れるお姫様とエトランジェ Phase-sp1 その1


Phase-sp1:『一番大切なひと』

sp1-1:落ち着かない午後。

「ふう…っっ」
 室内は真冬の冷たい風が循環しているというのに、わたしの頬からは汗が滴っていた。
 掃除機の低いモーター音が引っ切り無しに唸り続け、少しだけ溜まっていた埃が開けた窓の外へと吸い込まれていく。
「ふうふう…」
 忙しなく掃除機の先端を動かすわたしの手は、かじかんでやや赤らみを帯びていた。
 …とは言え、流石に冷たいからと手袋を着けて拭き掃除をするワケにもいかないから仕方が無いんだけど。
(いやまぁ、もしかしたらする人もいるのかもしれないけどさ…)
 やっぱり、わたし的にはそういう邪道は好きではないのですよ。
「はぁ〜っ…これでやっと自分の部屋の部屋が終わったぁ…」
 やがて、ひと通り床を綺麗にした後で、掃除機を握ったままその場にへたり込んでしまうわたし。
 まだ正確には、掃除の為にと部屋の外へ持ち出したテーブルやら椅子やらの搬入作業が残ってるんだけど。
「やっぱり、半月以上も放置してると結構汚れてるもんねぇ…」
 今月は期末試験があった事もあってサボリがちになってたり、それが終わっても「どうせもうすぐ大掃除するんだし」とズルズル先延ばしをしているうち、前回掃除した日を忘れてしまう程に放置してしまっていた。
 …というか、普段は気付かない様でも、イザ本腰を入れて掃除をしてみると予想以上に汚れていたのに驚いたっていうのが本音だけど。
「やれやれ、この調子じゃ他の場所も油断出来そうもないけど…やるしかないか」
 とまぁ、そんなこんなで、何かと慌しい年の瀬の午後、ただ今わたしは大晦日恒例大掃除の真っ最中だった。几帳面な人は今日慌てなくてもいい様にさっさと済ませたりしているんだろうけど、こういうのは長期休暇の宿題と同じくその人の性格が出てくるものであって。
(てやんでぃ、花の女子高生が宵越しの時間なんて持たないわよ…)
 いやまぁ、実際に費やしていた時間がゲームしてたり漫画を読んだり惰眠を貪ったりと、年頃の娘にしてはどうかという内容かもしんないけどさ。
 …とは言っても、春から女子校に転入して、更に女の子にばかり付きまとわれている毎日を送っている今では、”彼氏”なんて言葉はすっかりと脳みその片隅に追いやられてるのも事実だった。
 事実、この前に幼馴染みの絵里子から彼氏が出来たって聞くまでは、すっかりと忘れてたし。
(しかも、最近は慣れてしまって、そんな状況を大して苦に感じてないのよねぇ…)
 勿論、これでいいのかなぁ…と思わなくも無いけど、それでも、そんな危機感すら無くなったら終わりだろうという意識に過ぎないと言ってしまえばそれまでだったりして。
「…………」
 まぁいいか。昔と比べても、今はそれなりに楽しいし。
 所詮、青春なんて青臭い言葉を持ち出しても、本質で言えばそれだけの話である。
「さぁ〜て…次は…っと…」
 頭の中が自己完結すると同時に小休止を打ち切って立ち上がると、わたしは手早く頭の中で今後のタスク消化プランを考える。
 母上から掃除当番として割り当てられているのは、自室の他には隣の客間と、二階の廊下に洗面台及び物置、後はトイレといった所。つまり、母上の個室を除いた二階のほぼ全てとも言うけど。
(はぁ〜っ、まだ先は長いわね…)
 そこで思わず、余計な事は考えない方が良かったかと、溜息混じりに肩を落とすわたし。
 元々そんなに広い家とは言えないものの、お母さんと2人でというのは、なかなかキツいものがあるのも事実であって。この前絵里子が突然やって来た時には、部屋の広さで一人っ子の長所を説いたけど、反面として当然短所もある訳で。
「まぁいいわ…んじゃ、次は客間の掃除機かけでもしますか」
 ともあれ、ぼやいていても仕方が無い。
(でも、考えてみたら大晦日だからって、無理に気張って掃除しなくても良さそうなもんだけど)
 引っ越す前なら、親戚も訪ねてきていたんだけど、遠く離れてしまった今は別に来客の予定も無いし。
 ただ単に、年の瀬は大掃除をして新年を迎えるべきなんて固定観念に縛られてる。
 今の世の中、そんな主体性の無い事ではいかんと思うのですよ、わたしは。
「…………」
 だから、ぼやいても仕方が無いっていば。
 …わたしにとっては、自分の仕事をこなせなかった場合の、お母さんからのお仕置きが怖いからであって。
(昔はお尻ペンペンとかで済んでたけど、今回は一体何をされるか分からないしね…)
 昔から、うちの母上は必賞必罰には厳しい所があって、言いつけをサボったり誤魔化そうとした場合は、容赦の無いお仕置きが待っていた。
 一応、大きくなってからはそういう事も無くなってきたけど、今日の起き抜けに久々に警告された以上はやるしかない。
「まったく、お母さんもいい歳して大人気ないんだから…」
 ちょっと大晦日の日に昼前まで眠り込んでいたからって、ちゃんと大掃除を手伝う約束は忘れてた訳じゃないし、まだ年が明けるまでは9時間以上は残ってる訳で。
「…………」
 だから、先ほどから漠然と感じてる、この何処か落ち着かない心地の原因はその為じゃないはず。
 何かが起きるはずなんだけど、起こらない。そんな漠然とした不安感。 
 冬休みに入り、柚奈のうちでクリスマスパーティーをやって以来、音沙汰が無いのも不気味といえば不気味ではある。元々お嬢様らしく多忙なのか、休みの日のお誘いは多い方では無いとはいえ、一応明日は元旦だしなぁ。
「…うーん…」
 机の上で充電器に乗っているわたしの携帯からは、何の着信も告げてはいない。
 あの、常に好感度MAXのヘンタイお嬢様の事だから、年が明けると同時にメールか電話してくる程度で済ませるとは思えないんだけど…。
「まぁ、いいか…」
 しかし、だからといってこちらからお伺いを立てるのも腹立たしいので却下。何より、自分の生活があいつに影響されすぎるってのをワザワザ教えてやりたくもないし。
 わたしは気を取り直して立ち上がると、使い終わった掃除機を片付け始める事にした。
「まさか、いきなり後ろから襲われるって事は無い…ぎゃ〜〜っっ?!」
 しかし、その台詞を言い終わらないうちに、わたしは後ろから何物かに抱きしめられてしまう。
「お掃除、頑張ってる〜?」
「やっぱり出たわね、柚奈っ?!」
 ああもう、言ってる側から……っっ!!
 わたしは殆ど反射的に、腰に力を込めて全力で振りほどいてやった。
「きゃんっっ」
「まったく、あんたはいつもいつも人の姿を見るなり…って…」
 しかし、そこで振り向いた先で尻餅をついていたのは、うちの母上だった。
「…お母さん…何やってるのよ…?」
「もう、乱暴ねぇ…いつも柚奈ちゃんにこんな事してるの?」
「しょーがないでしょ。TPO構わずにいきなり抱きついて来るんだから…」
 そう言って、打ってしまったお尻をさすりながら立ち上がるお母さんに、肩を大袈裟に竦めながら答えるわたし。…というか、柚奈の行動もパターン化していれば、わたしの自己防衛反応の方もすっかりと条件反射になってしまっているしさ。
「んで、いきなりどうしたの?」
「もちろん、真面目にやってるかどうか様子を見にきたのよ。お昼寝でもしてたら悪戯…もとい、お仕置きしちゃおうかと思って」
「ちゃんとやってるわよ。お仕置きなんて嫌だから…」
 悪戯って…一体、実の娘に何をなされるつもりでしたか、お母様。
「それは残念…じゃなくて嬉しいわ。しっかり頼むわね?」
「へいへい。年末くらいちゃんと手伝いますって」
 一応、これでもたまには親孝行しようという気持ちだってあるんだから。
「それにしても…」
 やがて、部屋を出ようとした所でぴたりと足を止めると、お母さんは視線だけをわたしの方へ向けてくる。
「何よ…?」
「やっぱり、柚奈ちゃんがいないと寂しくて仕方が無いんだ?お母さん、妬けちゃうわねぇ?」
「も、もう…っ、忙しいんだからとっとと出てって!」
 そして、意地の悪そうに口元をニヤリと歪めてそう告げてきたお母さんに、わたしはクッションを投げつけて追い出した。

