れるお姫様とエトランジェ Phase-sp1 その2


Phase-sp1:『一番大切なひと』

sp1-5:退屈の定義。

「…でも、初日の出を見るのはいいけど、まだ時間があるのよねぇ」
 その後、地平線の向こうから初日の出が見えそうな位置にある長いすに2人並んで座り込んだまま、わたしはぼんやりと呟く。流石はこの町で一番高い場所だけあって、街並みだけでなく、その先に広がる海まで一望出来ていた。
 携帯を取り出すのが億劫なので、柚奈が左手に着けている高そうな腕時計で時刻を確認すると、現在は午前2時半を回った辺り。
 今年の初日の出がいつなのかは知らないけど、それでも早くて午前5〜6時って所だろうし、まだ当分時間があるんだけど。
「そうだねぇ…」
 しかし、これからどうやって時間を潰そうかと頭を悩ませているわたしに対して、柚奈の方はさほど問題にしていない様子で生返事を返してくる。
「あんたは全然気にしてなさそうね…?」
「んふ〜♪私はこうしてみゆちゃんの側にいられたら、それで満足だし」
 そう言って、触れ合っている自分の肩をわたしに摺り寄せてくる柚奈。
「ああ、そーですか…」
 ホントに、幸せな奴。
 それとも、好きな人がいるってのはそういう事なのかな…?
「…ったく、こんな事になるなら、DSでも持ってくれば良かったなぁ…」
 とは言え、わたしの方は手持ち無沙汰で仕方がないのは確かであって。
 一応、携帯電話でも遊ぼうと思えば遊べるんだけど、イマイチやる気が起きないんだよねぇ。
 やっぱり、電話のインターフェイスで操作をするのは無理があると思うのですよ、わたしは。
「もう、みゆちゃん…何だかゲーム中毒者みたいだよ?」
「そこまで言われる程やってないわよ…ふぁぁぁぁ…」
 全く心外な。
 …いやまぁ、確かに今眠いのも昨晩寝ないでゲームしていたからなんですけどね。
「むう〜っっ…」
「だったら、柚奈もやってみたら?結構ハマるかもよ?」
「ううん、私はいいよ…」
 そこでわたしはそんな台詞を向けてみるものの、柚奈からは殆ど即答で拒否の答えが返ってきてしまった。
 こういうパターンだと、わたしがやってるなら自分もやってみようかって展開になると思ったんだけど…。
「まぁ、全然興味が持てないなら仕方が無いけどさ」
 こればっかりは好き好きだしねぇ。
 むしろ、無理にわたしに合わせて嫌々始められる方が、よっぽど辛い。
「そうじゃなくて…どうして私がゲームしようとしないか分かる?」
 しかし、そんなわたしの思惑とは裏腹に、柚奈は横目でわたしを見ながらそう尋ねてくる。
 それはまるで、何だか非難している様にも見えた。
「あ〜?目が悪くなるのを心配してるから?」
「……はぁ。やっぱり分かってくれてない…」
 そして、特に深く考えないで返したわたしの台詞に、珍しく深い溜息を落とす柚奈。
「???何よ…?」
 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいっての。
「ん〜ん。今は何でもない。今はね…」
「…変な奴」
 まぁ、ここで今更口にしなくても、元々変な奴とは思ってたけど。
(さて、どうするかなぁ…)
 こうしてただ座っていると、どうも眠気が襲ってきて…。
「ふぁぁぁぁぁ…っっ」
 …ほら、言ってる側から欠伸が…。
 やっぱり、何か手を動かしてないと。
「ああそうだ、みんなに年賀メール送っておかなきゃならなかったんだ…」
 そこでふと思い出して折り畳み携帯を開いてみると、何件か新着メールが届いてた。
 …ええと、送ってきたのは絵里子と茜、綾香に…結構クラスメートからも来てるみたい。転校してからしばらくは、柚奈や茜以外とそんなにつるむ事は無かったけど、学園祭以来は他の子から声を掛けられる事も増えたから…かな?
