新米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その7
第七章 呵責
「どうぞ、遠慮しないで」 「……あ、はい……お邪魔します……」 二人がかりで心恋を隣の部屋へ運んだ後に招かれた魔王ルミナさんの寝室は、刺々しくない程度の落ち着いた赤系で統一された色合いになっていて、さっと見回す限りではココレットさんの寝室と双子コーデにでもしているのかな?と思わせられるくらいに“ほぼ”そっくりなレイアウトになっていた。 「まずは、適当にくつろいでくれたらいい。邪魔は入らないから」 「はぁ……」 そんなわけで、寝室自体は比較的落ち着けそうな場所ではあるものの、ただ入る前から得もいわれぬ緊張と胸騒ぎが収まらないだけに、リラックスしろと言われてもすぐにはちょっと難しそうなんだけど……。 「……でも、やっぱりお二人の絵はないんですね?」 「昔はココレットの部屋に飾っているものと同じ絵があったのだけど、今は取り外してる」 ともあれ、気を悪くさせない範囲で室内を観察しつつ、最初に目に留まった違いをわたしが指摘すると、ルミナさんは少し踏み込んだ言葉を素っ気なく返してきた。 「どうして……?」 「その理由も、アナタならそろそろ突き止めたんじゃないかしら?」 「……っっ、えっとまぁ、一応はルミナさんが城内に自分の絵を飾られるのはお好きじゃないというのは聞きましたけど……」 そこで、更に掘り下げようと質問を続けたものの、相手からは見透かされた様な視線を向けられ、一瞬だけ硬直してしまった後で当たり障りのない方の理由を答えるわたし。 「それは、いささか語弊があるかも。……確かに昔、父からエントランスの壁に特大の肖像画を飾ると言われた時は全力で抵抗したけれど、あれ以来勝手な印象を持たれている気はするわ」 「うわぁ、確かにそれはイヤ……ですね」 自分がその時のルミナさんの立場でも、それは拒んでいる自信があるかな。 「……まぁ色々と思う所もあって、暫くココレットの顔を見るのが辛かったのは認めましょう」 「今は、どうなんです?」 「さて、どうかしらね……アナタはどう思う?」 「…………」 それから、一番聞きたかった事を遠慮がちに尋ねたわたしに対し、ルミナさんは曖昧な言葉の後でまたも喉元に迫る様な問い返しを突きつけてきて、今度こそ言葉に詰まってしまう。 「その前に、まずは着替えましょうか?アナタにもナイトウェアを貸してあげるから」 しかし、それでもまだ返答は求めていないらしく、ルミナさんはこちらの言葉を待たずにそう続けると、わたしから背を向けてベッドの側にあるクローゼットの前へ移動してゆく。 「え、貸す……?」 ……もしかしてルミナさん、今夜はわたしと一緒に寝るつもりなんだろうか? いや、もしかしてもなにも寝室に呼ばれて今さらってハナシだけど。 「……ほら、その前に背中の留め具を外して?」 「あ、は、はい……!」 ともあれ、それを確認する間もなく、観音開きのクローゼットを開けたルミナさんより求められ、言われるがままに近寄ったわたしは、背中を完全に覆っているドレスのホックを外してファスナーを下ろしてゆく。 「…………」 (……これは、なんかイケないコトしてる気が……) コイビトが隣の部屋でぐっすりと眠っている間に、他の女性のドレスを寝室で脱がせてあげているなんて。 「…………っ?!」 しかし、そんなちょっと妙な気分になりかけたのも束の間、露になった白い背中へ斜めに痛々しく刻まれた刀傷が目に留まり、思わず手が止まって固まってしまうわたし。 「……ん、驚かせた?」 「えっと、これは……」 「見ての通り、奇襲を受けて斬られた痕。咄嗟に前へ転んで切っ先だけしか入らなかったから致命傷には至られなかったけれど」 「……見ての通りって……」 「この城で家督を巡って家宝の争奪戦をしていたのは知っているでしょう?