れるお姫様とエトランジェ Phase-sp2 その1


Phase-sp2:『サプライズ@クリスマス』

sp2-1:サンタさんの存在意義。

「真っ赤なおっはっなっのートナカイさんが〜♪ふふふんふんふんふん〜♪」
「んふっ。もうすぐクリスマスだねぇ、みゆちゃん?」
「…そうねぇ」
 昼食も終えて、そろそろ午後の授業の始まりを告げる予鈴が鳴ろうかという昼休み時、教室で小躍りしながら浮かれまくる柚奈に、わたしは席に座ったまま生返事を返す。
「楽しみだなぁ。今年はみゆちゃんと初めてのイブだし♪」
「え、あたしは数に入ってないの?」
「あはは、御愁傷様……」
 そして、同じくすぐ側の席に座って会話に参加しているというのに、全く眼中に入ってなさそうな柚奈の呟きを聞いて、「そりゃないでしょ?」と言わんばかりのツッコミを入れる茜へ、気のない苦笑いを返してやるわたし。
 自分で言うのも何だけど、このヘンタイお嬢様の今の頭の中は、良からぬ妄想で一杯なんだろう。
(ううっ、想像しただけで寒気が…)
 一応、ケーキとシャンメリーで普通に過ごすだけっていうなら、別に付き合ってやらなくもないんだけど、お腹を空かせた虎がウサギを目の前にして何もしないって位にあり得ない話である。
 いや、それ以前に…。
「ううん、25日は去年みたいにまたみんなで集まってパーティするとして、でもイヴの夜はみゆちゃんと二人きりがいいなぁって♪」
「…だってさ、みゆ?よかったわね」
「勝手に決めないでよ。ったく…」
 こちとら、そんな先の話をしている余裕そのものが無いってのに。
「ぐふふふふ、楽しみ〜♪…あ、でも24日の夜はサンタさんが来てくれるから、それまでは静かに待っていないとね?」
「はぁ?柚奈、あんたまだサンタさんとか信じてるの?」
 それはまた、女子高生にもなってというか、今時ピュアな娘なことで。
「え〜?サンタクロースはちゃんと実在するんだよ?グリーンランドに国際サンタクロース協会があって、今は180人くらいの公認サンタさんがいるんだから」
「へぇ、そうなんだ…。んじゃ、その人達が現代に生きる本物のサンタさんって事?」
 つまり、空を飛ぶトナカイとかはいないとしても、そのサンタクロース協会とやらに登録された公式のサンタさん達は、現実の環境に合わせてプレゼントを配ったりはしてるワケですか。
「うんうん。しかも、その中には日本人のサンタさんもいるらしいよ?」
「ふぅん……」
 まぁ、だからってわたしにはおそらく関係の無い話ではあるんだろうけど。。
 全世界で180人って規模を考えたら、たとえ本物が実在しようと、そのサンタさんからプレゼントを受け取れる確立なんて、宝くじが当たるのと大差ない様な気がするし。
 いずれにしても、今はそれよりも明日に向けてのヤマが当るかどうかの方が、わたしにとっては遥かに重要だった。
(ええと、これってやっぱり出るよね…?)
「…むぅ。今日のみゆちゃん、何だかテンション低い…」
「当たり前でしょ。明日から何を控えてると思ってるのよ?」
 それから、素っ気無い反応を続けられて不満げにぼやく柚奈に、わたしは開いた数学の教科書を持ったまま、呆れた溜息を向けてやる。
 何せ、明日からは期末テストだというのに、既にその先のクリスマスを控えて能天気に浮かれている生徒なんて、このお嬢様位のものだろう。
 …しかも、この浮かれ娘が学年トップの最有力候補というのも、余計に何だかなーって気持ちにさせられたりして。
「だって、今更じたばたしても仕方がないじゃない〜?所詮は、日頃の積み重ねだよ?」
「うぐ…っ、あんた、今物凄い数の生徒を敵に回したわよ?」
 現に、聞こえていたクラスメートの肩が一斉にびくっと反応した様な。
「ん〜。そう言われても…」
「…ええい、正論過ぎてわたしに反論の余地が無いってくらいは分かってるわよ。でも、今はちょっと話に乗ってやる余裕が無いから、続きはテストが終わってからね?」
 そもそも、晴れやかな気分でクリスマスパーティをやれるかどうかは、目の前の試験結果にかかっているワケで。
「むぅ…まぁいっか。んじゃ、ちょっとお手洗いに行ってくるね?」
「はいはい、いちいち報告しなくてもいいわよ」
「…えっと、付いてきてはくれないのかな?」
「そんな余裕もない位に、今は精神的に追い込まれてるから、また今度ね」
「ちぇ〜っ、何だか無性にみゆちゃんとちゅーしたい気分だったのに…」
「おだまり、このヘンタイ娘っ」
 だから、普段からでもホイホイと付いていく気がなかなか起きないんだってば。