 この辺は、綾香の所為というか、お陰と言うべきなのかはよく分からないけど、それより…。
「やれやれ…また絵里子に冷たいって言われそうね…」
 ともあれ、これでしばしの暇つぶし手段は出来た。
 出来れば、眠い時に細かい手作業はしたくないけど、こういうのは後回しにしても面倒くさくなるだけだし、ちょうどいい機会かもしれない。
 という訳で思い立ったが吉日、わたしは届いた順番に新年の挨拶メールを返信し始めていった。
「えっと、ついでに柚奈にも送っとこうか?」
「…私は、メールじゃなくてみゆちゃん直筆の年賀状が欲しいな?」
「え〜?面倒くさいってば…」
 今時、直筆の年賀状も無いでしょうに。
 そんな事してるのは、メールに馴染んでいない世代の人だけだと思うけど。
「だって、せっかくなら形に残るものがいいなって」
「形に残るもの…ねぇ…」
 まぁ確かに、今私が打ち込んでるメールは、所詮物理的には存在しないデータでしかない。
 葉書なら、大事に取っておけば思い出として残るかもしれないけど、携帯のメールだと、機種変更したりとかしたらもうそこで二度と開かれる事も無いだろうしねぇ。
 …なるほど、何でもかんでもお手軽にメールで済ませておくのも考え物なのかも。
「分かったわよ…んじゃ、お正月の間に書いて送ってあげるから」
 何だか大事なことを思い出させてくれた様な気がするお礼代わりに、わたしは茜への返信文を打ち込みながらそう告げてやった。
 確か、年賀状は毎年お母さんがまとめて買ってきているし、余りの一枚くらいはあるだろう。
「ありがと♪大事に取っておくからね?」
「…でも、懸賞が当たってたら返してよね?」
 まぁ、今まで記念切手すらかすった事が無いので、まず無いと思うけど。
「ん〜、その時は商品と同じ物を買って渡すよ」
 すると、そんなわたしの台詞に、あっさりとそう宣う柚奈。
「同じ物って…記念切手だったらどうすんのよ?」
「んふ♪今は非売品だろうが、簡単に手に入る時代だよ?」
「…さいです、か」
 軽いジョークのつもりだったけど、柚奈にはジョークになってなかったみたいね。
 まぁ、そんなに欲しいなら、それなりに気合い入れて書いてあげるけどさ。
「あ、あと…出来れば、みゆちゃんの振袖姿の写真つきだと嬉しいんだけどなぁ?」
「残念ながら、持ってないわよ。成人式の時には買ってもらえる約束だけどね」
 そこで調子に乗って新たなリクエストを向けてくる柚奈に、わたしは調子に乗るなとばかりの口調で、素っ気なく返してやる。
 …と言っても、持っていないのは本当の事で、普段からアクティブな格好を好むわたし自身、別に好んで着たいとは思っていない事から、和服の類は浴衣しか持っていなかった。
 それも子供用だから、今着られるかどうかはまったくもって怪しいし。
「え〜っ??振袖姿のみゆちゃんと姫始めするのが夢だったのに…」
「…誰がするか、この変態お嬢様がっっ」
 言うに事欠いて姫始め用ですか、おい。
「んじゃ、私が用意したら着てくれる?」
「先に、あんたの目的を知ってなきゃね?」
「むぅ〜っ、みゆちゃんのいじわる…」
「…そこで可愛く拗ねてもダメだから」
 まったくもう、この慢性発情娘は…。
 初詣を断固として断って眠らなくて良かったよ…。本当に何をされていたやら。
「でも、すぐに叶えてしまう夢ってのもつまんないよね?来年のお楽しみに取っておくのもいいかな」
「そんな夢、忘却の彼方へ捨てちゃいなさい」
 まさか、それだけの為に二人分の着物を用意する気じゃないでしょうね?
「そうだね…まだ踏むべきステップも残ってるし」
「…勝手に言ってなさいっての…まったく…」
 まぁ、そこまであんたの思い通りに事が進んだなら、大人しく観念してやるわよ。