sp1-2:やっぱり、こうなる。

「ふぅ〜っ、やっとノルマが終わった…」
「ご苦労様。でも、もっと早く初めてたら慌てなくて済んだのにね?」
 それから数時間後、日もすっかりと沈んだ頃に掃除の終了報告をしようとキッチンへ降りてきたわたしに、母上から容赦の無いカウンターパンチが届く。
「…ああもう、そのお小言は耳にタコが出来たってば」
 分かってないなぁ。昨日はわたしが明け方まで頑張ったお陰で、巨大アリやインベーダーの魔の手から地球は救われたというのに。
 …と、実際に口に出す程、わたしはゲーム脳な訳じゃ無いけど。
「それじゃ、今度は言われる前に動かないとね?まあいいわ。ちょっと早いけど、もうご飯食べる?」
「ん〜、食べる。動いたらお腹すいたし」
 今日はおやつ抜きで働いていた為に、お腹の中の小人さんも微妙に空腹を主張し始めてるし。
「もう…休みに入ってから、引き篭もりみたいよ?」
「いいじゃない、別に。どうせ、学校が始まったら必要以上に慌しくなるんだから…」
 戦士には休息も必要というもの。休める時には休んでおかないと。
 まぁ、ちょっとだけ休みすぎてるかなーと思い始めてる頃ではあるけど。
「それじゃ、感謝しなきゃね〜?」
 すると、背中を向けて洗い物をしたまま、語尾をやや強めてそう続けるお母様。
「…何がよ?」
「日々退屈と、運動不足から無縁でいさせてくれてる事を…よ」
「そーいうのは、結果論って言うのよ…」
 そもそも、柚奈自身もそのつもりでわたしに付きまとっている訳じゃないはずだし。
「それでも、満更でも無い部分もあるんでしょ?」
「…まぁ、独りでいるよりはマシって程度でね。それより、今日の晩ご飯は?」
 そして、更に突っ込んでくる母上に対して素っ気なくそう答えると、これ以上余計な質問を続けられる前にこちらから会話を逸らせてやった。
「はいはい。年越しそばがあるわよ?後は、ぶりのつけ焼きとカキフライとサラダって所かしら」
「お約束のメニューね。んじゃ、年越しそば定食一丁」
 やっぱり、年の瀬にはおそばを食べないと。普段はそんなに好きこのんでおそばを食べないわたしだけど、今日ばかりは別。やっぱり、恒例というか定番にはしたがっておかないとね。
「はいはい、ちょっと待っててね」
「…………」
「…………」
 それからお蕎麦が茹であがるのを待っている間、ふと手持ち無沙汰になったわたしは、ポケットの中の携帯を取り出して開いてみる。
「…ん〜…」
 しかし、やはり着信もメールも来ていない。
 まぁ、自分の部屋の掃除が終わった後はずっと肌身離さずだったから、着信があったら見逃す事は無いんだけどさ。
「誰かの連絡でも待ってるの?」
「ん〜…別に待ってる訳じゃないんだけど…」
 やっぱり、何処か気分が落ち着かない。
 何だか胸騒ぎもするし。
 こういう時の、わたしの勘は外れたことが無いはずなんだけど…。
「…………」
 ああもう、来るのか来ないのかはっきりしなさいっての。
「はいみゆちゃん、お待ちどうさま♪」
「おっ、ありがと」
 ともあれ、そんな感じでイライラしながら席に座っていたわたしの目の前へ、美味しそうに湯気だったどんぶりが現れる。
「はぁ〜、お腹空いたぁ…」
 それと同時に、これ見よがしに空腹を強く訴え始める胃袋と、それに伴って沸いてくる食欲。
 もしかしたら、先程から落ち着かない一番の要因は、空腹から来ているのかもしれない。
「んじゃ、いただきま〜す」
 …という訳で、とりあえず考え事はここで中断。冷めないうちにとわたしはお箸を取って、早速美味しそうに湯気立つお蕎麦をすすると、滑らかな喉越しの麺が空っぽのお腹を満たしていく。
「お…これは…」
 そして麺だけではなく、お汁の加減もやや色が薄めな見かけの割に、しっかりとダシで味付けされていた。薄味はあまり好きじゃないけど、逆に濃い味過ぎるのも苦手な、正にわたしの好みの加減というか。
「おいしい?」
「うん。久々に食べるから余計そう感じるのかもね」
 それに加えて空腹分の補正をさっ引いても、充分満足点と言える出来で、正に、「いい仕事してますねぇ〜」って奴だった。
 …古いか。
「良かった〜♪みゆちゃんの為に頑張って作ってきた甲斐があったよ〜♪」
「ほほう、柚奈の手作りなんだ?」
「ちゃんとお汁も自分で作ったんだからね?」
「へぇ〜、そりゃまた本格的に作ったわねぇ。芹沢さんにでも習ったの?」
「ん〜ん、甘菜さんにだよ?好きな人の為にってお願いしたら、喜んでコーチしてくれたから」
「あー、いいなぁ。わたしも教えてもらおっかなぁ…」
「…………」
 ん、ちょっと待て。
「…柚奈?」
 そこで、わたしのお箸を持つ手がぴたりと止まる。
「なーに、みゆちゃん?ふ〜ふ〜して欲しい?」
「んなっ、なんで柚奈がここに…っっ?!」
 そしてようやく、何故か柚奈が我が家のキッチンにいる事に気付き、どんぶりを持ったまま後退りしてしまうわたし。
「あら、さっきからそこにいたんだけど、気が付かなかった?」
「うん。みゆちゃん家にお邪魔してから、ずっとキッチンにいたんだけど…」
 そう言うと、柚奈はエプロン姿で小さく肩をすくめてみせる。
「え、ええええっ??」
 母上との会話に夢中で…っていう程でも無いけど、全然気が付かなかった。
「あらあら、もうすっかりと一緒にいるのが当たり前になっているからって事かしら?」
「そうなの?嬉しい〜っ♪」
「だーーーーっっ、どんぶり持ってるんだから抱きついてくんなっっ、あちちっ」
 そこでこちらの胸に飛び込んでこようとする柚奈を避けようと、指先にお汁をこぼしながら、慌てて回避運動を見せるわたし。
 …人を勝手に熟年夫婦みたいに言わないでっての。
「まったくもう…いきなり何なのよ、あんたは」
「何なのって、年越しそばとおせち料理を作ったから、お届けに来たんじゃない♪」
 そう言って、今度は机の上に置かれている三段重ねのお重箱の1つを手に取り、わたしの方へと差し出してくる柚奈。
(…う〜っ、お嬢様の癖に、エプロン姿が妙に似合って可愛いし)
 性格はともかく、やっぱり外見のタイプがやや長身で、ロングストレートの黒髪が似合う大和撫子だからだろうか。手に持ったおせちの重箱とあわせて、更に魅力を引き出してる感じだった。
「ああ、そっか…今わたしが食べてる年越しそばも、柚奈の手作りだったっけ?」
 それで自分の為に手料理と来たもんだから、もう辛抱たまらんとなっても責められはすまい。
 …その対象となってるわたしが、男の子ならね。
「んふ♪たっぷりと愛を込めて作ってあるからね?よ〜っく噛みしめて♪」
「…むぅ…」
 しかし、残念ながら女の子であるわたしは、そんな柚奈の台詞を聞いて、何だか食欲が減退してきてしまうものの、ここで食べるのをやめてしまう程、わたしはバチあたりでは無い。
「ちゃんと、甘菜さんに合格点を貰えるまで頑張ったんだから♪」
「まぁ、味に関しては素直に認めるわよ…随分短期間で腕を上げたもんね?」
 そう続ける柚奈に、わたしは立ち食いそばで食べる様な体勢で、愛情がたっぷりと込められているらしいお蕎麦をズルズルとすすりながら、渋々とその味を認める。
 それは、ついこの二月期まで、家庭科の調理実習ではわたしと同じくお荷物要因だったとは思えない成長っぷりだった。
(…やっぱり、オールマイティな天才肌よねぇ、柚奈も…)
 本人にそう言うと、おそらく「愛ゆえ」って答えが帰ってくるんだろうけど、他人の視線で客観的に見れば、やはりそう思えて仕方がない。
 気分屋だけに自分の興味がない事はさっぱりだけど、地道に積み重ねるというよりは、才能という翼で一気に飛び越えて行ってしまうタイプ。
「ありがとう、嬉しいよ♪…と言っても、教えて貰ったのはおそばの作り方とおせちだけだから、茜ちゃんにはまだまだ適わないけど」
「…まぁ、そりゃ年季が違うから」
 一応在宅で仕事をしているとはいえ、基本的にお母さんがいつも家にいてくれるわたしや、家事を切り盛りするメイドさんが沢山いるお嬢様の柚奈と比べて、両親共稼ぎでいつも家の事は自分でしているらしい茜は、炊事、洗濯の手際はわたし達と比べ物にならない程に手際が良く、大抵の家庭料理はお手の物という、なかなかに高い料理スキルの持ち主だった。
 そんな訳で、家庭科の授業でグループを組んだ場合は、茜はいつもリーダーになっていて、わたしや柚奈はと言えば、茜の指示を仰ぎながら、足を引っ張らない様にお手伝いをしているのがいつもの光景になっていたりして。
(外見は王子様なのに、実は一番家庭的…か。漫画とかだとありがちなんだろうけど…)
 ちなみにそんな茜の女性らしい部分は、白薔薇の王子様にとってマイナスポイントかと言えば全然そんな事は無く、むしろあのスタイル抜群のプロポーションも含めて、彼女を語る上での欠かせない魅力の1つになっているらしい。
(まったく、同性に憧れる女の子の心境ってのは、よく分かんないわよねぇ…)

