新米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その6
第六章 翻弄されし者たち
「ふぃ〜〜っ……しっかし、スキに見て回っていいって割には結構怒られちゃったね?」 「まぁいつも言ってるけど、少しは遠慮を知りなさいってコトでしょ」 やがて、謁見の間を出てからお互いにどっと疲れが出てきたわたし達は予定通りに本日の探索を終了すると、言葉少なめに三階のキッチンまで下りて夕食の支度にかかったものの、それもお腹を満たしてお風呂へ入った頃には心恋の明るさも大分戻ってきていた。 「あはは、そうだねぇ……」 「……で、さっきはどうしてあんなコト言い出したの?ルミナさんがココレットさんを殺したかもって」 「玉座に座った時にさ、なんか頭の中へ流れ込んで来たんだよねー……」 そこで、頃合を見てその元気をなくしていた原因を蒸し返すわたしに、心恋は湯船の中で体育座りしたまま、珍しく無表情で独り言の様に呟いてくる。 「流れ込んできた?」 「勝手に頭の中で映像が再生された感じだったんだけど、黒い剣を持ったルミナさんが怖い顔で刃を突き付けてきて、やめて下さい!許して!って叫びも聞こえて……」 「……うーん……」 ただ、ここまで得られた情報や見てきた裏づけを鑑みれば、俄かには信じられない話ではあるんだけど。 「聞く限りだとお兄さんたちもこの世にはいないみたいだし、なんか血なまぐさいよねぇ?」 「あー、お湯に浸かってるのに背筋が寒くなりそうだからやっぱやめましょうか、この話……」 ここでまたちょっと、旅人を食べようとした魔女の童話を思い出してしまったけれど、ただ勝手に玉座へ腰かけたことも謝ったらすぐ許してくれた様に、わたしが昨日ルミナさんと遭遇した時に受けた印象は、魔王という割には理知的で寛容だなって感じで、今もそれは変わっていない。 「けど、もうちょっと話してもみたかったなぁ……」 「話すって、ルミナさんに?」 「うん。根は優しそうな人だったし、リアル魔王さんと話す機会なんてレアじゃない?」 ちなみに心恋も人物評は同じらしく、魔王ルミナさん自身には興味津々みたいである。 「もう、心恋って実は珍しいならなんでもいいって人?」 ……ただその割には、珍しさとは対極的なわたしに声をかけてきてるんだけど。 「あ、妬いちゃった?でも、浮気心とかじゃないから安心してよ」 「……違うし、そーいう単語は思っても口には出さないものよ。まったく呑気ねぇ……」 こっちとしては、むしろちょっと顔を合わせづらくなったなと思っているのに。 「…………」 と、思っていたものの……。 * 「え、ルミナさんが……?」 それから、翌日の午前中に心恋が新しい衣装を選んでくれていた中、衣裳部屋まで探しに来たメイド長さんから思ってもいなかったお誘いを告げられ、思わず顔を見合わせるわたし達。 「はい♪お嬢様から昼食をご一緒したいとの仰せでして」 「えっと、それはまた急な話ですね……?」 「……まったくですよぉ。とはいえ、魔界貴族に仕えるメイドたるもの、急な来客のオーダーにも対処できなければ、とてもやってはいけませんけど」 とりあえず、美味しいものが食べられそうなのは嬉しいとしても不意打ちすぎて苦笑いするわたしに、フローディアさんは肩を竦めつつ皮肉交じりに頷いてきた。 「あはは、まぁわたし達は喜んで。……でいいよね、心恋?」 どうやら、この人もきまぐれな主人に結構苦労させられているみたいだけど、城主様からのお誘いなら断る理由もない。 「もっちろん。んじゃ十花の着替えもドレスコードに引っ掛からないの選ばないとね?」 「……いや、逆に引っ掛かるような服なんてないでしょ、ここには」 「そうですよぉ、ここにある大半はわたしが丹精込めて作ったり選んだりしたものですから」 「えええ……ドレスまで作るんですか、アナタは」 これで、この器用過ぎるメイドさんの肩書きに魔王付きスタイリストも追加ですか。 * 「……ごきげんよう。突然の話でごめんなさいね?」 それから、手持ちの時計で正午が過ぎた頃に、普段は鍵がかかっている七階の食堂の入り口前で着替えを終えたわたし達を待っていたフローディアさんに案内されて中へ入ると、パーティ会場にもなりそうな絢爛な広間に一つだけある、所狭しとご馳走が並べられた縦長テーブルの上座で腰かけていた城主さまが立ち上がって出迎えてくれた。 ……でも、そのセリフはわたし達よりも、ルミナさんの後ろで給仕のメイドさんを従えつつ苦笑いを浮かべている従者さんの方に言ってあげて欲しいかもしれない。 「いえ、お招きいただいてありがとうございます……でも、どうして急に?」 「……昨日はつい声を荒らげてしまったから、そのお詫びにと思ってね」 「そんな……こちらこそ神聖な場所へご無礼を働いてしまいまして……!」 何はともあれ、まずは軽く頭を下げてお招きのお礼を述べた後で遠慮がちに理由を尋ねると、相手から予想外の「お詫び」という言葉が出てきて、慌てて両手と首を同時に振るわたし。 完全にこちらが悪かったのに、気分を害するどころかまさかルミナさんの方が気に病んでいたなんて。 「あはは、反省してまーす……」 「……だったら、もう少しくらい態度で表しなさいよ、心恋」 しかも、無礼を働いた当人は軽いノリで苦笑いしているだけだし。 「とにかく、済んだ話はこれでお仕舞いにしましょう。それより、貴女が湊心恋ね。……はじめまして、私はルミナ・S・バランタイン。この魔界で魔王をやっているわ」 いずれにしても、ルミナさんはこれ以上引っ張る気はないらしく、すぐに矛先を変えて心恋の方へ向き直ると、以前にわたしに名乗った時の様に改めて自己紹介してきた。 「えへへ、はじめましてー。あの、あたしも握手してもらっていいですか?」 「ええ、もちろん……」 それを見て、気後れすることもなく無邪気な笑みを浮かべて握手を求めた心恋に、わたしの気のせいかもしれないけれど、嬉しそうな顔を見せて応じるルミナさん。 「…………」 「けど、今日はわざわざあたし達の為に戻ってきたんですか?」 「……いいえ、もののついでだから」 「実はですね、お嬢様……魔王陛下は会食やパーティのお約束がある日以外は、大体いつもこのお城でお食事されているんですよ」 「ああ、なるほど……」 んじゃ、言うほど空き家でもないじゃないの……ってツッコミは置いておくとして。 「とにかく、そろそろ食事を始めましょう。……ところで、今日のその恰好はアナタの嗜好?」 「……あーいえ、完全に相方のシュミです」 それから、心恋の方から握手の手を離した後に、ルミナさんが食事の開始を告げて自分の席へ戻る前にこちらを一瞥して訊ねてきたので、苦笑い交じりに反論するわたし。 「え〜、そりゃあたしのシュミは入ってるけど、でも似合いそうと思ったからだし」 「……それは、誉め言葉として受け止めていいのか分からないんだけど……」 何せ、まだ落ち着きと両立していた最初の臙脂ドレスと違って、今回心恋が選んだのは奥のクローゼットから目ざとく引っ張り出してきた、赤のロリータ風ワンピースをベースに、黒のボレロにバニエにベルトにグローブ、更に頭のリボンカチューシャの五点セットを重ねた、魔女イメージなのは分かるけれど、元の世界で着て歩くのは本気で勘弁してくださいと言いたくなるような、更に拗らせたゴシック系の衣装なのだから。 