寂しがりの召喚師と無責任天使 その3
第五章 ネクスト・ステージ
「…………」 夢を見ていた。 あれは決して忘れることのできない、ある節目となった日……。 「は〜、終わっちゃったねー、義務教育……」 「そうね……なんかあっという間だったけど」 三年間通った中学校での卒業式を終え、校門まで出たところでちょっとばかりの感慨を覚えて校舎の方を振り返りながらわたしが呟くと、いつものように隣で手を繋いでいる晴実も、しみじみとした口ぶりで頷いてくる。 「まぁでも、高校に上がっても、別に大して変わらない気はするよね?」 一応、自分に関しては親の海外出張の都合でひとり暮らしになってしまうけど、でも晴実と一緒に市内の女子校に受かったという一番大事な結果と比べれは、些細な変化でしかない。 あとは、ちょっとばかり通学時間も長くなるけど、まぁそれも楽しからずやというもので。 「…………」 「……とにかく、これからもずっと一緒だからね、晴実?」 できれば、大学やその先までこの縁がいつまでも続けばいいのに……というのは、さすがにまだ気が早すぎて言わないけど。 「…………」 「……晴実……?」 しかし、そこで一向に相方から返事がこないのが気になって視線を隣へ移すと、晴実は何やら思い詰めたように俯いていて……。 「理美……ゴメンね。私、理美と一緒の高校へは“行かない”の」 やがて、わたしにとって時間が一瞬止まってしまうほどの告白を受けてしまった。 「え……?」 「ごめん……私ね、どうしても行きたい所があったんだ。それで……この前にその本命を受けて合格してしまったの」 「……えっとまさか、先月に家の用事があるから遊べないって言ってた、日曜のこと……?」 ここでパッと思い浮かんでしまったのは、確かあの日は地元じゃ最も難易度の高い県立校の一般入試日だったから。 その前日とか、既にわたしは進路を確定させて遊んでいたのに対して、一部のクラスメート達は追い込みでピリピリとした空気を漂わせていたけど、まさか一緒にのんびり談笑していた晴実も、本当はその中の一人だったってこと……? 「…………」 「ど、どうして言ってくれなかったの?!晴実が行きたいところがあったなら、わたしの方が合わせたってよかったのに、どうして……」 そりゃあ、わたしよりも晴実の方が成績は全然上だったし、もし夏休み前の面談で言おうものなら、担任の先生に「身の程を知れ」と諭されそうな場違いなトコロだけど、でもその為なら受験勉強だってもっと早くから頑張れたはずなのに。 ……それなのに、晴実は今まで一切何も言わず、ただ黙って同じ高校を受験してくれただけ。 まるでそれは、わたしに気を遣ったというよりも、同じ学校へ進学するのを拒むつもりだったみたいに思えて……。 「えっと、それは……」 「それは……?!」 「……っ、痛いから……っ」 「あ……」 そこで、どうして騙したも同然の行為をしたのかと、繋いだ手を握り締めて食ってかかるわたしに、晴実は表情を歪ませながら振り払ってしまう。 「…………」 そして続けて、晴実は無言のまま自分の携帯を取り出すと、中に記録されていた一枚の画像を見せてきた。 「……うそ……」 「ごめんね……。こいつと約束したんだ……」 「……そんな……!」 つまり、全然知らないうちに晴実はわたしのもとから……。 「だから……ごめん、理美……。でも、私達は離れても……」 「……っ、そ、そんなの聞きたくないっ!だって、わたしには晴実しか……」 「……ごめん……」 しかし、どんなに反発しても縋っても、視線を逸らせる晴実の口からは、もう短い謝罪の言葉しか出てこなくて、やがてはとうとうわたしから背を向けてしまい……。 「……っ!ま、待って……!」 「……ごめん、それじゃ……」 (晴実……!はる……) 「…………」 「…………」 (……あれ……?) それから、力の限りに手を伸ばしつつ上半身を起こした先には、小さくなってゆく親友の背中は綺麗さっぱりとかき消えていた。 「…………」 (……また、あの時のユメを見ちゃったのか。でも……) 「すかー……すかー……」 「……愛奏……」 代わりに、新しいお友達が隣で無邪気な寝息をたてていた。 「は〜〜っ……」 (もう、イロイロ変わっちゃったんだよね……) 昨日はあの日以来の干からびてしまいそうになるまで存分に泣きはらしたけど、今は逆にすっきりとした心地になっていたりして。 あれから、仲直りした愛奏とお風呂に入って背中を流してもらいながら、今まで抱え溜めていた未練も一緒に洗い流された気分になったお陰で、久々にあの時の夢を見た後なのに、今朝はこれまでのような暗澹な気持ちに苛まれてはいなかった。 「…………」 はたしてこれから先、愛奏がずっと側にいてくれるかは分からないし、いつしかまた唐突に別れの時がやって来るのかもしれないとしても……。 (でも、そろそろ前に進まなきゃね……) もっと、お友達を増やす努力もしてみたりして。 「……むにゃ……でゅふふ……」 とりあえず、わたしにそう思わせてくれているだけでも、やっぱり愛奏は神様からの贈り物だったのかもしれない。 (ふふ、ありがとね……) 「……むひ……っ」 そこで、わたしは気持ちよさそうに眠る愛奏のほほへ軽く口付けをすると、起こさないように自分だけベッドから抜け出した。 (さ、急いで朝ごはんの準備をしなきゃ……) なにせ今日は、二人ぶんだし。 * 「…………」 「…………」 「ん……?」 とにかく、やたらめったら忙しかった夜から一転して、翌日の目覚めは静かだった。 「あれ……ここは……?」 すっかり熟睡した後の、ぼんやりとした寝起きの眼に見慣れない風景が広がって少しだけ混乱しかけたあたしなものの、すぐに思い出す。 「……あーそっか、ようやく理美ちゃんの部屋に入れてもらえたんだっけ……ふぁぁぁ……」 もっとも、召喚騒ぎの原因を突き止めた今となっては、もう任務にはさほど関係ないだろうけど、ただこれも最悪の事態を回避して理美ちゃんの信頼も取り戻せた証と思えば、やっぱり誇らしくもあったりして。 「…………」 んで、確か隣で一緒に寝ていたハズの理美ちゃんは、どこにいったんだろう? がちゃ 「……あ、起きてたんだ。おはよー」 やがて、上半身だけを起こして辺りを見回しているうちに部屋のドアが静かに開くと、制服の上からエプロンを羽織り、右手におたまという出で立ちで理美ちゃんが入ってきた。 「ん〜、おはよ……。さっき目が覚めたばかりぃ……」 なんだか新婚のお嫁さんっぽい初々しさがあってカワイイんだけど、ちょっとばかりベタ過ぎるかもしれない。 「制服も取りに帰らないといけないし、そろそろ起きなきゃ間に合わないかなと思って起こしにきたんだけど、ちゃんと目が覚めたみたいだね?」 「あ〜そっか……そういえば、あたし制服無いんだっけ……?」 それから、いつもより饒舌な気がする理美ちゃんの言葉で大事なことを思い出したあたしは、ベッド横の目覚まし時計に目をやると、確かにあまりのんびりしてる時間は無さそうだった。 (……はー、こーいう時こそ、背中の翼でひとっ飛びできたら楽なのになぁ……) こっちで翼を広げて飛び回れるのは、ひと目を忍んだ夜間だけってんじゃ、なにげに魔族と変わんないわよね、あたしらの立場も。 「えっと、わたしの予備を貸してあげられたらいいんだけど、サイズが色々違いすぎるから……」 そして、まいったな……とばかりに頭を掻くあたしへ、理美ちゃんは自分の胸に手を当てながら、申し訳無さそうに苦笑いを向けてくる。 「あはは、まだ慌てる時間でもないし、あたしはそのくらいが好みだから、ご心配なく」 というか、昨夜はオフロでちらりちらりと拝見できたけど、なかなかいいカタチもしてたし。 ……まぁ、さすがに空気も読めないあたしじゃないから、あのおわん型の膨らみを直接堪能デキなかったのは残念としても。 「うん……。ところで朝食はお味噌汁作ったんだけど、ごはんで良かったかな?」 「え?そりゃ、もちろん。和食は大好きデスよー?」 「ふふ……。もう、どうしていきなりカタコトなんだか。んじゃ、残りの用意をするから、もうちょっとだけ待っててね?」 「あーい」 そして、あたしが流されるまま頷くと、理美ちゃんは嬉しそうな顔を見せながら、先に一階へと戻って行った。 (ふ〜やれやれ、なんとか笑顔は取り戻せた……かな?) それどころか、今朝の理美ちゃん、何だか妙に可愛く見えるのは気のせいだろうか? 「…………」 「……とまぁ、それはいいとして……むふっ♪」 ともあれ、再び部屋にとり残された後で、改めて理美ちゃんの部屋をきょろきょろと物色し始めるあたし。 室内は柔らかいクリーム色の壁紙に包まれた明るい雰囲気の色合いで、いま横になっているベッドの他には横長のクローゼットにノートパソコンや筆記用具が置かれた学習机、書物やら小物が並べれた棚がいくつかに、カーペットが敷かれた中央には楕円形の可愛いテーブルと、ごくごく普通のレイアウトである。 あと、強いて目についたといえば、足元に転がるブタやカエルのぬいぐるみクッションくらいだけど……。 (ん〜……なんか普通すぎる……) いや、別に理美ちゃんがフツウで困る話なんてこれっぽっちも無いとしても、調査を命じられている身としては、ちょっと物足りないというか。 「…………」 ……まだ、理美ちゃんはキッチンで朝食の準備に追われている最中だろうし、もう少しだけ詳しく見させてもらおっかな? (そう、これも使命のためなのだ。理美ちゃんとのお付き合いはまだ続くんだし……) 昨日みたいな騒ぎの再発を防止する為にも、情報を仕入れておくのは大切だろうから……。 と、あたしは頭の中で自分に言い訳しつつ起き上がると、まずは部屋を横切って、机の隣にある木製の折りたたみドアを開けさせてもらうことに。 「ちょいと、失礼しますよ……っと」 すると、まずはハンガーで吊るされた制服のブレザーやブラウス、更に普段着などがずらりと並ぶ光景が目に入ってくる。 (ん〜、服のシュミもふつーだね……) 揃えている服のデザインも色合いも、種類が豊富な反面で特徴は見当たらなくて、あまり派手にならないコーデで無難にオシャレしている印象だった。 ……実は、作戦会議室で見た時に、ちょっとダウナーっぽい表情をしていた召喚師(サマナー)ってコトで、最初は黒系メインの呪術的な趣味を想像したんだけど、そのテのは白黒のゴスロリ入ったフリフリのドレスが、若気の至りっぽく隅っこに一着見えるだけである。 おそらく、これも理美ちゃんが買ったモノじゃなくて、誰かに押し付けられた類だろうけど。 (でもこれ、ちょっと着て見せて欲しいなぁ……) しかも、どーせならレースの下着やガーターベルトなんかとも合わせて……。 「……はっ、いかんいかん……」 そういう妄想は、うちに帰ってからたっぷりするとして、今はまだ貴重な隙を見計らっての大事な調査中。 「ん……?」 それから、フリフリドレスの下に収納されていた、下着などが透けて見えるプラスティック製の三段衣装ボックスの上に、伏せられたフォトスタンドが乗っているのを見つけるあたし。 (なんだろ……?) そこで、理美ちゃんの下着のシュミも気にはなるとしても、まずはこちらから手にとって裏返すと、セーラー服姿の二人の女の子が腕を組みつつ、にこやかにピースサインを決めている写真が目に映った。 「ほほう……?」 片方は言わずと知れた理美ちゃんで、その隣は肩まで髪を伸ばした、やや長身の大人びた感じのコだけど、写真の中央下には赤いマーカーの手書きで「理美&晴実」と書かれて、真ん中にはハートマークまで添えられている辺り、相当仲が良かったのは窺えるけど……。 (……でも、なんでまたこんなトコロに?) それに、晴実って名前もどこかで聞いたような……? 「……ん〜っ……」 「愛奏〜?ごはんできたよー?」 「……あ、はいはい!今おりるー!」 しかし、思い出そうと記憶を辿っていた途中で、階下から届いた理美ちゃんの呼ぶ声で我に返ると、慌てて大声で返事をするあたし。 名残は惜しいものの、残念ながら今回の調査はここまでらしい。 「…………」 けど、この写真は一応チェックしておくかな……? * 「おお……朝ごはんだ……」 それから、理美ちゃんに促されてキッチンまで下りていくと、ご飯に味噌汁、更に目玉焼きとウィンナーとサラダのお皿が二人分並んだ、いかにもって感じの朝食が湯気を立ててあたしを待っていた。 「あはは……。お粗末さまですが」 「とぉんでもない。……というか理美ちゃん、いつも早起きしてごはん作ってんの?」 自分も今はおひとり様生活中だから分かるけど、独り暮らしでちゃんと自炊が出来てるのって、なかなか立派だと思う。 「ううん、いつもはもっと適当だけど。むしろ、お弁当作るついでに食べてる感じで」 「あはは、んじゃ、今朝はあたしのせいでちょっとメイワクかけちゃったかな?」 「……ううん、でもごめん。本当はお弁当も二人分用意したかったんだけど、お味噌汁とか作ってたら時間なくなっちゃった」 「いやいや、そこまではさすがに申しワケないし、だったら今日のお昼は一緒に学食かどこかでたべよっか?」 こりゃ、あたしがオゴらないわけにもいかなさそうだけど。 「うん……」 「……では、いただきまーす」 ともあれ、冷めないうちが果報と、早速テーブルについて両手を合わせるあたし。 「はい、どーぞ♪……というか、天使様が合掌って、ちょっとヘンな感じかも」 「ま、こっちにいる間は、郷に従えってね……」 そしてとりあえず、理美ちゃんとは色違いの箸を片手に、味噌汁をひと口……。 「……どう?」 「素朴……というか、普通……かな?」 