 …閑話休題。

「さて、ごちそうさま」
 やがて、柚奈を警戒しながらもどんぶりの中のおそばを平らげると、テーブルの上に戻して両手を合わせるわたし。
「お粗末さまでした〜♪…でも、まだおせちもあるんだよ?」
「ああ、うん。それじゃ、そっちも少し貰おうかな…」
 せっかくわたしの為に作ってきてくれたんだし、箸を付けておくのも礼儀ってものよね。
 そう思ったわたしは、年越しそばを食べ終わって置いた箸を再び取り、今度は重箱に詰められたおせち料理の中から1つを手に…。
「はい、あ〜んして♪」
 …取るつもりだったんだけど、その前に柚奈がレンコンを摘んでわたしの前へと持ってきた。
「いいってば、自分で好きなの選んで食べるからっっ」
「え〜?このレンコン、縁起物だと思って一生懸命作ってきたんだから、まずはこれを食べて欲しいな〜って」
「いや、そうじゃなくてねぇ…」
 だったら、口で「まずはレンコンを食べて」って言えばいいじゃないのよぉ。
「もう、美由利ちゃんってば鈍感ねぇ。柚奈ちゃんは食べさせてあげたいのよ?」
「分かってるわよ、そんな事くらいっっ」
 それが恥ずかしくてイヤだから言ってるんでしょーがっっ。
「それとも、口移しが良かった?どきどき…」
「…不審人物として叩き出すわよ、しまいには」
 自分で「どきどき」と可愛く言っても許されませんぞ。
「むぅ〜っ、みゆちゃんがつれない…」
「まったく、礼儀を知らない娘で恥ずかしいわ。据え膳食わぬは乙女の味よ?」
 しかし、そんなわたしに、「いいからごちゃごちゃ言ってないで受けなさい」と言わんばかりの威圧を込めた目線を向けてくるお母様。
「…いや、それは武士の恥だった気がするんですけど…」
「どっちだろうが同じよ。お母さんは、娘をそんなお尻の穴の小さい娘に育てた覚えはありません」
「…お尻の穴って…」
 もうちょっと了見が狭いとか、オブラードに包んではくれませんかね、母上。
「ほほう、みゆちゃんのお尻の穴って小さいの?どれどれ…」
「ああもう、あんたもスカートめくろうとすんなっっ」
 そして、チャンスとばかりに後ろへ回り込んでスカートをめくり上げようとする柚奈の手を、わたしは弾き返す様にぺしっと叩く。
「え〜、いいじゃない〜?後で私のも見せてあげるから」
「やかましいっっ」
 全然フォローになってないし、そもそも食事中に何たるお下品な。
「まぁそれはともかく、一生懸命に作ってくれたんだから…ね、美由利ちゃん?」
「へいへい…分かったわよ…もう…」
 しかし、そこで母上にそう諭されてしまっては、これ以上の反論も出来ない。
 まぁ確かに、少し位は報いてやってもいいかなーとは思っている事だし。
「ほら、あーん」
 わたしは心の中で小さく溜息をつくと、柚奈の方へ向けて大きく口を上げてやった。
「あは、みゆちゃん雛鳥みたい♪」
「…うっさい。まだ食べたりなくてお腹空いてるんだから、さっさと放り込みなさいっての」
「はいは〜い♪それじゃ、あ〜ん…」
「…………」
 そして、満面の笑みと共にわたしのお口の中へ放り込まれたレンコンの煮物を咀嚼すると、適度な歯ごたえと共に、しゃく、しゃくと聞き心地の良い音を立てていく。
「おいしい?」
「…本当に気合いが入ってるのね、柚奈…」
 つい最近までの柚奈の料理の腕は知っているだけに、何だか激しい敗北感が…。
「もっちろん♪みゆちゃんを驚かせたかったし」
 でも、驚きは驚きでも、何だか屈辱に近い気はするんだけど…まぁいいか。
 そんな風に考えてしまう時点で、既にわたしは負け犬なんだろうし。
「でも、驚かせるのはいいけど…何も言わずにいきなり来るのは反則じゃない?」
 というか、柚奈が突然現れるのは、わたしにとっては心臓に悪すぎるんだってば。
「あら、ちゃんと玄関のチャイムを鳴らして訪ねてきたわよ?」
「うんうん。それで、出てきたお母様にちゃんとご挨拶して入れてもらったし」
「…あ〜、そう言えば、さっき玄関のチャイムが鳴ったのが聞こえた気がする…」
 ちょうど部屋掃除の真っ最中だったから、お母さんが出るかと思って反応しなかったけど。
「それよそれ。なんだ、気付いてたんじゃない?」
「あのね…」
 問題は、どうしてその後で母上が柚奈が来た事をわたしに伝えなかったのかであって。
「それから、美由利ちゃんが降りてくるまでずっと手伝いをしてくれてたのよ?」
「えへへ、頑張っちゃいました〜♪」
「…………」
 将を射止めんとするならば、まずは馬から…か。
「そう言えば、作って持ってきてくれたって、わたしにだけ?茜は?」
「勿論、茜ちゃんにも作ったよ?こちらは行きがけに届けているから大丈夫♪」
「ああ、そう…」
 しかも、全くもって抜かりは無いって訳ね。
 茜の奴も、それを知ってるから引き止めたりしなかったんだろうなぁ…。
「本当にわざわざありがとね、柚奈ちゃん。ほら、美由利もちゃんとお礼を言わないと」
「いえいえ。みゆちゃんが美味しそうに食べてくれれば、私はそれで幸せですから♪」
「あらあら、それじゃ美由利ちゃんはもっと美味しそうに食べなきゃね?」
「…何だ、そりゃ」
 テレビのグルメレポーターの真似事でもしろってか??
 それとも…。
(う〜〜ま〜〜い〜〜ぞ〜〜っっ)
「…………」
 …いや、アレは巨大化した弾みに我が家をぶっ壊してしまいそうだからパスね。
「大体、大晦日だってのに家にいなくてもいいの?掃除とかは?」
「今日はしてないよ?お昼過ぎまでお料理してたし」
「やれやれ、メイド付きのお嬢様はいいわねぇ。黙っていてもいつもピカピカって訳ね」
 まったく、これだからブルジョア娘は…。
「ん〜ん。大掃除は30日に済ませておいたから。いつも自分の部屋位は自分で掃除してるよ?」
「…………」
 しかし、そこで今度は柚奈から手痛いカウンターパンチを貰ってしまうわたし。
「ホントに偉いわねぇ、柚奈ちゃんは。お尻を叩かないとやらないだれかさんとは大違い」
「…うるさいわね…」
 いいのよ別に。結果的にはやり遂げたんだから。
 …と言うか、いつの間にか食卓がわたしの公開懺悔室みたいになってる気が。
「みゆちゃん、お尻を叩かれちゃったの?私が赤くなってないか見てあげ……あたっ」
「ワンパターンなのよ、あんたは…っっ」
 そして、懲りずに後ろからスカートを捲ろうとする柚奈の手を、再びべしっと叩き落とすわたし。
 ここまで来ると様式美というか、お約束である。
「むぅ〜っ…でも、何なら私がお掃除してあげよっか?」
「いや、遠慮しとくわ。色々と漁られても嫌だし」
 この前泊めてやった時も、真っ先にクローゼットを漁った前科がある事を、わたしは決して忘れた訳じゃないし。
「やだなぁ。お掃除ってのは、一度全部ひっくり返してからやらないと綺麗にはならないんだよ?」
「生憎、さっき自室の掃除は済んだから、結構よ」
「はふぅ…っ、残念…」
 …と言うか、柚奈のお陰で来年は掃除不精になる事は無さそうだった。

