米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その1

序章 初デートの続きは異世界で

 ……自分で言うのもなんだけど、わたしってつくづく面白みのない女の子だなと思う。
 親から見れば、ここまで特に荒れもしなければ落ちこぼれることもないまま無難に育ってくれている、実に手のかからない娘であるのかもしれないものの、「十花(とおか)」なんて華やかな名前が付けられた割に、わたしは未だ花を咲かせるどころか、何色かの蕾すら膨らませていない。
「…………」
 と、そんな風に悩み始めたのは割と最近で、きっかけはSNSを始めて最初にできたネット友達から「いちか(HN)ちゃんって常にマジレスよねぇ」と言われて以降だったろうか。
 一応、そのいちご飴ちゃん(HN)からは「けど、それが癒しだから好き♪」と、どこまで本気か分からないフォローをしてもらえたものの、数少ないリア友からは今まで言われたことが無かったのもあって、あの時から何やら自分の心に棘が刺さった気分になってしまった。
「……ん……っ」
 そこで改めて今までの自分を振り返りつつ理由を探してみれば、どうもわたしって否定の方から入る癖があるみたいで、話題を振られても膨らませるどころか正論やら常識を振りかざしがちでいつも萎ませていた気がしてきて、結局これが自分に面白みとか個性という色も付いていない原因なんだろうなと。
(……ええと、こういうのをあか抜けないって言うんだっけ……?)
 ただ、自覚したからといってすぐに自分を変えようとするのもなかなか難しかった中で、それでもあんな運命のイタズラみたいな出逢いが飛び込んできたのは、もしかしたら神様がチャンスを与えてくれたのかもしれないけれど……。
「……すぅ……っ」
「十花、起きてる〜?……ってもう、いつまで寝てるんだろ?」
 やがて、横になったまま考えゴトをしているうちに半分覚めていた意識が再び深く沈みかけたところで、少し離れた場所からのドアが開かれる音と、続けて呆れた風な女の子の声と足音が近付いてきた。
「ねぇ、ほらそろそろ起きてよー、十花お嬢様?」
「…………」
 足音と一緒にハキハキと耳障りのいい声で呼ばれてはいるものの、生憎わたしは“お嬢様”などと呼ばれる身分ではない。
 従って、自分に向けられた呼びかけではないと考えよう。
「もう、案外寝起きが悪いんだなぁ……知らなかったよ」
 それは昔から親にも言われてきたから自覚はあるけれど、それでも今まで味わったことのない貴族的なお布団の感触が心地よくて、目は覚めてきているとしてもまだ起きたくない。
「むぅ、だったら……」
 ともあれ、閉じた眼前で文句を言ってきている声の主はすぐに飛び起きなきゃならない相手でもないし、このままもう少しだけ惰眠を貪らせろと背中を向けるわたしだったものの……。
「こーするまでだ……!」
「…………っ!?」
 程なくして、焦れたような声の後で大きなベッドへ飛び込んできた相手に、背中から肩口を掴まれて強引に仰向け状態へと引き戻され、それでも意地を張って目を開けなかったわたしの唇へ生暖かくも柔らかい感触が伝わってきた。
(え、ちょっ……?!)
 そして、すぐにナニをされたのかを理解したわたしが慌てて両目を見開くと、そこには昨晩にこのベッドで一緒に眠っていた女の子が唇を塞いだまま密着してきていて……。
「…………」
「…………」
「…………っ」
「……ふ〜どうだ、起きてくれない眠り姫を起こす魔法といえば、やっぱコレだよねぇ」
「あんたが魔法使いだったとか初耳なんですけど、心恋(ここ)?」
 やがて、いつの間にやらモノトーンのエプロンドレスを着こんでいた、小柄で可愛らしい顔立ちをした相手がようやく顔を上げて満足げにニヤニヤさせながら言ってきたのに対して、こんなコトならさっさと起きとけばよかったという後悔を胸に軽く睨み返すわたし。
 ……といっても、別にこのコに唇を奪われたコト自体を悔やんでいるワケではなくて。
「ん?なにやらゴキゲンななめってる?」
「あのさ……これがファースト・キスになるの知っててやったの?」
「おろ、そうだったっけ?」
 それから、わたしが何を怒っているのか理解していない様子できょとんとしている相方へ素っ気無く水を向けてやると、案の定そんなの考えたコトも無かったといわんばかりの反応が返ってきた。
「……まぁ、いいんだけどね、別に……」
 元々、後先なんて一切考えてなさそうなコだから、らしいといえばそれまでの話。
 ……というか、自分なんかよりも心恋の方がよっぽど“お嬢様”とか“姫”という仇名が似合うと思うんだけど。
「そーそー、どうせ時間の問題だったんだしさぁ」
「まぁ、そっちがそれでいいのならいいんだけど……んで、そのカッコはどうしたのよ?」
 ともあれ、わたしもこれ以上は気にしないことにして、今度は“姫”にはおおよそ似つかわしくない出で立ちの方へ視線を向けてやる。
 そもそも、昨晩お布団に入った時は長袖シャツとオーバーオールのままだったはずだけど。
「あたしが先に目を覚ましたら十花はまだぐっすり寝てたんで、起こしちゃ悪いと思って一人で抜け出してトイレに行くついでに辺りをちょっと見回ってたら、メイドさんの控え室みたいなトコを見つけてさー。そこのクローゼットにドレス一式が何着か残ってたんだよ」
「……んで、実は前から一度着てみたかったんで借りたんだけど、似合ってる?」
 すると、そんなわたしに心恋は無邪気な笑みを浮かべて頷くと、乗っかっていたベッドから下りて無断拝借したらしいエプロンドレスの膝上スカートの端を両手でちょこんと摘まみ、それっぽい会釈のポーズを見せてきた。