「……ったく、もう」
「あはは、柚奈は寂しいのよ。ここ最近はあまりみゆに構ってもらえてないから」
「普段は仲のいい親友でも、学業面だと世界が違うんだから、しゃーないでしょ?…というか、一緒に遊んでいる時間は基本的に同じなのに、どうしてこうも差がつくのかしらん?」
 やっぱり、天才肌ってのは脳みその構造からして違うのかな?
「そりゃまぁ、遊んで帰った後の過ごし方の違いじゃない?」
「愚問だったわね、うん……」
 心当たりがありすぎて耳が痛いです、ええ。
「…ところでさ、みゆはいつまでサンタさんからプレゼント貰ってた?」
「ああ、おとうサンタさんなら、多分中学に上がる頃までかな?まぁ、その後も親からとして普通に貰ってるけど」
 ともあれ、やがて教室を出て行った柚奈の後ろ姿が見えなくなった所で、ふと茜が先ほどの話の続きを切り出してきたのを受けて、わたしは教科書を閉じながら思い出していく。
 やっぱり、会話しながらの試験勉強は全く身が入らないというか、無理があるみたいだった。
「まぁ大体で言えば、みんなそんなものかな?」
「んで、なんでそういう話をわざわざ?」
「柚奈はさ、経験無いんだって。かなり早くにお父さんを亡くしているから」
 それから、続けて質問の意図を尋ねるわたしに、柚奈が出た教室の出入り口を見つめながらそう告げてくる茜。
 ついでに、と言ったらなんだけど、その”王子様”と呼ばれる位に凛々しい顔立ちを持つ茜の目が、どこか憂いを帯びていたのはわたしの目にも明らかだった。
(茜……)
「…そっか。んじゃ、おとうサンタさんからプレゼントを貰ってないんだ?」
「勿論、おかあサンタもね。そんなヒマがありそうな人じゃないってのは知ってるでしょ?」
「んじゃ、メイド長の芹沢サンタさんって辺り?」
 一応、芹沢さんは小百合さんの養子だから、柚奈とは姉妹扱いってのは聞いたけど、年が離れているのもあって、養育係みたいな役割も担っていたみたいだし。
「ううん。そうじゃなくて、何で柚奈があんなにサンタクロースのコトに詳しいと思う?」
「えっと、もしかして柚奈がさっき話してた、本物のサンタさんでも呼んでるとか?」
「らしいわよ?一緒に撮った子供の頃の記念写真を見せてもらった事あるけど、海外から恰幅のいいヒゲのお爺さんをわざわざね」
「おお、やっぱりそうだったの?」
 そこは、桜庭家のお金持ちパワーって所かしらん?
 まぁ、あまり滅多なコト言ってると怒られそうだけど。
「…でもさ、こういうイベントって、実際は渡す相手が本物かどうかってのは関係無いと思うのよね」
「まぁねぇ。子供の頃のプレゼントなんて、他人の本物よりは、偽物だと分かっていも家族からの方が嬉しいんだろうし」
 いやまぁ、公認のサンタさんが本当にいるのなら、一度は会ってみたい気もするけど。
「もしくは、自分の好きな人からとか…ね?」
「ふぇ?」
 しかし、そこで続けてなにやら思わせぶりな言葉をぼそりと続けてくる茜に、適当に相槌を打っていたわたしは、目をぱちくりとさせられてしまう。
「…ね、みゆ?モノは相談なんだけどさ、ちょっと話に乗ってみない?」
「んん?」
 それから茜はそう続けると、わたしの耳元に口を付けて、ナイショ話を始めてきた。
「…………」
「…………」
「ふむ……」
「…どう?柚奈の驚く顔、見てみたくない?」
「うんまぁ、悪くはないわね……」
 今までこういう事をやった経験は無いけど、なかなか面白いサプライズかも。
「んじゃ、そういうコトで。下準備はあたしがしておくから、とりあえずみゆは当日の予定を空けといてくれる?終業式が終わった午後からでも、衣装とか持ってみゆの家にお邪魔するわ」
「へいへい。だけどその前に……」
「ん?」
「まずはお互い、明日からの試験を無事に乗り切りましょ?」
「…あはは、そーね」
 何はともあれ、まずはそこからである。

