米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その4

第四章 小娘魔王とJK勇者

「……よっと……。こんなものでいいのかな?」
 やがて、出来ればそれまでに帰りたかった翌日を迎え、自分の世界で言うなら月曜という日の午前中、わたしは昨日見つけておいた二階のランドリーでデートの日に着ていた自分と心恋の衣類やお風呂で借りたバスタオルなどをひとり黙々とお洗濯していた。
 ちなみに、衣服や下着は手洗いしているのであまり役には立っていないけれど、謎の動力で動く洗濯機や乾燥機があったのは、最早「ああ、やっぱりか」でしかないとして。
「しかし、やっぱり妙な気分よね……」
 まずは液体の洗剤とぬるま湯で服を手洗いした後に次は下着類へと取りかかり、心恋の穿いていた小さめサイズのしましまパンツを手に取りつつ独り言を呟くわたし。
「…………」
 まさか、初デートからわずか二日の間に“こんな”仲にまで進展してしまったのもだけど、なんかもう既にそれなりに付き合いの長い間柄の様な感覚が芽生えているということ。
 ……といっても、城内を探索しつつ普通の日常生活に近いコトしかしていないというのに、つまりそれだけ二人で違う世界にいるという状況が濃密な時間にさせているのかもしれないけれど……。
「……に、しても心恋は大丈夫なのかしら……」
 そしてそのコイビトはといえば、昨晩に何となく絆も深まった勢いで今日からで改めて二人で頑張る予定だったのが、寝起きから頭痛が止まらないからと客室で横になったまま。
(頭痛、ねぇ……)
 昨晩、あれからわたしが先にお風呂を上がった後に居残って広い湯船を泳いでいたのを敢えて見逃してあげたけれど、バチとして湯あたりでも起こしてしまったのだろうか?
 ……いや、それでも寝る前までは身体も清めたから初夜がどーたらと言い出して暴れていた程度には元気だったはずなのだけど、頭痛の原因ってのは単純な話じゃないのが困りものだった。
(ま、今日一日休んでたらなんとかなる、といいんだけど……)
 とりあえず、お米も炊飯器も無いのでおかゆを作ってあげられない代わりに、パンと牛乳とバターを使ってミルクトーストっぽいものを朝食に作ってあげたら喜んで食べていたので、食欲がしっかりあるみたいなのは何よりである。
 ……なにせ、ネットで調べられない上にお薬の調達も極めて難しいというか今のところ絶望的なので、わたしが栄養あるものを食べさせてあげるしかないんだろうし。
「…………」
 そして、その食事の話をすれば奇妙だったのが、今朝キッチンの戸棚や冷蔵庫を開けてみれば、昨日使ったパンやら食材が復活していたということ(ついでにバスケットの果実も)。
 しかも、適当に補充されたというよりは、まるで昨日の朝の状態に戻っていた様な既視感を受ける仕事で、そういった自分達の窺い知らないところで何かが動いていそうな気配というのはやっぱり背筋がぞわぞわとしてくるものの、それでも今は心恋みたく「食いっぱぐれがなくなってラッキーじゃん♪」というくらいでいいのかもしれない。
「ほんと、わたしもワイルドになってきたもんよね……よっと」
 まぁ、こういった状況下では思考が負の連鎖に陥るのが一番良くないのは頭では分かっているつもりだし、おそらく心恋はそれを無意識に理解しているのだろう。
 ほんと、そういうトコロは頼もしいし、ちょっと憧れる部分でもあるけれど……。
「……さて、お洗濯終わり。って、もうお昼ご飯の準備しなきゃいけない時間ね……」
 ともあれ、手洗いした衣類を壁際のハンガーに吊るして洗濯の終了を声にして呟くと、左手の腕時計で時刻を確認しつつ今度はランチの献立を考え始めてゆくわたし。
(やれやれ、ここへ来てからすっかりと主婦って感じよね……)
 必要だからやっているコトなので愚痴っても仕方がないんだけど、ただ心恋の云う新婚旅行とはやっぱりちょっと違うというかなんというか。

                    *

「ごめん、悪いけど今日は一日休んでてもいいかな……?」
 やがて、卵や何の肉かは分からないけどハムを使ったサンドイッチにコーヒー牛乳、あとは果物を剥いた昼食を作って客室へ持っていってやると、衣装部屋でドレスと一緒に見つけておいた花柄パジャマを着た心恋はベッドの上で上半身だけ起こして美味しそうに食べつつもまだ頭痛は治まっていないらしく、こめかみの辺りをしきりに手で押さえながら申し訳無さそうに告げてくる。
「もちろんそれはかまわないけど、いつまでも治まらないのは困ったわね……」
「……ん〜、朝と比べたら少しずつはよくなってる気はするんだけど、このまま歩き回るのはちょっとキツいかなって」
「そう……」
 ……いや、本当はもっと色々励ましてあげたいのに、言葉が出かかっては躊躇ってしまう。
 何か言おうとしても、それは逆効果じゃないの?といちいち気が回ってしまう自分が疎ましいというか……。
「ごめんね、十花?早く帰らなきゃいけないのに一日無駄にしてしまいそうで」
「いいのよ。ワケの分からない世界へ飛ばされて、わたしだっていつ同じ様になるかもしれないんだし、ここは慎重にいきましょ?」
「ありがと……その時は、ちゃんとあたしも看病してあげるからね?」
「んー、心恋の看病ってそこはかとなく不安はあるけど、まぁその時はよろしく」
「え〜〜、あたし信頼されてない?」
「ふふ、冗談だってば」
