新米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その3
第三章 果たして、ホテルか牢獄か
「ふー……やっと目が覚めたわ」 やがて、初デート中に不思議な世界へ飛ばされてから二日目となる翌朝を迎え、わたしはまず昨晩に見つけたトイレで用事を済ませた後に、冷たい真水が出る手洗い場で顔を洗っていた。 一応、クレンジングなんかもポーチに入れておいたのは良かったとして、持ち込み物資が尽きてしまう前に元の世界に戻れたら嬉しいんだけど、ただその前にまずは……。 「顔はさっぱりしたけど、今日はお風呂にも入りたいよねぇ?」 「まったくだわ……」 そして、ちょうど自分の頭に浮かんでいたモノを、同じく隣で顔を洗っていたエプロンドレス姿の心恋が言葉にしたので、ハンカチで顔を拭きながら頷く。 とりあえず、お城の地下へ飛ばされて何とか泊まれる部屋を見つけて一夜を明かすコトは出来たけれど、これから暫く留まる羽目になるのなら、確保しておかなきゃならないモノが多すぎる。 ……もちろん、その前に帰る方法が見つかるのが一番なのだけど。 「そういえば、さっき一人で抜け出してたけどお風呂は見つからなかったの?」 「目当てが食べ物探しだったんで、すぐ近くでメイドさんの控室とキッチンを見つけたら満足して帰ってきちゃった、えへへ」 「なるほど……。じゃ、とりあえず一緒に探してみる?」 「ん……っ、これだけのお城だし、たぶん大浴場なんかも探したら見つかりそうだよね」 うんまぁ、あるのかないのかと言われれば、無いハズはないんだけど。 「……けど、お風呂場はあってもお湯は沸かせるのかしら?」 そもそも、電気やガスが通っている場所じゃなさそうなので、給湯器があるとも思えないし、最悪は薪割からやる羽目になったりして。 「まぁなんとかなるんじゃない?……というかさ、もしかしたらいつでもかけ流しで使える状態だったりして」 「え〜まさかぁ……とも言えないか……」 何せこの城内には、心恋がふとしたきっかけで見つけた、“魔法”の様なギミックがあちらこちらに見受けられるわけで。 * 「……お、ここじゃない?」 「ホントだ……あっさり見つかったわね」 やがて、心恋と予測立ててまずは未だ回っていない三階の客室が並ぶエリアから反対側を回って行くうち、フロアの隅の方に来客用の大浴場と思われる広間を見つけたわたし達が分厚い入り口の取っ手を引いて中へ入ってみると、見まごう事なき脱衣所の風景が広がっていた。 「ほほー、結構まんま旅館のお風呂だよね?」 「まぁ、宿泊客が共同で使う浴場なら自然とこうなるでしょ」 大理石っぽい石で造られた高級感が漂う脱衣場には、着替えを置く木製のカギ付きクローゼットがいくつも並んで、中央には休憩したり談話をする為のテーブルや腰かけに加えてウォーターサーバーのようなものもあり、更に色とりどりのバスタオルが敷き詰められた棚の横には回収用の籠も置かれて、ピカピカに磨かれた大きな鏡の前はサイドテーブルと椅子が設置され、その上には……。 「……ドライヤー?」 まぁこれもお約束の一品だけど、まさかのドライヤーっぽい送風機も見つけてスイッチらしきものをスライドさせると、ホントに髪を乾かすための暖かい風が吹き出てきたりして。 「これも、例の魔法仕掛けなのかな?」 やっぱりコードの類は見えないし、もしかしたらランプの中にあった塊が入っているのかもしれないけれど、ここで気になるのは動力よりも……。 (……ここは違う世界かもしれないのに、どうしてこんなに似通っているんだろう?) 昨晩にトイレで便座を見た時に受けた違和感だけど、それがますます増長されてしまった。 「あ、ところでさー、ここって入り口が分けられてないけどまさか混浴……?」 「え?……ううん、入り口の扉の上にトイレで見た赤い記号があったから、ここは女湯だと思う」 しかし、気になって思わずドライヤーをまじまじと観察しているうちに、心恋の方が別の関心ごとを向けてきたので、とりあえず元の場所に戻しつつ払拭してやるわたし。 どのみち、自分達しか居なさそうな今の状況では、イミがない心配ではあるけれど。 「まぁ、それよりも一番問題なのは、ここがちゃんと使えるのかってコトだよねぇ?」 「……それも心配いらないと思うけど、ほら奥へ行ってみましょ?」 だって、この脱衣所へ入ってから既にむわっとした湿気が漂っているし、浴室へ続くガラス戸は曇っているのだから……。 「うおおおおお、秘境だ、秘境がある……!」 果たして予感は的中し、脱衣所奥のガラス戸をスライドさせて中へ入ると、(おそらく)天然岩で作られた泳げそうなくらいに広い浴槽と、立ち上っている温かそうな湯気がわたし達を誘うように出迎えてきて、心恋が早速感動した様子できょろきょろと見回し始めてゆく。 「あれ、これもしかして温泉……?」 しかも、張られているお湯はどうやら温泉の類みたいで、浴槽の端にあるライオン……に似たオブジェの口から絶えず流れてくる源泉が熱湯みたいに熱くて、更にその湯質も白濁しているから普通の水を沸かしたものとは明らかに違う。 「すげぇ!ね、ね、早速入っちゃう?!」 「いや、今日はまだやるコトが沢山あるから後にしましょ?」 すると、温泉と聞いてテンションが上がった様子の心恋がすぐにでも湯船に飛び込みかけたのに対して、冷静にステイをかけるわたし。 ……というか、ここでエプロンドレスを脱ぎ始めようとするんじゃないっての。 「やるコトって、なんかあったっけ?」 「ああもう……っ、食べ物も探さなきゃいけないし、お風呂入るなら着替えも欲しいでしょーが!」 もっと言うなら、その後で今着ている服の洗濯だってしたい。 ……と、もしかしたら今日は帰り方を探すヒマすら無いかもしれなかった。 「着替えなら、さっき見つけた控え室にまだ色々あったっぽいけど……」 「んじゃ、まずは食事をなんとかしましょ。さっき、キッチンも見つけたと言ってたわよね?」 「うん、といっても小さなトコだったけど」 「晩餐会用の食事を作るお台所は一階にでもあるんでしょ。とりあえず、そこ案内してくれる?」 「ふぇ〜い……」 ともあれ、先に温泉なんて入ってしまったら、なんか今日はもういいやって気分になりそうな予感がしたのでまずは他の用事から片づけようと促すと、心恋は名残惜しそうに頷くものの……。 