「……まぁカワイイけど、心恋がメイドさんに憧れてたのも初耳だったわ。それじゃ、これからわたしに奉仕してくれるのかしら」
 まったく、目を覚ませば知らないお城の客間でメイド付きのお嬢様待遇とは、とんだ夢物語もあったものである。
「ん、交代制ならね?」
「はいはい……それで、食べ物もついでに見つけてきたの?」
 すると、無邪気なメイドさんがお前も後で着るんだよと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべてきたのを軽く流すと、続けて一緒に運んできた木製トレイの上にいくつか乗せられた、リンゴというべきか大きなベリーなのか判断に困る、ちょっと毒々しい赤色の謎の果実を指差すわたし。
「うん。その控え室の近くにキッチンもあって、テーブルの上のバスケットの中に沢山盛られてたからいくつか持ってきた」
「……見たことない果物だけど、食べられるの?」
「知らないけど、食べなきゃ飢えちゃうし」
「まぁそうなんだけど、でも……」
 確かに、昨晩は食事らしい食事にありつけないまま眠ったからお腹は空いているし、出処がキッチンなら食べ物である可能性は高いとしても、わたしとしてはよく分からないモノを食べてお腹を壊すくらいなら、ギリギリまで空腹に耐えたいところ……。
「って、先に食べてるし……」
「ん?」
 しかし、こちらがちょっとだけ慎重になりましょうと提案する前に、新米メイドさんは主人を差し置いてしゃくとゃくと美味しそうな音を立てつつ頬を膨らませていた。
「……おいしい?」
「んー、びみょ」
「びみょなのね……」
 それを見て何だか馬鹿らしくなったわたしは、身を乗り出して食べる手は止めないままもう片方の手を伸ばして差し出された一つを受け取り、心恋にならってそのまま齧る。
「んぐっ、まぁもっと探せばパンやらおニクとかもありそうだけど、それは十花が起きてから一緒に探せばいいかなって」
「お肉、ねぇ……」
 確かに、今のすきっ腹には果物よりも響いてくるとして、ただお肉と言われても……。
「そういやさ、戻る途中に窓からドラゴンっぽいのが空飛んでたのが見えたんだけど、食べてみたら美味しいのかな?」
「わたしが知るわけないじゃない……むぐ……」
 そもそも自分に言わせれば、どうしてそんなモノが食べ物に見えたのかって話なのだけど。
「……うん、確かに微妙だわコレ……」
「でしょー?まぁ食べられなくもないんだけどさぁ」
 ともあれ、また眠気が復活してきてイマイチ頭が回らない中で他愛もないやりとりを交わしつつ、それからしばらくの間、リンゴに近い大きさと食感ながらベリー系の甘さと渋みが正面衝突した様な、口当たりはとてもいいとは言えない甘さの果実を齧る二人分の音が静寂の空間に響いてゆく。
(しかし、静かだなぁ……)
 だだっ広い寝室内は周囲からの環境音がまるで聞こえてこないので、少し大げさに表現すれば、まるで世界にわたしと心恋の二人しかしない様な奇妙な感覚。
 ……というか、自分達が今まで住んでいたのは何だかんだで騒がしい世界だったんだなと、こんなカタチで気付かされるとは。
「けど、やっぱ誰もいないみたいだね?さっき、ちょっと探してもみたけど気配すらないや」
「でも、廃墟ってワケでもなさげなんだけど……」
 今いる寝室だって、勝手に使わせて貰っているこの大きなベッドやお布団は埃っぽくなくてむしろふわふわのいい匂いがするし、長年放置されたコンディションとは到底思えない。
「あはは、まるでおとぎ話みたい。油断してたら食べられちゃったりして〜?」
「笑うトコじゃないでしょ?……それより、もう一度頬っぺた抓ってくれる?」
「ほーい」
 ともあれ、何だかもう一度夢チェックしたくなったわたしは、先に食べ終わった心恋にお願いしたものの……。
「いたたたた……!もういい、もういいから……っ」
 うん、まことに遺憾ながらやっぱり夢じゃない。
「もう、十花も往生際悪いんだからー。あと、ほっぺたヌルヌルしてる」
「わっ、やめてやめて……!」
 とにかく、まずは顔を洗ってこなきゃならないみたいだけど、冷水でさっぱりすれば悪い夢から覚めるかも……なんて妄想するのは、確かに往生際が悪すぎか。
「まぁまぁ、きっとなんとかなるって。前向きにいこ?」
「心恋のそういうトコは羨ましいけど……でも、ホントにどうしてこうなった……」
 ただ、現実として認めてしまえば、続けて自分の口から出てくるのは溜息やぼやきばかり。
(はぁ、やっぱりわたしはダメだなぁ……)
 ……そして、さらに続くはそんな自分への嫌悪という悪循環。
「うんまぁ、ちょっと風変わりな新婚旅行みたいなもんだと思えばさ、あとでいい思い出になりそうじゃない?」
「……いや、まだ結婚まではしてないでしょーが」
 それでも、無邪気に向けられた心恋からの屈託ない笑みとフォローに、苦笑いさせられつつも何だか慰められる心地になってくるわたし。
「んふふ、だよねぇ〜♪」
「……あによ、さっきから妙に楽しそうじゃない?」
「いやね、こんな状況だからこそ、十花のコトもどんどん分かってきてるのが楽しいというか嬉しいというか……」
「……ん……」
 そして心恋がすぐ傍らへ腰かけて肩を寄せてきた後で、伸ばしてきた左手の先をこちらの右手と絡めてきたのを、わたしも当たり前に迎え入れてやる。
 やっぱり暢気というかイマイチ危機感は足りない気はするものの、ただそんな心恋に苛立ちよりも愛おしさや頼もしさを感じてしまっているのは、自分でもちょっと不思議だけれど……。
「あとは、十花もそう思ってくれてたらなって」
「……ま、否定はしないでおいてあげるけど、まだあんたほど楽しむ余裕まではないかしらん」
 それは、まだ出逢って一週間くらいの仲でも、“一応”はお付き合いしているカンケイだから、だろうか?