 ぶっちゃけ、冗談じゃなくて割と嫌な予感ばかりが頭に浮かんでくるんだけど、ただこういう時に包み隠さず一日休みたいと言ってくれるのは、わたしが心恋に惹かれる部分でもある。
 自分が逆の立場だったら、焦って無理に起き上がろうとして口論にでもなって、結局無駄な時間と体力を使ってしまったというオチにでもなりそうだし。
「……まぁでも、だったらわたしはどうしようかな?」
 一緒に客室に籠ったところで安静の邪魔になりそうだし、他にすることがない。
 これだけのお城なら書庫の一つもあるんだろうけれど、生憎この客室の机に一冊ある薄めの本を手に取ってパラパラと捲ってみても、言語が違うから読めなかったし……。
「んっ、ごちそうさま。……んじゃさ、あたしが寝てる間にひとつお願いがあるんだけど」
 しかし、そんなわたしへ心恋は昼食を終えて手を合わせ、再び横になる前に用事を一つ向けてきた。
「え?」

                    *

「……さて、なかなかの大仕事ね、これは……」
 そして、昼食の後片付けも終わった午後、わたしは一人で七階にある衣装部屋へと出向き、昨日と同じく心恋が宝の山と称したドレスの森を前に途方に暮れかけていた。
 そういえば、次はわたしの方が心恋のドレスを選ぶ約束になっていたのを思い出したものの、いざこの中から相応しいものを一つ選べと言われても、早速気後れしてしまいそうになる。
「ま、ヒマだしぼちぼちやりますか……」
 今日に限って時間はたっぷりとあるし、明日にはきっと復活するからという心恋なりの意思表示でもあるのだろうから、ちゃんと選んで持って行ってあげないとね。
「…………」
 ……と、意気込んで早速手近なクローゼットから手を付け始めたものの……。

「……うーん、迷った……」
 それから時間をかけて室内の衣類をひと通り物色した後で、わたしは天井を仰ぎつつ思考の迷路にハマってしまっていた。
 心恋は小柄で無駄なお肉も付いていないスレンダーなスタイルで、何より西洋系の服がよく似合うお人形みたいに整った顔立ちをしているのもあって、ぶっちゃけサイズさえ合うなら何を着せても似合いそうなのが逆に困りもので、もしかしたら服を選んであげるには一番手ごわいタイプなのかもしれない。
 それでいて、この衣装部屋には甘ロリ風から淑女系まで、あらゆる種類のドレスがバラエティ豊かに並べられているものだから……。
(……まったく、みっともないわね……)
 お陰で、昨日は片っ端からクローゼットを開け放っていた心恋にお行儀悪いとか言いながら、わたしも同じコトしているし。
「うーん……」
 もういっそ、いくつかをピックアップして本人に選んでもらう形にするなら、絞り込むのも少しは楽になるんだけど、ただ心恋からは負け犬を見る様な目を向けられてしまいそうで。
(そういえば、まだあのコのシュミもよく分かってないし……)
 初デートの時に黄色のオーバーオールなんてカラフルないで立ちで来たかと思えば、昨日はメイドさんをやってみたかったとひらひらスカートのモノクロームなエプロンドレスも好んで着ていたし、ここまで見てきた感じでは特にこれというポリシーもなさそうで、いかんせん情報がまだまだ足りなさすぎる。
(というか、心恋のやつはどうやってわたしのドレスを選んだんだか……)
 まぁわたしと違ってフィーリング主義みたいだから、とっかえひっかえ見ているうちに勝手にピンときたのかもしれないけれど……。
「……いや、そうじゃない……わよね?」
 しかし、それから心恋がわたしの服を選んだ時のコトを思い返してゆくうち、「十花に着せてみたかった」とか言っていたのを思い出す。
「……ああ、そうだ、そうだった」
 相手が気に入るかどうかは確かに大切だけど、今回は自分が心恋に着せてみたいのを選んだっていいんだ。
 ……それが、今のわたし達のカンケイなのだから。
「うん、それだったら……」
 そこで何となく脳みそが氷解した心地になって物色二周目に入ると、今までとはまた光景が違っている様にも見えていた。
「…………」
「…………」
 そして……。

「よし決めた、これ……!」
 選択基準を自分本位に決めてから程なくして、わたしが選んだのは純白のブラウスに黒のスカート(ペチコート付き)という組み合わせの、清楚さと可愛らしさを両立させたロリータ系ドレスで、ぱっと見はシンプルに見えるものの、首周りの黒いリボンの下は天使の翼の様な意匠になっていたり、ラッパ型の二重構造になっている長袖の裾には黒のゴシックっぽい複雑なステッチが施されていたりと精巧なつくりで、右の胸元にはおそらく銀細工の剣と翼の件の紋章がブローチとして輝きを放っている。
 選んだ理由を説明せよと問われれば、自分が着ているものとお揃いのリボン付きのゴシックな衣装で、色は心恋が敢えてデート時の服とは別のものを選んだのに倣って個人的に似合いそうと思った純白をメインに、もう少しお淑やかにしていたらもっと可愛くなるのにという思いも込めてエプロンドレスと同じ膝上スカートにしたりと、それっぽい理屈は並べられるけれど、何よりわたしが着て見せて欲しい欲望を最も感じたドレス、という一言に尽きるだろう。
(ふー、我ながらいい仕事をした……気がする)
 とにかく、満足感は高いし見れば見るほどコレしかないという気が……。
「ん……?」
 してくるものの、それから今一度よく見てみると、腰回りの黒い帯の部分に人の名前っぽい文字がクリーム色の糸で刺繍されているのに気付く。
(本来の持ち主の名前……かな?)