私とて包囲網を敷いてきた兄達から狙われ続ければ、無傷というわけにもいかなかったから」 「そ、そうですね……」 もちろん、それは書庫の新聞で知り得た情報としても、いざこうやって生々しい痕を間近で見せられては言葉が出ない。 「本当は、フローディアが一緒に戦ってくれたら楽だったのだけど、あの時の彼女は父との主従契約だったから、その嫡子である兄達に刃を向けることは出来なかったみたい」 「…………」 それを聞いて一つの疑問は晴れたけれど、つまり自分の城なのに四面楚歌の戦いを強いられていたのか、この人は……。 そして、その渦中にはもちろんココレットさんだって……。 「……さて、せっかくだから今宵はこれでも試してみる?」 「え、えええ……?!」 しかし同情に浸る間もなく、やがてクローゼットからうら若き城主様が出してきた、白と黒でペアになった総レースの花柄ベビードール系のナイトウェアを見せられ、思わず一歩引いてしまうわたし。 というか、衣裳部屋で心恋が探しても見つからなかったと思えば、城主サマの寝室にあったとは。 「昔に、若気の至りで取り寄せてココレットと一度だけ着たことがあったのだけど、また引っ張り出すにはいい頃合かと思って」 「い、いや、でもこれはちょっと……透けすぎというか……」 確かに可愛いといえば可愛らしいデザインなんだけど、妹さんとこんなの着て一体ナニしてたんですか?と聞きたくなるくらいのシースルーだし……。 いや、聞かなくても察しはついてしまうから尚更。 「あら、どうせアナタが今着けているのは私の下着なのでしょう?」 「すみません、そうでした……」 それでも、ルミナさんからの淡々としたツッコミで語るに落ちてしまい、結局は断れない空気になってしまったりして。 「……ほら、いらっしゃい」 「…………」 ともあれ、言われるがままに白のベビードールに着替えさせられたわたしは、黒い方を身に着けた城主様から手を取られ、流されつつもフクザツな心地で薄いカーテン付きの寝所へ連れ込まれてゆく。 というか、着けていた下着の柄も近かった為か双子コーデっぽくなっているのが余計に恥ずかしい心地ではあるんだけど……。 (……ううう、こんな姿を心恋に見られるわけには……) 敢えてルミナさんがそういうムードにしたがっているのかは知らないとして、何より心恋が起きてきたら言い訳できない状態になっている様な。 「……大丈夫、ココレットの部屋で眠っている子は朝まで起きないから」 すると、ルミナさんはこちらの心を読んだようにフォローを入れてくると、ふかふかのシーツの上に腰を下したすぐ傍へわたしを座らせた。 「いや、バレなきゃOKというワケでもなくてですね……って、まさか心恋が急に眠り始めて起きないのは……」 「ええ、今宵はアナタと二人きりになりたかったから」 「言い方ぁ……でも、どうして急に?」 だから、浮気っぽく言うのはやめてくださいってば……。 「最早、いつまでも留め置けなくなったと言ったでしょう?けれど、アナタには戻してあげる為の条件を出していたもの」 「……まぁ、せっかく精一杯の調査はしてきましたし、わたしも出来ればそれをクリアしてからにしたい気持ちはありますけど」 そんなトコロが心恋に言わせれば、わたしの変わり者な部分らしいとして。 「そうね……。私もまだ目的は半分程度しか満たせていないし」 「……既に満たせた半分とは、心恋のコトですか?」 「どうして、そう思う?」 「だって、心恋は貴方の……」 「いいえ、彼女は湊心恋であって、ココレット・F・バランタインじゃない。確かに顔を見た後で話がしたくなって昼食会を急に思い立ったりはしたけれど、そこは勘違いしないで」 ともあれ、もう時間が無くなってきたのならばと、こちらも積極的に乗ってみることにしたものの、核心を突こうとした言葉は言い終える前にルミナさんからかき消されてしまった。 