嘘がつけない天使としてお世辞の類もニガテなんで、何だか微妙な感想になっちゃったけど、野暮ったい味の加減とか具材の切り方とか、不器用さが垣間見えている部分も含めて、いかにも手作りって味だった。 ……まぁぶっちゃけてしまえば、美味しいかどうかより、理美ちゃんが自分なりに一生懸命作ってくれたのを感じられるのが何より嬉しいんだけど。 「ああ、よかった……。じつはひとり暮らしを始めてから他の人に料理するのは初めてだったんで、ちゃんと食べられるものになってたか心配だったの」 すると、あたしのそんな気の利かないコメントにも、理美ちゃんの方はそれで満足とばかりに笑みを見せてくる。 「へ〜、そうだったんだ……。でも、大丈夫だよ?目玉焼きだって悪くない焼き加減だし」 「……ありがと。それに中学の調理実習の時とか、いつも晴実には料理がヘタだって言われてたから。そりゃ、小さい頃から家の手伝いをしてた板前さんの娘に言われてもなぁ……ってカンジだったけど」 「晴実?」 ……あの写真のコか。 「うん。小学校に入った頃からずっと一緒だった幼馴染み。今は少し遠くにある県立の共学に通ってるんだけど……」 「高校は一緒のトコロを選ばなかったの?」 「あはは……。わたしの学力じゃどうにもならないところだったし……」 「……ふーん……」 んじゃ、あの写真は中学時代って辺りか。 ……にしても、あんな形で放置されてたのは気になるけど。 「それより、愛奏も一人暮らしなんだよね?料理とかしないの?」 「いや〜。生憎あたしは出来あい専門というか……」 ともあれ、理美ちゃんの方が彼女の話はそれ以上続けたくないらしく話題を変えてきたのを受けて、あたしもそれ以上は突っ込まずに苦笑いを返す。 ちなみに、こちらでの活動拠点に提供されてるアパートにも一応は調理用具一式が揃ってるけど、お湯を沸かす電気ケトル以外はホコリを被ってる状態である。 「お料理に興味はないの?」 「まぁ、天使として必要なスキルでも無かったしねぇ……あはは」 生憎、天使養成施設(エンジェリウム)のカリキュラムにも無かったし。 「それじゃ、今度わたしと一緒にやってみない?いい経験になるかも」 「ん〜。そうだねぇ、考えとく……」 リクリエーションとしては悪くないかもしれないものの、ただ戦い以外の用途で刃物を振るったコトなんてないから、ぶっちゃけ嫌な予感しかしないけど。 「うん……って、あ、そろそろ時間やばいかも……」 「うおっと……!」 ……けどまぁ、こっちはちゃんと自炊してるらしい天音ちゃんに頼んで、ぼちぼち予習くらいはしておきますか? * 「おっ、みちるんじゃないの、おっはよ〜?」 「お、おはよう、未知瑠ちゃん……」 「……はよー……」 やがて、途中で制服を取りに遠回りしつつも二人揃って登校した校舎入り口で、まるで死人(コープス)のような足取りでフラフラと教室方面へ歩いてゆくみちるを発見して声をかけると、まだ始業前にもかかわらず、既に精根尽きたようなテンションの低い挨拶が返ってくる。 「おいおい、これから一日の始まりだというのに、随分とお疲れ……だよねぇ?やっぱ」 「……っ、疲れたってレベルじゃねーわよっ!ったく、アンタらアタシを過労死させる気?!」 そこで、心当たりしかない昔の相棒の惨状に、苦笑い交じりで分かりきったセリフを続けると、今度は振り返って噛みつかんばかりの勢いで食ってかかってくるみちる。 「どうどうどう、まぁ一応はコトなきを得たんだから、いいじゃないのさー」 眠ってる間にメールで届いてた天音ちゃんからの報告によると、理美ちゃんを落ち着かせた直後に、例のヤバい魔神の召喚は中断されて再び強制的に送り戻され、更に以後は追加のサモンも発生しなくなり、また住人への被害も、驚いて腰を抜かせた目撃者が何人かいる程度で済んだそうな。 「ええい、誰がコトなきで済ませてやったと思ってんのよ……!」 「ご、ごめんなさい……」 「ったく……。こちとら、結局は徹夜でみーんな送り戻して寝てないってのに、アンタらは妙にスッキリした顔で、朝っぱらからイチャイチャしやがって……」 「……ん……?」 そこで言われて、いつの間にやら理美ちゃんが腕を組んできていることに気付くあたし。 (……おお、大胆やねぇ) モチロン、あたしもやぶさかじゃないけど、ただやっぱり一晩で結構な変化がある様な……? 「ほ、ホントごめんね、未知瑠ちゃん……。知らずのうちとはいえメイワクかけて……」 「……はぁ、まーいーけどさ。それで、結局もう大丈夫なの?」 「んーまぁ、召喚術が発生する原因はほぼ突き止めた」 ともあれ、それから諦めたように溜息を吐いた後で、肝心な用件を訊ねてくるみちるに、あたしは素っ気無く結論から答えてやる。 「ほう」 「……けど、もう発生させないように出来るかは、まだこれから……かな?」 むしろ、それに対するソリューションをこれから考えるワケで。 「はー……。まぁそんなモンだろうけど、今日は聞きたかないわ、そんなハナシ……」 「まーまー、つか、そんなに眠いならサボればよかったのに」 堕天使になった後でも、昔と変わらずヘンに生真面目なんだから。 「そら、どうしてもアンタらにひと言モンクをいってやりたかったからに決まってんでしょ?!……ホント、頼むからこれ以上アタシの仕事を増やすのはカンベンしてよね……」 すると、みちるは最後に苛立ちと懇願の混じったセリフを吐き捨て、あたし達の前から背を向けてトボトボと立ち去っていった。 「……まぁ想像はしてたけど、マジでお疲れ様。みちる……」 「うん……。未知瑠ちゃんには悪いことしちゃったなぁ……」 「まー、しょうがないって。理美ちゃんは何も知らなかったんだし」 ……ただ出来れば、理美ちゃんには最後まで何も知らないまま解決してあげたかったけど。 「あ、でもそういえばわたしもまだ聞いてなかったけど、結局、原因って何だったの?」 「……んーまぁ、もう隠すようなコトでもないんだろうけど、ここであたしが面と向かって言うのもアレだし、もうちょっと検証もしたいから、また今度ね?」 それから、ふと思い出したようにこちらを見上げて尋ねてくる理美ちゃんに対して、やんわりと言葉を濁すあたし。 「う、うん……」 「…………」 (……しっかし、理美ちゃんを寂しくさせたら魔物が沸いてきて街がピンチって……) これ、一体誰が何の為に仕組んだんだろう? * 「……今日も風が気持ちいいね、愛奏?」 「うん……。まぁ涼しくていいよね……けど……」 やがて迎えたお昼休み、あたしは久々に学食で理美ちゃんと名物の日替わりランチを食べようと朝から楽しみにしていたのに、何故か行き先はパンを買い込んでの屋上になっていた。 もちろん、それは理美ちゃんの希望なんだけど……。 「けど?」 「いや、席はまだ空いてたのに、どうしてココになったのかなーって……」 「……だって、混み合ってる学食より、こっちの方が静かで好きだから」 「あー、んじゃしょーがないか……」 ……しかも、出入り口付近の物陰に背中をもたれて座るあたし達のすぐ隣を一瞥した先では、当然のようにみちるまで先にやってきていて、昼食の入ったビニール袋を投げ出したまま、猫みたいに身体を包ませながら気持ち良さそうに寝こけてるし。 「やっぱり、相当無理してたみたいだね……未知瑠ちゃん?」 「……まぁ、起きてたら起きてたで煩いから、この方が静かでいいけど」 「ふふ……そーだね……」 いずれにしても、すっかりとこの屋上があたし達の本部というか溜まり場となってしまっているのは否めなかったりして。 「……んじゃ、いっそのコト天音ちゃんも呼んで、みんなでご飯にしよっか?」 相変わらず他に誰の姿もないし、ついでに昨日の報告会をやってもいいかも。 「……ううん。このままでいいよ……」 しかし、そんなあたしの提案に理美ちゃんは首を横に振って遮ると、そのままこちらの肩口へ自分の頭をすり寄せてきた。 「……理美ちゃんってさー、もしかして大勢より仲のいい誰か一人とってタイプ?」 「うーん……言われてみたらそうかも?」 「あー、なるほどねぇ……」 寂しがりの割に、人がいればいいってもんじゃないワケね。 「なにが、なるほどなの……?」 「んー、またひとつ理美ちゃんへの理解が深まったというか……」 ぶっちゃけ、あたしとは真反対のタイプみたいだけど、これはちょっと骨が折れそうである。 「あはは、なにそれ?」 「……まーそれより、みちるの奴も一向に起きないし、先に食べちゃおっか?」 「うんっ」 ともあれ、その話はまた今度とばかり、あたしがまずは食事を促してビニール袋からたまごサンドを取り出すと、理美ちゃんも頷いてイチゴの入ったフルーツサンドを取り出してくる。 「あ、おいしそーだね、それ。あたしも買えばよかったかも……」 混雑を極めた購買で、ましてや争奪戦初心者のあたしがゆっくり選ぶ暇なんてなかったけど、今更ながら昨日の疲れも残るあたしの身体は、ちょうどそういうのを求めていた気がしたりして。 「……んじゃ、半分あげよっか?」 すると、理美ちゃんはもの欲しそうな顔をしてしまったあたしにそう言ってくれると、包みを外して三角に切られた二個セットの片割れを手に取った。 「お、いいの?」 「もちろん……」 そこで、あたしは遠慮なく手を伸ばして受け取ろうとしたものの、それから理美ちゃんは先っぽの方を一口サイズに毟った後で、その端っこを自分でくわえてしまう。 「へ……?」 「…………」 そして、「はい、どーぞ」と言わんばかりにこちらへ向けてくる理美ちゃん。 (ちょっ……) そんな、予想外のダイタン行動に、さすがのあたしも一瞬腰が引けてしまうものの……。 「…………」 理美ちゃんがさっさとしろと促すように目を閉じたのを見て、あたしも観念して自分の顔を近付けると、口移しで最初の一口目を受け取った。 「ん……っ……しっかし、一応は学校の中なのに情熱的だねぇ、理美ちゃん……」 それから、昨夜ぶりの柔らかい感触と共にサンドを受け取ったあたしは、照れたはにかみを見せてくる理美ちゃんへ苦笑いを返す。 「うん。たまにはわたしからこーいうコトしてもいいかなって。はい、今度は普通にあ〜ん……」 「あ、あ〜ん……」 (えっと……もしかして、あたしの影響?) まー確かに、出逢って最初はお近づきになる為に、色々と強引なコトばかりしてたかもしれないけど。 「それにほら、こういうのは未知瑠ちゃんが寝てる今しかできないし……」 「あはは、さすがに誰かが見てる前じゃあねぇ……」 ……つまり、それもパンを買ってひと気の無さそうな屋上を選んだ理由の一つですか。 (意外と策士だなぁ、理美ちゃん……) 「ふぁぁ……おなか膨れたら、あたしも眠くなってきた……」 ともあれ、それから二人で時間をかけて、買ってきたパンをすっかり平らげてお腹も膨れた後で、午後の陽気にあてられ、眠りへと誘われてゆくあたし。 「……だめだよ……。わたしも眠いんだから、みんな落ちたら遅刻しちゃう……」 「んあー、つい一昨日にサボっちゃったばかりだしねぇ……」 さすがに、不真面目イメージも天使としては回避したい……けど……。 (眠い……やばい……) 「……ね、愛奏。これからわたし、どうなるのかな?」 しかし、抵抗むなしくいよいよ意識が沈んでしまおうかというところで、不意に理美ちゃんが繋いでいた手にぎゅっと力を込めながら、そんなコトを尋ねてくる。 「ん?……どうなるって?」 「だって、未知瑠ちゃんや愛奏が言ったように、わたしって召喚師なんでしょ?つまり、フツウの女の子じゃないんだよね……?」 「……別に心配しなくても、理美ちゃんは何も気にせず、今まで通りに過ごしてくれればいいんだよ。あたしだって、その為にここへ来たんだから」 「それじゃ、これからもこうやって側にいてくれるの……?」 「少なくとも、一度受けた任務を途中で投げ出して帰るってのは、天使としてのあたしの矜持が許さないから、まぁ安心してくれてていーよ」 ともあれ、それに対してあたしはこちらからも絡ませた指に少しだけ力を込めて、精一杯の約束を返す。 ついでに言えば、イタズラしてやりたくてウズウズさせられる様な無防備なカッコで寝てるアイツ(みちる)とも、まだしばらくは腐れ縁が続きそうだけど。 「うん……あのね、だったら……」 「ん?」 「……だったら、その時が来るまで、わたしの家で一緒に住まない?それに、返事はしなかったけど愛奏も昨日そう言ってくれたよね?」 すると、そんなあたしの決意表明に頷き返してくれた後で、理美ちゃんが遠慮がちに同居のお誘いをかけてくる。 「……あー。ん〜、そうだねぇ……」 あたし的には一向に構わないんだけど、ただ任務的には状況が変わってしまったので、それがベストの選択か分からなくなってるだけに、即答はしにくいところだった。 「やっぱり、メイワク……?」 「んにゃ、決してそんなコトはないんだけどねー、でもその前にちょっとやるべきコトがいくつか残ってるから、今は保留させといて」 「やるべきこと?」 「……あたしもメンドくさいんだけどさー、とりあえずそろそろ一度、報告にも戻らなきゃなんないのよ」 そして、手付かずのままの報告書のコトとかを頭に浮かべて、投げやりに返すあたし。 ……まったく天使ってヤツは、義務やら手続きが色々とあるもんで。 「報告って、もしかして天界に?」 「んでさ、ちょっとこの週末辺りに一度戻ってこようかなって思ってんの。……あ〜でもダイジョウブ、報告終わったらすぐに戻ってくるから」 「……約束だからね?」 「任せなさいって!ちなみにあたしがいない間は、そこのみちるか天音ちゃんでも代用してくれていいから」 「なにそれ……」 「あはは、まぁ無いよりはマシかなって。