 それを見てしまうと、このまま拝借するのが心苦しくなるものの、けどこれだけ納得ゆくものを選べた以上は今から他のを探す活力は湧いてこないし、ここは初志貫徹で。
「さて、と……」
 ともあれ、ようやくひと仕事を終えたあとで時刻を確認すると、午後三時すぎ。
 どうやら二時間近くものめり込んでしまっていたみたいで、これから何をするにも中途半端な時間になってしまったけれど、まずはこれを持って一旦戻ってみるとしますか。
(月曜の学校も、そろそろ最後の授業を迎える頃かな……?)
 もしもあのまま何事も起こらなかったら、もう心恋と仲直り出来てただろうか。
 ……いやいや、そういうのは考えないって自分に約束したでしょう、十花。
「……よし。待ってなさいよ、心恋……?」
 そこで、また悪い癖が頭をもたげ始めたところで、わたしは自分の頬を両手で強めに二度叩いて仕切り直しを図ったものの……。

「……っ!……え……?」
 しかし、それから散らかしたクローゼットを片づけた後に衣服部屋を出た途端、何やら一瞬だけ気分が悪くなった感覚の後で、心恋に渡すドレスを右手に抱えたまま全く別の場所に立っているのに気付くわたし。
「?????」
 七階の端っこの方にある衣装部屋からは、扉を出て真っすぐ続く廊下をフロア中心部へ向けて歩いて行けば迷わず戻れるはずなんだけど、何故かいま眼前に見えるのは魔剣と翼の既に見慣れてきている紋章がレリーフとして掘られた、荘厳で大きな赤と白色の扉だった。
「……わぁ……」
 そして、威圧感のある物々しい扉に気圧されつつチラ見した背後の少し離れた場所には下りられそうな螺旋階段が続いていたものの、そちらの入り口は丁度半透明の壁の様なモノで塞がれているみたいで、どうやら回れ右しても今は降りられそうもなく、このまま真っすぐ進んで来いと促されているのは間違いなさそうである。
(これ、心恋だったらゲームとかでよく見るやつだ?!とか騒ぎそうよね……)
 状況的には城内の別の何処かへ飛ばされてしまったとしか思えないとして、あの衣服部屋の出入り口を踏んだのはこれで四度目なのに、どうして今になって起こってしまったのだろう。
(しかも、よりによってわたし一人だけの時に……)
 こういう時、隣で手を握られる相手がいないのは心細くて仕方がないけれど、ただ他に道が続いていないのならば、独りでも覚悟を決めるしかない、か。
(……怖いけど、ちょっと行ってくるわね?心恋……)
 そこで、わたしは一つ深呼吸をすると、目の前の短い階段を上って扉を目指してゆく。
「…………」
 というか、あの扉の向こうに誰が待っていそうなのかは、想像がつかないわけでもない。
 こんな静謐でいかにも特別な場所という空気が漂う空間に、この城内で見た中では最も荘厳華美な造りの扉だし、おそらくこの先に居るのはいつか顔を合わせる時がくると覚悟していたけれど、ちょっと気が重たい相手。
 ……果たして、物好きな貴族か来訪者を食べてしまおうと企む魔女か、もしくは全くヒトの形をしていない異形の存在か。
(そもそも、言葉は通じるのかな……?)
 もう、いっそのこといきなり土下座でもしちゃう……?