「も〜、似合うと言われて素直に喜ばないから、十花は自分のカラを破れないんだよ?」 「言いたい放題言ってくれるわね……ったく、素直に着てあげてるだけでも感謝なさいっての」 というか、痛いトコロを突かれた気もするけど、そこまで大袈裟な話にされても。 「そう……でも、確かに似合っているんじゃない?」 「……えっと、ちなみにこれもルミナさんの衣装なんですか?」 「ええ、ただしココレットが見たいというから、若気の至りで一度着てみただけだけど」 すると、ルミナさんまで心恋に同調したのを見て、わたしがせめてもの反撃のつもりで訊ねてやると、静かに頷きつつ素っ気ないひと言で片づけられてしまった。 「ですよねー……」 いずれにせよ、今回はさすがにお目が高いわねのお褒めは頂けないみたいである。 「では、まずは乾杯しましょう。魔王家が醸造している門外不出のワインもあるけれど、アナタたちは葡萄水の方がいいかしから?」 「ええまぁ、わたし達は未成年者ですから……」 ともあれ、全員席に着いた後で早速テーブルの上に置かれたクリスタル製っぽいボトルを自ら手に取って尋ねてくる城主様に、アルコール飲料は丁重にお断りするわたし。 「ん〜、門外不出って聞くとちょっと飲んでみたい気もするけど……」 「だ・め・よ。というか、葡萄水もそのワインの原料なんじゃないかな?」 「ええ、少し変わった味だから試してみるといい」 そして、ルミナさんが一旦ボトルをテーブルに戻した後で、上座の側へ並んで着席していたわたし達へ給仕のメイドさん達が葡萄水を注いでくれたけれど、同時にフローディアさんが自らの手で満たしていた主人のグラスの中身は秘蔵のワインだった。 「では、勝手に呼んでおいて身勝手かもしれないけれど、我々の出逢いに乾杯……」 「あ、いえいえ、乾杯です……!」 「かんぱーい♪……ん、葡萄なんだけどブドウジュースっぽくない……」 「ほんとだ。なんか色んなフレーバーが混じってて華やかな感じ……?」 それから、ルミナさんの自虐気味な音頭で座ったまま一斉にグラスを掲げて早速口を付けてみると、確かに葡萄っぽい風味に色んなベリー系の香りやらスパイス的な刺激が混じっていて、なにやら複雑で不思議な味だった。けれど……。 (それにしても、ルミナさんっていくつなんだろう……?) ただ、自分的には飲み物の味よりも、そんな疑問が頭に浮かんできてしまったりして。 「……今、私の歳のコトでも考えたみたいだけど、人間に喩えればアナタ達よりも少しだけ年上くらいかしら」 「ええ、未だ歴代でも最年少の魔王様ですし」 すると、表情にでも表れていたのか、ワイングラスを持つルミナさんから見透かされたように曖昧な回答を向けられて、ついでにフローディアさんもフォローを入れてくる。 「おお、デキる女って感じでカッコい〜♪……でも、イロイロ大変じゃないです?」 「……もちろん大変だけど生まれながらの宿命だし、物好きな堕天使も居てくれているから」 すると、それを聞いた心恋からの無邪気な賞賛もルミナさんは相変わらずの素っ気なさで受け流したものの、ただ幾分照れている様にも見えたりして。 ……というか、案外にルミナさんの方も感情が読みやすいヒトかもしれない。 「ん〜、物好きと言われてしまいましたが、わたくしめとしましても、どうせお仕えするのなら可愛らしいお嬢様の方が嬉しいですし。ささそれより、どんどんお召し上がりくださいな」 「……うん、遠慮なく食べて」 「わぁっ、いただっきまーす!」 「ちょっ心恋、お行儀よくね……!でもどれもおいしそう……」 ともあれ、大皿に並べられた今まで見たこともない様な宮廷料理の数々を前に、これ以上のおあずけも生殺しということで、勧められるがまま取り皿をもって立ち上がるわたし達。 食材は相変わらず謎としても、どれも手の込んでいて直感的に美味しいと分かる様な料理ばかりだし、否応なしに食欲に火が点けられてしまった。 「あ、お申し付け頂ければお取りいたしますので……」 「いえいえ、あたしにはどうぞお構いなく〜。うはーとりあえずこのお肉のカタマリからひとつ、ふたつ、みっつ……」 「こらこら、まずは前菜からでしょ?それにせっかくだから満遍なく……」 「ん〜、そっちは十花に任せた。あと、盗めるものあったら盗んどいてよ?」 「か、簡単に言ってくれるわね……」 何だかこのままこちらの生活が長引いたら、帰った後でお店でも開けそうな気がしてきたりして。 「…………」 そして、勝手にはしゃぎ回るわたし達に対して、ルミナさんの方は取り皿をフローディアさんに任せ、ワイングラスを手に上座へ腰かけたままじっとこちらを見つめてきていた。 「……んんん〜っ、おいし〜♪」 「うん、どうやって調理してるのか全然分からないけど……これいい……」 「……そういえば、アナタたちはいつもどんな食事をしているの?」 「どんなと言われても、まぁ冷蔵庫の中身から適当に食材を拝借して調理して、ですけど」 やがて、胃袋の求めるがままに取り皿を満たして席に戻り、早速舌つづみを打つ中でルミナさんに尋ねられ、得意げに言える料理もないのでお茶を濁すわたし。 まぁ、レパートリーが乏しい中でそれなりに組立てられているとは思ってますが。 「んぐっ、うちのヨメも料理が上手だしねぇ。まぁ昨晩は盛大にハズしてたけど」 「いや、塩胡椒味に飽きたからって、知らない調味料を大量に使わせたのはアンタでしょーが」 まぁいつか試してみるつもりはあったものの、想像以上にクセが強いのばかりだったりして。 「でしたら、あとで奥様にもお手軽に使いこなせるレシピ帳をご用意しましょうか?」 「あはは、お嫁さんネタには乗らなくてもいいですから……。というか助かりますけど、出来れば料理研究しなきゃならない程の長居も避けたいかなって。無断外泊期間も延びてますし」 来た直後と比べれば居心地も悪くなくなっているとはいえ、今頃は心恋ともども行方不明で騒ぎになっているかもしれないと思えば、何だか帰りにくくすらなってきている様な。 「なるほど。……それで、進捗の方は?」 「えっと正直言えば、まだよく輪郭も見えてきてないんですけど……でも、せっかくなのでもう一つヒントを貰ってもいいですか?」 しかし、それでも元凶のルミナさんは意に介した様子もなく調査の進み具合を訊ねてきたのを前に、めげることなく聞きそびれていた質問をぶつけてみるわたし。 「なに?」 「結局、ルミナさんが呼び出したかったのは“わたし達”なんですか?それとも、人間界からの来客なら誰でもよかったんですか?」 「……天界との協定でね、魔界の眷属が人間界の住人を自らの世界へ引きずりこむ行為は戦争の引き金にもなりかねない禁忌、とだけ答えておく」 すると、ルミナさんは少しだけ黙り込んだ後に、さらりと思わせぶりな回答を返してくれた。 「…………」 つまり、今回はルミナさんもそれだけのリスクを負ってわたし達を呼んだということ? 「あ、それと妹さんについて聞いてもいいですかー?