sp1-3:初詣に行こう♪

「ねぇねぇ。年が明けたら、一緒に初詣に行かない?」
 その後、持ってきてもらったおせちと、お母さんの出してくれた鰤のつけ焼きをチマチマと突付いていた所へ、相変らず隣の席でぺったりと張り付いたままの柚奈がそう切り出してくる。
「年が明けたらって…12時過ぎたらって事?」
「もっちろん♪ここからだと、ふた駅程行った所にある”御影神社(みかげじんじゃ)”が一番近くて好都合だと思うけど」
「御影神社?あの、やたら高い場所にあるあそこ?」
 元々神社なんて高い場所にあるのが普通だけど、この御影神社は途中で折り返しはあるものの、本殿までの階段数は200とも300とも言われる、特に高い場所にある神社だった。
 ただその分、頑張って上った後の見晴らしは確かに抜群なので、デートスポット等でもそれなりに人気があるスポットらしい。
 …らしいと言うのは、まだ一度も行った事が無いからであって。
「そう。あそこは駅から遠くないし、そんなに混み合う事も無いから結構穴場なんだよ?ね、いこ?」
「やだ。除夜の鐘の音が聞こえたら、もう寝るんだから」
 だからといって、わざわざ深夜に行ってみたいとも思わない。
 …って事で、あっさりと柚奈のお誘いにお断りを申し上げるわたし。
 今日のわたしはシンデレラ。夜の12時までしか活動予定はございませんので。
「え〜?…まぁ、早めに寝るなら寝るで、わたしは別に構わないけど…」
 しかし、そんなわたしに柚奈はそう告げると、含みを持った視線でじっとこちらを見つめてくる。
(う……っっ)
「…あ〜、いや…やっぱり引っ越してきた年だし、ちゃんと御参りしておいた方がいいかなっっ」
 おそらく、あの目は不退転だ。その視線に柚奈の有無を言わせない強い意志を感じ取ったわたしは、気圧されるようにしてお断りを撤回してしまう。
 …どの道、眠れない夜を過ごすくらいなら、人目のある場所にいた方がマシかも。
「それじゃ、決まりね♪」
「うう〜っ…」
 一応、初詣のお誘い位は想定していたものの、元旦の昼間じゃなくて、草木も眠る深夜に参る羽目になるなんて。

 そして…。

「ほら、みゆちゃん年が明けたよ?」
「へいへい、行けばいいんでしょ、行けば…」
 やがて、外から聞こえてきた除夜の鐘の音と共に日付が変わると、わたしは柚奈に手を引っ張られる様にして玄関へと向かっていく。
「行ってらっしゃい、2人とも気をつけてね?」
「気をつけてどうにかなる問題なら、苦労はしないんだけどねぇ…」
「大丈夫ですよぉ、お母様。みゆちゃんは私がちゃんと守りますから♪」
「…だから、あんたが一番気をつけなきゃならない対象なんだっての」
 まぁその代わり、別のオオカミに襲われる事も無いんだろうけどね。

ガチャッ

「うう…っ、寒っっ」
 玄関のドアを開けて外に出た瞬間、カウンターパンチの様に正面から吹きつけてきた冷たい夜風が、厚めの上着を着ているわたしの身体を震わせた。お昼からの天気は決して悪くは無いけど、何せ今日から1月。真冬と呼ばれる季節は伊達じゃないって事か。
「…やっぱり、戻ってお風呂に入って寝る」
 そして、それはわたしの心を挫かせるには充分な訳で。
「ああもう〜っ、外に出ちゃったんだから行こうよぉ…っ」
 しかし、そこで踵を返して戻ろうとするわたしを、柚奈が後ろからしがみつく様にして阻止してくる。
「ちっ……」
「ほらほら、こうしたらあったかいし♪」
 そしてそう告げると、自分の腕をわたしの腕へ絡みつかせてくる柚奈。
「ああもう、往来でやめなさいっっ」
 確かに暖かいかもしれないけど、この方法はそれ以上の問題がありすぎる。
「まぁまぁ、夜中だから分からないよ。暖房が効いてる駅まで…ね?」
「…………」
「あのさ、柚奈。今除夜の鐘が鳴ってるんだけど…何も感じない??」
 そこで、年が明けても相変らず積極的な柚奈に、そんな事をふと尋ねてみるわたし。
「ん?何が?」
「…いや、少し位は柚奈の煩悩が浄化されないかなーとか思ったんだけど…」
 どうやら、元旦の夜空に鳴り響く聖なる鐘の音も、馬の耳に念仏の様だった。
(…それとも、百八つ程度じゃ全然間に合わないってオチだったりして)
「そんな事はいいから、早く行こっ♪」
「…う〜っ…」
 何だか、今年も騒がしい一年になりそうね…。

「…うわぁ、コレ登るの??」
 やがて御影神社の入り口まで辿り着き、鳥居をくぐった先に広がる、見渡すばかりの石段の山を前にして、わたしは脱力感を覚えながら呟いた。例えるならば、雲へと昇って行く回廊の様な…は言い過ぎとしても、少なくともここからゴールは見えなかった。
「うんうん。2人で頑張ろーね♪」
「実は、お年寄りの参拝用にエレベーターがあるというオチは…」
「もう…石段を登るのも参拝の一部だよ、みゆちゃん?」
「いや、絶対エスカレーターの方が…いたたたっっ、分かったから腕を引っ張らないで…っっ」
 しかし、どうやらどんなにゴネても、柚奈の方は中止してくれる気など無いらしかった。
「まぁまぁ、慌てずに一段ずつゆっくり上れば大丈夫だよ♪急ぐから疲れるだけなんだから」
「うーん、確かにそれも一理あるだろうけど…」
 …でも待てよ。この石段の数を仮に300とすると、一段ずつゆっくり上っていけば300回も繰り返さないとならない訳よね。しかし、これを2段ずつ上れば150回、飛び飛びで3段ずつなら、100回程度で済む計算になるじゃない。
「…………」
 チマチマ上ってもどっち道疲れるんだし、ここは一気に済ませてしまう方が得策かな。
「よっし柚奈、上まで競争よ!!」
 わたしは少し下がって助走の距離を確保すると、そんな台詞と共に遥か先のゴールを目指して3段ずつ一気に駆け上がっていった。
「あ〜っ、みゆちゃん待ってよ〜っっ」
「ふふん、さっさと来ないと、置いてくんだから♪」
 大股で跳ねる様に進むわたしの身体は、まるで風になった様に軽い。
 …よし、いける…っっ。
(このまま、頂上までノンストップで行くわよ♪)
 今のわたしは疾風、誰にも止められやしないわ。