sp2-2:寒い日にはご用心?

「や〜、終わった終わった〜♪」
 それから一週間後、まだ無事かどうかは分からないものの、期末試験の全日程が終了した後に揃って校門を抜けた所で、茜が開放感で満たされた晴れやかな笑みと共に腕を伸ばした。
 時間帯はまだお昼前だけど、今日はこれから長くも楽しい放課後タイムである。
「…まぁ、終わったっていっても、まだ安心するには早いんだけどね」
 むしろ、明日からもしばらくは極度の緊張感と、その後に続く泣き笑いで精神的に疲労する日々が続くワケで。
「ちっちっちっ。今更、答案の出来を振り返った所でどうしようもないんだから、一旦は忘れましょ?」
「あはは、そーなんだけどさ…」
 だから、今更自信があるのかどうかも一切尋ねない。結果はすぐに返ってくるのだから、せめて試験が終わった日くらいは何もかも忘れて、独特の開放感を満喫する。
 それも、ある意味非優等生組のエチケットというか、暗黙の了解と言えるものなのかもしれない。
「んじゃ、今日は寄り道だね?」
「そうねぇ…せっかくだから、お昼でも食べて帰りますか」
 ちなみに、こうして普段は水泳部の練習で忙しい茜も含めて三人揃って下校するというのもまた、こういう日ならではのプチイベントでもあったりして。
「賛成。んじゃ、お鍋でも食べに行く?」
「学校帰りの女子高生が三人集まって、昼間から鍋を囲むってのもね…」
 光景を想像してみると何だかシュールな上に、予算オーバー気味でもあるし。
「え〜、グッドアイデアじゃない〜?お互いにあ〜んしたり、鍋をつっつきながらさり気なく手に触れてみたり、手が届かないからと密着してみたりして…んふっ♪」
「…はいはい。そういう妄想を口にしなきゃ、付き合ってあげてたかもね」
 まぁ、柚奈のこういう素直さは嫌いじゃないんだけどさ。
 時々騙し討ちみたいなのはあるけど、基本は正々堂々だし。
「ただ、どっちにしても今日はすごく寒いから、あったかいものってのは譲れないセンだけど」
「確かに、今週に入ってから一気に冷え込んだわね…う〜っ、寒い…っ」
 …と、最後まで言い終わらないうちに冷凍した様な風が正面から吹き付けてきたのを受けて、ぶるっと身を震わせるわたし。
 まぁ、12月も半ばから下旬に差しかかろうとしてるのだから、当たり前ではあるんだけど。
「やれやれ、朝連がつらくなる時期よねぇ…去年なんて新入りだったから、朝イチに来て部室を暖めておかなきゃならなかったし」
「朝連どころか、普通に起きるのもイヤになるわよ、わたしゃ…」
 寝ぼすけで寒がりなわたしにとっては、とてもじゃないけどこの時期の早起きなんて、拷問に等しい苦行だった。
「ふーん、なら私がみゆちゃんを優しく起こしに行ってあげよっか?」
「…いえ、結構だから」
 嫌な予感しかしない上に、この寒い中、片道で1時間以上は軽くかかる道のりを毎日通うつもりですか、あんたは。
「ところでみゆちゃん、唇が乾いてるよ〜?」
「あ、ホントだ…」
 ともあれ、それから会話も一段落した所で柚奈に不意打ちで指摘され、わたしは自分の唇に手を当ててみると、確かにカサカサになってしまっていた。
(やれやれ、何かと乾燥してくる季節が到来…か)
 まぁ、それでも定期的にやってくる気候の変わり目に文句を言ってもはじまらないワケで、わたしは溜息混じりにカバンからリップクリームを取り出そうとするものの…。
(あ、しまった……)
 今年は季節の変わり目が唐突過ぎて油断していた所為か、冬場はいつも仕込ませている目当てのモノが見当たらなかった。
「ねぇ柚奈、リップクリーム持ってない?」
「あるよ〜♪」
 そこで、仕方なく隣のお嬢様へ水を向けると、柚奈は待ってましたとばかりの笑みを浮かべながら、わたしが普段使っているのと同じ、ピンク色のスティックタイプのリップクリームを取り出してみせる。
「悪いけど、忘れちゃってるみたいだから、貸してくれない?」
「私は喜んで〜♪だけど、みゆちゃんはいいの?」
「あはは、この際、些細なコトは言いっこなしで」
 多分、柚奈の「いいの?」の意味は、間接キスになっちゃうって事だろうけど、まぁその位はね。
「うふふ〜。それじゃ、はい♪」
「ん。ありがと……」
 そして、わたしは柚奈が嬉しそうな顔でこちらへ差し出してきたブツを受け取ろうと、無防備に手を伸ばしたまではよかったものの…。

