「わぁ......雪だ〜 ね、雪だよ?にはは♪」
いつの間にか降り始めていた雪に、観鈴が閉められた庭先への戸のガラスに手を当てて、いつものにはは笑いを浮かべながらうれしそうにはしゃぐ。そう言えば今晩は降るかもしれないと天気予報が言っていたのを思い出した。いや、実際今朝起きたときから予感はあったが。
.......つまり、無茶苦茶寒かった。
「........雪か。」
その一方で俺はと言うと、首だけを向けて寧ろ煩わしいというか憎々しげな目で庭に降り積もる雪を見つめていた。
「あれ?住人さんって雪、嫌い?」
きょとんとした顔で俺の方を振り向く観鈴。
「嫌いというか......俺みたいに特定の宿を持たなかった者にとって冬は過ごしにくい季節だったからな。」
それがましてや雪が降るような天候ともなると冗談抜きで死活問題になる。雪の降る中で野宿など、まるで冷凍庫の中で眠るようなものだ。
「それが今年は他人様の家の居間でおこたに入ってぬくぬくとかいな。ええご身分になったもんやな。」
そこへ、そんな台詞と共にのしのしと上機嫌な表情を浮かべて入ってくる晴子。よく見ると顔がほんのり上気していた。
「そうだな......」
俺が素直に頷いたところで、思い出したように晴子が訂正した。
「せや......もう「他人様」なんかやなかったんやな。今はもう、うちらはあんたを家族として迎えたんやからな。」
「........ああ。感謝してる。」
その言葉を受けて俺はもう一度素直に、というか大真面目な顔で晴子に感謝の言葉を告げた。
「いややいやや、もうそんな他人行儀なセリフ。」
大袈裟にいやいやと首を横に振る晴子。そして、
「........でもまぁ、そんなに感謝の印を見せたいゆーんなら........」
と、右手でどんっという音を立てながら俺の前に一升瓶を置き、
「飲もか。」
既に出来上がっている顔でそう促してきた。
「.........酒はもう止めたんじゃなかったのかよ?」
「いけずやな〜、めでたいときには酒は付き物やんか。そんな堅いこと言いないや。」
めでたいとき......そう。確か今日は世間で言うクリスマス・イブという奴だった。本来日本人には縁が無いはずなのに、不思議と一年で一番盛り上がっている日。実際大道芸人の俺にとっても絶好の稼ぎ時だった。街全体に漂っている浮かれたムードに押されて、普段は見向きもしない様な大人達でさえ、簡単な芸でほいほいとチップをばらまいていってくれる。
..........めでたいというか、俺にとっては寧ろありがたい日なのかもしれない。
「でもクリスマス・イブの日に雪が降るなんてろまんちっくだよね〜、観鈴ちん、ついてるっ」
と俺にVサインを見せる観鈴。本当に嬉しそうだった。
「そうやで〜、こういう時には飲まな。ほら、観鈴もこっちきいや〜」
どの道今の晴子の行き着く結論はただ一つらしく、コップを持ってつまみの鯣をくわえながら手招きで観鈴を呼び寄せる。
「.......それもそうか。」
しばらく廊下を「にははー」とか言いながら言ったり来たりしていた後で観鈴がこっちに駆け寄ってくるのを見て、俺も向き直って自分のコップを手に取る。まぁこういう日には晴子に付き合ってやるのも悪くないか、そんな事を考えながら。
「ささ、今晩は飲み明かそー!」
とくとくとくと、間もなくなみなみと日本酒が注がれていく俺のグラス。
「しかし.....クリスマスで日本酒っていうのもあれだな。」
その注がれていく過程を見つめながら俺はそう呟いた。というか、この俺でさえ流石にちと風情に欠ける気もする。........まぁ晴子らしいと言えば晴子らしいのだが。
「ぜいたく言いないな。飲めたらええやないか。」
と諭すように晴子が言うも、
「う〜ん、わたしもちょっとそう思うかな。せっかくのクリスマスなんだし......」
と観鈴も苦笑いを浮かべて俺に同意する。現在このこたつの上には一升瓶とコップ三つ。そしてイカと鯣、ナッツ等のつまみ類の袋が乱雑に置かれていた。昼間に観鈴の希望で俺も手伝って装飾した僅かばかりの赤と白のクリスマス用の飾りと対比しても、とてもこのテーブルの上だけはとてもクリスマスと言うにはほど遠い次元の空間だった。
「しゃあないなー、まったく贅沢娘なんやから困るわ。」
「いや、多分街中の人間に意見を聞いて回っても多分95%は観鈴に同意すると思うが。」
と間伐無しに観鈴をフォローすると、晴子は「へいへい。二人して贅沢なんやから困るわ〜」とぶつぶつ呟きながら立ち上がると、バックの中からばっと勢いよく財布を取り出して、
「しゃーない、んじゃ愛する娘の為にちとひとっ走りして来るかいな。」
とそう上機嫌で宣言した。
********
「.......寒い。」
そして、ひゅうううと容赦なく吹き付ける冷気を受けながら、俺は寒空の中を疾走していた。
「......結局俺が買いに行くのかよ........」
先ほど渡された晴子の財布を見ながらそんな事を一人で愚痴る俺。まぁこの夜の雪道で、酔っぱらいにバイクで町中を疾走させるよりは遙かにマシではあるが。そんな中で走りながら中身を確認すると、中から5枚分の福沢諭吉の描かれた札が俺の視界に映った。
『は、晴子大金持ちだ.......!さすが人の親だけはある.......やるな。』
それを見て、俺はビビりながら財布を持つ手を震わせる。そして、
『.....このままこれ持って逃げ出すというのはどうだろうか?』
なんて事を、以前の俺ならつい考えてしまっただろう。......いや、今も現にこうして考えてしまった訳だが.........