むぐむぐ」 「ココレットのこと?そうね……とても可愛い妹だった。……ただ、あのコはあまりに心優しくて素直すぎて疑う事も知らず……魔界ではなくそちらの世界で人間として生まれてくるべきだったと思う」 それから、続けて料理を頬張りつつ心恋からデリケートな質問を向けられると、ルミナさんはナイフとフォークを動かす手を止めないまま、感情の読めない口調で淡々と答える。 「……えっとお言葉ですけど、でもそれは……」 「ええ、そんなものは心配性な姉の勝手な思い込み。……でも、いくら法や秩序の整備が進んできている魔界といえど、その純真さのまま生き永らえるには些か厳しかった、と言わざるをえないかしら」 そして、あまりに一方的な言い分に聞こえて反論しようとしたわたしへ自虐気味にそう続けてきた当代魔王さんの言葉には、どこかやるせない感情が混じっている様にも見えた。 「…………」 「尤も、人間の世界も綺麗ごとばかりでは生きていけないとも聞くから、もしかしたら一番向いていたのは天界の天使だったのかしらね……?」 「いや〜、正直それもオススメはしませんけどねぇ……おっとルミナお嬢様、そろそろ次の予定へのお時間が……」 「そう?もうちょっとお話していたかったけれど……」 ともあれ、それから返す言葉に詰まって少しばかり重苦しい空気になりかけた中で、軽口の矛先を向けられたフローディアさんが苦笑い交じりに時間切れを告げると、名残惜しそうに呟いた後でナイフとフォークを置いて立ち上がるルミナさん。 「では、私は先に宮殿へ戻るけれど、せっかくだから好きなだけ食べていって」 それを見て、わたし達も続いて席を立とうとしたのを城主さまはジェスチャーで制してそう続けると、先に食堂の出入り口へ向かって歩き始めていった。 「あ、はい……」 「……ああそれと、昨日の言葉は覚えてる?玉座以外の場所なら好きにしていいと」 「え、ええ……」 「この城の最上階は私とココレットの寝室があるけど、そちらは対象内だから」 それから、ドアの前で最後にこちらへ今一度振り返ってそれだけ告げ、フローディアさんが恭しく扉を開けたのに合わせて今度こそ先に立ち去って行ってしまった。 「ねぇ、あれってつまりネタフリ的に……」 「まぁ、そうなるのかしらね?……もしくは、どうしても触れて欲しくない場所を守るために先に一線を引いておいたのか」 「あはは、分かってるってば……でも、寝室はいいんだ?」 「…………」 自分がルミナさんの立場だったら、寝室を踏み荒らされるのは当然快くは思わないけれど、ただわたし的にはどうしても引っ掛かっていることが。 (うーん……結局、ルミナさんはわたし達に何をして欲しいんだろう……?) 何かを見つけて欲しくてわたし達に探させているのだけは間違い無いんだけど、戦争の引き金になる程の大きなリスクを負ってまで呼び寄せて、さらにココレットさんとの大切な思い出の詰まった城内をフリーパスにしてまでとなると、まだ想像がつかないというか。 「…………」 * 「ねぇとーか、あたしちょっと昼寝しててもいいー……?」 「……いーわよ、別に。何だったら部屋に戻って休んだら?」 それから、御好意に甘えて二人で食べられるだけ食べさせてもらった後の昼下がり、わたし達はというかわたしは思うところもあって四階の書庫へと下りて調べものを始めていた。 「えー、なんか嫁が冷たいんだけど……うっぷ……やっぱり食べ過ぎた……」 「だから、程々でやめときなさいって言ったのに……えっと、この辺にあると思うんだけどなぁ」 案の定、はちきれそうな程に詰め込んだ後で書庫に閉じこもるのは拷問だと心恋がぶーたれていて、字が読めないのにここへ留まる苦痛も分かるので負い目を感じていないわけでもないけれど、もう少し情報を集めないと前に進めそうもない以上は知らん振りしてやるしかない。 「十花だって、吐きそうになるまで食べたじゃないのさー。あと、やっぱりダメだったかぁ」 なので、せめて二人とも読めるようになったらいいんだけど……と思いながら資料探しを続けてゆく中で、適当にその辺の本を手に取りつつ溜息を吐いてくる心恋。 「ん、何が?」 「いや、あたしもルミナさんに握手してもらったじゃない?あれで字が読めるようになったかなってちょっと期待してたんだけど、ダメみたいですねぇ……」 「ああ、なかなか手を離さないと思ったら、そーいうコトだったんだ。結構したたかなのね……」 (……というか、つまるところ……) もしかして、ルミナさんは敢えてわたしにだけこの能力(チカラ)を与えているのかな? そう考えると、これもまた手がかりの一つになりそうだけど……。 「で、なんか手伝えることはあるー?」 「そうね……。心恋が側で静かに見守っていてくれてたら、もっとわたしも頑張れるかなって」 ともあれ、読めない本を再び本棚へ戻して欠伸交じりに尋ねてくる心恋へ、何か気の利いたことでも言ってやろうと頭に浮かんだセリフを吐いてみたものの……。 「へ?……って、十花もそういうコト言う様になったんだ?」 「誰かさんの影響でね……というか、特に何も思いつかなかっただけよ……!」 心恋が一瞬だけ驚いた顔の後でニヤニヤとし始めたのを見て、やっぱりやるんじゃなかったと後悔するわたしだった。 「あはは、その後のお約束ツンデレとセットでいただきました〜」 「…………っっ」 ……確かに、人には向き不向きがあるわよね、うん。 「まぁ十花なら、丸一日眺めていたってあたしは飽きないんだけど……」 それから、何はともあれ表情に楽しそうな笑みが戻った心恋からお返しとばかりに歯の浮くようなセリフを向けられたものの……。 「……やっぱり、今のはナシで。まぁそうね……心恋も何か気になるものを見つけたら教えて?字は読めなくても図画がメインの本も沢山あるだろうし」 生憎、それはわたしの方が気が散って耐えられそうもないので、結局は適当なお使いを振ってしまった。 「なんか追い払われたっぽいけど……まぁ他にすることないからいいかぁ」 「ゴメンね……済んだら鬼ごっこでも何でも付き合ってあげるから」 「……いや、いま鬼ごっこやったら絶対吐くでしょ……」 まぁ確かに……。 「……あ、これかな……見つけた……!」 ともあれ、一旦自由行動状態とした後で、わたしは魔王の系譜が記された百科事典サイズの重たい本を抱え、近くにあるルミナさん達の机まで運んで片っ端から斜め読みしてゆくうち、遂にバランタイン家まで行きついて思わず声をあげていた。 「……どれどれ……」 そこには、歴代の魔王が選ばれた経緯なども記されていて、それによるとルミナさんのご先祖様で初めて地方豪族の当主から魔王にまで上り詰めたクラウディス・G・バランタインは、いわゆる戦国時代となっていた当時の魔界をたった一代で平定した希代の英雄で、統一を成し遂げた後は自らの手で新しい中央政府をつくり、他の豪族たちへ爵位を割り振って貴族と認定し、支配体制を確立したんだそう。 そして、バランタイン家が魔王家として安泰となった後は、親族間での骨肉の争いが後継者候補である嫡男嫡子に代々課せられ、先代の退位の表明より百日後の次期当主が決められる日の朝に、魔王の象徴である封魔剣マーヴェスタットを手中に収めていた者が勝者という家宝の争奪戦が始まるらしく、この家督争いで敗者となった者は大半が命を落としており、生き残ったとしても辺境へ幽閉される宿命なのだとも記されていた。 (うーん、思ったより壮絶だなぁ……) どうやら、今の魔王家って安寧の時代になろうが、身内には昔ながらの弱肉強食な実力主義を強いている上に権力の一元化も徹底しているみたいで、一切の緩みを許さず末永く魔界を支配してゆこうとしている、なかなか野心家で厳格な家柄みたいである。 「…………」 そして、ルミナさん姉妹も否応なしでそんな泥沼の争いを強いられ、そして当代魔王以外は全員、もしくは殆ど死んでしまった、と。 (……ほんと、こんなコト続けてよく滅びないわよね……) まぁ、歴史の長い貴族なら親戚筋は沢山いるのだろうし、そこら辺は上手く途切れない仕組みを作っているのかもしれないけれど……。 「ねぇ十花、ちょっとこれ見てみてよー?」 それから、読み終わった本を閉じて無性にコーヒーが恋しくなり、ヒマしてそうな相棒を誘って一息入れようかと姿を探し始めたわたしのもとへ、心恋が絶妙のタイミングで古そうな紙の束を手に戻ってきた。 「ん?なに?」 「こっちの世界にも新聞ってあるみたいなんだよー。んで、これ……」 何やら新聞っぽいなと思ったら、どうやら本当に古い新聞らしく、一面には魔界に新たなる魔王が誕生したという見出しと共に、禍々しさと美が調和した漆黒の正装に身を包み、手には大きな剣を、そして頭には王冠を乗せたルミナさんの晴れ姿を描いた絵が総天然色刷りで大きく載せられていた。 「これって、もしかしてルミナさんが魔王に就任した時の……?」 「それっぽいね。でも、やっぱりこっちに写真はまだ無いみたい?」 「……まぁ、それも時間の問題とは思うけど、いいモノ見つけてきたじゃないの」 さっき読んでいた本にはルミナさんまでは網羅していなかったから、これは貴重な記事が載っているかもしれない。けど……。 「ふふん♪……けど、それ読む前にちょっと休憩しない?のど渇いてきちゃったよ……」 「わたしも同じコト思ってたとこ。んじゃ、ちょっとキッチンまで下りましょうか?」 そして、得意げに小さな胸を張った後で小休止を訴えてくる心恋に、わたしも自然と笑みが浮かびつつ頷くと、自分から書庫の出口へと向かってゆく。 ……やっぱり、こういう阿吽の呼吸なやり取りが決まった時は無性に嬉しかったりして。 * 「そーいえば、十花んちって朝ごはんの時に新聞とか読む派?うちは行儀が悪いからダメだって新聞もスマホ見るのも禁止なんだよねぇ」 「ん〜、うちはそれ言われたら新聞好きな父さん泣き出しそうだけど……」 そんな父親の遺伝か、わたしも毎日ざっと目を通している程度には新聞を読む子ではあるんだけど、実は旅行へ行った際にはご当地の新聞を読むのも楽しみの一つだったりする。 (けど、まさか異世界へ来てまでご当地新聞が読めるなんてね……) という事で、やがて三階のキッチンまで下りて二人分のコーヒーを淹れた後でテーブルに就くと、隣に座ってミルク入りの大きめなカップを両手に持ったまま雑談を向けてくる心恋の相手をしつつ、わたしはブラックコーヒーの注がれた小さめのカップを片手にざっと記事の内容に目を走らせていた。 「……んでさ、何が書いてあんの?」 「一面は絵のまんまルミナさんが魔王宮で就任式をやった時の様子を書いた記事で、二面と三面は新しい魔王のプロフィールとか家督争いの経緯とかのまとめね」 あとは、天気予報とか社説とかそういうお約束のコーナーも。 「へー、スリーサイズなんかも載ってる?」 「ワケないでしょ……。けど、ルミナさんって一族では最初の女性魔王な上に史上最年少で即位した才女ながら、類を見ない程の非情さを持つとも書かれてるわね」 「非情……?」 「んー、四人の兄のうち三人を手にかけて更に噂ではその妹までも、と言われているんだけど、骨肉の争いは魔王家の宿命ながら、家督争いでこれほど屍を積み上げたのは珍しいんだって」 「……やっぱり、ルミナさんがみんな殺しちゃったの?」 「記事を読む限りだと、そんな風に書かれてはいるわね……えっと」 ともあれ、信じられないといった様子で表情を落とす心恋の心情には共感を覚えつつも、まずわたしは出来るだけ冷静に記事の内容を掻い摘んで話して聞かせてやった。 「えっとね……」 ざっとまとめると、ルミナさんは魔王家六人兄妹の長女として生まれ、最も強大な魔力を秘めつつも妹のココレットさんと共に先代魔王であるシュライル・D・バランタインより辺境ながら温暖なヴェルデ地方に造らせたレザムルース城で、一番の腹心だった堕天使フローディアさんを世話役に付けられ、政(まつりごと)とは無縁の環境で兄達とも離れて育てられていたんだそう。 「…………」 これを見るに、父親は愛娘達には後継者争いから遠ざけた場所で平穏に暮らさせようとしていたみたいだけど、しかしルミナさんが成人を迎える前年に彼は急死してしまい、通常は百日間の家督決めの期間も急を要するからと三十日に短縮され、更に鍵となる封魔剣マーヴェスタットが保管されていたのがレザムルース城だった事から、皮肉にもこの城が熾烈な戦いの渦中となってしまった。 城内で実際にどの様な争いが繰り広げられていたのかを正確に知る者は殆どいないとされながらも、ルミナさんが最初に封魔剣を手にして始まった争奪戦は十五日を過ぎた辺りで決着が付き、生き残ったのは彼女一人だけという凄惨な結果になったみたいである。 ……その後、ルミナさんは家宝を手に兄達は自ら手にかけたと認め、次期魔王として改めて名乗りを上げると、レザムルース城での争いには参戦せず静観していた三男マーテルも彼女に下り、ここにバランタイン家初の少女魔王が誕生した、とのコトである。 「ふーん……ココレットさんを手にかけたコトまでは認めてないんだ?」 「……でもこの記事を見ると、色々想像は浮かんでくるわね」 まぁ想像ついでに、色々と引っかかる部分も多いんだけど。 「で、ここまで踏まえた上で、どうしてルミナさんがあたし達を呼んだかについては?」 「それなのよねー……」 仮に、ここまでの情報をわたし達が得るのはルミナさんの想定内として、何か言えと求められても言葉が出ない。 「案外さ、寂しくなったから身分とか関係無い人間の女の子の友達が欲しかったとか?」 「……いやいや、人間界の住人を呼び寄せるのはバレたら戦争の引き金にもなる禁忌(タブー)だと言ってたじゃないのよ?」 まぁ確かに、ホントにそんなオチならそれでもいいんだけどね。 (ん……?) ともあれ、重苦しい空気になるのをお互いに嫌って軽口でのやり取りを続けつつページを捲ってゆくうち、魔界貴族の逝去を伝える「お悔やみ欄」が目に留まるわたし。 「どうしたの?何か面白そうな記事でもあった?」 「……面白いって類じゃないとは思うけどね」 といっても、気になったのは誰がお亡くなりになったかじゃなくて、「どうか幸福な来世に恵まれます様に」という文言の方。 こちらの世界でのお悔やみの挨拶なんだろうけれど、そういえば以前にお兄さん達の行方をフローディアさんに尋ねた時、何かに生まれ変わっているという言葉が返ってきたっけ。 