とにかく、学校もしばらく休んじゃうと思うから、悪いんだけどそのつもりでいてよ?」 「うん……」 もちろん、後ろ髪を引かれる心地はしてるんだけど、ただあたし自身も今後のコトでちょっとばかり迷っているから、どうしてもここらで戻っておきたいんだよね……。 * 「……なるほど、事情は把握したわ。まずは原因の究明、ご苦労様」 「まったく……先日の召喚祭りになった時はどーなることやらと思ったけど、確かに天音ちゃんだけに負わせなくて正解だったかもね?」 やがて、週末を迎えて天音ちゃんに監修してもらいつつ、一日ほど費やして中間報告書を纏め上げた後で予定通りに天界へ戻り、あたしは作戦司令室で待っていたマリエッタ姉にこれまでの経緯を説明していた。 「と、自画自賛の割には幾分、自ら招いた落ち度もあるみたいだけど、それが結果として成果に繋がったのだから、まぁ良しとしましょうか」 「むぅ、相変わらず参謀長サマは手厳しいな……」 確かに、ちょっとマッチポンプっぽくなったのは否めないし、そこは正直に申告してるけど。 「……それでも、連続して召喚された二桁を超える魔族に対して、現地への被害を食い止めつつ、相手を必要以上に傷付けることもなく処理してしまうなんて、通常天使ならこれだけで昇格材料ね」 「ま、あちらさんの駐在エージェントが昔の同僚だったから、色々とハナシが早かったってのもあるんだけどさ。んなコトより……」 「ええ。……それにしても、強い孤独感をトリガーにした無意識下での発動とは、いささか始末に困る結論となったものね?」 ともあれ、今さら昇格なんて言葉は無関係になっているあたしが素っ気無く話を戻すように促すと、マリエッタ姉は肩を竦めながら、悪い報告を聞いた時の様な反応を見せてくる。 「元々が寂しがり屋だったところへ、両親や一番の仲良しだった親友が一度に離れて行ってしまった所為で理美ちゃんは心に大きなダメージを受ける羽目になって、結果的にそれが奥底に眠っていたチカラを覚醒させてしまったのかねぇ?」 召喚術の行使が確認されるようになった時期とのシンクロ具合からも、それで辻褄が合うし。 「けど、それが結論ならば、貴女を選んで正解だったと改めて言えるわね。……相変わらず、女の子を篭絡させるのは得意みたいだし。ふふ」 「……こらこら、人聞きの悪いコトは言わないで欲しいんだけど?まぁ、結構際どい手も使ったけどさ」 「いきなり、天使の翼を見せて、禁断の正体明かしをしてしまったものね。彼女とは長いお付き合いになる予感でもしたのかしら?」 「んーにゃ、最初はナニやっても取り付く島もナッシングって感じだったから、ちょっとばかり刺激を与えてみよっかな〜ってつもりだったんだけど……なんかマズかった?」 「正直、あんまりよろしくはないんだけど、私の方もなんとかしてとしか言ってなかったから、まぁ仕方が無いわね」 「ふむ……それで、今後のコトなんだけどさ……」 何やらマリエッタ姉の言葉に引っかかりは覚えるものの、今はそれよりも一番肝心な相談がまだ終わってないので、まずは本題を優先させるあたし。 ……ぶっちゃけ、まだ「なんとかした」とは言いがたいワケであって。 「そうねぇ……。感情の起伏で本人の意思と関係なく発動だなんて、さすがに予測の中に入ってなかった原因だったし、私もまだ頭の整理が出来ていないのだけど、何かアイデアでもあるかしら?」 「いや、それを伺いたくて戻ったのに、あたしにそれを聞くか?!……けどまぁ、誰かずっと一緒にいて寂しさを紛らわせてくれ続ける相手が必要になるのかねぇ?」 「まぁ、今の所はその方向で進めるしかなさそうね……。では、当面は彼女の心の隙間を埋めつつ、その誰かを見つけるのが貴女の次の仕事かしら」 「やれやれ、やっぱそーなるのか……」 正直、あんまり気は進まない任務ではあるけどさ。 「あら、何やら気乗りしない様子ね?珍しく私情でも入ってるのかしら?」 「別に……。ただ、あたしじゃなきゃダメなのかなって、ちょっと思っただけで」 「破天荒なやり方だろうが、一度受けた任務は必ず最後までやり遂げて成果を挙げる。それが貴女の貴女たる所以でしょう?」 「うんまぁ、それも理美ちゃんに誓ったけど……」 「だったら、迷う理由なんて無いし、作戦司令である私からの命令として、粛々と遂行して頂戴」 「へいへーい……」 ……ま、あたしとしてもこういう方向になるのは分かっていたけど、何となく割り切れない気持ちが芽生えてしまったから、マリエッタ姉からの号令が欲しかっただけである。 「……それとも、せっかく登りつめた七大天使の座から降りて一介の天使に戻り、あの方面担当の駐在エージェントでも代わってもらう?そうしたら手間が省けるかもよ?」 「ハッ、ごじょーだんを」 それから、まるであたしの心を見透かしたように、マリエッタ姉が思わせぶりな笑みを浮かべて挑発的なセリフを向けてきたのを受け、小さく肩を竦めて受け流すあたし。 「まぁ、そうでしょうね。厳格なヒエラルキー組織の天使にとって、地位とは命も同然だから。それを忘れていやしないか心配したんだけど」 「……ったく、余計なお世話だっつーの。いいから、さっさと片付けりゃいいんでしょ?片付けりゃ」 「ええ、よろしくね?」 「…………」 (……でも、そういえば理美ちゃん、今頃どうしてるのかな……?) あたしが不在でも、みちるが平穏な夜を送れているのか、もしくはやっぱり無意識サマナーっぷりを発揮しちゃってるのか、どっちにしてもフクザツな気持ちになりそうだけど。 * 「……くしゅんっ!」 「うおっと!ちょっ、いきなりトバさないでよ理美っっ」 「ご、ごめんなさい……」 愛奏が帰省してから二日が経った月曜日のお昼休み、突然に鼻がむず痒くなって飛び出てしまったくしゃみに、くっつけた対面の席に座って一緒にごはんを食べていた未知瑠ちゃんが、慌ててお弁当ごと身をよじらせる。 「風邪ですか?それとも花粉症がまだ残ってるとか?」 「……うーん……どっちでもないはずなんだけど……ありがと……」 すると、横の席に座る春日井さんが、ポケットティッシュを取り出して一枚差しだしてくれたのにお礼を言って受け取りつつ、心当たりを考えるわたし。 「んじゃ、アイツがウワサでもしたとか?」 「そうなのかなぁ……」 だったら、嬉しいけど。 「次元を超えたジンクスとか、それはまた壮大なお話ですね?」 「……あはは……」 ともあれ、出発前に聞いた言葉の通り、愛奏が出かけてからはこうして、未知瑠ちゃんと春日井さんがわたしのクラスや自宅へ頻繁にやってきてくれるようになっていた。 お休みだった昨日も昨日で、家まで迎えにきて遊びに連れ出してくれたり、今日はこうしてお昼休みになったら、みんなクラスが違うのにわざわざ一緒にお昼を食べにきてくれたり……。 「……にしてもさー、アタシって結局は愛奏にいいように使われてるよね?」 「まぁ、利害は一致するじゃないですか?それとも、今度こそ過労死したいんですか?」 「うぐぐ……」 「えっと、だ、大丈夫だから……たぶん」 つまり、代役っていうのは、相変わらずクラスで別の友達ができていないわたしへの愛奏なりのフォローなんだろう。 「それで、実際にここ最近の召喚状況はどうなんです?」 「ん〜、あの夜以来で言えば、土曜日の晩に一人だけかな。まーアイツのお陰か知らないけど、最近はアタシもゆっくり休めてるカンジ?」 「……ごめんね、未知瑠ちゃん……。わたしも自分で何とかできるなら抑えたいんだけど……」 「いーっていいって。ほぼ夜な夜なだった一時期に比べりゃ、ゼンゼン楽にゃなったし」 「まぁ、次の嵐の前の静けさじゃなきゃいいですけどね?」 「ええい、愛奏はアホみたいに能天気なのに、どーしてアンタはそうネガティブなのよ?!」 「それでバランス取っていますから」 「あはは……」 「…………」 確かに、こうやって親しく話しかけてきてくれている二人のお陰で、以前のような孤独感は紛らわせてもらってるけど、やっぱりなんだか満たされない。 二人の会話から愛奏への愚痴がちょくちょく交えられているのが、楽しくもそのたびに恋しくなってしまってる感じで、せっかくの好意も空回り気味だったりして。 「…………」 「……けどさー、理美?」 「ん?」 「こういっちゃナンだけど、あんまりアイツには入れ込まないほうがいいと思うわよ?」 しかし、それから愛奏のふざける姿が懐かしくなってきたところで、対面の未知瑠ちゃんが片肘をついて窓の外を眺めながら、不意にそんなコトを告げてくる。 「え……?」 「アイツはさ、他者の心には無邪気にズカズカと入り込んでくる癖に、その気にさせた相手へのフォローには無頓着な、無責任極まりないヤツだから」 「……それは、自分の経験談ですか?」 「ちっ、ちげーわよ!そ、そんなんじゃ……」 そして、わたしも思った春日井さんのツッコミを受けて、顔を真っ赤にしながら露骨に慌てふためく未知瑠ちゃん。 「……分かり易いですね」 「あはは……」 何となく言ってることはわたしにも心当たりがあるけど、ただ一方で未知瑠ちゃんを弄りたくなる愛奏の気持ちも、ちょっとだけ分かるかもしれない。 「でもま、アタシが道を踏み外してこんなんなっちゃったのも、あるイミはアイツのせいだしね。……まぁ、恨むのはお門違いだし、だからどーしたと言えばそれまでナンだけどさ」 「それに不幸中の幸いか、こちらでまさかの再会まで果たせましたしね?」 「……やれやれ、中途半端に腐れ縁が残ってるんだから。ったく……」 「…………」 (でも、やっぱり今は愛奏に会いたいなぁ……) せめて電話かメールでもできればいいのに、さすがに愛奏のいる天界までは繋がらないし。 (……もう、さっさと帰ってきてよ、愛奏……) でないとわたし、また……。 「…………」 「ちょっ、理美……?!」 「雨宿さん……?」 第六章 迷い子たち 「……んーっと、今着いた電車くらいかねぇ?」 やがて、報告やら用事を片付けて人間界へ戻った翌日の夕暮れ時、あたしはいつもの街を離れた駅前で、とある人物の到着を待っていた。 「ふー……」 もちろん、本音では真っ先に理美ちゃんのモトへ戻りたかったものの、だけどその前にこの対面だけは済ませておかないと。 (でもなぁ……) どうにか、天音ちゃんに連絡先まで調べてもらって約束は取れたけど、果たしていい話になるのやら。 「…………」 「……お、いたいた。おーい、渡瀬(わたせ)さーん!」 ともあれ、程なくして駅から吐き出されてきた人波の中から、目当ての人物の姿を見つけたあたしは、手を上げて呼びつつ駆け足で近付いてゆく。 「あ、えっと一葉さんですよね?」 「はいはい、そーですそーです。ホント、わざわざすんません……」 すると、あたしに呼ばれて理美ちゃんとは違うブレザー姿の先方さんも振り返ると、待ち人を見つけた表情で立ち止まってくれた。 ……これも、あらかじめ顔写真を交換しておいたからだけど、まったく最近の人間界も便利になっているもんだ。 「いえいえ、あ、改めてはじめまして。私が渡瀬晴実です」 ともあれ、それから目の前までたどり着いたあたしへ向けて、渡瀬さんは礼儀正しく頭を下げてくる。 「おっと、これはご丁寧に……。一葉愛奏っす。よかったら愛奏とでも呼んでやってくださいな」 「では、私のことも晴実で。理美の新しいお友達と聞いて、私も興味持ってたんですよ」 「それはそれは。断られたらどうしようかと思ってたんで、重畳ですわ」 ……そう、このコは理美ちゃんの親友だった、晴実ちゃん。 先日に見つけた写真とイメージ的にはだいたい変わりはないものの、身だしなみに割と無頓着な理美ちゃんと違い、こちらは着こなしから細部までしっかりと気が遣われていて、随分と大人びてる印象である。 ……というより、むしろこの晴実ちゃんの方が、本来は年相応なんだろうけど。 * 「それで、理美は元気にしてるんですか?」 ともあれ、それからあたし達は近くのカフェへと場所を移すと、注文を済ませて席に着いた後で、晴実ちゃんの方から話を切り出してくる。 「ええまぁ、最初に出逢った時はちょっとばかり曇りがちでしたけど、今は色々ありながらも笑みが見えてきたって感じですかね?」 そこで、相手の本音を探ろうと、意地が悪くも少しだけ皮肉がかった答えを返すあたし。 ……ただまぁ、かくいうあたしもこっちの時間で、一週間ほど会ってないんだけど。 「そうですか……でしたら、あなたのお陰ですね。私もあれから時々メールは出したんですが、いつも無視されちゃっていて……」 「でも、着信拒否まではされてないんだ?」 「みたいですね……。だから、まだ完全には嫌われてないとは思いたいんですが、もしかしたらただ削除するのが面倒くさいだけなのかも」 「あはは……。けどまぁ、おそらく大丈夫だと思いますよ?今でも時々、普段の会話の中であなたの名前が出てきますし」 ……というか、それがあたしにとっての彼女と会ってみようと思った根拠だった。 あの写真立てだって、奥に追いやられてこそいたけど、捨てられてはいない。 そこに、理美ちゃんのホンネが出てる気がして。 「そうですか……。それで、愛奏さんからのお話とはなんですか?」 「ん〜、改めて訊ねるにはちょっと気が引けるんですけど、理美ちゃんと何があったのかなと」 ともあれ、それから早速本題へ入ってきた晴実ちゃんへ、少しばかり躊躇いを残しながら用件を告げるあたし。 