でも、今の俺にはその必要もない。なぜなら俺にはもう戻る場所があるから。俺の長きに渡る旅を終える場所に行き着くことが出来て、そしてそこで俺を迎えてくれる人達に出会えたのだから。
「ふっ........」
俺は先ほどまでの馬鹿な思考を払拭して、目的地に更に勢いを着けて走り出した。さあ、早く俺のすべきことを済ませて戻ろう。.......そう、俺の帰るべき場所へ。
......そしてその時感じた高揚は、俺に既に雪は地面に綺麗に積もっていたという事すら忘れさせていた。
*******それで、
「店主、もう店じまいか?」
やがて着いた商店街の酒屋の前で、俺は既に営業時間を終えてシャッターを下ろしている後ろ姿に声をかけた。
「ん?」
俺の声を受けて1人の中年男が手を止めて俺の方に振り向く。そして俺を見るなり、
「あんた.......」
「別に怪しい者じゃない。悪いが酒を売ってくれないか?」
「いや、そうじゃなくて、顔.......赤くなってるぞ、そこ。」
と俺の顔の頬の部分に指差した。
「............」
その指先にあるものに気付いて、赤らめて俯いてしまう俺。そして、
「........さっきちらっと遠くで誰かが派手に転んだ姿を見たが、兄(あん)ちゃんか。」
「........!!」
「まぁそこまでして一生懸命来てくれたんなら邪険にする訳にはいかないわな。......へいらっしゃい。」
と店主らしき男はくるりとシャッターの方に戻って、完全に閉じかけていたシャッターをがらがらと開いていった。
「...........」
しまった、一生の不覚......
その時、俺の為に再び開かれた酒屋の入り口と、復活した店内の明かりを目に移しながら、何とか口止めする方法を考えずにはいられない俺だった。
しかしまぁそれはともかく、
「.......まぁ、こんなもんか。」
とりあえず俺は店内を物色しながら、とりあえずクリスマスに飲んでもおかしくは無さそうな物を店主に相談しながら見繕う。......そこでつい観鈴が好みそうな物と言ってしまったのは失言だったが、それでもクリスマスという雰囲気がそれを許してしまうのか、店主も特に気にする様子もなく選んでくれた。
「今日は晴子さんのお使いかい?」
選んだ酒を二重のビニール袋に入れて俺に差し出したとき、そんな事を言われた。
「ああ.....そんな所だ。」
既に俺が神尾の家に住み着いているって事は大体知れ渡っているらしく、田舎のローカル情報網の迅速さに恐れ入りながらも既に俺自身も慣れてきていた。
「今日はクリスマスだしな、観鈴ちゃん酔い潰して.......みたいな事企んでないだろうね?」
にやりと顔を少し歪めてそう言う。
「いや、もしかしたら晴子さんも一緒に.......かい?あれでもまだまだ若いからねぇ。」
と、そこで俺の頭の中でも何やら不健康な光景が目に浮かびかけるが、
「あいにく、あの女を酔いつぶせるほど人生経験豊かじゃないんだ、俺は。」
それを払拭して事も無げに返す。酔っぱらった晴子に絡まれて妙な目に遭う可能性はあったとしても。
「はは。違いない。」
俺の返答に妙に納得した様子で頷く店主。まぁ最近はめっきり飲まなくなったとはいえ、かつては晴子がこの店の上得意だったはずというのは想像できる事だった。
「それでも最近は随分買いに来てくれることも無くなったけど、正直言うとほっとしてるんだがね。」
そしてこの店主はそう続けて俺に言った。
「そうか.......?」
「うん。前は酒を買っていく晴子さんには何処か影を感じていたからね。あれは心の底から楽しんで酒を飲んでいないってのが良く分かってたさ。ま、でもこの前久々に来てくれたときはそれもいつの間にか消えていたがね。」
「.......そんな事まで分かるのか?」
見かけは冴えない中年オヤジに見せかけて、実は読心術でも会得しているのか......?!