「まぁまぁ、後で戻ってくるんだから。……必ずね」 それに対して、わたしは宥めつつも真剣そのものな目で「必ず」の部分を強調し、アイルビーバックを告げた。 「お、おう……」 それは乙女としてもう不退転の覚悟だから、御心配なく。 * 「……へぇ、なかなか綺麗じゃない?」 「けど、広くはないっしょ?」 やがて、名残惜しくも大浴場を一旦立ち去って心恋の曖昧な記憶を頼りに少しばかり彷徨いつつ辿り着いたキッチンは、確かに小ぢんまりとした広さだったものの、真っ白な壁と棚や料理台の渋い茶色の色合いが清潔感とお洒落さを両立させている雰囲気で、調理場の壁にはピカピカに磨かれたフライパンやナイフなどの器具が並べられ、コンロに大きな釜、さらにオーブンっぽいものやらと一通りの環境も揃っていて、こちらも何だか心が躍ってくる場所だった。 「……ん〜、ここはルームサービス向けのキッチンかな?」 実際、部屋の隅には料理を運ぶワゴンもあり、中央の細長い木製テーブルの上はクロスも敷かれていない剥き出しで、端っこのほうにある果物かごの中には、さっき心恋が持ち込んできた微妙な味の赤い果実が、まだ熟れてなさそうな色のも合わせていくらか残っている。 「さて、他に何か食べられそうなものでもあればいいんだけど……」 ただ、調理の環境が整っているのは結構として、今一番重要なのは食料が手に入るかどうか、だけど。 「……お、棚にパンあったよ?」 とりあえず、手分けして探すことにしたものの、まずは心恋が背がギリギリ届く戸棚の中からずんぐりと横に膨らんだパンを見つけて、わたしのもとへ一つ持って来た。 「ホントに?……ふむ、確かにパンみたいだけど、食べられるのかしら?」 軽く割ってみたら中もカビは生えてなさそうだし、ふわりと小麦のいい香りもする。 「まぁトーストしたらなんとかなるんじゃない?あとはジャムかなにか欲しいよね」 「贅沢ねぇ……まぁお客さんに出す為ならどこかに無くもないんだろうけど」 ただ、ああいった要冷蔵なものを保存しておくのって、“アレ”が無い時代はどうしていたんだろう? 「…………」 「……んんん……?」 しかし、それから家の冷蔵庫を頭に浮かべつつ見回してゆくうち、人間の背丈くらいある縦長のオブジェに気付いて動きが止まるわたし。 「え、これってまさか……」 色合いが統一されているお陰で周囲に溶け込んでいたし、まさかこんなモノがあるなんて頭に無かったから気付かなかったけれど、あの三段に分けられている見慣れた箱ものは……。 「冷蔵庫……だよね?コレ」 「まぁ、そろそろ大げさに驚いたりはしないけど、でもまた謎の動力なのかな?」 それから、二人揃って足が自然とその分厚い縦長の貯蔵設備の前まで向かったところで心恋がぽつりと呟き、わたしも肩を竦めつつ頷く。 よく見ると、このキッチン自体が雰囲気は中世風ながら、所々でそんな昔にこんなのあったっけ?みたいな設備もあるし。 「んー、ランプには炎の塊みたいなのが入ってたから、こっちは氷の塊かな?たしか大昔の冷蔵庫も氷だけで冷やしてたって、お祖母ちゃんたちから聞いたことあるし」 「……そう考えると、こっちは原始に戻ったって感じかしらね?」 と、いうのはともかくとして、冷蔵庫があるということは、当然中には……。 「おおお……!くいものだ、食い物がある」 「まぁ、食べ物というよりは食材、というべきからしらん?」 そこで、躊躇いなく心恋が冷蔵庫を上から引き開けると、一番上の段にはワインと思われるボトルなどが並べられていて、中段は正体がイマイチ分からない色とりどりの野菜やチーズに卵、肉の塊や魚の切り身などの食材が詰め込まれ、そして一番下は氷やチルドされた何かと、そのまますぐに食べられそうなものはあまり無さそうである。 「まぁトーストとチーズだけでもよさげだけど、ちょっと勿体ないよね?」 「そうねぇ。ちなみに心恋って料理は……」 「デキるように見える?」 「……ん〜、こういう時こそ意外性を発揮して欲しかったけど、仕方がないかぁ……」 そもそも、こんな状況でひと任せというのが間違っているのだろうし。 「お、十花はデキるんだ?」 「面倒だからあまり好きな方でもないんだけど、まぁうちは共働きだし」 そこで、溜息を吐きつつも渋々と腕を捲ると心恋が嬉しそうに食い付いてきたので、素っ気なく肯定してやるわたし。 しかも、うちの親は土日もよく揃って仕事に出ていて、週末の夕食はわたしが手伝いで作ってあげることになっているので、自然と料理する機会が増えているというべきか。 「ふーん……それじゃ、十花の方がお嫁さんだね?」 「はいはい。んじゃ、心恋はしっかりと稼いで来てくださいな」 「任せといてよ!そのうち石油か温泉でも掘り当てるからさー」 「実はマトモに働く気ないでしょ……?」 そういや、自分の親の話をしたのは初めてだけど、まだ家族構成もお互い知らないままだったっけ。 (心恋の家族構成、か……) 「ん?どうしたの?」 「……いや、何となくだけど、心恋ってお嬢様の類かなって」 「ふふふ、よくぞ見破った!実はあたしはさるやんごとなきお姫様なのでした♪」 そこで、ふと直感が働いたわたしは、じっと見つめつつ浮かんだ突飛な推測を向けてやると、どや顔で腰に手を当てながらノッてくる心恋お姫様。 「はいはい……」 こういう勝手気ままな言動は確かにそれっぽい部分もあるけれど、自分がいまどんな格好をしていて、しかも今日は朝からわたしをお嬢様呼ばわりしているコトもすっかりと忘れているご様子だった。 「とにかく、おなかすいたー。ごはん〜!」 「……もう、いま作ってあげるから大人しく待ってなさいっての」 というか、メイドさんにせっつかれて食事の支度を始めるお嬢様とは一体……。 「おお、ごはんだ……久々のマトモなごはんだ……!」 「……いやごめんね、結局こんなもので」 しかし、それから何だかんだであまり大した料理は作れず、お皿に並べた食事を前に目を輝かせる心恋を前に苦笑いを浮かべるわたし。 とりあえず作ってみたのは、脂の乗っていたお肉をスライスして塩胡椒で味付けしたミニッツステーキと、蒸かしたジャガイモ(っぽいもの)とレタス(風)の野菜の付け合わせ。 それと、トースターが無い代わりにフライパンで焼いたバケットをバスケットに入れて冷蔵庫で見つけたバターも添え、あとは珈琲豆とアンティークデザインのミルも見つけたので、心恋に挽いてもらった後でフィルター紙ごしに来客用の高級そうなカップへ注いで完成。 