「……確かに顔立ちはそっくりだったけれど、私の知っているココレットはあんなに物事をはっきりと言ったり、行動的じゃなかったもの」 「けど、もしかしたら元々そういう部分があったのかもしれませんよ?」 「知った風なコト言わないで……!と言いたいけれど、私にはそんな資格すらないか」 そこで、何となく決めつけ癖が癪に障って少し意地の悪い反論をしてみたわたしへ、ルミナさんは一瞬だけ激昂しかけて言葉を荒らげたものの、すぐに自虐に満ちた溜息を吐きつつ、こちらの脇腹の辺りへ手を回してくると……。 「え……ちょっ……!?」 「……だけど、その言葉のイミは、私の方から説明する必要もないでしょう?」 「え、ええ、まぁ……」 もちろん把握しているつもりだけど、ただ抱き寄せて耳元で囁く必要はあるんだろうか? さらに、密着したルミナさんから誘われる様ないい匂いもしてきているし、こんなカッコさせられているだけに、やっぱりお話だけで済ませる気なんて無いんじゃ? 「…………」 (ん……?) しかし、そんなキケンな予感にどう対処しようか迷っているうち、ルミナさんがわたしを抱き寄せたまま黙り込んでしまっているのに気付く。 「ルミナさん……?」 「……ああ、ゴメンなさい。他者の肌の温もりに触れた感触が久々だったから、つい」 「…………」 いや、もしかしてルミナさんって……。 「えっと、やっぱり魔王様っていうのは孤独なものなんですね……?」 「孤高な存在というのは否定しないけれど、特に私の場合は経緯が経緯だし」 「でも……その、ルミナさんはそこまでして魔王になりたかったんですか?」 「……魔王家に生を受けた者は、それを考える権利など無い。そういうものでしょう?」 そこで、強引に振り回され続ける中で不意に脆さみたいな部分も見せられてしまった魔王さんに、わたしは相手の手を拒まないまま前々から抱いていたデリケートな問いかけを思い切って向けると、返ってきたのは気丈な回答だった。 「まぁ、そうなのかもしれないですけど……」 それでも言ってあげたい言葉もあるものの、ただ自分がそういう立場になった経験が無いので、それ以上は続けられないのがつらい。 「さて、何だかこのままアナタを抱き枕にして眠りたくもなったけれど……」 「ちょっ、困ります……っ?!」 ともあれ、それから魔王ルミナさんはよっぽどわたしの抱き心地が気に入ったのか、どこまで本気なのか分からない不穏なセリフを吐き出しつつも一旦手を離して居直すと……。 「でも、その前にアナタが導いた回答を聞いておきましょうか?」 深紅の瞳でまっすぐわたしと向き合って、いよいよ本題を促してきた。 「回答……今ここで、ですか?」 「ええ、明日にでも帰り支度をしてもらう事になるかもしれないから。……もしも結論が出ているのならば、だけど」 「…………」 本音を言えば、まだ不明な点はいくつか残っているものの、しかしこれが最後の機会になるのかもしれないのなら……。 「結論ですか……。ぶっちゃけるならもう既に心恋、つまり“貴方の妹さん”に言われてしまってるんですけどね」 そこで、わたしは少しだけ頭の中で整理した後で、自虐気味に肩を竦めて告白してみせた。 まぁおそらく、心恋はいつものフィーリングで何の気なしに言ったんだろうけれど。 「……既に言われてる?それに何度も言わせないで、湊心恋は……」 「ココレットさん本人じゃないんでしょ?そんなのコトは百も承知ですよ。……わたしと同じ人間界の住人に転生した、いわゆる“来世”の姿というやつなんでしょうから」 すると、ルミナさんはきょとんとしつつもまた同じ反論をしてこようとしたので、遮るように根拠の言葉を続けるわたし。 「…………」 「まず、識字の能力(チカラ)を与えてもらって最初に見たのがドレスに刺繍されていた妹さんの名前で、まぁやっぱり“ココ”という文字に反応しちゃったわけです。