「ま、そこは酒飲み同士の何とやらって所かね。」
とにやりと告げて俺に品物を手渡した。
「...........」
それで俺もこの店主に何か感銘を受けながら無言で財布の中から一万円札を手渡す。何となく「釣りはいらねーぜ」と告げてそのまま立ち去りたい衝動にもかられたが、とりあえず俺の金じゃないので止めておく事にした。
「ほいまいど。今日はクリスマスだ。まけといたよ。」
そしてお釣りを手渡すときにそう俺に告げる店主。......どうやらもう1人、この町で男のロマンを分かち合える存在がここにもいたようだ。
『うむ、たまにはここに足を運ぶのもいいかもしれない。』
そんな事を考えながら店主に見送られて表に出ると、先ほどよりも雪が大粒に変わって、夜の商店街にしんしんと降り注いでいた。
「.......綺麗だな。」
街灯に照らされた街を雪がゆっくりと白に染めていく光景を、その場で立ち止まって夜空を見上げながら俺はぽつりと呟いた。それは先ほど雪を見て不意に昔を思い出して観鈴の前で見せた態度とはまったく逆のもの。もしかしたら、それはいつしか何処かに置き忘れていた感受性なのかもしれない。
『.......心の余裕って奴かな。』
しかし、暫く見ているうちにどんどん頭に雪が積もり始めたのに気付いて、さっさとその場を離れる事にした。今度は一歩一歩確実に地面に積もった雪を踏みしめながら歩き始める。
そして、その途中で霧島診療所前を通りかかったとき、行きは急いでいて気付かなかったが診療所に明かりが灯っているのにふと気付く。更に診療所前のプレートにはクリスマスリースも飾ってあるのが目に付いた。
「.......こっちも楽しくやってるか。」
そこでそーっと入り口のドアから中を覗いてみると、中の様子はあまり分からなかったが、中にいるであろう3人(?)の声は微かに聞こえてきた。
「うはははははは、佳乃そこへ直らんか〜っ!」
「いやーっ、もう、お姉ちゃんったら、きゃはははははっ」
「ぴこぴこ〜っ☆」
「...........」
どうやら中では聖が酒でも飲んで暴れているらしい。いや、聖が酒で酔っている事など見たこと無いから、もしかしたら酔っているふりして佳乃に絡んでいるだけなのかもしれない。
「.......帰ろう。」
しかし、とりあえず顔を出しておくのは止めておくことにする。家族水入らずの邪魔をするのは気が引けるのもあったが、........それより今顔出したら色んな意味で無事では帰れない気がしたからだ。
.......最も、戻ったところで酔っぱらった晴子に絡まれるだけなのだが。
そして、とりあえず診療所前まで戻って、そこでふとある事に気付いた。
「そういえば.......」
観鈴、佳乃と来たらあともう1人.......
「.......こんばんは。」
「そう、美凪だ。」
ふと耳元に響いた声で気付く。この街でもう1人、俺と親しい友人の美凪(とおまけが一つ)。
「.......はい。」
「そうそう、これこれ。みな......うわっ!!!!!」
気付けばすぐ側にいた美凪に驚いて、俺は再び転びそうになる所を何とか持ちこたえる。
「.......どうかしましたか?住人さん。」
「.......!!!........いや、なんでもない.......」
ぜーぜーと息を整え、そしてバックンバックン鳴る心臓を何とかなだめながら、突然現れた美凪の方に向く。
「.......いつから、いたんだ?」
「住人さんが診療所から出てきた時に、偶然近くを通りかかっていましたので。」
相変わらず見事なまでに気配がなかった。
「いいヒットマンになれるぜ、美凪。」
「.......はい?」
「.......いや、ただの冗談だ。」
俺はまだ収まらない心臓に呼吸を整えながら、隣りに立っている美凪を見た。そう言えば、美凪は何故ここにいるんだろう?誰ともクリスマスを祝っていないのか?
いや、「日本人はお米族」の美凪だから、もしかしたら西洋の祝い事には興味ないのかもしれない。
「あの.....それで。」
いつの間にか美凪が俺をじっと見据えていた。
「ん......ああ。」
そして俺も美凪にじっと向き合うと、美凪は
「........」
と一呼吸置いて、
「.......メリークリスマス.......です。」
とぴょこんと頭を下げてそう言った。
「あ、ああ。.......メリークリスマス。」
それに呟くように返す俺。そして、
「.......ぽっ」
と美凪は何故かその後顔を赤らめる。どうやらまったく興味ないという事はないらしい。だとしたら.......
「あの.....それで。」
また、1人であれこれと自分の推測に浸り欠けた所で、先ほどとまったく同じ台詞で現実に戻される。
「ん......ああ。」
そして同じ台詞を返して美凪にじっと向き合う俺。すると美凪は
「.........」
と一呼吸置いて、
「......クリスマス........」
「ちょっと待て、もうクリスマスの挨拶はしただろう。」
俺は慌てて美凪の次の台詞を遮る。遠野ワールドならこのまま永久ループに陥っても何ら不思議では無いはずだ。
「.........」
俺が強引に話を遮ると、美凪は困ったような、それでいて殆ど変わっていない様な表情でじっと俺を見つめ続ける。
「美凪.......?」
一体美凪は何を俺に訴えようとしているんだろう?
.......いや、それも今日がクリスマスという日なのと、今俺達が立っている状況を考えれば、それ程悩む事でもなかった。
「美凪.......今1人か?」
俺は三度改めて美凪に向き合うと、そう尋ねた。
「........はい。今は1人です。」
「そっか.....なら......俺と一緒に来るか?」
つまり、美凪は一緒に祝う誰かを捜していたんだ。何故美凪が商店街で1人で佇んでいるのかは分からないが、今日という日の夜に出会って、そして俺がすべき事はただ一つだと思えた。
いや、酒乱が手ぐすね引いて待っている家にわざわざ連れて行くのも問題ありな気もするが、1人でいるよりはずっといいはずだ。.......多分。
そして、俺の推測が正しかったのを裏付けるかのように、美凪も
「.......はい。私も、今日ずっと住人さんとご一緒したいと思っていました。」
と俺にそう告げた。
「.......美凪。」
まさか美凪、ずっと俺を捜していたのか.......?