「…………っ」
 とにもかくにも、相手が寛大な御仁であることを祈りつつ、そっと扉へわたしが手を触れると、あとは静かに自動で左右へ開かれていき……。
「し、失礼します……って、あれ……?」
 その先に続いていたのは大体想像通りだった謁見をする為の広間ではあったものの、奥には玉座が二つ並んでいるだけで、肝心の城主の姿は無し。
「誰も……いない?いや、そんなはずは……」
 そこで、わたしは困惑と安堵の混じった心地できょろきょろと辺りを見回すものの……。
「……なるほど、やはり私の気配は探れないんだ?」
「え……?!」
 不意に背後から静かな声が聞こえて振り返ると、いつの間にやら玉座の片側に漆黒と深紅が混ざり合った、禍々しさを感じさせつつも芸術品の様なドレスを纏い、美しい黒髪を腰元まで伸ばしたうら若き女性、というよりも“少女”が静かな佇まいで腰かけていた。
「まぁいい。その方がこちらにも好都合というものだし……」
「……っ、えっと……その、あなたが城主様、ですか?」
「いかにも。挨拶が遅れてしまったけれど、ようこそ我がレザムルース城へ。人間界よりの来訪者たち」
 それを見てすぐに理解が追い付かないながらも、その場で立ち竦みつつ遠慮がちに尋ねたわたしへ、美しい女の子の姿をした城主様は肘をついて腰掛けたまま、透き通った声で淡々と歓迎の言葉を続けてくる。
(うわ、すごい綺麗な女の子……だけど……)
 ぱっと見こそ自分や心恋と近い年端の華奢な少女ながら、端正なんだけど感情が欠落している風にも見える淡々とした表情や宝石の様な真紅の瞳からは、何人も寄せ付けない得体の知れない迫力を感じさせられて、いきなり敵意剥き出しで排除されたり、または取って食べられそうな心配も無用っぽいけれど、足を踏み入れる前に意気込んだ覚悟を遥かに超える存在なのは何となく感じられる。
「こ、こちらこそはじめまして……!けど、やっぱり誰かいたんですね?」
「……ただし、私もここで公務をしている訳ではないから、普段は空き城と言っても差し支えない。とはいえ、いつでも使える様には維持させているけれど」
 ともあれ、これで今までの疑問の一つが明らかになるかと思ったものの、しかし城主を名乗る女の子は曖昧な言葉でどっち付かずな回答を返してきた。
「あの、それで最初にようこそと言われましたけど、もしかしてわたし達って歓迎してもらえてるんですか?」
 ただ、無断利用されてお怒りといった様子も今のところ見えないので、続けて恐る恐るそこに触れてみたものの……。
「歓迎、ね。……さて、どう思う?」
「えっと、それは……」
 歓迎という図々しい単語に反応した城主様からは逆質問での回答が冷淡な視線と共に返され、いきなり次の言葉に詰まる。
 確かに、歓迎される理由なんて思い浮かばないけれど、ただ客室で寝込んでいる心恋の為にも、今はすぐに城から出て行きなさいと言われるわけにはいかない。
「……ふふ、冗談。歓迎しないわけがないでしょう?なにせアナタ達は、この私が招いた客人なのだから」
 すると、何かいい切り返しはないかと考える間に、美しい姿だけど得体の知れない城主様は僅かに表情を緩めてわたしに告げてきた。
「……っ!それじゃ、さっきわたしを衣装部屋の前からここへ飛ばしてきたみたいに……」
「察しがいいのね。ええ、この私……魔王ルミナのチカラをもってすれば造作も無いこと」
「けど、一体どうして……というか、“魔王”……!?」
 そこで、即座に理由を尋ねずにはいられなかったものの、すぐにルミナという名前と一緒に相手の口から続けられた禍々しくも非現実的な肩書きを聞いて、まずはそちらへ活目してしまう。
「ええ、魔界なのだから、魔王はつきものでしょう?」
「魔界って……?」
「……ああ、そこからだったのね。ここは“魔界”と呼ばれる、アナタたちが住む人間界とは次元を隔てた別の世界……」
 そして、当たり前のように言われてもイミフな言葉が増えただけのわたしに、魔王ルミナと名乗った城主さまは面倒くさがる素振りは見せずにさらりと説明してきた。
「アナタが普段暮らしている人間界は、魔界や天界といった他の種族の住むいくつかの別世界と繋がっているのだけれど、この魔界は流れ者を含めた多種多様な者達が日々生存競争に明け暮れている混沌の世界」
(うわあ……)
 ここまで見て来たものから、まぁファンタジーな色の濃い世界なんだろうなとは思っていたものの、これはまた想像以上にロクでもない殺伐とした場所へと飛ばされてしまっていたみたいである。
「……というのは、もう随分と昔の話。今の魔界には共通の法もあれば、魔王家や魔界政府による統治で秩序はそれなりに保たれているから、特に心配しなくていい。ましてや、この城にいる間はね」
 しかし、魔界と聞いて思わず顔が引きつってしまったわたしへ、ルミナさんは落ち着きなさいとばかりに淡々と説明を続け……。
「魔王家……。王族みたいなもの、ですか?」
「王族というよりも、その時代で最も強いチカラを持つ魔界貴族と言うべきかしら。……とにかく、私がその魔王家の現当主であるルミナ・S・バランタイン。よろしく」
 改めてフルネームを名乗るや、玉座から立ち上がり右手を伸ばして眼前のわたしに握手を求めてきた。
「あ、えっと、渡瀬十花です……。それともう一人……」
「……知ってる。それにしても、なかなか似合っているわね?その衣装」
 それを見て、慌てて駆け寄りこちらも名乗りつつ心恋の名前も出そうとしたものの、ルミナさんは素っ気なくそう言って差し出したこちらの両手を受け入れ、続けてそのまま視線を着ているわたしのドレスへと向けてくる。
