れるお姫様とエトランジェ Phase-sp2 その2


Phase-sp2:『サプライズ@クリスマス』

sp2-4:飛んで火にいるサンタクロース。

 わたし達にとってのサンタクロースとは、一体どんな存在なんだろう?
 サンタさんの起源そのものは、大昔の偉い司教様の慈善活動だそうだけど、そういうのはクリスマスを宗教的な行事として認識していないわたし達には、あまり関係の無い話であって。

 ちなみに、わたしが初めて毎年来てくれるサンタさんの正体に気付いたのは、小学4年生の時。
 クリスマスの夜に空飛ぶトナカイに乗って世界中の子供達へプレゼントを配るサンタクロースの存在を信じたのは、もっと幼い時に見た映画がきっかけで、以来何年も抱き続けていた幻想が壊れた瞬間でもあるんだけど、それでもわたしは思ったよりガッカリはしなかった記憶がある。
 だって、真実がどうだろうと、欲しがったプレゼントはちゃんともらえたし、また娘の夢を壊すまいと、わざわざわたしが寝静まるのを待ってクリスマスを演出してくれたという事自体が嬉しかったから、密かにもうしばらくは気付かないフリもしていた。

 これって多分、実感出来る親からの愛情のひとつなんだろうし、そんなこんなで”分かって”いながらも、家族の絆を確認して嬉しい気持ちになれるのが、実は一番大切な事なのかもしれないとも思う。
 …だけど、柚奈はその愛情には恵まれなかったらしい。
 もちろん、ちゃんとプレゼントは用意して、公式に認められた”本物”のサンタさんを呼び寄せて、代わりに渡してもらっているとは聞いたし、柚奈の親に愛情が無いとは決して思わないけど、でも直接に動いてもらっていないという意味では、やっぱりどこか無機質的な愛に感じられてしまうのも確かだと思う。
 だから、そんな柚奈を茜は不憫に思い、わたしにある提案を申し出た。
 …そして今宵、少し早いかもしれないけど、わたしは生まれて始めて”渡す側”の役割を担おうとしていた。

(抜き足、差し足、忍び足……っと)
 遂にやってきたクリスマスイブの深夜、わたしはたった1つだけ中身の入った白いプレゼント袋を背負いながら、目的地を目指して桜庭家のだだっ広い廊下を静かに進んでいた。
(う〜っ、結構冷える……)
 もちろん、今夜から明日の朝にかけて雪が降るかもしれないと予報された外とは比べものにはならないものの、やっぱり広い分温度も下がりやすいというか、股下の辺りがスースーして正直寒い。
 一応、桜庭家本邸の廊下には冷暖房設備はあるらしいものの、さすがに家人が寝静まった時間にわたし一人の為に効かせてもらうという訳にもいかないので、それは仕方が無いんだけど…。
(…もう、スカートの丈が短すぎるのよ、これ)
 問題は、衣装の方だった。
 今、わたしが着用しているサンタコスは茜が用意してくれたものだけど、生地こそボア付きで分厚くても、全体的に露出度が高めというか、特に腰から下が膝上丈のミニスカートに白いニーソックスって組み合わせなので、気温が低めの場所にいるだけで結構冷え込んでしまうのが困りものである。
(大体、ミニスカなんて履いたって、別に見せる訳じゃないでしょーが…)
 確かに、気分的な問題でサンタコスを着るのは異存なんて無いんだけどさ。
 んで、着替えた後で実際にツッコミを入れたら、茜から覚悟が足りないとか怒られてしまったし。
(ったく、何の覚悟だか……)
 まぁ、それは今更ぼやいしても仕方が無いとして。
(うう…っ、とにかくさっさと行かないと、おしっこしたくなってしまいそう…)
 妙なイベントフラグを立ててしまう前に、目的地へ着かないと。
(えっと、とりあえず後は何も心配事なんて無いわよね…?)
 ともあれ、わたしは歩みを止めないまま、先ほど出迎えてくれた芹沢さんとのやりとりを思い出していく。

「こんばんは。ようこそいらして下さいました、姫宮さん」
「あはは、夜分すいません…茜と二人で何だか迷惑なコト考えちゃって」
 一般的に深夜と呼ばれる午後11時、準備を整えてこっそりと訪問した所で、門の前でひとり待っていてくれた芹沢さんの姿を確認すると、わたしは苦笑い混じりに頭を下げた。
「とんでもない。きっとお嬢様は喜ばれると思いますから。…ところで、姫宮さんのご家族との団欒は済まされましたか?」
「ええ、事情を話してちょっと早めに水入らずで。…それで、このまま柚奈の部屋までお邪魔しても大丈夫ですか?」
「はい。今年は本職のサンタ様の方はお断りさせていただきました。しかし、お嬢様方にはその事を内緒にしていますので、例年の様に部屋のカギは空いてるはずです」
 そして、その後で「どの道、お嬢様がお部屋に鍵をかけている事も滅多に無いですが」と補足してくる芹沢さん。
「芽衣子さんの方も?」
「芽衣子様の方は、今年はこの私が役目を務めさせていただきますから」
「すみません、ご迷惑をおかけします…」
「いえ。…でも、やっぱり姫宮さんは優しい方ですね。芽衣子様の事もしっかりと気にかけられて」
「別にそういうんじゃなくて、とばっちりになったら申し訳無いなってだけなんですけど」
 現に、持って来ているのは柚奈へのプレゼントだけだし。
「その辺はご心配いりません。事前にご連絡を受けていますので、後は私の仕事です」
「んじゃ、お言葉に甘えるとして…あとは、柚奈がちゃんと眠っていてくれるといいんですけどねぇ」
 ぶっちゃけ、最大の問題はそこだった。
 しかも、こればっかりは事前に確認のしようがないし。
「おそらく大丈夫だと思いますよ?姫宮さんと二人きりのイブを過ごせないならと、今夜は早々に不貞寝してしまいましたから」
「…ああ、なるほど」