美凪のそのいじらしさに不覚にも心がグラリと傾いていく。そうか。もっと早く気付いてやらなければいけなかったんだな、俺.......
「よし、じゃあ一緒に行くか、美凪。」
「.......はい。」
俺は美凪の手を取って、そして颯爽と神尾家方面へ.......と思ったら、
「.......あれ?」
手を取ったはずの美凪の手は度分の手の中になかった。そこで振り返ると、美凪は手持ちのスポーツバッグの中をごそごそと漁っていた。
「おーい、美凪........?」
それに気付いて慌てて美凪の所に戻った瞬間、
「........じゃん。」
美凪は自分のスポーツバッグから何かを見つけだしてそれを俺の目の前に取り出して見せた。
「......何だ、それ?」
それは、分厚くて、赤と白色の奇妙な服だった。
「.......これは、サンタクロースの衣装といいます。」
「サンタクロース?」
突然の展開に呆気にとられながら問い返す俺。
「.......サンタクロースというのは、その起源をたどりますとおおそよ.......」
「いや、サンタクロースの説明はいいから、それを一体どうしたいんだ、お前は?」
美凪が説明を始めたところで慌てて話を遮ると、美凪は一度「.......残念です。」と本当に残念そうに俯いて、
「.......実は、これを住人さんに着ていただきたいのです。」
「俺が?」
俺はそのサンタの服を手にとって、目の上に掲げてみる。.......美凪の手作りだろうか?
「......きっと、良くお似合いになると思いますから。」
「っていうか、わざわざ俺の為に作ったのか?」
視線を美凪の方に戻すと、美凪は少し間を空けて、
「はてさて......どうお答えしたらよいものやら.......」
困ったように呟く。いや、そんなに悩む答えなのか。
「........今となっては、はいと答えても支障ありません。しかし、それでも半分はみちるの為にですが。」
「みちる?」
それで忘れかけていたみちるの存在を思い出す。考えてみれば、こんな日に美凪の側に奴がいないのはかなり不思議だった。
「.......ええ。実はみちるにプレゼントを用意したのですが、今日はクリスマスイブ。つまり.......」
そして、そこまで来て俺もようやく話が見えてくる。つまり、
「みちるにクリスマスプレゼントを渡す為にサンタクロースが必要って訳か。」
「......ご名答です。」
俺の台詞に感心したようにそう返事を返す美凪。
「.......いや、流石の俺でもそこまで鈍いくないと思うが。」
俺は苦笑しながらそう告げると、
「そうですね。おみそれしちゃいました。」
嬉しそうにそう微笑む美凪。どうやら、頭の中はもうサンタとみちるの事で一杯らしかった。
「.......と言うわけで実は、先ほどからサンタさんになっていただける人を捜していたんです。」
「成る程な。」
その後、美凪と一緒にみちるが待っているという駅前への道を歩きながら先ほどの話を続ける。
「しかし、住人さんに出会えるとは思いませんでした。」
そう言う美凪の表情はやはり嬉しそうだった。
「.......そっか。」
それに何となく照れくさくなって横を向く俺。俺は既に美凪から渡されたサンタクロースの衣装のセットを着込んで歩いていた。どうやら中に綿も入っているらしく、流石にこれを着ていたら雪が降り積もる中でも寒くはない。が........
「なぁ、美凪。」
「.......はい?」
「”これ”も、どうしても必要なのか?」
俺は、耳からゴムをひっかけて自分の顎の下に付けた白い付け髭を伸ばしながら問いかける。
「......はい。どうしても必要です。」
その俺の問いに、美凪はいつもより少しだけ強い調子で(やはり殆ど変わらないが)きっぱりと答えた。
「.........」
流石にそこまで言い切られたら、俺もそれ以上何も言えなくなる。それは美凪なりのこだわりなのか、それともそれが世間一般のイメージなのか.......まあ何れにしても付けてなければならないのは確かな様だが。
「あ、そして、これ.......」
駅が目の前に見えたところで、美凪が一つの小さな箱を俺に手渡した。
「.......みちるへのプレゼントです。」
「.......ああ。」
俺はそれを慎重に受け取る。それは小さくても、美凪のみちるへの想いが詰まった大切なものなのだ。
「俺も何か用意してやれば良かったかな......」
美凪から受け取ったプレゼントを手の中で見つめながらそう漏らす。最も、買う金など無いが。
「........住人さんはサンタさんになってくれてますから。」
そんな俺に、美凪はそう微笑みかける。
「.......そうだな。」
頷く。こうなったらきちんとサンタ役をこなしてやるしかない、そう思った。美凪と、..........みちるの為に。
そして駅前に着いたとき、俺は美凪に耳打ちして先に美凪に行かせる事にして、その一方で俺は物陰でしばらく様子をうかがう事に。
「美凪〜っ!」
駅舎前のベンチで座って待っていたみちるは、戻ってきた美凪の姿を見つけると一目散に駆け寄った。
「.......待たせてごめんなさい、みちる。」
それを抱きかかえるように受け止める美凪。ふとベンチの方を見ると、ケーキや飲み物等の食べ残しやゴミがあたりに散らばっているのが目に映る。どうやら今日はずっと二人でここでクリスマスパーティをやっていたらしい。
「え?さんたくろーす?」
美凪の言葉にきょとんとした顔を見せるみちる。
「.......そう。やっとサンタさんを見つけることが出来ました。」
みちるはすっかり美凪の言葉を信じきっているらしく、ほへーーーーっという感心した顔で美凪を見ている。
......これはやはり責任重大だな。さて、どう出るか......