「…………」 「でも結局、ココレットさんについては分からずじまい?」 「表舞台には殆ど出なかったみたいだし。まぁルミナさんも本来はそうだったんだろうけどね」 そこで何やら色々と繋がってきた気がしたところで心恋から違う話を振られ、素っ気なく応じるわたし。 まぁ、彼女がどう思っていたかはもうもうあまり大きな意味は無いのかもしれないけれど。 「んじゃ、やっぱりお邪魔してみる?」 「……気は引けるけど、まぁせっかくだから行ってみましょうか」 それでも、やっぱりココレットさんの心情が知られるなら知っておきたいのでわたしも同意すると、新聞を閉じて冷めかけていたカップの中のコーヒーを一気に飲み干した。 「あ、でもその前に七階の薬部屋へ寄って行っていいかしら?」 「ん?いいけど、どこか具合が悪いの?十花」 「そうじゃないんだけど、ちょっと相談事をね……」 ただ、その前に一つダメモトでやっておくべきことも思いついたから、まぁ一応。 * 「にしても、やっぱ日に何度も上層まで上がったり下りたりはしんどいわね……」 「今日はタダでさえお昼に食べ過ぎてるし……今さらだけどエレベーター無いのかな?」 「城主様や管理人さんがワープしたり飛んだり出来るんだから望み薄でしょ。ココレットさんも同じように魔法が使えたのかは知らないけど……」 「そういうのは遺伝で生まれつき備わってるモンじゃないの?……お、着いた着いた」 「ふ〜〜っ……って、結構狭いわね……?」 それから、七階で少し寄り道しつつ謁見の間がある八階へ上り、更にそこから昨日は足を踏み入れなかった最上階への長い階段を息切れさせながら上った先で待っていたのは、ソファーや机や植物に美術品などが並んだラウンジの様な広間。 ……ただ、広間といっても姉妹のプライベート空間だからか、大人数の利用が想定されていなさそうな小ぢんまりとした空間で、ここから繋がっているのはルミナさんとココレットさんのそれぞれの表札が付いている二つの寝室に、専用の浴室とテラスへの出入り口くらいだった。 「この階からの景色ってなんかよさげだよね?テーブルや椅子もあるし」 「そうね……晴れてる日は特に星空が綺麗かも……」 そして、相棒が早速テラスに興味を持った様子なのでわたしも軽く相槌を打ってやると……。 「よし、十花。今夜はここで逢瀬しようよ!」 「……いや、逢瀬ってここへ来てから大体いつも一緒でしょーが」 考えてみれば、今もまだわたし達は初デートの途中ということになるワケで。 「あはは、そうだね。でも……」 「ん?」 「これだけ何日もずっと一緒にお城の中で生活してるとさ、いざ帰った後で別々のお家に帰るのがちょっと寂しくなりそうじゃない?」 「……まぁそうかもしれないけど、そういう心配は帰るアテが出来てからにしましょ」 「そだね。まだまだ先は長いかもしんないし」 「…………」 ……いや、わたしの方は全く逆の予感というか、なにやら胸騒ぎがしているんだけど、ね。 「おじゃましまーす……!」 「……で、なんで小声なのよ?」 「いやね、昔って寝室にアポなしでお邪魔する時はこんな感じだったってネットで」 ともあれ、誰も居ないのは承知の上で、一応ノックをした後にココレットさんの寝室のドアをそっと開けて入らせてもらうと、室内は白系を基調とした清楚で清潔感あるレイアウトになっていた。 「あ、これ映画とかで見たことあるけど、本物は初めて……!」 入室するなり早速にテンションが上がっている心恋の視線の先には、ダブルくらいのサイズで天蓋とお花柄の繊細で可愛らしい刺繍が入った薄いカーテン付きの、確かにリアルでお目にかかれる機会は殆どなさそうなプレミアムなベッドを中心として、華美な彫刻が施された丸いテーブルや対照的に座り心地の良さそうなシンプルデザインのペアの椅子、更に本棚やクローゼットなどが調度品として誂えられていて、あと目につくのは壁にルミナさんと姉妹で笑顔を浮かべつつ軽く抱き合っている絵画が飾られているところだろうか。 確か、ルミナさんが城内でこういう絵を飾るのを嫌がっているとは聞いたけれど、ココレットさんの寝室は治外法権らしい。 「うはぁ、このベッド気持ちい〜♪客室のとはちょっと違う柔らかさ……!」 「……またもう、自重という言葉を知らないんだから……」 そして、わたしが室内を見回しているうちにココレットさんのドレスを着ている相方が早速に靴を脱いで広いベッドに飛び込んでいたので、わたしは肩を竦めつつ懲りないなぁという視線を向けてやるものの、ただ普段からお手入れは怠っていないらしく、室内がピカピカなのはもちろん、心恋がシーツの上でお行儀悪く暴れても埃ひとつ立たなかった。 「けど、不思議っちゃフシギだよねー?ココレットさんってもう亡くなってるのに、いつでも使えるようになってるし」 「まぁルミナさんの趣味じゃない?」 それは心恋も見逃していないのか、仰向けになって寝転がったまま独り言の様に呟いてきたのを聞いて、色んな可能性を考えつつ相槌をうつわたし。 たとえば、当時の思い出深い居場所のまま保存したいというのもその一つだけど……。 「……あ、でもなんかすっごいシスコンみたいだったから、時々こっちで寝てるとか」 「それはまぁ……普通にありえるわね……」 むしろ、こっちの方が可能性高そうで苦笑いが浮かんでしまう。 まぁさすがに、抱き枕とかココレットさん人形とかまでは見当たらないけれど。 「ね、今晩はこのベッドで寝たら怒られるかなぁ?というか、十花もおいでよ〜?」 「ダメとは言われてないけど、わたしは遠慮しとくわ……」 それから、更に図々しい企みに巻き込もうとしてくる心恋へ、わたしも内心はベッドやシーツの感触に興味は引かれるものの、室内の観察優先で背を向けたまま突き放してやる。 というか、心恋だからギリセーフの所業であって、わたしがやったらアウトな気もするし。 「え〜だって、こんな機会はもしかしたらもう二度と……って……あれ……?」 「……ったく、前もそう言って怒られたでしょーが……って、心恋……?」 しかし、そんなやり取りの後で急に静かになってしまったのに気付いて振り向くと、そのいつかの時みたく仰向けで目を見開いたまま心恋が固まってしまっていた。 「……え、ちょっ……わわわわっ……!?」 「こ、心恋……?!」 「あ……ダメだってば……ひ……っ」 しかも、恐怖で固まっていた前と違って今度は頬を紅潮させつつ何やら困惑した様子だけど、わたしには一人で悶えているようにしか見えない上に、何やら反応が艶っぽいような? 「……っ、く……っ、だめ……」 「ああもうっ、あたしには十花が……!って……」 とはいえ、とりあえず黙って様子を見るしかない中で、やがて心恋はわたしの名を叫びながら身体を起こして我に返ったものの……。 「なに、わたしがどうかしたの……?」 「……ん……いや、なんていうか……」 とりあえず短く尋ねたわたしに、心恋は視線を外しつつ言葉を濁してしまう。 「よく分からないけど、またあの時みたいに何か見えたの……?」 「うん、見たんだけど……その……」 「あによ?」 「……さすがに言葉で説明するのは恥ずかしいから、十花も横になってみてよ?」 