///// 13で起きる直前までの、さくらの就寝中の「夢」のDORAMA /////
「いつ帰ってくるの?」私は、知世ちゃんに尋ねた。「すぐ戻りますわ」知世ちゃんは答えた。「じゃあ、待ってる」私は言った。
「...待ってるって言ったのに...」午後早くに知世ちゃんが出かけてから、もうずいぶんたった。「今夜の夕食当番、知世ちゃんの番なのにぃ」頬杖をついて、私は時計の秒針が動くのを見ていた。ふと、気がつくと、外から、くぐもった音が聞こえていた。「雨だ...」
雨が降っていた。私は心細くなった。「雨は嫌い...」この部屋だけが、どこか知らない場所にあるイメージが浮かぶ。雨は降り続く。部屋に私が一人っきりでいると、思い知らされる。心なし雨音が大きくなっていく。部屋の中にまで、雨が降っているみたいに雨音が聞こえる。
強くなっていく雨音は、ますます私を一人にする。「知世ちゃん...早く帰ってきてよぉ...」呟いたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。(知世ちゃん?鍵忘れていった?両手が荷物でふさがってる?あ、じゃあ、雨に濡れたかも...)
私は、ドアフォンのモニターで知世ちゃんの姿を確認すると、急いで洗面所に寄ってバスタオルを取ってから玄関に向かった。鍵を開けて、ドアハンドルを回して、扉を押し開く「おかえりなさい、知世ちゃん。雨、濡れなかった?」とぼとぼと、知世ちゃんが入ってくる。
両手には大きな包み。「重たくなかった?ごめんね。私、天気予報ちゃんと見てなくって−−−」知世ちゃんのスリッパを置いて、頭を上げた。「あ、このバスタオル使って...知世ちゃん?」入ってきたときから少し様子が変だと思ってたけど...
知世ちゃんの後ろで、扉が少し音を立てて閉まった。「知世ちゃん?何かあっ・・・っ・・・」バスタオルをとって知世ちゃんに振り向いた瞬間だった。言いかけて半開きになった唇が、唇でふさがれた。
舌が絡め取られる。唾液が絡み合う。「とっ・・・、知世ちゃん・・・なっ、何・・・あっ」すごい力で廊下の床に押し倒される。
キスが、耳から、頬に移って、そして、首筋を巡る。片方の手が、シャツごしに胸をまさぐる。もう一方の手が、腰のラインを辿って、スカートの中に入ってくる...
違う。何か違う。何かおかしい。頭だけ、波がすーっと引いていくように、冷静になっていく。手が太股をなでる。「・・・あなたは誰なの?」冷静になったつもりだったけど、私の声はうわずっていた。知世ちゃん...の姿をした少女が、ゆっくりと視線を合わせてくる。
吸い込まれそうな瞳、という言葉が持つイメージが実感された。この人は、知世ちゃんじゃない。いま、はっきりと分かる。険しい視線を感じ取ったのか、手は名残惜しそうにスカートから出されるた。そして、問われる。
「あなたの好きな知世は、どの知世ですか?」
どの知世って...両肘を立てて、起きあがろうとしていた、瞬間、目にしたものに、ハッと息をのんだ。
目の前に立っている知世ちゃんの姿をした少女が、たくさんいる!私を取り囲んでる!
「私ですよね」「私でしょう、さくらちゃん」「私、...ですわよね」「私−−−−」
いろんな服装の、いろんな口調の、いろんな表情の、たくさんの知世ちゃんが...知世ちゃんの形をした少女がいた。
(私の好きな知世ちゃんは...)どれも、どの服装も、どの口調も、どの表情も、全部、私の好きな知世ちゃんのものだった。好きとか嫌いとか選べるわけない。
「あなたの好きな知世は、どの知世ですか?」また、目の前の少女が問いかける。ちがう、私の周りを取り囲む全ての、少女が問いかける。
「選べないよぅ...どれも私の好きな知世ちゃんだけど、それだけじゃ、私の好きな知世ちゃんじゃないの。全てがそろってなければ、ダメなの。0から100まで全部そろって、知世ちゃんなの。99%じゃ、私の大好きな知世ちゃんじゃないの。
100%じゃなきゃ、意味がないの。そうじゃなきゃ、私は、”終わる”の」
言葉は、まるで祈りのようだった。「だから、あなたも、あなたも...どれもいらない」
そのとき光が射した。消えていく。ゆっくりと、知世ちゃんの形をした少女が日差しに溶けていく。とても、綺麗だと思った。
何事もなかった...ように思えた。でも、傍らにはバスタオルが落ちていた。「知世ちゃん...」私の一番好きな人の名前を呟く。何よりも癒してくれる魔法の呪文。
そして、ドアチャイムが鳴った。
///// 13 に つづく... /////