「それで、何処にいるの?」
「.......そろそろ出て来てくれますよ。サンタさん。」
確かサンタクロースは外国から来たんだよな、つまり外人!日本語を喋ったらそれこそ台無しというものだ。と言うことでここは一つ俺のインテリぶりを発揮して完璧な外国人を......
がさがさっ(自分の隠れている場所をわざと音を立てる)
「.......あらあら、どなたでしょう?」
「もしかしてさんたくろーす?」
「ハーイ!チキュウノコドモタチゲンキデスカー?ニホンノヨイコノタメニサンタクロースガヤッテキマシター!」
とすちゃっと右手を挙げながら颯爽と登場......って「チキュウノコドモタチ」じゃ俺宇宙人やんけーーーーーー?!
「..........」
「..........」
その俺の登場にしばし呆然とした目で俺を見つめる二人。そして......
「.........ばか?」
『ぐっはぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
みちるの突っ込みがナイフよりも鋭利な刃物となって俺のハートに突き刺さった。それは、一撃で致命傷ともなりえる鋭さだったが........
「.......というかそんな所でなにやってんの?国崎住人。」
『しかもあっさりバレでるしーーーーっ?!』
更に続くみちるの突っ込みが容赦なく俺に追い打ちをかけていく。そして、
「ほんといい歳して恥ずかしくないのかな?」
『うぐぅーーーーーーーーーーーーっっっ!』
トドメの一撃がスマッシュヒットして、俺はその場で抜け殻になった。ひゅううううう......そんな音を立てながらあまりにも寒い風が全てを失った俺の心の中を虚しく吹きすさぶ。
「......みちる、例え思っていてもそんな事言ったらダメですよ。あの人はわざわざみちるの為に来てくださったサンタさんなんですから。」
フォローな様で全然フォローになっていないのは気のせいか?.......というか「思っていても」ってまさか美凪もそう思ったのか???
俺はじーっと美凪の顔を見ると、
「..........ぽっ」
と顔を赤らめた。.......これは思ってやがったな、完全に。
「う〜......っ、だって.......」
その美凪の台詞に、みちるは拗ねと甘えを半分半分にした表情で美凪を見上げるが、
「ほら、せっかくみちるの為にわざわざ来てくださったんですから........ね?」
「う〜......っ.......うん。」
美凪にそう促されて、しぶしぶ頷くみちる。そして、美凪に押されるようにして、まるで叱られた子供の様に神妙な面もちでこっちに向かって来た。
「.......う〜っ、ひどいこと言ってゴメンね、国崎住人。」
「.......俺はサンタだ。」
「.........」
そんな会話を交わしながらみちるはどんどん俺に近づいていって、そしてその距離が0に近くなるまで寄ったと思うと、俺の顔をじーっと覗き込む。
「........なんだよ?」
「んに.......えっと、あのね。」
躊躇いがちに何かを言いかけ、そして、
にゅーーっ
「..........???」
おもむろに俺の付けあごひげを掴んでぐいっと伸ばしたかと思うと、
ぱっちん
「おうちっっっ!!!」
みちるがその手を離した次の瞬間、俺の下顎にもの凄い衝撃が走った。
「てめーなにしやがるっっっ!!」
「にゃははははは♪」
最早理性の限界を超えてそのままみちるに掴みかかろうとする俺と、それを楽しそうにひょいひょい逃げるみちる。.......完全にいつもの光景だった。
「.......あの、お取り込み中すみませんが、そろそろ.......」
「お、おう、そうだった。」
ようやくみちるを捕まえて、そのまま両こぶしでみちるの頭をぐりぐりしていた所で、促すような美凪の台詞ではっと我に返る。
そしてみちるを解放して、その直後にカウンターみぞおち蹴りを食らいながらも、懐に収めていた先ほど美凪に預かっていた箱を取り出し、そして、
「ほ、ほら.......良い子......がふっ.......にプレゼント.......だぞ。」
みちるからの蹴りのダメージを少し引きずりながらそう告げると、
「んに?ぷれぜんと?」
プレゼントと聞いて目の色が変わるみちる。それは無邪気な子供の純粋な目。
「そうだ。サンタはクリスマスに子供にプレゼントを与えるものだからな。」
そう言って預かった箱をそのまま手渡そうとしたとき、
「.......サンタさん。」
後から美凪の制止の声が入った。そして、
「.......サンタクロースは、靴下にプレゼントを入れるものです。」
「そう.....なのか?」
何とも頼りないサンタクロースであった。
「.......ええ。そしてこれがみちるの靴下です。これに入れて、渡してあげて下さい。」
そう言うと、俺に一つの靴下を手渡す。
「お、おう。」
俺は、言われるがままにいそいそと小箱を靴下に詰めるとみちるに向き直り、
「ほら、サンタからのクリスマスプレゼントだ。」
と、今度こそ美凪立ち会いの元でみちるにしっかりとプレゼントを手渡した。
「.........」
みちるはしばらく受け取った物を見つめた後、ぱっと明るい表情になって俺を見上げ、
「んに......ありがとっ!」
満面の笑顔で嬉しそうに俺にそう言った。
「......良かったわね、みちる。」
それを満足そうに微笑みながら見つめる美凪。.......どうやら結果オーライって所だな。