 …と、思ってたんだけど…。
「ぜぇ、ぜぇ…っっ」
 やがて折り返し地点の広場まで辿り着いた所で、わたしは膝を落としてへばり込んでいた。
 四つん這いで膝がガクガクと笑い、額からは汗が吹き出てるという、実にみっともない構図で。
(ううっ、もうちょっと勢いが持続すると思ったんだけどなぁ…)
 ちょっと…というか、かなり見通しが甘かったかも。半分ほど上り、この折り返し地点が見えた頃には、既にわたしの足は鉛の様に重くなっていた。
「私、みゆちゃんのそういう馬鹿っぽい所も好きだけど…」
 そんなわたしに、後から追いついた柚奈が、隣に立ったまま呆れた様な声でそう告げてくる。
「うるさ…はぁ…はぁ…っ、いわね…っっ、いっその事、笑いなさいよ…ぜぇ、ぜぇ…」
 ついカッとなってやってしまった。反省はしていません。
「ほら、立てる?みゆちゃん」
「…情けは無用。いいからあんたは先に行きなさいよ」
 そこで、しゃがみ込んで柚奈が差し出す手を突っぱねるわたし。
「でも、そんな所でかがみ込んでると、上ってくる人に下着が見えちゃうよ?」
「……っっ?!」
 しかし、続けて向けられた忠告を聞いて、わたしは慌てて柚奈の手を取って立ち上がる。
 …しまった。今日のわたしはミニスカに、分厚いニーソックスという出で立ちだった。
(それなのに、わたしは大股で階段を駆け上り、更に四つん這いになってへばり込んで…)
「うああっ、もうお嫁にいけないかも…っっ」
 穴があったら入りたいとは、まさにこの事。
「大丈夫、大丈夫♪ちゃんと私がもらってあげるから♪」
 そこで思わず顔を真っ赤にして項垂れるわたしに、繋いだ手をぎゅっと強めながら、嬉しそうな笑みを浮かべる柚奈。
「…うるさいわね、今後は気をつけるわよ…」
 このままだと、本当に柚奈に貰ってもらうしかなくなってしまいそうだし。
「んふふ♪期待してるからね?」
「しなくてよろしい…って、まぁそれはともかく、これで中間地点くらい?」
「ん〜、中間よりちょっと進んだ辺りかな?ほら、ここからなら見えるよ?」
「あ、ホントだ…でも…」
 言われて残りの石段の先へと視線を移すと、確かにその先にゴールの鳥居は見えるものの、それでもまだ遥か先。数えるのは面倒だからやらないけど、100段以上はゆうに残ってそうだった。
「う〜っ、挫けてしまいそう…」
「でも、ここまで登ってきたのに、今更引き返すのも嫌じゃない?」
「まぁ、それはそうなんだけどね…」
 それでも、足の小指と膝は悲鳴をあげてたりはしてますが。
「まったくもう…何だってこんなに高い場所に…もしかして嫌がらせ?」
 既にこの場所からでも、この町の夜景が一望出来る高さだし、何かもうこれで充分じゃないと言いたくなってしまうわたしだった。
「ここはね、天駆ける神様が休憩する神域なんだって。それに、元々は山の上だったみたいだよ?」
 しかし、そんな悪態をつくわたしに、柚奈は遥か遠い空の向こうを指差しながらそう告げてくる。
「は〜っ…つまり、この膨大な階段は自然破壊を続けて栄えた、人間の業の数って訳ね」
 まぁだからと言って、今それをエトランジェのわたしが背負うのは勘弁して欲しいんですけど。
「みゆちゃん、詩人だね〜」
「しかし神様どころか、この高さじゃ間違って天使でも迷い込んできそうね…」
「ん〜、そう言えば…この地方にはその昔、背中に翼を生やした人間が落ちてきたって言い伝えが残っているみたいだけど」
 そこで冗談を飛ばすわたしに、柚奈は視線を夜空へと向けたままでそう返してきた。
「何だそりゃ?」
 自分で言っておいてなんだけど、それはまた奇怪な。
「それでね、ここの神主さんが不吉だと騒ぎ立てる住人から、この落ちてきた天使をかくまい、娘さんの献身的な介護で傷を癒し、やがては無事に空の向こうへと帰してあげたんだって」
「…ん〜、それって落ちてきた大きな鳥を助けてあげたって話に尾ひれが付いたんじゃない?お約束だと、その後に恩返しとかあるんだろうけど」
 そもそも、内容も日本昔話で良くあるテンプレートから逸脱してないし。
「まぁ、あくまで伝説だし、実際の話は分からないけど…それでね。その時にお礼として、天使は娘さんに縁結びの力を分け与えたらしいの。落ちた天使と娘さんは恋に落ちたんだけど、天使は人間界で暮らせないので、せめて自分と別れた後に良い人と出逢えます様に…と」
「縁結び??」
「何でも落ちて来たのは、美と愛を司る天使と名乗ったんだって。そのあまりの美しさは、見る者全てを魅了したとか何とか。んで、その天使を自分のモノにしようと魔の手が伸びてピンチに陥ったってお話も沢山残ってるよ?」
「ねぇ…その天使様って、男の子?それとも…」
 人間と天使の禁断の愛は、更に百合だったとか。
 それだと、一気にお耽美な世界へまっしぐら…みたいな。
「天使に性別は無いんじゃなかったっけ?両性共有って説もあるみたいだし」
「ああ、そうだったっけ?…それで、その後娘さんはどうなったの?その天使の目論見通り、別の誰かと幸せになったの?」
「ん〜、それが娘さんの方も天使の事を深く愛していたので、その力を自分に対して使う事は無かったって事になってるみたい。そこで、得た力を他人同士の縁結びに使い、愛の伝道師として崇められたとか、実は既にお腹に天使の子を身篭っていたとか、その辺りは諸説云々で」
 そこまで言った後で、柚奈はわたしの方へ向いて、「この手のは後で付いた尾ひれが山ほどくっ付いてるし」と、肩を竦めてみせる。
 まぁ、確かに今伝わってる古典文学も、オリジナルを写本した人が勝手に加筆してしまって内容が変わってしまう事もザラにあるって聞いたし。
「んじゃ、今のここの神主さんは天使の子孫って事になってんの?」
「さぁ、それは私も聞いた事が無いから良く分からないけど、でも、この御影神社は確かに縁結びのご利益があらたかで有名なんだよね〜」
「ふーん、縁結びかぁ…って、まさか柚奈…っ?!」
「…あ、あはは…お参りするまで黙っていようと思ったけど、つい口が滑っちゃった…」
 そこで、ハッと気がついて険しくなったわたしの視線にぎくっとした顔を見せた後で、冷汗混じりの苦笑いを見せる柚奈。
「まったくもう、油断も隙もないんだから…っっ」
「まぁまぁ、ここまで来ちゃったんだし」
「なぁにが、まぁまぁよ…そこになおれっっ、成敗してくれるっっ」
「ああんもう、怒んないでってばぁ〜♪」
「…………」
 いや、でもまぁ…。
「…と言った所で、確かに今更縁結びもへったくれもないわよね…」
 しかし、思わず掴みかかろうとした所で人生を悟ってしまったわたしは、大きく溜息をつきながら、いつもの制裁を諦めてしまった。
 と言うか、わたしと柚奈の因果を結んでしまったのは、もっと別の神様って気がするし。
「それに一応、ここの神社を選んで御参りする他の理由もあるんだよ?」
「他の?」
「んふ♪すぐに分かると思うよ。んじゃ、そろそろ行こっか?」
「え〜っっ…」
 やっぱり、イマイチ気は進まないんだけどなぁ…。