 さて、それはともかくとして…。
「う〜っ…本格的にする事が無くなった…」
 やがて年賀メールの打ち込みが一通り終わり、再び訪れた手持ち無沙汰で退屈な時間に、わたしは恨めしそうに唸る。
 携帯を戻す前に時刻を確認すると、まだ午前4時を回ったあたり。柚奈との会話で脱線しまくりで無駄な時間がかかったというのに、それでもまだまだ先は長そうだった。
「そうだねぇ…」
 それに対して、こちらは2時間前と変わらない調子で相槌を打ってくる柚奈。単にそこへ座ってぼんやりと佇んでいるだけなのに、まるで自分だけは無縁と言わんばかりに。
「はぁ…もう一度上り下りするのめんどいけど、近くのコンビニまで行って飲み物と雑誌でも買ってこようかなぁ…」
 いっその事、何か新しいアプリでも落として遊んでもいいんだけど、既に半分スリープモードになっているわたしの頭が、ゲームに対応できなくなってきていた。
「もう…みゆちゃん、落ち着きが無さ過ぎ。まるで時間とモノに縛られてるみたいだよ?」
「だって、眠くなるんだよ…何もしてないと…」
 今だって、ちょっと黙り込んだままで油断していたら、意識が飛んでしまいそうだし。
「それじゃ、ちゃんと起きてないと、いきなりちゅ〜とかしちゃうからね?」
「あ〜、ほっぺたとかならいいよ、別に…」

ちゅっ

「…………」
 …言った側から、本当にしやがった。
 けど、いつもみたいに怒る気力が沸かないので放っておくけど。
「あやや、本当に眠いみたいだね?」
「ん〜、まぁね…」
 とりあえず、密着して腕を組まれたり、ほっぺたにちゅーされる位なら許せる程度でね。
 何か周囲で、ちらちらとこっち見てる人達もいるけど、まぁいいや。
「それじゃ、もっと刺激的な事してみる…?」
「調子にのんなっっ!!」
 しかし、そこでそ〜っとスカートの中へ潜り込ませようとしてきた柚奈の手をぺしっと叩くわたし。
「むぅ、残念…」
「うっさい。すぐ図に乗るんだから…」
 まったく、図々しいったらありゃしない。
「…でも、こういう事するのは、みゆちゃんにだけだよ?」
「それは、わたしにとっては迷惑な話ね…」
 そんな特別は、出来れば御遠慮したいんですが。
「なら、もっと別の形で証明して欲しい?」
「別の形?例えば?」
「離れて欲しいって以外のみゆちゃんの望む物なら、なんでも」
「…なんでも…ねぇ…」
 おそらく、その気になれば何だって手に入れる事が出来る、本物のお嬢様の柚奈がそう言うんだから、その意味はつまり…。
「…………」
「別に、こちらから求める証なんて無いわよ。今まで、わたしの方から柚奈の事が嫌いなんて言ったことも無いでしょ?」
 そこで、わたしは溜息混じりに素っ気なくそう告げてやる。人の絆を物やお金で換算するような今の台詞はちょっと気にくわないけど…まぁ、それだけ必死って事なのかな。
「…私としては、その証は欲しいなぁ…」
「証って…もう見せてあげてるじゃない?…こうして、眠いのにわざわざ初日の出に付き合ってあげてるんだからさ」
「むぅ…それはそうなんだけど…」
 それでもやっぱり不満があるのか、やや不服そうな顔で煮え切らない様な台詞を呟く柚奈。
 ああもう、眠気が限界まで来て、何もかにも面倒くさくなってるって時に…。
「…………」
 そっか。何もかも面倒くさいなら…。
「…いや、1つだけ証立てして欲しい事ができた…」
 そこでわたしはある事を思いつくと、独り言の様にそう呟いた。
 どの道、このまま明け方まで保ちそうにないっていうか、ちょっとでも考える事をやめたら、別の景色が浮んでいる様な状態だし…。
「え?」
「…このまま、1時間だけ静かに眠らせて。その間にヘンな事したら絶交…だから…ね…」
 そして、何とか最後の力を振り絞ってそれだけ告げると、わたしは意識が落ちる様な感覚に任せて、柚奈の方へと身体を預けていった。