「どうだ?ちゃんとサンタクロースだっただろう?俺。」
その微笑ましさに今までの恨みがすべて降り積もる雪の中に消え去っていった俺は、みちるの頭を優しく撫でながらそう言った。
「うん......さっきはごめんね.......さんたさん。」
すると、俺の胸元で少しはにかむようにそう告げるみちる。
「ははっ、気にするな。子供は元気が一番だ。」
......それを見て意外とかわいい所もあるじゃないかと、俺自身の心が温かく癒される様な心地がし始めた刹那、
にゅーーっ
「........へっ?」
ばっちん
「おぅぅっっっ!!!」
次の衝撃がそれを全て完膚無きままに打ち砕いた。
「てめーーーーみちる!今度という今度は勘弁ならんっっっ!!!」
「にゃはははははははは♪わーい♪」
「.........くすっ。」
.........そして、俺達の壮絶な付け髭ばっちん攻防戦は、それからみちるが疲れて眠りこけるまで続いたのだった。
「ぜー、ぜー、めちゃくちゃ暑いぞ.........」
それから、俺は美凪の膝の上で眠っているみちるの隣でぜぇぜぇと肩で息をしていた。まだ雪は降り続いているというのに、こんな綿入りの服で走り回っていたせいかシャツの下は蒸れて汗だくになっていた。
「.......お疲れさまでした。」
みちるの膝枕をしながら、美凪はその無邪気な寝顔に満足そうな表情を見せる。
「今日も、ずっと一緒だったのか?」
ベンチの横に転がっていたジュースの飲みかけのペットボトルと使われていない紙コップを適当に拾い上げて喉を潤しながらそう問いかける俺。
「.......ええ。いつも私たちはこうして二人でいましたから。」
「.......そうか。」
その美凪の表情を見て、先ほど美凪を心配していた自分が恥ずかしく思えた。美凪にはみちるがいて、みちるには美凪がいて、そして今は.......加えて俺という友人もいるのだから。
「.......でも。」
「ん?」
「.......みちるをサンタさんに会わせる事が出来たのは、今年が初めてでした。」
と、美凪は「本当に嬉しかったんですよ」と俺に微笑みかけた。
「........そりゃよかったな。」
......その笑顔で今晩のサンタ役の仕事の報酬には充分だった。何より俺自身高い満足感を味わえていた。それは子供の笑顔を見て得られる大道芸人ならではの満足感.......なのかもしれない。
「........あの........」
そこで遠慮がちに俺を見る美凪を見て、俺は何が言いたいのかすぐに分かった。
「.......ああ分かってる。又来年.........な。」
「........はいっ。」
来年......また来年の今頃も多分俺はここにいる。そんな自信を持ってこんな約束が出来るのは幸せだと思った。
「さて.......それでは.......」
そろそろこの暑苦しい服から解放されよう......そう思って脱ぎかけたとき、そこでぴんっと観鈴の表情が浮かんできた。
「.......そう言えばもう1人、喜びそうな奴がいたな。」
そしてそう呟くと、俺はその場でもう一度サンタの衣装を着込む。
「.......どうしましたか?」
それにきょとんとした顔を見せる美凪。
「あのさ、これ今晩一晩だけ貸してくれないか?」
「.......ええ。それはよろしいですけど.......」
「それと........」
後一つ、どうしても必要な物があった。しかし、それは今の俺には最早どうしようもないものであり、それを今用意出来る可能性をもった人間は俺の知る限りただ1人だけだった。
「美凪........あのさ、」
「......はい。少々お待ち下さい。」
美凪は俺の表情から察したのか、俺の言葉を全て聞く前に膝枕をしていたみちるをクッションを敷いてそっとベンチに下ろすと、例のスポーツバックをごそごそと漁り始める。
「.......ん〜っと、この辺に......あ、ありました。」
そうしてぴーんとひらめいた様な表情を見せると、
「.......もし、お探しの物は、この様な物ではございませんか?」
と、先ほどみちるに渡した物と殆ど同じ大きさの綺麗に包装された小箱を取り出した。
「美凪.......分かってくれたか..........」
俺は拳を握って感動する。
「.......ええ。わかっちゃいました。」
それに対してまるで手品でも見せたように「おそまつさま」とぺこりと頭を下げる美凪。不思議が当たり前の遠野ワールドという奴だ。
「それじゃ、この借りはいつか返すからな。」
と、そのまま踵を返して神尾家に戻ろうとした所で、
「.......いいえ。これでおあいこ、ですから。」
にっこりとそう美凪が微笑んだ。
「.......そうか。んじゃ.......またな!」
そして、俺は片手を上げながらその場を立ち去った。もちろん手には既に外気で凍りかけている酒をきちんと持って。
......というか忘れていったら美凪とみちるにもヤバイ事になりそうだったし。
「ふぅ〜.........っ」
そうこうしてようやく舞い戻ってきた神尾家前。何かえらく道草した気もするが、取り残していった観鈴は大丈夫なんだろうかとふと心配になった。
『.........待たせたな、観鈴。』
家の電気はまだ付いていた。つまり、まだ二人は俺を待っている事になる。
「さて......」