(柚奈は早々に不貞寝中…か…)
 その方が都合がいいとはいえ、やっぱり悪いコトしちゃったかな?
(…いや、そんなコトは無いはず…よねぇ?)
 本当は身の危険も感じる事だし、そこまで負い目を感じる必要は無いハズなのに、いつの間に柚奈の為に空けておいてやるのが当然という前提で考え事をしているんだろう、わたしは。
「…………」
 ホント、よく分かんない。
 分かんないけど…ただ一つ言えるのは、何だかんだ言いながら、こうしてわたしはあのヘンタイお嬢様の為に行動してしまっているという事。
(まぁ、今は深く考えるのはやめよう…)
 もうここまで来てるんだから、余計な事を考えすぎて柚奈に気付かれちゃったら、そこで全てが台無しなんだから。
(うん。もうすぐ目的地だし、ここからは特に慎重に行動しないと…)
 まるで、気分は以前に遊んだ事のある潜入ゲームの主人公だった。
「…………」
 いや。それを言うなら、むしろ…。
(…あはは、何か夜這いにでも行ってるみたいね?)
 こっちの方がしっくりくるというか、既成事実はまだ無いけど、普段は狙われる方の側だけに、ちょっとだけ新鮮な気分でもあったりして。

                  *

(ふう、どうにかここまでは来れたわね…)
 それからやがて、柚奈の部屋の前まで無事に辿り付くと、ドアの横の壁を背に、まずはひと息つくわたし。
 とりあえず、トイレで部屋を出た時に鉢合わせ、なんて間抜けな事態は起こらなかったみたいだった。
(さて、出来れば入る前に中の様子を確認しておきたい所なんだけど…)
 当然、外から中の様子が分かる覗き穴の様なモノが都合よくあるはずもなく(というか、むしろあった方が大問題だし)、やっぱり少しだけドアを開けて確認するしかない。
(しゃーない、勇気を出して行きますか…)
 だからといって、足元から冷え込んでくるこの廊下にいつまでも留まっておくわけにもいかないし、ここは前進あるのみである。
(では……)
(…おっとっと…いけない、いけない…)
 そして、思わずいつもの癖でノックしそうになった手を寸前で止め、わたしはひとり苦笑いを浮かべた。
(さすがにこれで気付かれたら、明日茜に一時間くらいは笑われ続けるわよねぇ?)
 今更ながら、うっかりミスが怖くなってきたわたしなものの、まぁここは事前に気付けただけでよしとしますか。
(では、今度こそ……ん……?)
 しかし、それから気を取り直してドアノブに手をかけようとした所で、わたしの手は再び止まってしまう。
 よく見ると、ドアの前に付けられた小さなボードには、ここが確かに目的地である事を証明する”柚奈”の名前と、更にその下には同じく部屋の主の字体で”みゆちゃん(withハートマーク)”の文字が手書きされていた。
「あ、あほ……んぐっ」
 そこで思わず大声でツッコミを入れたくなった所で、自分の口元を抑えるわたし。
(アホかぁ…っ!)
 なに勝手に人の名前を表札みたいに加えてんのよ。
 通い妻じゃあるまいし、いつの間に何のつもりでこんなもの…。
「…………」
 ああそっか。明日はみんなこの部屋に集まるコトになってるから…。
(…ったくもう、しょーもない事ばかりしてるんだから、あのお馬鹿は…)
 とりあえず、普通に水性ペンで書かれたものみたいなので、わたしは自分の名前の部分だけをごしごしと消しておくコトに。
(もう、隠密行動中だってのに余計な仕事を増やすんだから…)
 でも、いつかはわたしの方から柚奈に書き込んでもいい?って尋ねる仲になってしまうのかな?
 …今はまだ、想像しただけで癪に障るから無いだろうけど。 
(まぁいいや…さて、ちょっと足止めをくっちゃったけど、おじゃましまーす…)
 ともあれ、自分の名前を消去した後でわたしは一度深呼吸して心を落ち着かせると、今度こそ音を立てない様に、息を殺しながらドアをそっと開けてみた。
「…………」
 照明が落とされ、静まった室内からは時計が時間を刻む音だけが聞こえてきて、ここからだと向こう側の部屋の隅にあるベッドの上の柚奈が眠っているのかどうかは確認出来ない。
(こういう時、盛大にいびきでもかいてくれたら分かりやすいんだけど、そういうキャラじゃないしね…)
 何せ、桜庭柚奈といえば当学園が誇る、運動以外は完全無欠に近い理想のお嬢様なんだから。
 …わたしの前以外では、だけど。
(でも、これだけ静まり返ってるって事は、やっぱりぐっすりと眠ってるって判断していいのかな?)
 少なくとも、完全に消灯した今の真っ暗な室内なら、このままこっそりと入り込んでもすぐにバレる心配はなさそうだった。
(んじゃ、失礼して…)
 というわけで、わたしは引き続き音を立てない様に気をつけながら半分開いたドアの隙間へ身体を潜り込ませて、柚奈の部屋に侵入していく。
 ちなみに、室内は暖房が効いてるかと思えば、眠っている時は完全に切ってしまっているらしく、体感的にも廊下と変わらなかった。
(う〜っ。寒いから、手早く終わらせないと…)
 さて、どこに置こうかな?
「…………」
(ん〜、手前にあるテーブルの上に置いておくだけでも任務完了なんだろうけど…)
 でも、それじゃイマイチ面白みは無いわよね?
 やっぱり、枕元に置いてこそのサプライズってものだろうし。
(まぁ、せっかくここまできたんだしね…)
 わたしは安全策を捨てると、そこから障害物のない部屋の中央付近を横切って、柚奈の眠るベッドの側へと近づいていく。
「…………」
「…すー…すー…」
(うむ、寝てるわね…)
 やっぱりというか重畳というか、部屋の主は暖かそうなふわふわのお布団にくるまれたまま、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
(寝顔を見てると、まるで天使みたいなのにね…)
 思わずじっと見つめてしまったり、柔らかそうなほっぺたとかをぷにぷにしたくなったり、柔らかそうな唇にちゅーしてみたくなったり…。
(…って、何考えてんのよわたし)
 ここで、まかり間違って悪戯でもして見つかっちゃった日には、色んな意味で取り返しがつかない事になってしまう。
 出入り禁止になったりはしないだろうけど、むしろ逆に…。
(でも、やっぱり可愛い事は可愛いのよね…それも半端なく)
 あどけなさを残した顔立ちに、お姫様の様に長くてさらさらと手触りのいい、シルクの様な髪。
 何ていうか、この穂先でこちょこちょとされたら、くすぐったくも結構気持ち良さそうな…。
(…いやだから、なに触って遊んでんのよ、わたしゃ)
 ただ、逆に起きている時の方がやりづらいのも確かではあるんだけど。
 もちろん、すぐに行為をエスカレートさせてくるって意味で。
(たとえば、問答無用で押し倒されて服を引ん剥かれて、ついでに両手も拘束されたりして…)
 そして、「ぐふふふふふ…そんなに気に入ってくれているのなら、これでたっぷりとみゆちゃんを悦ばせてあ・げ・る」と、自慢の髪を筆の様に使って全身を這い回してきたり…。
「…………(ごくっ)」
「…………」
(いやだから、違うって)
 何か自分でも気付かないうちに毒されてるなぁ、わたし。
 身体よりも、心の方が先に穢されちゃってるというか。
(…まぁいいや。それより、そろそろ真面目に仕事しないと)
 ともあれ、わたしは気を取り直すと、背負っていた白い袋を一旦下ろして、用意してきた小ぶりなプレゼントの箱を取り出し、置き場所を物色していく。
(何か妙に軽いけど…どこに置いたらいいかしらね?)
 あまり枕に近い場所では、寝返りをうった時に顔がぶつかってしまいそうだし、逆にベッドの端だと、敷かれたシーツが揺れて落ちてしまう可能性もありそうだけど…。
(でも、確か寝相はいい方のハズだから、大丈夫かな…?)
 お嬢様らしくベッドもクィーンサイズで、以前は茜と三人で寝た事もある位だし、枕とマットの端の中間位の場所に置いておけば大丈夫だろう。
(よし、これで任務完了。おやすみ、ゆい…)
「…う、うーん…」