「あ、ありがとうございます……。一緒に飛ばされて来たコが選んでくれたんですけど……」
「このレザムルース城は、私達が安全に暮らせる様にと先代魔王である父より与えられ、幼少期から魔王となる前まで住み続けていた離宮。今は拠点を魔王宮(パンデモニウム)本殿へ移したけれど、この城の衣装部屋にあるものは殆どが私や妹の為のもの」
「え、それじゃもしかして……」
「ええ。いまアナタが身につけているのは私が昔に好んで着ていた普段着だけど、なかなか目が高いわね?」
「す、すみません……っ!勝手に拝借してしまって……」
 まさか、よりによって城主様のドレスだったとは、心恋も目が高いのやら間が悪いやら。
「謝る必要などない。衣装と言わず、この城にあるものは何でも好きに使ってくれていいから。勿論、その手に提げている妹の普段着もね」
 しかし、慌てて平謝りするわたしに寛大な城主様は握手を交わしたまま素っ気なくフォローしてくれたものの……。
「は、はい……でもそれより……」
「……それより、早く元の世界へ帰りたい、と?」
「ええ、わたし達も学校がありますので……」
 素直にお礼を言えない心境の中で、まるで心の中を読んだように相手から言葉を続けられ、素直に頷くわたし。
 いくらお墨付きを貰ったからと言って、そしてすっごく楽しそうだからといって、いつまでもここで心恋との着せ替えごっこに興じているわけにもいかないのだから。
「無論、呼び出した私ならば帰してあげられる。……けれど、その前に確認しておくべきコトがあるでしょう?」
 すると、心恋に倣って包み隠さず希望を告げるわたしに、小さな魔王さんは気分を害する素振りは見せなかったものの、一旦話題を逸らせてきた。
「えっと、どうしてそんなコトを……ですよね?」
「…………」
 そして、自分から水を向けておきながらルミナさんはすぐには答えず、一旦わたしから手を放して再び玉座へ腰かけたかと思うと……。
「……今は天界との協定もあって人間界への干渉は極力禁じているのだけれど、視察員は常時派遣していて、そちらの文化や利器で役に立ちそうなものを探して取り入れさせているの。アナタもこの城で丸二日過ごした中での心当たりはあるでしょう?」
「ええまぁ、お城のあちこちに何やら見覚えがある家電が置いてあると思えば、そういうコトだったんですか?」
「そこでアナタ達には、人間界からのアドバイザーとして幾日かこの城に滞在しての自活生活を送る中で、設備の使い心地とか他にあれば便利なものなどを後で提案して貰えたらと」
「……それって本音じゃない、ですよね?」
「ええ、たった今思いついた出任せだし。……けれどせっかくだから、それもついでに頭に入れておいてくれると嬉しいかも」
 今まで以上に抑揚のない口ぶりでペラペラと口上を続けられたものの、すぐに本題じゃないのが分かったわたしがツッコミを入れると、ルミナさんもあっさりと認めてしまう。
「まぁ分かりました……それで、ホントのところはどうなんですか」
 印象としては無駄話を嫌うタイプっぽいのに、何やら言いづらいコトなのだろうか?
「……本音はね、今ここで語るつもりはないの」
「はい……?」
「では、そろそろ本題に入るわ。アナタ達を帰さないつもりは無いとしても、一つ条件がある」
 すると、それからわたし達を呼び出した魔王さんは素っ気なく自分から持ち掛けた話題をひっくり返してしまった後で、続けて一方的に話を続けてきた。
「条件、ですか?」
「ええ。条件とは……この私がアナタ達を招いた理由を探しなさい」
「え……?」
「二度は言わない。それを見つけられたなら帰してあげる」
 そして、全くの予想外だった要求を投げかけられて思わずもう一度訊ねようとしたものの、短いセリフでぴしゃりと遮られてしまった。
「……その理由を探す手がかりは、このお城の中にあるんですか?」
「もちろん。その為に必要な能力も、既にアナタへ分け与えてあるから」
「え、えええ……?」
 何やらさっきから「え」としか言わされていない気がするけど、いつの間に……。
「そうね、アナタが今持っているその衣装の腰の部分を見てみればいい」
「……腰の部分って……あ……」
 確か、読めなかったけれど持ち主の名前らしき文字が入ってたんだっけ。
 ……と、思い出しつつ促されるがままにもう一度確認してみると、今度はココレット・F・バランタインという名前が読めた。
 いや、読めたというか頭が認識したというか、ちょっと妙な感覚だけど。
「既にアナタはこの魔界で使われている全ての言語が読めるようになっているはず。……尤も、ここへ滞在している間の一時的な能力だけど」
「……けど、このお城にある情報量だって莫大ですよね……?」
 それ自体は非常に有難いスキルではあるものの、例えばさっき七階へ上がる途中で見つけた四階と五階の書庫で情報を漁るだけで、一体どれだけの時間がかかってしまうのやら。
「飢える心配は無いから大丈夫。私も期限を設けるつもりはないし」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……!」
 そっちは気長に待てるのかもしれないけれど、こっちは一日でも早く……。
「……どうしても不服というのなら、力ずくで私をねじ伏せる方法もあるけれど?」
「…………ッッ?!」
 しかし、語気を強めて言い返そうとしたわたしへ、魔王ルミナさんは一方的にそう告げつつ、玉座へ腰掛けたまま真紅の瞳に輝きを灯すと、広間全体がビリビリと震えて立っているだけで金縛りになるどころか消し飛ばされでもしそうな程の強烈な威圧を放って見せてきた。