 がしっ

「え……?」
 しかし、その手がスティックに触れる直前、柚奈のもう片方の手に掴まれてしまうと、わたしはそのまま強い力で、身体ごと相手の胸元へぐいっと引き寄せられてしまった。
(しまった、ワナ……っ?!)
 今更気付いたところで、もう遅い。
 既にヘンタイお嬢様の両手は、わたしの頬をしっかりと固定していて…。
「〜〜〜〜っ?!」
 程なくしてわたしと柚奈の唇は重なり合い、そして彼女の柔らかい舌が乾いた唇をねっとりと湿らせていく。
「…………っ」
「…………」
「…んふっ♪ごちそーさま♪」
「あ・ん・た・ねぇぇぇぇっ」

 ごいんっ

「いたあ〜っ!何するのぉ〜っ?」
 それから、瞬間的に沸騰した衝動に任せてげんこつを振り下ろしたわたしに、両手で頭を押さえながら文句を返してくる柚奈。
「やかましいっ。抗議出来る立場かっっ」
 一応は、わたしの好感度パラメータがそれなりに高いからこの程度で済んだだけで、本来は訴えられたって文句は言えないっての。
「え〜?わざわざ私が『いいの?』って尋ねたんだから、どういう意味かは察してると思ったのに…。みゆちゃんってば、空気読めない〜」
「おだまり、このヘンタイセクハラ娘っ。勝手なコトばかり言ってると、もう一発いくわよ?」
 騙まし討ちで人の唇を奪っておいて、更に居直りとは図々しいにも程がある。
 やっぱり、ここは少しばかりお説教を…。
「…いや、今のは確かにみゆが悪いかな?」
 してやるつもりだったものの、しかしそこでもう一人の親友から入った横槍は、何故かわたしを咎めるものだった。
「えええええっ?!」
「うんうん。だって、今のは私にだって簡単に予想できたし」
「どう見ても、みゆって気付かないフリして誘ってるよねぇ〜?」
「あはは、桜庭さんGJ〜♪」
 そして更に、偶然近くを通りかかったクラスメート達が、口々に茜の意見に賛同していく。
「ち、ちょっ、どうしてそこでわたしに非がある様な流れに…?」
「さぁて。試しに自分の胸に手を当ててみたらいいんじゃない?それより…何なら今度はあたしが貸してあげようか?」
「け、結構です…っ」
 そう言って、今度はニヤリと獲物を見る様な視線を送ってくる茜に、慌てて身を庇う仕草を見せながらお断りを入れるわたし。
「やれやれ、何だかんだ言って柚奈以外の相手には断固として唇を許さないのね、みゆ?」
「あはっ♪やっぱり、私達ってちゃんと相思相愛なんだね〜♪」
「…いや、別に柚奈にも許可した覚えは無いんですけどね、わたしゃ…」
 むしろ、わたしが区別してるんじゃなくて、冗談半分の茜と、常にガチで狙ってきている柚奈の本気度の違いの様な気がするんだけど。