ちなみに、心恋はブラックじゃ飲めないそうで冷蔵庫のミルクも足しているけれど、それはお好みでってコトで。 「え、なんで謝るのさ。とりあえず食べていい?」 「ええ、冷めないうちにどうぞ。……というか、一つ問題があってねー」 すると、ごめんの意味はすぐに理解できないながらも、ナイフとフォークを手に待ちきれない様子の心恋へ何はともあれ食事の開始を促し、すぐに元気のいい「いただきまーす!」の後で空腹の赴くままお肉を頬張る姿に微笑ましさを覚えつつ、わたしもパンを手に取って言葉を続けてゆく。 「むぐむぐ……って、これでゼンゼン美味しいのに……」 「……まぁ、すぐ飽きちゃうかもしれないけどってイミでね。当面は塩胡椒味だけだし」 キッチンにはフライパンやお鍋などの道具は大体一通り揃っていて、流石に電子レンジまでは無いとしても同時に四つ使えるオーブン付きのコンロは簡単に着火したり調整できるつまみもあったので、作ろうと思えば様々なカテゴリの料理にチャレンジ可能そうなんだけど、落とし穴だったのは味付けの方。 一応、調味料が集められた棚や冷蔵庫の中にも色とりどりの細長い容器が林の様に並んでいたものの、出しっぱなしにされていた塩と黒胡椒以外は得体が知れなくて使えなかったから、たぶん単調な味になっているのではないかと。 お陰で、野菜にかけるドレッシングだって当面は無しだし、一応マヨネーズなんかは確か卵や油で作ろうと思えば作れないこともなかったはずだけど、スマホでレシピ検索さえ出来れば……。 「ふーん……まぁ調味料自体はいっぱいあったから、これから少しずつ試していっちゃう?」 「いいけど、とんでもない地雷味になる時だってあるわよ?多分」 「なんかそれはそれでワクワクしない?さすがに毒は混じってないだろうしさー」 「……ホント、旦那さんタイプよねー心恋は」 前からちょっと思っていたけれど、思考がちょっとオトコノコっぽいというか。 「んじゃ、お互いの立ち位置も決まったし、元の世界に戻れたらケッコンしよっか?」 「……いや、そういうのは何だか凄くイヤな予感するから、まだちょっと……」 すると、心恋が嬉しそうに婚約話を持ちかけてきたものの、このタイミングだと縁起でも無い気がしたわたしは両手で制しつつ保留とさせてもらった。 「えええええ、なんでよ?!」 まぁ、あとはこのよく分からないお城での生活中にもう二つ三つつり橋でも渡ればあるいは?って感じかな。 「いいから、それより少し真面目なハナシもしましょうか。それで、この後はどうするの?」 「あたしは大真面目なんだけど……んー、今何時だっけ?」 「丁度ランチタイムってとこね。後片づけしてたら一時過ぎるかな」 ちなみに、時計は大浴場の壁にあったもので合わせておいたから、今は正確なはず。 ……といっても、やっぱり一時間くらいズレてた程度だったんだけど。 「んじゃ、十花が後片付けしてる間に、あたしは上の階の探索でも……」 「食べたらあんたも一緒に片づけるのよ、心恋?」 家事は夫婦の共同作業な時代でしょーが。 「ふぇーい……」 というか、今後を考えると不安しかないわたしと比べて、心恋にとっては居ても立ってもいられない楽しい冒険が始まったってトコロなのかもしれない。 (ったく、羨ましいというかなんていうか……) まぁ、少なくとも二人悲観しているよりはマシなのかもしれないけれど。 * 「……ちょっ、心恋どこまで行くのよ?!」 やがて、面倒くさがる旦那にもちゃんと手伝わせて食後の片付けを済ませた後で、「んじゃ、先に進もっか?」と一言だけ告げて中央階段まで移動し軽やかな足取りでひたすら上層を目差して駆け上がってゆく心恋に、わたしは途中で何度も足をもつれさせかけながら必死で付いて行っていた。 「んー、行けるだけ高い階層?まぁモンスターとかはいなさそうだから大丈夫じゃないかな」 「朝にドラゴン見たとか言ってたくせに……というか、探索するなら先に洗濯する場所とか探したいんだけど」 「もう、主婦みたいなこと言ってるなぁ……。いやね、早めに行っておきたい場所があってさ」 「はぁ、はぁ……そっちが奥さん扱いしてるんでしょーが……って、行きたい場所?」 既に、四階は通り過ぎて五階もスルーしている途中なんだけど、心恋は一体何処へ向かおうとしているのだろう。 「……うん、ここらでいいかな?まだ上の階はあるみたいだけど」 それから、中央階段が続いている最上階までたどり着くと、心恋はようやく足を止めて辺りをきょろきょろと見回し始めた。 階層としては七階になるはずだけど、内装がまた下層とは明らかに違うというか、全体的に金ピカでより豪華絢爛って感じになっている気がする。 「……なんか凄いわね、ここ……」 後で改装されたのか最初からこういう造りなのか、空間全体が美術品のような佇まいで、壁の柱やお値段の想像もできない精密なシャンデリアがあちこちにあるだけでなく、所々にはガラスケースの中に入った美術品や宝石なんかも展示されているし。 「えっと、城主さんの居住区なのかな?」 本来なら、厳重に警備されてわたし達は近付くことすら叶わないような。 「ん〜、なんなら生活の拠点をこっちに移してみる?」 「……いや、恐れ多いからやめとくわ。それより、いきなりここまで来てどうすんのよ?」 「うん、たぶんこの階にもどこかにあると思うんだけど……」 しかし、心恋の方はそんな煌びやかな内装にはあまり興味が無い様子で、フロアの端の通路の方へ歩み出してゆく。 「え……?」 「いやね、このまま中だけウロウロしてても、ここが一体どんな世界なのかイマイチ見えてこないと思ってさ」 「まぁ、そうだけど……」 「だから、そろそろ外へ出てみたいと思ったんだけど、正面の門はカギがかかってたから……」 「うん」 「……あったあった。あそこなら少しだけ“外出”できるかなって」 そして、とりあえず心恋の言葉に相槌を打ちつつ移動を続けるうちに見えてきたのは、広いテラスの入り口だった。 「ああ、なるほどね……」 だから、行ける限りの高い階層まで上った、と。 「ほわぁ、太陽が気持ちいい〜……」 それから、テラスへ続くガラスの扉を解放して外に出るや、久方ぶりのお日様の温もりと柔らかな風に心恋が両手を広げて心地良さそうな声をあげる。 