sp1-6:本当に見たいのは…。

「みゆちゃん…みゆちゃん…?」
「ん…あ…?」
 それから次に目が覚めた時、わたしの顔のすぐ前には、微笑を浮かべた柚奈の顔があった。
 …いや、正確には、わたしの顔と柚奈の顔の間には何やら、ふくよかな2つの膨らみが視界を阻んでいるみたいだけど。
(ん、何だこりゃ…)
 続けて、わたしの後頭部に何か生暖かくも柔らかい物が当てられているのに気付き、正体を確かめようと手を伸ばしてみる。

さわさわっ

 それはやや厚めの生地に包まれた、柔らかくも適度な張りのある固まり。
 手触りは最高で、低反発枕よりも柔らかくて、弾力もある。野外の石造りのベンチなんて悪条件で、比較的ぐっすりと眠れた要因はこれかな…。
「やん…っ、もうみゆちゃん、いきなり大胆なんだからぁ」
「…………」
 もしかして…いや、もしかしなくても…。
「…わたしが寝ている間、ずっと膝枕してくれてたの?」
 いつもの様に驚いて飛び上がる気力が沸かないので、そのままぼんやりと頭を預けたままで尋ねるわたし。
「だってみゆちゃん、わたしの方に倒れこんできたじゃない?」
「ああ、そうだったっけ…?」
「だから、私に膝枕して欲しいのかなって♪」
「…別に、そういうつもりでも無かったんだけど…」
 と言うか、たまたま意識が落ちるのに任せた先がそこだったというだけの話ではあった。
「ほらほら、みゆちゃんよだれ」
「え?あ…うん…」
 そこで柚奈から指摘されて、わたしは自分の腕でごしごしと、口元に零れていたよだれを拭う。
「もう、みゆちゃん女の子なのにはしたないよ?ハンカチなら出してあげたのに」
「今更いーわよ別に。そもそも、花も恥らう乙女が涎を垂らせながら眠ってたって時点で…」
 …ん、ちょっと待てよ。
「…もしかして、ずっと寝顔を見てた?」
「んふふ♪とっても可愛かったよ?」
 そこで顔を強張らせながら恐る恐る尋ねるわたしに、柚奈は「ごちそうさま」と言わんばかりの満面の笑みを見せた。
「う〜〜っっ…」
 しまった。自分で言っておいてアレだけど、確かにそっちの方が大失態である。
「まぁまぁ、これでもみゆちゃんとの約束を守って、思わず抱きしめたり、ちゅーしてしまいたくなるのを頑張って耐えたんだよ?」
「…ああ、そりゃよく頑張ってくれたわね」
 実際、本当に何もしていないのかどうか怪しいけど、確かにさっきよりは気分が楽になったし、これ以上は追求しないでおくか。
「んで、今何時だっけ…?」
「はい」
 そこで自分の携帯に手を伸ばそうとする前に、自分の左手を差し出した柚奈の腕時計から時刻を確認すると、午前6時15分過ぎだった。
「ありゃ、もうこんな時間なのね…」
 1時間だけ眠らせてくれと言ったけど、どうやら2時間以上も眠らせてくれていたらしい。
「本当は、みゆちゃんの目が覚めるまで待ってあげたかったんだけど、日の出がもうすぐらしいから」
「…まぁね。ここまで来て見逃しましたってのは虚しすぎるし」
 わたしは苦笑いを浮かべると、ようやく柚奈の膝から身体を起こして手足を伸ばした。
「ふぁぁぁ〜っ…もうすっかりと明るくなっていたのね…」
 そして、欠伸混じりにきょろきょろと周囲を見回した後で、空へと向かって呟くわたし。
「あはは。もう午後6時を過ぎてるんだから、夜中というよりは早朝の時間というべきかな?」
「…まぁね」