 ついでに、今もさりげなく抱きついてきてるし。
「やっぱり、基本は早い者勝ちか。…やれやれ」
 すると、何だか勝手に自己解釈した後で、茜は自虐気味に肩を竦めて見せる。
「ふぇ、何の話?」
「これも自分の胸に手を当ててみてと言いたいけど、まぁこっちのコト。…それより唇が潤ったなら、いい加減この場所から離れましょ?」
「ちょっと待った。いくらなんでも、さっきのじゃまたすぐに乾いてしまうわよ」
「んじゃ、そのたびに路ちゅーでもすれば…」
「いいわけあるかっっ。…柚奈、とりあえずさっきのは水に流してあげるから、今度は真面目に塗ってちょうだい」
「は〜い♪」
 ともあれ、このままじゃ話が進まないので、わたしは溜息混じりにそう告げると、柚奈の奴は今度こそ言われた通りに、手持ちのスティックの蓋を開けてリップクリームを塗り始めていく。
(まったく、もう…最初から素直にこうしていれば…)
 よかったのよね。
 自分で塗ろうと手を伸ばさずに、構いたがりのお嬢様に最初から任せておけば。
「…………」
 と、わたしも反省(?)しながらしばらく委ねてみるものの…。

ぬりぬり

「…………」

ぬりぬりぬり

「…………」

ぬりぬりぬりぬり

「…ちょっ、いくらなんでも念入りに塗りすぎじゃないの?」
 これじゃ、逆にベタベタすぎて気持ち悪いんですけど。
「だって、これで二人分なんだもん〜♪」
 そこで、わたしがツッコミを入れた後で柚奈はそう告げるや否や、スティックを放り投げて再びわたしに抱き付こうとしてくる。
「甘い…っ!」
 しかし、さすがに二度目の仕掛けは予測していたわたしは、咄嗟のタイミングで右側へ素早くサイドステップして避けると、そのままヘンタイお嬢様の手は空を切って、すぐ側にあった塀へと張り付いてしまった。
「う〜〜っ、みゆちゃんのいけずぅ……」
「ふふん。そうそう毎回不意打ちが成功するとは思わないコトね?」
 そして、壁に手を付いたまま恨めしそうに捨て台詞を吐く柚奈に、今度は完璧に回避成功した事で得意げに腕組みをしながら勝利宣言をするわたし。
「…ほほう?」

 ぴらっ

「きゃあっ?!…あっ、茜ぇっ?!」
 だけどそれも束の間、今度は茜から隙アリとばかりに後ろからスカートをまくられて、結局すぐに悲鳴をあげさせられてしまう。
「へぇ、フリルにウサギのバックプリント付きか。さっきまで試験中だったってのに、カワイイの穿いてるじゃない?」
「くっ、ここにも油断大敵なのが……っ」
 どうしてこの二人は見た目や能力面では申し分ないものを持ち合わせてるってのに、揃いも揃って変態なんだろう…?