それでも、こちらへ飛ばされてからの心恋の様子やら、ココレットって名前を聞いた時のあの子の反応は全く知らない他人って感じで、後ろめたそうな素振りなんかも見せなかったので、わたしに何かワケアリを隠している“本人”さんじゃないんだろうなって、それは早い段階で思ってました」 「……それでもやっぱり、ただの偶然とも片づけられなかったので、心恋と一緒にまずはココレットさんについて調べることにしたんですが……そうしたら、どれだけ姉のルミナさんと仲睦まじい間柄だったのかを見せつけられた結果になりましたよ」 ホント、正直言えばちょっと妬いてしまっていたくらいに。 「そう……」 「でも、辿ろうとした行方は分からずじまいで、以前は飾られていたココレットさんの絵も宝物展示場にあったものを除いてルミナさんが殆ど撤去させたとフローディアさんから聞いた時、もう存命ではないのかもしれないと薄々感じ始めていたら、謁見の間で玉座に勝手に座った心恋から、ココレットさんが黒い剣で貴方に殺される記憶の断片を見たと言い出しまして……」 「……残留思念……?そんなのが残っていたのね……」 「ああ、それですそれです。何となく頭に浮かんだんですけど出てこなかった言葉。けど、さすがに最初は何かの間違いじゃないかと思ったんですが、書庫で直近の魔王の系譜と次期魔王を選ぶための家督争いの方法を調べた後に、心恋が見つけてきた新聞から次期魔王の座を掴むためにお兄さん達やココレットさんまでもルミナさんが直接手にかけたという噂含みの記事も読みまして……その、やっぱり事実は事実としてそうなのかもしれないって思う様になりました」 何だか思ったより饒舌に言葉が出ているのは自分でも驚きだけど、それは今までずっと目の前の孤独な魔王さんに言ってやりたいコトがあったからなのだろう。 だから、この機会に遠慮なく全部吐いてしまうつもりだった。 「さぞかし冷血な女だと思ったでしょう?……だからこそ、魔王なのだけど」 「いいえ、貴方はきっと自分が死ぬことでココレットさんが助かるのなら躊躇い無くそうする人だとわたしは思っています。……というか、心恋とコイビトになっている自分だからこそ分かると言いますか……」 それに対して、魔王ルミナさんは本人に直接話すには憚れる推理を素っ気なく肯定して見せたものの、わたしは少しだけ身を乗り出してそれを即座に否定した。 「……そこまで言い切れるほどの根拠なんて、残っていたかしら……」 「ええ、片腕さんからも色々お話を聞けましたし、あちらこちらにありましたよ。……だから、貴女自身は元々魔王になるのはあまり興味が無かったというか、少なくともココレットさんより優先順位が高くなることはありえない、というのが前提で、もしもお兄さんの誰かが魔王になった後で辺境にあるこのお城に幽閉という形になろうが、二人で平穏に暮らしていけるならそれでもいいというか、むしろ内心は望んでいたまであったんじゃないですか?」 ただ、魔王家の嫡子としてそれを口にする事は許されなかったろうけれど。 「…………」 すると、その問いには沈黙で応えるしかなさそうなルミナさんへ、更に言葉を続けてゆく。 「でも、お父さんが亡くなられて家督争いが始まった時、争点となる家宝の剣はこのお城に残されていたという記事も読んだので、おそらくルミナさんが一番最初に手に取ることで始まったんじゃないかなと」 「……となれば、ライバルになるお兄さん達全員から狙われることになるし、ついさっきに背中の傷を見た時も包囲網を敷かれたと言ってましたよね?……だったら、同じく候補者でルミナさんと一番仲良しだったココレットさんだって蚊帳の外じゃいられない」 「だから、あなたは自分の心配よりもそちらの方に思い悩んだんじゃないですか?