「…………」 「えっと、こうやって面と向かって言うのもアレですけど、理美ちゃんがこの前、悲しそうに『晴実に裏切られた』なんて口にしたのを聞いて、もしかしたらすれ違いとか誤解みたいなのを生んでるのかなと、少々お節介な気持ちが芽生えちゃって、出来れば双方から事情が聞ければなーと……」 「…………」 「……そうですね、確かに私は理美を裏切ったと言われても、はっきりと言い返せないかもしれません」 すると、晴実ちゃんは少しの間だけ黙り込んだ後で、やがてガラスの壁越しに店の外へ視線を逸らせながら、淡々とした口調で肯定してしまった。 (うわ、あっさり受け入れちゃったかぁ……) まだ、ここで「勝手なこと言わないで!」とでも怒り出してくれた方が有望だったのに。 「えっと、元々お友達になろうと言ったのは、どっちなんです?」 「……私です。そして、別れを告げたのも私の方から……」 (あっちゃ……) 「で、でも、ここらで理美ちゃんと久々に会ってみたくはないですか?よかったら、あたしがセッティングしますけど」 そこで、いきなり流れが悪くなったのを払拭しようと、あたしは別の言い方で話を進めようとしたものの……。 「……私はよくても、やっぱり理美はまだ許していないと思います。以前のような笑みを向けてくれるならともかく、曇った顔は見たくないですから」 しかし、あたしの提案に晴実ちゃんは考え込む仕草も見せないまま、小さく首を横に振ってやんわりと遠慮の言葉を返してきた。 (はー、そーきたか……) まぁ、雰囲気的に断ってくるだろーなって予感はあったけど、どうやら二人の間には色々とフクザツな事情があるらしかった。 「……んじゃまぁ、どうしてそうなってしまったのか、差し支えない範囲でいいんで、ひとつ教えてもらうコトはできませんかね?」 「ええ……。私と理美は小学校に入学したすぐ後で知り合って、それから中学を出るまでの間は、二人で一つとからかわれていた位に、ずっと一緒に過ごしてきました」 ともあれ、改めて一番聞きたかった二人の事情へあたしが話を戻すと、晴実ちゃんは湯気を立てるコーヒーの中へ視線を移して、懺悔でもするかの様に語りかけてきた。 「もう、友達というより姉妹みたいなカンジで?」 「姉妹というか、はっきり言って恋人みたいに思われていたかもしれませんけど、しかし高校受験を控えた去年の夏休みに、理美から『もしかしたら、わたしは海外の高校に行くコトになるかも』と告げられまして……」 「ありゃ……」 「どうやら、お父さんが勤めている会社で新しく出来た海外工場を任される事になりそうというのが理由だったんですが、私もその時点では当たり前のコトとして理美と一緒の高校へ進学するつもりだったので、結構なショックを受けてしまいまして……」 「うん、そりゃそーですよねぇ……。さすがに海外までついてくワケにもいかないだろうし」 もちろん、理美ちゃんも誰も悪いワケじゃないんだけど、それゆえに晴実ちゃんにとってはやるせない話だったのかもしれない。 (つまり、ここで運命の歯車が狂ったのかぁ……) 「それで、自分で言うのもなんですけど傷心のまま、理美がいなくなった後はどうしようかと、密かに進路とか色々考え直すようになってゆく中で……」 「なってゆく中で?」 「……新しい出逢いと巡り合ってしまいました」 そして、晴実ちゃんは一度口ごもった後で鞄から携帯を取り出すと、あたしに待ち受け画面を見せてきた。 「……あ〜、なるほど……そーいうコト……」 (しまった、こりゃダメだ……) なにせその画面には、晴実ちゃんと見知らぬ男子学生が手を繋いでいる写真が映っていたのだから。 「しかしその後、家庭では予定通りの海外転勤が決まりながらも、理美はひとり残る決心をしたんですが、既に私の心は彼の方へと傾いていまして……」 「…………」 「結局、理美の志望先は一緒に受けたものの、内緒で彼と約束していた今の高校にも受かってしまい、私はこちらを選んでしまった……というわけです」 「なるほど……」 (……は〜、まさかそーういうオチだったとは……) ……というか、真偽の見極めが得意なあたしが断言できるコトとして、彼女の言葉からは理美ちゃんへの罪悪感こそ窺えるものの、この選択には一片の後悔も抱いていないみたいである。 「んじゃ、この人とは今もラブラブ高校生活中?」 「……面と向かって言われると照れますけど、実はこの後も約束しています……」 「うはは、そりゃヤケちゃうコトで……」 ともあれこれで、あたしの目論みは完全崩壊ってか……。 * 「……ゴメン、今日は大事な時間を使わせた上に、立ち入ったコトも聞いちゃって……」 「いいえ。そうやって理美のコトを親身に考えてくれる新しいお友達が出来たのが分かっただけでも嬉しかったですし、あなたになら話しておくべきだったとも思います」 やがて聞きたかった情報収集も終わり、再び一緒に駅前まで戻ったところで、あたしが謝罪含みのお礼を向けると、晴実ちゃんは穏やかな笑みを浮かべて頷いてきた。 「そっか……」 「……でもまぁ、いつか理美にも“いい人”さえ出来れば、私もまたお友達には戻れる気がするんですけどね」 (んなコトは、百も承知だってば……) 何せその、“イイヒト”の第一候補かと思って、あたしはこうやって会いに来たんだから。 「……やぁれやれ、いきなしアテが外れたなぁ……」 それから、またいつでも連絡してくださいと言ってくれた晴実ちゃんと手を振って別れた後で、トボトボと帰路につきつつ、がっくりと項垂れるあたし。 何だかんだで、理美ちゃんの方はまだ未練のカケラが残ってたみたいだから、専門外ながらあたしがキューピッドにでもなってあの二人をモトサヤに導ければ、それが一番納得できる形での解決になりそうと目論んでいたものの、進んでしまった時間はもう戻らないみたいである。 (にーしても、彼氏……ねぇ……) まぁ確かに、晴実ちゃんを見ていると、それまでの人生をリセットしてしまいかねない程の劇薬なんだろうけど、とにかく繊細な理美ちゃんだけに、親友にせよ恋人にせよ、よほど相手は慎重に選ばないと、また心の傷を増やしてしまいかねないワケで。 (……何だかんだで、最終的にはやっぱりあたしが面倒みなきゃならなくなったりして……) 「…………」 いや、それがムリっぽいから、こうして他の相手を探し始めてるのに、乗り気になってどうするあたし。 「ふう……まぁいーや、この件はもうこれでおしまいっ!」 いずれにせよ、ダメになったプランをいつまでも引きずったって仕方が無い。 ともあれ、不発ながらするコトも終わって理美ちゃんの声が聞きたくなったあたしは、自分の携帯を取り出して呼び出しをかけてみるものの……。 「…………」 「…………」 「……おろ?……」 結局、理美ちゃんは出てこないまま、留守電モードになってしまった。 「ん〜……今、手が離せないのかな?」 そろそろ夕暮れだし、ひとり暮らしの理美ちゃんには色々と慌しい頃かもしれない。 (……まぁいーや。んじゃ、このままノーアポで行っちゃうか?) やっぱ、それなりに寂しい思いもさせていたんだろうし、いきなり会いに行って驚かせるのもオツかもしれない。 (ついでに、理美ちゃんお気に入りのケーキ屋で待たせたお詫びも買っていって、それでもって、ボックスを受け取って両手が塞がった隙に、不意打ちでちゅーしてみたりとか……ぐふふ……) ……あ、なんか凄くウキウキしてきたぞ、あたし。 * 「……愛奏……っ!」 それから、寄り道も済ませて日が暮れかけた頃にあたしがようやく呼び鈴を鳴らして訪ねると、理美ちゃんはエプロンドレス姿で玄関まで駆け出して来るや、言葉も短くあたしの胸へと一直線に飛び込んできた。 「おーおー、そんなに寂しかったのかい?」 「うん……。だって、一週間ぶりだから……」 さっきは電話が繋がらなくて少々不安になったものの、そんな予想以上の熱烈な「おかえりなさい」っぷりに満足感を覚えながらあたしも背中に手を回すと、理美ちゃんはカチューシャを揺らせて更にキツく抱きしめてくる。 「あー、ゴメンねぇ。まとめて用事を片付けてたら、何だかんだでこんなになっちゃった」 しかも、次元を超えて天界と人間界を行き来する際には、時の歪みが生じて時差を作ってしまう為に、移動時にズレた時間だけでも一日分くらいは余分に待たせているし……ってのはともかくとして……。 (あれ……?) ……ちょっと待て、ナンかおかしい気がするんだけど、そうでもないような? 「もう、こんなに待たされるなんて思ってなかったよ……だからわたし、わたし……っ」 「うんうん、ゴメンよぉ……。でも、当面はもうどこにもいかないからさー」 (……そういえば、なんで理美ちゃんってばメイド服なんて着てんの?) 「……お、ようやく帰ったか。おかー」 「おかえりなさい……」 と、理美ちゃんを抱き受けながら疑問符が頭に浮かんだところへ、続けて何やら疲れきった様子で、みちるや天音ちゃんも出迎えてきた。 「二人ともお疲れー。いや、ちょっと帰りが遅れてスマンね?」 「ったく、ホントに遅いっつーの……」 「まぁ、我々の力不足も否める所ではありませんが……」 そこで、随分と苦労をかけたらしいみちる達にあたしは労いの言葉をかけるものの、何やら二人の様子もおかしかったりして。 「へ……?」 「……あ、あのね……その……怒らないでね……?」 「怒らないでって……どったの?」 それから、何やらまるで我慢できずに粗相でもしてしまった子供の如く、恥ずかしそうにもじもじと顔を上げてくる理美ちゃん。 「え、えっと、その……。わたし、知らなかったから……!」 「……っ、まさか……」 「……これ理美、そんなトコロでいつまでも何をしておるか!はよう戻ってくるのじゃ」 そこで、なにやらぞくりと嫌な予感が背筋を走った矢先に、リビングの方から命令慣れした女の子の鋭い呼び声が響いてくる。 「あ、はーい……!ゴメンね、ちょっと行ってくる」 「え、ちょっ……」 しかも、それを聞いた理美ちゃんは、すぐに抱きしめていた腕を離してあたしにそう告げると、そそくさと戻って行ってしまった。 「な、なんなん……?」 「……いーから、追いかけて行ってみなよ」 「ですね、お話の続きはそれからです……」 「……ちっ、なんなんだよー勿体ぶっちゃって……」 ともあれ、仕方が無くあたしも理美ちゃんを追いかけてリビングルームへ入ってみると……。 「理美よ、さっさと茶のおかわりを持ってまいるのじゃ!当然、先程とは別の銘柄をな?」 「……はいはい、分かりました……」 「受け答えは一度でよいわ!……まったく、躾が足りぬようじゃの」 「は〜い……」 「……な、なに……?」 禍々しくも華美なドレスを着こなし、黒い羽と吊り上った真紅の瞳を持つ尊大な態度の女の子が一人、ソファーの真ん中でふんぞり返っていた。 背丈とかの見た目は理美ちゃんとそう変わらない年代のコっぽくも、その鋭い眼力や纏っている雰囲気は、明らかにこちらの世界の住人ではなさそう。 (というか、魔人族……よね?あれ……) あたしの記憶が確かならば、姿形こそ人間と似ているものの、上級天使の神霊力にも匹敵する魔力をその身に秘め、背中に纏った二枚の小ぶりな漆黒の翼と美しく澄みきった真紅の瞳を特徴に持つ、魔界でも支配階級に多い、「魔人族」と呼ばれる種族のコみたいだけど……。 「あと、なんぞ甘いモノでも欲しいのう。昨日食したケーキなどはないのか?」 「今日は買ってきてないです……」 「まったく気が利かぬ……おお、その方が持っておるそれは、菓子の包みではないか?」 そこで、まずは呆然と立ちすくんでしまっていた間に、魔人族らしき女の子の視線がこちらに向くと、あたしが持参したケーキ入りのボックスへ目を付けてきた。 「え、いや、これは……」 「うむ、わらわへの献上の品であるな。何者かは知らぬが、よき心がけじゃ」 「ちょっ……そうじゃなくて、こいつはあたしが理美ちゃんと……」 「……いいから、いいから。ちょっと借りるわよ?」 しかし、狙われているのに気付いたあたしが抵抗する前に、横から割り込んできたみちるがひったくってしまうと、そのまま恭しく女の子のもとへ持っていってしまった。 「な、なんなの……。というか、どちらサマ?」 「……愛奏様の帰りがあまりに遅かったので、寂しさのあまり雨宿さんが召還してしまった、魔界のやんごとなき姫君です。非公式ながら、コトは外交問題に関わりますので、どうか粗相のないようにお願いしますね?」 そして、完全に呆気に取られたあたしへ向けて、天音ちゃんがこちらの肩へ手を当てながらそう告げてくる。 「おひめ、様……?」 確かに、雰囲気的にはそれっぽいけど……。 「なんじゃ、その方からも天使の気配を感じるが、このプリネールを知らんと申すか?」 「プリネール……」 えっと、どこかで聞いたような……。 「……ってまさか、当代魔王のっ?!」 「ええ、正真正銘の魔王家第二皇女、プリネール・F・バランタイン姫です……」 やがて、該当する名前を思い出したあたしが指差しながら素っ頓狂な声をあげると、肩を掴む天音ちゃんが、恨みがましくフォローを入れてくる。 「ん、んな……」 馬鹿な……というか、このあたしでさえも眼前に見えているのに、夢かと疑いたくなる現実だった。 「それで、貴様はなんじゃ?」 「なんじゃと言われましても……。一応、理美ちゃんのカンケイ者ですけど」 「……ふん。後ろの木っ端とは似て非ざる、尋常ではない気配を感じるぞよ。そちも本来はわらわと同じく、この様な場所にいるべき存在ではあるまい?」 ともあれ、それからプリネールお姫サマに見据えられたあたしが投げやりに言葉を返すと、敵意こそは感じないものの、怪訝そうな顔で正体を見破ってきた後に……。 「いや、まぁそーかもしれませんけど……」 「だがいずれにせよ、わらわは既に理美と契約を交わしておる故に、いかなる手出しも無用ぞ?」 