第一章 桜が咲いてコイビトができました?

 心恋との出逢いは、桜の舞う入学式の後だった。
 ……いや、厳密には出逢ったという表現も何となく違和感かもしれないけれど。
「…………」
 親の都合で見ず知らずの土地へ越してきて迎えた高校入学の日、式に出席していた他の生徒たちと同じ新入生だというのに、わたしは桜の舞う校庭の樹の下でスマホ片手に独りぽつんと立ったまま、何やら転校初日の様な疎外感を味わっていた。
(桜の花びらがお日様の光できらきらして綺麗なう。動画みる?)
(こっちはまだ咲いてないし雨だし。さくらってなにそれおいしいの?)
(まぁ美味しいんじゃないかな?お菓子にも入ってたりするし)
(いやはや、本日もいちか姫のマジレスが冴えわたってますなぁ〜。……んで、新しい友達はもうできたのかしらん?)
(えっと、まぁそのうちなんとかたぶん……)
 自分から距離を置いてどうするんだというのは自覚しているものの、新年度に合わせて改装されたばかりの綺麗な校舎にいるというのに、やっぱり何だか居心地が悪すぎる。
 一応、高校ともなれば必ずしも近所住まいの生徒ばかりとも限らないのだろうが、それでも新幹線で何時間もかかる遠方の地から越してきたエトランゼなんて、そうそうお仲間がいるものでもないだろう。
(というかさ、今日は“ノリ”で初対面のお友達を増やしまくれる日和でしょーに、私とハナシしてる場合?)
(わ、わたしにはいちご飴ちゃんさえいたらいいし……!)
(無理して笑えないボケやめなさいって……)
「……うーん……」
 それでも、これから三年間ここへ通うのだから、いつまでもこんな場所でスマホ越しの友達とやり取りしていないで、既にいくつも咲き広がっている小さな人の輪の中に飛び込ませてもらうべきなんだろうけれど、時間が経つにつれてどんどん足が重たくなっていたりして。
(えっと、前はどうやって友達作っていたかが思い出せないんだけど……)
 一応、ここへ来る前は友達は多い方ではなくとも、少なくともぼっちではなかったはず。
 ……んで、中学の時は小学生時代からの友達や顔見知りとグループを作って、そこから自然と広がっていた感じだったけれど、考えたらその小学校の友達はどうやって作ったんだったっけ?
(まぁとりあえず、スマホ閉じてみたら?こっちもそろそろ落ちたいし)
(え、ちょっとまって、もうひとつだけ……)
「……ね、キミ一人?」
「へ……?」
 ……と、最後にリアル友達の作り方を相談すべくと慌ててタップしていたところで急に前方から声をかけられ、ようやく画面を下ろして視線を上げると、いつの間にやら目と鼻の先にまで近づいてきていた一人の小柄な女子生徒が上目遣いでこちらを伺っているのに気付く。
「あ、う、うん……えっと何か用……?」
 まだ卸したてで着こなされていない制服姿を見ても、たぶん同じ新入生だろう。
 栗色の髪をした、リボン付きのカチューシャを着けたショートボブがよく似合っている丸顔のコで、同じ制服を着ていなかったら中学生と勘違いしてしまいそうな、あどけなさが残る顔立ちは可愛らしさ全振りといった感じではあるんだけど……。
「ん〜。なんか用?とか返されると、それはそれで言い出しにくいんだけどさぁ……」
「あ、ご、ごめん……!そんなんじゃなくて……」
 ともあれ、反応に困って思わず用件を尋ねると、相手が眉をひそめて困った表情になったのを見て、慌てて謝るわたし。
 いちご飴ちゃんがさっき言っていた様に、今日という特別な空気にアテられてお友達になろうと話しかけてくれたのかもしれないのに、ホントわたしはこういうトコロがダメなんだ。
「あはは、こっちこそゴメン。いきなり話しかけられたから驚いたんだよね?」
「う、うん……」
 すると、自己嫌悪で消沈しかけたわたしに対して、相手のコは向日葵の様な明るい笑顔を見せてすぐにフォローしてくれたのを受けて、ほっと胸をなでおろす。
 気分を悪くさせなかったのは何よりだし、どうやら好意的に接しようとしてくれているみたいなのは正直嬉しかった。
「えっとそれで、な、なにかな……?いや別になにもなくてもいいんだけど……」
「あはは、ちゃんとお話はあるから。……ちょっと耳貸してくれるかな?」
 ただ、どうして話しかけてきたのかが気になるのは確かなので、今度は言い回しを選んで慎重に尋ねると、物好きそうなコは玉を転がすように笑った後でそう続けて身を乗り出してくる。
「……お話……?」
「……ね、いきなりだけどあたしと付き合わない?」
「はい……?」
 そして、相手に合わせて傾けたわたしの耳元で囁かれたのは、期待していたお誘いよりも更に踏み込んだ、思いもよらない言葉だった。
「つ、付き合う……?!」
 ちょっと、いきなり何を言い出すんだろう、このひと。
「うん。ダメかな?」
「ダメもなにも、付き合うって一体どういう……」
「え?だから、あたしの“カノジョ”にならない?って言ってんの」
 そこで、まずは解釈違いを疑ったわたしがイミを尋ねると、まだ完全に見ず知らずな女の子は言葉のまんまだけどと言わんばかりに言い直してきた。
 か、カノジョってコトはつまりやっぱり……。
「ど、どうして?」
「いや、どうして?とか言われると困るかなぁ……」
「だって、初対面だよね?」
 悪いけど、わたしの方が間違いなく十倍は困惑してますから。
「ん〜、だから面白いかなって思ったんだけど、どう?」
「は?」
 ……えっと、さっきから理解が追いつかなくて、ごく短い言葉しか返せていないんだけど。
「あたしね、この春からこの街に越してきたんで、この場所のことも人も何も知らなくってさ」
 すると、狼狽を隠せないわたしに、相手のコは初対面ながらそんな空気を感じさせない素振りで両手を背中の後ろで結びつつ、ようやく説明する様なセリフを続けてくる。
「あ、それわたしも一緒……」
 まさか、自分しかいないのも覚悟していた県外のよそ者生徒と、こんなピンポイントで引き合わされるとは。
 ……なので、贅沢を言えばまずは地元育ちのお友達が欲しかったんだけど。
「へぇ、そうなんだ?んーだからね、いっそ全く何も知らない初対面の人に交際申し込んでみたら面白いかなって思ったんだけどさぁ」
「…………?」
 なるほど?分からん……。
 一体、何がどうなって「だから」なんだろう?
「まぁまぁ、深く考えなくっていいよ。ぶっちゃけ、ゲームのお誘いみたいなもんだし」
「……ゲームって……」
 というか、ゲーム感覚で交際を申し込んできたひとなんて初めて見た。
 ……しかも、最初から本音を包み隠そうともせずに。
「で、どうかな?面白そうだから、キミも乗ってみない?」
「…………」
 どうかなと言われようが、すぐに「はい」と答えるのは無理がありすぎる。
 ……でも一方で、逆にワケ分からないとすぐに断りたくなる気持ちも芽生えなくて、むしろ何故だか妙に惹かれてしまっている自分もいたりして。
(うーん……)
 振り返ってみれば、今までのわたしって言葉も行動も無難な道を選びがちで、冒険的なコトをした覚えがほとんどないし、それが最近になって気にし始めている、面白みの無い女の子になっている原因なのだろうとも思う。
 ……だったら、この一風変わったお誘いに敢えて飛び込んでみるのも一興かもしれない。
 とはいえ、カノジョになれと言われた通り、声をかけてきたのは同じ女のコなんだけど……。
(ま、どっちみちうちは女子校、か……)
 うん、元々素敵な男子生徒に声をかけられる可能性なんて無かったんだし、この胸の中で躍り始めてきているワクワク感に従うとしましょうか。
「えっと、なんか考え込んでるみたいだけど……そろそろ返事もらっていい?」
「……うんまぁ、後でこんなつもりじゃなかったと言わないのなら」
 ともあれ、しばらく黙って待ってくれていた相手から改めて返事を求められると、わたしは目線を少しだけ外しつつ、遠まわしな言い回しで受け入れの意思を示した。
「あはは、言わないよ〜。これからどうなるか分からないのも、ぜんぶ楽しむつもりだから」
「はいはい……聞いたからね」
 ならば、わたしの方も精々そうなる様に生きてみるとしましょうか。
「それじゃ、手始めにお名前教えてくれる?」
「え?……あ、えっと……渡瀬十花(わたせとおか)……です」
 それから、改めて相手から名を尋ねられ、お互いそれすら知らない状態で交際を決めてしまったことに心の中で噴出しつつ答えるわたし。
 この行き当たりばったりさ……なんだかすごく新鮮、かも。
「十花だね。あたしは湊心恋(みなとここ)。これからよろしく〜♪」
「う、うん、不束者だけどよろしく……心恋」
 そして、心の底から嬉しそうな顔を見せて名乗った心恋と、ようやくわたしも笑みを浮かべつつ両手で握手を交わした。
(あったかい……)
 そういえば、誰かと手を結ぶのっていつぶりだったろうか。
 ……もしかしたら、わたしって無意識に人のぬくもりを求めていたのかも?と思ってしまったくらいに嬉しさを覚える感触だった。
「えへへ〜。なんだかちょっと照れるね〜?」
「うん……でも、本当にいきなりお付き合いなの?友達からじゃなくて?」
「もっちろん!なんだったら、ここで約束のちゅーでもする?」
「い、いや、それはまだもうちょっと……っっ」
 それから、最後にもう一度念を押すと、心恋が即答しつつこちらへ顔を近づけてきたのを見て、思わず背中を引いてしまうわたし。
 自分を変えようと思い切ってはみたものの、まだそこまでの踏ん切りも心の準備も追いついてませんから……っっ。
「ちぇ〜。でもま、慌てることもないか……」
「ふふ、だって今日が入学式なんだし」
 つまり、これから少なくともあと三年……いや、そんな先の事を考えるのはやめよう。
 ……ただ、既にそう思わせられているだけで、心恋と出逢えてよかったかもと思い始めているのも確かだった。