そして、その後も珍しくはっきりとしないのを訝しむわたしへ、心恋は手招きしつつ自分で見てみろと促してきた。 「しょうがないわねぇ……」 まぁ、そーいうコトならわたしも少しだけお邪魔させてもらうとして……。 (……ふわぁ、これヤバ気持ちいい……!) そこで、わたしも渋々と靴を脱いで心恋のすぐ側に横たわると、確かに客室のベッドよりも何ランクか上って至福の快感が背中から伝わってくる。 「……どう?」 「うん、すごくいい……ここで寝たいってのわかる……」 例えるなら、こんなベッドで毎晩眠れるのなら、どんな辛いお仕事でも頑張れてしまう様な。 「あーもう、そうじゃなくって!頭に映像みたいなの流れてこない?」 「こないけど?」 すると、わたしの的外れな返事に心恋はイラっとした態度で念を押してくるものの、見えないものは見えないわけで。 勿論、信じていないつもりもないけれど、つまり心恋にしか見えないというコトなのかも? 「もう、しょうがないなぁ……」 ともあれ、そんなわたしに心恋は一度小さく溜息を吐いたかと思うと、何やら怪しい笑みを浮かべて覆い被さってきた。 「ちょっ、心恋……?!」 「いやね、十花には見えないのなら、あたしが“実演”してあげようかなって」 そして、不意打ちに目を見開くわたしへそう続けるや、脇腹から胸元へ指を這わせつつ顔と顔を近づけてきた。 「え、え、やっぱり心恋が見たのって……?」 「……まったく、カノジョが居る前で何見せてんだって焦ったけど、これもあたしにしか見えないのなら、ここでヤってみろという思し召しなのかもね?」 「こ、こら待ちなさいって……!」 そんなの、わたしは聞いてないし心の準備もしてませんけどっ?! 「でも、これもきっと手がかりだよ?知りたくない?」 しかし、一旦冷静になろうと促すわたしに、心恋はいつぞやとは違って手際よく腰のベルトを外し、更に胸元のボレロも脱がせつつ構わずグイグイと攻めてくる。 「う……ぐ……っ」 というか、ここで口が裂けても「知らなくていい」とは言えない問いを畳み掛けてくるなんて。 「ちなみに、あたしが見た時はお互い裸だったけど、同じように脱がせていい?」 「い、いや出来ればまだそこまでは……」 一応、お風呂は一緒に入っているけれど、この場所でとなると意味合いが違い過ぎるし……。 「りょーかい。んじゃ、服か下着の上ならOKってコトで合意だね♪」 すると、全裸までは抵抗するわたしへ心恋は一方的に折衷案を告げると、あとは問答無用で唇を塞いできた。 「ちょっ……んんん……っ?!」 わたしのコイビトがアホのコかと思っていたら、案外策士だった件……っ。 (ひ……っ、ちょっ、そこはダメ……んうっ……!?) ……それから、勝手に話を纏められた後は、心恋が何かを見ていた時の様にココレットさんのベッドの上でしばらく悶えさせられる羽目となってしまったりして。 「……えっとつまりは、ルミナさん達が寝室で姉妹の境界を遥かに超えて仲良くしていた光景が見えたと」 「うん。まぁココレットさん視点だから、あたしからはルミナさんに襲われてた形なんだけど」 やがて、ひと汗かいた後にお互い下着姿で柔らかいシーツの上に身体を預けつつわたしが話を要約すると、心恋も今しがた実演した通りとばかりにお腹を撫でてくる。 「……なるほど……でも……」 確かに、言葉で正確に伝えろというのが恥ずかしいのは分かったけれど……。 「でも?」 「……何も、ここまで念入りにやらなくても……」 確かに素っ裸にされるのだけは免除されたけれど、下着姿に剥かれて一番恥ずかしいトコロまで触れられるとは思わなかった……。 「あはは、最初は程よいトコロまで実演のつもりだったんだけど、十花の反応見てたらムラムラしてきてつい……」 「もう……」 わたし達、何だかんだで出逢ってまだ一週間くらいというコトを忘れちゃいないだろうか。 ……いや、そんな期間に何の意味がある?と言われたらそれまでだけど。 「んで、手がかりにはなりそう?」 「うんまぁ、一応はおかげ様で、ね……」 まだ一番肝心な部分との接点が不明としても、これであの十五日間に何が起こったのかは大体把握出来た気はする。 ……しかし、元々の状況的にはルミナさんが攻めてココレットさんが受け入れていたみたいだけど、再現だとルミナさんのドレスを着ているわたしの方がココレットさんの姿をした心恋に好きなように弄られていたというのも、ちょっと皮肉な話かもしれない。 「そりゃ、よかったよ。……それでね、十花?」 ともあれ、こちらからの照れ交じりの短い返答に、心恋も同じく簡潔な言葉と満足げな笑みを浮かべた後で、少しだけ真面目な目を向けつつわたしの名を呼び……。 「ん?」 「……もし帰れる日が決まったら、この続きしようね?」 階段をもう一段上ってしまったのを誇らしげに、そう囁いてきた。 「……別にいいけど、やっぱり縁起でもないから今約束するのはやめましょう……」 しかしそれに対して、本音は満更じゃないながらも、少しだけ間を置いた後で苦笑い交じりに保留を申し出るわたし。 どうやら、そろそろ大詰めも迎えようとしているみたいだし、まだ余計なフラグは立てないでおかないと。 * 「……綺麗ねぇ……」 「んふふ、十花の方が綺麗だよ?とか言ってみたりして」 「いや、比較対象がおかしいでしょうが」 やがて、手がかり探しも切り上げてどっぷりと日が落ちた宵闇の時間、わたし達は軽く夕食を済ませた後に再び最上階まで戻ってくると、テラスの中央に備え付けられている小さなテーブルを囲んで満天の星空を見上げていた。 「けど静かで涼しいし、フンイキいいなぁここ……」 「うん……でも、今さらだけど不思議な感じよねぇ……」 生憎、星座には詳しくないので今見えている星空が人間界と同じなのか、違うとしたらどのくらい違うのかも分からないけれど……。 「なにが?」 「このまま空の果てまで飛び立って行ってみたとしても、わたし達が本来いる世界とは繋がってないんだよね?って」 「うん……」 「かと思えば、こうやって急に飛ばされて来たりもするんだから、近くて遠いっていうかさ」 「……しかも、ルミナさん曰くこの魔界以外にも人間界から繋がる別世界があるっていうし……」 つまり、“世界”というやつは想像していたよりも立体的というか、多次元的な繋がりをしていたと。 「機会があったら、そっちの方にも行ってみたいよね〜?……ただその前に、せっかく異世界まで来たのにまだこのお城から出られてないから、もっと色々見て回りたいんだけど」 そこで、何となく感傷的になってしまったわたしに対して、心恋の方は冒険家気分で無邪気に笑いつつ、好奇の視線を森の向こうに見える街の夜景の方へ向けた。 「まぁそれはルミナさん次第でしょ。わたしは別に行きたくはないけど……」 自分としてはとにかく今は早く帰りたい一心で、また次に機会があればってトコだろうか。 「え〜、別の世界の街並みとかキョウミない?見たこと無いモノいっぱいありそうだし」 「……心恋ってさ、珍しいものなら結構何にでも食いつくわよね?」 「うん、割とそういうトコあるかも」 ともあれ、そんな相方へわたしは前々から思っていた印象を投げかけてやると、心恋はあっさりと認めてしまったけれど……。 