具体的にどんな闘争が繰り広げられていたのかまでは分かりませんけど、お薬の処方はフローディアさんにしか任せていないのとか、食度や寝る時はごく一部の信頼しているメイドさん達にしか手入れさせていないこのお城へ帰って来ているのを見ても、トラウマとなってしまう程の出来事があったのかもしれないという推測はできます。……そして、そんな中でもしもお兄さん達がココレットさんをルミナさんの弱点として見ていたのなら……」 「……足手まといだから自分の手で始末してしまった、とは考えないの?」 「そんなワケないでしょう!?……まぁ、これはちょっと言いにくいんですけど、ココレットさんの寝室で心恋はもう一つのえっと、残留思念?を見ましたから。あなたとあのベッドで……その……姉妹のカンケイを超えた“愛”を確かめ合っていた記憶をですね」 そこで、ルミナさんが感情を押し殺した声で的外れな言葉を挟んできたのに苛立ちを感じたわたしは即座に一刀両断してやると、続けて口ごもりつつも赤裸々な手掛かりを告げた。 「…………っ」 すると、流石にルミナさんもばつが悪そうに視線を逸らせたものの、肝心なのはこれから。 「……ともあれ、貴方はこのままじゃ最愛の妹さんを守りきれないと思い詰めてしまったんだと思います。そこで選んだのが人間界に転生させることなのかなと。人間として生まれ変わればもう二度と魔界から手出しは出来なくなりますし、そもそも、食事会の時に言ってましたよね?あの子は人間として生まれるべきだったって」 「…………」 「もちろん、それを聞いてすぐそこまで行きついたワケじゃないですが、その前に宝物展示室で見たお二人の絵の隅に描かれていたはずのお兄さん達が塗り潰されていたのが気になって、警備で駆け付けたフローディアさんに尋ねると何かに生まれ変わってるんじゃないかという表現をされていたのと、新聞を読んでいた時に見つけたお悔やみ欄の『幸せな来世になるのを祈る』という文言を見るに、この魔界の死生観はいわゆる輪廻転生なんだなって思ったんです」 「……けど、それぞれの言い回し的には死後は何に生まれ変わるのかは分からないのかもしれないと推測した中で、何となく兄妹で最も魔法が得意らしいルミナさんなら、意図的にココレットさんの来世を人間として生まれ変われる様に仕組めるんじゃないかなって」 「それで、フローディアに転生先を操れる秘術みたいなのは実際にあるのかと質問の紙切れを置いたのね……。けど、いささかとっぴ過ぎない?」 「そうでしょうかね?心恋の苗字に貴方の名前が含まれているのは、ただの偶然なのかなって」 「…………」 「そして、心恋がココレットさんの生まれ変わりといよいよ確信したのは、例の残留思念は自分がその場所へ寝転んでも何も起こらなくて、どうもあのコだけが見えるらしいのが分かった時ですね。もしかしたら、ココレットさんのドレスを着たのが引き金になって、心恋の記憶に何か干渉でも起こったのかもしれませんけど」 「……あとは、書庫で偶然に魔法らしきものを発動させていたりとか、あのコだけが原因不明の頭痛に苛まれて、それを貴女に相談した時に何やら訳知りな様子だったのを思い出したのも手掛かりになりました」 元々、前世とか転生みたいなオカルト話を信じている方でも無かったけれど、だからこそ、その可能性へ行きついた後は迷いは無かったし、何より魔界というファンタジー世界だしね。 「そうね。……けれど、そこまで辿りついても、まだ回答には至っていないでしょう?」 「ええ、そうなんですよね……。見つけてこいと言われた宿題は、大きなリスクを冒してまでわたし達が魔王さんに呼び寄せられた理由を探せ、ですから」 ともあれ、堰を切った様に一通り喋り終えた後でルミナさんに素っ気なく追及され、再び肩を竦めつつ認めるわたし。 「それで?」 「うーん、それに関してはまだ自信があるわけじゃないんです。