sp2-3:見えない証。

「はい、みゆちゃんあーんして♪」
「あーん…って、こらこら、自分で勝手に食べるってば」
 予想通りというか基本に忠実というか、やっぱり隣で取り皿によそおってくれるだけじゃ済まなくて、そのまま箸で摘んだつくねを自然な流れでこちらの口元へと運んでくる柚奈に、一度は流されかけた後で苦笑い交じりにご遠慮申し上げるわたし。
「まぁまぁ、こういうのはお約束みたいなものだし、一回だけでも。ね、ね?」
「…しょうがないわねぇ。今回だけよ?」
 しかし、それでも食い下がる柚奈にわたしは仕方なく折れてやると、駄々っ子をあやす様に念を押した後で渋々と口を開けるものの…。
「んふっ♪ではあらためて…あ、でもその前にふーふーだね?ふーふだけに…なんちゃって〜」
「おだまり。いつからわたし達は夫婦になったのよ?」
「まぁまぁ、楽しい食事時に些細な突っ込みは言いっこナシだよ〜?」
「些細、なのかなぁ…?」
 自分の知らない間に結婚させられてるというのに。
「でも、確かに傍から見てると仲のいい夫婦というよりは、まだ結婚直前の周りが見えていないバカップルって感じだけど」
 すると、そこで寄り添う(というより、柚奈が勝手に密着してきてる)わたし達の向かいの席で、茜がウィンク交じりに感想を投げかけてくる。
「そんなコト言われても、カップルって呼ぶには、随分と一方的な気もしない、茜?」
「ん〜、そう思ってるのは、案外みゆだけかもよ?」
「え〜〜?」
「……ぽっ」
「こら、あんたも頬を赤らめて嬉しそうな顔しないの」
 確かに、少なくとも柚奈の方は否定しないんだから、わたしの主張の説得力も半分だろうけど。
「ま、運良く個室が空いてて、見てるのはあたしだけなんだし、好きな様にイチャついてくれても構わないわよ?」
「運良くというより、個室が空いてるお店をピンポイントで狙ったでしょ、絶対…」
「さぁね?でも、少なくともみゆよりは柚奈の方が付き合いが長いからねぇ」
「んふふ〜。ありがと茜ちゃん♪」
「さいです…か」
 …ともあれ、あれから普段の通学路の途中で下車して向かったショッピング街の中で食事する事になったのはいいものの、結局2:1の多数決により茜お勧めのお鍋屋さん行きが決定してしまった。
 一応、反対した後ですぐに代案を出せなかったのが悪いんだけど、呆れた様な口調でバカップル呼ばわりしてくる割に、茜は基本的に柚奈の味方なのだから、こうして三人揃った場合はわたしが不利なのは否めない所であって。
(ま、いいけどね…)
 ランチサービス中の時間帯でリーズナブルだし、確かに身体がすっかりと冷えた今は、お鍋が一番美味しいのも確かだし。
 それに…。
「でも、やっぱりみんなでお鍋っていいもんだよね〜?こうやって同じものをつついてると、何だか絆が深まってる感じがするし」
「大袈裟ねぇ。冬場は家でも結構食べるでしょ?」
「ううん、うちは家族揃って食事する機会が殆ど無いから、こうやって大きなお鍋が食卓に出てくるなんて事はまずないよ〜」
「柚奈……」
 本当に機会が少ないのは確かみたいで、嬉しそうに目を輝かせながらそんな事を言われてしまえば、まぁ鍋でよかったんじゃないかと言わざるを得ないというか。
 …だから、わたしも柚奈の求愛行動と称したセクハラにも慣れてきた頃だし、ついでにどさくさ紛れで太股をすりすりと撫でてくる位は見逃…。
「せるかぁぁぁぁぁっ!こらっ、なにやってんのよっっ」
 友情とセクハラの権利はやっぱり別。
 わたしは自己ツッコミの後で力任せに、太股へ触れる柚奈の手の甲をぎゅっと抓ってやった。
「いたたたたっ、もう、みゆちゃんの暴力嫁〜」
「おだまり。まったく、すぐ調子に乗るんだから、この変態は…」
 男だったらとっくに通報ものというか、女だから余計にタチが悪いっちゃ悪いのかもしれない。
「え〜?くっついてるんだから、触れちゃうのは当たり前じゃない〜?それにみゆちゃんだって、私を遠慮なく触ったり、まさぐったりしてもいいんだよ?」
「…ええい、さりげにエスカレートさせてんじゃないわよ。時と場所を弁えなさい」
「むぅ、これでも結構我慢してるのに…」
「どこがよ?」
「だって、みゆちゃんとこうして密着してるのに、ムラムラとしてこない方がおかしいんだよ。ほら、今だってもうこのまま抱きしめて、思いっきりぶちゅーしてしまいたい衝動が…っ」
 そして言い終わらないうちに、こちらへ体重を乗せてのしかかってくる柚奈。
「だ〜〜っ!言ってる側から押し倒してきてるじゃない…っ!」