 がしっ

「…………っ?!」
 しかし、それから枕元にプレゼントを置いた所で、不意に寝返りをうってきた柚奈に伸ばした右手を掴まれてしまうわたし。
「…みゆちゃん…ん…っ」
「ゆ、柚奈……」
(やばっ…もしかして、やっぱりバレてた?)
「…………」
「…………」
「…すー、すー…」
 そこで思わず、全身から血の気が一気に引いていく心地になるわたしなものの、柚奈の方はその後も目を閉じたまま、再び安らかな寝息をたてはじめていった。
(なんだ、寝惚けてるだけか…)
 寝言で名前を呟いたのは、今のわたしの夢でも見ているのかな?
 …まぁ、わたしにお誘いを断られて不貞寝してるんだから、さもありなんではあるとして。
(とりあえず、まだ起こしてはいないってのは何よりなんだけど…)
 しかし、それでもわたしは素直に胸を撫で下ろせない理由があった。
(…どうしよう、”これ”…?)
 何せ、わたしの腕を掴んだ柚奈の手はそのままなのだから。
「ん…うぅ…みゆちゃんの…太くて立派で…すてきぃ…」
 それから、動けないままどうしたものかと思案するわたしに、今度はそんな事を呟きながら、すりすりと掴んだ手を上下させていく柚奈。
(こっ、こらこらこらぁっ、一体どんな夢見てんのよっ?!)
 ま、まさかと思うけど、わたしに…。
「…んふっ、上手く出来たねぇ…このかびん…みゆちゃんのお肌みたいに手触りがいい…むにゃ」
「花瓶……?」
(ああそっか。そういえば春日先生から美術の宿題が出てたっけ)
 新年をテーマに、何でもいいから創作活動してきなさいって。
 よく分からないけど、柚奈の夢の中では、わたしは花瓶なんて作っているのか。
(別にそんな手の込んだモノじゃなくて、書初めでもいいじゃないのよ?)
 …って、そういう問題じゃなくて。
(さて、どうやったらこの手を離してもらえるかしらん?)
 本能なのか、結構がっしりと握られているので、気付かれずに振り解くのはまず無理っぽい。
 …だけど、このまま立ち尽くしていても、いつ何の弾みで柚奈の瞼が開いてしまうかは分からないし、それに…。
(う〜〜っ、こんな時にぃ……っ)
 更に悪い事に、今までの緊張感と、股下から身体が冷え続けたお陰で、尿意の方もそろそろ知らん振り出来なくなってきていたりして。
 つまり、さっさとこの手を振り解いてトイレをお借りしなきゃならないワケだけど…。

 ぎゅっ

「あう……っ」
 だけど、柚奈の手の方はまるで行かせまいとばかり、更に握る力が強められていく。
「すー、すー…」
「…………」
(本当に起きてないんでしょうね、柚奈…?)
 ううっ、焦れば焦るほど、何だか急かされる様に尿意がこみ上げてくる感覚が体内を巡ってくるんですけど。
(ち、ちょっ…いくらなんでも、ここでお漏らししてしまうワケには…)
 そもそも、今穿いてるショーツは買ったばかりのお気に入りだし…。
「…………」
 仕方が無い。何とかこじ開けるしかないか。
 とはいえ、力任せで一気に振り払っちゃうと、目を覚ました柚奈が驚いて混乱してしまうかもしれないので、ゆっくりと優しく、握った指を一本一本外していくしかない。
(そぉっと、そぉっと…)
 わたしはもう片方の手で柚奈の指を軽くマッサージしながら、なるべく強引にならない様に細心の注意を払いつつ引き剥がしていく。
(あんまり撫ですぎても、くすぐったいだろうから…)
 こう、柚奈の指が僅かにぴくんと動いた隙に、手を添えて伸ばしてやる様な感じで…。
「んふふ〜…もう、だめだよみゆちゃん…みんなの前で…でへぇっ」
(…うるさいっての)
 今度は今度で、随分と都合のいい夢を見てやがるみたいね。
 こちとら、爆弾解体でもやっている様な緊張感だってのに。
「あんっ、だめぇ…くすぐったい…ぐふふっ」
「…………っ」
 うああ、この能天気お嬢様の眉間にツッコミのチョップを入れてやりたい…。
「…………」
「…………」