(ゑ、トモダチじゃなくてカノジョがデキたって?)
(うん……デキちゃったみたい……)
(いちかちゃんってマジレス星人なんだけど、ガチで反応に困るコト言う時あるよね?)
(ちょっと遊び半分っぽいのはあるけど、本当だってば……)
 その夜、ちゃんと友達を作れたのか心配してくれていたいちご飴ちゃんにあれからの出来事を簡潔に話すと、案の定ボケたつもりと解釈されてしまい、まぁ普通はそうだよねと心の中で苦笑いしつつ返信を重ねるわたし。
 ……というか、勝手に地球外生物に昇華?させないでください。
(いやますます分からんけど、いちかちゃんって百合な人だったん?)
(ん〜、そういうの今まで自覚したコトも無かったけど、何となくまぁいいかと思えちゃって)
 強いて理由付けするなら、いちご飴ちゃんの言った今日の“ノリ”がそうさせたのかもしれないけれど。
(ふーん……まぁそれじゃ、今後は私よりそのコが最優先になるのね……寂しくなるわぁ)
(いや、別にそんな変わらないと思うけど……)
(ダ・メ・よ。そこはちゃんと切り替えないと)
(えええええ……)
 ああ言えばこう言われて、んじゃ一体わたしはどうすれば……。
(だってさ、未練タラタラな昔のオンナ扱いとか浮気相手にされてたりとかも困るし)
(いや、もうちょっと馴染んできたら、いちご飴ちゃんにも紹介するつもりなんだけど……)
 一応、リアルで会う機会は無かったとしても二年以上は交流が続いているフレンドなんだし、心恋とお付き合いする以上は、むしろお互いの交友関係も包み隠さず話しておくべきとは思っているんですが。
(つまり、私に砂吐きBBAになれというんですね、わかります)
(そうはいってない……)
 そもそも、まだ一緒にスタートラインに立ってみただけの話だし。
 ただ……。
(まーそれはいいけど、どうよ人生初のコイビト出来た気分は?)
(んー、よく分からないけど、でもなんだかふわふわしたカンジはあるかな……?)
 何だかんだで、それなりに嬉し恥ずかしな気分は味わっている、かも。
(はいはい、ごちそーさま。私ゃそろそろ寝るけど、気が向いたら経過教えてよね)
(うん……今日はありがとね、いちご飴ちゃん)
(なんかしたっけ、私?)
(そういう気になってるだけ。んじゃおやすみなさい)
(おやすみー、いいユメ見なさいな)
「…………」
 人生初コイビト、か。
 心恋もそうなのかは分からないけど、やっぱり何だかんだで嬉しくもなってきたりして。
「んふふふふふ〜♪」
 と、見知らぬ土地での不安もどこへやら、何となくだけどこれから新鮮さに溢れた学生生活を過ごせそうな予感に、ひとりニヤニヤとしてしまったりもしたものの……。