 ごいんっ

「うう、痛い…DVだよ〜…」
「…いいから、真面目に食事しなさい、真面目に」
 ご飯を食べてる時にまでこんな事を言うのも言われるのも、おそらくこれが初めてだろうけど。
「それにしても、今日はいつもより輪をかけてアグレッシブじゃないの、柚奈?」
「えへへ、ここ最近は試験期間中だからって、みゆちゃんがあまり構ってくれなかったから…」
「そりゃ、悪かったわね。…でも、密着したのがムラムラの原因なら、向かいの席にでも座って離れればいいじゃないのよ?」
「論外のツッコミね」
「論外だよね〜」
「…ああ、そーですかい」
 まぁ、そう言われると思ったけど。

「んでさ、柚奈。一応幹事として確認しておくけど、とりあえず25日は今年も桜庭邸でOKなんでしょ?」
 やがて、会話も一段落してしばらくは黙々と鍋の中身を半分くらい消費した頃、茜が思い出した様に再び話を切り出してくる。
「うん♪栞ちゃんにはもう言ってあるから。大歓迎だよ〜」
「楽しみだなぁ。また今年も桜庭家のシェフが腕を振るってくれるの?」
「それと、今年は甘菜さんも参加だから、ブッシュ・ド・ノエルを作ってきてくれるって」
「ああそっか。今年は天才パティシエが後継者と認めた調理部の新部長も参戦なんだよね」
「へぇ。甘菜さん部長になったんだ…」
 学園祭の時は、うちのクラスが催したメイドカフェの料理長を務め、殆どプロレベルの腕前だとお客には絶賛、同業者には嫉妬を超えて顰蹙すら買ってたりもしてたけど、あれが評価されたのかな?
 普段は無口で大人しいコなのに、厨房に立っていた時は鬼の様だった…とは、調理係だった他のクラスメートの評だったけど。
「うんうん。綾香ちゃんが試しに誘ってみたら、是非にって。学園祭の時がきっかけで、仲良くなったみたい」
「学際のメイドカフェは綾香がプロデュースして大成功させたもんね。ついでに、あの時に看板娘をやって以来、みゆの人気も急上昇中だし」
「ふえ?そうなの…?」
 それから、いきなり話の矛先がこちらに向いて、お鍋からだし汁を掬おうとしていたわたしの手がぴたりと止まる。
 …いやまぁ、あれから何となくクラスメートに絡まれる機会も増えたような気はするけど。
「そうそう。私としては、みゆちゃんの魅力をみんなにも気付いてもらえるのは嬉しい様な、フクザツの様な…」
 そして、そんなわたしの反応の後で、ちらちらっと思わせぶりな視線を送りながらぼやいてくる柚奈。
「…いや、心配しなくても、あんたみたいに結婚を前提としたお付き合いをしましょうなんて言ってくる物好きは、多分他にいないから」
「うーん…そうかなぁ?でもやっぱりみゆちゃんといると無性に…」
「ええい、話をループさせるんじゃないっ」
 思わず手に持ったお玉でこつんとしてやりたくなったものの、それはさすがに柚奈の髪が悲惨な事になりそうなので、何とか直前で自重するわたし。
(ついでに、髪が汚れたら汚れたで、今度は一緒にお風呂に入って洗えとでも要求されそうだし…)
 油断も隙も無いというか、わたしの危機管理能力も大分極まってきたわね、まったく。
「それに、先の学祭の時にみゆの幼馴染みも登場してきたしね?随分と仲良さそうだったじゃない?」
「別に、絵里子とはそんなんじゃないってば。ったく…」
 ちょっと仲がいいってだけで、何でもそっち方面に結びつけるのはやめていただきたいんですが。
 …まぁ確かに、柚奈達と出逢ってからこっち、友情と愛情の区別がつきにくくなっているのは事実だけどさ。