腕組みをしながらの傲岸不遜な態度で、威嚇するようにそう続けてきた。 「け、契約……?」 「そ。今までの相手なら、とばっちりで理美の代わりにアタシが怒鳴られたりしながらも、大体は素直に戻ってくれてたんだけど、姫様はタダじゃ帰らないと仰せになってさ……」 そこで、「契約」という不穏な響きにあたしが面食らったところで、戻ってきたみちるが肩を落としながら事情を説明してくる。 「マジか……」 「……んで、最初は怒りのあまり召喚者を無礼討ちにすると仰せになられたんだけど、どうかそれだけはカンベンして下さいと二人がかりで説得を続けた結果、理美自身のもてなしで償うってコトで、どうにか話が着地したワケ……」 「ぐへぇ、そーきましたか……」 まぁ、とりあえずみちると天音ちゃんGJとして……。 「うむ、寛大なわらわに深く感謝するがよいぞ?」 「…………」 そりゃ確かに、魔族の頂点に立つ魔王家の嫡子が一介の人間に召喚されるなんて、本来は耐え難い屈辱なんだろうし、手ぶらじゃ帰らないというのも分からなくもないけどさ……。 (けど、よりによって……) 「……はい、お待たせしました……」 「うむ、くるしゅうないぞよ?……おおそれと、中に残っておるもう一つはそなたが食すがよい」 「どうも、ありがとうございます……」 「…………」 やがて状況を大体把握した辺りで、お姫様のお茶を用意して戻ってきた理美ちゃんが、あたしに助けを求めるような視線を向けてくるものの……。 (……ゴメン、もうしばらくは耐え忍んで……!) 今のあたしは、無言で手を合わせてゴメンなさいして見せるしか出来なかった。 * 「ったく、一体何をどう間違えたら、こんなコトになっちゃうんだか……」 それから、戻ってきた理美ちゃんがお姫様の相手をしている間、詳しい経緯でも聞こうと、リビングの隅っこでみちると天音ちゃんを集めて小声で愚痴るあたし。 「なっちゃうんだかって、見てのとーりとしか言いようがないわよ……」 「愛奏様が出かけられてから、暫くは拍子抜けな位に静かな状況が続いて、逆に不気味さや胸騒ぎも感じる様になっていたんですが、どうやらその間にも雨宿さんの中の“寂しさ”はしっかりと蓄積されていたみたいですね?」 「……つまり、やっぱりさっさと戻らなかったアンタが悪い」 「うぐ……。で、でもさぁ、なんでこんな大物が引っかかっちゃったのさ?魔王家の住む宮殿なんて、そういう外部からの干渉に対してガチガチにプロテクトが入ってるはずでしょ?」 元々、魔界は天界からの侵攻や人間による魔王家の召喚を防ごうと、魔界中枢部の魔王宮を中心に強力な防護フィールドが張り巡らされているので、理美ちゃんが無意識に呼び出してしまっている魔物にしても、基本的にはこの防護網の影響が薄い辺境に住む者達から選ばれてるハズなんなんだけど……。 「……それがさぁ、どうやら姫様は理美の術発動時に、たまたま魔王家と縁の深い魔界貴族が治める最果て地方への行幸中だったみたいなのよ……」 「本当に、なんという間の悪さって感じですけど……」 「ぐへぇ……けどさ、それでも運が悪かったってだけじゃ片付けられないよね?この前の夜だって、危うくとんでもないモノが出ようとしてたし、やっぱ理美ちゃんのチカラって……」 「まぁ、そーね……。ぶっちゃけ、何が起きるか分らない桁外れのレベルかしら」 「改めて、この人間界の滅亡危機にすら関わってしまう可能性を危惧すべきかもしれませんね……。今回もたまたまプリネール姫がこの程度の償いで手打ちして下さったからいいものの、怒りに任せて本気で暴れられようものなら、この地方はあっという間に灰塵と化してしまいかねませんし」 それから、「雨宿さんにはお気の毒ですが、とにかく今はお姫様のご機嫌を損ねないようにお願いするしかありません」と、表情を落としながら続けてくる天音ちゃん。 「は〜……。やっぱ晴実ちゃんが言ってた通り、理美ちゃんには一刻も早く“イイヒト”を見つけてもらうしかないのかな?……ね、天音ちゃん、ちょっくら一途で包容力もあってトータルのスペック高めで、んでもってあたしが不快を感じないお相手候補を見つけてきてよ」 特に、最後の方はかなり重要なポイントだけど。 「……いくら私でも、言えばなんでも出てくるわけじゃないんですよ、愛奏様?」 しかし、続けて打診してみたあたしの無理難題を聞いて、いつもはそれが役目だからと極力断らない天音ちゃんも、とうとう呆れ果てた様子でつれなく突き返してくる。 「うはは、まぁそーだよねぇ……」 「まったく……。それより、新しい依頼を出す前に、例の首尾の方はどうだったんですか?」 「いや、それがさー、今や別のイイヒトを見つけた、リア充ってヤツになっちゃっててさぁ……」 「やれやれ、情報が極めて少ない中で短時間のうちに探せなんて無茶を押し付けられた割には、全然役に立ってないじゃないですか……」 そして、ここへ来る前に処理した一件の結果が不発だったことを聞くと、今度は水の泡に終わった苦労に溜息を吐く天音ちゃん。 ……まぁ、確かに携帯のカメラで撮った少し昔の姿写真にファーストネーム、それと通ってる学校程度の情報を元に、あたしが戻ってくるまでに相手の連絡先まで探しておいて欲しいなんて無謀なリクエストに応えて収穫ナシじゃ、怒りたくもなるとは思うけど。 「まーまー、それはあくまで結果のハナシだし、晴実ちゃんにどうしても一度会っておきたかったのは確かだから、天音ちゃんには感謝してるって」 「……晴実?愛奏、もしかして晴実と会ってきたの?」 それから、あたしが再び晴実ちゃんの名前を口にしたトコロで、三人分のティーカップが乗ったトレイを手に、理美ちゃんが井戸端会議に加わってくる。 「え、ま、まーね……。あ、そのメイド服姿かわいいよ?」 しまった、ちょっとタイミングが悪かった……かも。 「もう、恥ずかしいからやめてよ……それより、一体どうやって連絡とったのかは知らないけど、晴実はわたしに何か言ってた……?」 「ん〜、時々メールを送ってるのに反応が無いから、元気にやってるのか心配してたのと、あと理美も早くイイヒトを見つけなさいってさ」 「……イイヒト……」 ともあれ、聞かれてしまったものは仕方が無いので、掻い摘んで今しがた話してきた内容を告げると、なにやら最後の辺りで瞼をピクリとさせてくる理美ちゃん。 (お……?) 「えっと、それでさ……。理美ちゃんって、今までカレシとか欲しいって思ったことある?」 それを見て、あたしは会話の流れに乗る形で、言い出しにくかった言葉を試しに続けてみたものの……。 「……いらない……!」 理美ちゃんの方は、これ以上無いくらいの不快感に満ちたカオを見せて一刀両断してしまうと、あたしの前へトレイごとお茶を乱暴に置いて立ち去っていってしまった。 「えっと……ほぼ即答ですか……」 何か興味アリっぽく見えたから、思い切って水を向けてみたのに。 「まったく……。愛奏様、今とんでもない地雷を踏んだかもしれませんよ?」 しかも、それを見た天音ちゃんからは、置かれたティーカップの一つを拾い上げつつ、咎める様にそう告げられてしまうあたし。 「うええ?」 「……ふ〜っ、ホンッット成長しないわね、アンタは」 「はい……?」 そして続けて、みちるにまで「アンタにはガッカリだ」といわんばかりの露骨な溜息を吐かれてしまったりして。 「…………っ」 (えっと、あたし、何かやらかしちゃった……?) * 「……理美よ、今宵はなんぞ不機嫌よの?」 「え……?」 やがて、愛奏達が帰っていった後の夕食時、リビングでお姫様と二人きりでの食卓を囲む中で、唐突に受けた指摘にドキっとさせられてしまうわたし。 「これまでは困惑の色ばかりであったのが、夕時頃からなんぞ苛立っておる様に見えてな」 「…………」 もちろん、機嫌がいいわけはない。 せっかく寂しい思いをつのらせながら一週間ぶりに再会したというのに、そこで愛奏から向けられた言葉が、よりにもよって「彼氏欲しい?」とか……。 (デリカシー無いってレベルじゃないわよ、もう……) 一体、晴実と会って何をふき込まれたのかは知らないけど、百年の恋も冷めてしまいそうというのは、正にこのコトを言うのかもしれない。 「して、その原因はわらわか?……もしくは、本日訪ねてきたあの天使か」 「……っ、そ、それは……」 「あやつ、わらわの見立てでは相当な地位を持つ天使と察するが、あの者が来てからのそなたの態度を見受けるに、何やら只ならぬカンケイっぽいの?」 そして、わたしが思わず食事の手を止めてしまうと、居候のお姫様は思わせぶりな視線を向けて踏み入ってきた。 「えっと、その……なんていうか……」 (確かに、わたしもそのつもりだったんだけど……) 愛奏が戻ってきたら、今後こそここで一緒に暮らそうと説得するつもりだったから、目の前のお姫様がうちに居座ると聞いたときは、余計にショックだったのに……。 「もしや、そなたの苛立ちは、あやつとの間でわらわがジャマであるからか?」 「い、いや、べつに……」 「……よいよい、別に取り繕う必要はないぞよ?償いとはいえ、元々そなたが厄介を感じておらぬワケがないからのう」 「…………」 ともあれ、なんて答えたらいいか浮かばなくていちいち口ごもるわたしへ、プリネール姫は一方的に言葉を続けつつ、不器用な手つきで魚の煮付けをほじくってはポロポロ落としてゆく。 「む……。やはりこのハシとかいう道具は、扱いが難儀じゃの……」 「えっと、難しいならナイフとフォーク、出そうか……?」 「いや、それには及ばぬ。御し難きものを意のままになるまで調教してやるのもまた、支配者たる魔王家の家訓というものじゃ……!ぐぬぬ……」 (……大袈裟だなぁ……) でも思ったより、前向きな性格のお姫様みたいだった。 ……まぁ、正直みてるわたしの方がもどかくしなってきてもいるんだけど。 「……だがいずれにせよ、そう案ずることは無いぞ、理美よ。わらわの方はそれ程長く居座るつもりはないからのう」 「……え……?」 「実は、少々羽を伸ばしたいと思っておったところでな。わざわざ最果ての遠方ながら風光明媚なコルセオ領まで視察へ出向いたのも、宮殿から離れて暫し保養したい気分であったからであるが、丁度その途中でそなたに召喚されてしまったというワケじゃ」 「ご、ゴメンなさい……」 「よいよい。最初は忸怩たる思いもさせられたが、考えてみれば随分と都合の良い状況になったからの?それに……んっ」 そして、プリネール姫はようやく格闘していた魚の白身を口に放り込んだ後で……。 「それに……?」 「……何より、わらわはそなたの料理が気に入った」 美味しいものにめぐり合えたという嬉しそうな笑みを見せながら、わたしにそう告げた。 「……!ほ、本当に……?」 料理はいまいち上手くないと自覚していた中でそんな風に言ってもらえたのは、親を除けばおそらくこれがはじめてだと思うけど。 「うむ。野暮ったいというか、この垢抜けてない未熟な手作り感などは、宮殿の料理人共には到底出せぬ味わいで、これがまた心暖かくもホッとさせられるのじゃ」 (えっと……) なんだか褒められている気はしないけど、でも今まで振舞った相手の中で一番美味しそうに食べてくれているのだけは、お姫様の表情が物語っている。 「…………」 「まぁ、そんなワケじゃ。そなたの方にどうしても不都合が生じておるのならば、早めの切り上げを考えぬこともないが、もう暫くだけは世話になるぞよ?」 「……ううん、メイドさんの格好をするのだけ勘弁してもらえるなら、わたしの方は別に好きなだけ居てくれていいですけど」 それから、珍しくこちらに気を遣った譲歩含みの言葉を続けてきたワガママお姫様へ、条件付きながら首を横に振るわたし。 「おお、まことか!それは助かる」 「……うん……」 確かに、最初は待ってる人がいるから早く帰って欲しいと願い続けてたけど、何だかこのお姫様とも仲良くやっていけそうな気がしてきたし……。 「…………」 ……それにちょっと、愛奏にもお灸が必要だろうしね。 第七章 せめぎ合い 「むっすぅ〜〜っ……」 「……ってな具合で、あたし一葉愛奏は、むくれていた」 「……って、自分で言ってどうするんですか、愛奏様……」 「う〜……だって、理美ちゃんがつれないんだもん……」 やがて、学校へ復帰してから早二日、あたしは今日も3組まで出向いては、またもや余所余所しくなってしまった理美ちゃんの態度を嘆いていた。 「は〜っ……今度こそなびいてもらえたと思ってたら、やっぱあたし達ってそういう運命なのかしらん?」 「……それは、大体いつも愛奏様の自業自得なので、“主”のお導きの所為にしていると罰が当たりますよ?今回も、当分は口をきいてもらえなくなる程度は覚悟しておくべき失態ですし」 しかも、慰めて欲しくてわざわざ訪ねて来てるのに、当の天音ちゃんは素っ気無い態度で更に傷口を抉ってくるし。 「なんだよぉ……。だったら彼氏じゃなくて、カノジョ欲しくない?と聞くべきだったとでも?」 「まぁ、真面目にそっちの方が良かったかもしれませんね」 「え、マジで……?」 いやまぁ、理美ちゃんとはちゅーまでしちゃった仲だし、言われてみれば女子校通いの上に、部屋とか持ち物からも、オトコの気配が全く感じられなかった様な気はするけど……。 「……というかですね、雨宿さんの場合、十年近くも渡瀬さんとお友達の領域を超えた絆で結ばれてきましたから、失ったパートナーに代わる存在は欲していても、異性との恋愛というのは全く頭に無かったでしょうし、むしろ一番大切なヒトを奪い取られた経験から、男性というものに対する嫌悪感すら抱いている可能性も多分にあるはずですよ?」 