                    *

「……うーん、ちょおっと早まってしまったかなぁ……」
 それから、お付き合いが始まっての三日目のお昼時、わたしは自分のお弁当を手に、購買でパンを買ってくるからと一人駆け出して行った心恋を中庭のベンチで待ちつつ、早くも弱音を吐きかけていた。
(まったく、こんなトコでひとり待たせるくらいなら、一緒に連れてってよね……)
 ぜんっぜん気が利かない、とまで言うつもりはないとしても、向こうから友達じゃなくてコイビトになって欲しいと言ってきた割には、まっすぐ前しか向いていないというか。
 まぁよく言えば決断力があって、そういうトコは自分も憧れていた部分なので、欠点として目に付いてしまっている、というワケでもないんだけど……。
「…………」
 ともあれ、やがて手持ち無沙汰なのもあり、わたしは半分無意識にポケットからスマホを取り出して同じくお昼休み中なはずのいちご飴ちゃんへメッセージを送ろうとしたものの、アプリを起動する前に小さく首を振りつつ元に戻した。
 一応、彼女なりの気遣いか、しばらくはカノジョ最優先で自分とのメッセージは控えなさいなと言われて、わたしも覚悟を決めて音信を断っていたのに、それから三日ぶりのメッセージがノロケじゃなくて愚痴というのはさすがにみっともなさすぎるし、聞かされる方もウザいだけでたまったものじゃないだろう。
「は〜〜……」
 ただ、その控えろというのは、きちんと優先順位をつけなさいというけじめ的な意味だけじゃなくて、自分とやりとりしてきた時間をそのコイビトに費やしてあげなさいよってハナシだったとは解釈しているんだけど……。
(待たせてるんだから、せめて何か送ってきなさいよね……もう……)
 出逢った日の別れ際にメールとID交換をしておこうとしたら、心恋がSNSの類は一切やっていないと言われたのが、今思えば最初の躓きだったのかもしれないけれど、習慣が無かったからか元々好きじゃなかったのか、たまに通話をしてくるだけでメッセージは殆ど送ってこないし、回答を求めた質問じゃないのは既読スルーも当たり前。
 ……お陰で、最近はわたしの方も何やらヘンな意地が芽生えてしまい、相手が寂しがってくるまではこちらも知らん振りしてやるかと積極的にメッセージを送らなくなってきているし。
「ん〜〜……」
 元々、自分は友達が多い方じゃなくて、独りでいるのが耐え難い寂しがりのイメージからも遠いんだけど、それでもやっぱりお付き合いを始めたのだから、もうちょっとこう……。
「……お……?」
 しかし、そんな念が通じたのかは定かじゃないとしても、握ったまま目を離していたスマホを持つ手から振動が伝わり、珍しく心恋からのメッセージが届いてきた。
(やっと確保できたんで今からいくけど、お腹ペコペコなら先に食べてていいよー?)
(んなワケないでしょ……いいからさっさと来なさいって)
 されど、まさかの来ない方がマシだった内容で火に油を注がれた気分になったわたしは、即座に素っ気無いレスを返してやったものの……。
(おまけに返事ナシ、か……)
 まぁ、もう予想はしてたけど、そこは「ほーい」の一言でも返しなさいって。
「やれやれ……」
 そして、再び視線をスマホから青空の広がる中空へと外して溜息をひとつ。
 離婚の原因の第一位ってやっぱり性格の不一致だそうだけど、わたしと心恋の場合も性格や考え方があまりに違い過ぎているみたいで。
 一応、お互いに無いものねだりな組み合わせの方が強く惹かれ合うとも聞いたものの、ただわたし達の場合はどうも差異があまりいい方向に作用していなさそうというか。
「…………」
 まぁでも、だからといって悪い部分ばかりが目に付いているワケでもないんだけど……。
「十花、おまたせ〜♪」
「ひっ?!……もう、いきなり背中を擽るのやめてってば……!」
「……ん、分かった」
 それから、暫くしてベンチの裏の方から戻って来た待ち人が、不意打ちで後ろに束ねた髪と首筋の隙間を狙って指先でイタズラしてきたのを受けて、わたしが背筋をびくっと震わせつつ言葉で制止すると、心恋はぴたりと手を止めて離れてしまった。
「あら、妙に素直?」
「だってさ、カノジョがやめてくれって言ってるのに続けるバカいる?」
「…………っ」
 ……と、こんな風に時々イケメンっぽい面も見せるのがズルい。
「ん〜、でもやっぱ一人で行って正解だったよー。うちの購買には珍しいパンがいろいろ置いてあるってウワサ聞いてたから混んでたし」
「そうなんだ。んで、心恋さんは何をご所望したの?」
 しかも、全く気遣いが出来ていないとも言えないので、結局はまぁもうちょっとだけ様子を見るか……とはなるんだけど。
 ただ……。
「じゃ〜ん、なめたけチーズサンドと、あんことキウイのフルーツサンド〜♪ほんとは納豆トーストも欲しかったけど、まぁそれは自重した」
「……う……」
 それから、何やら禍々しい響きの食べ物が入った紙の包みを上機嫌な面持ちで掲げて見せる相方に、思わず顔をしかめてしまうわたし。
「一応、ふつーのサンドもまだ残ってた中で敢えて面白そうなの選んでみたんだけど、十花もひとくち食べる?」
「……いや、遠慮しとく」
 もう一つ、嗜好というかセンスもイマイチ合わないみたいなのは悩みの種になるかもしれなかった。

「……ところでさ、学校にはもう慣れた?十花」
「んー、まだちょっと何とも言いがたいけど、心恋はどうなの?」
「あたし?あたしは全然だよ……むぐっ、教室にいてもあまり楽しくないしさぁ」
 ともあれ、それからベンチへ並んで座ってようやくランチタイムが始まり、まずは味の想像がつかないなめたけチーズサンドを躊躇無くカブりつきつつ親みたいな話題を振られて逆にわたしが尋ね返すと、心恋は特に抵抗なく飲み込んだ後で深い溜息を吐いてくる。
「へー、それはちょっと意外かも……というか、なめたけサンドおいしい?」
 見たカンジはわたしなんかよりよっぽどコミュ能力ありそうなのに、クラスで馴染めていないのだろうか。
「まぁまぁかな?いや、意外なんかじゃないって。というか、十花は違うのかぁ……」
「え?何やら不満でも?」
「だってさー、どうして十花と一緒のクラスじゃないんだよ〜?!」
 すると、こちらの反応が気に入らなさそうだったので理由を尋ねてやったわたしへ、心恋は足をバタつかせつつ駄々っ子みたいなセリフを吐いてきた。
「……知らねーわよ。というか、確認する前に言い出す方が悪い」
 こういうのを聞くと、ホントにその場のノリだけで決めたんだなというか、入学式の後は一旦教室に集められたんだし、クラスメートからカノジョが欲しかったのなら、その時に相手を選べばよかったという話である。
「だって、十花を見てなんかピンと来たんだもん。この人がよさげって」
「もう、ワガママだなぁ……」
 まぁピンと来たと言われて悪い気もしませんが、ただ今のところはその直感が必ずしも当たっているとは確信できないのが玉に瑕だった。
 ……とはいえ。
「は〜、まぁそういうのも全部楽しむとは誓ったんだけどさー」
「ええ、努々忘れないようにね?」
 わたしの方は別に誓ってはいないとしても、それだけは共有している想いのはずだから。
「それに、こうやって一緒の時間が限られた方が、飽きがこないかもよ?」
 ぶっちゃけ、わたしの方は心恋と同じクラスだったら、何だか今よりずっと疲れそうだし。
「う〜、今から倦怠期の心配なんてしないでってばさ……むぐぅ」
「あはは、冗談だって」
 でもまぁ、それでも何だかんだでこうやって笑わせてくれるのだから、別れたいとも思ってはいない。
 ……例えて言うなら、一口目は口に合わなかったのに、それでも後でまたもう一口食べてみたくなる様な感じだろうか。
「でもま、来年は同じクラスになれるといーね?」
「あんたも気が早すぎでしょ……鬼が笑うわよ」
 そもそも、これは何のアテも無しに直感だけで始めたゲームなのだから、来年の今頃にこうして仲良くベンチでお昼を食べている保証すらないワケで。
「…………」
 ただ、どんな結末を迎えるにせよ、わたしとしては心恋にいつか何色かの花を咲かせてもらえたらいいな、とは思っているんだけど。
「……ふぅ、ごちそーさま。んじゃ、ちょっと手を洗ってくるね?」
 しかし、それから暫く会話も止まってお互いに食べるのを優先しつつそんなコトを考えているうちに、先に食べ終えたらしい心恋は紙パックのオレンジジュースを一気に飲み干して立ち上がると、残ったゴミを手に近くのお手洗い方面へと駆け出していってしまった。
「あ、ちょっ……!?」
 食べるの早すぎ!……じゃない、フルーツサンドの感想聞いてない……でもなくて、だから一人で勝手に行動するんじゃないってば!
「……はぁ……」
 ま、確かにこんな調子なら倦怠期の心配はなさげだけど、ホント大丈夫だろうか。