「あー確かに、なんか癒される感じするかも……」 とはいっても、昨日は遊園地デートしていたので何だかんだで丸一日ぶりくらいなのだけど、ここへ来てから城内にずっと閉じ込められていた籠の中の鳥な気分だっただけに、わたしも何だか救われた様な解放感だった。 「……わ、でも風が強いわね……!?」 ただ、澄み渡った青空が広がる晴天ながら、なかなか風は強い日みたいで、しかもここはお城の七階でビルの屋上に近い高さな場所だけに、時々春一番のような強風が吹きつけてくるのが玉に瑕だろうか。 「んふふ〜、スカートが盛大に捲くれたりしないように気をつけてね、十花?」 「いや、それはそっくりそのままお返しするから……。今も思いっきり見えてるわよ?」 そこで、むしろソレが見たいとばかりにニヤニヤした目で注意を促す心恋へ、ジト目を作ってツッコミ返してやる。 わたしの方は咄嗟に対策したけれど、心恋の方はオーバーオールからエプロンドレスに着替えたのを忘れているのか、強い風を無防備に受けては膝上スカートが盛大に捲くれ上がり、そのたびに白とグリーンの横しまパンツが丸見えになっていたりして。 「うわわっ!?もう、早く言ってくれればいいのに、十花のえっち!」 「はぁ、何よそれ……?!」 すると、ようやく気付いた様子の心恋が恥ずかしそうに自分のスカートを押さえつけたかと思うと、身勝手で心外なセリフを向けられてしまう。 「むぅ……こうなったら不公平だから、やっぱり十花のも捲って見せてもらうしか……」 「やるワケないでしょ……それより、ここへ何を見に来たのか思い出しなさいっての」 「もー、分かってるってば。まったく十花は出来たお嫁さんだけど、サービス精神がちょっと足りないよねぇ」 「ぐ……言いたい放題言ってくれるわね……」 何だか久々にむかっ腹がたってきたものの、ただ前も大喧嘩になりかけた後でロクな目に遭わなかったのがちょっとトラウマになりかけているので、ここは我慢するとして……。 「……それにしても、見渡しても森ばっかり、ね……」 それよりも、気を取り直して広いテラスから広がる城の周囲の風景を改めてぐるりと見回しつつ、心恋への苛立ちよりもそちらの方に落胆を隠せず溜息を吐くわたし。 三階にいた時も窓の外から見えていたのは木ばかりだったけれど、周囲は深い森に囲まれて近くに大きな湖が見えるくらいで、人里からは随分と離れてしまっている孤城みたいだった。 「あーでも、正面の門から真っすぐ進んだ先に街っぽいのが見えるよ?ほらほら」 それでも、心恋が指差す方向を辿った先、閉ざされた正面門から続いている道なりにずっと向かった平地には、大きな建物が立ち並ぶ景色の一部も見えた。けれど。 「…………」 「これは、何とかして行ってみたいよねぇ?言葉が通じるかも分からないけど」 「……うーん、わたしは別にどっちでもいいかなぁ」 それから、街並みらしき風景を見てテンションが上がり続ける心恋の横で、わたしの方は素っ気なく本音を漏らしてテラスの真っ白な柵へと背を預けた。 「え、なんでよ?そりゃちょっと怖いかもしれないけどさ、でも……」 「……そうじゃなくて、これで今居るこの場所が普段わたし達が住んでいる世界とは全く違うというのが確定してしまったのがショックなの」 「何を今さら。もしかして、城門を出た先が元の世界の遊園地とでも思ってた?」 「う……そ、そんなコトはないけど……」 そして、怪訝そうに理由を尋ねられて投げやりに答えてやると、心恋からいささか馬鹿にするような口ぶりで痛いトコロを突かれ、言葉に詰まってしまうわたし。 「ほら、一応スマホ持って来てみたけど相変わらず繋がらないしさ、住む場所がある無人島生活と変わらないんだよ、今は」 「……んじゃ、結局わたし達は一体何処に立ってるというのよ?」 「知るわけないじゃん。……ただ……」 「ただ?」 「やっぱ、あたしらの世界よりもずっとファンタジー寄りな場所なんだろうけどね?」 そう言って、心恋が見上げた城の上空には、背中に翼を生やした深い蒼色の大きなトカゲみたいな生き物が、ゆっさゆっさと風を切る音を立てて飛んでいた。 「あれって……心恋が朝に言ってたドラゴン?」 「かもしれないねー。色が一緒だし」 「……んで、まだ美味しそうに見える?」 むしろ、あちらさんにわたし達が美味しそうに見えないかの心配をした方がよさげだけど。 「ん〜、今はお腹すいてないから、そうでもないかな?」 「……でしょーね。大体、どうやって捕まえ……って、あれ?」 しかし、言い終える前にお城の最上階よりも遥か高い場所を飛んでいた件の飛竜が段々と高度を下げてきているのに気付く。 「もしかして、こっちに向かってきてない……?」 「嘘ぉ……っ?!」 それを見て、即座に身を翻した心恋から手を引かれつつわたし達は慌ててお城の中へ駆け込むと、廊下へ戻った直後にずしんという着地音とそれに伴う振動が背後から響いて、振り返った先には体長が2、3メートルくらいはあろうかという大きな翼を纏う怪物が、さっきまで居たテラスの上へ二足立ちで降り立ってきているのが見えた。 「ちょっ……心恋が美味しそうなんていうから怒らせちゃった?」 「ええええ、聞こえてるワケないじゃん?!」 「……グルルルル……」 ただいずれにせよ、相手は確かにこちらの姿を捉えて降りてきて、そして今も血走った目で立ちすくむわたし達を見ているのは事実である。 「あ、あたし達は別に美味しくないから……!」 「こ、心恋……っっ」 食べられるのかどうかは別として、少なくとも狙われているのは間違いなさそうだし、このまま城内まで入って来られたら……。 (た、助け……) しかし……。 「え……?」 それから、ここへ来て初めての命の危機に互いの腕をしがみ付き合うわたし達と対峙しつつ、すぐにでもこちらへと飛び掛ってきそうだった飛竜の足下から急に円形の模様が浮かんで眩い光が筒状に迸ったかと思えば、それに飲み込まれる様にして姿を消してしまった。 「消えた……?」 「えっと……また頬っぺた抓る?」 そんな非現実的な光景を前に思わず両目を指で擦るわたしの傍らで、同じく心恋も呆然とした様子で聞いてくる。 「いや、それはもういいから……けど、一体何が起こったのかしらね」 「んー、テラスまで降りてきたから城内の警備システムが作動したとか?」 「……だったら、どうしてわたし達は平気なのよ?」 