「う……」 言われてみれば、確かに……。 「あの無神経極まりない発言を聞いて、もしやとは思いましたけど、まさか本当にそこまで考えが回っていなかったとは……」 「……ってーコトはやっぱりあたし、やっちゃった?」 ヘタしたら、このままじゃカンケイ振り出しの危惧も……。 「やれやれ、苦労した割に蜜月は案外長く続きませんでしたね?」 「ま、まだまだ……っ」 「ちなみに、プリネール姫が呼び出されて以降は、召喚術の発動は確認されていませんので、愛奏様と再び疎遠になりかけた現状でも、しっかりと抑えられているみたいですよ?」 「む……」 「……となれば、雨宿さんは案外あのお姫様とも上手くやっているのかもしれません」 「んな、まさか……。あんだけ上から目線で、ワガママ言いたい放題って感じだったのに……」 「寂しがりやの人には、むしろご褒美って考えもあるみたいですけど?」 「いやいやいや……理美ちゃんにそういうシュミは……」 そりゃまぁ、家で四六時中こき使われているのなら、寂しさを感じるヒマなんて無いのかもしれないけど……。 「……というか、仮にそうだとしたって、あのお姫様もずっと居るわけじゃないんだからさ」 そういう意味だと、あたしと立場は変わらない分、やっぱりお邪魔なだけである。 「まぁ、そうですね……。いつまで御逗留なのかは伺ってませんけど」 「ったく、ハナシがややこしくなるだけだから、さっさと飽きて帰ってくれないかな……」 「それって、もしかしてヤキモチですか?」 「よ、よせやい。そんなんじゃ……」 このあたしともあろう者が、天使にとってタブーである嫉妬の感情を抱くなんざ……。 「…………」 (……でも、なんだろう?) さっきから感じてる、無性な落ち着かなさと、ちくちくする胸の痛みは……。 「愛奏様?」 「あ、んーん……。ただどっちみち、このままじゃよくない……よねぇ、やっぱ?」 「まぁ、衣笠さんに本来の役目を押し付けて、こうやって私とばかり顔を合わせている今の状況が良いわけはないですね」 「う〜〜っ……」 そんな正論、今は聞きとうなかったけど……。 「……ま、それでもただ悔やむより、ミスはミスと受け止めて、何とかすべきかな……」 「ええ、そうしてもらえると助かります」 「んじゃ、気を取り直そ。……にしてもさ、意外と仲いいよね、みちるのヤツと理美ちゃん?」 最初は脅して怯えさせてたワリに、なんだか話も弾んでるみたいだし。 「……まぁ、愛奏様被害者の会として、お互い通じるものがあるんでしょうね」 「うわ、ひでぇ……」 一応、これでもずっと理美ちゃんの為にせっせと働いてるってのに。 * (……ってコトで……) 「ね、理美ちゃん、今日は一緒に帰らない……?!」 「え?……い、いいけど……」 やがて迎えた放課後、自らの置かれた立場を再認識したあたしは、久々に断固たる決意を持ってアタックをかけると、理美ちゃんはこちらの勢いに飲まれた様子で了承してくれた。 「いよっし……!」 ……どうやら、まだ完全に振り出しまでは戻ってなさそうである。 「で、でも、いきなりどうしたの……?」 「あーいや、実はいつも行ってる店のペア限定の割引券が期限間近でさー、断られたら無駄になるトコロだったんで……」 そこで、一体何事かときょとんとしてくる理美ちゃんに、あたしは口実付けの為に天音ちゃんから強引に譲り受けた割引券を取り出して、少々ワザとらしく切り出してゆく。 我ながら、ちょっと姑息というか卑屈かもしれないけど、もうなりふり構ってらんないし。 「……ううん。悪いけどあまりのんびりしてる時間まではないから……」 しかし、それでも差し出しされた割引券を前に、理美ちゃんは申し訳なさそうに首を横に振りながら受け取りを拒否してしまった。 「あ、そ、そう……?」 (が、ガーンなんですけど……っ) それは本当に何かが落ちたワケでもないのに、重いモノで頭を殴られた様な感覚。 「でもそのかわり、寄って帰らなきゃならないところがあるから、よかったらそっちに付き合ってくれる?」 「お、おう……。もちろん理美ちゃんが誘ってくれるのなら、地の果てまでもオトモしますとも!」 それでも、続けて理美ちゃんの方から別の提案が向けられたのを受け、出鼻を挫かれたのもなんのそので、どんっと胸を叩きつつ即答で応じるあたし。 「……ごほっ、ごほっっ」 ……まぁ、ちょっと強く叩きすぎて痛かったのはやり過ぎたけど。 「もう、大げさすぎ……」 「へへ……」 いや、それだけあたしも必死なんスよ、理美ちゃん……。 * 「……んで、寄らなきゃならない場所ってのは、ココのことだったとは……」 「うん。今はうちでおなかを空かせて待ってる相手がいるしね?」 それから、一緒に校舎を出た後で、理美ちゃんに付いて向かった先は、学校近くにある食料品スーパーだった。 「あ〜、そーいうコト……というか、ゴメンね?ワガママ姫の世話を押し付けられて、苦労かけてるでしょ?」 あたしとしても、一刻も早く解放してあげたいのはヤマヤマだけど、さすがに相手が相手だけあって、扱いには慎重にならざるを得ないのが辛いところであって。 みちるが常套でやってる、薬で眠らせてその間に送還する強硬手段も、さすがに魔王の娘相手にはカンベンしてくれと断られたし、そもそも耐性がバッチリだから難しいんだそーで。 「……あ、ううん?最初はちょっと戸惑ったけど、今は結構楽しくなってきたから」 しかし、そこで肩を揉みつつ労うあたしに対して、買い物カゴを腕にかけて種類豊富に並ぶレタスをいくつか選びつつ、何やら満更でもなさそうな微笑を浮かべてくる理美ちゃん。 「えー、またまたぁ……」 (……なぬ……?) それは、聞き捨てならないセリフだった。 (まさか、天音ちゃんの言葉が当たってる……?) いや、でも……。 「それに、なんだかんだで花嫁修業にもなってるかなーって……」 「……花嫁って、どーせお嫁さんになる気はないんでしょーに」 それを知らずに、あたしも地雷踏んじゃったみたいだしさ。 「もう……。やっぱり愛奏って、気が利くようできかないよね?」 しかし、ちょっと恨みがましく軽口を叩いた後で、またも理美ちゃんから小さく溜息を吐きながらの苦言が返ってきてしまった。 「え、ご、ゴメン……?」 もしかして、またやらかしちゃいましたか、あたし? ……というか、こうも無意識の失態が重なると、段々迂闊に喋るのが恐くなりそうだけど。 「……あ、でもそうだ。今日は愛奏もうちでごはん食べてく?」 そこで、本日何度目かの撃沈した気分になりかけたあたしだったものの、それでも理美ちゃんは続けて、今度は思いもよらなかった救世主のようなお誘いをかけてくる。 「へ?」 「一応、この前よりは上手くなってると思うから、よかったら食べてみてくれるかなって」 「も、もちろん!いくらでもハラがはり裂けるまで食べちゃうともさ」 「……だから、大げさだってば……」 (いよぉぉぉぉぉっし!) 放課後デートは断られたし、また知らずのうちにヘマもやらかしかけたものの、まだ”主”はあたしを見捨ててはいなかった。 ……あとは、居候の姫君がちょっとジャマだけど……。 (うんにゃ、ここからが勝負……!) イザとなれば、このあたしが理美ちゃんに代わってガツンとかましてくれるまで。 * 「ただいま〜……」 「……おお、帰ったか理美よ」 「ただいまぁ〜♪」 「……で、どうしてその方まで付いてきておるのじゃ?」 やがて、買い物を済ませて一緒に帰宅するや、居候のプリネール姫がリビングから顔を出してきて、理美ちゃんとあたしとで、それぞれ露骨に態度が異なる出迎えを受けた。 「別にいーじゃないのさー。ちゃんと理美ちゃんからお誘いを受けたし、ちょっくら心配だったから様子見も兼ねてんの」 (あれ……?) そこで、早速あたしは負けじとやり返してやるものの、それから廊下へ出てきた魔界のやんごとなきお姫様は、少し見ないうちに随分と庶民的な格好になっていたりして。 ……というか、サイズが合っていないのと、服のガラに何だか見覚えがあると思ったら、理美ちゃんの部屋のクローゼットから借りたものみたいだった。 (ぐぬぬ……) そりゃ、お姫様にも着替えは必要だし、かといって一時的な滞在でわざわざ仕立てるのも勿体無いってコトなんだろうけど、あたしにとってはいきなり先制パンチを食らった気分である。 (ま、まさか、下着もじゃないでしょーね……?) 「ふん。天使なんぞに監視されるいわれは無いがのう。まぁよい、買い物は済ませたのか?」 「……うん、今日はハンバーグにしようと思って」 「うむ、それではわらわも手伝うぞよ。ほれ、そこな天使もぼさっとしてないで荷物を運ばんか」 ともあれ、勝手に妄想を膨らませるあたしの傍らで、それからプリネール姫は理美ちゃんの買い物の中身を確認した後に、荷物を半分持っていたこちらにも命令口調で促してきた。 「あ、お、おう……」 そこで、あたしも最初は飲まれるように応じようとしたものの……。 「……って、ちょおっと待ったっ!この前はあんな尊大な態度で理美ちゃんをアゴで使ってた癖に、なんでフツウに手伝おうとしてんのよ?!」 すぐに、再びとてつもない違和感を覚えるや否や、立ち止まってツッコミを入れるあたし。 「なに、暇つぶしに理美の仕事を手伝ってみれば、これがなかなか面白くてのう?それに、下々の仕事を体験してみるのも滅多に無い機会であるが故に、悪くはあるまいて」 「……うん、短い間で随分上手くなったよね?」 「ふふん、このわらわをみくびるでないわ♪」 そして、理美ちゃんからのフォローを受けて、腰に手を当てながら自慢げに胸を張るお姫様。 (……な、なにこのアットホーム感?) ピリピリ殺伐としていた数日前とは、まるで空気からして違うんですけど。 「それじゃ、冷たいものでも出すから、愛奏はごはんができるまでリビングで待っててくれる?」 「いや、ここはあたしも……」 「別にその必要はないぞよ?ここの炊事場は三人では手狭になるからの」 「え……?」 いや、その……。 「…………」 (……おかしい……。この数日のうちに一体ナニがあった……?) やがて、買ってきた食材をキッチンまで運んだ後で、独りリビングへ追いやられたあたしは、理美ちゃんが作ってくれたソーダフロートのグラスを片手に、状況の整理をしていた。 あのワガママ姫に、家の中やあたしの理美ちゃんが好き勝手に弄られてるのは覚悟していたけど、この展開は全くの予想外である。 「のう理美、こいつは全部剥いてよいのか?」 「うん。今日は人数が多いから。……でも、皮むきも上手になったね?最初は怖がってたのに」 「一度慣れてしまえば、どうということはない。理美も出来ないならよいではなく、ちゃんと教えてくれるしのう?」 「だって、プリネールって負けず嫌いですぐムキになっちゃうんだもん……。それに、手伝ってくれるのは嬉しいし」 「ふふふ、つい熱くなってしまうのは性分でのう。それで、次はどうすればよいのじゃ?」 (んな……っ?!) ちょっ、いま理美ちゃん、「プリネール」と呼び捨てにしてなかった? ……しかも、お姫様の方も笑って受け入れてるし。 (え、えええ……?) 「……んお、これに近い料理は魔界にもあるぞよ?下々の間では、何の肉を使っておるのか当てるのが流行っておるらしいが」 「あはは、うちはちゃんと牛と豚の合い挽きだってば。それじゃ下ごしらえもできたし、そろそろこねてくれる?」 「ふむ……。最初は一緒にやらぬか?」 「うん、もちろん。……えっと、こんな感じの手つきでね……」 (ぶくぶくぶくぶく……) それから、後方の台所方面より聞こえてくる和気あいあいとした会話を盗み聞きしながら、あたしが口をつけているストローから逆流した空気で、手持ちのグラスに泡が沸き立ってゆく。 (マズい……。あたしの見知らぬところで、状況が目まぐるしく変化してる……) これじゃまるで、あたしの方がお邪魔虫さん……。 (……って、いやいやいや……っ) くじけるな、あたし……! * 「うむ!理美の料理はいつも美味いのう」 「……あはは、ありがとう。でも、ちょっとだけ火を通しすぎちゃったかも……」 やがて、何も出来ないままソファーへ座していた間に夕食の準備も整い、いただきますの後でさっそくメインディッシュの手ごねハンバーグを一口食べたプリネール姫が、ちと大袈裟な感じでお褒めの言葉をかけると、理美ちゃんは照れながら苦笑いを返した。 (ふむ……。確かに表面がちょっと焦げてるカンジはあるかな?) まぁ、生焼けよりは全然マシだし、肉汁もちゃんと閉じ込められているから問題はないんだけど、ちょっと好みは分かれるかも。 「なに、わらわはこの程度の焼き加減の方が好みであるが……やはり、相性がいいのであろうな」 しかし、心の中で冷静に評価するあたしに対して、お姫様の方は上機嫌なご様子でしれっと歯の浮いたセリフを返したりして……。 「あはは……ありがと。そう言ってもらえると助かる」 ……おいおい、それで理美ちゃんの方もそんな嬉しそうなカオ見せてくれちゃってまぁ。 (ぬう、それならあたしだって……) 「あ、このポテサラおいしー。あたしの口にピッタリぃ〜!」 そこで、こちらも負けじとばかり、付け合せのポテトサラダを一口食べた後で、プリネール姫に倣った絶賛コメントを出すものの……。 「おお、左様か!本日のそれはわらわが作ったのじゃ」 「ちゃんとお芋剥くところからね?ふふ……」 「……ぐぇ……っ」 痛恨の一撃。 ……よりによって、魔王の娘の愛情入りだったとは。 というか、割とフツウに美味いのも、何か悔しいけど……。 (と、とにかく、口直し……っと……) 「……あ、味噌汁もおいしい……!」 ともあれ、困惑で行き場を失いかけた自分の舌を一旦リセットさせようと、次にご飯の隣で湯気を立てていた味噌汁のおわんを手に取って一口啜ってみたら、今度は自然と声が出るあたし。 具の切り方とか見た目もだけど、これに関してはお世辞抜きで、味付けの具合が前よりあたし好みに良くなっていた。 「あ、そう……?愛奏にそう言ってもらえてよかったよ」 「いや〜、ホントに上達したんだねぇ、理美ちゃん……」 うんうん、あたしゃ嬉しいよ。 これなら、毎朝飲んだって……。 「やっぱり、毎日作る相手がいるからかな……?」 「ふむ、毎日食しておるわらわは気付きにくいが、そういうものかもしれないのう」 しかし、感慨に浸る時間も長くは続かず、すぐにお邪魔虫が癪に障る言葉で割り込んできたりして……。 (……く……っ) 「毎日、毎日」と煩いというか、そのポジションはあたしのモノだっつーの。 「…………」 いや、ホントはあたしでもお姫様でもない誰かさんを探さなきゃならないんだけど。 (……でもなぁ……) 生憎、日に日に気分が乗らなくなってるんだよねー、これが。 * 「……ふぅ。ごちそうさま、理美ちゃん」 「いえいえ、おそまつさまでした」 ともあれ、それから楽しい楽しい(?)夕食も終わると、食器だけキッチンに移した後で、あたし達はリビングのテーブルを囲って食後のお茶としゃれ込んでいた。 「うむ、満足満足じゃ。やはり、宮殿を離れた放埓生活は堅苦しさが無くてよい」 「…………」 いや、放埓を謳歌されてるのはケッコウなんだけどさぁ……。 「……なんじゃ?」 「いやさ、結局姫様って、いつまで理美ちゃんのうちに居座るつもりなの?」 それから、じっと見据えていたこちらの視線に反応したプリネール姫に、ここへ来た理由の一つをズバり切り出してやるあたし。 「愛奏……っ!」 「なんじゃ、藪から棒に」 「いやだって、魔王家のお姫様が、人間界でずっと家出状態ってワケにもいかないっしょ?その間は、理美ちゃんにだってずっとメイワクかけてるんだし」 「べ、別にわたしは……」 「……ゴメン、ちょっとそういうモンダイでもないんで、二人でハナシさせて」 もちろん、別に嫉妬とかそういうのでもなくて、互いの立場的に。 「ふ、家出か……。なかなか言い得て妙よな?」 「たとえばさ、もしあたしがお姫さんをさらって魔界との交渉材料にしちゃおうとか企んだら、一体どーすんのよ?みちるだって、もし何かあった場合の責任を考えると、おちおち眠ってもいられないだろうし」 そういうイミでは、つくづく貧乏くじなモト相方とは思うけど。 「……ふん。わらわとて、相手を見る目はそこまで節穴ではないわ。それに、今更になって再び魔界と天界とで泥沼の抗争でも始めたいのならば、やってみるがよい」 「ち……」 しかし、こちらが向けたそんな嫌味も、プリネール姫に余裕綽々で一刀両断されてしまう。 ……しかも、皮肉の中にあたしへの信頼も微妙に含まれているっぽいのが、余計にムカつくというか。 「もう……よく分からないけど、二人ともギスギスしないの。とにかく、わたしの方は別に大丈夫だから。何だかんだで、プリネールがいると寂しくないし」 (む……) 確かに、天音ちゃんからの報告だと、あれから召喚術は発動していないと聞いたけど……。 「……でも、いつまでもってワケにはいかねーでしょ?」 「まぁ、そうであるが……。イザとなれば魔界へ戻る際に、一緒に連れ帰っても構わぬぞ?」 「ちょっ、こらぁぁぁぁぁっっ!!」 どさくさ紛れに人間の女の子を魔界へお持ち帰りとか、あたしも全力で阻止せざるを得ないんですけど。 ……もちろん、別に嫉妬とかそういうのじゃなくて天使の使命的に。 「あはは、それはちょっと困るかなぁ?」 「ったく……。魔界のお姫様でも許されない御無体があるでしょーに」 しかし、それを聞いた理美ちゃんが苦笑い交じりにお断りを入れたのに安堵しつつ、大きく溜息を吐きながらツッコミを入れるあたし。 「くく、あまり真に受けるでないわ。今の本気度はほんの半分程度じゃ」 「……いや、半分もあんのかよ……」 やはり油断ならないな、このお姫様……。 ピピピピピ 「……あ、いまお風呂が沸いたけど、どうする?愛奏も入ってく?」 ともあれ、やがてキッチンの方にある給湯器のコンパネからお風呂が沸いた知らせが届き、理美ちゃんがそちらの話題に切り替えてくる。 「もっちろん!んでさー、また久々に一緒に入らない?理美ちゃん」 「あ、ううん……。わたしはまだ洗い物があるから……」 そこで、あたしはすさかずお誘いをかけるものの、つれなく断られてしまった。 「え〜……。んじゃ手伝うし、終わった後でもいいからさぁ……」 「でも、今日は洗いものが多くて、ちょっと時間もかかりそうだし。……あ、そうだ、代わりにプリネールと入ってきたら、愛奏?」 しかも、そこから更に食い下がるあたしへ、思いもよらない提案を返してくる理美ちゃん。 「げっ?!な、なんで……」 またよりによって、そんな混ぜるな危険みたいなコトを……。 「だって、うちのお風呂は三人で入るには狭いし、ちょうど親睦を深めるのにいい機会なんじゃない?」 「け、けどさ……。きっと、お姫様の方だって……」 「ふむ、わらわは別に構わぬぞ?」 当然、願い下げてくるかと思いきや、お姫様の方もあっさりと了承して腰を上げてしまった。 「マジ……?」 * 「……ったく、なんでこのあたしが、よりによって魔王の娘と……」 「わらわも天使と相伴とは妙な気分ではあるが、まぁこれも滅多に無い機会であるし、たまには他の者と入るのもよかろうて」 やがて、理美ちゃんに背中を押されるようにして風呂場へと移動し、悪態をつきながら乱暴に服を脱ぎ捨てて浴室へ入るあたしに対して、同じく一糸纏わぬ姿で続いてきたプリネール姫の方は満更でもなさそうに返してくる。 「たまにはって、まさか……」 「ん?背中を流す共は必要であろう?もっとも、衣服は自分で脱げと言われたがの」 「ぬぐぐぐぐ……」 くそうくそう、お姫様の肩書きがあったら、ナニをやっても許されるのか……! このあたしだって、天界じゃ同じ七大天使のハニエルと並んで、天使軍きってのおてんば姫と呼ばれるコトも……って、ちょっと違うか。 「しかし、あの理美も大人しそうな外見の割に、中身はなかなかのものよのう?」 「そーだね、着やせ体質ってやつだよねー?」 当然、それを知ったのは、あたしの方が先ですがね! ……もしかしたら、晴実ちゃんの方がもっと早いかもしれないけど。 「……ともあれじゃ、一度そなたとも二人きりで、少々話がしたかったのでな」 それから、すっかりやり合う気力も萎えて、渋々と要求通りに背中を流してあげている途中で、徐にお姫様が話を切り出してくる。 「二人きりでハナシ……って、やっぱり理美ちゃんのコト?」 ぶっちゃけ、あまり楽しい会話になる予感はしないものの、奇遇ながらこっちの方も理美ちゃん抜きの場でプリネール姫に聞いておきたいことがあったので、背中から続けて腕をごしごしと洗ってやりつつ、話に乗ってやるあたし。 「……うむ。結局、天界は理美のコトをどう扱うつもりなのじゃ?」 「どうって……いきなりそんなコト聞かれても」 「みちるからの報告によればの、わらわが突如にして人間界へ召喚された事実は、混乱を防ぐ為にコルセオ領主とも示し合わせて伏せられる筈であったのだが、どうやら隠蔽しきれずに宮中で噂になっておるらしいのじゃ」 「うげ……」 いきなり、聞きたかったコトを話してくれたのは有り難いけど、やっぱりそうきましたか……。 「魔王家の嫡子まで引き寄せた理美の召喚師としての能力は、一介の人間の範疇を大きく逸脱しておると言わざるをえまいが、その力を聞きつけて危険視する者もいれば、利用できぬかと企む輩も出てこような」 「……つまり、今後はリスクを承知で理美ちゃんがちょっかいを出される可能性も?」 だから、何ゴトも無かったで済ませられる間にさっさと帰ってくれれば良かったのに……とは言ってやりたいけど、ただこの短期間であれだけ派手に召喚行為が繰り返されれば、どのみち知れ渡ってしまうのは時間の問題だったのかもしれない。 「甚だ遺憾ながら、の。ちなみに先刻、理美を連れて帰ると言ったのは一つの対応策でもある。わらわの所有物として手元に置いておけば、あやつに手を出すのは魔王家への重大な反逆行為となる故にな」 「……それにしたって、やっぱり御無体と言わざるを得ないけどね」 さすがに、それは本人だけじゃなく理美ちゃんのご両親にも了承取らないと……って、そういう問題じゃないか。 「いずれにせよ、その様な状況を踏まえた上で、天界側は今後どうするつもりなのか、そなたに訊ねておきたくてのう?」 「……ん〜……いきなり結論を求められても困るんだけどさ……」 とりあえず、予感していた中でも、かなり悪い方向で的中しかけているのは分かった。 分かったけど……。 「……みちるより受けた報告によれば、理美の召喚術の引き金は、感情の起伏らしいの?」 「それも、本来理美ちゃんが人一倍に強く持つ、思慕の感情が裏返った時ね。……しかも、寂しくなればなるほど、底なしに凶悪なバケモノが出てきちゃうみたいだし」 「……誰がバケモノじゃ。しかしいずれにせよ、そなた程の天使が派遣されておるという事は、天界としても重く受け止めた意思表示であろう?」 「さーね、あたしも何とかしろとしか言われてないし……」 ……いっそ、天界の為にどうしてくれって具体的な指令が出れば、少しは割り切るコトが出来るのかもしれないけど。 「ふ、それはまた、随分と投げやりじゃのう?……では、そなた自身としてはどうなのじゃ?」 ともあれ、それから泡まみれになったお姫様にお湯をかけ流した後で、背中越しに心を見透かされた様な言葉が返ってくる。 「…………」 「……ゴメン、少しだけ考えさせて……」 今回の特務、気軽に受けてしまったのをちょっとだけ後悔してる部分もあるしね。 そこで、とうとうあたしは一旦白旗を上げてしまうものの……。 「ふむ……。まぁ別に構わぬが、あまりモタモタしておると、わらわが理美を完全にモノにしてしまうぞよ?」 「な……ッッ?!ちょっ……」 ここで、まさかの宣戦布告……っ?! 「くっくっくっ……。ふははははは!」 ……しかし、こちらの血相が変わったところで、痛快そうに笑い飛ばしてくるプリネール姫。 「え……?」 まさか、からかわれた? 「……しかし、天使という者共はまこと面白いのう?挑発すればすぐに飛びついてきおるわ」 (……この……っ) それから、頭を半分振り返らせて、ニヤリと意地の悪い笑みを向けてきた魔王の娘へ無性にむかっ腹が立ってしまったあたしは、脇の下から両腕を伸ばして、プリンセスな膨らみを鷲掴みにしてやった。 「にぎゃ……っ?!」 「……を、なかなか柔らかくていい感触……けど……」 「い、いきなりナニをするか、この痴者……」 「ふ……勝った♪」 そして、してやったりから困惑の表情に変わった宿敵へ、手を離して自分の胸を大きく張り、高らかに勝利を宣言してやるあたし。 「きっ、貴様……っ!このわらわを愚弄する気か……?!」 「元々、ケンカ売ってきたのはそっちでしょーがっっ」 ……それから、すっかり頭に血がノボって掴みかかってきたプリネール姫と戦闘開始になるまではあっという間だった。 「……もう、騒がしいと思ったら、ふたりとも何やってるの……」 「いやははは、ついついアツくなっちゃって……」 「うむ、面目ない……」 その後、ナニゴトかと様子を見にきた理美ちゃんに一喝され、あたしとお姫様は二人並んで湯船に浸かりながら縮こまっていた。 ……というか、実際にやってたのはおっぱいの掴みあいとしても、魔王家の嫡子と七大天使の対決なんて、場合によったら有史初かもしれない。 「はー……。さっきも言ったけど、うちのお風呂は広くないんだから、暴れないでよね?」 「……けど、広くないからじゃれ合いで済んだとも言えるのかね?」 「ふむ、こんな距離で魔力開放するワケにはいかぬし、そうとも言えるかのう?」 「やれやれ……。もう仲がいいんだか、悪いんだか……」 「いやいや、天地がひっくり返っても仲がいいだなんて可能性はありませんから!」 「まったくじゃ……虫唾が走るわ」 ……ただ、妙に気の合う部分がいくつかあるくらいは認めるとしても。 * 「……今日はありがとね、理美ちゃん。それと遅くまで居座った上に騒がしくしてゴメン」 やがて、お風呂から上がっていよいよお暇する時間を迎え、すっかりと夜も更けた玄関の外まで見送りに来てくれた理美ちゃんに、あたしは頭を掻きながらお礼と謝罪の混じった言葉を向けていた。 本当はこんなつもりじゃなかったのに、どうも最近のあたしはスマートじゃなさ過ぎる。 「ううん……。愛奏こそありがとね。心配して見に来てくれたんでしょ……?」 「まぁ、半分はそのつもりだったんだんだけど、でも確かにあのお姫様と上手くやれてるみたいだし、どうやら心配はいらなさそうだね?」 ……ただ、それをあたし自身はフクザツに感じているのは言わないけど。 「…………」 「そうだね……。わたしも最初はどうなるかと思ったけど、今は案外悪くないかなって感じだし」 すると、理美ちゃんはほんの少しだけ黙り込んだ後で、肩を竦めながら素っ気無くそう返してくる。 「…………」 「ちゃんとお手伝いしてくれるし、何だかんだで気遣ってくれて結構優しいところもあるし、何よりわたしを放っておかずに寂しくさせないでくれるし……」 「……そ、そっか……」 それは、本来は安心すべきコトのハズなのに、何故か今は胸が痛い。 ……というか、理美ちゃんの言葉の中にはわたしへの嫌味も混じってるみたいだから、そう感じてもおかしくはないんだろうけど……。 「だからね……もしかしたら、プリネールにお持ち帰りされるのもあんがい……きゃっ?!」 「…………っっ」 しかし、それから理美ちゃんが続けた言葉を最後まで言わせる前に、あたしは思わず踏み込んで抱きしめていた。 「……愛奏……」 「そーいうコトは、冗談でも言っちゃダメ……でないと……」 「でないと……?」 「……あたしがこっちだけじゃなくて、魔界にまで乗り込まなきゃならなくなるから」 「うん……」 そして、あたしが抱きしめる手を緩めることなくそう告げた後で、理美ちゃんはようやく嬉しそうに頷くと、自らも両腕を背中へ回してきた。 (理美ちゃん……) * 「うあー、らしくないコトやっちゃったなぁ……」 それから、ようやく理美ちゃんと別れた後に考えゴトをする時間が欲しくなったあたしは、徒歩で帰路につきながら、ついさっき口走ってしまった自分の言葉を思い返していた。 (……あたしがこっちだけじゃなくて、魔界にまで乗り込まなきゃならなくなる……か) 我ながら恥ずかしいセリフを口走っちゃったけど、でもお姫様の話を聞く限りでは、本当にそうなりかねない可能性があるのは、どうにも気が重い。 「は〜、やっぱマズいコトになっちゃったよなぁ……」 通常ならあり得ない条件が色々と重なってしまった不運はあったとしても、それでもあたしがいない寂しさが引き金になったと聞けば、果たして防げなかったのかと後悔したくもなる。 (……でもさ、これでまた“イイヒト”のハードルが上がっちゃったんじゃないの?) 理美ちゃんに寂しい思いをさせないだけじゃなくて、かつ魔界の連中からちょっかいをかけられても守り通せるという条件が追加されちゃうとか……。 「…………」 そんなの、あたしの頭の中のデータベースで該当しそうなのは、たった一人しか居ない。 しかも、こうなってしまえば、魔界だけでなく天界の方だって……。 ピリリリリ 「……ん……?」 それから、ふと不穏な予感が頭をよぎった矢先に、天音ちゃんからの着信を告げるメロディが、ポケットの中から聞こえてくる。 (まさか……) 「……もしもし、天音ちゃん……?」 「愛奏様、作戦司令部より緊急連絡が入っています」 その、あまりにも絶妙なタイミングで入った呼び出しに、ぎくりとさせられながらも応じたあたしへ、天音ちゃんは淡々とした声で、嫌な予感を的中させる報告を入れてきた。 「…………っ」 * 「ふぅ、ただいま〜……」 「……おう、戻ったか。理美も一杯どうじゃ?」 やがて、愛奏を見送った後で入ったお風呂から上がってリビングまで戻ると、自分で淹れたお茶の湯飲みを片手に、おせんべいをかじりながら時代劇を見ていたお姫様が振り返ってくる。 (渋いなぁ……) わたしがいなくても、自分のコトは自発的にしてくれるようになったのはいいけど、なんか所帯じみてきちゃってる? 「飲み物は欲しいけど、できれば今は麦茶の方がいいかなぁ?」 「風呂上りに冷たいものは身体に毒ぞ?わらわも宮殿におる際は、保温効果の高い配合のハーブティを出されておるからのう」 ともあれ、好意はうれしいけど、この火照った状態で熱いお茶というのも……と苦笑いを返すわたしへ、お盆に乗せられていた空の湯飲みを手に取りつつ諭してくるプリネール。 「ふーん……」 それはいいコト聞いたけど、やっぱりお姫様というよりは、お母さんっぽいかもしれない。 「……それで、あんなモノで良かったのか?」 ともあれ、勧められるがままにすぐ側へ腰かけ、急須からわたし用の湯飲みへ玄米茶が注がれた後で、視線をテレビの方へ戻したプリネールがさり気なく切り出してきた。 「うん……ご協力ありがとね。おかげで、別れ際には抱きつかれちゃった」 玄関まで出た直後の愛奏の言い分にはまたムカッとしかけたものの、今日はここまでの仕込みがしっかりと効いていたみたいだった。 「……ほほう、ならば大成功と言ったところかの。しかし、魔王の娘を当て馬に大天使の本音を探ろうとは、お主もなかなかワルよのう?」 「あはは……。この前はさすがにカチンときちゃったし、それにみちるちゃんからもいろいろと前科を聞かされたから。……あいつは、他人の心を惹き寄せてはリリースするヤツだって」 「なるほどのう……。しかし天使という連中は、元来その様な習性とも聞くが。奴らは神への絶対忠誠と引き換えに、天かける翼と強大な神霊力を賜るがゆえ、他の誰かをそれ以上に愛することは許されておらぬとな」 「え……?」 それは知らなかったけど……だったら、もしかしてちょっと無神経に煽りすぎちゃった? 「……しかし、所詮わらわには関わりのない話であるし、それであやつがみちると同じ徹を踏むのであらば、それはそれで魔王家の嫡子としてはしてやったりといったところかのう?」 そして、今さらながらいささかの後悔も芽生えたところで、プリネールの方は久々に小悪魔っぽい笑みをわたしへ向けてくる。 「未知瑠ちゃんと……?」 「天使が堕ちる理由なんぞ、大抵は相場が決まっておるものでな?あやつもああ見えて、なかなかに深い業を背負っておるわ」 「…………」 だったら、わたしと愛奏……人間と天使じゃ、所詮は結ばれない運命なんだろうか。 「……とまぁ、その話はよいとして、じゃ」 「ん……?」 「ところでの、理美よ?敢えてあの天使がおる時は言わなんだが、実はそなたが学校へ行っておる間に、このようなものを見つけ出したのじゃ」 それから、思わずわたしが黙り込んで会話の流れが止まったところで、プリネールは思わせぶりに別の話を切り出してくると、テーブルの下から一冊の古ぼけた本を取り出した。 「え、なにそれ?どこで見つけたの?」 「庭の隅にあった小さな倉じゃ。たまには日光でも浴びるかと狭い敷地内を歩いておると、なんぞ只ならぬ気配を感じてのう。辿ってみれば、倉の奥に地下へと通じる階段が魔力で封印されておったぞよ?」 「物置に、地下への階段……?」 あの中って何が入ってるのかよく分からないし、昔に家族で掃除した時に「G」がわらわらと大量に出てきたのがトラウマっぽくなって立ち入らなくなってたけど、そんな秘密が……? 「うむ。封印を破った先の長い螺旋階段を下った果てに続いておった広間には、召喚術を行使する為の陣と、こいつを含めた羊皮紙の書物が、いくつか放置されておったのじゃ」 「えええ、ホントに……?」 しかし、生まれてずっとこの家に住んでいるわたしも初耳なだけに、にわかには信じがたい話ではあるものの、確かにその証拠の品はこのリビングの中で非日常的な異彩を放っていた。 「まぁ、呪いの類はかかっておらぬし、まずは確認してみるがよいぞ?」 「う、うん……」 ともあれ、勧められるがままに普通の本とは手触りからして違うその書物を手に取り、適当にパラパラと捲ってみたら、アルファベットの出来そこないみたいな記号やら、見ただけで頭が痛くなりそうな複雑な数列がびっしりと書き記されていた。 「えっと、なにこれ……?」 「その書物への記載に使われておるのは、魔界に古くから存在し、今でも魔術師などが使用しておる秘匿言語じゃ。数式の方は、異世界へゲートを繋ぐ為に使用される要素を解析したもの。……つまり、そいつは召喚術の仕組みを記した書物というコトになるのう」 「召喚術……これが……」 なるほど、全然分かんない……。 「ふむ、起源は魔界に伝わる異次元転送術であるが、なかなか見事に落とし込んでおるわ」 「で、でも、こんなの見つけたところで、読めないわたしにどうしろと……」 「慌てるでない。ちゃんと最初から眺めてみるのじゃ」 「…………」 そして、促されるがままに、一度畳んだ後で改めて表紙をめくると、何やら筆記体の英文っぽい、見覚えのある文字が並んでいた。 「…………」 「…………」 「……えっと……」 「なんじゃ、まさかそれも読めぬと申すか?」 「あはは……。こっちは英語みたいだから、辞書を引きながらなら読めるかも……」 あいにく、晴実と違ってわたしは博学じゃないですし。 「仕方が無いのう……。ではわらわが教えてやるが、『ここまで辿り着きし末裔を、我が後継者と認める。願わくば、汝の手で悲願を成し遂げんことを』と書かれておるのじゃ」 すると、プリネールは不勉強なわたしへ呆れたように小さく肩を竦めた後で、最初のページの内容を翻訳して読み聞かせてくれた。 「悲願……?」 「……理美よ、どうやらそなたに秘められし召喚術は、遠き祖先がさる目的を企て、代々能力を遺伝するように仕組んでおったらしいのう。良き召喚術師となるにはさる資質が必要らしいが、それに反応して潜在意識の奥底に眠らせておいた術が呼び覚まされる仕組みらしいのじゃ」 「それじゃ、わたしはその資質もちってコト?でも、目的って……」 どちらにしても、末裔のわたしにはメイワク千万なんだけど、もしロクでもない目的だったらどうしよう? ……というか、プリネールの「企て」って言葉からも、いやな予感しかしてこないし。 「くっくっくっ、いや、これがなかなか馬鹿馬鹿しい理由での?一番奥の章に記されておるから、そこは自ら読んでみるがよいわ」 しかし、思わず不安をつのらせるわたしへ、プリネールの方は笑い飛ばしながらそう促してきたりして。 「ふえ……?」 「それにしても、やはり召喚術を扱おうなどという連中は、手前勝手な者ばかりというコトか。……もっとも、大元を辿れば、我らが言えた義理でもなかろうがの?」 「…………」 ピンポーン それから、プリネールの言葉になんて返したらいいか困った矢先に、玄関のチャイムが室内に大きく鳴り響いてくる。 「あれ、誰だろう?こんな夜更けに……」 「……この気配はみちるじゃ、出てやるがよい」 しかし、この時間に誰かが訪ねてくる心当たりも無ければ、愛奏が戻ってきたわけでもあるまいしと、出ようかどうか迷ったところへ、プリネールがそう言って促してきた。 「う、うん……」 (……へぇ、そういうので分かっちゃうんだ……?) 便利といえば便利だけど、でもこれでプリネールとはかくれんぼができなくなったかな? * 「……で、わざわざこんな夜分に何用なのじゃ?」 「ええと、単刀直入に申し上げますが、そろそろ宮殿へお戻りいただけませんか、姫様……」 やがて、予想通りの来客だった未知瑠ちゃんが、プリネールに用があるというので通してあげた後で告げた用件は、わたしにとってはフクザツなお願いだった。 「ふん、そろそろ痺れを切らしてきおったか?」 「……まぁ、そうなりますね。これまで姫様のご要望通りに、もう暫くの帰還猶予願いを申請して近衛とも調整していたんですけど、愛奏……七大天使の一角も同じ街に滞在している情報が陛下のお耳に入ったらしく、問答無用の勢いで圧力を受けまして……」 すると、すぐに事情を察して不機嫌そうにぼやくプリネールを前に、項垂れながら疲れ果てた様子で溜息を吐く未知瑠ちゃん。 ……どうやら、この未知瑠ちゃんも板ばさみでなかなか苦しい立場みたいだった。 「とは言え、あやつのコトなら過剰に警戒する必要もないとは思うがの?現に先刻まで一緒であったが、わらわが見事手玉に取ってやったわ」 「あはは……。それはお陰で助かったけどね……」 確かに、仲良くけんかしてるっていうか、本気で憎み合ってはいない印象だけど……。 「しかしですね、現在の姫様を取り巻く情勢をカンガみれば、あまり長い期間のご滞在は危険ですし、何よりこのままでは……」 「……分かっておる。理美を巻き込む羽目になると言いたいのじゃろう?」 「え……?」 「はい……。そういった意味でも、そろそろ潮時かと……」 巻き込む……? 「…………」 「……あい分かった。では、明晩にでも帰還するとしようぞ」 そして、その「わたしを巻き込む」という言葉が決め手になったみたいで、プリネールは少しだけ葛藤するように無言の間を置きつつ、とうとう未知瑠ちゃんの説得に応じてしまった。 「……こちらとしましては、今すぐにでもと申し上げたいところですが、致し方ありませんね」 「せっかく来たのじゃ。思い残しを少しでも消化して、土産くらいは選んで帰ってもよかろう?」 「思い残し?」 「ふむ。何だかんだで、この家から出るコトはなかったからのう。こちらの世界でも籠の中の鳥のまま帰るのも癪であるし、最後に羽伸ばしにこの街を案内してはくれぬか、理美よ?」 「あ、うん……」 一応、明日も学校だけど、それは休んでもいいかとあっさり思えたから問題じゃない。 けど……。 「……承知致しました。んじゃさ、悪いけど頼める、理美?」 「まぁ、それはいいんだけど……」 「けどなんじゃ、不服か?」 「……ううん、でも、本当に明日帰っちゃうの?」 せっかく仲良くなれそうだと思ったのに、わたしにとってはそっちの方が不服だった。 「名残は惜しいが、仕方があるまい?理美が惜しんでくれるのであらば、せめてもの慰めというものじゃ」 すると、答えが分かりきっている質問を改めて尋ねてしまうわたしに、魔界のお姫様は少しだけ寂しそうに笑って見せてきた。 「プリネール……」 「……では、明日は理美と最初で最後の“でぇと”とやらを洒落込むつもり故に、日が落ちるまで他の何人も一切の手出しは無用ぞ?」 「かしこまりました……。では、アタシも明日は通常通りに登校して、邪魔しないように愛奏のヤツを押さえておきますから」 「うむ。良きに計らうがよい」 「…………」 (そりゃ確かに、いつまでもってわけにいかないのは分かるけど……) ……また、寂しくなってしまいそうだった。 次のページへ 戻る |