sp1-4:お御影さんの巫女さんが おみくじ引いて申すには

「到着〜っ♪」
「ぜぇ、ぜぇ…っ、やっと着いた…」
 やがて最後の石段を跳ねる様に飛び越え、無邪気に到達宣言をする柚奈に一歩遅れて、激しく息を切らせながら踏破するわたし。
 くそっ、嫌味ったらしい真似を…と思うものの、もう最後の方は、柚奈に手を引っ張ってもらいながらどうにか辿り着いた身分なので、文句は言えなかった。
 人前で手を繋ぐのが恥ずかしいとか、そんな余裕すらないしさ。
「みゆちゃん、運動不足なんじゃない?」
「…みたいね。休みに入ってから、だらけ過ぎてるのかも…」
 そんな柚奈の指摘に対して、息を整えながら素直に認めるわたし。
 クラスで1、2を争う運動音痴の柚奈に言われたらお終いというか、こいつより体力が劣っているのは、わたしにとっては許されない状態と言えた。
 捕食動物より逃げ足の遅い獲物は、為す術も無く喰われてしまうのが自然界の掟なのだから。
「何なら、一緒に運動してみる?私の…」
「部屋のベッドの中で…みたいな事を言ったら、気絶するまでヘッドロックね?」
「うう〜っ、美容とダイエットにも効果的ってのは立証されてるのに…みゆちゃんのいけずぅ…」
「やかましいっっ」
 はしたないにも程がありましてよ、お嬢様。
「…それにしても、思ったより広いわねぇ?」
 ともあれ、ようやく息も整ってきた所で辺りを見回しながら、わたしは誰にともなく呟く。狭い石段を登って行ったイメージから、狭い敷地内に小屋の様な境内なのかと思えば、これが意外とだだっ広い敷地に、老朽を感じさせない立派な境内と社務所が構えられていた。
「千年以上の歴史を持つ、由緒正しい神社だからね。今まで何度も改修したらしいけど」
「ふーん…」
 階段を上っている時は余裕が無くて気付かなかったけど、参拝者も結構多くて、短いながらも行列が出来ている位に賑わっている様だった。
「それに、参拝者も結構多いのね…階段を上るのがしんどいから寂れてるのかと思えば」
 とりあえず、2人揃って列の最後尾に並びながら、これまた独り言の様に感想を漏らす。見た感じ、待ち時間は5分程度と言った所か。
 …しかし、この位が寂しすぎず、混雑しすぎずとお正月気分を味わいながら参拝するにはちょうどいい具合なのかも。
「そりゃ、伝説の縁結び神社だしね。合格祈願に来る人は少ないかもしれないけど、カップルとか恋人が欲しいって人とかの参拝者は他の神社より多いみたいだよ?」
「…って言うかさ、こんな所に来て神頼みなんて、女々しい事言ってるから出来ないんじゃないの?」
 そんな柚奈の台詞に、周囲には聞こえない様なボソボソ声で耳打ちするわたし。
「みゆちゃん、手厳しい〜。けど、確かに私もそう思うよ?」
「…ああ、そうでしょうね」
 だからと言って、こいつみたいに積極的過ぎるのも考え物だとは思うけど。
 今だって行列のどさくさに、しっかりと腕を組んできやがってるし。
「やっぱり、恋は早いもの勝ちだよね〜♪」
「…………」
(そして、捕まえられたもの負け…か)
 いや、まだ観念はしてないけどね。もちろん。
「ほらほら、順番が回ってきたみたいだよ、みゆちゃん?」
 そんな事を考えているうちにも、順調に列は進んでいたらしく、柚奈に言われて気付くと、すぐ目の前に賽銭箱と、神主さんが他の人の御祓いで忙しそうにしている姿が目に映った。
「ほいほい。えっと、二礼三拝一礼だっけ…?」
 そこで、わたしはお賽銭として予め用意していた105円を振りかぶるものの、その手が一旦止まってしまう。
(ええと…)
 そう言えば、何をお願いしようか考えてなかったな。
「…………」
 でも、去年は10年以上通った神社で、『今年一年、何事も無く過ごせますように』ってお願いして見事に裏切られた訳だし…。
(まぁ、頼むだけ頼んでみるかな…)
 今年は別の神社だし、もしかしたらもしかするかもしれない。
 そこまで頭の中の整理が出来た所で、わたしはお賽銭を放って手を合わせた。
(ええと、柚奈の奴がもう少しだけ距離を取ってくれます様に…それと、柚奈のセクハラが完全に無くなるまでは言いませんけど、減りますように…例えば、隙あらばキスしてきたりとか、着替えの時に舐める様な視線を向けてきたりとか…体育の時とかに、どさくさまぎれでお尻触ってきたりとか…それからそれから…)
「…………」
 ねぇ神様、ひとつ頼みますよ、ホント…。
 わたしがそんな日常にすっかりと馴染んでしまう前に…。
「随分熱心に御参りしてたね。どんな事お願いしてたの?」
「そりゃもちろん、あんたのセクハラが少しでも減ります様に…って」
 その後、参拝を終えて離れるや否や、早速お約束の質問を向けてくる柚奈に、わたしは正直にきっぱりと答えてやる。
「やだ」
「即答すんなっっ」
 そんな所でわたしに対抗して、きっぱりと返されても困るんですが。
「大体、ハラスメントだなんて心外だよ〜。最上級の愛情表現なのに」
「…んじゃ、今あんたがわたしにやってる事がどう見えるのか、そこらの人に聞いてみる?」
 わたしはそう言って、いつの間にか抱きつきながら、腰の辺りを撫で回してる柚奈にジト目を向けてやった。
「あはは…でもそうなったら、ここの神様はどっちの味方してくれるかだよね?」
「…何よ、それ?」
「だって…」
 そして柚奈はわたしの耳元へ口を付けると、ぼそぼそと先ほど自分がお願いしたらしい内容を告げてくる。
「…………っっ」
 その赤裸々な願い事の内容に、一瞬で顔が茹で上がるわたし。
 多分漫画とかだったら、「ぼんっ」って効果音が表示されていたのは間違い無いくらいに。
「んな…っ、あんたは…なんという…」
「えへ♪」
「そこで口元に手を当てて可愛くはにかむなっっ」
 しかも外見だけで言えば、そんな台詞が出てくる様には全く見えないのが更に厄介と言うか。
「でもまぁ、私は本気で神様に頼ったりはして無いけどね?」
「…それは、わたしにとって喜んでいいのかしら?」
「んふふ♪それはみゆちゃん次第…かな?」
「…………っっ」
 そこで不敵な笑みでウィンクを向けてくる柚奈を見て、わたしの背筋にぞくりと悪寒が走る。
(…これは、あんまり神頼みも期待できないかな…)
 何だかイザとなったら、神でも仏でも相手にしそうな気迫だし。
「んじゃ、続いておみくじに行こっか♪」
「…おみくじねぇ…」
 正直、あまり気は進まないけど、確かに付き物ではあるしなぁ。
「およ?みゆちゃんおみくじとか嫌い?」
「別に嫌いじゃないけど、いつも同じ様な結果しか出ないし」
 その為に、わざわざ100円投げるのもどーかなーと。
「そう言われればそうだね〜。私も大吉以外引いた事無いしなぁ…」
「…自慢じゃないけど、わたしは生まれてこの方、大吉なんて引いた事が無いわよ」
 今、さらっと嫌味をかましてくれた…というか、これが生まれの星の違いって奴なんだろうか??
「え〜だって、確か大吉が一番確率が高いんでしょ?」
「さぁ、どうなんだろ??」
 むしろ、わたしの感覚で言えば、中間の中吉や吉が一番多いんじゃないかって感じだけど。
「それじゃ、私がみゆちゃんの分まで引いてあげよっか?」
「…意味無いでしょーが」
 何処をどうやったらそんな発想が出てくるんだか…。
「だって、みゆちゃんと私は一心同体だしぃ♪」
「勝手に決めんなっっ!!」
「…すみません。境内ではお静かに願います…」
「あ、す、すみません…」
 しかし、そこで柚奈へ問答無用のヘッドロックをかけようとした所で注意が入り、慌ててお詫びを入れつつ、自分の口を手で押さえながら離れるわたし。
 しまった、ついつい柚奈にボケられると、全力でツッコミを入れてしまう因果な癖が…。
「もぅ、みゆちゃん神聖な場所で騒いじゃダメだよ?」
「あんたが言うか…って…ありゃ?」
 そして、下げた頭を戻すと同時に、注意してきた袴姿の女の子を見て、わたしは思わず間抜けな声をあげてしまう。
 赤と白の巫女袴姿に身を包み、おみくじ置き場のすぐ隣でお守りを売っていたのは(正確には、”売る”とは言わないんだっけ)、馴染み深いとは言えないものの、少なくとも見覚えのある顔。
「…もしかして、いや、もしかしなくても御影さん?」