もう無断で半日近くも居座っているのに。 「えっと実は、あたし達はお客さん扱いとか?」 「その割には、放っておかれすぎじゃない?……いや……」 でも、もしかしたら……? 「ん?……まぁとにかく、助かってよかったよー。怪我はない?十花」 「うん……ありがとね心恋?心恋が咄嗟に手を引いてくれなきゃ、今頃わたしは……」 ともあれ、何だか引っかかる部分はあるものの、一難去って気が抜けてきたところで心恋から大丈夫かと訊ねられ、わたしは自分の無力さを実感しながら頷くものの……。 「ううん、そういうのは言いっこなし。あたしだって十花が一緒だから動けてるだけでさ、もしも独りでこんなトコロへ閉じ込められてたら、とても正気でいられてる自信はないから」 「心恋……そっか、そうよね……」 やっぱり、何だかんだで支え合えてるのね、わたし達。 ……怖かったけど、それを実感出来ただけでも不幸中の幸いと思いましょうか。 「とにかく、これで十花とつり橋を一つ渡れたから結果オーライでいいのかな?」 「いや、自分で言ったらダイナシでしょーが……」 ま、こういう心恋の無神経さも時には悪くないかな?と思える程度には効果があったのかもしれませんがね。 * 「……うおおおお、お宝部屋の発見きたぁ……!!」 「うわぁ、すご……!」 それから、やっぱり迂闊に外へ出ない方が良さそうというコトで、城内の探検の方に戻っていたわたし達は、せっかくなのでと同じ七階を回っているうちに、ここの城主かその家族用と思われる豪華絢爛な衣装部屋を見つけ、二人で思わず声を張り上げてしまっていた。 広間の壁際には所狭しと沢山のクローゼットが敷き詰められていて、中央付近では色とりどりで様々な意匠のハンガーに吊るされたドレスが隙間なく並べられ、目移りどころか一体どこから目を向ければいいのか分からない、まるで夢の中みたいな光景である。 「うはー……これで当分は着る服に困りそうもないね?」 「……いや、なんで当たり前に拝借していい前提なのよ」 浮つく気持ちは分かるとしても、他所様のおうちの衣装部屋を勝手にお宝部屋扱いしたり、それはいくらなんでも図々しすぎるとは思うんだけど……。 「んで、十花はどんなの着たいー?」 しかし、そんなわたしのツッコミにもどこ吹く風で、早速目を輝かせた心恋の方は遠慮なしにクローゼットの扉を開け放ちつつ物色を始めてゆく。 「コラ、人の話を聞きなさいっての……!」 こんなお行儀の悪いメイドさんなんていたもんだと苦笑いな反面で、こういう何処でも我が物顔なところはちょっとお姫様っぽいかもしれなかった。 「でもさ、どっちみち着替えはいるでしょ?」 「いや、それはうん……」 まぁ確かに、心苦しいながらもやっぱりどこかで衣類は借りなきゃならないんだし、ここで拝借するのも、本来の予定だった三階のメイドさんの控え室で借りるのも大差ない、のかな? (ええとごめんなさい、後で必ず洗って返しますから……) ただ、ここにある様な衣類を普通に洗濯していいのかも分からないとして。 「さーて、どれ着せよっかな?パーティ用っぽいフォーマルいっちゃう?」 ともあれ、何だかんだでわたしも流されてしまうと、踊る様にして室内を駆け回ってゆく心恋。 「いや、恐れ多いし……そもそもサイズが合うかって問題だってあるでしょ」 ……というか、自分用じゃなくてわたしに何を着せるかの物色なのね。 一応、ざっと見回しても極端に露出度が高いとか、どん引きする悪趣味なデザインだったり、全力で抵抗したくなる様な品性に欠ける衣装は見当たらないものの、またさっきみたく急に襲われない可能性だってなくはないので、ごちゃごちゃと動きにくそうなのも困るんだけど。 「大丈夫、だいじょーぶ♪この心恋様の見立てを信じなさいって、十花お嬢サマ?」 「もー言葉遣いからして無茶苦茶だし、お嬢様はいい加減にやめてってば……」 というか、やっぱりどう考えても自分の方がメイドさん側な気がするから、いっそわたしがエプロンドレスを着て、心恋に何かお姫様っぽい衣装を着させた方が。 「……ううん、あたしはもうちょっとだけこのままじゃなきゃダメだから」 「え、なんで……?」 しかしそれを言ってみたところ、心恋はあっさりと首を横に振ってしまった。 「まぁまぁ、今日はあたしが選んであげるから、明日は十花が見立ててよ?」 「うん、まぁ別にいいけど……」 よく分からないけど、今日はどうしてもメイドさんの恰好をしたい日、なのかな? 「……というコトで、まずはひとつ選んでみました!んふー」 やがて、片っ端からクローゼットを開けて物色していた中で急に心恋の手がぴたりと止まり、これだとばかりに引っ張り出してきたのは、臙脂と黒色のゴシック風ドレスだった。 「へー、これは……」 臙脂色ベースなワンピースタイプで、胸元には紅色の宝石が真ん中に埋め込まれた大きな黒色のリボンが付き、地味じゃないけど派手過ぎることもない絶妙なバランスのヴィンテージなデザインで、長袖とミモレ丈で露出も控えめと、正直どんなのを着せられるのか身構えていた割に、ちょっと悔しさを感じるくらいにひと目で悪くないと思えるチョイスである。 「十花って青色も似合うけど、紅色のドレスも似合いそうだから着せてみたいなと思って」 「そ、そうかな……?」 確かに手持ちには無い色だけど、それ故か妙に惹きつけられているのも確かだった。 「んじゃ、早速着てみてよ?」 「え……ここで?」 そして、受け取った後に心恋から短い言葉で試着を要求され、躊躇うわたしなものの……。 「とーぜん。サイズが合わないようなら別のを探さなきゃならないし、ほらほら」 「はいはい……んじゃ、ちょっと後ろ向いてて」 正論を盾に強引に促されて渋々と頷くや、わたしは背を向けつつ心恋にも紳士的振る舞いを要求した。 「えー……」 「えーじゃない……!」 親しき仲にも恥じらいありっていうでしょーが。……言わない? 「……ふむ……」 「……ど、どうかな?似合ってる?」 「うーん、我ながら惚れ惚れするセンスだなぁって」 「ちょっ、そっちなの……?!」 それから、モタモタしていると覗かれそうなので、着のままだったデート用のワンピースを手早く脱ぎ捨てて選んでもらったドレスへ着替えた後に感想を尋ねると、心恋は両手の親指を立てつつ自画自賛コメントで応えてきたのに少しイラっとさせられたものの……。 「どう?