 そして…。

「…ふぇぇ、やっと外せた…」
 相手がいつ目を覚ますかという極限の緊張感と、何かツッコミ我慢勝負でもしているかの様な柚奈の寝言と戦いながら、やがてわたしは眠り姫を起こすコトなく全ての指を解いて開放され、ほっと胸を撫で下ろす。
(ったく、手間かけさせるんだから…)
 お陰で、寒い部屋にいるというのに、わたしの額からは汗が滲み出てもいた。
(…まぁ、いいか。これでようやくミッションコンプリートね)
 あとは、慌てず急いで部屋を出て、近くにある来客用のトイレを借りれば…。
「…んふふふふ〜…すー、すー…」
「…………」
 しかし、それから踵を返そうとした所で、人の苦労も知らずに暢気な寝顔で眠りこけている柚奈を改めて見ると、何だか無性にむかっ腹がたってきてしまうわたし。
(このまま素直に帰るってのも、何か癪に障るわね…)
 もちろん、無意識の中での寝ぼけ行為なのは分かっているものの、それでも腕を掴んで散々困らせられた仕返しをしてやりたいという思いが、わたしの中で段々と強まっていっていた。
(さて、何かいい方法は……ん…?)
 そんな時、カーテンの隙間からちらちらと月明かりが入ってくる程度の暗い室内を見回していると、ベッドの隣のルームランプが乗せられた小型のテーブルの上に、一本の水性ペンらしきものが転がっている事に気付く。
(あ、これってもしかして…)
 とりあえず手にとってみた後で、自分の手を使って試し書きをした所、どうやら部屋の前のボードに名前を書いた時に使った水性ペンで間違いなさそうだった。
(なるほど、不貞寝する直前にあの表札を書き込んだってワケか)
 「みゆちゃんのばか…」とでも悪態をつきながら書き込んでいる姿が簡単に想像できてしまうけど、わたしにとっても好都合だった。
(よーし。これで柚奈のおでこにラクガキでもしておいてやるか…)
 わたしはすぐにそのプランを採用すると、キャップを開けたペンを片手に、そっと柚奈のおでこの辺りへ顔を近づけていく。
(…でも、どんなラクガキをしたら面白いかしらん?)
 ベタだけど第三の目か、「肉」の文字か、それとも…。
(おひげとか、ほっぺにグルグルを書くのも面白いかな?んふふっ)
 …と、次第に楽しくなってしまうわたしなものの、同時に自分が今置かれているいくつかの状況を完全に忘れさせていた事も、すっかりと見落としてしまっていた。
(まぁいいや。とりあえず、”メリクリ”とでも入れておいてやるかな?)
 ちょうど、サプライズネタとして表札の仕返しにもなるし。
 わたしはそう決めるや否や、いよいよペンの先を柚奈のおでこへと触れさせようとするものの…。
「……ふぇ……?」
「へ……?」
 不意に今まで閉じられていた眠り姫の瞼が開かれ、わたしの身体はぴたりと硬直してしまう。
 …そう。手は振りほどいたものの、未だに柚奈はいつ目覚めるか分からない緊張下にあるという状況を、わたしはすっかりと忘れてしまっていたりして。
「…………」
(し、しまっ……)
 だけど、気付いた時にはもう手遅れだった。
「…………」
「…………」
「…みゆ、ちゃん…?」
「あ…う、うん……」
 やがて、目覚めた柚奈が目の前に覆いかぶさっていたわたしの名を呼んで、その存在を確認した途端……。
「ありがとう、サンタさん〜〜っ!!」
「うわわわ〜〜〜っ?!」
 咄嗟に逃げるよりも早く、わたしの身体は柚奈が伸ばした両腕に「捕獲」されると、そのまま相手の胸元へと引きずり込まれてしまう。
「ちっ、ちが〜うっ!今夜はわたしがサンタなんだってばっ」
「んふふ、そんなのどっちでもいいよ〜♪私にとっては、目の前に最高のプレゼントが差し出されてるってコトだけで♪」
「ち、ちょ…っ、プレゼントはあっちぃ……っ」
「え〜?悪いけど、もうみゆちゃんしか見えないから〜♪」
 そこで、わたしは慌てて枕元に置いたプレゼントの箱を指差すものの、当の柚奈の方はちらりと一瞥しただけで、やっぱり今はそちらには興味が無いとばかりに身体を絡ませてきた。
「ひぃぃぃっ、ち、ちょっ、落ち着いて柚奈ぁっ」
「そんなの無理に決まってるじゃない〜?今までだってみゆちゃんにお誘いを断られて、ホントに寂しかったんだからぁ♪」
 それから柚奈は嬉しそうに告げると、今度は動けなくなる位に強く抱きしめたまま、すりすりと頬ずりをしてくる。
「あうっ、そ、それは悪かったけど、でも……っ」
「んふふふふ、こんなキュートで扇情的な衣装を着て寝室まで来てくれたってコトは、今夜はいいんだよね、みゆちゃん?」
「だーかーらー、これには海よりも深い事情が…いや、無い気はするけど…あひっ?!こ、こらっ、服の中に手を入れてまさぐらないで…っ」
 ともあれ、何かもう問答無用というか、柚奈の勢いに押されて、わたしは捕食されかけている獲物も同然になりかけていていた。
「今更、往生際が悪いよ〜みゆちゃん?大丈夫、ちゃんと大切にするからぁ〜」
「ああもう、そういう問題じゃなくて、わたしには今すぐこの場から離れなきゃならない理由が……はぁぁっ」
 ただ、それでも簡単に流されてしまうワケにはいかないというか、実はもう一つ、忘れかけていたけど今思い出した重要なコトがあったりして。
「理由?とりあえず言ってみて〜?」
「そ、それは……」
「それは?」
「…………」
(はうっ、もう限界……っ)
「…ご、ごめん…わたしさっきからお手洗いを我慢していて…もう、漏れそうなの……っ」
 そして、とうとう極限まで追い詰められ、恥を忍んで正直に白状するわたし。
 しかし……。
「ええっ?!もしかしてみゆちゃん、今夜はそこまでサービスしてくれるの?」
「するワケないでしょ、どあほ〜っ!」
 この慢性お花畑の、ド変態娘ぇっっ。