                    *

「あ、おまたせ〜十花。先に来てたんだ?」
「ううん、電車の時間の都合だから別にいい、んだけど……」
「…………」
 やがて、心恋との恋愛ゲームをスタートさせてから最初の週末を迎え、とりあえず初デートとやらを洒落こもうと駅前で待ち合わせていたわたし達だったものの、顔を合わせたところで互いに言葉が止まってしまう。
「……合わないねぇ」
「うんまぁ、そーね……」
 デートの口火を切る最初のやりとりがそれかとは言われそうだけど、心恋はブラウンのシャツと黄色のオーバーオールのコーデで、わたしは落ち着いた青の半袖ワンピース系。
「あーけど、可愛いコトはカワイイわよ、心恋?」
「十花もね。清楚な感じでぴったりだと思う……けど」
 確かに、小柄で行動的な心恋にオーバーオールはよく似合っているし、わたしも決しておかしな格好はしていないつもりとしても、並ぶと一体どういう組み合わせだこれは、っていうか。
「うーん、何を着ていくか事前に相談しとけばよかったわね……?」
「けどさ、そーいうの想像しながら選ぶのも楽しいよね?」
 ……まぁ、いいか。
 これから相手を射止める為のデートならともかく、わたし達の場合は少々しくじろうが既に本音を言い合ってやり直せる間柄なんだし。たぶん。
「ちなみに、十花があたしにどういうの着て欲しいってのあったら聞くよ?」
「うんまぁ、それを言うならわたしだって心恋が見たい姿になってあげるのもやぶさかじゃないんだけど……」
 と、思いは同じだったのか、心恋が切り替えた様子で水を向けてきたので、こちらもカノジョっぽい言葉を返してやる。
「何でもいいの?」
「……まぁ、あまり露出度が高いのはご勘弁だけど」
「わかった。よし、それじゃこれから一緒に服を選びにいこっかー!」
「……ちょっと待て、今日は遊園地へ行くんでしょ?」
 すると、そのまま会話の流れに乗って心恋はそう告げるや、いきなり駅周辺にあるショッピングモールの方角へ踵を返したのを見て慌てて肩を押さえるわたし。
「ああそうだった、ごめんごめん♪」
「もう、前売りチケットは買ってるから本日の予定変更はききませんのであしからず」
「ふぇ〜い」
 まったく、相も変わらずフィーリング派とでもいうのか、トリ頭的に行き当たりばったりなんだから。
 一応、なるべく心恋の好きなようにさせてあげたい気持ちもあるけれど、ただ必要に応じてこうやって手綱は握っておかないと。

                    *

「しっかし、元々はあたしから誘っておいてアレだけど、遊園地ってのもいつぶりかなぁ?」
「ん〜、わたしも親なしで来たのは初めてかも……」
 ともあれ、それから本来の予定に従って駅からバスに乗り換え、初デートの期待と不安を胸に目的地のテーマパークへと入場した後で、メルヘン調の敷地に観覧車やジェットコースター、コーヒーカップにバイキングなどといった定番の大型乗り物が並ぶ遊園地エリアの風景を前に、お互い初めて来る場所ながら何やら懐かしさも覚えていた。
(……あれ、そういえば最後に遊園地に来たのっていつだったっけ……?)
 一応、前に住んでいた県にも似たような規模のテーマパークはあったんだけど、しかし中学の時は連れて行ってもらった記憶が無いし、小学生の低学年だったか高学年だったか……。
「…………」
「十花……?」
「……え?」
「えっと、急に黙り込んじゃったけど、ホントは他のトコがよかった?」
「あ!ううん、ちょっと昔を思い出していただけ。ごめんなさい……」
 そして、ついつい記憶が曖昧なのがすっきりしなくて何とか思い出そうと掘り起こしに耽ってしまい、やがて隣の心恋が不安げに上目遣いをしてきているのに気付いて、慌てて謝りつつ振り払うわたし。
(はぁ、何やっているんだろう、わたし……)
 ……これも、自分の悪い癖だけど、いきなりデート中に一番してはいけない類のコトをやらかしてしまったかもしれなかった。 
「そ?ならいいんだけど……」
「えっと、それでどこから回るの?一応、わたしは出来たら絶叫系はパスしたいけど……」
「ん〜、悪いんだけどそれは聞けないかな?」
 ともかく、すぐに挽回しようと最低限の希望は交えつつ前向きに尋ねたわたしに対して、心恋はあごに手を当てる仕草を見せながら素っ気なく拒否してしまうと……。
「う……」
「やっぱさぁ、カノジョがデキたならそのコの色んなカオを見たいって思うじゃない?」
 更にニヤニヤとした目でお約束っぽいセリフを畳みかけてきたりして。
「えええ、もうやめてよぉ……」
 しかも、さっきの今で負い目があるから、こっちとしては断りにくい空気なのに……。
「まぁまぁ、絶叫系っても別にあのグルグル回ってるのに乗ろうってんじゃないし」
 すると、おそらく情けない表情になったまま泣きごとを吐くわたしに心恋は楽しそうにそう続けると、こちらの手を半ば強引に取って、前方に見える360度回っているアトラクションとは全然違う方向へと引っ張っていった。
「へ……?」