 寝ている間に乳白色に変わった空からは星々が殆ど見えなくなり、海の向こうは日の出を予告するオレンジ色のグラデーションがうっすらと滲み出ていた。
「ちなみに、ここから見える日の出は推定で午前6時40分頃なんだって。地方によったら、もうとっくに昇ってるはずだけど」
「何だか不思議よね。同じ日本なのに、立ってる場所で違うなんてさ」
「ん〜と、どうして違うかと言うとね…」
「別に解説してくれなくてもいいってば…まだ脳みそは半分寝ているから、考え事とかしたくないし」
 仮眠を取って楽になったと言ったところで、必要な量にはまだまだ全然足りない。
 相変らず全身を包む気だるさも抜けてはおらず、仮眠を取ったから晴れて通常通りとは言い難かった。その気になれば、いつでも二度寝出来る自信はあるし。
(やれやれ…こりゃ、今年の元旦は寝正月で確定かな)
 まぁ、いーけどね。初詣も済んだから、他の用事もないし。お年玉を求めて親戚周りしていたのも、今は昔の物語である。
「とにかく、このままもう少しだけ待ってれば見られる事は確かなんだし、それで構わないわよ」
「そうだね…あと少しだけなんだよね…」
「…だから、大人しく待ってなさいっての」
 そう告げると、わたしは性懲りも無く伸びて来た柚奈の手をぺしっと叩き返した。
「むぅ〜っ、みゆちゃんさっき私の太もも触ったのに…」
「普段から受けてるあんたのセクハラを考えたら、相殺したってお釣りがくるでしょ?」
「…むぅ〜っっ…」
 そして、話は終わりとばかりに顔を日の出の方向へ向けてやると、柚奈はもう一度だけ不服そうに唸った後で、伸ばした手を元の膝の上へと戻していく。
 …しかし…。
「…………」
「…………」
「…………」
「…あのさぁ、柚奈?」
「なーに?みゆちゃん」
「一応確認しておくけど、わたし達、初日の出を見に来てるんだよね?」
 お参りが終わってから待ち時間が長かったので、まさかそんな根本的な事を忘れてるって事は無いと思うけど…。
「ん〜、そうだけど?」
「それじゃ、いい加減に日の出の方を向きなさいってば…」
 それでも、やっぱり確認せずにはいられない。
 …何故なら、こいつはこの場所に腰掛けてからこっち、おそらく仮眠を取らせてもらっていた間も含めて、ずっとこちらの方を向いて、わたしの顔を眺めているんだから。
「だって、初日の出なんかより、みゆちゃんの横顔を眺めてる方がいいし♪」
「そんな事言っちゃったら、眠いのに頑張ってここで待ってた意味が無くなるでしょーが?」
 ここまで来て全部台無しですか、おい。
「もう、分かってないなぁ。こうやって身を寄せ合って、一緒に初日の出を待つっていう事そのものが幸せなんじゃない〜♪」
 しかし、そんなわたしの台詞に、幸せそうな顔でそう告げる柚奈。
「…別に、身を寄せ合ってる覚えは無いんだけど…」
 まぁ、中途半端に残っている眠気と疲労で身体の力もすっかりと抜けてしまい、実質そうなっているのは否めない所ではあるんだけど。
 それと、確かにこうしていた方が、寒さも凌ぎやすいし。
「と言うかさ、わたしは半分寝てたけど…柚奈は退屈じゃなかった?」
 わたしの知る限りでは、膝枕以外ではホントにただわたしの隣に座っていただけだった様な気がするんだけど。
「ううん…むしろ、夜が明けてしまうのが残念だったよ…出来れば、ずっとこのままでいられたらいいのにって…」