問題はこれからどうするか?取りあえず今の俺はまがりにもなりもサンタクロースである。サンタクロースが玄関から入ったのではどうにも興ざめというものだろう。
確か、昔聞いた話だと、サンタは家の煙突から入るものだと言う。しかしこの家には煙突なんて何処にも存在しない。.......というか煙突付きの家なんて今まで見かけた事は殆ど無いが。
『.........となると。』
しょうがない。せめて二階から進入する事にする。
確か鍵を閉めていない二階の窓があったのを思い出し、一回の屋根にジャンプして飛びつくと、そのままぐぐっと懸垂を効かせてなるべく音を立てない様によじ登った。
「.......よし。」
とりあえず体を鍛えていた事と幸運に思いながら屋根の上に乗ると、そのまま窓に向かい、開いてあるはずの窓に手を触れてスライドさせるとあっさりと開く。
そして、後は音を立てずにそっと二階に進入.......と何となくここで自分が泥棒意外の何物にも思えなくなって悲しくなったが、それでもあと少しだからと自分を言い聞かせる様にして窓をくぐり抜けたその瞬間、
「........あら?」
どんがらがっしゃん
最後の最後で見事に足を滑らせて、そして一瞬だけ時間が止まった後で、俺は真夜中に派手な音を立てて二階の廊下に転がり落ちた。
「な、なんや、泥棒かーーーー!」
「わーっ、観鈴ちん、ぴんちっ!!」
そしてその音に反応して一階から聞き慣れた声がどたどたと向かった来る音が聞こえてくる。
「..........」
........俺はもうその場から動く気がしなかった。いや、実際は腰を打ったので動けなかったのだが。
「.......んで、何やってんねん、あんた。」
二階の廊下の明かりが付いて、俺の姿を認めた開口一番に晴子が呆れた表情で冷たく言い放つ。......視線が痛かった。
「.......いや、ちょっと.......」
何から話せばいいものか、頭が混乱してきていたので、とりあえず適当に誤魔化す俺。
「しかも変な格好しよってからに。」
.......ぐっさり。
「あれ....?住人さん、もしかしてその格好って......」
「.......知らないのか。サンタクロースって言うんだ。これは。」
「サンタクロース.......?」
俺にそう言われて、晴子は怪訝そうな目で俺の衣装を見て、
「.......あら、ほんまやなぁ。」
と確認した後に小さな驚きを漏らした。
「わ〜い、サンタさんだ。にはは〜っ」
そしてこちらは予想通り、さっそく小躍りで喜ぶ観鈴。
「いつまでたっても帰って来ぉへん思とったら、そんなもん探しとったんかいな。」
「まぁ色々偶然もあってな。しかもちゃんとクリスマスプレゼントもここにある。」
と、俺は隠し持っていた小箱をここぞとばかりに見せつける。
「ほ〜、まだ開いてる店あったんかいな?」
流石に感心した表情を見せる晴子。
「.......と、言うわけでだ観鈴、とりあえずお前の靴下をくれ。」
と手を差し出す。
「おのれは変態かっっっ!!!」
間伐入れずに入ってくる晴子の突っ込み。ハリセンがあったらすぱーんっとシバかれていたかもしれない。
「.......サンタは良い子の靴下にプレゼント入れるものだろうが?」
さっき覚えた知識をさっそく使って、びしっと晴子に指摘する。
「あ、.....う、うん。ちょっと待っててね。」
そう俺に言われて自分の部屋に取りに戻る観鈴。
「なんや、結構形式には厳しいんやなぁ、あんた。」
一升瓶を右手に持ったままで、感心したような、それでいて呆れた様な顔を見せる晴子。
「......当然だ。でなければわざわざ煙突代わりに二階から侵入したりするか。」
「.......あんた、まさかそのためにわざわざ泥棒の真似事までして二階までよじ登ったんかいな。」
「.........」
.......これはもしかしたらやぶ蛇だったかもしれない。
「.......あんたホンマおもろいなぁ。目つきが悪くて無愛想かと思えば、たまにこんな阿呆な事に一生懸命になったり。」
「.......阿呆な事とは心外だぞ。」
楽しそうにそう言う晴子を俺はそう言って睨む。これでもここに行き着くまでにどれだけ苦労した事か。
「まあまあ、言葉のアヤや。気にしんといてぇな。」
もうすっかり酔っぱらっているらしく、俺の視線を物ともせずにケラケラ笑う晴子。
「.......って事で、住人.....じゃ無かったサンタさん、はいこれ。観鈴の靴下、洗い立てだよ♪」
「うむ。分かってるじゃないか。」
観鈴からサンタさんと呼んでもらえたのが、何となく報われている様な気がして嬉しかった。
ちなみに観鈴から靴下を受け取ったとき、つい無意識に匂いをかいでしまいそうになったが、流石にそれをやったら晴子に変態確定の烙印を晴子に押されそうという危機感から何とか思いとどまる事に成功する。
そして、美凪から貰った小箱を靴下にしまい込んで、
「ほら。メリー・クリスマスだ。」
とみちるの時の様に観鈴に手渡した。
「サンタさんありがとっ! にはは〜♪ サンタさんからのプレゼントだ〜っ」
それを受け取ると、更に上機嫌そうにそこら辺を踊り始める観鈴。
「........良かったな。」
予想通りとはいえ、やはり大喜びする観鈴を見ると苦労した甲斐があったと実感出来る。
「ね、ね、開けていい?」
「ああ。いいんじゃないか?」
そう言えば中身は俺も知らなかった。.......美凪がくれたプレゼント用の小箱。一体何が入ってるんだろう?