「ええ、そうです」
 間違い無い。クラスメートの御影 咲耶(みかげ さくや)さんだった。
「御影さん、あけましておめでと〜♪」
「桜庭さんに、姫宮さん…あけましておめでとうございます」
 そこで早速、手を振りながら明るい声で新年の挨拶を向ける柚奈に、丁寧にお辞儀をしながら返してくる御影さん。
「あ、おめでとうござます…って言うか御影さん、巫女さんのバイト…?って、あ〜っっ」
 それに対して、わたしの方も慌てて挨拶を返した後に、勝手に頭の中で合点がいくと、思わず自分の手をぽんっと叩いた。
 御影神社と聞いて、何処かで聞いた事がある名前だと思ってたら、クラスメートの御影さんが神主の娘さんだったのね。
「そういう事だよん♪ここへやって来た別の理由ってのも分かったでしょ?」
「…ああ、なるほど。クラスメートの神社だから、お付き合いにって訳ね」
 他人に興味が無さそうに見えて、意外と義理堅い奴め。
「ん〜、まぁそれもあるんだけど…何より、御影さんの巫女姿が見られる貴重な機会だし」
 そしてわたしにそう告げると、御影さんの巫女姿を物珍しそうにじっと眺める柚奈。
「そんな事言われたら…恥ずかしいです…」
「だって、うちのクラスの子とかでも、御影さん詣でが目的の子も多いって聞いたけど?」
「御影さん詣でって…」
 初詣ならぬ、巫女詣でですか。
(何だかバチ当たりな話ね…)
 …とは言え、確かにやや長身で衣装の上からもはっきりと分かる胸の凹凸が強調されたプロポーションに、腰の先まで伸ばしたストレートロングの黒髪を持つ御影さんは、袴姿がナチュラルに似合っていた。以前どこかで、巫女さんは神様のお嫁さんの役割を持っていると聞いた事はあるけど、確かにこれなら大満足だろう。
 一応、外見のタイプとしては柚奈に近いんだけど、表情に乏しくて物腰が静かな分、神秘的で独特の雰囲気を醸し出している感じが。
 …まぁ、それは別にいいんだけど…。
(ああもう…転校してからこっち、どうしてわたしの周りにはナイスバディな子しかいないんだか…)
 身体測定のたびに、胸やウェストが1センチ大きい小さいと醜い争いをしていた絵里子との日々が妙に懐かしくなってくるわたしだった。
「…あまりからかわないで下さい、桜庭さん」
「あはは、ゴメンゴメン。でも、本当によく似合ってるよ?」
「…ありがとうございます。生まれの家柄、全く似合わないと言われても困りものですが」
 そして半分ジョークの様な台詞を返した後で、御影さんは微笑を浮かべる。
 家柄…か。
「ん〜っ…という事は、御影さんって天使の子孫なの?」
「はい…?」
 そこで家柄というキーワードに触発されて、口からぽつりと出てきたわたしの言葉に、きょとんとした顔を見せる御影さん。
「あはは。さっきみゆちゃんに、昔この神社に天使が落っこちてきたって言い伝えがあるって話をしたから」
「…ああ、なるほど。…尤も、本当にそんな力があるんなら、真っ先に自分に使うんですけど…」
 そう言って、御影さんは大袈裟に溜息をついてみせる。
「でも、確かに御影さんの恋占いの的中率って100%に近いんだよね。不思議な力が備わっていると言われれば、確かにみんな信じちゃうかも」
「へぇ、そうなの?」
 まぁ、クラスに1人位は占いが得意な人ってのはいるもんだけど、的中率が100%に近いなんて言うのは、滅多にいるもんじゃない。
「…良かったら、貴方達も占ってあげましょうか?」
「……え?」
 的中率がほぼ100%って事は、もし柚奈との相性が低いと出た場合…。
「…………」
「…いや、やめとくよ…」
 しかし、しばらく悩んだ後で、わたしは首を横に振りながらお断りを申し入れた。
「…意気地無しですね。だから本当の気持ちに気付かず、流されてるんですよ…?」
「放っておいてよ…」
「…でもまぁ、断ってもらって正解ではありますけどね。正直な話、貴女達については占いの及ぶ範囲では判断できませんから」
 そう言って、無表情のままに小さく肩を竦める御影さん。
「え…?どういう事?」
「…………」
「…姫宮さん、カタストロフィー・ポイントって御存知ですか?」
 そして、言葉の真意を追及したわたしに、御影さんはしばらくの間を置いた後で、じっとわたしの目を見据えながらそう尋ねてくる。
「か、かたす…何??」
 何だか舌を噛みそうな言葉だけど。
「…日本語で表現すると、”破局点”という事になりますか。桜庭さんは貴女との出逢いを運命と信じている様ですが…本当は真逆なんです」
「真逆??」
「…まぁ、気にしてなくてもいいと思いますよ。むしろ、それでどの様な結末を迎えるのか楽しみでもありますし」
「気にするなって言われても…」
 それだけ思わせぶりな事を言っておいて、それは無いでしょう。
「…恋愛とは理屈でするものではありませんから…他人の意見よりも、自分の気持ちを大切にすべきです」
「それを言っちゃったら、自己否定にならない?」
「…私は迷える子羊達に可能性の1つを論じているだけ。それを信じるのも、信じないのも自分の意思です」
「…………」
 はえ〜、流石は評判の占い師だけはあるね…。
 そんな御影さんの神秘さを秘めた台詞に、思わず感心してしまうわたし。
「さて…お話も尽きないとは思いますが、姫宮さん達との時間もこれまでの様です…」
「え??」
「…そろそろ、怒られてしまいそうですし」
「あ……」
 そう言われて、御影さんの視線の先を追うと、会話を続けるわたし達の隣では、もう1人の巫女袴の売り子さんの元にずらりと行列が出来ていた。
「ご、ゴメン…お邪魔でした」
 それを見たわたしは、慌てて横に避ける。
 …ありゃりゃ、営業妨害してたのね。
「…いいえ。それより、お守りはいかがですか?」
「お守り?柚奈との縁結びなら、間に合ってるけど」
「…姫宮さん、貴女にはこれを…向上守です。天地五行のうちの土と火の力が込められており、運勢だけでなく、粘りと決断力を向上する力を与えてくれます…学力向上にも繋がると思いますよ?」
 そう言って、沢山並んでいるお守りのうちの1つを手に取ると、わたしの前へと差し出してくる御影さん。
 …何だか説明だけ聞いていると、RPGのステータスアップ系のアクセサリーみたい。
「え…っと…本当はお守りを買う予定は無かったんだけど…」
 しかし、それでも御影さんが最後に付け加えた”学力向上”という言葉はどうにも見逃しがたく…。
「…それ…ひとつください」
 それからほんの少しだけの間を置いて、わたしは恥ずかしそうに俯きながら、財布から取り出した500円玉を差し出してお守りを受け取った。
「…どうもです…今年一年、姫宮さんに御加護があります様に…」
「…………」
(なるほど…弱者ほど、こういった物に縋りたがるって訳ね…)
 先ほど自分で得意気に吐いた、「神頼みなんてするからダメなのよ」という台詞が、今は自分の耳に痛かった。
「ありがと…これで、少しはわたしのドツボにハマりっぱなしの運勢も、上向いてくるのかな?」
 ハマりっぱなしというより、ハメられっぱなしと言った方が正解かもしんないけど。
「それでは…そのお守りの効力があるか、運試しをされてみてはいかがですか?」
 すると、そんなに台詞と共に、今度はすぐ側にあるおみくじ置き場を指差す御影さん。
(…つまり、ちゃんとおみくじも引いて行けって事?)
 流石は神主の娘と言うべきか、しっかりしてるなぁ…。
「へいへい。ちゃんと引いていきますよー」
 ともあれ、そう言われれば嫌とも言えない。
 わたしはお財布から更に100円取り出して投入口へ入れると、おみくじが詰まっている箱の中へと手を突っ込み、適当にかき混ぜた後で一枚抜き取った。
「…ありゃ?」
 早速開いて中身を見てみると、そこには今まで見た事が無い、”大吉”の文字が。
「あ、みゆちゃんすご〜い♪良かったねぇ♪」
「う、うん…」
 すげぇ。早速お守り効果ですか??
 それとも…。
「見て見て♪私もこれで12年連続で大吉〜♪」
「…………」
(…まさか、柚奈が側にいるから、わたしにも運の補正効果が掛かってる??)
 いや、それは無い…と思いたいけどね。
 ともあれ、早速詳細を見てみると…。