「……それで、一体何処へ連れていかれるのかと思えば……」
 それから、仕方なく心恋に行き先を委ねていたわたしだったものの、連れて行かれた先はいささか意外な場所だった。
「むふ〜。ネットで調べたら、ちょうど期間限定で今やってるみたいでさぁ」
 ようやく一旦手を離された後で鼻息を荒くする心恋が指さしたのは、何やら古びた洋館っぽい建物。
 ……まぁ、確かにここもある意味絶叫系なのかもしれないけれど、思っていたのとはちょっと違うというか。
「へぇ、心恋ってオバケ屋敷好きだったんだ?」
「……ん〜、今まではそういうの考えたコト無かったけど」
「え?」
「ちなみに、十花はこういうトコはどう?ニガテ?」
「どうって言われても……まぁあんまり好きこのんでは入らないかな?」
 ただ、怖いのが苦手というよりも、所詮は作り物なんでしょ?と冷めた目で見てしまうタイプだから、何やらワクワクが止まらないとばかりに目を輝かせている心恋と一緒に入っていいものかどうか。
「ほほーう?けどダイジョーブだよ、あたしが付いてるし♪」
 しかし、そんなにわたしに心恋は何やら曲解している様子で、さぁさぁと入り口へ背中を押してくる。
「ちょっ、どうしてそんなに入りたがるのよ……?!」
「まーまー、入ったら分かるって」
「もう……」
 あまり気乗りはしていないものの、んじゃやっぱりジェットコースターに乗ろうか?とか言いだされるよりはマシ、かな?

                    *

「おおお、結構フンイキある……ねぇ?」
「確かに……いきなりちょっと背筋が寒くなった程度には……」
 ともあれ、流されるがままパスチケットを見せて入場し、春の陽気で明るくポカポカとした外とはうって変わってひんやりとした空気が漂う館内で、見えない場所からの血糊やら不気味なオブジェが並ぶ薄暗い廊下を並んでゆっくりと進みつつ、いきなりビクついた様子の心恋の隣でわたしも小さく頷き返す。
「ま、まぁあたしは平気だけど……ってうわ?!びっくりした……!」
「ん〜、わたしは何か出そうだなってちょっと読めてたかな……?」
 それから、曲がり角まで差し掛かった辺りで、上下左右から半透明の色とりどりの幽霊が目の前に現れてきたのを受けて、まともに驚いた反応を見せる心恋に対して少し余裕のある笑みを返すわたし。
 ちなみに、洋風といってもゾンビがいきなり飛び出てくる様なアトラクションじゃなくて幽霊で脅かす系らしく、少し離れた場所では先客からの悲鳴が聞こえてくるものの、あまりバタバタさせられずにゆっくり見て回れるのは嫌いじゃないかもしれない。
「うう……読めてたって驚くよ、こんなの……」
「……あーでも、ぞわっとはしたけどちょっと楽しかったかも……」
「えええええ……」
(へ〜、良く出来てるわね、これ……)
 入る前は結構馬鹿にしていたけれど、建物のつくりもしっかりしているし、幽霊がまるで目の前で浮いている様な演出もなかなかリアルである。
(ああいう立体感って、どうやって出しているんだろ?)
 えっと確か、こういう立体映像っぽいのは複数のカメラで投影したりするんだっけ?
「……っていうかさ、十花ってこういうのあまり怖くない人?」
 ともあれ、だんだんと慣れてきて怖さよりも好奇心の比率が増してきたわたしへ、それから順路に従って進む中で心恋が何やら不満そうに声をかけてくる。
「だから、別に苦手とは言ってないし」
「ちぇー、オバケ屋敷なら十花が怖がってぐいぐい抱きついてくれると思ったんだけどなぁ」
「ああ、そんな理由だったのね……」
 まぁ可愛いっちゃカワイイとは思うけれど、やっぱりアホのコですかアナタは。
「だったら、心恋の方から抱きついてきてもいいのよ?」
「んー、まずは十花に抱き着かれたい。そして二の腕におっぱい当てられたい……」
 そこで心の中で苦笑いしつつわたしがフォローを入れてやると、今度は図々しいワガママをぼやいてきたりして。
(……もー、仕方が無いなぁ)
 たぶん、こんなコト言われて引っ叩いてやりたくなるか、渋々ながらしてあげてもいいかと思うところが、友達とコイビトの違いなんだろうけれど。
「……き、きゃ〜〜っ?!」
 そこで、わたしは程なく進んだところで差し掛かった次の脅かされスポットでワザとらしく悲鳴をあげると、お望みどおりに怖がるフリをして心恋の細い腕に胸を押し付ける様にしがみ付いてやった。
「え〜、いや無理にやってくれなくたって……」
 ……ものの、今度は心恋のほうが冷めてしまったらしく、返ってきたのはまさかの塩対応。
「ちょっ、せっかくサービスしてあげたのにっ!?」
「うんまぁ、柔らかいことは柔らかかったから、ごちそうさま?」
「……いや、激しくやり損な気分なんですけど」
(はぁ……)
 やっぱり、噛み合わないなぁ。
 ……薄々そんな気はしていたけれど、実は凄く相性の悪い組み合わせだったとか、わたし達?
 いや、無謀っぽいのは承知の上で始めた試みだし、まだ焦る時期じゃないのかもしれないものの、友達からじゃなくて最初からコイビトというのはやっぱりハードルを高くしすぎたのかもしれない。
(けど、まぁ……)
 それでもお互いに失うものなど何も無い状態で始めて、一応はわたしも自分の意思で乗ると決めたコトなのだからそれなりに辛抱もするし、心恋の方からギブアップするまでは付き合ってあげる次第ではありますけどね……。
「…………」
 しかし……。
「あ〜、なんか面白いことないかなぁ……?」
(ちょおっと……?!)
 それから、いつの間にやらスタスタと先を歩き始めた心恋がそんな心無いセリフをぼやきつつ、廊下から繋がっている扉の一つを開けて中へ入って行ったのを見て、今度こそカチンときてしまうわたし。
 言うにコト欠いて、こんな場所で、しかもカノジョとの初デートの時にそれを言う?!
 確か付き合って今日で七日目だけど、これは破局の危機レベルの暴言である。
「こら、待ちなさい心恋……!」
「……っ、……あれ?」
 そこで、コトと次第によってはと、わたしも心恋が先に入って閉めた扉を乱暴にこじ開けて宝物庫の様な部屋に乗り込むものの、薄暗い室内に相手の姿は見えず。
「心恋……?」
「……わっ!!」
「ひぃっ?!」
 と、怖さよりも急に心細くなってきた矢先、暗がりの死角からいきなり飛び出してきた心恋に不意打ちをくらって驚かされ、一瞬だけ視界が真っ白になった後でみっともない叫び声をあげつつ尻もちをつかされてしまうわたし。
「…………っ」
「あはははは♪やっとココロから動揺してくれた?」
「え……?」
「もう、あんまりにも張り合いないもんだからさぁ。でもイイ表情だったよ〜くふふふふ♪」
「あ・ん・た・ね……」
 いや、これは流石に……。
「え、なに?」
「なにじゃないわよ……今のは、ものっっすごくカンジ悪い!!」
「あ、いやちょっとしたイタズラのつもりだったんだけど……」
 そこで、とうとう堪忍袋の緒が切れたわたしは埃を払いつつ立ち上がって本気で睨みつけると、こちらの剣幕に心恋はきょとんとした顔を見せてくる。
 ……しかも、見る限りではどうしてそんなに怒られているのか理解していない様子という。
「……はぁ、やっぱ今日はこれでお開きにしとく?」
 いずれにしても、瞬間的に湧いた怒りはオーバーフローしてすっかりと白け切った気分になってしまったので、喚き散らす代わりに素っ気なくそう続けると、心恋から一方的に背を向けるわたし。
「これでって、まだオバケ屋敷も途中……」
「あとは、勝手に別々で出ればいいでしょ?」
 とにかく、今日はもうこのコの顔は見たくない気分。
 別れ話までは辛うじて口から出ないけれど、お互いに少しばかり頭を冷やすべきだろう。

