、それってどういう……」 「うふふふふ、それではどうぞお楽しみをー♪」 そして、ユーリッドさんは一方的に思わせぶりな笑みを見せた後で去っていってしまった。 「お楽しみをって言われても……」 むしろ、なんか凄くイヤな予感がするんだけど。 それに、そろそろこっちのお腹は膨れてきたものの、リセの周りの人だかりを見るとまだまだお姫様の方は解放されそうもなかったりして。 「……にしても、リセも大変だなぁ……」 魔族だけに見た目じゃ判断できないかもだけど、リセを取り囲んでいるのは親子くらいに歳が離れてそうな年上世代の客ばかり。 それに対して、リセは若くして家督を継いでまだ半年くらいというんだから、いつもの涼しい顔で応対はしているけど、内心は不安な心地で一杯なのかもしれない。 「……んー……」 わたしは跡取り候補から外れた末っ子だから、こうして家を飛び出して好き勝手しても誰も困らないけど、一人っ子のリセはどんなにつらくても逃げ出せない義務を負わされているんだ。 「…………」 あ、そんな必要もないはずなのに、なんかヘコみそうになってきた。 (……よし、食おう!) もう、お腹がはちきれそうになってもいい。 埒もないコトに思い悩むくらいなら、いっそ吐くほど食べまくってる方が……。 「……こら、そこな人間。先ほどから番人の如く張り付いて、一人で全て平らげる気か?」 「え、あ、ゴメンなさい……?!」 しかし、そこから半ばやけくそな勢いで料理に向き直り、早速新しい取り皿を手にした直後、不意に背後から咎めるような言葉をかけられて慌てて戻すわたし。 「……まったく、立食会でこれほど浅ましい者を見たのは初めてじゃ。一体、どういう育ちをしておるのやら……」 「すいませんね、本来は場違いの庶民なので……って……」 そして、ねちねちと続けられる小言に、わたしは素っ気無い態度でやり返しつつ向き直るものの、相手の姿を確認するや一瞬だけ硬直してしまう。 「……なんじゃ?その顔は」 「え、いや……」 (こりゃまた、ものすごい可愛いコに絡まれちゃった……?) 言葉遣いは古めかしいながらも、振り返った先で腰に両手を当ててふんぞり返りつつわたしを見上げていたのは、上品に着こなした紫色のゴシックなドレスが良く似合う、華奢で小柄な銀髪美少女だった。 「ふん、そなたがリセリアに連れて来られた、新たな宮廷魔術師候補であろう?」 「……ええまぁ、さっきご紹介にあずかった通り、ですけど……」 ともあれ、わたし以上に相手の方が興味津々みたいで、そのままじろじろと値踏みしてくるのに合わせてこちらも軽く観察してみると、リセと同じ真紅の瞳のつり目が印象的な整った顔立ちをしていて、その鋭い目つきやフラットな胸を張った尊大な態度からはピリピリとした只ならぬ圧力も感じられて、おそらくお姫様とかそういう類っぽいのは分かる。 (もしかして、リセの親戚かなにか……?) とりあえず、リセにもひけを取らない可愛さだし敵意も感じないし、何より昼食会が始まってようやくユーリッドさん以外に話しかけてくれた見ず知らずの相手だから、とりあえずお近づきにでもと考え始めたものの……。 「ふむ。気品にはまるで欠けるが、あやつが態々連れ帰ったのならば只者でもあるまい?どうじゃ、リセリアとは手を切ってわらわに仕えぬか?」 「へ……?」 しかし、やがて観察を終えた先方さんからいきなり突拍子も無いオファーを向けられ、再び言葉に詰まらされてしまうわたし。 いきなり何を言い出すんだろう、この人……。 「悪い話はせぬ。わらわに付けば、あやつよりも遥かに良い待遇を与えてやろうぞ?」 「やろうぞと言われても、そもそも一体どちら様で?」 まだ名乗りもしないうちから勧誘だなんて。 「わらわを知らぬとは、深刻な勉強不足とも言わざるを得まいが……まぁよい。我はここより隣国のルナローザを治めるヘルヴォルト家当主のラトゥーレであるぞ。リセリアとは知らぬ仲でもないが、端敵に言えば好敵手という事になるかのう」 「隣国の?当主ということは、リセと同じく領主様なんですか?」 ……しかも、ライバルて。 「いかにも。……それで、リセリアからはいかなる条件を受けておるのじゃ?もしくは、希望があるのならば単刀直入に申してみるがよいぞ」 「お、お断りです……!」 ともあれ、本気で引き抜こうとしてきているのなら、返せる言葉はそれしかない。 わたしは取り合うことなく不遜なお姫様から背を向けると、逃げるように立ち去っていった。 (……ったく、もう……っ) リセのお城で一体何のつもりか知らないけど、関わらないに限る。 ……ようやく話相手が見つかったと思ったら、よりによって寝返りの勧誘だなんて。 「は〜……」 それから、会場を横切って誰もいない隅っこまで辿り着くと、ピカピカの石の壁に手をついて大きくため息を吐くわたし。 (それと……) 実はもう一つ、それなりに傷ついた言葉があって。 (気品にまるで欠けるって……そんなの分かってるってば……) 外の世界もロクに知らずに男ばっかりの環境の中で育ってきたのもあって、育ちが悪いのは自覚しているし、だからこそいつも気品を漂わせて綺麗だったルミアージュ姫さまに憧れてたし、また天然お嬢様なリセに惹かれた理由の一つでもある、と思う。 「…………」 でも……。 「わたしだって、そんなに悪くはないよね……?」 それから、綺麗に磨き上げられた石壁からくっきりと映る、プリンセスドレスで着飾った自分の姿をまじまじと見つめつつ、ぼそりと呟くわたし。 馬子にも衣装かもしれないけど、わたしだってちゃんとすればそれなりに見える……はず。 (少なくともリセは褒めてくれたし、それに……) 今朝はいきなりの不意打ちを受けて戸惑ったけど、本当はずっと昔からこういう姿にも憧れを抱いていたのは、誰にも言えない秘密だった。 「……えへへ……」 そこで、そのコトを思い出すうちに急に嬉しさがこみ上げてしまい、石壁の前で踊るようにくるりと一回転してみるわたし。 (……んっ、そうだ……!) そして、ポーズを決めて元の位置に戻ったところで更に素敵なコトを思いつく。 ……そういえば、ここは魔界なんだから、思い切ってみるにはいい機会かもしれない。 「あは……!」 リセに頼めば、きっとわたしが着られるドレスも色々貸してくれるだろうし、旅の恥はかき捨てられる期間限定の滞在な上に、こんなトコロで元の世界の知り合いと鉢合わせる可能性なんて無いんだから、こっちにいる間は憧れだったお姫様みたいにさせてもら……。 「ふふ、とっても可愛いわよ?今日のアステルちゃん」 「…………っ?!」 しかし、そんなコトを考えながら石壁の前で色んなポーズを決めていた矢先、突然に背後から聞き覚えのある懐かしい声が届いて、全身の毛が逆立ってしまうわたし。 「へ……」 「やっぱり、アステルちゃんもモトはいいのよねー。私もずっと勿体無いって思ってたし」 「……ッッ、ルミアージュ姫ぇっ?!」 それから、慌てて振り返った先で純白のドレスに身を包んで女神のような優しい笑みを浮かべた、『意外』なんて言葉じゃとても表現できない相手を見るや、認識と思考が追いつかずにわたしの頭の中は一瞬で真っ白になってしまった。 次のページへ 前のページへ 戻る |