……でも、一つ引っ掛かっていたことがあってですね、ルミナさんはわたしが一人で行動している時に呼び出してきて、“アナタ達”ではなくて“アナタ”という言葉を使っていたのと、自分だけ識字を可能にしてくれたのを考えても、この宿題は二人にというよりも自分に向けられたものじゃないのかなって」 「……だとすれば、魔王さんがこのわたしに何かして欲しいことがあるのだと仮定して、そこから何か思いつくことはないかと考えていたんですが……回答候補の一つは今しがた見つかった気がしました。ルミナさんが人肌恋しそうにわたしを抱きしめてきた時に、ですけど」 「…………」 「断腸の思いで最愛の妹さんを誰にも手出しさせない為に人間界の住人として転生させた上で、彼女を狙った人達が許せなくて戦いに明け暮れる中で家宝を守りきって魔王となったまではいいものの、平穏が戻った時には結果的に一人ぼっちになってしまい、段々と寂しさを募らせる様になったんじゃないのかなって」 「…………」 「前世の記憶を自覚していない心恋は貴女のことを一切覚えていないみたいですけど、わたしにだけあのコが本来は何者だったのかという真相を理解させておいて、その上でまた気軽に談笑したり食事したりできる間柄にまで戻れる様に取り計らって欲しいのかな、と」 「…………」 「ってところで、どうでしょうかね?まぁ天界?にバレちゃってわたし達を引き留められなくなったのは水を差されましたけど、まぁでもそこは抜け道とかやり方もあるでしょうし……」 「…………」 「……なるほど、期間を考えればよくそこまで丸裸に近い状態までもって来られたものね。けど、まだ肝心の一枚が脱がせられていない」 そして、わたしが言葉を締めくくって僅かの間を置いた後で、黙って聞いていたルミナさんは微笑を浮かべてまずは温かみの感じられる言葉で褒めてくれたものの、やがてすぐに素っ気なく不充分を告げると、挑発する様に目の前で足を組んで薄紅色のショーツを見せつけてきた。 「……っ、ま、まぁ、確かに時間が足りなくてまだ手付かずだった部分もありますけど」 「そうね、一番肝心な部分も抜けているし。例えば?」 「例えば、たとえばそうですね……分からなかったのは、どうして家宝の剣がこのお城にあったのかとか」 「分からない?……じゃ逆に聞くけど、どうして私が魔王になれたと思う?」 「どうしてって……あ……!」 「そう。父は元々私を次の魔王にするつもりだった」 「……っ、そっか……そうだったんですね……」 兄妹の中で最も強力な魔力を秘めていると言われていたルミナさんは、むしろ……。 「だからこそ、私とココレットはこの辺境に隔離されたお城で大切に育てられた。いかなる害虫も万難も排して私が次期魔王となりえる様に」 「……そして、先代魔王に拾われた懐刀のフローディアが私の誕生後に付けられたのも、父の意志を確実に叶える為」 「フローディアさんが……?」 「いつも柔らかい笑みを浮かべているけれど、あれでなかなか冷酷非情な堕天使なの。彼女に言わせれば、この程度は当たり前らしいけれど」 「…………」 「それに、私も気付くのが遅かった。父やフローディアにとって、ココレットは私を魔王にする為の道具に過ぎない存在だったのだと知ったのは、最愛の妹を奪われた怒りで私に秘められていた魔力が覚醒し、そのチカラをもって兄達を葬った後だったから……」 「……つまり、結局のところ私はココレットを犠牲にして筋書き通りにコトを運んで来ただけ。子煩悩と評判だった父もさぞかし満足してるでしょうね……っ」 それから、その手を兄妹の血で染めた挙句に孤独という呪いに苛まれつつ真相を語る魔王ルミナさんの瞳からは涙が伝い、手が震えていた。 「ルミナさん……」 それを見て、わたしは相手から挑まれたとはいえ、得意げにルミナさんの抱える闇へ踏み入ってしまったコトに後悔の念も出てきてしまうものの……。 