「..........あ。」
そしてその小箱を開けたとき、観鈴は声を挙げて、
「お......」
そして、ほぼ同時に俺も声を挙げてしまう。.......その中身は、恐竜のイヤリングだったのだ。
『......見事だ、美凪......』
正直言って、中身は女の子に渡せる物ならと期待はいてなかったが.......これでまた一つ、遠野ワールドの凄さを見せつけられた気がした。
「にはは〜っ、これ可愛い〜っ!」
プレゼントの中身にご満悦な様子の観鈴。
「.......良かったなぁ。サンタさんからええもんもろうて。」
「うん!」
それを片手にVサインで晴子に答える。
「これでやっとサンタの役目も終わりか。」
また来年のこの日.......まで。俺からプレゼントを受け取って喜ぶ顔を見られる限り、多分俺はこれからも続けるであろうと、そんな決意を持って俺はもう一度美凪に心の中で感謝した。
「......どうでもええけど、サンタっつーのは子供が寝ている間にプレゼント置いていくもんなんちゃうか?」
そして今度こそサンタの衣装を脱ぎかけた俺の隣で、観鈴が喜んでいるのを微笑まし気に見つめながら問いかける晴子。
「.......流石に観鈴が寝ている時に部屋に無断侵入して靴下漁るわけにはいかないだろう。」
流石にそこまではする気はサラサラなかった。
「せやな、そこまでやったら本気でホンマもんの変態やな。」
とまたも上機嫌そうにケラケラ笑うと、今度は俺ににじり寄って、
「んで、ウチにはないんか?サンタさん?」
と言ってきたので、
「プレゼント貰う様な歳かっ!」
と即突っ込みをしたら晴子にぴしゃりと叩かれた。
「そうだな。あんたにはこれをやろう。」
と、そこで忘れかけていたお使いの酒の瓶を差し出す。
「あほうっ!それはうちの金で買うたものやないかっ!」
「.......まぁ細かいことは気にするな。」
ともあれこれで俺の持ち物は綺麗さっぱり無くなってしまった。
「......まったく......こうなったら、今夜は飲むで!観鈴、ほらあんたの酒到着やで〜っ」
「え〜っ、も、もういいよお母さん......だって.......」
「まぁまぁえーから、酔いつぶれてもーたらウチがやさしゅ〜う介抱したるさかいに心配せんでええ。」
と観鈴の肩を組みながらニヤニヤと笑う晴子。.......ちょっと(いやかなり)不気味だった。
「い、いいよ〜っ、この前だってそう言って......」
「そう言って......なんや?どうしたんや?ん?」
段々押されていく観鈴。
「その......お母さん......色々変なところ触ったりして......」
「変なところって何処や〜?はっきり言わへんとわからんやろが〜?ここら辺か〜?」
「わ〜ん、観鈴ちん、だぶるぴんちっっ!」
........端から聞いていると親子というかただの酔っぱらいに絡まれているとしか見えないが、それでも観鈴は本気で嫌がっている風にも見えなかった。寧ろそんなやりとりの中にもどことなく幸せそうな観鈴の姿が俺の目には映っている。
それは多分、この二人実際は血の繋がっていない親子ながら、しかし本当の意味での親子の絆を築くことが出来たから。そういう事なんだと思う。
そして.......
「ほら、住人さんも早く〜っ!」
「もたもたしてんやないで、居候っ!」
『......ふっ。』
「.......ああ、今行く。」
俺もまた、この二人から本当の家族としての絆を作り上げることが出来るだろうか?
そして俺が動き出すと、晴子は観鈴に酒のビニール袋を渡して、
「とりあえずこれ持って先に降りといて。」
と促すと、俺が追いつくのを1人で待ち始めて、そして、
「.......今日はおおきにな。観鈴あんなに喜んどった。」
と俺に微笑みかけた。
「ん?」
「ホンマは、うちがやらなあかんかった事をあんたは代わりにしてくれた。観鈴のために一生懸命な。ホンマ、おおきにやで。」
しかし、俺はそう言って俺に頭を下げる晴子を気にも止めずに歩き続け、
「.......やめなよ。そんな他人行儀なセリフ。」
そしてぽんっとすれ違いざまにそう言って晴子の肩を叩くと、すたすたと先に降りていく。そう.......全ては当たり前のことだった。
「......せやな。」
そして降り際に晴子の方を向いて、
「俺も、観鈴と......あんたと本当の家族になりたい........そう思っている。」
.......今はまだ他人の延長線なのかもしれないが、いつかはそれも超えられる。そういう確信が俺にはあった。なぜなら.........
「さて、それでは改めて聖なる夜にかんぱーーーいや!」
「......一体今日何回目の乾杯だ?」
「にはは.....それは言わない約束。」
これだけははっきりと言えるから。.....ここが、この町が、そしてこの家が俺の居場所なのだという事を。
********おわり**********