「んじゃさ、みゆ。去年のクリスマスはどうやって過ごしてた?」
「ん〜。大体は絵里子の奴と一緒だったかしらん?」
「な……っ?!」
「…ほら、クリスマスにデートする仲なんじゃない」
「こらこら、妙な誘導尋問するんじゃないの。…というかさ、やっぱりみんなで集まってパーティしようかって話は毎年出るんだけど、意外と独り身の割合が少なくて集まりが悪かったのよ」
 その絵里子も、とうとうめでたく(?)彼氏持ちになったみたいだし。
 …あ、ちなみに名誉の為に言っておくと、別に絵里子しか友達がいなかったワケじゃないので。
「そ、それで絵里子ちゃんとどんなコトしてたの?」
「どんなって、適当に部屋を飾り付けて、鳥足とケーキ食べてシャンメリー飲みながら適当にグダグタとダベって、眠くなったらコタツで適当に寝オチって感じかな?」
「い、一緒に寝てた…っ?!」
「ああもう、いい加減うっとうしいっての。…そんな程度でいいなら、柚奈にも付き合ってあげるわよ」
 と、わたしは思わず溜息混じりに吐き捨ててしまうものの…。
「ホント?!それじゃ、イブの夜は私と……」
「…………」
「…あーいや、ごめん。そういえば24日の夜は予定が入ってたからパスね」
 しかし、そこで正面の茜から制止をかけるジェスチャーが送られてきたのを見て、少しの躊躇いを残しながらすぐに取り消すわたし。
 そうだった。つい勢いに流されたけど、今回は茜と秘密の約束をしていたのよね。
「ええ〜っ?!」
「友達も大切だけど、一応はうちもうちでお母さんとお祝いする事になってるの。25日はみんなで集まるんでしょ?だったら、イヴの夜の方を空けておかないと」
 一応は方便ながら、また今年もお父さんの方は帰ってこれないらしいから、独りぼっちのお母さんを置いて二日共全く家にいないってのは、それはそれでどうなのかって話なのも確かであって。
「でも……」
「柚奈、イヴの夜はサンタさんが来るんでしょ?みゆと不純な交遊をしてたら、悪い子だと認定されてもう来てくれなくなるかもよ?」
「別に、そんなのどうでもいいんだもん…」
 それから続けて茜もフォロー(?)を入れてくるものの、明らかに表情を落として拗ねた様に呟く柚奈。
「…やれやれ、あたしを含めて他のコ相手には殆ど自我を引っ込めている柚奈も、みゆにだけはワガママお嬢様になるんだから」
「…………」
(う〜っ、何だか心が痛い…)
 今の茜の言葉が正直効いたというか、柚奈の曇った顔を見ているうちに、わたしの胸がチクチクと痛みはじめてくる。
「だって、みゆちゃんは私にとってようやく出逢えた…」
「とにかく、みゆにもみゆの家庭の都合ってものがあるんだから。それに、いい子にしてたら素敵なプレゼントがもらえるかもよ?」
「もういいよ、茜ちゃん。サンタさんの話は…ふぅ…」
(柚奈……)
 正直、後でサプライズを用意しているとはいっても、一時的であろうと柚奈を悲しませるのは相当しんどい心地だった。
「だってさ、みゆ?」
「何でそこでわたしに振るのよ…まぁ、埋め合わせはしてあげるからさ」
「…それじゃ、この冬休みはいっぱい遊んでくれる?」
「あ、うん…その位なら…」
(でも、どうしてこんな気持ちになるんだろう…?)
 その一方で、考えたらこんな気持ちにさせられてしまう相手というのも、わたしにとっては多分柚奈だけであって。
「…………」
 まぁいいや。
 だったら尚更、きっちりと自分の役割を果たしてやらないと。

次のページへ   戻る