「ッッ、そっちの方がムリに決まってるじゃないですか……わたしは勇者様じゃありませんし」
 一応、そんな“圧”も一瞬の間だけですぐに解除してくれたものの、全身の肌が粟立って汗だくにもなってきた不快感を覚えつつ項垂れるわたし。
 生憎、こっちはただの小娘のまま何のチートスキルも無しに異世界へ飛ばされている身であって。
「……そうかしら?私にとってはアナタも勇者みたいな存在だけれど」
「は……?」
「いえ、戯言だから引っかからなくていい。……それで、私はそろそろ宮殿へ戻るけれど聞いておきたいことは?」
「え、えっと……もしその回答が見つかったらどうすれば?」
 ともあれ、もういちいち突っかかっても話が進まないと達観したわたしは、とにかく聞くべきコトは聞いておこうとまずは一つ目の質問を向けた後で……。
「適当な頃合いを見計らってまたアナタの前に現れるから心配しなくていい。あとは?」
「あともう一つ、心恋が朝から頭が痛いと言って寝込んでいるんですけど、わたし達にも使える頭痛薬とかは無いですか?」
「頭痛……。魔界の空気が合わなかったのかしら?」
 もう一つ質問の機会を貰えたので藁をも縋るつもりで言い出す機会を伺っていた案件を尋ねると、ルミナさんは顎に手を置いて少しだけ考え込むような仕草を見せる。
「え?!だとしたら……」
「……いえ、放っておいても自然と治まるはずだけど、そうね。七階の衣装部屋のすぐ横に薬部屋があるから、戻る途中で鎮痛薬を持っていけばいい」
 それを聞いて、わたしは探偵ごっこなんてやろうとしている場合じゃないのでは?と言いかけたものの、どうやら心当たりがあるのか、ルミナさんはそれを遮ってすぐに薬の提供を申し出てくれた。
「持っていけばと言われても……」
「書かれている文字はもう読めるはずだし、分かりやすい場所へ置かせる様に指示しておくから問題ない。……それじゃ、頑張って」
「ちょっ?!待っ……」
 それでも不安は一向に尽きないわたしへ“閉じ込めた者”は最後に励ましの言葉を残し、彼女の足下から急に迸ってきた漆黒の光に包まれていったかと思うと、立体映像の様な黒い羽根を飛び散らせつつ、そのまま玉座から姿を消してしまった。
「いなくなっちゃった……っていうか、ここへ連れて来られた理由を探せって……」
 確かに知らずには帰りたくない謎だし、しかもそれが帰還の鍵となっているのなら素直に応じるしかない取引だろうが、ただ勝手に連れて来ておいてわたし達の手で理由を探せというのはなんとも傲慢な言い分である。
 ……まぁ、相手は“魔王”みたいだから、そういうものなのかもしれないれど、ね。
「ふ〜〜っ……」
 ともあれ、心恋との奇妙な新婚旅行はまだ始まったばかりという事らしかった。

                    *

「……わ……っ?!」
「はわっ、見つかっちゃいました……?!」
 やがて、(見た目は)うら若き城主様の姿が消えた後で謁見の間を出て、半透明の壁が消えていた螺旋階段を降りた先で閉じられていた扉を開くと見慣れた七階へ出たので、言われた通りに衣装部屋のすぐ側にある(というか、今まで鍵がかかっていた気もする)、薬の棚が沢山並ぶ部屋を見つけたものの、そこで灰色の翼を纏った綺麗な大人の女性と遭遇してしまった。
「えっと、どちらさ……」
「も〜〜聞いてくださいよぉ!お嬢様ったら、お客様がここへ立ち寄る前に鎮痛剤を処方して分かり易い場所へ置いておけなんていきなりのムチャ振するんですから〜!それで急いでここの調剤室で調合してたんですけど、間に合うワケがないですよね〜?!」
「……っ?!そ、そうですね……?」
 しかも、そのメイド服を着た天使さまみたいな見た目の女性は、こちらが尋ねる前に身を乗り出して一方的に捲し立ててきて、いきなり気圧されてしまうわたし。
(な、なにこのひと……?!)
 言葉に詰まりながらも改めて観察すると、心恋が着ていたものとは素材からして違う高級品っぽいエプロンドレスを着た長身の女性で、後ろに束ねた長くて綺麗な金髪に、ルミナさんとは対照的に表情が豊かながらも思わず見惚れてしまいそうになる綺麗な顔立ちからは得体の知れない迫力みたいなのも感じられて、こちらも只者じゃなさそうなのは分かるけれど……。
「まったくもう、わたしに言えばどんなワガママでも通ると思ってるんですから……!」
「……あの、それですみません、ルミナさんからここへ寄って薬を受け取れと言われて来たんですけど、薬剤師の方ですか?」
「ん〜、薬師の肩書きを今まで持った記憶はないですけど、まぁ魔王の片腕たる嗜みといったところです♪なにせ、ルミナお嬢様ってお薬に関しては極めて猜疑心の強いお方なので、それこそわたしくらいの腹心でもない限りは扱わせないんですよねぇ」
 ともあれ、それから言うだけ言ってようやく落ち着いた様子でブツブツと愚痴をこぼし始めたのを見てわたしが改めて尋ねると、只者ではなさそうだけどゆるふわな空気も漂わせるメイド風の女性はこちらを向いてそう言った後で……。
「わたしくらい……?」
「おっと、申し遅れましたね!わたくしめは魔王ルミナお嬢様付きの魔王宮メイド長及び、筆頭秘書及び参謀長及び護衛役及びレザムルース城の管理責任者などを任されておりますフローディアと申しますので、どうぞお見知りおきを〜♪」
 続けて、想像通りのメイド長に加えて一回じゃ覚えきれない肩書を並べつつ名乗った後で、スカートの端をちょこんとつまんでカーテシーを見せてきた。
(盛りすぎ、盛りすぎ……!)