「物好きだねぇ…ふぁぁぁぁ〜っ…ねむ…」
 わたしの方は途中で眠ったりしなければ、果たして耐えられたかどうか…。
 ほら、退屈に勝る苦痛は無いって誰かが言ってた気がするし。
「いつか、みゆちゃんも分かる時がくる…といいんだけどね…」
「ん〜。わたしはやっぱり、退屈な時間は苦痛だよ…」
 もし来年もまた来るというのならば、ちゃんと事前準備はしておかないとね。
 この神社に、Wi-Fiスポットでも置いてくれないかな?
「…それは私だって同じだよ。もし他の人が一緒だったら」
「それが茜でも?」
「……。みゆちゃんはどう?隣にいるのが、私じゃなくて絵里子ちゃんだったら…」
 そこで、何やらむず痒い様な展開になりそうだったので、少し意地悪な質問を向けてはぐらかそうとするわたしだけど、逆に意地悪な質問を返されてしまった。
「…絵里子ねぇ…あいつだったら…わたしより先に寝てるか、何か暇つぶし手段を考えろって喧嘩してたと思うけどね」
 どちらかが眠り込んでも、すぐに悪戯して起こしたりと、とりあえず退屈はしなかったと思う。
 …思うけど。
「そう…なんだ…」
「ただ、あんたが隣にいた方が居心地は良かったとは思うわよ、多分。…それでいいでしょ?」
 一応、ちゃんと約束は守ったんだし…ね。
「…うんっ」
 そして柚奈が満面の笑みを浮かべた時、その横顔を眩しい光が射し込んでくる。
「あ……」
 そこで慌てて視線を戻すと、わたしの目の前で、地平線の向こうから、ゆっくりとオレンジ色に輝く陽光が昇って行く光景が広がっていた。
「お〜っ、来た来たっっ」
「あ、はっぴにゅーいや〜♪」
 それに合わせて、わたし達と同じく残っていた他の参拝客からも歓声があがり、にわかに周囲が騒がしくなっていく。
「へぇ〜っ、日の出を直接見たのは初めてだったけど…綺麗じゃない」
 ここからの場所だと、昇ってきたお日様は決して大きくは見えないものの、それでも何やら神聖で神秘的な感慨を与えるこの光景は、わたしの心を捉えるには充分だった。
(うあっ、そう言えばお母さんのデジカメを持ってきておくんだった…)
 そんな中、普段からデジカメを自分のポーチに入れておく癖をつけていれば良かったと、ふと後悔してしまうわたし。一応自分の携帯にもカメラは付いてるけど、無いよりマシって程度でしかないし、何より今更ポケットから慌てて取り出して準備する気力も沸いてこない。
(…まぁせっかくだし、ここはちゃんと目に焼き付けておく方がいいかな…?)
 物理的な記録ばかりに囚われても、手段と目的がごっちゃになっちゃいそうだしね。
 心の感動が色褪せた時は、また来ればいいだけの話。
「…………」
「…………」
「…………」
 さて、それはともかくとして…。
「…あのさ、柚奈?」
 それから暫く日の出に目を奪われていたわたしは、顔を地平線の方へと向けたまま、相変わらずわたしの隣りに張り付いている相方へと会話を切り出す。
「なーに、みゆちゃん?」
「今…遙か先の海の向こうから、今年初めてのお日様が昇ってるんだけど…」
「綺麗だよね〜?」
「綺麗って…」
 …だから、日の出の方を向いて言いなさいっての。
(ホントに、何をしに来たんだろう、こいつは…)
「幸せだね…みゆちゃん…」
「あ〜、はいはい。そうでございますねぇ…」
 お陰で、新年の初笑いは苦笑いになってしまったわたしだった。