sp2-5:プレゼントの中身。

「…ふう、ただいま…」
「おかえり〜、みゆちゃん♪ほらほら、こっちこっち」
 やがて、トイレに駆け込んで何とかギリギリ間に合った用足しを済ませた後で、ベッドの横のルームランプの明かりだけが照らされた部屋に戻ると、パジャマ姿のお嬢様が上機嫌な口調でわたしを出迎えながら、ぽんぽんと自分の隣の場所を叩いて促してくる。
「へいへい…んじゃ、改めてお邪魔しますよ」
 まぁ、こうなってしまえばもう仕方が無い。
 わたしは小さく溜息を吐いた後で頷くと、静かにドアを閉めて部屋の奥へと向かって行った。
「お邪魔だなんて、とんでもない。来て欲しかったのに来てくれなかった待ち人なんだから〜」
 そして、わたしが指定席に腰掛けたところで、早速腕を組みながら嬉しそうにそう告げてくる柚奈。
「もう、そんなコト言われたら、何だか謝りたくなっちゃうじゃないのよ…」
 ただでさえ、この一帯だけの控えめなオレンジ色の明かりに照らされた柚奈の笑顔が、わたしの目には儚く映っているというのに。
 …やっぱり、相当寂しかったんだろうなーって。
「だけど、結局こうして来てくれたじゃない♪できれば、お手洗いまで一緒に行けたら最高だったけど」
「…おだまり、このヘンタイ」
 こっちは、正直に言うだけで火が出るほど恥ずかしかったというのに。
 おそらく、このヘンタイお嬢様のコトだから、ひとりで待っている間もその光景を想像したりして…。
(って、わたしもなに考えてんのよ…)
 よく分からないけど、何だか今日の自分も妄想過多気味だった。
 これじゃまるで、わたしも心のどこかでは……。
(ええいっ、単なる気の迷いだっての…っ)
「?どうしたの、みゆちゃん?」
 そこで、思わず首を小さく横に何度も振ってしまうわたしに、柚奈がきょとんとした顔を見せてくる。
「…何でもない。ただまぁ、来たといっても、本当は柚奈が寝ている間にプレゼントだけ枕元に置いて帰る予定だったんだけど、最後の最後であんなアクシデントが待っていたとはね…」
 まさか、寝ぼけた柚奈に腕を掴まれてしまうなんて。
 もちろん、見つかった直接の原因となったのは、その難局を脱した後で、いらんコトをしようとして素直に立ち去らなかったわたし自身なんだけど。
「私も結構驚いたよ〜?だって目を開けたら、みゆちゃんの顔がすぐ目の前にあるんだもん」
「…そりゃ良かったわ。まぁでも、本来のサプライズには失敗しちゃったから、茜には謝っておいた方がいいかもね…」
「茜ちゃん?」
「うん。今回の発案者は茜でね。柚奈が喜ぶのはきっと他人の本物より、近しい偽者だろうってね。んで、芹沢さんに相談して、今年のサンタ役を代わってもらったの」
「ふぅん…それじゃ、もし茜ちゃんが提案しなかったら、みゆちゃんは来てくれなかった?」
「ん〜。まぁ、サンタさんごっこはしなかったろうけど、でも…」
「でも?」
「…多分だけど、結局は断る理由も思いつかないまま、柚奈に付き合わされてたかな?」
 どの道、結果は同じようなものだった気はする。
 ただ、こんなサンタクロースの格好はしていないだけで。
「えへへ♪でも、お陰でこんなに可愛いみゆちゃんのサンタ姿も見られたし、私にとっては結果オーライかな?出来れば、もっとじっくり堪能したいけど…」
 すると、一旦嬉しそうな顔を見せた後で、「ぐふっ」とイヤらしい含み笑いを見せてくる柚奈。
「ええい、あんまり調子に乗りすぎると帰るわよ?…でもさ、今度はわたしが尋ねるけど、もし全てが上手く行って、柚奈に見つからないまま立ち去ってたら、朝起きてガッカリしてた?」
「…ううん。みゆちゃんが私の為にプレゼントを持ってここまで来てくれたって、それだけでも十分嬉しいんだけどね」
「ありがと…そう言ってもらえたら、わたしもそうじゃないかなって思って来た甲斐があったわ」
「もう、みゆちゃんの方がありがとうって、何かおかしいよ〜?」
「まぁ、そうなんだけど…それに、茜の奴も報われるわね。せっかくの好意が裏目に出るのは寂しいもんだし」
 何せ、衣装の調達やら根回しやらプレゼントやら、本当に準備は茜ひとりでやっていたわけで。
(やっぱり友情に厚いわよねぇ、茜は…)
 わたしは正直、柚奈に流されてるだけだけど、茜はこうして自分から柚奈の為に動いているのだから。
「んふっ♪それより、さっきバタバタしたお陰で、すっかり眠気が覚めちゃったよ〜」
 ともあれ、それから柚奈は「今は自分の事だけを考えて」とばかりにわたしの肩へ手を回すと、甘える様な声を向けて擦り寄ってくる。
「生憎、わたしの方は、ちょっと疲れが出てきて眠くなってる気がするけど…」
 部屋が暗いので、今何時かは分からないものの、もうとっくに日付は変わっているだろうし。
 柚奈はさっきまで不貞寝していたから大丈夫だろうけど、わたしの方は、今までずっと緊張を感じながら起きていたわけで。 
「いいよ、このまま眠っても。私が優しく起こしてあげるから♪」
「…いや、もうちょっと頑張ります」
 しかし、それでもせめて柚奈が再び眠りに就くまで起きていないと、一体ナニをされるやら…。
「うふふ〜。私はどっちでも美味しいから、無理しなくていいからね、みゆちゃん?」
「もう、それって圧倒的にわたしが不利じゃないのよぉ…」
 でも、この調子ならもうちょっとは柚奈の話し相手になっていられるかな?
 というか、さっきから更に部屋の寒さも増しているし、そう簡単には眠れない…。
(ん、寒さが増してる……?)
 そこで、ふとある事を思い出したわたしは、自分の肩にもたれかかっている柚奈の身体をそっと離すと、目の前のカーテンが閉められた窓へと移動していく。
「…どうしたの、みゆちゃん?」
「ん。多分なんだけど、これだけ冷え込んでるって事は……わあっ」
 やっぱり、ビンゴだったみたい。
 カーテンを開けた窓の外からは、純白のふわふわとした天からの恵みが、休みなく舞い降りていた。
「おお〜っ、いつの間にか降り始めてたんだ?」
「今年はホワイト・クリスマスね。…もしかしてこれも、サンタさんからのプレゼントかしら?」
 正直、雪なんて綺麗だけど生活に支障が出ちゃうから、嬉しいと思う事はあんまり無いかなと思っているのは多分わたしだけじゃないと思うけど、でも今夜だけは別だろう。
 今日という特別な日を彩るには、これ以上のものは無いだろうから。
「綺麗だね〜。あ、よかったらそのままカーテンを開けといてくれるかな?」
「うん…それは別にいいんだけど…」
 別にカーテンについては異存ないものの、ここでわたしはさっきから言おうと思っていたコトを口に出そうかどうか考えながら、歯切れの悪い返事を返す。
「ふぇ…?」
「ね、柚奈。そろそろ本格的に冷え込んできたから、暖房のスイッチ入れない?」
「やだ♪」
 そして、わたしは遠慮がちに提案してみるものの、部屋の主からは即答で断られてしまった。
「…必要ないじゃなくて、やだですか」
「だって、寒い方が一緒にお布団に入っていられるじゃない?んふっ♪」
 思わず苦笑いを向けるわたしに、柚奈は更にそう告げると、掛け布団を片手に手招きをしてくる。
「うんまぁ、そう言うと思った…」
 だから、雪が降り始めたのを確認した今が一番いいタイミングかと思ったものの、寒いのが好都合だと思われてるんじゃ仕方がない。
「まったく、ホントにワガママお嬢様なんだから…」
 しかも、理不尽な事にわたしに対しての限定でね。
「ほらほら、早く戻らないとしめ出しちゃうぞ?…なんて言ってみたりして」
「来て欲しくて仕方がないコが、あに言ってんだか…」
 ともあれ、わたしは小さく溜息を落とすと、観念して再び柚奈の隣へと戻っていった。