「……だったら、どうしてわたしを選んだのよ?」 それならそれで、辻褄が合わなくなりそうな疑問を続けて向けるわたし。 ……よりによって、こんなザ・普通で面白みの無い女の子を。 「どうしてって言われても、十花だってじゅーぶん変わりものだよ?」 しかし、それから特に考えるフリもせずに即答した心恋の返答は意外なものだった。 「え……?」 「だってさぁ、普通は初対面の相手からいきなり付き合おうなんて言われて応じるワケないじゃん?しかも、女のコ同士で」 「いや、それはまぁ勢いみたいなもので……」 ちょうど、わたしも何か思い切ったコトがしたいと思っていたタイミングが合ったというか。 「だからね、内心はえっ、ホントに乗っちゃうんだ?!って驚いたんだけど」 「アンタね……んじゃ、一つ聞いていい?もしあの時にわたしがお断りを入れていたら、心恋は諦めた?」 「うん」 「あっさり言うなぁ……」 後先考えてなさそうな感じではあったけれど、実際にダメモトだったのか。 「まぁ、縁なんてそんなもんだと思ってるから。……だからこそ、あたしのやろうとしてるコトに興味を持って応じてくれた十花と握手を交わした時、これから絶対に自分からは離さないぞって決めたんだけど」 すると、心恋は肩を竦めて最初は素っ気ない態度を見せた後で、嬉しそうにそう続けてわたしの手を握ってきた。 「心恋……」 「それに、いざ付き合い始めてみたら結構合わない部分だらけだったのに、こうやって辛抱強く向き合い続けてくれてるよね。えへへ、ありがとう言ってもいい?」 「……別に感謝される云われなんてないわよ。わたしだって思うトコがあったから乗ったんだし、それに一度受け入れた以上、こちらから別れ話を切り出すのは何か負けた気がして悔しかったのよね……」 「あはは、そんなトコもだよ。ヘンに意地っ張りで負けず嫌いなんだから」 「う〜〜っっ……」 ただ、そんな自分をついつい曝け出してしまえる相手だからなんだろうな、とも思う。 心恋と出逢ってから、自分で自分に驚くことすらあるのだから。 (なんだ、やっぱり相性悪くないんじゃない、わたし達……) 時々衝突はしそうだけど、何だかんだで末永くやっていけそうな気もしてきたし。 ただ、それもここへ閉じ込められたお陰になりそうというのも、いささか皮肉な話だけど。 「……アナタたち、本当に仲いいのね」 ともあれ、ちょっといい雰囲気になってきた中で不意に横から淡々とした声が届いたかと思うと、いつの間にやら城主様がテラスへ入って来ていた。 「ルミナさん……お仕事終わったんですか?」 「ええ。今日も滞りなく、ね」 「あはは、お疲れさまで〜す!んじゃよかったらルミナさんも……と思ったけど、椅子二つしかないんだっけ?」 「んっと、どこかに予備があったらいいんだけど……」 「元々、ここは二つしか必要の無い場所だから。けれど、今は私の方がお邪魔虫かしら?」 それを見て、わたし達も立ち上がって辺りを見回すものの、ルミナさんは小さく首を振りつつ淡々と自虐気味に呟いた。 「いえ、それは……」 「……冗談よ、ここは私の城なのだから。フローディア、急いで持って来て?」 そこで、返事に困る自虐を向けられて困惑するわたし達だったものの、城主様はすぐにきっぱりと取り消してしまうと、こちらを向いたまま姿の見えない片腕さんへ命じる。 「けど、そんな大切な場所も自由に使っていいなんて、さっすが器がデカいよね〜?」 「……というよりも、貴女たちにならと言った方がいいかもしれないけれど」 「…………」 「はいはい、お持ちしましたよ〜お嬢様ぁ」 と、また気になるセリフが零れてたきたものの、それから程なくしてフローディアさんが追加の椅子を持って背中の灰色の翼を羽ばたかせつつ、テラスの外から姿を現してきた。 「うわ、どこから……?!って、やっば天使の翼いいなぁ……」 「ふふ、憧れだもんね、心恋?」 「え〜、いいじゃないかさぁ……どこにでも飛んで行けそうでベンリだし」 「そういえば、ココレットも幼い頃にフローディアの翼を見て自分も欲しいと言い出したことがあったかしら。……と言っても、種族的に私たちにも飛ぶ翼はあるのだけれど」 それを見て、驚きつつも灰色ながら夜闇の中で発光する綺麗な翼に目を引かれる心恋を見てニヤニヤと弄ってやるわたしに続いて、ルミナさんも思い出した様にぽつりと付け加える。 「へぇ……」 まぁ、わたしも欲しくないのか?と言われればちょっと羨ましくもあるけれど。 「……ん、ご苦労様」 「もう、従者使いが荒いんですから〜。昔は割とご自分で何でも為さる方でしたのに」 「私が魔王になっていなければ、今も変わらなかったと思うけど?」 「それを言われると何も言えなくなるんですけどね……はい、どうぞ」 「ありがとう。あと温かい飲み物も三人分よろしく……」 「はいはい、そちらもすぐにご用意しますので〜」 ともあれ、そんなわたし達をよそに、テーブルのすぐ近くに着地した後でぶつくさと愚痴を零すメイド長さんだったものの、主から素っ気なく言い返されると、あとは苦笑いを浮かべつつ持ってきた背もたれの長い椅子をセッティングして次の用命の為に再び飛び去って行った。 「……さて、これでようやく腰を落ち着けられる。アナタ達も座って」 「あ、はい……」 「……そう、貴女の方からお付き合いを持ち掛けたの」 「うん。何も知らない土地へ引っ越してきてはじめましての人しかいないから、いっそ思い切っていきなり交際を申し込んでみようかなって」 「まったく、思いきりすぎでしょ……まぁ乗ったわたしもわたしだけど」 それから改めて三人でテーブルを囲み、何の話をしていたのか訊ねられたわたし達は入学式後の出逢いの話をすると、ルミナさんは悠然と構えつつも興味深そうに聞き入っていた。 「運命的な出逢いでもあったのかと思えば、実際は偶然任せだったと。……けれど、知らない相手に交際を申し込んだのは、親しい相手が一人いればいいと思ったからかしら?」 「ん〜、引っ越す前まではみんなと仲よくしようとしてたんだけど、顔見知りは増えても”このヒト”っていう友達はデキなかったし」 「そうね、八方美人だと得てしてそうなりがちだから……」 しかも、そのルミナさんの視線はわたしよりも心恋の方へとずっと向いていて、いつの間にやら相槌担当の座を奪われかけつつ、もっと話を聞きたがっている風にも見えていたりして。 「で、あたしとしては地元のコがいいなーとは思ってたんだけど、十花もまさかのエトランゼだったりして……」 「それはこっちのセリフよ。……けど、わたしが地元のコだったらおそらく断ってたと思うのよねぇ。まだ友達が一人も出来てなかったからこそ、せっかくだからって気になったんだし」 「ともだち……。そういえば、幼い頃は抱えの家庭教師が教えに来ていたから学校には行かなかったし、社交界にも殆ど連れ出されることが無かったから、私も作る機会なんて無かったかも」 「んじゃ、これも何かの縁だし、あたし達とオトモダチになる?」 「……そうね、是非ともお願いしたいわ。