sp1-7:それじゃ、今年もよろしく。

「それじゃね、みゆちゃん。今日はここでお別れ」
 やがて初日の出が昇るのを見届けた後、ようやく帰路に就こうと駅まで戻った所で、不意に今まで(勝手に)絡ませていた手を解き、くるりと自慢の長い黒髪を棚引かせながら踊る様に一回転した後でそう告げてくる柚奈。
「あれ、今から帰るの?うちに帰って一眠りしてった方がいいんじゃない?」
 確かに目的は果たしたのかもしれないけど、ここから柚奈の家へ戻るのと、わたしの家へ戻るのでは比べ物にならない程の距離の差があるというのに。
 しかも電車も乗り継がなきゃならないし、徹夜して疲れきってる状態で無理に戻ってたら、途中で眠り込んで乗り過ごしてしまう危険も高い。
 …それに、いくらなんでも、こんな時間から帰れと追い出すほど薄情者じゃないぞ、わたしは。
「ううん…今日は朝の8時までに帰らないといけないから。今から戻ってギリギリって所かな」
 しかしそんなわたしの台詞に、柚奈は首を振りながらそう告げてくる。
「え?」
「本当はね、元旦の今日から5日間は家の事が忙しくて、みゆちゃんに会えないの。だからせめて、初詣は一緒に行きたいなって…」
 そしてそう続けると、差し込む朝日を背景にして、寂しそうな笑みを浮かべる柚奈。
(ああ、そういう事なんだ…)
 それで、今晩は寝られないのを覚悟で無理してやってきたって訳ね。
 縁結びの神社とか初日の出とか、そんなの本当はどうでも良くて、ただ単にこれからしばらく会えない分まで、今のうちに一緒にいたいって…。
「…………」
(まったく、こいつはもう…)
 …最初からそう言っておけば、もう少しは優しくしてあげたのに。
「そりゃまた、忙しないというか…お嬢様ってのも大変ね?」
「あはは、まぁ仕方がないよね…本当は一緒に私が作ったおせち料理でもつつきながら、のんびり過ごしたかったのに」
「だったら、柚奈の分までわたしがのんびりしていてあげるわよ」
 貰ったおせちだって、帰ったら美味しく頂くし。
「むぅ〜っ、みゆちゃんのいけずぅ…」
「まぁまぁ…それじゃ、次は6日の土曜日って事?」
「うん。だから、冬休みの宿題の質問コーナーはこの週末かな?」
「…ふ〜ん…」
 週末と聞くと、ちょっと長く感じてしまうわね…。
「寂しい?」
「……。…まぁ、ちょっとだけ退屈するかなって感じ…」
 本来なら、ここでいつもの様に突っぱねてやる所だけど、今日はサービスしといてやるか。
 わたしは沸いてきた照れを隠す様に出来る限り素っ気なく、精一杯の言葉を向けてやる。
「…ありがと♪」
「ん…っ?!」
 しかし、それが油断大敵。
 次の瞬間、視線を逸らせた不意を突かれて、わたしは柚奈に唇を奪われていた。
「ゆ、柚奈…っっ」
「…今年もよろしくね、みゆちゃん♪というか、今年こそ絶対に落としちゃうから♪」
「ああそう…出来るモノならやってみなさいって」
 そして、唇を離した後でそう宣言する柚奈に対して、わたしは赤らんできた顔をそのままに、正面から受けて立ってやった。
(往来でも構わずの宣戦布告、上等じゃないのよ)
 万が一陥落する様な事があったら、その時は好きにするがいいわ。
「んふふ、楽しみだねぇ〜?」
…ふん、吠え面かいても知らないから

 さーて、来年の今頃は一体どうなってる事やら…ね?

*******おわり*******

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