これでちょっとはお嬢様気分になってきた?」 「……うーん、よく分からないけど、たぶん」 ただ、心恋も心恋なりに気遣ってくれているんだろうなというのは何となく伝わったので、曖昧ながらも頷くわたし。 「すっきりしないなぁ……サイズは合ってる?」 「心持ち大きめだけど、まぁ窮屈よりマシかな……?」 そもそも、自分の世界とサイズチャートが同じなのかってトコから不明なので、普通に着られるならよしとすべきだろう。 ちなみに、厚手そうな見た目より全然軽くて暑苦しくないのも気に入った、かな。 「よかったー。というか、さっすがあたしだなぁ」 「だから、なんでさっきから自分ばかり褒めてんのよ……ったく」 ただ、心恋のコメントはあまりアテになりそうもないので、室内にある大きな姿見で確認してみると、確かに我ながらなかなか似合っているとは思う。 けど……。 「……あれ?ねぇ心恋、これって……」 そんな時、ドレスの肩口に漆黒の剣と翼を象った紋章みたいなものが縫い込まれているのに気付き、心恋に水を向けてみる。 「ん……?あーちょくちょく見るけどなんだろね、コレ?」 そう、エントランスの奥の方にもこれと同じ形の大きなオブジェが設置されていたから見覚えがあったけれど、城内を探索している間にも施設の色んな場所で見受けられていて、確かこの衣装部屋の扉にも刻まれていた様な。 「まぁ普通に考えると、このお城の持ち主の家紋とかじゃない?」 ちなみに剣や翼の周囲には見たことの無い文字みたいなのも刻まれていて、当然全く読めないんだけど、家名とかそういったものなのかもしれない。 「持ち主って?」 「誰かは知らないけど、そりゃいるでしょ?」 何せ、城内は手入れが行き届いていて施設も大体みんな使えている、とても廃墟とは思えない環境なんだし。 「そりゃそーか。城主さんが誰かは知らないけど、勝手に使われて怒ってなきゃいいよね……」 「まぁ、メイワクしてないはずもないから、怒ってるか怒ってないかじゃなくて度合いの問題でしょうけど……」 なので、滞在中に帰ってきた時を思えば怖くもなってくるものの……。 「……でも、ほんとどうして誰もいないんだろうね?急に全員神隠しにあったとか?」 「だから、そういうホラーな話はやめてってば……」 現実から目を逸らすなと言われそうだけど、それでも居るのが怖くなる系の推測はなるべく言葉にしないで欲しいんですが。 「あはは、んじゃ後はどうする?漁ってたら下着なんかもいっぱい出て来たけど借りとく?」 「ええ、心苦しいけどそれは必要ね。……後は、パジャマになるものもあったら嬉しいけど」 さすがに、このドレスを着たままじゃ眠りにくいし。 「……んでさ、ちょっとセクシーなネグリジェとかあったら十花に着せたくて探してるんだけど、見つからないんだよねぇ」 「あっても着ないわよ、そんなモノ……!」 アホですか、あなたは……というか、心恋って相手の反応を想像する前にまずは自分がやりたい様に動くコみたいだけど、そういうのはわたしも見習うべきなのかどうなのか……。 * 「……ふ〜、何だかんだで戻ってくるまで時間かかったわね……?」 やがて必要な着替えを拝借して衣装部屋を出たのち、下層へ戻ってランドリーを探しているうちに日も傾いてきたので先に夕食の準備にかかったりなど、他の用事を片づけてようやく再び大浴場の脱衣所へカムバックした時は、すでにどっぷりと夜の時間になってしまっていた。 「ん〜〜っ、欲しいものは探せば大体見つかるのはいいんだけどさー、やっぱりホテル暮らしってカンジじゃないよね?」 「確かに、心恋が言った通り至れり尽くせりな無人島よね、まるで……」 まぁ、新しい形の宿泊プランと思えば楽しいアクティビティになるのかもしれないけれど、問題はわたし達は宿泊客なんかじゃなくて遭難者というコト。 (はぁ……) いつ、どうやって帰れるのか分からない状況で、今ある食料が無くなったらどうしようという心配もあるし、敢えて目を背けていたけれど明日は学校がある月曜日だし、無断外泊状態にもなっているから親が心配しているだろうしで、考えれば考えるほどに気が重たく……。 「まぁまぁ、それより脱がせて差し上げますね〜、十花お嬢サマ?」 「ちょっ……!?」 なりかけたものの、いきなり後ろから抱き付いてきた心恋にドレスのボタンを外されかけて、慌てて我に返るわたし。 「いやだってさ、ご主人様の服を脱がせたり背中を流したり拭いて差し上げるのも、忠実なるメイドの務めというものでしょ?」 「し、知らないわよそんなの……!というか、メイドさんの姿にこだわってた理由ってまさか……」 「ほほう、流石は察しがよろしくていらっしゃる。では失礼しまして……」 「いや、服くらい自分で脱げるから……っっ」 どうやら、余計なコトなど考えるヒマなんてない騒がしい入浴になりそうだけど……。 「ん〜けどさ、十花ってあまり露出度が高くない服を好んでるっぽいでしょ?」 「そ、そうよ……よく分かってるじゃない」 何だかんだで観察眼が鋭いなと、そういうトコロは感心する、ものの。 「つまり、肌を晒すのが人一倍恥ずかしいタイプだろうから、イヤでも脱がなきゃならないこのチャンスを逃す手はないよね?っていう……」 「……わかった。そんなわたしに引っ叩かれたいのなら、そう言えばいいのに」 そこでわたしは両手を結んでポキポキとさせる仕草を見せつつも、必然性に便乗してこちらの嫌がるコトはやらないという言葉を裏切らないギリギリを攻めてくるのは、果たして天然なのか策士の一面もあるのか、これも知っておきたい心恋の断片かもしれなかった。 「ちゃんとホンキだよ。……それとも、あたしと裸を見せ合ったり背中を流し合うのは、どうしてもムリ?」 「いや、そ、そんなコトはない、けど……」 ……あと、結構ズルいし。 「実はさ、遊園地デートの後は駅裏のスパに誘おうかと思ってたんだよねぇ。十花がOKしてくれたかは別として」 「わたしとしては、裸のお付き合いはもうちょっと先と思ってたんだけど……」 「まぁまぁ、これも何かの縁ってコトで。それじゃ改めて失礼しますねー、十花お嬢様?」 ともあれ、ぐいぐいと逃げ道を塞がれてしまったわたしは、緩んだ抵抗感のまま流される様にドレスの胸元の部分へ伸びてきた心恋の指先を受け入れてゆくものの……。 「はいはい……って、ちょっ、こら……ふざけてないでちゃんと……」 「いや、このドレス意外と脱がせるの難しくて……あれ、おかしいな……?」 