「…はぁ〜っ、毛布があったか〜い」
 やがて二人並んで横になり、間の毛布を含めた掛け布団に包まれた所で、まるで絶妙な湯加減のお風呂にでも入った時の様な声をあげる柚奈。
「ホントね…ベッドの上で座ったまま結構長話してたから、余計に身に染みるわ」
 ついでに、柚奈の奴はわたしがトイレに行っていた間もパジャマの上に何も羽織ることなく、ずっと待っていたみたいだし。
 下手に着込んだりしたら、わたしに抱きついた時に感じる体温が分かりにくくなるなんて、実にしょーもない理由で。
「う〜っ、でも座っていた時は平気だったけど、こうやってあったかくなったらまた眠くなってきそう…」
「まぁ、それが自然な現象ってもんだし…わたしもその方が助かるわ…むにゃ…っ」
 一方で、元々眠いわたしの方は、もうそろそろ限界っぽいんですけど。
「え〜?もうちょっとはお話しようよ〜?せっかくのピロートークなんだし…」
「こら、勝手に事後扱いにするんじゃないの」
「んじゃ、今から既成事実作っちゃう?」
「もう…眠いんだから、また今度にしましょ…」
 全否定はしないでおいてあげるからさ。
「むぅ〜っ…あ、そういえば、まだみゆちゃんからのプレゼントを空けてなかったね?」
 それから、眠気半分でお互いにどこまで本気か分からないやりとりを続ける中で、柚奈はふと思い出した様に呟くと、手を伸ばしてサンタクロースからの贈り物が入った箱を引き寄せた。
「わたしじゃなくて、サンタさんからだっての…それに寝転んだままってのは、お行儀が悪いわよ?」
「まぁまぁ…何が入ってるのかな〜?あ、みゆちゃんは先に言っちゃダメだよ?」
 そして、柚奈はわたしに釘を刺した後で上体を起こし、包みのリボンから丁寧に開封していく。
「言わないって…ふぁぁ…」
 というか、このプレゼントも茜が用意したもので、実はわたしも中身は知らなかったりする。
 一応、負担は折半って事になっているけど、まだわたしの分の代金請求も受けてないから、幾ら相当のものなのかすら分からないし。
(…そういえば、妙に軽かったのが気にはなってたっけ?)
 まさか、サンタさんのプレゼントにギフト券なんて入っているワケでもあるまいに。
「えっと…あれ、何かチケットみたいな紙が入ってる…」
 ともあれ、やがて包みを解いて蓋を開けた後で、箱の中を覗き込みながらきょとんとした声をあげる柚奈。
「へ?」
 もしかして、本当に形の無いプレゼントの類?
「何だろう…えっと、みゆり進呈券…?」
「…はい?」
 その後、文字通り寝耳に水というか、柚奈が読み上げた予想外すぎるプレゼントの内容に、わたしも慌てて身体を起こす。
「ほら、ここに大きく書かれてるよ?」
「うあ、ホントだ…」
 促されるがままにわたしも確認してみると、確かに横長の紙切れの上へ手書きで『みゆり進呈券』と大きく書かれていた。
「えっと、裏にも何か書いてあるね…。このプレゼントを受け取った人へ、姫宮美由利さんを進呈します。一応、母君にも了解済みです…だって?」
「え、ええ…っ」
「…………」
「…………」
 って、コトは……?
「あはっ♪ホントにありがとう、サンタさん〜♪」
 それからしばらく見つめ合った後で、柚奈の口元がにへらと緩んだかと思うと、再びわたしは問答無用で押し倒されていった。
「だ〜〜っ、またさっきの振り出しに戻るじゃないのよぉ…っ!」
「ぐふふふふ…そういうコトなら、やっぱり今夜は寝かさないよ、みゆちゃん?」
「こっ、こらぁっ、急に元気になってんじゃないわよ、この慢性発情娘っっ」
 ああもう、覚えてなさいよ茜ぇぇぇぇっ。