 まとめるとコンビニエンスなスーパーメイドさんってトコだろうか、とにかく有能な人っぽいのは何となく分かった。
「どうも、渡瀬十花です……。つまり、このお城の管理人さんでもあるってコトですか?」
「ええ♪色々と忙しい身なので、常に居るわけでもないですが」
 ともあれ、その中で一つ自分達にも関係がありそうな肩書が混じっていたので触れてみると、フローディアさんはニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて頷いてくる。
「……なるほど。まぁ薄々そんな気はしてましたけど、やっぱりハウスキーピングされている裏方さんはいたんですね」
 おそらく、ここへ飛ばされた初日の夜にトイレの前で見たのもその一人なんだろう。
「あ〜、そこに気付かせてしまったのはわたしの失態かもですが、まぁ元々貴女がたというよりも、お嬢様の為に普段から利用可能な状態を保つようにと命じられておりますので」
 そして、「それでも常駐している者はなく、警備こそ万全を期しておりますが、お客様の監視などはしていませんので、そこはご安心下さいね?」と、こちらが気にしていそうなフォローを付け足してくるフローディアさん。
「一応、そういうお話はルミナさんからも聞きましたけど、普段は誰も使う人のいないお城のお掃除とか、ちょっと空しくなったりしません?」
「いえいえ、このレザムルース城はルミナお嬢様がココレットお嬢様とお二人で幼少期より過ごしてこられた思い出深い場所でして、その大切な大切な居場所の維持管理を託されるというのは、陛下からの親愛の証そのものなのですよ♪」
 それを聞いて、信用したい気持ちとまだ少し猜疑心も残ったままのフクザツな心境で少しばかり探りを入れてみると、フローディアさんは即答で首を横に大きく振った後で、むしろ嬉しそうに小躍りしながら意義を説明してくれた。
「……そんな場所をホントにわたし達が好き勝手に踏み荒らしていいものなのかって感じですけど、そのココレットお嬢様というのは、ルミナさんの妹さんのコトですよね?」
 まぁいいものも何もルミナさんから此処へ呼び出されたのだから仕方がないんだけど、それよりフローディアさんの口から心恋に着せる為に抱えているドレスの持ち主の名前が出てきたのを聞いて、情報を整理しようと質問を続けるわたし。
「ええ、わたくしめはお二人のおしめを替えて差し上げたこともある程度には古株なんですけど、どこへ行くにも一緒に手を繋いでおられたくらいの、それはもう仲睦まじい御姉妹でしたよ〜。おそらく、ルミナお嬢様にとっては最愛の存在だったと言っても過言じゃなかったかと」
「……でした?」
「おっとっと、いささかお喋りが過ぎてしまいましたねぇ。……では、これをどうぞ」
 そこで、妹がいるというルミナさんの言葉とココレットという名前が繋がったのはよかったとして、その語り口が過去形なのが引っかかったわたしに、ベビーシッターも務めていたらしい魔王の片腕さんは余計なコトを言ってしまったとばかりに話を切り上げ、小分けにした薬の包みの束を差し出してきた。
「このわたくしめが責任をもって調合しました、ご注文の鎮痛剤でございます♪少し余分に用意致しましたが、部屋に戻られた時と、あとは寝る前に服用していただけば明日の朝には何事も無かったかの様にスッキリしておられるかと」
「あ、ありがとうございます……でも、結局頭痛の原因はなんだったんですか?」
 ともあれ、目当てはお薬なので素直に受け取り、ついでに理由も尋ねてみたものの……。
「うーん、ちょっとした拒絶反応でしょうかねぇ?まぁ魔界特有の厄介な病気とかじゃないので、お薬を飲んでひと晩ぐっすりとお休みになれば良くなるはずですよ?」
「……ならいいんですけど、続けてわたしが発症する可能性は?」
「いま違和感を受けておられないなら十花様は心配ご無用のはずですけど、もしもこの先で体調を崩された折にはこの部屋に症状のメモ書きを置いといて下されば、夜の間にでもお薬を処方しておきますので」
「なるほど、分かりました……」
 何となくはぐらかされた感はあるものの、これで心恋が助かるのなら今は黙っておこう。
 わたし達をこのお城へ呼び出して閉じ込めた相手だけど、少なくとも野垂れ死にさせたい訳じゃないのは信じてもよさそうだし。
「では、わたくしめはこれで〜。あ、お嬢様にはここで顔を合わせてしまったのはナイショにしておいてくださいね?それと……」
「まだなにか……?」
 そして、必要な用事も終わり、フローディアさんは部屋を出ようとわたしから背を向けた後に一度だけ足を止めたかと思うと……。
「どうか、ルミナお嬢様のコトを恨まないで差し上げて下さいね?」
「…………?」
 どうやらフローディアさんの方は負い目を感じているのか、短く主人のフォロー?を告げた後で、今度こそ静かに退室していってしまった。
(恨まないで、か……)
 まぁ迷惑な話ではあるとしても、恨む感情はちょっと違う様な……?