しかし、胸を高鳴らせつつスルスルと手際よく脱がされてゆく想像と違って、リボンを解いてボタンを外した後であらぬ方向へ引っ張られたり、ドレスの隙間から指を潜らせた後で迷い子になった様子でくすぐったかったりと、無駄にモタモタと弄られて抗議するわたしに困惑した顔を見せてくる心恋。 「あれだけグイグイ口説いておいて、脱がせるのヘタクソとか……」 「ご、ごめーん、でも、ここから帰れる頃には上手くなってるからさぁ」 「うーん、反応に困るセリフね、それは……」 一体、どこから突っ込むべきなのやらって感じで。 「えっと……ここがこうだから……ていっ!」 しかし、それから苦笑いを浮かべるのも束の間、何やら掴んだ様子の心恋に肩口からお腹の辺りまで一気に引き下ろされてしまう。 「ひゃ……っ?!もう、結局はチカラ任せなんだから……破かないでよ?」 「軽い割に頑丈そうだから大丈夫だって。……あーそれより、なにやらオトナっぽいレース系だけど、もしかして気合入れて勝負下着にしてくれてた?」 「う……あんまり見ないでったら……」 一応、異性に見られている場合と同じ、という程でもないんだろうけれど、やっぱり学校での着替えでクラスメートに見られる時とは全然違う感覚。 ……ましてや、こうして間近でニヤニヤとさせた目でまじまじと見つめられるのは。 「えー、見るなって言われてもムリなハナシなんですけど〜?……お、パンツの色は昨日ちらっと見えたけど、やっぱり上下でお揃いなんだ?」 しかし、心恋はそんなわたしにお構いなしで、腰の辺りで引っ掛かっていたスカート部もするすると引き下げてしまうと、全身に更なる熱が帯びてくる。 「…………っ」 もしも、他の利用者も沢山いる銭湯の脱衣所だったならここまで意識もしないのだろうけれど、邪魔の入らない二人きりというのが更にイケない空気を醸し出してきている感じで……。 「んふふ〜、もじもじしてるのカワイイ……ね、その太股すりすりしていい?」 「い、いいわけないでしょ……っていうか、あまりジロジロ見てると……」 ただ、これ以上はまだ早いというか、いま置かれているのはそんな状況じゃないと抵抗感も芽生えたわたしは少しだけ身を引いてそう告げるや……。 「見てると?」 「わたしだって、じろじろ見てやるんだから……!ほら、そこに直りなさい」 一瞬、きょとんとした表情を浮かべた隙を突いて相手の胸元へ踏み出すと、今度はこちらから心恋の背中へ手を回し、エプロンドレスの真っ白なエプロン部分の結び目を解いてやった。 「え……いや、あたしは自分で……」 「そんな不公平が通じるわけないでしょ?ほら、大人しくなさいっての」 そもそも、誰かを脱がせるというのは、自分も相手に脱がされる覚悟を伴う行為だし。 ……たぶん。 「不公平っていうか、お嬢様とメイド……」 「だったら、お嬢様として命令してあげるわよ。はい気をつけ!」 「あう……っ!」 そしてわたしは畳み掛けに命じつつ、自分がされた時と同じく肩口から手を潜り込ませてエプロンドレスを引き下ろしてやると、しましまのショーツとは不揃いな水玉模様のブラジャーが露になる。 「……へぇ、そっちこそカワイイじゃない、心恋?」 ただ、カワイイのは間違いないとしても、結局は自分ばかり下着選びに気合を入れてしまい、ちょっと肩透かしをくらってしまった気分なものの、まぁこういう奔放さも心恋らしいといえばらしいのかもしれない。 「うう……思ったより恥ずいね、これ……」 「ほらみなさいな。……いや見なくていいけど、これで分かったでしょ?」 ただそれでも、足元へスカートまで下ろされてブラとパンツだけになった後で、自分と同じ様に顔を赤らめつつモジモジとさせ始めたのを見ると、やっぱり特別な相手の前でという意識は同じなのかもしれないけれど。 「……んじゃ、あとは自分で脱ごっか?」 「そうね……」 ともあれ、これ以上はお互いにダメージが大きそうなので、後は背中を向け合って各々で下着を脱ぎ始めてゆくコトに。 「しっかし、十花の背中きれーだよねぇ……真っ白ですべすべで」 「……っ、いいから黙って流しなさいよ」 それから、お互い裸にタオル一枚だけ手にした姿で言葉少なめにお風呂場へ移動するや、早速背中を流してもらう運びとなったものの、初めて自分の肌を褒められるのが恥ずかしいやら擽ったいやらで、何とも居心地の悪さを感じてしまうわたし。 ちなみに、浴場には綺麗な色をした石鹸や身体を流すための手触りのいいスポンジっぽいものが備え付けられていたので使わせてもらっているけれど、やっぱり高級品なのかモコモコと泡立つ滑らかなボディーソープが今までになくお肌を艶やかにしてくれている……気もする。 「え〜、でもネットで予習してみたら、カノジョと一緒にお風呂に入った時は優しく洗ってあげつつちゃんとホメろって」 「一体、ナニを読んできてんのよ……あと、背中以外は自分で洗えるから、手が滑ったなんてお約束はナシだからね?」 「つまりそれって、ツンデレ流における……」 「ああもう、ヘンに気を回すなと言ってんの……!」 まったく、ここへ来てまた噛み合わなくなってきているのはすごく困るというか。 「でも、十花の思ってたより大きかったおっぱい触りたい……」 「だからって、正直に言えばいいってもんじゃないでしょーが、ったく……」 というか、しつこく求められると断り切れなくなりそうなのが一番の問題でもあったりして。 「あはは。……でも、やっぱり十花はまだそこまでの“カクゴ”はないんだ?」 「……っ、えっとそれは……ごめん」 すると、背後の心恋から笑いつつも痛いトコロを突かれ、思わず謝ってしまうわたし。 まぁホント手が滑ったをやらかしてきてもホンキで嫌いになることはないし、何となく流されて受け入れてしまうかもしれないとしても、わたしの方は未だ心の準備が出来ていないというか。 「もー、謝らなくていいってば。……言ったでしょ?そういう過程も楽しむつもりだって」 「うん……」 「それに、一緒のベッドで寝るのも受け入れてくれたり、勝手に寝起きのちゅーをしても嫌わないでくれたし、こうやってお風呂へ一緒に入るのもダメだと言われなかったから、今はそれだけで結構満足なんだよねぇ」 「…………」 ……というか、そうやって並べられてみれば、何だかんだでもう随分と許してしまっているんだなとは実感させられるけれど、それもこれも……。 