sp2-6:愛と友情とサンタさんと。

「では皆様方、お飲み物が行き渡りましたならば、不肖このあたくしめが乾杯の音頭をとらせていただきます」
「え〜、今年は昨年と比べても数多くの参加者にお集まりいただき、幹事としても非常に…」
「茜、どうでもいいけどその堅苦しい口調、似合わないことこの上ないわよ?」
「…うん。喋りながらあたしも思った。まぁ、無事に…いや、あまり無事でもないけど、二学期も終了して、楽しい冬休みに入ったって事で…」
「期末試験の結果が無事でもないのは、この中じゃあんたとみゆくらいのもんでしょ?」
「ああもう、さっきからうるさいわね綾香…。まぁいいわ、あんまり慣れない事はやるもんじゃないし、んじゃ今年もみんなで楽しみましょ?せ〜の…」
「メリークリスマ〜ス♪」
 そして、全員の合唱でクリスマス会の開始が高らかに宣言されると同時に、シャンメリーが注がれたシャンパングラスが、囲んだテーブルの中央で小さな音を立てながら一斉に重なり合った。
「ぷは〜っ。や〜、今年も終わったわね〜。みんなお疲れ〜♪」
「あはは、綾香。それじゃノリが忘年会じゃない?」
「どっちでもいいわよ。どうせキリスト教徒でもないから、兼ねちゃえば」
「…まったく、みんな信仰心低いわねぇ?親サンタさんからのプレゼントには期待してる癖に」
「それはそれ、これはこれってことで。ところで、いきなりだけど甘菜さんの作ったケーキ食べてもいい?」
「ダメよ。私まだブログに載せる写真撮ってないし」
「あ、一応それはデザートのつもりで作ってきたから…」
「造形からして凄いわよねぇ。お店のショーケースに飾れるレベルだけど、これ一人で作ったの?」
「う、ううん…実は、石楠花先輩にも手伝ってもらって…」
「うそ、まさかの新旧部長のコラボ?!もしかして超レアな一品もの?」
「…………」
「…いきなり宴もたけなわって感じね、柚奈?みんなテンション高いなぁ」
 それから、早速バリアフリーな感じでわいのわいのと会話がはずんでいくのを聞きながら、当然の様に隣へ陣取った柚奈へ苦笑いを向けるわたし。
 まぁ、単にわたしの方が残った疲れのせいで、ノリに追いつけてないってのもあるんだけど。
「昨日終業式を迎えた、冬休み1日目だしね。全てを忘れて騒ぐには一番いいお日よりかな〜?」
「言われてみれば、確かにそっか…んで、去年もこんな感じだったの?」
「ん〜、去年は5人くらいだったかな?前回参加してくれた人は、今年もみんな来てるけど」
「ふーん…」
 とりあえず、今年の面子はいつもの3人に綾香や甘菜さん、更に普段からちょくちょくと絡んでくる親しいクラスメートを含めて、全部で8人ほど。
 つまり、わたしを含めて3人追加って事になるけど、なかなか絶妙とも言える人数で盛り上がっているみたいだった。
「まぁ、5人じゃちょっとばかり寂しいかな…?」
「そうだねぇ。このクリスマス会は、もともと私の為に茜ちゃんが発案してくれたものだし」
 もちろんその後で、「まぁ、今の私にはみゆちゃんがいればいいんだけどね〜」と、お約束の口説き文句を付け加えてくる柚奈。
「はいはい…」
 なるほど、茜が幹事と張り切っていたのはそういうコトですか。
「しっかし、いくら初参加だからって、やっぱりその格好は気合入りすぎじゃないの、みゆ?」
「…しゃーないでしょ?結局、帰れなかったんだから」
 それからやがて、参加者達の矛先がこちらの方へ向いた所で、大袈裟に肩を竦めてみせるわたし。
 確かにクリスマス会だからって、こんな浮かれたカッコしてるのはわたしだけなので、悪目立ちしているのは分かってるけど、他に着る服が無いんだから仕方が無い。
 本当は、ひと眠りさせてもらった後に朝一で帰って着替えて来るつもりだったのに、結局夜遅くまで柚奈とドタバタしていたお陰で、次に目が覚めたのはお昼前。先に起きていた柚奈と、既に来ていた茜が部屋の飾り付けをやっている最中だった。
 …だからまぁ、わたしもシャワーだけ借りてそのまま手伝う事になったのは仕方が無いとは思ってるんだけど、茜が連絡も無しでうちに寄って、ニヤニヤしながら交換用のプレゼント”だけ”を持って来ていたのが、ちょっと癪に障るくらいか。
「ええ?やっぱりイブの夜はお泊りだったの、みゆ?」
「…えっと、ゆうべはおたのしみでしたね?」
「…………(顔がみるみるうちに赤くなっていく)」
「ちっ、違うわよっ。…いや、お泊りは結果的にそうなったけど違うのっ」
 少なとも、本当にピロートークする様な事態までは防いだので、ええ。
 …それに、「やっぱり」ってなによ、やっぱりって。
「ホントかなぁ…?」
「ほら、柚奈も何かフォローしなさいよ?」
「ん〜。確かに、本当はもっとお布団の中でじゃれ合ったり、お話もしたかったんだけど、みゆちゃんの方が結構早めに落ちちゃったし」
 しかし、否定してもなお疑いの目を向けてくるクラスメート達に、わたしは期待薄と知りながらも助け舟を求めると、柚奈の奴は指を口元に当てながら、何とも微妙な台詞を呟いてくる。
「…あれ、柚奈が眠るまでは頑張ってたつもりだったけど、結局わたしの方が先だったの?」
 まぁ、意識が落ちる寸前には、もう現実と夢の中の境界が曖昧だったのは何となく覚えているけど。
「うん。だけど、さすがにみゆちゃんが眠ってる間に本懐を遂げるってのも私のポリシーに反するから、後はほんのちょっとだけ…ね」
 それからヘンタイお嬢様はそう続けた後で、とても半分は殊勝な事を言っている様に見えないイヤらしい含み笑いを見せた。
「ち、ちょっ、人が眠ってる間にナニしたのよっ?!」
「た、大したコトはしてないよ〜。ちょっとほっぺにちゅーしたり、胸元ですりすりしたり、スカートを少しだけめくって、どんな下着をはいているのかじっくり…ううん、ちらっと見せてもらった位だってば」
 そこで、思わず掴みかかって問い詰めるわたしに、視線を微妙に外しながらぼそぼそと答える柚奈。
「…それ、本当に大したコトない部類に入るの?」
「とりあえず密着して匂いを嗅いだり、パンツを下ろしたりするのは辛うじて我慢したから、大丈夫だってば♪」
「そういう問題じゃないっっ」
 しかも、そんなもうお嫁にいけそうもなくなるレベルのセクハラを、辛うじてですか。
「でも、可愛かったなぁ…。みゆちゃんの着けてた、真っ赤なリボンに”メリークリスマス”の文字が入った、ふりふりイチゴ色ショーツ♪」
「ちょ、ちょ…っ?!」
 だからって、みんなの前でそんなうっとりした目をしながらバラさないでってば。
「ほほう…?」