                    *

「……ふーん、魔王ルミナかぁ……」
 その後、受け取った包みを手に三階の客室へ戻り、退屈そうにゴロゴロしていた心恋へまずは貰った薬を飲ませた後で起きた出来事をひと通り話して聞かせてやったものの、水を飲み干したグラスを手に軽く呟くその反応は思ったよりも淡泊だった。
「なによ、あっさりしてるわね?」
 好奇心旺盛で何だかんだと楽しんでいる風な心恋なら、どうして自分もその場に居なかったのか悔しがると思ったのに。
「まだ頭が痛くて脳みそ回らないのもあるけど、何か唐突で反応に困るというかさぁ……」
「ですよねー……」
 確かに、わたしも魔王さんの前で大袈裟に驚いたり叫んだりしなかったのは、正にそんな感想だったからだろう。
「んじゃ、他に誰もいないオチって、神隠しとかじゃなくて元々城主さん一人の為の別荘だけど普段は不在だからってことでいいの?」
「正確には妹さんと二人の為のお城みたいだけど、そうみたい。とにかくホラー展開じゃなくてよかったわ……」
「え〜、まだ分からないよ?その妹さん……ココレットだっけ、行方が分からないっぽいんでしょ?なんか色々想像しちゃうよね」
 ともあれ、“怪奇”という言葉からは程遠い真相に胸を撫で下ろしたわたしだったものの、そこから心恋は意地の悪い表情で痛いトコロを突いてくる。
「もう、だからどうして隙あらばわたしを怖がらせようとするのよ……」
 おしめを替えていた頃からのメイド長さんの話によれば、どこへ行くにも一緒だった最愛の妹らしいのに、ルミナさんからは殆どココレットさんについては触れようとしなかった辺り、確かに何やらワケアリっぽいのはわたしも感じているけれど、まだ与えられた宿題と関係あるのかは不明だし……。
「だって、そうでもしなきゃ十花ってなかなか自分からベタベタしてくれないしさぁ……今日なんてずっとほっとかれてたし」
「そりゃあんたが病人っぽかったからでしょ。直す方法も探さないままこんなトコロで二人とも倒れたら身動き取れなくなるじゃない?」
 これが元の世界で風邪を引いたというのなら、最初からうつされるのは覚悟の上で看病してあげていたのかもしれないけれど。
「ん〜まぁそうなんだけどさぁ……」
「はいはい……しょうがないわねぇ、ちょっとそれ貸して?」
 ともあれ、それでも駄々っ子の様に不満げな顔を見せる心恋が妙にいじらしく思えたわたしは、まず持ったままだった薬を飲む為のグラスを回収してテーブルの上へと戻した後で……。
「……はい、おいで?」
 再びベッドの方へと戻って心恋の側へ腰掛けると、両手を広げて促してやった。
「十花……」
「何だかんだで放っておかれて寂しかったなら、少しくらい甘えてもいいわよ?」
「……おっぱいも揉んでいい?」
「えっと……顔をうずめるくらいなら……って、わ……っ」
「…………」
 すると、本日の分を補給するかの様に遠慮ナシで胸に飛び込んできた心恋をわたしは抱きとめ、心の赴くがままに頭を撫でてやる。
 同じく、わたしも今日不足していた心恋分を補うために。
「……あ、でも結構汗かいてるわね?」
「わわっ、昨日の晩とか結構魘されちゃったから……汗くさくなってる?」
 別に不快というわけではないとしても、思っていたより汗の匂いが立ち込めてきたのを指摘すると、心恋は恥ずかしそうに顔を上げようとしたものの……。
「ちょっとね。けど、病人だったんだから別に遠慮しなくていいのよ?」
 むしろ、イタズラ心が芽生えたわたしは、そんな心恋を捕まえてしっかりと抱きしめてやる。
「もー、こんな時だけ自分の方から抱きつくんだから……」
「でも、逆の立場だったとしても、心恋もしたでしょ?」
「……あはは、たぶんね」
 ほらみたことか。
「じゃ、もう少し落ち着いたらお風呂行こっか?今日はわたしが背中流してあげる番だし」
「ん……ありがとね……」
 そして、明日からまた二人で一緒に頑張りましょう。
 わたしもやっぱりひとりは心細かったし、ね。
「……それで、明日からはどう動くの?十花。なんか雲をつかむようなハナシだけど」
「えっと、まぁ地道に手がかりを辿って行けばいつかは行き当たるんじゃない?おそらくだけど、お膳立てを整えてまでわたし達に見つけさせたい何かがこのお城にはあるみたいだから」
 それから、暫しのチャージタイムの後で徐に心恋から今後の相談を受け、顔を上げてルミナさんの顔を思い浮かべつつ、自分なりに相手の意図を解釈して答えるわたし。
 ……ただ、わざわざ文字が読める能力(チカラ)をわたしに与えたのもその為だとして、まずは情報を整理してアタリは付けなきゃならないだろうけれど。
「さすがは十花。ロジカルだねぇ」
「あまりそういう言われ方は好きじゃないんだけど……」
 まぁ、今は行き詰った時の直感担当がパートナーにいるから、わたしはそれでいいのかな?

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