・願事:他人にさまたげられることがあります。
・待人:来ますが、遅くなります。
・失物:ひくいところから出るでしょう。
・旅行:止めた方がいいでしょう。
・商売:急に下がることがあります。
・学問:安心して勉強しなさい。
・方向:どこの方向もよいでしょう。
・争事:理由はあっても負ける様です。
・恋愛:思いやりを大切に。
・転居:よくないです。止めることです。
・出産:支障はありません。安心しなさい。
・病気:疑うは禁、信心第一。
・縁談:他人の妨げあれど末長く思えば心の通りになります。

「…う〜ん…」
 何だかいつもと変わらない様な…いや、むしろ大吉の癖にあんまりいい部分が無い??
 争い事なんて、負けるって出てるし…。
「どうだった、みゆちゃん?」
「ん〜、まぁ世の中、こんなもんかなーって…」
 今までは、さぞかし大吉は人生、何をやってもうまく行きます、イケイケGOGO!みたいな事が書いてあるのかと憧れていたけど、人生はそんなに甘くないって事ね。
 …ちょっと、この場を離れるのを厳しく禁止していたり、争い事に負けると断定されてるのは狙いすまされている様で気に食わないけど。
「みゆちゃん、私の結果を見てみる?」
「別にいいわよ、興味ないし…って、ああそうだ1つだけ。争事の結果だけ教えて?」
「ん〜と、争事:”はじめはうまく行きませんがあとで勝ちます。”…だって」
「…………」
 ううっ、負けるもんか…っっ。

「それにしても、やっぱりいつ見ても御影さんって巫女袴が似合うよね〜?正に、巫女さんになる為に生まれてきた様な感じ」
 やがておみくじも引き終わり、続いて木に結び付ける為に境内を離れた後で柚奈がそう切り出すと、良い物を見せてもらいましたとばかりに参拝客の応対をしている御影さんの方を拝む。
「うん…自分には縁が無いって嘆いていたけど、彼氏がいないってのは信じられないよね?」
 ああいう古風な大和撫子なお嬢様は、未だとむしろ垂涎の的じゃないのかなぁ…。
 …まったく、うちの学校は美人のお嬢様が多すぎる。まぁ何故か、そういうのに限ってアクも強いみたいだけど。
「あはは。実はあんな事言ってるけど、本当は御影さん、彼氏なんて欲しがってないから」
 そんなわたしの台詞に、苦笑いを見せながらそう告げる柚奈。
「ありゃ、そーなの?」
「うん。静かな時間を過ごすのが好きな人だから。占いを頼んでる時以外はクラスでも1人でいることが多いでしょ?でも別に嫌われてるとかじゃなくて、単にそうするのが好きなだけだから、みんなそっとしてるの」
「…ふ〜ん。それじゃ、さっきの台詞は言ってみただけって事?」
 ある種の社交辞令とでも言うか。
「まぁ、もし御影さんの恋人に立候補するなら、一緒にいるのは一日2時間だけ…みたいな制限を飲める人じゃないとね?」
「そりゃまた、淡白な事で…」
 そもそも、そういう関係を恋人同士って言えるのかな??
「そう言えば、みゆちゃんはどうなの?」
「わたし?」
「みゆちゃんも、実は1人でいる時間が好きなのかなって」
 そう言って、上目遣いで遠慮がちな目を向けてくる柚奈。
「ん?いきなり何よ?」
「だって、みゆちゃんも自分から何がしたいって言って来た事ないし…」
「あ〜、そう言えばそうだったっけ?」
 そこで指摘されて思い返してみると、確かにわたしの方から、柚奈へお誘いをかけた事は今まで無かった気もする。
 …ああ、これでも一応気は使ってたんだ。
「でも、わたしが何かしたいって思う前に、あんたに振り回されてるってのが正解だしねぇ」
 まぁ、ゲームが好きなわたしにとっては、1人の時間も好きと言えば好きなんだけど、とりあえずそれは置いておくとして。
「やっぱり、迷惑?」
「6:4位で、4が迷惑って所かしら」
「…微妙だね」
「上回ってる分、マシだと思いなさい」
 本当は、もうちょっと色を付けてあげてもいいのかもしれないけど、まぁ、こいつは甘やかすとすぐにつけ上がるし。
「ちなみに、絵里子ちゃん相手だと、どの位?」
「ん〜。まぁ、似た様なもんかしらね」
 どちらも共通しているのは、退屈はしない代わりに、ひたすら疲れるって事で。
「むぅ…わたし、がんばるよ」
「むしろ、頑張ってくれない方がありがたい気はするんだけど…」
 少しは引く事を覚えてくれた方が、個人的には好感度アップなんですけどね、わたし的には。
 …ただまぁ、芽衣子さんとか見ていたら、桜庭家の家訓(帝王学?)は「ひたすら攻めて、相手が屈服するまで押し通せ」って感じなので、あまり期待はしてませんが。
 まぁ、それはともかくとして…。
「やっぱり、括り付けるなら高い方がいいのかな?」
「そう言えば、大吉なら取っておく人も多いって聞いたけど、いいの?」
「…確かに大吉だけど、内訳があんまり良くないから、いい」
 どう見ても、わたしにとっては大事に仕舞っておくべき内容じゃないし。
 むしろ、呪いのアイテムっぽいというか。
「んじゃ、一緒に結んでおいてあげようか?」
「うん、頼むわ」
 そこで、自分より10センチ近く身長が高い柚奈からの申し出に、わたしは素直に頷き、自分のおみくじを渡したものの…。
「…ちょっと待て、どうして2つを一緒にしてんのよっっ?」
 すると何のつもりか、自分のおみくじとわたしのおみくじを合わせて1つにした後で、細く折り畳み始めた柚奈に待ったをかけるわたし。
「だって、1つだけだと風で吹き飛んでしまいそうじゃない?せっかくみゆちゃんの初めての大吉なんだし、こうして2人分を1つに合わせておけば、きっと来年まで落ちずに頑張ってくれてるよ♪」
 そう言って、「ねっ♪」と嬉しそうな笑みを浮かべる柚奈。
「…わたしらは、毛利家かっつーの」
 だったら、茜も呼んで三つ合わせなきゃならない気もするけど。
「それに、絵里子ちゃんとの約束を果たす私の意思表示にも丁度いいかなって」
「分かった、分かったから…いちいち抱きついてくるんじゃないっっ」
 やっぱり、今年も柚奈にベタベタされる1年になるのは間違い無さそうだった。

「さーて、んじゃお参りも無事終わったし、帰ろっか?」
「え〜?深夜の初詣とくれば、まだもう1つイベントが残ってるじゃない?」
 やがて、おみくじの結びつけも無事に(?)終わり、何だか無駄にカロリーを消費してしまった疲労感と共にそう告げるわたしに、柚奈が待ったをかけてきた。
「もう1つ?」
 そんな思わせぶりな響きに、自分の第六感が嫌な予感を告げる。
「実はね。この御影神社から、初日の出が見られるんだよ?」
「初日の出??」
 …って言うとアレ?今年最初のお日様を出迎えるっていう…。
「うん。みゆちゃん見た事無い?」
「むしろ、そんな時間は初夢を見ている真っ最中よ」
 そもそも、早起きが苦手なわたしには、最も縁が無いイベントの1つと言えるかもね。
「なら、ちょうど良かった♪せっかくだから、一緒に見ていこうよ♪」
 しかし、そんなわたしの内心に対して、名案とばかりにわたしの手を取る柚奈。
「え〜〜っ、やだよ…」
 誰が好き好んで、眠いのにそんな奇特な事を…。
「だって、これも初詣に御影神社を選んだ理由の1つなんだもん」
「…………」
 もしかして新年早々、わたしはまた柚奈に上手くハメられてしまいましたか?
「…なるほど。参拝者が思ったより多いのは、そういう事なのね」
 そんな柚奈の台詞を受けて辺りを見回すと、確かに他のお参りが終わった人達が、帰ろうとせずにベンチなどへ座り込んでる姿が目立っている事に気付く。
「やっぱり、初詣と初日の出はセットが基本だよね?」
「へいへい、左様ですかい…」
 そして、わたしは諦めの意思表示を示す溜息を大きく吐いた。
 まぁ実際、そんなの知った事かとばかりに1人で帰ってもいいんだけど、それも何だか尻尾を巻いた負け犬の様な敗北感を感じさせて、わたしのプライドが許さなかったし。
 …それに、一応柚奈とは一種の鬼ごっこをしている最中だって思ってるのも確かだし…ね。

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