この私が当代魔王でさえなければ、だけど」 そして、友達を作ったことが無いと聞いて、すぐに心恋が屈託のない笑みを見せて誘ったものの、ルミナさんは嬉しげに儚く笑った後で、すぐ寂しそうに首を横に振った。 「やっぱり、立場が違い過ぎるから、ですか?」 「……身分の違いはともかく、どうやら天界に私の所業が知られてしまったみたいで、アナタ達と昼食を共にした後で戻ってみれば、魔界政府へ抗議状が届いていたの」 「それで身内バレもしちゃいまして、今日はわたしも釈明に追われてヘトヘトなんですよぉ」 それから、ルミナさんがざっと事情を説明した後で、続けて湯気が立ち上る三つのカップが乗せられたトレイを手に戻ってきたフローディアさんが疲れた面持ちで深い溜息を吐いた。 「天使軍の能力を甘く見ていたのか、また裏切りがあったのかは分からないけど……そんなワケで、どの道もうアナタ達をここへ滞在させ続けるコトが難しくなったから」 「そう、なんですか……天界が……って、そういえば天界ってどんな世界なんです?」 どちらにせよ、わたし達にとっては重畳の様な、何だかすっきりしない話だけど……。 「はいはーい、あと世界の繋がりについても話してました!あたし達の人間界から繋がってる世界ってここ以外にもあるんだよね?って」 「ええ、次元を隔てた別世界の話は可能性を論じればキリが無いけれど、我々や天界の者たちはよく魔界、人間界、天界の三界を視野に入れているわ」 ともあれ、”天界”という言葉が引っかかってわたしが質問したのに続いて、心恋も元気に手を上げつつ先ほど交わしたもう一つの話題を報告すると、ルミナさんは星空へ視線をやりながら淡々と解説してくれた。 「天界と聞くと、何となく神様とか天使様みたいな言葉が浮かんできますけど……」 「合ってる。天界とは唯一神を世界の中枢に据えた天使や天界人達の住む世界で、フローディアなどはその天界から魔界へ追放された元天使だから」 「あはは、わたしって実はこう見えて大罪人なんですよ〜♪」 「あー、何やら天使さまっぽい人だなとは思ってましたが、本当に元天使だったんですか……」 しかも、大罪人って……。 ……しかも、そんなあざとカワイイ顔でてへぺろされても。 「……そうね、やっぱり魔界へ追放される者は相応の所以があるのだと思う」 「あれ、今日はなにやらわたしに辛辣じゃないですかね、お嬢様?」 「気のせい。……あと、せっかくだから代わりに三界の繋がりをざっと説明してあげて」 「はいはい、まったくひと息つく暇も無いんですから……。えっと、まず天界と魔界は光と闇の様な対極の世界で、永きに渡りというかおそらく永遠に相容れないライバル関係なんですが、不公平なことに天界と魔界は一方通行で、天界から魔界への行き来は出来てもその逆は未だ不可能なんですよねぇ。まぁそこは技術格差よりも、他の世界からの流入を極力拒む天界に対して、他世界からの“手土産”を期待して割と来るもの拒まずな魔界とのセキュリティ意識の違いも大きいんですけど」 それから、続けて主から説明を丸投げされ、肩を竦めつつも元天使様の知識を披露し始めるフローディアさん。 「ただですねぇ、そうやって排他的な天界も人間さんとの関わりがどうしても必要な事情があって、人間界とだけは行き来できる道を作っているんですが、その人間界は魔界とも普通に繋がっているので、天界にとっては経由して入り込まれる穴になりかねないんですよ〜」 「……なので、魔界への不可侵を約束する代わりに、お互いに人間界は中立世界として現地の人たちにご迷惑をかけないようにしようという協定を結ぶことにしたわけです」 「だけど、必ずしもそれが守られるとは限らない、と。……しかも魔王さん直々に」 一応、事情によっては酌量の余地も一切認めないとまでは言いませんが。 「わたしは片腕として諌めようとはしたんですけど、この通りワガママお嬢様で面目次第もありません……。まぁ過去には人間界を手に入れようと企んだ魔王陛下もいらしたみたいなので、自分のお城へ招く程度は可愛らしいものとご容赦いただければ」 「うわ……しらそん……」 そんな人知れず人類の危機があったなんて……。 「……余計なフォローまでは入れなくていいし、その企んだ当時の魔王であるウォーディスに反旗を翻して戦った勢力の一つがバランタイン家だから」 「へぇ、やっぱり穏健派みたいな勢力もちゃんといたと」 「ええ。それで結局、ウォーディス家は野心と共に打倒されたんですが、その後に魔王が空席のまま群雄割拠の時代に突入してしまったワケですねぇ。ま、結果的にはお嬢様のバランタイン家が最終的な勝者となり、次の魔王家に成り代われたので結果オーライですけど」 「なるほど……。でも、どうしてそこまでして止めたんです?」 魔界が戦国時代になった時期があって、そこから統一を成し遂げたのがルミナさんのご先祖様というのは調べたけれど、まさか人間界を巡っての争いがモトだったなんて。 「まぁそうなれば、天使軍が全力で人間の味方をして、天界が魔界を滅ぼす口実にもなりますからね〜。なにせ天界の軍勢は魔界へ一方的に攻め入れるワケですから」 「なるほど……最悪は、自分達の領地まで焼かれる羽目になりかねないってトコですか」 「あの頃のバランタイン家の領土は帝都にほど近い小さな地方でしたので、黙って従えばモロにとばっちりを受けてしまいかねない事情もありましたが」 「あの時の魔王ウォーディスは諫めに来た先祖達へ向け、全てを手に入れんとする野望を抱かずして何が魔王ぞと叫んだそうだけど、私には未だに理解(わか)らない。……それでも、強いて察するとすれば」 そして、更にフローディアさんが詳しく事情説明を続ける中、当代魔王のルミナさんは両手を肘に付けたまま冷淡に口を挟んできた後で……。 「すれば?」 「……まぁ、退屈だったんでしょうね」 目を伏せつつ、そこだけは分からなくも無いといった様子で呟いた。 「いや、暇つぶしに攻めて来られても困るんですけど……抑止力が働いてるなら大丈夫、なのかな?」 「ええまぁ、今や互いに雁字搦めなパワーバランスとなってますので、脆そうだからこそ互いに身動きが取れないというのが本音なのですよ」 「ふむふむ……」 それは、なかなかに興味深いお話だけど……。 「……ねぇ心恋、ついてきてる?」 「…………」 「寝てるし……」 それから、一緒に聞いていた心恋がすっかりと静かになったのが気になって、ふと視線を隣の席へ向けると、案の定テーブルにうつ伏せたまま寝息を立てていた。 「……なら、今夜はこのままココレットの寝室にでも寝かせてやればいい」 「え、でも……」 「無理に起こすのも可哀想だし、客室まで運ぶのも大変だろうから」 「わ、分かりました……。ルミナさんにそう言ってもらえるなら、お言葉に甘えて……」 確かにちょうど、心恋も今夜はあそこで眠りたがっていたし、あのサイズなら充分に二人で寝られるから、今夜は一緒にあのお布団の感触を楽しむ……。 「……ただし、アナタは私の寝室にいらっしゃい。渡瀬十花?」 「はい……?!」 つもりだったものの、心恋を寝室まで連れて行って一緒に眠るつもりだった目論見は、城主様からの思ってもいなかったお誘い(というか命令?)で覆されてしまった。 次のページへ 前のページへ 戻る |