「……まぁ、一応わたしも心恋のコトはコイビトと認識してるから」 まだ多少の温度差はあるとしても、心恋が最初からちゃんと告白してくれたお陰で、それが悩みの種になりかけたことはあったものの、意識が大きくブレたことはない。 だから、わたしのカラダがいつでも心恋の好きな時に触れられるようになってしまうのも時間の問題なのかもしれないけれど……。 「十花……ありがと。……ていっ!」 「なんの……ッッ」 しかし、それから感極まった様子で名を呟いてきた後で、心恋が不意打ちでわき腹の間を滑らせて腕を伸ばしてきたものの、予測していたわたしはがっちりと挟んでガードしてやった。 「そ、そんな……!?」 「さすがに読めたわよ、そろそろね?ふふふ」 「う……く……っ」 まだその段階には早いというか、心恋の言葉に甘えてわたしの方も過程をもう少し楽しませてもらおうかなって。 「うはぁ、癒されるぅ……」 「なんか染み渡るわよねぇ……」 ともあれ、ちょっとした攻防戦だかじゃれ合いを演じつつ身体を流し終えてようやく湯船に浸かり、その絶妙な湯加減に思わず声が出てしまうわたし達。 何だかんだで今日も忙しく歩き回ったし、疲れを癒すにはご褒美みたいなお湯だった。 「やっぱ、おフロを最後にしてよかったね……これは気持ちよすぎてあかんやつだ」 「うん……この後でご飯の支度なんて絶対したくなくなりそう……」 まさか、こんなところでお母さん的な気分を味わうなんてって感じだけど。 「でもこれで、大体心配ごとは解決しちゃった感じ?」 「根本的な話をするなら、まだ心配ゴトしかない状態だってば。……けどまぁ、とりあえずは生活必需品のメドは付いたって感じかしらん?」 だからといっていつまでも滞在するワケにはいかないとしても、元の世界へ帰る手がかりに関してはまだ何一つ得られていないのだから、当面ここで生活していけそうな目処が立ったのを喜ぶしかない。 「んじゃさ、明日からはどうする?」 「とりあえず、明日の午前中は洗濯するつもりだけど、そうねぇ……」 「なんだったら、正門の扉を開けるカギでも探してみるとか?」 「……でも、見つけて外に出たところで、またドラゴンに襲われるのもイヤだし」 たぶん、距離を考えても街までは馬車か何かで移動していたのだろうから、門を開けたところで次は乗り物を探さなきゃならなかったりと、やる事が膨らみそう。 「それに、出たはいいけど今度は締め出されて戻れなくなっても困るしなぁ……」 「……うーん、それはどうだろう……?」 すると、おそらく何の気なしに言ったんだと思うけどなかなか鋭い部分を突いてきたパートナーの捨て台詞に、視線を天井へ向けて独り言の様に呟き返すわたし。 「十花……?」 もしも、わたし達が今こうしておもてなしの湯みたいなこの温泉を満喫しているのが誰かしらの想定内として、その一方で外へ出るための正門が堅く閉ざされている現状と合わせて考えれば、心恋が言っていた「あたし達はお客さん扱いとか?」という軽口がどうにも頭に引っ掛かってくる。 (一体、わたし達はどうして此処にいるんだろう……?) 来た最初は考えるヒマなんて無かったものの、必要なものを探せば都合よく出てきているのを見るに、実はホントに招かれたのでは?という心恋の楽観的な発想が突飛でもないのかもと思えてきているし、わたし特有の悲観的な発想だと城に軟禁されている囚われの身、と考えられなくもない。 「ねぇ、十花ってば……?」 (ただ、どちらにしても意図が全く思い浮かばないワケだけど……) もちろん、何らかの事故か偶然に巻き込まれたと考えるのが一番無難な発想としても、そんな仮説を立ててみた場合、付きとめるべきなのは門のカギの在り処じゃなくて、原因ないし理由の方だろう。 「……おーい、十花さん?!」 いずれにせよ、オバケ屋敷にいた他の客がここへ飛ばされている気配もないし、このお城には自分達しか居ないという結論で考えた場合、選ばれたのか無作為なのは分からないとして、わたし達に何かを求められて飛ばされたという可能性は高いかも? ……とまぁ、それはそれで想像するのが怖くなりそうな不気味な話ではあるけれど。 (もしかしたら、あちこちにわたし達の世界のモノがあるのが関係してる……?) 「もう、いつまでもぼんやりしてたら、おっぱい揉むよー?」 いや……というよりも、あれがイミしている最も重要なコトってのは……。 「……ひい……っ!?」 しかし、そこから更に考え込もうとする前にわたしの胸が突然鷲掴みにされ、我に返って顔を下ろせば、相方が憮然とした顔ですぐ目の前へと密着してきていた。 「ちょっ、なにすんのよ心恋……?!」 「……だってさ、あたしをほったらかして何か上の空って感じだったから、これはチャンス到来なのかなって」 そこで、大事な考えゴトをしているのに何のつもりなのかと睨むわたしに、心恋はイタズラっぽくも強い皮肉を込めて返してくる。 「いやその、ごめん……わたしの悪いクセ……」 それを聞いて、わたしはようやく自分の非に気付いて謝るものの……。 「分かってるなら、そろそろ直そうよ?このお風呂だけで二度目だよね?」 「だから、ゴメンって言ってるじゃない……って、いつまでも揉まないでってば……!」 「謝らなくてもいいからさ、せめて自分だけで抱え込まないであたしに話かけてよ。もう一蓮托生の二人でしょ?」 心恋は鷲づかみにした手を離さないままわたしの謝罪を拒むと、悲しみや怒りなどを帯びた目つきでそう諭してきた。 ……そっか、心恋が怒っている一番の理由は……。 「う、うん、なるべくそうする……。ありがとね?心恋……」 「まぁあたしに話したトコロで、何か役に立てる自信までは無いんだけどさ、それでも置いてけぼりはヤだよ?」 「ううん、きっとその方がわたしもずっと気が楽になると思う……」 「へへ、そうこなくっちゃ♪」 というコトで、今回はわたしが全面的に悪かったのは認めましょう。 「……けど、ひとついい?」 でも……。 「ん?」 「……いくらわたし達の間柄でも、ずっと胸を揉みながらお説教ってのはどうなのかなって」 「いや、あまりに触り心地がいいからつい……。なんかクセになりそうかも」 「ばか……」 結局、図らずもまた肉体カンケイ的に一歩進んでしまった、と。 次のページへ 前のページへ 戻る |