「ふぅ、ゴメンなさい。……少し脱線してしまったわ。けど確かに、誰かに胸のうちを聞いて欲しかったという想いはあったかのもしれない。それも、出来るならココレット……いいえ、湊心恋に近しい者にね」 「……やっぱり、寂しかったんじゃないですか」 壮絶な家督争いで人間不信に陥ってごく一部の側近しか信用しなくなっているのかと思えば、その相手ですらルミナさんにとっては心を許しきれない利害一致のカンケイだったなんて。 「そうね……目の前に居るのがアナタじゃなくてあのコだったらという埒も無い思考が、今でも頭の片隅に残っているし」 「……まぁ、それだったらわたしも心恋と出逢えていないのでフクザツですけどね」 改めて考えれば、なんとも皮肉な運命である。 「…………」 「ただ、もう過去は変えられないですし、少しでも前向きになりましょうよ?……もしかしたら、これから取り戻せるものもあるのかもしれませんから」 とまぁ、陰キャを自覚していたわたしが人間セミナー的なお説教というのも、なんだか笑い話かもしれないけれど。 「取り戻せるもの?……たとえば?」 「えっと……ですから、もう姉妹には戻れないとしても“お友達”にはなれますし。心恋だって貴女のコトは好意を持っているみたいですから、きっとすぐに……」 「……ふぅ。論外な提案とまでは言わないとしても、やはりどこか少しばかりズレているのよね、アナタは」 「ああもうっ、レールの上だろうが今の魔王はアナタなんですから、これからは周囲なんて知ったこっちゃなしで好き勝手に振舞えばいいじゃないですか!そうすれば少しは気だって晴れてきますよ多分」 しかし、それでも煮え切らない態度で髪の毛を弄りつつ、独り言の様に呟いてくるルミナさんの上から目線に少しむっとしてきたのもあって、投げやりに言い返してやるわたし。 おそらく、この場に心恋がいても同じコトを言ったはずである。 「…………」 「……ありがとう。ならば、お言葉に甘えさせてもらおうかしら?」 すると、魔王ルミナさんは少しだけ沈黙の間を置いた後で、両目を閉じつつ普段の素っ気ない態度でそう告げて来たかと思うと……。 「いいんじゃないですか?って……う……っ?!」 不意打ちのごとく刮目してこちらへ向けられた深紅の瞳の鋭い眼光に射貫かれ、わたしはその場から動けなくなってしまった。 「な、なにを……?!」 「それと……アナタは魔王である私を侮りすぎ」 「…………っっ」 「何もかも的外れとは言わないけれど、そんな生温い回答で私が満足すると思った?」 そして、口と言葉だけしか自由が利かなくなったまま背中から押し倒されると、魔王ルミナさんは冷たい目でわたしを見下ろしてきた。 「……私はね、もうヒビだらけなの。あと一押しされれば粉々に砕け散ってしまいそう」 「けれど、私とココレットを引き裂いた者達への復讐はまだ終わっていない。……ならば、どうすればいいと思う……?」 それから、今にもこのまま捕食されそうな艶めかしくも張り詰めた空気に当てられて怯えを隠せないわたしに、ルミナさんは虚ろな目で問いかけてくる。 「ど、どうすればって……わ、わたしに何か出来るコトがあるんですか……?」 しかも、復讐って……今さら誰に対してするというのだろう。 「そうね、これから少しだけ私に身を委ねて付き合ってくれればいい」 するとルミナさんはそれだけ告げるや、こちらの両手を抑え込んだまま唇を重ねてきて……。 「……んぐ……っ!?」 「と、十花……ナニしてるの?!」 拒むこともできず、そのまま柔らかい感触が伝わった直後に軽いノックの後で寝室のドアが開かれたかと思うと、心恋の声が室内に響き渡ってきた。 (こ、心恋……?!違うのこれは……!って……えええ?!) そこでわたしは慌てて上半身を起こそうとするも、身体も動かなければ声すら出ない。 (嘘……) まさか、ルミナさん今のでわたしの口まで塞いだ……? (ちょっ、一体なんのために……?) いやそもそも、心恋は朝まで眠らせてるってルミナさん言ってたハズなのに。 「何をしているのかって、見て分からない……?」 なのに、当のルミナさんは全く動じる様子もなく、むしろわたしの身体を抱き起しつつ挑発する様なセリフを返したりして。 「あ、あたしが眠ってる間に十花に手を出すなんて……!」 とはいえ、目の前で半裸にされていたカノジョを好き勝手に弄り回されて落ち着けという方がムリなのか、事情や理由を尋ねる前にただ憎しみを込めた目でルミナさんを睨む心恋。 (ああもう、違うからっ、心恋も落ち着きなさい……!) ……正直、ここまでブチ切れしてくれているのも嬉しくないワケじゃないけれど、でも同時に得体の知れないイヤな予感もしてきて素直に喜べなかった。 「これでも、一方的というワケではないけれど?……十花の方も、自分に出来るコトならなんでもしてくれると言ったし」 「え……?!」 「……そうよね?十花?」 いや、確かに言ったかもしれないけど、でもそれは論点のすり替えというかイミが違……。 「…………」 しかし、どうにかして反論しようとしたのも空しく、動けないまま強引に首を縦に振らされてしまうわたし。 (うそ……って、ずるい……!) 今のは操り人形みたいに操っただけじゃない……! 「と、十花……」 「ふふ、いいコね。……やっぱり、何事も素直が一番かしら?」 (ひ……っ!) しかも、ルミナさんはわたしが何も言えない動けないのをいいコトに更にそう続けると、抱きかかえた後ろから心恋へ見せつける様に胸をまさぐりはじめてきた。 (ちょっ、それは……うそ……?!) 「や、やめなよ……っ!というか、十花に何かしたんでしょ?!」 「……あら、どうしてそう思うのかしら?」 「さっきから何も言わなくて様子がおかしいし、それにあたしの嫁だもん!十花だって他の誰にもおっぱい触らせる気なんてないって言ってたし!」 (いや、そこまでは言ってないけど……んあっ?!) ともあれ、心恋はすっかりと頭に血が上ってしまっているみたいで、魔王の術中にハマってしまった風になっているけれど……。 (でも、ルミナさんも一体どういうつもり……?く……っ) 逆にわたしから心恋を奪い取ろうとしてくるのなら、それも困るけど理解は出来るとして、どうして自分が奪われる立場になっているのだろう? 「そう……。ならば“魔王”としては愉悦に感じないとね?」 まさか、復讐の相手って……心恋に選ばれたわたし!? (い、いやでも……って、ちょっ?!だめ……そこは……!) とか考えているうちに、やがてわたしを拘束する魔王の右手が、お腹から下腹部の方へと伸びつつ、更に胸をまさぐる左手も含めたそれぞれの指先が下着の中へと侵食してきて、いよいよシャレにならない事態になろうとしていったものの……。 「も、もう……いい加減にしろ……ッッ!!」 心恋はポケットからドレスの付属品だった白い手袋を取り出し、助走をつけて一線を越えようとした魔王ルミナへ投げ付けていた。 (心恋……?!) 「…………!へぇ……」 それはつまり……。 「ふふ、決闘の申し込みだなんて、今どき古風ね?」 「何でもいいから、十花を返せ……!」 「で、その為に魔王へ挑むというの……?」 「挑むよ。十花のためなら勇者にだってなんだってなってやるんだから!」 (心恋……!) そして、淡々としつつも鋭い威圧を込めた魔王ルミナさんに真っ向から対峙してタンカを切る勇者心恋に、わたしは囚われのお姫様の気分で、きゅんと胸が高鳴ってしまったものの……。 「……いいわ、では相応しい場所へ改めましょうか?」 しかし浸る間もなく、ルミナさんがパチンと指を鳴らせると、催眠術にでもかかったかの様にわたしの意識は遠くなっていった。 (な、なに……?) 次のページへ 前のページへ 戻る |