「あ……ちょっと待ってよ!十花、何かおかしくない?」
「……はぁ、そりゃおかしいでしょうよ」
 それから、先に部屋を出て憤りを内に抱えたまま廊下を歩き出すと、慌てて追いかけてきた心恋が何やら訴えかけてくるものの、わたしは振り返ることなく呟き返す。
 さっさと自分の無神経さに気付きない、この唐変木さんが。
「いや、だからそうじゃなくて、周り見てってば……!」
「はぁ?なんだってのよ……って……」
「……ん……?」
 しかし、呼びかけ続ける心恋の口調が真剣そのものなのに気付いてわたしも一旦足を止めると、言われてみれば、何だか入ってきた時とは風景が違うことが分かる。
(あれ……?)
 あの宝物庫みたいな部屋に入るまでは、所々が壊れている不気味な洋館の廊下だったのに、今は何だか石造りの地下通路っぽい場所を歩いている様な?
 しかも、振り返って今まで歩いてきた方へ目を凝らしても、宝物庫の扉より向こうも同じような薄暗い通路が真っ直ぐ伸びているだけ。
「ね?」
「ね?って言われても、うん……」
 そんな信じがたい光景を見て、さっきまでのヒステリックになってきていた感情がすっかりとクールダウンさせられた代わりに、思わず途方にくれかけてしまうわたし。
「……どうしよ、引き返してみる?」
「そ、そうね……」
 ともあれ、意外と冷静に受け止めているっぽい心恋に促されてわたしも素直に頷くと、再び並び合って互いの手を握りあい、今まで進んできた順路とは逆の方向へ歩みを進めてゆく。
「…………」
 結局、こちらの方角もどこまで伸びているのか分からない長い長い一本道が続き、思わず無言になってしまうものの、それでもいつしか入り口へ戻れるはずだと自らに言い聞かせながら歩き続けるわたし達。
 途中でいくつも脇の部屋へ入れそうな扉は見つけたものの、心恋も今はとてもじゃないけど寄り道したくなる気分じゃないのか、神妙な表情でまっすぐ前を向いて歩き続けていた。
「なんかさ、オバケも出なくて静かになったけど、こっちの方が不気味だよね……?」
「うん、わたし達の他に誰もいなさそうだし……」
 同じ冷たい空気でも何やら淀んでいて心地が悪く、これまでの作り物のアトラクションから、まるで“ホンモノ”な場所に居る様な気配。
 というか、確か洋館内の地上を進んでいたはずなのだけど、今はまるで地下を歩いている様なじめっとした息苦しさが漂っているし……。
「……ね、十花。こーいう時にバケモノとか出てきたら、よくデキてるなーって観察する?」
「ううん、勇者心恋に撃退してってお願いするかも」
 それから、ふと隣の心恋から皮肉めいた軽口を投げかけられ、わたしも半分本気の冗談で返してやる。
「ひど……まぁ倒すのはムリでも、どうにか護ってはあげるけどさー」
「……そりゃどーも」
 まぁ守ってくれるという言葉が嬉しくないわけじゃないとしても、つまりは今の心恋の心境も自分と同じようなものなのが分かったのは、いささか気が重たかった。
「…………」
「あれ……?」
 それでも、道が続いてるうちは足を止めないまま進んでいると、やがて視界の先に石造りの“上り”階段が見えてくる。
「…………」
 今の心境的には、下り階段よりは上り階段の方が何となくホッとした気分になってくるけれど、果たしてこれは出口へ続く光明なのか、危険地帯への入り口なのか。
「階段……だね?」
「まぁ、とりあえずこのまま進むしかないでしょ……」
 ただ、伸びている階段の先からは微かに光が漏れているし、ここからまた引き返して反対側の薄暗くて不気味な通路の先を確認する気力も勇気も湧かないので、わたしは繋いだ手はそのままに自分から先立って慎重に一段ずつ上ってゆく。
 とりあえず、上り階段なら地獄へ続いてるってコトはないでしょう、と。
「…………」
「…………」
 そして……。
「……っ、わ……!?」
「……あ、あれ……?!」
 その驚きのリアクションはそれぞれ違っていながらも、階段を上りきった先の通路を少し進んだ先に待っていた風景は、洋館、というよりも荘厳かつ壮大なお城のエントランスだった。

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