 ぴらっ

「だ〜〜っ、めくんなっ!」
 そして、殆ど間伐入らないタイミングで後ろからスカートが捲られ、慌てて手を振り払うわたし。
 茜の奴、一度ならず二度までも……っ。
「おっ、可愛いの着けてるじゃない?何だかんだ言って、勝負パンツに穿き替えて出たの?」
「べ、別にそんなんじゃ……」
 ただまぁ、せっかくサンタコスに着替えるのなら、下着も合わせた方がいいかなって思っただけで。
「…あれ、もしかして今日集まったのはお邪魔だった?」
「ええい、頼むからそんな気を回さないで〜っ」
「ううん。今日は今日でみんなと一緒に過ごしたかったし。それに、少しだけ物足りなかった分は、みゆちゃんにもう一泊してもらって補うから♪」
「却下っ!」
 勝手に決めんなというか、替えのパンツも無いっての。
「え〜?別に遠慮しなくても、何なら年の瀬までいてくれてもいいんだよ?」
「…この格好で?正気ですか」
 26日を過ぎてこんな姿のまま外やお屋敷の中をウロウロしてたら、それこそ悪目立ちどころか、ちょっと頭のおかしい人確定なんですが。
「だから、好都合なんじゃない〜?そうなったら、みゆちゃんはもう私の部屋から簡単には出られなくなるでしょ♪」
「この、小悪魔め……」
 しかも柚奈の場合、どこまで本気で言ってるのかイマイチ分からないのが厄介だったりして。

「…んで、結局昨晩の首尾の方はどうだったの、みゆ?見てたら大体の事情は分かるけど、一応本人の口から報告を聞きましょうか」
「ああ、そうだそうだ。それについて、こっちも茜に言いたい事があったんだった」
 それから柚奈とのやり取りも一段落した後、タイミングを見計らっていたらしい茜が昨晩についての話題を切り出してきた所で、わたしも思い出した様に頷いて向き直っていく。
「言いたいコト?さて、何かしらね?」
「…まぁ、朝起きたら柚奈の枕元にプレゼントがってサプライズが失敗しちゃったのは、わたしが最後にドジ踏んだせいだから謝るとして、あのプレゼントの中身は何よ?」
 すると、心当たりはあるのか、ワザとらしくトボけた口調で返してくる茜に、わたしは額に指を置いて頭痛を感じている様なジェスチャーを見せながら、溜息混じりに問い質した。
 プレゼントの中身は自分が選ぶというから任せたら、言うに事欠いて『みゆり贈呈券』とは。
 …しかも、ご丁寧にうちの母上の許可まで取ったみたいだし。
「何って、あれ以上ない位にシンプルなものだったと思うけど、見て分からなかった?」
「ええ。ぜんっぜん、意味がワカんないわね。そもそも、柚奈には見つからない前提のハズだったのに、わざわざこんな露出度の高い格好をさせるもんだから、隣のヘンタイお嬢様は興奮しっぱなしだったし」
 お蔭様で、昨晩は何度ガチで襲われそうになった事やら…。
「当たり前でしょ?わざとそういう衣装を選んで送り込んだんだから」
 しかし、今度は語気をやや強めながら言葉を返すわたしなものの、茜の奴は涼しい顔であっさりと肯定してしまう。
「ど、どういうことよ…?」
「…ニブいわねぇ、まだ分からないの?つまり、襲いたくなっちゃう位に可愛いサンタ姿のみゆこそが、親愛なる柚奈へあたしからのクリスマスプレゼントだったのよ」
「んなあっ?!」
 そして、続けて茜の口から出た全ての種明かしを受けて、わたしの全身に電撃が走った。
「だから、あたしとしては途中で柚奈に気付かれて、むしろ大成功だったってワケ。良かったわぁ、計画通りで♪」
「んふっ、ありがと〜。茜ちゃんも愛してる〜♪」
「あ、あ…あんたねぇぇぇっっ」
 つまり、わたしは茜に上手く乗せられ、自分自身が獲物…もとい、プレゼントとは知らずに、ノコノコと自らお届けしてしまったと。
(…やられた。完全に…)
 わたしと同じく勉強が苦手で、しかも体育会系キャラだからと油断してたら、どうやら策士の一面も持っているみたいだった。
「へぇ、なかなか気が利くじゃない、茜?見直したわよ?」
「うん。友達思いで、すごく素敵だと思う…」
「というか、茜も結構健気よねぇ?ちょっと泣けてくるわ」
「ふふん、もっと褒めてくれたまえ、皆の衆」
(しかも、当然のごとく茜を賛美する流れになってきてるし…)
 まったく、結局はみんなして柚奈に甘いんだから。
 これも、日頃の行いの差とでもいうのだろうか?
「んじゃ、茜の作戦成功に、改めてみんなで乾杯しよっか?」
「さんせーい♪ほら、みゆちゃんも」
「へいへい…って、誰が乗りますかっ!」
 さすがに、そこまで自虐的ではないですぞ、わたしゃ。
「え〜?みゆちゃんってば、ノリ悪いなぁ」
「まったく…みゆも少しは空気を読みなさいよねぇ?」
「…そりゃ悪かったわね〜え。茜と違って気が利かなくて」
 ただまぁ、実際にはわたしもそれほど悪い気はしていないのも事実で、そういう意味では茜やみんなと同じなのかもしれないれけど…。
「ふふ。とにかく、今年はみゆのお陰でいいクリスマスになったわ♪また来年もよろしくね?」
「はいはい、気が向いたら……ね」
 もう半分諦めてはいるものの、また来年も、わたしの立ち位置はこんな調子なのかしらん?
「んじゃ、そろそろお楽しみの王様ゲームでも始めるわよ〜。ほれ、くじは私がたっぷりと用意してきてるから」
 それから、わたしが小さく溜息を吐いた所で、突然筒状の入れ物に入った札の束を持ち出してくる綾香。
「えええ、ここはプレゼント交換タイムじゃないの?」
 また、いきなり妙なコトを始めようとするんだから…。
「そんなのは最後でいいの。これもひとつのお約束でしょ?…はいはい、みゆは3番ね?」
 そして突然の展開に面食らうわたしへ、綾香はほぼ強制的に一枚の札を押し付けてくる。
「…なんで、わたしだけ最初から指定なのよ?」
「だって、みんなでみゆを弄って遊ぼうと思って作ってきたんだから。総受け担当者の番号が分からないと不便でしょ?」
「こ、こらぁぁぁぁぁっ!」
 勝手に妙な役割を振るんじゃないというか、それはもうゲームですらないっての。
「へぇ、面白そう。やるやる〜♪」
「……どきどき……」
「ち、ちょっ…あんたはいいの、柚奈?」
「んふっ♪こういうのも、ちょっとした愛の調味料かなーとか思っちゃったりして…」
「あ・ん・た・ねぇ……」
 …どうやら「多分」じゃなくて、確信の方向で心構えしておいた方がよさそうだった。

*******おわり*******

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